りあこちゃんが目を覚ますと、そこは地獄だった。あたりを見回すと真っ赤な血の池やきらきらした針山など典型的な地獄っぽい地獄が広がっており、りあこちゃんは目の前の光景に対して「地獄だ」と言った。
「起きた~?」
冷たい床で目を覚まし、どれだけ寝ていたのかわからないほどの節々の痛みに苦しみながらもどうにかこうにか起き上がったりあこちゃんが最初に目にした人物は、悪魔がよく持っているフォーク的な大きいアレを左手に抱えて閻魔帳っぽい分厚い本を右手にたずさえた、典型的な閻魔っぽい雰囲気の少女だった。
「ここは地獄……?」
「めっちゃ察しいいな!!そうそう!!ここ地獄!!」
閻魔っぽい少女はとてもノリが良い。
「あなたは自殺という禁忌を犯したことによってこの地獄に送られてきました。生前の行いを反省し刑を受け、悔い改めなければここから出ることはできませーん」
「えっ、わたし自殺したの」
「覚えてねーのかよ」
りあこちゃんは自分の服装を見た。
頭に手をやると帽子があり、外してみると黒の女優帽である。髪はどうやら茶髪のロングヘアでぐるぐるに巻かれており、白のニットワンピに黒のブーツを履いている。
「おまえの名前はりあこちゃんね」
「りあこちゃん?」
「そう」
所持品を探ってみても周囲には何も見当たらないし、服にはポケットも無かった。記憶がすっ飛んでおり、自分の生前に関する手がかりは何も得られない。身体の節々が痛かったがりあこちゃんの意識は不思議と明瞭だった。
「あなたは閻魔?」
「うん!閻魔ちゃんって呼んでね〜」
閻魔ちゃんは閻魔なのにリズリサを着て首からマイメロのポシェットをさげている。そして閻魔ちゃんは閻魔のわりにはフリフリのソックスを履いて姫カットのツインテールをしており、その容姿を見たりあこちゃんは、なんかこの人の方が生前罪を犯してそうな気がするけどな、と思った。
「わたしには地獄での名前と、刑罰を決める権利がある!おまえはわたしにとって特別な存在で、ずっとおまえが地獄に来るのを待ってたの~まじでもう待ちくたびれた」
「はあ」
「りあこちゃんに受けてもらう刑罰を発表しま〜す!」
閻魔ちゃんはりあこちゃんの目の前にしゃがみこみ、閻魔帳を開いてまじまじとりあこちゃんの目を見ながら告げる。りあこちゃんは終始不思議そうな表情をしていた。
「俳優の追っかけ」
「ええ。といいますと」
「りあこちゃんには働いてもらう。働いて得たお金を生活費を引いて全額イケメン俳優に費やしてください。そしてりあこちゃんは自分の生活を犠牲にして俳優を追っかけなければなりません」
「……それ楽しいの?」
「イケメン俳優に認知されたらりあこちゃんの刑は終了、りあこちゃんの魂は消滅しま〜す」
「にんち……?うん、わかりました……」
閻魔ちゃんはりあこちゃんに、マイメロディのケースに入ったiPhoneを渡した。りあこちゃんが怪訝そうにロックを解除してみると、Twitterのアプリとヤフオクのアプリがインストールされている。ブックマークにはなぜかチケット流通センターとチケットキャンプと推しのブログのURLしか入っていなかった。
「りあこちゃん!おまえが最も苦しまなければいけないのは、推しのことを別に好きでもないのに全通しなければいけないということだ!おまえの精神はあくまでも正常なまま刑罰に送り出してやる」
「ぜんつー……?でも俳優の追っかけっていっても舞台をみたりするくらいでしょう?それなりに楽しいんじゃ」
「あ゛ーーーー!!!わたしはずっとずっと前からてめーのそういう態度が気に食わないんだよ!!!!!!!!!」
