記事

朝鮮学校という不思議空間

2/2
……さて、経済発展下で「世論」を大きく左右し得るような新興中産階層が生まれ、庶民もまた国内での成功モデルであるその仲間入りを目指す(体制をぶっ壊す革命をやるより、この方がずっと安全で現実的な努力なのだ)。そして、この階層の人々は体制の維持を志向する。ゆえに、国外から見れば不条理極まりない体制が潰れず延命する。

そんな指摘は、北朝鮮の体制側の論理に取り込まれた荒唐無稽な言説だと一笑に付してよいものだろうか? だが、中国やベトナムの現地社会にある程度は深く触れたことがある人なら、こうした新興中産階層の姿と政治体制のあり方には既視感があることだろう。

思えば改革開放政策がスタートしてからしばらくの中国の社会は、ランコフが語る北朝鮮の社会とやや似た構図だった。ゆえに、国外の識者は中国崩壊論や民主化論を唱え続けたが、豊かになりはじめた新興中産階層(新富人)層は政権の転覆や民主化なんかは求めず、中国は結果的に体制を維持している。同じ東アジア文化圏の社会主義国であるベトナムも似たところがある。

(↑往年の中国も相当メチャクチャで、現在の中国B級ニュースの10倍くらいカオスな事件が頻発していた。この時代に中国ライターをやりたかったなあ)




北朝鮮の体制が崩壊した場合、日本には大量の難民が押し寄せ、現在の欧州を震撼させている難民問題がまったく対岸の火事ではなくなる。防疫体制が不十分な北朝鮮からの伝染病(結核やコレラなど)の再伝播の危険性が懸念されているほか、治安の悪化による日本人側の反発の広がりやヘイトクライムの発生なども容易に予測できる。

また、仮に北朝鮮の崩壊後に南北が統一しても韓国がそれを支えられるのか、中国やロシアは国境のすぐ向こうに米軍が駐留する状況を容認できるのかなど、他にも懸念が山積みだ。日本も韓国も中国もロシアも、わざわざ面倒ごとを増やしたいとは考えていない。

北朝鮮については、現体制を温存もしくは、同じ領域に何らかの緩衝国家政府が成立したうえで、同国当局が段階的に改革開放政策を拡大していくのが、いちばん穏健な未来と言わざるを得ないのではないだろうか。もちろん北朝鮮の人権問題は深刻だし、何より核の脅威はおそるべきものだが、体制が消滅したら消滅したで別のパンドラの箱が開くのである。

金正恩が暗殺や病気で命を落とし、後継政権が閉鎖政策を撤回する可能性も無視できない。


◆◆

ところで、仮に北朝鮮が改革開放政策に踏み切った場合、人件費がアジアで最も安く、かつ労働者が勤勉で我慢強く、日本との文化的な差異も小さい新興国がわが国のすぐ隣に生まれることになる。

かつて内戦続きだったベトナムやカンボジアが、21世紀になってから対外投資のニューフロンティアになったように、仮に北朝鮮が改革開放政策を採用すれば、面白い未来がやってくるかもしれない。平壌にちょっと土地を買うだけでウハウハになれると考えると、なかなか興味深い話だ。

事実、かつて長引く内戦とポルポト政権の虐殺政策で国土が荒廃しきったカンボジアは、いまや中華圏から不動産物件を買いに行く人が殺到しており、分譲マンションの総合開発に参入する日本企業が出ているほど、ビジネス的に熱い国に変貌している。
 
bodaiju
↑プノンペン空港付近にある日系企業開発の巨大マンション、ボダイジュ・レジデンス。昨年11月の現地取材途中にたまたま立ち寄ってみたら、2017年末完成予定ながらすでに8割くらい部屋が売れており、モデルルーム見学に来ていた香港人のおばちゃんと茶飲み話ができた。
 

やがて北朝鮮がそんな土地に変わった場合、朝鮮学校の出身者は、世界で唯一日本だけが持つ貴重な人材資源に”化ける”。

北朝鮮人に近い言語を流暢に話し、幼少期から北朝鮮のアニメや絵本に触れて育ち、学校教育のなかで北朝鮮国家の内在論理を教育された日本語人材というのは、実は脱北者を除けば韓国にも中国(朝鮮族)にも存在しない。しかも朝鮮学校出身者の場合、日本語がネイティヴであり、日本社会とのカルチャーギャップを持たないという特性を持つ。ビジネス面で日本と朝鮮半島北部をつなぐうえで、究極の切り札になる存在なのだ。

ちなみに1970~80年代に日本に定住した南ベトナム難民の子孫は、近年のベトナム進出ブームのなか、企業で日本語とベトナム語の能力を重宝されているらしい。彼らの間では日越の間に立った起業の動きも活発だ。



もちろんベトナムやカンボジアとは違って、現時点での北朝鮮は国際的孤立を深める危険極まりない閉鎖国家だ。11月30日に国連安保理は6回目の制裁決議を採択した。日本も独自の制裁を検討し、韓国もこれを歓迎する姿勢を見せている。

だが、禍福は糾える縄の如しという。いつか北朝鮮が意外な未来に突き進んだとき、本稿で述べたような視点が活きるかもしれない。

日本社会のマイナーなマイノリティ、総連系在日コリアン。こっそり継続して注目しておこうかなと思う次第なのである。
 
CIMG7120
↑中国領の延辺朝鮮族自治州から見た北朝鮮のローカル駅。2007年8月安田撮影。 

あわせて読みたい

「北朝鮮」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    自動車産業を理解せぬトランプ氏

    飯田香織

  2. 2

    「昼休みが苦痛」退職理由にも

    キャリコネニュース

  3. 3

    独立すると会社員に戻れない理由

    内藤忍

  4. 4

    高学歴で道を踏み外すのは幸せか

    やまもといちろう

  5. 5

    朝鮮学校という"不思議空間"

    安田峰俊

  6. 6

    新成人は大人の言うことを聞くな

    駒崎弘樹

  7. 7

    トランプ政権の対中強硬策が始動

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  8. 8

    "子どもYouTuber"に不安を覚える

    シロクマ(はてなid;p_shirokuma)

  9. 9

    慰安婦像を「少女像」と呼ぶ愚

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  10. 10

    働けなくなった人が"貰えるお金"

    PRESIDENT Online

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。