|
【写真】キッシンジャーは習近平が満面の笑みで迎える数少ない米国人の一人。写真は2015年11月の訪中時(写真:ロイター/アフロ)
【新刊】中国が抱えるアキレス腱に迫る『赤い帝国・中国が滅びる日』KKベストセラーズ刊/2016年10月26日発行
「赤い帝国・中国」は今、南シナ海の軍事拠点化を着々と進め、人民元を国際通貨入りさせることに成功した。さらに文化面でも習近平政権の庇護を受けた万達集団の映画文化産業買収戦略はハリウッドを乗っ取る勢いだ。だが、一方で赤い帝国にもいくつものアキレス腱、リスクが存在する。党内部の権力闘争、暗殺、クーデターの可能性、経済崩壊、大衆の不満…。こうしたリスクは、日本を含む国際社会にも大いなるリスクである。そして、その現実を知ることは、日本の取るべき道を知ることにつながる。
>>ほっこり? できるわけないよね。(瑞雄)<<
中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
キッシンジャー訪中とトランプ蔡英文の電話会談 「丁寧な嫌がらせ」の先の先を読め(日経ビジネスOnline)
• 福島 香織
2016年12月7日(水)
・・・キッシンジャーの訪中のタイミングで、次期米大統領のトランプが台湾総統の蔡英文と電話会談した意味について、中国内外の専門家たちがあれこれと分析している。元国務長官にして国際政治学者、米中国交回復のきっかけとなったピンポン外交の仕掛け人、アメリカを親中路線に導いてきた人物である。キッシンジャー訪中前に、トランプは彼と面談し、対中政策について「対立より協力からはじめよ」とアドバイスを受けたという報道もある。キッシンジャーは、あの不遜なトランプが「尊敬している」と公言する数少ない人物である。トランプの台湾総統との直接電話会談というメガトン級の対中嫌がらせと、キッシンジャー訪中が同時に行われた背後には何があるのだろうか。米中関係の行方にどのような影響があるのだろうか。
**「中国の古い友人」と習近平の満面の笑み
新華社によると2日、習近平と93歳のキッシンジャーは人民大会堂で会見した。
キッシンジャーといえば、70年代初め、対中秘密外交によって、ニクソン訪中を実現し、米中関係正常化を導いた人物。つまり米台断交を決定づけた外交官でもある。習近平はかつてキッシンジャーのことを「中米関係の開拓者にして生き証人」とその歴史的地位を称賛したことがある。
会談のとき、キッシンジャーは習近平に対し「中国の古い友人である私に、再び会ってくれたことを感謝する」とあいさつし、米中関係の発展には再び貢献できることに感謝をのべたとか。習近平との面会は習近平が指導者となってから少なくともこれで3度目、その前から数えると7度目となる。
習近平政権になってから、キッシンジャーは習近平の「二つの100年計画」(共産党建党100年および建国100年に達成を目指す中国の国家目標)について注目しており、米中間のパートナーシップを大きく飛躍させるとポジティブな意見を言ったこともある。今回の訪問でも、習近平の反腐敗キャンペーンについて、「注目すべき成果を得た」と称賛の発言をした。
いつも仏頂面の習近平も、キッシンジャーに対しては満面の笑みをみせており、「キッシンジャー博士のおっしゃることはいつも新しい観点を私に教えてくださる」などと、賛辞を惜しまなかった。
米中関係に関しては「持続的に健康で安定的な発展こそ米中両国人民の根本利益に合致し、太平洋地域と世界の平和と安定と繁栄にも有利だ」と、言い古された表現で両国の協力関係推進で意見が合致。米国のきたる政権交代については、習近平は「両国ともに努力をして、新しい出発点から安定的発展を継続させ、両国関係の新章を書きましょう」と提案。「中米新型大国関係」という言葉も繰り返し、「中米双方とも正確にこの戦略意図を理解する必要があります。ゼロサム思考を放棄し、衝突せず対抗せず、相互に尊重し、ウィンウィンの協力をし、中米新型大国関係を建設しましょう」と習近平は訴え、両国間の意見の不一致と対立点を建設的な方法で妥当に処理していくことを提案した、とか。
新華社の報道というのは、中国の公式報道、つまり政治的プロパガンダであり、中国に都合のよい部分しか報じていないのだが、習近平がキッシンジャーを大好きであり、このタイミングの訪中を非常に歓迎していたことは間違いない。だが、もう少し、この訪中の狙いや意義について、掘り下げてみたい。
