第一章
稜線から太陽がわずかに顔を出す早朝の空に、太陽に負けじと輝く点が轟音を連れて迫ってくる。それは鳥のような形をしていて、減速しながら滑走路に近づいてきた。空を舞う怪鳥の滑空――航空機と呼ぶにはあまりにも優雅で、見る者がいたならば目を奪わずにはいられないフォルム。それもそのはずで、滑走路に降り立ったのは、2003年に全てが退役した、現時点においてもほぼ唯一の超音速旅客機コンコルドだった。ただし、マニアが見ればコンコルドとは大分違うと言わざるを得ないほどにディテールが変わっている。ロールス・ロイス・スネクマのエンジンは最新の物にアップデートされ、コックピットの窓が縦に二つ並び、その分フロントが延長されている。なにより、機体のカラーが眩いばかりの金色だった。こんな悪趣味な物を所有しているのは、世界広しといえど一人しかいない。
「う~ん……早朝フライトはいいねぇ」
停止したコンコルドにとりついたタラップに降り立った髭ヅラの男が、シートに座りっぱなしで硬くなった体を伸ばす。シュマグとイガールとサングラスを身につけ、スーツを着込んだ男は、エドガワの王バッズ・アスファル・ハディードだった。エドガワにおいて殿下と呼ばれる男は、今や唯一となったコンコルドの乗り味に興奮を隠せない様子で、王の位に似つかわしくないほどに庶民じみていた。
「イウサールの調子はどう? かなり良好だったと思うんだけど?」
「問題なし。全て良好」
振り返った殿下の背後にいたベルタが、タブレットに表示されたデータを読み上げる。今し方の飛行で得られたデータは、コンコルドが航空機として極めて安定していることを示していた。イウサールと名付けられたエドガワ政府専用機は、退役したコンコルドを博物館から買ったものではない。解体処分された量産十一号機のパーツをかき集めて時代に合わせた最新パーツと共にくみ上げた物だ。当然、設計図と資金さえあれば0から作ることも可能だが、殿下はかつてのパーツを極力使う事にロマンを見いだしており、それが問題無く飛んだことを聞いた技術者達は祝杯を挙げている頃だろう。もっとも、試験フライトに殿下が乗っていると知ったら腰を抜かすに違いない。
「ならしが済んだら音速で飛ぼうよ~ベルタちゃん~」
「却下。ソニックブームで地上が大変だから」
「ええ~そこをなんとか。案外大丈夫かもしれないよ?」
「ならない」
ベルタに拝み倒しながらも殿下は後ろ向きでタラップを下っていた。殿下の戻りを待っていたSP達は殿下が足を滑らすのでは無いか注視していたが、何事も無く後ろ向きに滑走路に降り立ったことに安堵する。
「むぅ……説得するのは無理か。強情だよねぇベルタちゃんは」
「侍従長だから。愚鈍な王を諫めるのがわたしの仕事」
「そっけないなぁ。ベッドの上じゃあんなにエッチでいやらしくて可愛いのに~」
「……」
ベルタの澄まし顔に若干の怒気が垣間見える。普段ならば受け流すどうでもいい殿下の言葉も、周りに聞いている者がいるならば話は別だ。余計なことを吹聴するとベルタが怒るのをわかっていてやっているので始末に負えない。かといって放っておけば際限なく下品な嘘をまき散らす。呆れと怒りの光を瞳の奥に湛え、殿下を黙らせるべくベルタが蹴りを放とうとしたとき―
―ベルタの一撃を遮るように小さなシルエットが飛び込んできた。ベルタと同じメイド服を着た少女だった。
「お帰りなさい殿下~」
「おお、シャールカちゃん! あれ、でも今朝は掃除当番じゃ無かったっけ?」
「殿下に会いたくてサボっちゃった」
「oh、いけない娘だなぁ。そんな悪い子にはお仕置きしちゃうよ~ん」
「うん、してして~ッ」
「……」
ベルタよりも小さい少女が殿下と楽しげに話しているのを見て、彼女は今まさに繰り出そうとしていたこめかみへの蹴りをキャンセルする。このまま蹴りを放ったところで少女に止められるのがオチだからだ。下劣な会話で殿下と戯れている娘はベルタの姉代わりの少女・シャールカだった。子供にしか見えない体躯でもその力は強く、並の兵士では太刀打ちできない程に強いベルタすら凌駕するので、出し抜いて殿下を黙らせることは出来ないだろう。シャールカはベルタ並みに殿下に好意を寄せていて、それを隠そうともしない。必ずしも殿下の味方をする性格ではないが、基本的に面白いことを好む殿下寄りの性格だ。この場合、ベルタに関する嘘の性癖が垂れ流されてベルタがキレることを楽しむのは明白なので、殿下が蹴り倒されることを阻むだろう。
(……だからといって、許す気は無いけど)
今殿下を懲らしめることが出来ないからと言って放置したら余計につけあがるだけだ。表情に出さず心の底で怒りを溜めていると、目の前にシャールカが立っていることに気づいた。
「……なに? お姉ちゃん」
「うーん……ちょっとね」
シャールカはベルタの周りで鼻を鳴らして歩く。そして不意にベルタのスカートまくり上げた。ニーハイとガーダーベルトを身につけた白い肢体が晒され、SP達がとっさに顔を背ける。
「おー……履いてない。これはあれか。殿下にパンツを見られない対策かな。履いていなければ、見られないと。なるほど」
ベルタの下腹部には下着が無く、無毛の恥丘が丸見えになっていた。そんな下腹部を見てシャールカは感嘆のため息をつく。下腹部を周囲に晒されたベルタは、眉一つ動かさずスカートをまくり上げているシャールカをただただ見下ろしていた。そこに、しゃがみ込んだ殿下が近づいてくる。
「何か、とても良い物を見てるね? わしにも、ベルタちゃんの女の子をじっくり観察させてもらえるかな? かな?」
「おじーさん、おじーさん」
ベルタの下腹部を前に、シャールカが芝居がかった台詞を口にする。殿下は乗ることにした。
「なんだい?」
「どーしてベルタは下着を履いてないの?」
「それはね、わしが食べたからだよ」
「おじーさんおじーさん、どーしてベルタはオマンコを濡らしてるの?」
「それはね、わしのフェロモンによるエア愛撫でグチョグチョになっちゃったからだよ」
「おじーさんおじーさん、どーしてベルタのスカートの中から栗の花の匂いがしてるの?」
「それはね、わしがベルタちゃんのオマンコに中出ししたからだよ? 嫌がるベルタちゃんに無理矢理――」
「やっぱりッ! あたしも殿下とセックスするッ!」
赤ずきん風の語りに付き合っていた殿下の言葉を聞いた瞬間、ベルタのスカートを手放したシャールカが殿下の首根っこを掴んで走り出す。目指すは王宮までの足であるリムジンだ。
(……別に嫌がってないけど)
リムジンに向かって走る二人を眺めつつ、ベルタは胸中でつぶやく。殿下との性交渉は嫌いではない。むしろ好みで、イウサールの試験フライト中といった誰にも邪魔されない状況ならば心ゆくまで求めたいところだ。それが出来ないのは、ひとえに恥ずかしいから――自分の感情を素直に表現出来ないが故だった。
「試験フライト終了。イウサールを格納して、各部の点検をお願いします」
ベルタの指示を受けたトーイングカーがイウサールのランディングギアにとりつく。牽引されていく機体を尻目に、ベルタもSP達と共に王宮を目指す。いつものエドガワの朝だった。