http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20161212-00065383/

【問題点1】
千田有紀教授の記事には、日本の最高裁が昭和62・9・2判決において有責配偶者からの離婚請求を一定の要件の下で認めている、という事実を明記していない点が問題。
小川富之教授は「離婚原因をつくった有責配偶者からの離婚を認めないという有責主義的な規定がまだ残っている日本の離婚制度」と述べ、上記最高裁判決に言及しないことによって世論を誤導しているし、小川教授の発言をそのまま記事に記載し、なんら批判していない千田教授も同罪。
私はオーストラリアの事情は知らないが、日本では民法典そのものを頻繁に改正するのは難しい事情があって、だから最高裁判例が事実上、条文の改正と同様の機能を果たしているわけで、民法典と最高裁判例とはセットで考えないと話にならない。
【問題点2】
小川富之教授の論理は以下のようなものである。「法定別居制度」が採用され、離婚のときに相手方の有責性を攻撃する必要のない国では、夫婦の葛藤を抑制できているが、日本のように、離婚原因をつくった有責配偶者からの離婚を認めないという有責主義的な規定がまだ残っている日本の離婚制度のもとでは夫婦の葛藤が抑制できていない、とのこと。
しかし、上述のとおり、日本でも最高裁判決で有責配偶者からの離婚請求が一定要件の下で認められていて事実上、外国の「法定別居制度」(に基づく離婚制度)に近い制度が存在するわけだから、この判決を使えば相手方の有責性を攻撃せずに離婚できる。すると小川氏の論理でいけば日本でも夫婦の葛藤は抑制できているはず。よって小川教授の主張は間違っているし、その点をきちんと指摘しない千田有紀教授も間違っている。
【問題点3】
千田有紀教授は、日頃からこういうこと↓(※)ばかり考えている人ですから、ウソを書くのも仕方がない面はありますが、それにしても困った学者です。最高裁の判例がたとえあっても、自分の主張に不利になることは記事には書かない。言葉の意味をずらして意味を変えて、言葉に亀裂を入れる。
千田有紀教授は「大学教授」「社会学者」の肩書と権威を利用して間違った法律知識を流布するのはほんとうに勘弁して下さい。「男の論理」を崩し女性優位社会を作るためなら手段は選ばない、というのでは困る。
(※)




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【その後・・・】2016年12月18日



日本の民法は「破綻主義」離婚を採用している。なぜなら裁判離婚の原因が770条1項に掲げられているが、1号から4号に個別の離婚原因を掲げ、1項5号が「その他婚姻を継続し難い重大な事由」を挙げている。これは一般的破綻主義を宣言したものと解されている。そうだとすると、これは最も包括的な離婚原因であるから、1号から4号の個別的な離婚原因は「婚姻を継続し難い重大な事由」の例示であるということになる。つまり1号から4号のような事由があれば原則として離婚が認められるが、それに含まれなくても、それに匹敵する事由があれば5号で離婚事由となる(内田貴『民法Ⅳ』補訂版110-111頁参照。さらに、次の写真も参照)。

ところが千田有紀教授は日本の民法は「有責主義」である、と繰り返し言うから、それはデマだ、と私はtwitterで言っている。
では千田有紀教授は、有責配偶者からの離婚請求を認めた最高裁判例があるのを知っていたのなら、なぜ自分の記事の中で言及しなかったのだろうか?
千田教授の記事は、「離婚のときに相手方の有責性を攻撃する必要のない国」では、夫婦の葛藤を抑制できているが、日本は離婚のときに相手方の有責性を攻撃する必要があるから夫婦の葛藤が抑制できていない、という話でした。すると有責配偶者からの離婚請求を認めた最高裁判例の要件を満たす場合には相手方の有責性を攻撃する必要はないのでこの最高裁判例は千田有紀教授にとっては不都合な判例ということになります。
要するに千田有紀教授は、有責配偶者からの離婚請求を認めた最高裁判例を記事の中で言及すると、「離婚のときに相手方の有責性を攻撃する必要があるため夫婦の葛藤が抑制できていない高葛藤の日本人夫婦像」をでっち上げるために不都合だから、わざと、故意に書かなかったということです。
しかも千田有紀教授は、日本の民法は「有責主義」だとデマを流したほうが、「離婚のときに相手方の有責性を攻撃する必要があるために夫婦の葛藤が抑制できていない高葛藤の日本人夫婦像」をでっち上げることができて、自分の主張に有利になるから「有責主義」とデマを流しているのです。もしかしたら日本の民法が「破綻主義」であることを不勉強のため知らなかっただけかもしれませんが。
【さらにその後・・・】

千田有紀教授はまだ「有責主義」と言っていますね。
ちなみに司法試験の昭和33年第2問では「離婚法における破綻主義を論ぜよ」という問題が出題されていました。
千田有紀教授の言うように、もし破綻主義の一部が導入されたのが「昭和のほぼ終わり」だったとしたら、昭和33年の司法試験でなぜこんな出題がされたんでしょうかね(笑)?
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【さらにその後・・・】2016年12月19日






民法は離婚については770条で「破綻主義」を定めており、「有責主義」ではない。また日本の最高裁は昭和62・9・2判決で有責配偶者からの離婚請求も一定の要件の下で認めていて、この判例は積極的破綻主義を採用したと解されている。にもかかわらず千田有紀教授は今の民法でも旧民法の有責主義が残っている、という。言っている意味がよく解らない。

「そもそも770条の法解釈が焦点の記事じゃなかったでしょう?」と言われても、770条は有責主義だという奇妙な解釈を前提に、日本の夫婦は有責主義ゆえに離婚時に高い葛藤があるという情報を千田有紀教授が流したから、私は、小川富之教授(及び千田有紀教授)が有責主義と解する根拠を質問したんですけども?