**「トランプのメッセージ」はあったのか?
新京報などは、キッシンジャー訪中は、トランプが次期国防長官に狂犬のあだ名もある、元海兵大将のマティスを指名したことなどが影響しているのではないかという推測を含ませている。マティスだけでなくトランプ政権には少なからぬ対中強硬派が含まれており、中国の当初の期待に反して軍事的にも貿易・通貨政策的にも対中強硬姿勢を固めているのではないかという憶測も洩れ伝わっている。こうした噂に対する中国側の不安を抑えるために、米国きっての親中派知中派で習近平との関係も悪くないキッシンジャーが送り込まれたという見方もある。また、キッシンジャーとしては、トランプ政権が思いのほか南シナ海政策で強硬的になる可能性を事前に中国側に説明しにきたという見方もある。
一方、香港の独立系メディア、香港01は、今回のキッシンジャー訪中は、トランプが特使として送り込んだのではなく、中国が請うてキッシンジャーに来てもらったという見方を報じている。つまり、中国は、トランプ政権がかなりの対中強硬政権をつくるのではないかと気づき、これを阻止すべく、古くからの友人のキッシンジャーを頼ったという見方だ。
だとすると、キッシンジャーが訪中直前にトランプと面会したのは、トランプの中国へのメッセージを預かるためではなく、対中強硬姿勢のトランプを中国の意向を受けて説得するためであった、という推測が成り立つ。だが、その直後に蔡英文との直接電話協議を行ったことを考えると、トランプは尊敬するキッシンジャーの面会は受け入れたものの、けっして説得されたわけではない、ということになる。
ちなみにキッシンジャーは11月18日にトランプと面談し、中国に対する知識がほぼ白紙のトランプに対して、おおむね次のような話をしたといわれている。まず、二つの提案をした。
一つ目は、中国の歴史・文化に理解の深い人間をトランプチームに入れること。米国人の思考と中国人の思考は決定的にちがう。中国的思考を理解できる、米国と中国の政府間の連絡役となるようなメンバーを入れること。これまで米中間に発生してきた問題について、一貫性を重視するためにこうしたパイプ役が必要なのだ、と説明したのだという。
もうひとつの提案は、「米国の指導者として、国家の根本利益とは何かをはっきりと確認すべきである」ということらしい。米中間にある紛争の種だけに視線を遮られず、どのような影響があるかという角度から物事を見るように、という。
「大統領としてすべきは、両国間の貿易問題や南シナ海の問題についてだけでなく、ほかのその他すべての部分についての対立議論の進行や決定についても、大統領として信頼するキーマンたちとよく問題を話し合うことだ。我々の目標は何なのか、どのように結果を得るのか、何を防ぐべきなのか。そのあとで中国側の指導者と対話の展開を試みるのがいい。そうでないと、おおむねある危険に陥る。すなわち、現在の米中の貿易問題のように、対立ばかりが表面化し、それが正確な視野の妨げになる」
ようするに、中国とは対立だけでなく、相互利益を得ることも視野に入れて、中国とのコネがある人間を政権内に組み入れ、争いよりも協力を優先させよ、と強く勧めたようである。キッシンジャーとしては、中国との協力関係は米国の国家利益にかなう、ということである。
**トランプと蔡英文、電話会談の意味
キッシンジャー自身が、最近のインタビューなどでもこう述べている。「習近平とはパートナーシップを築き、対抗せず、現実的なウィンウィンでいくことに賛成する。今よりも信頼できる国際秩序を打ち立てる努力をし、さらに安定的なバランスのとれた国際秩序のもと、米国がいかに中国のようなウルトラ級大国と対峙するかは一つの巨大な挑戦である。目下のように、二つの大国が複雑に影響しあうような経験はこれまでになく、どのようにうまくこの関係を処理していくかは政治的に巨大な挑戦である」(ボイスオブアメリカ)。こうした発言から考えるにトランプに対しては中国との対立をエスカレートさせないように釘をさしたようであるし、中国に対してはトランプの危険性を警告したのではないか。ちなみに、キッシンジャーが指摘する米中の協力領域はシルクロード構想、アフガン問題及び海賊退治などの国際平和維持行動などだ。
そう仮定すると、キッシンジャー訪中にあわせたトランプ蔡英文電話協議は、トランプサイドの、キッシンジャーのアドバイスに対するある種の答え、というふうにうがってみることもできる。
トランプと蔡英文の電話会談は2日夜11時(台湾時間=北京時間)、蔡英文側からの要望で行われたという。
