野村総合研究所は、ネット通販市場が14年度の12.6兆円から21年度には25兆円超になると試算している(撮影/高井正彦)

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 ネット通販最大手のアマゾンが広めた「送料無料」。一部を除き有料化するというが、宅配業者の現場を疲弊させてきた「常識」は変わるのか。

 アマゾンの荷物を運ぶ宅配業者は2度代わっている。当初は日本通運のペリカン便(現在は日本郵便に吸収)だったが、2005年ごろ佐川に代わり、13年からはヤマトが主に受け持っている。

 佐川は、「送料無料」を維持するため運賃の切り下げを迫るアマゾンとの取引を自ら打ち切ったのだ。12年に行われた運賃見直しの際、当時270円前後だった運賃を20円ほど上げようとの腹積もりで交渉に臨んだと、佐川の営業マンは語る。

「けれどアマゾンは、宅配便の運賃をさらに下げ、しかもメール便でも『判取り』(受領印をもらうこと)をするよう要求してきました。いくら物量が多くても、うちはボランティアじゃないとして、アマゾンとの取引をやめました」

 代わってアマゾンの配送を引き受けたヤマトの現場では、一日で一ルート当たり20〜30個の荷物が増えた。現場からは「正直言って、しんどい」という声が聞こえてくる。

 ネット通販に広がる「送料無料」の裏側で、一体何が起きているのか。まず宅配便の仕組みを、最大手のヤマトを例に説明しよう。

 クロネコヤマトの宅急便と聞いて一番に思い浮かべるのが、玄関先まで荷物を届けてくれるセールスドライバーであろう。彼らは宅急便センターをベースに、担当エリアを朝、昼、晩と一日3回、回る。「午前中」から「20〜21時」までの時間指定配送に対応するためだ。 配送する荷物が一番多いのが午前中で、全体の半分以上を配り終える。午後からは、残りの荷物を配りながら、コンビニや個人宅を回り集荷業務を行う。

 宅急便センターに集められた荷物は、全国に約70カ所ある「ベース」と呼ばれる仕分け拠点に運び込まれる。各ベースでは数百人の作業員が荷物を方面別に仕分け、下請けの長距離トラックに積み込む。

 夜9時ごろまでにベースを出発した長距離トラックが、到着地のベースで下ろした荷物は、宅急便センターごとに仕分けられる。例えば、荷物の届け先が東京都目黒区の場合、20カ所あるセンター別に分けられ、再び大型トラックに積み込まれて、朝7時までに各センターに運び込まれる。そこで集配車に積み替えられた荷物は、午前8時前後にセンターを出発し、各家庭へと向かう──。

 取材から見えてきたのは、「送料無料」を掲げるネット通販と二人三脚で取扱個数を伸ばしながら、”砂上の楼閣”のもろさを抱えた宅配便ネットワークの惨状だった。「安さ」と「早さ」を両手にぶら下げたやじろべえのように、きわどいバランスの上に成り立っていた。

 中国地方で働くヤマトのセールスドライバー、高志さん(仮名)は過酷なサービス残業のため、うつ病にかかった。 朝は6時過ぎに宅急便センターに出勤して荷物を積み込み、8時には出発する。出勤時刻は8時と決められているので、それまではサービス残業となる。昼食の休憩時間は1時間だが、実際には車を止めて食べる時間がないため、運転席で食べられるせんべい、バナナ、チョコレートなどで済ませる。夜は9時過ぎに営業所に戻って退勤のスタンプを押した後も、代引き料金の精算や伝票整理などで1時間ほどのサービス残業を余儀なくされる。

「法律違反のサービス残業がまかり通っていることに、僕は腹を立てていたんです。おかしい、許せないという気持ちが高じて不眠に陥り、それがうつ病につながったと思っています」

 そう語る高志さんの診断書には「抑うつ状態 上記の疾病の為、2〜3カ月の休養加療を要する」とあった。

 関西地方のヤマトで10年以上働き、宅急便センター長を務める男性も言う。

「多い月には90〜100時間のサービス残業をしています。サービス残業ありきの会社だと割り切っています」

(ジャーナリスト・横田増生)

AERA  2016年4月18日号より抜粋