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B.K.B.
Big Kahuna Burger
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B.K.B. 1月9日
山城むつみの「ベンヤミン再読——運命的暴力と脱措定」。寝床で読む。
B.K.B. 1月9日
真空低温調理にハマって今日も夜な夜なローストビーフを作る。高温のフライパンで肉の表面に焦げめをつけてメイラード反応を起こさせたのち、肉をジップロックに入れてアクチンが変性しないよう65.5℃以下の低温で3時間煮る(アクチンが変性すると硬くなって食味が悪くなる上に肉汁が失われる)。
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猫飛ニャン助 1月8日
必要あって大西巨人を「転向」という視点から再読中。晩年時における大西リスペクトの大方は不抜の良心の人といったイメージかと思うが、大西に戦時下「転向」あったことは明らか(宮本顕治ではない)。で、それはどのようなものだったのか。直接の資料なきに等しいが。転向論は焦眉の現代的課題かと。
B.K.B. 1月7日
久方ぶりに平方イコルスンの『スペシャル』の公開分を上手いなあ、さすがだなあなどと思いつつ一気読みしてしまった。これで「とっておきの脇差」(『成程』所収)みたいな怪作も書いて見せるから凄いんだよな。
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新潮 1月7日
【NEWS】本日発売開始の新潮2月号にて、山城むつみ・大型評論「ベンヤミン再読―運命的暴力と脱措定」を発表!……法と正義を巡るテクストを、戦争と運命の考察から読み抜く。進行形の「暴力批判論」論。 Iベンヤミンの転回/II運命的暴力/IIIアガンベンと脱措定/IVデリダと脱措定
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逆卷 しとね 2012年10月25日
ジェイムソンのド・マン評は、彼が披露する以下の逸話に凝縮されているように思う。学生のレポートに腹を立てたド・マン。「何かを脱構築するにはまずそれを信じていなければならないということを彼らは理解していないんだ」
B.K.B. 1月6日
星野源、ナンバガ好きなんだねえ。 星野源による透明少女
B.K.B. 1月5日
古賀忠昭『古賀廃品回収所』落手。以前に知人に薦められて『血のたらちね』を読み、これはベケットだ!と衝撃を受けた。けれどもベケットがイメージを解体して「びーん」の如き無機質な場所を志向するのに対して、古賀の詩は天皇・血・糞を煮詰めた臭気の漂う場所にある。そこを「地獄」と呼ぶべきか。
B.K.B. 1月4日
今月発売の『新潮』2月号に発表される山城むつみの大型批評「ベンヤミン再読——運命的暴力と脱措定」が楽しみだ。
B.K.B. 1月2日
どうせなら『まっぷたつの子爵』を文庫or新書にしてくれたらなぁ。
B.K.B. 1月2日
あれ? カルヴィーノ『不在の騎士』って河出文庫から出てなかったっけ……。絶版?
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藤原編集室 12月31日
イタロ・カルヴィーノ『不在の騎士』米川良夫訳(白水Uブックス、3月刊) 時は中世、勇猛果敢な戦いぶりで名を馳せる騎士アジルールフォ。だが、その白く輝く鎧の中はからっぽだった。騎士の資格を疑われたアジルールフォは、その証をたてんと遍歴の旅に出るが・・・。〈我々の祖先〉三部作の一作。
B.K.B. 1月2日
レーニン『帝国主義論』はいくつも翻訳が刊行されているが——角田安正によれば現在までに46種類の邦訳があるらしい——、レーニンが参照したホブソン(ホブスン)の『帝国主義論』は65年前に出た岩波文庫版(当然ながら品切重版未定)以降邦訳がない。まったく〈お粥(カーシャ)〉みたいな話だ!