閻魔ちゃんは文脈を無視して一瞬でブチギレし、首からさげていたマイメロのポシェットを乱暴に床に叩きつけた。「あぁ」とりあこちゃんが悲しい声をあげるのも気にせず、閻魔ちゃんは床のポシェットを踏み潰してりあこちゃんに怒鳴る。「もう本当おまえと喋ってるとイライラするからさっさと行ってきて!」
すると閻魔ちゃんは、左手に持った閻魔っぽいフォーク的な何かを一振りするとりあこちゃんに新しい肉体を与えた。りあこちゃんが口をぱくぱくさせている間に、閻魔パワーでりあこちゃんをふたたび現世に送り返したのでした。
りあこちゃんがふたたび目を覚ますと、そこはワンルームの部屋のようだった。りあこちゃんは薄い布団と毛布にはさまれた状態で眠っていた。身体の痛みはなくなっていたが、代わりに左腕に鈍い痛みがあった。
「げ」
起きた時刻は真昼のようで、窓から陽射しが狭い部屋にさしこんでくる。恐る恐る起き上がって左腕を確認したりあこちゃんはドン引きした。りあこちゃんの新しい肉体には無数のリストカット痕があった。 枕元にはマイメロディのぬいぐるみと、コップに入った水と薬局の袋に入った錠剤が置いてある。サインバルタ、セディール、メイラックス、ジプレキサ、リーマス、レンドルミン、りあこちゃんがiPhoneで調べてみるとそれはどれも精神科で処方される薬だった。刑罰の最中に苦しくなったら飲んでもよいのだろうか、とりあこちゃんは思案した。
ハンガーラックにはピンクのふりふりした服しかかかっておらず、りあこちゃんはこんな部屋を用意した閻魔ちゃんはどれだけ趣味が悪いんだ、と思った。りあこちゃんは枕元にある手帳を開くと、そこにはアルバイトの予定が書かれている。
りあこちゃんはそれから朝も夜も働き、手帳に記されている通りに舞台に向けてお金を貯めた。りあこちゃんにとって労働は刑罰なので無限に襲ってくる苦痛だったが、場所が現世なのであんまり地獄の刑罰だという実感がなくただただ空虚に刑罰の時間を過ごした。
一人暮らしという設定であろう部屋には、りあこちゃんが追いかけなければいけない俳優が出ている雑誌やDVDが大量に置いてあった。雑誌のプレゼントで当選したであろうグッズや、綺麗に整理されたチケットの半券がクッキー缶に入っていたが、冷蔵庫の中にはしょうゆとヨーグルトしか入っていなかった。
りあこちゃんには生前の記憶がないので、どうして自分がこの刑罰を受けているのかがわからない。追っかけのためにお金を貯め、そして舞台が始まったらすべての公演の前のほうの席に入らなければならないと言われている。りあこちゃんは日に日に精神を病んだし、りあこちゃんはそれが閻魔ちゃんの狙い通りであることもわかっていた。この行為はいわゆる「理不尽」の表象であり、ドミノ倒しのようなものだとりあこちゃんは認識していた。
りあこちゃんには予め友達が用意されていた。どうやら閻魔ちゃんが設定を用意しておいてくれたらしく、現世でのりあこちゃんは、とてもとてもその俳優のことが好きで毎晩その俳優のことを想いながら泣き、認知してほしい、お芝居が見たい、ということをずっとインターネットで言っている少女だった。そのりあこちゃんには他の俳優のことを同じように苦しいほど好きな友達が何人もいた。りあこちゃんがツイッターを遡ると、こんな気持ち悪い発言をできるのかというほどに気持ち悪い俳優への愛がつづられており現世のりあこちゃんは閻魔ちゃんの用意した設定にドン引きした。この嫌悪感も刑罰だろうと思った。りあこという語が、芸能人に対してリアルに恋してしまうという状態の略称だということをそこで知った。ああ、だからりあこちゃんなのか、とりあこちゃんは思った。
