「良い政府」の基本原則として、ビジネスと公職の分離がある。米国は、これを世界の規範にする努力の先頭に立ってきた。米国の規定では、公職者は自分の職務上の決定に影響されうる権益は手放さなければならない。大統領には適用されない規定だが、大半の歴代大統領がそうしてきた。名誉ある伝統であり、トランプ次期大統領がそれに倣うことは特に重要だった。自らの会社を通じて世界中に様々な資産を保有しているからだ。ところが、トランプ氏は利益相反の問題に茶番劇のような対応を取っている。
トランプ氏は、事業から自分を「完全に」切り離すと明言していた。だが、まったく行動が伴っていない。トランプ氏は自らの会社の経営を、絶えず連絡を取り合っている息子2人に譲り渡した。2人とも政権移行チームのメンバーだった。自分の富の全てが家族の管理下にある会社と結びついている状態は「分離」ではない。子供でもわかることだ。トランプ氏は、このお粗末な対応に、確かめようのない一連の約束を付け加えた。息子2人とファミリービジネスに関する話をすることは一切やめる。会社の意思決定に「倫理的な」制約を課す。外国の公職者が自分のホテルを利用した際の収益は財務省に譲り渡す。外国との「取引」は禁じる(何が「取引」にあたるのか、はっきりしないままだ。例えば、外国の相手からの投資は「取引」にあたるのか、知るよしもない)。
しかも、トランプ氏は納税申告書の公表を拒んだままだ。この点を突かれた時のトランプ氏の答えは、曖昧ではなかった。自分は納税申告書の公表を拒否しても大統領選に勝ったと、トランプ氏は主張した。つまり、米国民は自分の納税申告書のことなど気にしなかったのだから公表する必要はない、という意味だ。この論法は、お笑いぐさだ。トランプ氏に投票した米国民のすべてが、米国を一つに束ねる基準を踏みにじる権利をトランプ氏に認めているわけではないのだ。
要するにトランプ氏は、米国も世界も自分の言葉を信じるべきだと考えている。だが、この問題に関するトランプ氏の振る舞い方は、自分の発言を解釈に委ねようとする姿勢を物語る。側近のケリーアン・コンウェイ氏によると、発言の真意をつかむには「彼の心の内をのぞき込む」必要があるという。
トランプ氏が大統領として意思決定をする際に、自分のファミリービジネスへの影響を考慮したりはしないと信頼することは、誰にもできない。国内でも海外でもトランプ家の会社に利益をもたらせば大統領の歓心を買い、逆の場合には怒りを買うだろうと考えるのが筋だ。
例えば資産を完全な白紙委任信託に預託したり、売却したりするなど、自分をビジネス上の権益から切り離すことをしないせいで、トランプ氏は大統領就任初日から不正を疑う目で見られるばかりか、政権内の他の億万長者らに対して、さらに最も重大な点として世界各国の政府に対して、ひどいメッセージを発信している。
米国は世界の腐敗との戦いを率いてきた。米国は模範を示し、海外腐敗行為防止法のような立法措置も講じている。トランプ氏はどちらの面でも、米国の二重基準に対する批判に端緒を開いてしまった。
健全な民主主義においては、所定の制度と規範が公職者に一定の行動を取らせるので、公職者に対する国民の信頼は必要とされない。大統領がビジネス上の権益を保有することを法律が禁じていないのは事実だ。だが、その法律は、大統領は正しい行いをするという信頼を前提にしている。その信頼が成り立たないのであれば、議会が法を改めるべき時だ。
(2017年1月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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