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母ちゃんが教える 44『相手の立場になるということ ポチ太の話』

人付き合い①

 

 

母ちゃんです。

 

 

母ちゃんの家には犬がおる。

名前は、ポチ太ということにしとく。

 

 

母ちゃんはもともと動物がすごく好きで、猫

も犬も好きやけど、それでもどちらかという

と、犬のほうが相性がいい。

 

ポチ太を初めて抱っこしたとき、ポチ太は、

すごく震えていた。

 

顔は、不安でいっぱいという感じやった。

 

 

母ちゃんは、その人の顔をチラッと見るだけ

でも、その人が言った一言を聞くだけでも、

その人の性格やその時の感情、

それまでやこれからの、行動パターンやクセ

などが、手に取るように分かる。

 

 

これについては、35 『母ちゃの秘密  ~経験

が授けてくれたもの~』を、読んでくれたら

分かる。

 

 

それでも動物には、顔を見ただけで全て分か

るというわけにはいかない。

 

 

母ちゃんは、震えるポチ太を抱っこしなが

ら、この子は母ちゃんが大切に育てようと、

そう決めた。

怖がりなポチ太を、必ず幸せにすると決め

た。

 

 

娘は犬との暮らしをしたことがないばかり

か、犬と関わることがなかったので、犬とい

う生態に慣れていなかった。

 

犬は大好きやけど、どう接していいか分から

ないという感じやった。

 

 

ポチ太が幸せに暮らせるためには、母ちゃん

だけが大切にしていればいいというわけでは

ない。

 

父ちゃんも娘も、母ちゃんとよく一緒にいる

友達や娘の友達にも、ポチ太の事を知っても

らう必要があった。

 

 

 

母ちゃんは娘に伝えた。

 

「飼い主には知識がいる。知らなかったでは

通用せん。命を預かる責任がある。

 

忘れたらあかんよ。

ポチ太にも人間と同じ気持ちがあるでな。

 

その気持ちが分かるように、誰より勉強しよ

な。無知の飼い主ではあかん。それはポチ太

を、不幸にさす。 

母ちゃんの親がそうやったでな。

命を育てることにおいて、無知はあかん。

 

ポチ太が安心して暮らせるように、いつもポ

チ太のことを一番に考えてあげれやな飼い主

とは言えやんでな。」

 

 

母ちゃんは改めて、犬に関連する本を何冊も

読んだ。よりポチ太を幸せにしてやろうと思

ったからや。

 

母ちゃんがより知ろうとしたのは、犬の感情

表現や、犬の気持ちにまつわること。

 

何を望んでいて、何が幸せなのか。

何が辛くて、そしてその悲しいや怖いや痛い

の気持ちを、どうやって伝えてくるのか。

どうやったら分かってあげられるのか。

 

 

娘は、母ちゃん以上に勉強した。

 

 

学校から借りてくる本も、おこづかいで買う

本も、必ず犬に関連するものやった。

専門書に近いようなものもあった。

 

あとは、大人でも目を背けてしまうような、

虐待されている犬や保健所送りの犬達の命に

直面するもの。 

 

娘の知識は、すぐに母ちゃんを追い抜いた。

母ちゃんも、娘からたくさん教えられた。

 

 

娘は、ポチ太をとてもとても可愛がった。

 

犬を知れば知るほどに、ポチ太を幸せにした

いという思いがより強く芽生えてることが、

感じられた。

 

体の構造から感情表現やしつけかた、病気や

食べ物に至るまで、そして、母ちゃんが知ろ

うとしたことも何から何まで、しっかりと頭

に入っていた。

 

 

ただ、知識だけで命は育てられへんでな。

人間も動物も、頭で育てるんと違う。

 

 

命は、心で育てるんや。

 

 

ポチ太の立場になって、ポチ太の気持ちにな

れなければ、それは育てるとはいわない。

 

それに、育てるんではない。

子供と一緒や。育てさせてもらうんや。

 

忘れたらあかん。

 

 

一方的な押しつけがましい愛情であってはな

らない。

 

ポチ太が望まん以上、それはただの迷惑や。

 

 

 

 

ポチ太の抱っこの仕方を教える時には、

 

「こうやって手を持っていってあげて、こう

抱っこしたら、ポチ太は怖がらんでな。

いきなりこうされたら、ポチ太は怖いやろ?

