VRの市場進出を始めとして、数々の名作が生まれた2016年は、ゲーム業界にとって激動の年となった。
本稿では、ゲーマー日日新聞の論説委員J1N1が選ぶ、2016年における名作ゲーム、ゲームオブザイヤーを紹介したい。
なお、当紙のGOTYはゲームの多様な側面を評価するため、最高の作品「作品賞」をはじめ、映像賞、演技賞、脚本賞、ディベロッパ賞、レベルデザイン賞、マルチプレイ賞の計7部門で評価する。
映像賞: 『ラチェット&クランク THE GAME』
精巧と革新を求められるリメイクだからこそ、真に問われる技術がある
私がPS2時代に体験した『ラチェット&クランク』は、まさしく至高のアクションゲームの一つだった。
ユニークな世界観、シンプルだが訴えかけてくるストーリー、敵の攻撃をかわすアクション、ロケットを正確に叩き込むシューター。本作はただ美しいだけでなく、これら全てを再現したリメイクだ。
昨今のゲーム業界では技術の進化が目覚しいが、ゲームにおいて求められる「技術」とは、単に美しいグラフィックスや、複雑なシステムだけではないはず。
初代『ラチェット&クランク』における、ゲームプレイから空気感まで徹底して再現し、現代技術で向上させた本作は、単なるHDリメイクの模範としてだけでなく、進化し続ける映像技術を何に用いるべきか、我々に一つの答えを突きつけた。
演技賞: たなか久美(『ライフイズストレンジ』マックス・コールフィールド役)
彼女と歩む奇妙な人生そのものをローカライズ
オレゴン州の美術学校、そこで学ぶ少女マックスが、親友を守りたいという思いから時間を巻き戻す能力を手に入れ、そこから数奇な人生を歩むこととなる『ライフイズストレンジ』。
一見古典的なADVに思えるが、そのクオリティは高い。
小さな積み重ね、そして人生の岐路に至るまで、常にプレイヤーの気を引く工夫が残されている。
極めつけは、やはり主人公マックスの描写。彼女の人生を歩む上で、常に彼女は独り言を漏らし、日記に書きつけ、表情を変える。プレイヤーにとって彼女は最良のパートナーであり、彼女のゲームといって過言ではない。
こういった点で、本作のローカライズは極めて重要でありながら、我々の期待を超える素晴らしい出来栄えだった。
特に、膨大な台詞と共に、本作の全てを担う主人公マックスを演じた、たなか久美氏の熱演には圧倒されるばかりであり、ローカライズによって作品を改めて「傑作たらしめる」偉業を成し遂げたといっても過言ではない。
脚本賞: 『SOMA』
恐怖と対峙した時、我々は何と向き合うのか
ホラーゲームほど、長い歴史がありながら、その多様な可能性を発露したジャンルは少ない。 ある意味、ホラージャンルはビデオゲームにおけるシリコンバレーのような役割を担っていると言えるだろう。
かつて『Amnesia』でホラーの常識を打倒したFrictional Gamesが送る本作もまた、そうしたベンチャー・ホラーの一つだ。
廃墟と化した海底都市に閉じ込められた主人公。ここで何が起きて、何をすべきなのか。
襲い掛かる異形と、迫り来る限界が、主人公とプレイヤーを絶えず揺さぶる。
舞台背景の似通った『Bioshock』と比べて、本作は本当に丁寧な造りをしている。
ダイアログを拾い、恐怖そのものと戦い、海底基地の謎そのものと対峙する。時にミステリー、時にホラー、そして時に純文学的に。
ある意味、これまでのゲームプロットの集大成のような造りでありながら、『SOMA』は徹底してビデオゲームによる描写の限界に迫る脚本を描いた。
ディベロッパ賞: EA Digital Illusions CE社(DICE)
ゲームにおける体験を通して、忘れてはならないものを伝える偉業
ゲーム企業にとっての貢献とは何だろうか。素晴らしいゲームを届ける、ゲームを売って利益を生み出す。
これらも、大変重要な貢献である。それでも、まだ我々が成し遂げていない、大きな貢献があるはずではないか。
「DICE」は自社の最も勢いのあるタイトル『Battlefield』において、第一次世界大戦を舞台に、リアルな時代描写で顧客に訴える、『Battlefield 1』の開発という、大きな決断を下した。