そういえば閻魔ちゃんはわたしのことを嫌いだと言ったっけ、だからこんなに自分に対して気持ち悪さを抱くというある意味ではけっこう最悪な刑罰なのか、と、りあこちゃんは納得した。
りあこちゃんが毎日必死に働くとお金は貯まり、舞台が始まった。
同じ舞台を20回見ることは、最初の2回くらいは楽しかったものの後半になるにつれてりあこちゃんにとっては苦痛でしかなかった。閻魔ちゃんが「認知されたら終了」って言っていたので、りあこちゃんは俳優に認知してもらうために必死になった。皮肉なことにそうして必死になっている様子は端からみれば純粋に好きゆえに認知してもらいたい様子と一切変わらず、りあこちゃんは一見するとただのヲタクと変わらなくなっていった。
りあこちゃんは、地獄の刑罰で舞台に全通してるんです、などと誰にも言えず、周りにリアコのガッツだと思われたまま舞台が終わり、また働いて次の舞台が始まり、ファンミーティングを挟んでまた舞台、という日々を過ごした。
「もうこのままじゃ一生俳優の追っかけだよ~!」
一生などとりあこちゃんはすっかり生きている風に言っているが、りあこちゃんはすでに死んでいる。 舞台に通っても通っても一向に地獄に戻れる気配がないりあこちゃんは困り果て、部屋の布団で泣きながら寝ていた。
「まじでお前おたくするのヘッタクソなんだな」
そんなりあこちゃんの部屋に、突如として閻魔ちゃんの声が響き渡った。りあこちゃんが驚いて宙を見上げると、そこには閻魔ちゃんの姿があった。ふわふわと宙に浮いており、勝ち誇った顔で閻魔ちゃんを見下している。
「閻魔さぁん、舞台が楽しいなんて言ってすみませんでした…… 毎日眠れないし、手紙はネタ切れするしもう散々です……」
「わかったならいいけどさ。りあこちゃん、わたしはてめーに反省心が芽生えたから、ボーナスを与えにきたんだ」
「ボーナス……?」
「ボーナスっていうかヒントだよ。まあ諸刃の剣だけどな!てかお前にこれ教えてもお前は苦しむだけか。りあこちゃん、てめーは推しちゃんにプレゼントのひとつやふたつでも買えばいい」
「プレゼントって……何を」
「じゃあライダースにしなよ」
「ええ、高そう」
「高くなきゃ意味ねえよ」
「どうしてですか?」
「若手俳優は意外とそーゆーとこシビアなの。じゃーね!」
そう言うと、閻魔ちゃんは煙にまかれてまた地獄へと帰っていった。結局のところわたしの刑罰終了を決めるのは閻魔ちゃんなのだから、閻魔ちゃんの言うことを聞かなくてはいけない、と思ったりあこちゃんはお金を貯めて俳優にライダースをあげることにした。Googleで検索してみると60万円のライダースを買った俳優がいるらしいが、60万は無理なので仕方なく12万円のライダースにした。りあこちゃんは死ぬ気で1ヶ月働き、そのライダースをとうとう買った。
しかしりあこちゃんがそのライダースを買ったところで、りあこちゃんはツイッターで同厨に合計30万円のプレゼントを俳優にあげたことを自慢され、りあこちゃんは鬱になった。おそらく閻魔ちゃんの差し金だが、それにしてもひどいよ!とりあこちゃんは泣いた。りあこちゃんはこの世の無常さについて考えていた。俳優に湯水のようにお金を使う人たちというのはこんなにも世の中にいたのか、りあこちゃんはおそらく生前にそれを知らなかっただろう。
りあこちゃんは刑罰開始時に、正直俳優からの認知なんてすぐもらえて地獄に帰れるだろう、と適当なことを思っていた。が、意外と時間とお金がかかり、りあこちゃんは絶望に打ちひしがれることになっていった。地獄の刑罰なんだからこれくらいの苦しみがないと地獄に不相応なのはなんとなくわかっているが、りあこちゃんは自分が趣味を楽しんでいるという体裁で刑罰を受けていることがもっとも苦しかった。趣味というものは本来やめたいときにやめられるものであるが、りあこちゃんにとって趣味は刑罰なので逃げることができなかった。
