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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(8) 声を出せない人たちを助けるには

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 生活に困っているけれど、孤立していて人とのつながりが乏しく、自分からSOSをなかなか出せない。そういう人たちを助けるために、どういう手だてを取ればよいのか。

 この問題は、都市化と「孤住化」が進んだ現代人の生活状況の反映であるとともに、暮らしを支える社会保障・社会福祉の「弱点」の表れでもあると思います。対応できる制度がない場合はもちろん、制度があっても本人が使いにくいのであれば、それは制度の現状がまずいのだと、とらえるべきです。本人や家族の責任をあれこれ言っても、何の改善にもつながりません。

複雑な社会制度、縦割りの役所

 暮らしを支える制度は、たくさんあるうえ、それぞれが複雑です。

 社会保険方式の制度としては公的年金、医療保険、介護保険、労災保険、雇用保険があります。とくに年金は、制度改正の繰り返しで、はなはだややこしいものになっています。

 それ以外の福祉・サービスとしては、母子保健、児童福祉、保育、ひとり親家庭への支援、就学援助、障害者総合支援法、障害者手帳、生活資金の貸し付け、生活保護などがあります。暮らしという意味では、住宅、労働、教育、税制、さらに借金整理や消費者被害などの法的問題や、災害対策も関係してきます。

 これらのすべてを詳しく理解している人は、日本に1人もいないでしょう。学校でも、社会保障制度や労働法制の教育は、ろくに行われていません。どういう制度があって、どういうときに使えるのか、わかりにくいのは当然です。まして高齢の人、知的なハンディキャップのある人、日々の生活に追われている人にとっては、たいへんです。

 では、公的制度を担当する役所はどうしているのか。中央省庁も地方自治体も、法律・制度ごとに分かれた縦割りの組織がほとんどです。自分の課や係が担当する制度や事業はわかっても、ほかの課や係の扱うことはわからない。他の部門へ親切に案内してくれることもめったにありません。

 だから利用する側は、自分で制度を探し回り、あちこちの窓口を訪ねないといけない。それが一つの役所の中で済めばまだいいけれど、県の出先、国の出先、民間委託先などに分かれている。気力と時間を要することで、へとへとになります。

 役所の中でも、福祉事務所で生活保護を担当するケースワーカーは「他法・他施策」を活用する必要があるのですが、他の制度を十分に把握している人は少ないのが現実です。

申請主義の壁、恥の意識

 もう一つの問題は、ほとんどの社会制度が「申請主義」になっていることです。たとえ条件に合う制度があっても、自分から申請しないと利用できません。もらえるお金をもらえない。減るはずの負担が減らない。使えるサービスを使えない。黙って待っていても、役所は助けてくれません。

 このことも、知識や情報の乏しい人、権利を主張する力の弱い人には不利です。

 申請がなくても行政の判断で行うのが職権主義(措置方式)ですが、それがわりあい行われるのは児童福祉法、老人福祉法ぐらい。生活保護も本人の申請が原則です。急迫した状態なら「職権保護」をできるのですが、行き倒れや救急搬送を除き、積極的に発動されていません。

 さらに日本では、「行政の世話になりたくない」と公的制度の利用を遠慮する傾向があります。とくに生活保護の場合、保護を受けるのを恥と思う意識、利用者を攻撃する一部の社会風潮が拍車をかけています。その結果、利用したほうがよいのに利用しない人たちが大勢いるのです。

谷間の問題、複合的な問題

 社会福祉は、高齢者、児童、障害者、低所得者を柱に進められてきました。しかし、単純なグループ分けにあてはまらない人たちもいます。発達障害、難病は近年ようやく障害者福祉サービスが利用可能になったところです。ひきこもり、ホームレス、刑事施設を出た人、外国人、DV被害者、犯罪被害者といった人々への生活支援は不十分です。生活の困難の陰に、軽い知的障害・発達障害や性格的な問題が潜んでいることもしばしばあります。「ゴミ屋敷」も各地で問題になっています。そういう「制度の谷間」で支援の届かない人々が、現代の大きな課題なのです。