製作も交渉も難航を極めた。主な顧客が100年前の歴史に興味を示すのか、特に親会社のEAも難色を示しただろう。
だがDICEは、『BF』の原点として、そしてゲームが担う役割として、彼らを説き伏せた。原点としての『BF1』正しく素晴らしい体験だった。長らく味わっていなかった、あの「戦場感」を、あの高揚感を蘇らせた。
面白いゲームを顧客に「受け入れさせる」リーダーシップを、ゲームが消耗品と化した現代に蘇らせた。
だが、もう一つ重要な役割がある。それは戦争の歴史を、後世に伝えること。
ビデオゲームを、単なる娯楽としてでなく、人々の生き方に訴えかけるメディアとしての可能性を発露した。
「我々の1000人に1人でも、この歴史を覚えているなら、未来には我々の物語で溢れているはずだ。その日が来るまで、我々は戦い続ける。決して諦めることなく、我々は戦い続けるのだ。」
私は「ゲーム企業の貢献とは何か」と問うた。DICEは人類の過ちとして、そして現に生きた人間の追憶として、第一次世界大戦を描き、我々に伝えた。
それは、単なる利益や、単なる芸術性にない、ゲーム企業の新たな貢献ではないか。
歴史を題材とする作品は多いものの、これほどの予算と規模で、DICEが本作で示した勇気と実力は、ゲーム史上初のCSRと言えるかもしれない。
レベルデザイン賞: 『RimWorld』
迫り来る脅威と、取りうる選択肢、その極限の駆け引きを描く
ゲームの中で、様々なドラマや謎をもたらしてプレイヤーを先導するものが「脚本」なら、ゲームの中で、様々な戦略や挑戦をもたらして先導するものが「レベルデザイン」だと思う。
それだけ、ゲームにおけるレベルデザインは重要だ。
レベルデザインが十分でないゲームなど、謎のないミステリーや、恐怖のないホラーと同じではないか。
『RimWorld』では、プレイヤーは惑星のコロニーに様々な生産施設や防衛基地を設けつつ、敵対する部族や宇宙人、災害と戦う、『Stronghold』のようなゲームだ。
様々な施設を自由に作ることが出来るが、あくまで入植者を守る目的を忘れてはならない。
開拓の自由度、脅威の緊張感、この絶妙な駆け引きが、『Civilization』のような興奮を生み出す。
そのコア部分が、「AIストーリーテラー」だ。本作ではレベルデザインをAIに任せ、しかもそのAIを自由に選ぶことが出来る。
本作でプレイヤーの歩む道は正しくオリジナルであり、本作のレベルデザインは今年最も高度かつ多様なものと言えるだろう。
マルチプレー賞: 『Rainbow Six: Siege』
多様なFPSの競技シーンの坩堝、その完成されたゲームプレイは2016年随一
『Overwatch』『Call of Duty: Infinite Warfare』『TitanFall 2』昨今マルチプレーFPS界隈を観察していると、一つ明確な共通点がある。それは操作するキャラクターの個性化である。
本来、FPSにおけるプレイヤーの個性とは持っている「武器」に集約されたが、現代では、MOBAと呼ばれるジャンルから、更に扱うキャラクターまで選ぶシステムが輸入され、「武器」+「キャラクター」の二面的な個性がプレイヤーの戦略を司る。
本作『RSS』も同じシステムだ。約30名のオペレーターから1人選び、5人1組のチームとなって、目標を爆破ないし防衛する。
なぜ『Overwatch』でなく『RSS』か。それはルールからアクションまで、完全にシンクロしたゲームプレイを体験できるからだ。
現代でMOBAは最も注目を集めるゲームジャンルだが、その原点はRTSからACT、RPGまで集約し、完全に一致させた「ゲーム性の坩堝」にある。
『RSS』は同じように徹底して既存のゲーム性を模倣しながらも、オリジナリティそのものを目的とせず、ただ丁寧に組み立てていくことで、一つのゲームプレイとして見事にシンクロさせている。
そこにおいて、本作は現代FPSにおける一つの到達点といえるのではないだろうか。
作品賞: 『ライフイズストレンジ』