そんなある日、りあこちゃんの目の前に天使ちゃんと名乗るヲタクが現れた。
りあこちゃんとは推し被りだったので、認知されなくてはならないりあこちゃんにとっては敵である存在だった。天使ちゃんはツイッターを使ってりあこちゃんに挨拶させてくれと迫り、ことを荒立てたくないりあこちゃんはしぶしぶそれに従った。待ち合わせの劇場前に現れた天使ちゃんは、黒髪ロングにチェスターコートといったいでたちで、PRADAのバッグを肩から提げていた。
天使ちゃんは、りあこちゃんが会場でよく見る誰だかわからないヲタクだった。
りあこちゃんに声をかけた天使ちゃんは「閻魔ちゃんに命令されて全通してるんでしょ」と、いきなり真実を穿つようなことを言ったのでりあこちゃんは動揺した。天使ちゃんは、そりゃ天使だからさあ、と言った。そして「ちょっと付き合って」とりあこちゃんを喫煙所に誘い、ふたりは並んでいすに座ると天使ちゃんは早々に質問をした。
「閻魔ちゃんがどうして地獄にいるのか考えたことはある?」
「いやあ、だって閻魔だから」
「地獄にいける人間は自殺した人間だけ。閻魔ちゃんもあなたと同じで生前に自殺しているの、たまたま地獄で出世して閻魔なんてしてるけれど」
天使ちゃんは煙草に火をつけて吸って、それから淡々と続ける。
「自殺は生前のあなたが原因なのよ、りあこちゃん。あなたの生前の名前は……あー思い出せない、それは閻魔ちゃんに聞いといて」
「わたしが原因?」
「そう。りあこちゃん。あなたは閻魔ちゃんに復讐されているの。今のあなたの肉体も生活環境も、生前の閻魔ちゃんと全く同じ、コピーされたものなの」
「どういうこと……」
「生前の閻魔ちゃんはあの部屋に住んでいて、そして今のあなたの肉体で、でも性格は閻魔ちゃんだったのよ。いまの閻魔ちゃんと全然変わらない激情的な、……俳優の追っかけだった。閻魔ちゃんは怨恨をこめてあなたにりあこちゃん、なんて悪趣味な名前を授けたのよ! 生前のあなたは閻魔ちゃんの好きな俳優の彼女だったの」
「俳優に対して本気で恋愛感情を抱いてたの?それで生前のわたしを恨んでいま復讐している……ああ、なんか薄気味悪い……」
「閻魔ちゃんは精神異常で、理性を経由せずに恋する人間だったからしかたないわよ」
「現実世界でよっぽど恋愛に飢えていないとそんな惨憺たることにはならないと思う」
「ああ、でも閻魔ちゃんには生涯で5人の彼氏と3人の彼女がいたのよ。最後の2年間はずっとその俳優のことが好きだったみたいだけどね。うーん、嫉妬とは違ったな、閻魔ちゃんにとって俳優はどちらかといえば宗教だったんじゃない? あなたは教義を乱してしまったの」
「宗教って。俳優は宗教じゃないけど」
「閻魔ちゃんにとっては宗教だったのよ。その俳優をめぐって閻魔ちゃんとあなたは包丁が出るくらいの大喧嘩をして、穏やかでぼんやりしたあなたを閻魔ちゃんは責め続けてとうとう別れに追い込んだ。でもそれで閻魔ちゃんも俳優本人に怒られて自殺してしまったんだけどね。 俳優としてのキャリアを阻害してる、とか大義名分言ってあのときの閻魔ちゃんはあなたに怒っていたけど、閻魔ちゃんの本当の目的はあなたじゃなくてその俳優本人を追い詰めることだったんだと思う」
「どうして好きなのに追い詰めてしまうの?」
「閻魔ちゃんはあなたのそういう質問をするところが嫌いだったんだと思うよ?ええと、なんでしょうね……好きすぎるからじゃないかしら?」
「それはリアコとかそういうの以前に精神病だと思う」