それから、必ず声をかけてから抱っこせなあ

かんよ。びっくりさせてしまうでな。」

 

 

ポチ太の気持ちになって考えることを、

教えた。

 

 

 

ポチ太は小さい頃、怖いことがあると、家族

の手を噛んだ。

 

母ちゃんには、ポチ太が噛んでしまう理由は

すぐに分かったが、娘は、驚きと痛みと怖さ

でよく泣いた。

 

ポチ太の噛み方は、大人でもビックリするぐ

らいの勢いと痛みがあった。

 

ポチ太は、初めてすることや、お手入れ、

突然触られることなど、怖いなと感じた時

「やめて、怖い」と伝える手段で、噛んだ。

 

何をするか分からないことを、とても怖がっ

た。嫌がった。

 

 

母ちゃんはそんなとき娘にはいつも、

 

「オーバーな。ちょっと噛まれたぐらいで泣

いとったら飼い主は務まらん。ポチ太やって

噛みたくて噛んどるわけとちゃうんやに。

怖かったんやわ。ポチ太見てみ。

どうしようって顔しとるやろ?

大丈夫やにって言ったらなあかんよ。」

 

と言った。娘は涙をふいて、

 

「ポチ太、大丈夫やでな。怖かったんやな。

ごめんな。」

 

と、そう声をかけた。

 

 

そして母ちゃんは、ポチ太にも、

 

「怖くないよ。でもな、噛んだらあかんよ。

噛まれたら痛いんよ。嫌でもせなあかんこと

はあるでな。頑張らなあかんよ。」

 

しっかり目を見て、諭して聞かせた。

 

 

ただ、ポチ太が怖い以外で娘を噛んだ時には

きちんと叱った。

 

子供を叱るときと同じように、目でも表情で

も言葉でも、それがどれほどあかんことか伝

えた。

 

母ちゃんは怒ると怖い。

ポチ太は、その意味をすぐに理解した。

 

そんなときは、母ちゃんの迫力に、しっぽを

胴体にくっつけるほどに丸めた。

 

そしてすぐに母ちゃんにすり寄っておしりを

向けてお座りする。

 

これは、あなたには逆らいませんという服従

のポーズや。それと、何もしないでという気

持ちを表す。そしてペロペロと、手や顔を舐

めようとする。

 

「母ちゃん、怒らないで」

 

と伝えてきとるんやな。

 

ポチ太の気持ちは痛いほど分かるけど、

それでもそれはあかんことや。

 

そんなときは、

 

「あかんもんはあかん。機嫌とったってなか

ったことにはならん。あかんよ!」

 

と、そう怒った。

 

 

犬は順位にこだわる。

 

だからこそ娘を意味なく噛むことは、あって

はいけない。

 

 

そしてポチ太は小型犬なので、足を踏まれた

りしやすい。

人間の不注意で怪我をさせることは、あって

はならん。

 

母ちゃんは娘だけでなく、母ちゃんの仲よし

の友達や娘の友達にも、いつも伝えた。

 

「ポチ太の気持ちになってみ。自分の体より

はるかに大きな人が、自分のまわりを大きな

音立てて通ってったら怖いやろ?

 

それから、そばを通るときにポチ太が気づい

てないようなら、通るでねって声をかけたら

なあかんよ。」

 

 

 

みんなポチ太が大好きやった。

 

ポチ太の気持ちになって考えられるように、

それはそれは優しく接してくれた。

 

 

母ちゃんの友達も一緒になって、犬のことを

ポチ太のことを、知ろうとしてくれた。

 

 

それでもみんながポチ太がいる暮らしに慣れ

るまでは、何回かは踏まれたりしたので、ポ

チ太は、自分でいつも踏まれないように気を

つけていた。

 

母ちゃんは、ポチ太が踏まれることを防ぐた

めに、みんながポチ太のそばを通るときや大

きな荷物を運ぶとき、ポチ太にちゃんと声を

かけていないこと、ポチ太をちゃんと見てい

ないことがあると、

 

