米情報機関の見立てでは、ロシアのプーチン大統領がドナルド・トランプ氏の米大統領選での勝利を望み「情報工作戦」を仕掛けて同氏が勝つ見込みを高めることを命じた。ロシア政府が背後にいるとされるハッキングや情報漏洩、虚偽情報の拡散がどの程度トランプ氏の勝利に貢献したかを測るのは不可能だ。だが、仕掛けた側は「紛れもない成功」と捉えているに違いない。投票サーバーをハッキングせずして影響を及ぼす比較的廉価な手法であり、他の場面でも繰り返して使える価値ある手法だ。
トランプ氏がこの見方をはねつけるのは無理もないだろう。ただ、かねて警告を受けていた欧州各国首脳にとってこのままでいいという理由はない。民主主義のプロセスを揺るがすようなロシアの行動は、当然のことながら過大評価も誇張もすべきではない。それは弱さをさらけ出すことになり、プーチン氏の思うつぼだからだ。だが、同氏の騒動を巻き起こす力を見くびるのはひどい過ちに等しい。ロシア政府は旧ソ連時代に磨きを掛けたプロパガンダという暗黒の手法をさらに近代化させて用い、絶大な効果を得た。
米大統領選前にも、ロシアのサイバー戦士が欧州に狙いを定めていた証拠が次々と見つかっていた。ドイツの情報機関は、ロシアの情報機関が2015年5月にドイツ議会のコンピューターネットワークに侵入したと確信している。昨年、メルケル独首相の難民政策を巡り分裂をあおろうとするロシアのプロパガンダ媒体が急増したが、これがロシア政府の意図を多く物語っている。欧州連合(EU)の機関も次々とサイバー攻撃に遭っている。ロシアが東欧の極右民族主義勢力を支援する作戦を裏で工作していることも分かっている。
■一体化した戦略が急務
この脅威は状況に照らして考える必要がある。欧州は自らが生んだ多くの問題で混乱している。自国の問題すべてを西側諸国のせいにするのはプーチン氏のお決まりのやり方だが、欧州の政治家はこれをまねたい誘惑に屈してはならない。すなわち、欧州が大衆の不満に対処できないのをロシアのせいにすべきではない。
スパイ活動の一環としてハッキングを行っているのは何もロシアだけではない。同国の活動が他と異なるのは、政局のさらなる悪化を狙っており、情報利用や虚偽ニュースの拡散に悪意が感じられる点だ。米大統領選での情報漏洩のタイミングは民主党候補だったヒラリー・クリントン氏の陣営の弱体化を狙って、計算されたもののように見えた。
欧州は米国よりも主要メディアへの信頼が厚いかもしれないが、それでもソーシャルメディアを通じた巧みな戦術には、はまりやすい。メルケル氏は、今秋に予定されている連邦議会選挙へのロシアによる介入の可能性を警告したが、同氏が懸念するのには理由がある。メルケル氏は、ロシアがクリミアを併合した際に同国に対する経済制裁を真っ先に提唱した1人だった。プーチン氏が晴らしたい恨みは多い。
ドイツ政府は、偽りでかつ悪意ある情報を流したメディアに重い罰金を科すことを検討している。これは言論の自由を不当に制限するものと見られるかもしれないが、欧米民主主義の弱体化を意図したプロパガンダ戦争という文脈においては、中傷や扇動行為に対して既存の法律を執行する以上のことが必要だろう。同国の政治政党もサイバー攻撃による介入に対抗するための連携を模索している。これも前向きな一歩だ。
15年3月に欧州理事会はロシアの虚偽情報の活動を監視するためにタスクフォース「イースト・ストラットコム」を立ち上げたが、これまでのところ、資金不足だ。この状況は変えなければならない。欧州関係者は、慎重にこの脅威の本質を分析し、雑音からメッセージを見極めなければならない。資金を十分に確保し、一体化された戦略を練ることが急務だ。
(2017年1月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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