「そうね。あなたはいつもそうやって正しいことを言うから閻魔ちゃんは死んだのよ」
「天使ちゃんは閻魔さんのことどう思ってるの?」
「鬱陶しい同厨としか思ってなかったわ」
「じゃあ、ひどいこと言うようだけど死んでよかったんじゃないの?」
「でもわたしは閻魔ちゃんが死んだときに悲しかったのよ? 人が破滅していくのを見ているのってかわいそうになるの、あなたの肉体は閻魔ちゃんの肉体だからかわいそうとかそういう感情は発生しないようにコントロールされているのかもしれないけど……客観的にかわいそうなのよ」
「わたしにこんなことする人のどこがかわいそうなのかわからない」
「彼女がいることはそれだけで正義に反してるっていうのが閻魔ちゃんの口癖だったのよ」
「生きてたときのわたしがどうやってあの人と付き合っていたのかはわからないけれど、罪悪が生まれる交際だったとは思えない」
「そうして正論でねじふせられないほどの金額を閻魔ちゃんは俳優につぎこんでしまった。ファンに高額の負担を強いることが常態化していた俳優界ではあまりにもコンテンツに占めるファンの割合が多くなりすぎてしまったのよ、閻魔ちゃんの暴挙が少しでも正しいことみたいな風潮になってしまうくらいには」
「お金を使ったからといって俳優の人格まで制限するなんて」
「閻魔ちゃんは閻魔になるべくしてなった閻魔よ」
りあこちゃんはもう聞きたいことがなくなってしまい、黙り込むと天使ちゃんは「じゃあもうわたしは帰るね」と言うと灰皿で煙草の火を消した。
「天使さんはソワレはみないんですか?」
「天使だから全通とかそういうのはしないよ。まともな人間になるって決めたから」
「……生前の閻魔さんにも言ってたんですね」
「なんでわかったの?」
「慣れてるからです。そうやって天使さんも閻魔さんを追い詰めてたんですね」
「閻魔ちゃんに同情しないほうがいいよ」
いつの間にか立場は逆転し、りあこちゃんは閻魔ちゃんのことをかわいそうだ、と思った。りあこちゃんは強制的に俳優の追っかけをさせられることで、自分から望んでこのようなことを続けていた閻魔ちゃんの精神の異常さが理解できるようになっていた。
天使ちゃんはそのことを計算に入れていなかった。
天使ちゃんはりあこちゃんのことを振り返りもせず、立ち上がると一目散にすたすたと帰っていった。本当は煙草が嫌いなりあこちゃんは、天使ちゃんがすっかり見えなくなったことを確認すると喫煙所から出る。髪に煙草の匂いがついていた。
りあこちゃんは心が素直なので、結局のところ閻魔ちゃんも俳優のことを好きになりすぎて正常な神経を損なってしまったから、俳優の犠牲者なんだろうな、と思った。りあこちゃんはだんだんと認知してもらわなければいけないはずの俳優のことが嫌いになっていった。そもそも自分が地獄で刑罰を受けているのはこの俳優のせいなのだ。閻魔ちゃんがこの俳優にハマったりしなければ自分だって追い詰められることはなかったはずだ。
ノイローゼになりながら舞台に通う日々が続き、りあこちゃんの薬の服用量は増えていった。 しかし数週間後、りあこちゃんはあっさりと地獄に帰ることができた。
毎日手紙を書いて前列に入ってブログにコメントし、そしてあのライダースが決め手になったようで、公演中に寝かけていたりあこちゃんは気づくとまた地獄の冷たい床に横たわっていた。
「お~やっと帰ってきたか。おかえりクソ女」
「……刑はおしまいですか」
「んー、認知されたら終わりって言ったのわたしだしね!わたし意外と嘘はつかないんだよ?」
「…………」
半年ほど刑を受けていたはずのりあこちゃんは、へらへらと笑う閻魔ちゃんの様子にまさか、と思いiPhoneを見て、ため息をついた。地獄での時間は2時間ほどしか経過していなかった。