 また、親が認知症で子どもが中年のひきこもり、夫が失業中で妻が精神障害、子どもは少年院といった具合に、複合的な困難を抱えている世帯も少なくありません。

 すでにある縦割りの法律・制度に人間をあてはめるやり方では、うまく助けられないわけです。

新しいしくみづくり

 以上に述べてきたような社会保障・社会福祉の弱点や課題について、カバーする工夫がまったく行われてこなかったわけではありません。

 民生委員は、1917年(大正6年)に岡山県が作った済世顧問制度、翌年に大阪府が設けた方面委員制度が始まりで、地域住民の中から厚生労働大臣が無報酬で委嘱します。居住地域の中で困っている人を発見し、相談に乗り、行政などにつなぐ活動をしてきました。

 戦後は、公的な役割を持つ民間組織として社会福祉協議会が各地につくられました。90年代には「住民参加の地域福祉」という考え方が日本独自に発展し、小学校区単位などで住民自身が行う福祉活動も始まりました。コミュニティー・ソーシャルワーカー(CSW)という、分野を限定せずに「地域の問題」「谷間の問題」を扱う福祉専門職を置いている自治体もあります(大阪府内など)。

 民主党政権だった2010年に始まった「パーソナル・サポート」のモデル事業は、失業などで生活に困っている人に、一つの窓口で相談に乗るワンストップ方式を導入し、同じサポーターが寄り添う「伴走型支援」に取り組みました(2012年度で終了)。

 今年度(2015年度)に施行された「生活困窮者自立支援法」は、困っている人を生活保護より手前で助けようという制度で、生活全般の困りごとの相談窓口を地域ごとに設け、個別に寄り添って支援します。

 制度ごとの縦割り・申請主義がもたらすマイナスに対し、「地域単位」「総合的窓口」「寄り添い型支援」「積極的発見」「住民とともに」で対処しようという方向が、明確になってきたわけです。

生活保護も活用すべき手段

 ただし、介護保険で高齢者向けの総合相談窓口「地域包括支援センター」ができたあと、障害者基幹相談支援センター、生活困窮者自立支援窓口が作られ、さらに子育て包括支援センターも始まるなど、またもや縦割り的な様相が生じています。分野ごとの専門機関は必要でしょうが、あらゆることを1次的に受け付ける「くらし何でも相談センター」のようなものを各地域に設け、110番みたいな全国共通番号でつながるようにできないでしょうか。

 生活困窮者自立支援法が、生活保護を受けないケースを前提にしていること、福祉事務所が生活保護をできるだけ増やさないという姿勢を取りがちなことも、大きな問題です。生活保護制度は、生活を支えて再建する重要な手段の一つ。保護の要件を満たしていて、役に立つ場合は活用するべきです。両方の制度は切り離すのではなく、しっかり組み合わせるべきだと思います。

精神的に弱っている、でも尊厳はある

 同時に大切なのは、本人の心理をよく考えて、アプローチすることでしょう。

 孤立して生活に困っている人はたいてい、精神的に弱っています。うつ状態、依存症、過労、混乱、逃避などに陥っていることもよくある。だから、自分から助けを求めることができなかったり、支援を拒否してしまったりするのです。

 そして、どんなに困っていても、プライドはあります。見下すような態度、否定する言葉を受けると心理的に傷つき、前向きになろうとする気持ちが萎えてしまいます。

 したがって、当事者への本格的な働きかけや支援は原則として、対人援助の訓練を受けた福祉の専門職がやるべきでしょう。もし危機が迫っていれば、ためらわずに必要な手だてをとる。

 一方で、孤立している生活困窮者を見つけることは専門職だけでは難しく、地域住民の協力で情報を得る必要があります。ただ、住民同士の日常の関係を深め、絆を強め、おせっかいをするのがよい、という主張には、すこし疑問を覚えます。前回紹介したように、近隣との濃いつきあいを望む人は減っています。また、住民の中には、私的なことをせんさくする、うわさする、論評する、否定する、指図する、自己責任を強調する、といった行動をする人たちもいるからです。それは住みづらさを招き、困っている人たちを排除することにもつながります。

 近隣の住民は基本的には、気にかける、声をかける、見守るといった範囲にとどめる。やがて研修やボランティア活動を通じて福祉マインドを身につけ、住民も変わっていく。日常の関係はゆるやかでありつつ、困っているときにうまく手を差し伸べるようになる。そういう地域社会づくりが望ましい方向ではないかと筆者は考えています。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保 障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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