「ポチ太の気持ちになってみな!」

 

と、怒り続けた。

 

 

そんなものは、本来大きく、力のある人間が

気をつけるのが当たり前や。

 

 

そして、いつも踏まれやんように気をつけな

あかん生活は、どれほど疲れるやろう。 

 

 

ほどなくしてみんながみんな、ポチ太を踏ま

んように、いつも視線を足元に落として行

動するのが当たり前になった。

 

たまに忘れるようやけど、それでもそばを通

るときには、

 

「ポチ太、ちょっと通るよ。」

「ポチ太、ちょっとどいてな。」

 

と、声をかけられるようになった。

 

 

 

ポチ太は、コタツ布団が大好きで、そこに同

化して寝ていることも多い。

母ちゃんの足音がすると、

 

「母ちゃん、僕に気づいてる?」

 

と視線を送ってくるので、母ちゃんもまた、

必ず目を合わせ声をかけるようにしている。

 

「ポチ太おるの、ちゃんと知っとるよ。」

 

 

ポチ太が母ちゃんのそばで寝てる時には、動

く前に必ず手でポンポンとポチ太に合図して

から声をかけた。

 

「今から動くでな。ビックリせんのよ。」

 

 

 

臆病で怖がりなポチ太のトリミングは、

母ちゃんがした。

 

犬の美容院などというところには、行ったこ

とがない。行くお金もないしな。

 

自分なりにいっぱい調べはしたが、カットは

完全に腕が出る。

 

散歩で出会うワンちゃんはみんな、美容院で

かっこよくしてもらっとるのに、ポチ太はい

つもボサっとしていた。

 

それについては、母ちゃんのテクがあがるま

で待ってもらうしかない。

 

しかし母ちゃんは、そのダサい感じを結構気

に入っている。

 

犬は、人間のようにくだらんことで相手を判

断することはせえへんから、大丈夫や。

 

シャンプーやカット、肛門絞りに爪切り、

耳掃除、最初は本当に大変やった。

 

とにかく噛む。暴れる。

 

ポチ太を、母ちゃんと同じように大切に想っ

てくれる友達や娘にも、手伝ってもらった。

 

月に一回の一番嫌がる爪切りなども、一年ぐ

らいで、そんなに大変ではなくなった。

 

何回かこなすうちに、母ちゃんのほうも肝が

座った。正しくは、強制的に肝を座らせた。

 

 

キリがないからや。

 

 

とにかく動き回るので、動体視力をものすご

く酷使する。目がついてかん。

 

ポチ太がどんなに暴れても、唸ろうが噛もう

が、母ちゃんは一切動じやんように努めた。

 

ポチ太もそんな母ちゃんを見て、諦めたよう

や。

 

今では、噛むということはない。

それほど暴れもしない。

楽なもんや。

 

 

 

 

そして母ちゃんがみんなに、一番伝えたこと

があった。それは、ポチ太の立場になるとい

うことやった。

 

 

 

「ポチ太は、自分でご飯の用意はできへん。

どんなに困っても、どんなにおなかがすいて

も、自分で冷蔵庫を開けることもできへん。

 

それを忘れやんようにせなあかんよ。

自分がおなかがすいとっても、ポチ太に先に

やらなあかんよ。

 

水はいつでもきれいなのを入れといたらなあ

かん。

自分達やってホコリが入った水や、一日置い

てある水は飲みたくないやろ?

