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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

大学って無意味。高卒で就職すればいいよ。高校も本当は要らないかも?

大学って必要だろうか?

皆が行くから行く、大卒の方が就職に有利

それは大学の存在意義ではない。

 

大学が出来たときは本が無かった。

あるいは少なかった。

教えてくれる人も大学にしかいない。

だから大学にいった。

 

でも、今は大学に行く必要があるから行くのではない。

 

大学に行ったからできる仕事とはなんだろう?

大学に行かなかったからできない仕事とはなんだろう?

 

大卒だから仕事を任せようとか、肩書としての大卒ではなく

大学で身に着けた能力を仕事で活かせるかどうか。

 

大学は学問をする場所、というのは化石みたいな考えだ。

もちろん学問は必要だ。

しかし、学問で食べていけるわけではない。

学問をしていれば国から生活費が出るなら

学問だけする人はたくさんいるだろう。

それはそれで、ちょっといいかなって思う。

現実はあまくない。

 

東大も含めて大学がなくなったらどうなるのだろう。

・企業が採用する基準が分からなくなる

そんなの知るかボケ!

 

・モラトリアムがなくなる

そんなの知るかボケ!

そもそもモラトリアムは大学の本質ではない。

まじめに大学生活を送れば、モラトリアムは存在しない。

高卒~就職までの猶予という意味ではモラトリアムはあるが

遊びほうけるという意味でのモラトリアムは不要。

 

・大学で働いている人の職がなくなる

そんなの知るかボケ!

転職しろ、転職。

有能な人間ならすぐに就職できるだろう。

 

・教育機関がなくなる

そんなもの不要。

そもそも大学で何を教育しているのか?

むしろ高校までに必要なことを学ばせるべきである。

 

・研究機関がなくなる

これはある種問題があるかとも思う。

というか研究機関としての大学がなくなって、どんな影響がでるのか

不明な部分がここである。

 

理研のような独立行政法人で研究をする場合もある。

それでも限界がある。

大学がたくさんあるおかげで、いろんな研究が全国各地でできる。

大学をなくして研究所として存続するのは難しい。

とはいえ、本当にその研究は必要あるのだろうか?

 

卒論のための研究では意味が無い。

 

尾木直樹×茂木健一郎 「個」育て論

という本にこんな話が出てくる。

茂木 ええ。やっぱりその時に、自分の育った世界の狭さをわかってしまいました。そして、最近面白い本があって、マルコム・グラッドウェルという人の『Outliers』という本なんですが、アメリカのノーベル賞の受賞者が、どういう大学の学部を卒業しているか、ということが書かれていたんです。むちゃくちゃなんです(笑)。いわゆる、スタンフォードとか、カルフォルニア工科大学とか、ハーバードとか、MITみたいな、有名校からももちろん出ていますが、ケンタッキー州のユニオンカレッジとか、アウグスブルグカレッジとか、聞いたことがないような大学から、まんべんなく出ているんです。それがアメリカなんです。だから序列という意識もない。僕は、そういうのがいいなあ。

 

ノーベル賞が全てだとは思わない。

それでも、日本の大学がそれぞれの可能性を秘めているのであれば

研究機関として残しておく価値があると思う。

 

基礎研究はすぐには役に立たない。

でも、いつか役に立つ可能性もある。

 

でも、やっぱり大学はいらないかな?

それは大学を残すための考えになっているもの。

それなら、基礎研究を普及させるにはどうしたらいいのか?

が、テーマにならないといけない。

その結果大学でなくても良いという結論が出る可能性もある。

 

文系は、知らない。

個人で本でも読んでればいいのでは?

 

あ、大学は体系的に学ぶことができるんだっけか?

 

pendragon.hatenablog.com

で、体系的に学ぶってどういうことなんですかね?

 

大学って無駄なのに、慣習で残っているのって

何だか納得できない。

大学行くのもタダじゃないのよ。

奨学金のローンで苦しむなんて、馬鹿げている。

その辺、いつになったら変わるのでしょうか?

 

おぎ・もぎ対談 「個」育て論

おぎ・もぎ対談 「個」育て論