「たぶん認知された、んですけど、達成感はありませんでした」
「そうだろうね。だって好きじゃないもんね」
「ねえ閻魔さん。わたしの刑にはなんの意味があったんですか」
玉座のようにも見える椅子に腰掛けた閻魔ちゃんは気難しそうな顔をして、足を組みかえるとめんどくさそうに話を進めた。
「天使ちゃんがあれこれ伝えてくれたみたいだけど、それはだいたい本当の話。てめーの人間界での生活は全部わたしのコピーだよ」
「地獄の刑罰の名を借りた私怨じゃないですか」
「んー、それはごめんね。わたしはお前に一度でいいから俳優厨になってみてほしかったんだ。お前は俳優の彼女になるべくして生まれてきた人間で、わたしは俳優厨になるべくして生まれてきた人間だから、決して現世ではお互いがお互いになることができない」
「閻魔さんは自殺したって聞きました。閻魔さんが自殺した意味もなんとなくわかりました、自分から望んでどうしてあんなことしてたんですか?死にたくもなります。一方的に愛を注ぐだけで、たいした見返りもなくて、お芝居ばかり見る閉塞的な生活で」
「好きだったから」
「なるほど」
「てめーに足りなかったのは好きっていう感情。だからいつでも客観的でいられたでしょ?でもわたしはあの人のこと好きだったから、周りが見えなくてそういう現実的な矛盾に気づかずにはまっていって、周りが見えたときには死ぬしかなくなってたんだよ」
りあこちゃんは不機嫌そうにしている閻魔ちゃんの顔を見た。閻魔ちゃんはりあこちゃんと目が合い、りあこちゃんが悲しそうに自分の話を聞いているのを確認すると上機嫌になって笑った。
「別に俳優に彼女がいちゃいけないわけじゃないんだけどね。だってお仕事、芝居なんだもん。芝居にプライベートは関係ない。でも彼女だということを罪悪として認めたのはてめー自身なんだからな?」
「といいますと」
「りあこちゃん、てめーの死因は飛び降り自殺、その原因になったのは彼女であることによって世間から受けたバッシング」
「そうだったんですね」
「まあアイドルみたいな売り方してた事務所が悪いし、それにわたしが自殺したことによってわたしの自殺の原因になったお前、彼女がぶっ叩かれたってことは、……ええとつまりわたし自身もてめーの死因なわけじゃん?」閻魔ちゃんは半笑いのまま言った。「それは謝る」
「自分が悪いだなんてぜんぜん思ってませんよね」
「わたしの計画通りだもーん。でもてめーはなんで自殺しちゃったの?死んじゃったら俳優の彼女でいることは罪悪だって認めたようなもんじゃん、今頃現世で俳優の彼女たちは大変だろうなぁ。いい気味だ~! あっ、おまえいま、なんとかしないと!とか思ったでしょ?もう死んでるから無理でした~。残念~!!」
閻魔ちゃんはとても機嫌がよさそうに笑い、りあこちゃんは黙って冷たい床に座ったままだった。
「そうですね」
「わかればいいの。ねえ、最後のほう、お前は正直あの人のこと憎みながら応援してたでしょ?」
「……なんでそれが」
「この気持ちをわかってほしかったの。りあこちゃん、おまえは生きてるときにわたしに、好きならどうして好きな人を苦しめるようなことするんですか、って言ってきたんだ」
「なるほど」
「ねえ、りあこちゃん。これでもお前は来世、俳優と付き合う?」
りあこちゃんは喉元に突きつけられた閻魔ちゃんのヒールのつま先をよけるでもなく、ただじっとその場に座っていた。閻魔ちゃんは不意に自分のiPhoneに通知がきたのを確認すると、あぁ、あの人のブログ更新されてんじゃん!と、りあこちゃんに目もやらずいたって嬉しそうに、ロックを解除した。