 

自分と同じということを忘れたらあかん。

いつでも、きれいな飲み水を用意しといたら

んとあかんよ。」

 

 

 

「ポチ太の一番の楽しみは散歩に行くことや

でな。

母ちゃんと一緒に、芝生のあるいっぱい走り

回れる公園に、必ず連れてったろな。

 

どんだけ熱があろうと忙しかろうと、

それは絶対に行ったらなあかんよ。

 

 

自分達は好きな時に好きな所へ、自分の意志

で出かけられるやろ。

ポチ太は、母ちゃんらが連れてってあげやな

出かけれやんでな。

 

忘れたらあかんよ。

嫌だとか疲れたとかえらいとか、そんなもん

は一切許さんし、あってはならん。

 

ポチ太にとって、散歩に行けやんことがどれ

ほど辛いことか、考えたらなあかんよ。」

 

 

 

「ポチ太が、いろんなことを吠えて伝えやん

ですむように、表情からもあらゆる状況から

も、その気持ちやしてほしいことを、理解し

ようと務めたらなあかんよ。」

 

 

 

「たくさん話しかけたらなあかんよ。ポチ太

は何でも分かっとるでな。

自分やって自分だけ話しかけてもらえやんだ

ら寂しいやろ。言葉は分からんでも、気持ち

は必ず伝わるでな。

 

どこに連れていかれるのか分からんことも、

これから何されるか分からんことも、

人間の言葉を理解できへんだら、

それは本当に怖いやろでな。

どんなことでも話したらなあかんよ。」

 

 

 

 

ポチ太は利口な犬やった。

そして、忠誠心にあふれている。

 

臆病で怖がりなくせに気が強く、縄張り意識

も強い。

 

子供達とどこかに出かけた時には、子供達の

無事を常に確認している。

 

守っているつもりのようや。

 

そして、怖がりな自分をよくわきまえ、自分

のできることできないことを、きっちり考え

て行動する。

 

指示もよく聞き、すぐに覚えた。

 

部屋に置いてあるもので、遊んでいいものと

そうでないものをきちんと把握していた。

 

テーブルや目の前にどんな魅力的な食べ物

があったとしても、食べられる位置にあるも

のであっても、決して口にすることはなかっ

た。

 

これについては、娘の無責任さに何度も叱り

飛ばした。

ポチ太が賢いから何とかなっとるものの、あ

んたは飼い主失格やと何度も叱った。

 

ポチ太がそれを食べなかったのは、母ちゃん

との約束を守ってくれていたからや。

 

それがポチ太にとって、どれほどのことなの

か、知らなあかん。

ポチ太の忠誠心に甘えたらあかん。

 

家族や心許す人以外からは、どんなに魅力的

なジャーキーを与えられても、それは決して

口にしない。

 

ソファーに母ちゃんが座るときには、必ず席

を譲ってくれた。

 

怖い経験が一度でもあると、それをいつまで

も引きずってしまうほど繊細で、それには随

分神経を使った。

 

トリミングなどは、一度の失敗も許されや

ん。母ちゃんは、全神経を集中さす。

 

一度でも痛い思いをさせてしまったら、

ポチ太は次からは、それをとても怖がる。

 

 

 

体も小さくぬいぐるみのようなかわいい見た

目とは裏腹に、

ポチ太は立派なオス犬になった。

 

 

 

犬は決して裏切らない。

駆け引きもしない。

不満も愚痴も言わない。

 

全身全霊で愛を伝えてくれる。

 

帰ってきただけで、大歓迎してくれる。

人間は、居て当たり前やと思っとる。

 

 

望むことはただ、おいしいご飯を食べるこ

と、散歩に連れていってもらうこと。

安心して寝られること。

 

そして、家族の一員として愛されること。

 

 

動物と関わる度に、人間がいかに身勝手か、

恥ずかしい生きものかがよく分かる。

 

 

人間も犬も一緒や。

 

相手の立場になって思いやることに、人間も

犬も関係ない。

 

 

 

 

ポチ太が、家の前の道を通る人に吠える。

 

「母ちゃん、この家は、僕が守るよ!」

 

「母ちゃん、不審者だよ!」

 

と言っとるように思う。

 

 

 

 

この家に来て、もうすぐ二年が経つ。

 

 

 

「こら!前の道路は、みんなの道路やろ!

ポチ太だけの道路とちゃうに!

 

通っとるおばあちゃんが、ビックリしてケガ

したらどうすんの!考えなあかん!

 

それから母ちゃんは強いから、守ってもら

わんでも大丈夫や!」

 

 

 

 

 

母ちゃんはポチ太にも、相手の立場になって

考えなあかんと、いつも教えている。

 

 

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