ニューヨークタイムスによれば、双方は「米国と台湾の経済、政治、安全保障面での緊密な結びつき」を確認。米大統領(予定者)が、正式に国交のない台湾の総統に直接接触することは、中国への配慮を優先してきた米国にしてみれば、異例中に異例で1979年以来初めて。しかもトランプのツイッターでは、蔡英文を「プレジデント」を呼んでいる。これには、中国はそうとう衝撃をうけたようで、3日になるまで公式報道を差し止めていた。3日になって、外交部として正式に厳正なる抗議を米国に対して行ったが、これはトランプ政権御しやすしと期待していた習近平政権に冷や水を浴びせかけるに十分であった。
トランプ・蔡英文の電話会談は10分以上におよび、双方が互いに、大統領・総統選選挙への勝利に対する祝辞を述べ、アジア地域情勢について意見交換をした。
同じ日、トランプはツイッターで「プレジデントオブタイワンから電話もらって、大統領当選おめでとうといってもらった。サンキュウ!」とツイート。
**報道差し止め、トランプ政権に警戒
これについて王毅外相は「(米台指導者直接電話会談など)小細工であり、国際社会が既に形成した中国の地位を変えることはできない」「米国も長年堅持していた『一つの中国政策』を変えることはなかろう。『一つの中国政策』は中米関係の健康的な発展の基礎であり、これを少しでも破壊したり損なうことを我々は望んでいない」とかなり感情を抑えたコメントを出した。
しかし、この「小細工」に中国は今までずいぶんこだわって、恫喝を繰り返してきたことを思えば、不自然なほど冷静。「トランプは外交に無知なだけ。台湾と中国の問題をわかっていない」「相手が女性だから鼻の下を伸ばしたのだ」「まだ大統領就任前なのだから目くじらを立てるほどのことはない」といった理由を挙げながら中国としてはあえて冷静を装ったといえる。それだけトランプ政権に警戒して、トランプの出方を見極めようとしているともいえる。
中国が嘯くように、確かに米国が「一つの中国」政策をすぐさま変更するとは考えにくいのだが、トランプが、心を込めて中国に嫌がらせをし、その反応を見てやろうという底意地の悪い性格である可能性は高い。
だが、これをもって、キッシンジャーのアドバイスを無視してトランプ政権は対中強硬路線に一直線に行く、と期待するのは時期尚早だろう。
たとえばトランプ政権にはイレイン・チャオ(ブッシュ前政権での労働長官)という中国系女性が運輸長官として入閣する。ミッチ・マコーネル上院議員の妻である彼女はなかなかの曲者という評判だ。
中国名は趙小蘭で、1953年台北生まれ。台湾人ということで、トランプ政権の台湾重視を反映しているのかと思われがちだが、その父親の趙錫成は上海交通大学卒で元中国国家主席の江沢民の学友で、イレイン・チャオも足しげく北京に通い、自身も江沢民と昵懇だ。それだけでなく慈善家として父母の生まれた中国に対しても愛着をもっており、長年慈善事業を通じて地方の指導者らとも人脈を築いてきた。その中には習近平の子飼いの部下といわれている李鴻忠(現天津市書記)らをはじめ、習近平にかなり近い人物も含まれている。また米中貿易推進の華人ロビー活動にもかかわってきた。
**「丁寧な嫌がらせ」から始める
そういう意味ではトランプはキッシンジャーのアドバイスを聞き入れて、中国とのパイプになりうる人物を政権チームに入れている。こういう人事をしてくるところをみれば、トランプが対中外交に関してあながち無知であるとも軽くみているともいえず蔡英文をプレジンデント呼びするといった中国に対する思い切った挑発は、むしろ中国人的性格をわかったうえでの揺さぶりにも見える。
だいたい習近平のような、いかにも北京的な性格の中国人政治家は、弱腰の人間に対しては、舐めた横柄な態度に出て、むしろ攻撃的な人間に対してはより慎重に丁寧な扱いになりがちだ。オバマ政権が中国に舐められたのは最初から親中モードですり寄ってきたからであり、習近平が最初のオバマとの会談であえて不遜な態度をとったのは、第一印象で舐められては対等な関係にならない、という中国的な発想からだろうと思われる。だとすると、トランプの丁寧な嫌がらせから始める対中外交は、意外に中国人の好みにあうかもしれない。米中関係の成り行きを見ながら、日本も先手の外交を打ってほしいところだ。
*福島 香織(ふくしま・かおり)ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。
◇主な著書
『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所) 2013
『中国「反日デモ」の深層』(扶桑社新書) 2012
『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋) 2011
※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。
|