B.K.B. 1月2日
「モンテーニュの思考は、光沢のある美しい魚のように、『エセー』という豊かな水槽のなかでいつまでものんびりと泳ぎまわっているが、それらをひとつずつパスカルは取り出してくる。それらの思考をパスカルはひとつずつ考え直す。」(シャルル・デュ・ボス「パスカルの言葉」)
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眼鏡パンダ 12月29日
私は素朴観念論の立場を取っていますから、ウイルスなどというものは実在しない、超越論的統覚がウイルスの観念を思惟するからインフルエンザだのノロだのに罹るのだと考えていましたが、私の観念よりもウイルスの観念の方が強力だったようで、今ではすっかりウイルス恐怖症になってしまいました。
B.K.B. 12月28日
ケネス・バーク『動機の修辞学』を読み始めた。『動機の文法』は未読だけどなんとかなるやろ。
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vasarely 2012年3月31日
このスコセッシのリスト、蓮實重彦氏が好きな映画の中に、スパイスのように嫌いな映画が混ざっていて面白い。RT : スコセッシ監督が、映画監督志望の若者に推薦する傑作39本 : 映画.com
B.K.B. 12月27日
風呂に浸かりながら川端の『山の音』を読む。
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Mash Yash 8月24日
高野清弘訳の『法の原理』には、岩波文庫版にはないシュトラウスのホッブズ論に依拠した詳細な訳注がある。さらに訳者あとがきの「追記」には、岩波文庫版が藤原・高野の翻訳作業について全く言及しないことを「承服しがたい」とし「ホッブズに関する間違った理解にもとづく誤訳が目立つ」との指摘も。
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Mash Yash 12月5日
ホッブズ『法の原理』行路社を翻訳した高野清弘氏が、岩波文庫版『法の原理』についての書評を公刊『甲南法学』第57巻1・2号(2016年11月)224箇所について翻訳の妥当性を検証するのみならず、田中浩氏による「解説」岩波新書の『ホッブズ』(2016)での自然状態論の解釈の問題性が、
B.K.B. 12月23日
ブコウスキー『パルプ』を読んでセリーヌを読みたくなる。何を読むか。フィリップ・ソレルスが「モリエールの最良の作品に匹敵する」(ソレルス『セリーヌ』)と評した『Y教授との対話』の妙味も忘れ難いのだが国書の『セリーヌの作品』は持ち歩くのに不便。ここは文庫版の『なしくずしの死』かなぁ。
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千野 帽子 2012年5月20日
〈ナチスドイツがドイツ社会から偉大な市民を選び出すその眼の高さ、そして百パーセントの有効性で追い出すそのやり方には敬服に価するものがある〉(ケネス・バーク「フロイト および詩の分析」森常治訳)。
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fukudA_M 12月14日
「〜と思った」を使わない川端の特異性はあるのでは?(山下) いわゆる自由間接話法はフローベールをはじめ珍しいものではない。(渡部) ジェラール・ジュネットいわく、作中人物が話者の言葉を乗っ取るのが自由間接話法。内的独白は、作中人物を話者が乗っ取る。
B.K.B. 12月14日
ピエール・メナール、でしたね。恥ずかしい。
B.K.B. 12月14日
これはボルヘスが「カフカとその先駆者たち」で詳説した優れた作者は自らの先駆者(=初回)を存在せしめる、というテーゼとも響きあっている。ボルヘスといえば、山城が「小林批評のクリティカル・ポイント」で引いていたのは他ならぬ「『ドン・キホーテ』の著書、ピエール・ルナール」であった。
B.K.B. 12月14日
「『反復』するまえに初回は存在しない。『反復』することによって初回が後方に存在するようになるのだ。『反復』とは、だから、結果として後方に初回が浮かび上がるように前方に運動せよという倫理であり、そのような運動によって初回を後方に存在させよという命令である。」(前出「追憶と反復」)
B.K.B. 12月14日
コピーしたまま引き出しの奥で眠っていた山城むつみ「追憶と反復」を読み、打ちのめされる。このエセーの末尾近くにある『反復』についての洞察は、キルケゴールの心臓を摑んでいると同時に、「小林批評のクリティカル・ポイント」以来の山城じしんの批評の核心=心臓そのものでもあるだろう。
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Naoya Mori 12月13日
言説の内容が批判的であることが「批判」なのではない。その言説が提示するイデーとそれを書いている者の実存との「乖離」が状況によってその言説そのものに刻み込まれていることがその言説を「批判」にする。 ー山城むつみ「ユダヤ人でないカフカ」(『草獅子』カフカ特集)
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The Paris Review 12月13日
“A person does not always look like himself,” Dostoyevsky writes of sitting for his portrait by Vasily Perov.
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Hideaki Suzuki 10月9日
ド・マン『ロマン主義と現代批評』では一貫して黙示録的時間性が批判され、これに抗するワーズワスのprolepticな(非弁証法的)時間性が、その詩の精緻きわまりない読解によって抽出される。ハイデガーに抗するヘルダーリンの詩の読解も同様。「時間性の修辞学」とは微妙に異なる時間性。