彼女の追憶、生き様と決断。ディスプレイ越しに出会った最高の友人に捧ぐ
誰かが名作や駄作と評する中、そんな言葉が一切ノイズとなって、全く意味をなさなくなる、至高の作品
それが、10年経っても忘れない傑作、自分の人生を変えた、自分だけの作品なのだと思う。
親友を救いたい一心で「時間を戻す能力」に目覚めた少女マックス。
プレイヤーは彼女と共に、学校での生活や、友人との出会い、そして街に眠る謎と、人々の闇と戦っていく。
「ADVは果たしてゲームなのか?」購入する前は無論、2時間ほどプレイしてもこの気持は変わらなかった。
だが、私は断言する。この体験は、正にゲーム固有の体験だったと。
その最大の根源は、「マックス」と「私」自身の、作品とプレイヤーの、コミュニケーションを介した「インタラクティブ性」にある。
例えば、クリアまで殆どの時間を共に過ごす、マックスの描写。
マックスは多感な女性で、画面上のどんな些細な情報も、プレイヤーに僅かな解釈と主観を込めて伝えてくれる。
マックスは人間味のある女性で、子供であれ自由と責任を求めるアメリカでも、常に好意的に受け止め、時には、虐めやドラッグに対し、怒りを露わにする強さを持つ。
マックスは聡明な女性で、どんな些細な行動に対しても、反駁の余地を持って、プレイヤーに選択肢を伝えてくれる。
それほどまで人間性豊かな彼女は、卓越したボイスアクトに加え、圧倒的なテキスト量、更には日記や自撮りといった中で見せる別の側面として、とてつもない存在感を以てプレイヤーに迫りくる。
彼女は主人公でありながら、ある意味ラスボスであり、むしろレベルデザインそのものである。
その圧倒的な、「ゲーム側からのプレゼンス」を持って、プレイヤーもまた応える。
自由な探索、細かなオブジェクト、多様な選択肢、ありふれたイベント・・・
そして何より、こうした行動に対する、極めて充実した視覚的、文学的なアプローチによる想像力。現実的な世界観。熟思を迫る決断。善悪に迫るテーマ。
ゲームは絶えずプレイヤーをインボルブ(巻き込み)し、そして探索や選択肢、イベントなど「プレイヤー側によるプレゼンス」で報いる。
これこそ、ゲームにおける”至宝”、「インタラクティブ性」そのものではないか。*1
「スクリーンの前で座っているだけでない。我々がスクリーンの中に飛び込んで、作品と双方向的なアプローチを試みる」
歴史上、マスターピースとされたゲームはいずれもこのインタラクティブ性から評価された。『インベーダー』、『マリオ』、『ウィザードリィ』、そして『風ノ旅ビト』。
そして『ライフイズストレンジ』。
プレイヤーの代理人である主人公「マックス」と、プレイヤー本人、そしてアルカディアベイと親友クロエを巻き込んだ、数奇な人生を辿る、極めて濃密な、究極のコミュニケーション。
これこそ、歴年のインタラクティブ的と評された、イノベーションの恍惚。私はあの瞬間を、随分と久々に感じ取ることが出来た。
もはや、ゲームを遊んでいる感覚さえ希薄になる。ここまでシンプルなADVでありながら、この高揚感は何だろうか。ゲームが終わる瞬間が、彼女とのお別れが、怖くて仕方ない。
マックスは決してプレイヤーを認識することはない。メタ的な安い演出など全く不要である。
だが、作品は真摯に、賢明に、プレイヤーに語りかけてくる。その姿勢こそが、一種の極地に到達したと言えるのではないか。
私の選ぶ2016年の至高の作品は、『ライフイズストレンジ』である。
マックスと出会い、共に過ごした10時間を、私はこれからも忘れないであろう。そしてその親友との巡り合わせに、感謝し続けるだろう。
- 映像賞: 『ラチェット&クランク THE GAME』
- 演技賞: たなか久美(『ライフイズストレンジ』マックス・コールフィールド役)
- 脚本賞: 『SOMA』
- ディベロッパ賞: EA Digital Illusions CE社(DICE)
- レベルデザイン賞: 『RimWorld』
- マルチプレー賞: 『Rainbow Six: Siege』
- 作品賞: 『ライフイズストレンジ』