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>3人じゃない。「8人」は「一体」なんです!!!
3人は営業担当ではない、直接外貨を稼ぐ担当ではない、ということです。<
ここは、僕もそのように感じてます。
役割分担して進めている、そう感じます。
ですから、8人がみんな納得してやってるなら、言われる筋合いはないものとは感じてました。
しかし、カンパをお願いするところまできてるとなると、8人の自己責任の範囲を超えてしまってることになります。
それでは「言われる筋合い」は生じてしまうものでしょう。
あの記事をあげるには、相当な屈辱感があったのではないでしょうか。
だから文面がちょっとおかしくなってしまったんじゃないかと感じてます。
あのようにせざるえなかったのは、ドコに原因があったのでしょうか。
具体面ももちろんあるけど、それ以上に信仰がしっかり身に着いてなかったことが大きいように感じられてならないんです。
今回のことだけじゃなくて先々の長い人生を考えれば、信仰で解決する習慣が絶対必要です。
その状態で仮に学会本部に戻ったとて、信仰で解決するというのが身に着いてないならば、ただ地獄をみるだけに感じられるのです。
そうなれば、これまでのたいへんな努力が泡となってしまい、悪徳幹部のまさに思う壺になるでしょうから。
本部に戻るにしろ、やっぱり信仰で解決する習慣が絶対必要になってくるでしょうね。
今さら言っても仕方ないことかもだけど、当初から信仰で解決していこうという習慣ができていたなら、ぜんぜん違った展開になっていた可能性がありますよ。
というより、実際そうなったでしょうね。
信仰の功徳はそれほど大きいものなんです。
それがなくとも、これだけできてるわけですから。
これでさらに信仰の福運までプラスされれば、今頃のようなことにはならなかったでしょうから。
今からではどうなるかわからないけど、これからどのようにするにせよ、信仰で解決していく習慣を身につけたほうがいいです。
「信仰で解決する習慣」が全てを切り開くことになりますよ。
あるいはまだ何らかの展開があるのかもしれないし、あるいはみんなの言う通りで、できる範囲でやっていくことになるか。
僕のほうでは具体面はなんともいえません。
この状況で、いろんな人から意見があっても聞けないものなんじゃないか、それが青年なのかもしれない。
だから、戸田先生の時代にはこういうエピソードもあったのでしょう。
人間革命とかに出てるのだろうけど。たまに学会員さんがこの話を出していたものだけど。
青年部たちが他宗教のトップを破折しても、相手は改宗するわけではなかったエピソード。
戸田先生はそれを知りつつ、実際にさせてみて実体験させたんですね。
ションボリする青年を激励しながら、なぜ改宗することにならなかったのか優しく諭したようですけど。
けっこう有名なのか、学会員さんが話を出しているのをたまに見かけてたんです。
この話を三人さんが知っていれば、今回の記事にはならなかったことでしょうから。
学会本部でいくらも働いていなかったなら知らなくとも仕方ないことかもしれないけれど、それなりの年月で働いてきて、それで知らないとしたら、これは秋谷元会長や原田会長などの怠慢というものでしょうね。
これでもう秋谷元会長や原田会長はまともにやってない実態が見えてしまうわけです。
三人さんを責める以前に、怠慢ぶりを反省するのが先でしょうよ。
いま彼らが苦労することになっているのは、学会本部はそれだけ信仰にはまるで役に立たないことをやっているのが実態という証明になってるのですよ。
職員ですらそんな状態では、会員へはなおさら役に立たないばかりか、かえって迷惑なだけです。
学会が彼らを責めるということは、それは同時に学会本部の怠慢ぶりをも同時に責めてるようなものでしょうね。
http://www.geocities.jp/bosatu2015/
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