母ちゃんです。
ありがたみの分からん人は多い。
母ちゃんは子供の頃から、人より当たり前が
少なかったので、嫌でもありがたみが分かる
人生を歩ませてもらった。
そのおかげで、とても幸せに生きてこれた。
それでも、母ちゃんもまだまだや。
まだ足らん。
当たり前の暮らしの中で、ありがたみを育て
ることは、とても難しい。
あれば、それが当たり前になってしまう。
ありがたみが分かるようになる一番簡単な方
法は、ないことや。
なければ自然と、ありがたみは育つ。
お腹一杯にご飯を食べることができない環境
にあれば、ご飯のありがたみが嫌というほど
分かるやろう。
いつもお金に苦労してきた人であれば、
誰よりお金の大切さを知っとるやろう。
家族も愛情も知らず育ってきた人ならば、
家族を思う気持ちは、人一倍強いやろう。
それでも子供達には、ある中で教えたい。
ありがたみの分かる人であってほしい。
今日は、その話しよか。
もうどれほど前になるのかは忘れてしもたけ
ど、アフリカのどこかの国で、貧しい中にあ
りながら、それでも一生懸命生きる子供達を
特集しとる話が、テレビで放送されとった。
母ちゃんはそれを見て、自分はまだまだや、
もっと大切に生きなあかんなと、強く感じた
のを覚えとる。
母ちゃんが強く心に残っとるのは、将来はデ
ザイナーになりたいと夢見る少女の話と、学
校に行きたくても通えない、それでも勉強す
る意欲にあふれた少年の話やった。
デザイナーになりたいという少女の家は貧し
く、学校に行くお金はない。
暗いコンクリートで囲われているだけの狭い
家に、家族で暮らしている。
電気は通ってないし、日中も薄暗い。
少女は毎日家族のために、その日みんなが食
べるご飯のために、お金を稼ぐ。
そんな少女には夢がある。
それは、デザイナーになること。
でも少女には、針や糸や布を買うお金など
ない。
ただの一本の糸でさえも、買えへん。
それでも少女は、デザイナーになるのが夢な
んやと言う。
少女は、自分に使える時間などないはずやの
に、きちんと夢を持っていた。
自分のなりたいものを心に思い描いていた。
母ちゃんは、ミシンをしたり、手縫いで縫い
仕事をするたび、糸を見るたび、その少女の
ことを思い出す。
あの少女にとってこの作業は、どれほど幸せ
なことやろうか。
どれほど憧れていた光景やろうか。
母ちゃんは小学生の頃、一泊二日の野外活動
というものがあった。
野外活動には必ず、リュックを持ってかなあ
かんかった。
ただ父親はそれを買ってくれなかったので、
母ちゃんはとても困った。
リュックがないと荷物が入らへん。
母ちゃんは仕方ないので、手縫いでナップザ
ックのようなものを縫うことにした。
なるべく大きい布を、おこづかいで買った。
この頃はミシンなど持ってなく、手芸の知識
もほとんどなかったので、見よう見まねで作
ったそのナップザックもどきは、帰る日の朝
には、ただの布きれになってしまった。
仕方がないので、持ってきた着替えをそれに
被せて何とかリュックのようにした。
ただの並み縫いでしか縫ってなかったから、
すぐほどけてしまったんやな。
だから、家庭科の授業で初めてミシンを習っ
た時には、その便利さに感動した。
これからはミシンがなくても、ミシンのよう
な縫い方をすれば、壊れやんカバンが縫え
る。
母ちゃんは、ミシンの知識ができたことが、
とても嬉しかった。
自分のミシンを持てたのは結婚してからやっ
たけど、ミシンが家にあることが、何より嬉
しかった。
特別なような気がした。
そして娘が幼稚園に入園するとき、娘の入園
カバンを作れる機会があった。
母ちゃんは、嬉しかったんや。
一回失敗しとるから、大丈夫や。
壊れやん縫い方の知識はある。
それに、今はミシンがある。
絶対に壊れないカバンを縫ってあげられるこ
とが、とてもとても嬉しかった。
娘には悲しい思いをさせずにすむことが、
母ちゃんはとても幸せやった。
今になってもなお、自分のミシンがあること
は、母ちゃんにとって特別なままや。
それでも母ちゃんは、あの少女に比べたら、
きっとそれは、比べもんにはならんやろう。
あの少女ならきっと、針も糸もあらゆる布地
も、母ちゃんよりはるかにありがたいものや
と思うやろう。
母ちゃんは、まだ使える糸くずを、もう短く
なったからといって新しい糸に替えたりしと
ったし、 たまに洋服がほつれて、ビックリす
るぐらい長い糸がとれた時は、迷わず捨てと
った。
少女はきっと、その洋服のほつれた糸でさえ
も、とても喜んだやろう。
勉強がしたくて、それでも家が貧しくて学校
に通えない少年は、家の仕事の合間に、学校
の校舎まで行く。
もちろん入れはしやん。
学校に通える子は、自分の家よりも裕福な子
供達だけなんや。
校舎は一階しかなくて、窓もドアも開いてい
るので、少年は、その校舎のそばで授業を聞
くことができた。
そして、毎日のように通っては一生懸命授業
を聞いた。
紙も鉛筆も買えなくて、計算問題は地面に石
か木の棒で書いて解いていた。
そしてそれは、必ず正解やった。
勉強はとても楽しかった。
後に小さくなった鉛筆を拾って、それを宝物
のように大事に大事に勉強に使っていた。
少年の夢は、学校に通うこと。
大好きな勉強をすること。
自分の教科書やノートや鉛筆が持てること。
母ちゃんは、娘が新しい学年になるたびに、
古いノートの余ったページを見るたびに、
短くなった鉛筆をみるたびに、
その少年のことを思い出す。
少年にとってそれは、どんなに宝物になるや
ろう。
たった一枚の紙でも、たった一本の短い鉛筆
でも、その少年にとってそれは、どれほど憧
れるものやろう。
母ちゃんは、娘の余ったノートはいつも、
メモ帳にしとる。
父ちゃんは、娘の余ったノートに、仕事の予
定を書き込んで使っとる。
でも、その少年のような気持ちではきっと
いられてないやろう。
その少女や少年の夢は、叶ったやろうか。
母ちゃんは、その少女や少年と同じ気持ちを
持つ立派な大人には、なれるわけがない。
その少女や少年と同じだけの、ありがたみの
分かる人にはなれるわけがない。
母ちゃんは娘に、いつもこの少女と少年の話
をする。
そして、自分が置かれている状況がどれほど
幸せなことなのかを、いつも教えている。
ありがたみは、ない人には敵わん。
母ちゃんは一生、その少女と少年には敵うは
ずがない。
まだまだや。
今も、あの少女と少年のことを、思い出す。
大切に生きなあかんことを、思い出すんや。