大阪市において5月に特別区設置の是非を問うた様な法的拘束力を持つ住民投票は、公職選挙法による規定をベースとしながらも、候補者という概念がないことから街宣活動や広報物配布についての規制がなく、個人や団体の活動が自由に許される。投票を促す直接的な行為が、政党や政治団体という枠組みを超えてできる所に若者達は「うざくない」お手頃感を持てたのかもしれない。
住民投票後、安全保障関連法案に対しての反対運動を展開する様になり、次第に左傾化した団体であるという認知を深めることになる。「いやいや、設立当初からSADLも共産党そのものですよ。」といった反論が返ってくるかもしれないが、私は慎重に活動内容やメンバーの考えを追求しいく必要があり、左翼団体とレッテルをはって敬遠するのは好ましくないと考える。
私自身は、安全保障関連法を「戦争法」と誤ったレッテルをはる事は好ましくないとする立場であり、その点においてはSADLとも共通認識を持てる要素はない。しかし、理解できない、納得できない、自分達の知らないところでものごとが勝手に決められていくことに不安と危機感を覚えて活動しようとする若者の思いには、何からの形で応えていかなければならないとさえ思える。寧ろ、その純粋な若者の思いを利用しようとしたり、或は政局的に受け入れようとしなかったりする政党の思惑にガッカリする。
SADLのメンバーから「(しばしば見かける)ネット上の発信が単なる誹謗中傷になっている点については賛成・反対双方に対して好ましくないと思う。」という言葉を聞いたことがある。また、安全保障関連法についても「決して中身が問題であると強く思っているわけではなく、立憲主義に基づかない動き、解釈改憲で強引に進めようとしている点が許せない。」と主張するデモ参加者もいるそうだ。
来年の参議院選挙から18歳以上に選挙権が付与されることになる。若年層に如何に政策の理解を求め、投票行動へと結びつけるかが各党の目下の課題となっている。理解できないという若者に対しては、理解を求める、理解を深める活動が必要であろうし、納得できないという声に対しては、何が納得できないのか確認することも重要である。
何よりも自分達の知らないところでものごとが勝手に決められていっている様に感じられる政治は、本当に危険である。政府や役人、或は与野党的な立場に関係なく住民代表の議員が説明責任を十分に果たすことで、若者がデモなどの活動をしなくて済む状況を作るという発想ではなく、若者が政党・党派関係なく声をあげやすい環境をもっと作り出し、自由闊達な議論が街中の喫茶店や居酒屋でも起こる様な状況こそ、真の民主主義国と言えるのではないだろうか。
日本は、まだまだ「民主主義」においては未成熟と言わなければならない。
そういった意味において、主義主張は異なるところが多いのも事実ではあるが、SADLの様な団体が、政党・党派とは全く別のところで若年層の声を拾い上げる、発信する機会を増やしていかれることを期待したい。
そして、自民党は自民党として自主的に自らの考えを若年層に如何に浸透させていくかということを(先日も大阪において、青年局近畿ブロック大会などで様々な論議・提案などがなされたところではあるが)戦略的に進めていかなければならない。
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