新卒で勤めた会社を転職しAV会社でグラフィックデザイナーをしていたことがある。主にパッケージとかポスターを作ったりしていたが、人手が足らなければカメラマンからあがってきた写真データのレタッチをしたり、Amazonとかのロジ管理までやっていた。おおよそ1年とちょっとくらいだろうか。これといって思い入れみたいなのはそれほどないのだが、先週、大学の同期と久々に会いこの手の話になった。いい機会なの僕が知るAV業界の話を少ししておこうと思う。
AV業界にあるいくつかの誤解
まず明確にしておきたいのは、AV業界はアンダーグラウンドな産業でも、社会の闇と繋がっているとか言われるものではないということだ。AV業界で働いたこともない人たち、そもそもコンテンツ産業を知りもしない人たちが「AVというのは怖い人達が作っているんだ」「ポルノは悪の権化だ」と吹聴することに関して、少なくとも僕は「勝手に言ってろバカ」というスタンスだ。ただ「エロ」というコンテンツを極度に恐れる「日本社会の風潮」、そして「お前ら」のせいだ。
世の人が「アダルトビデオ」と言うと、まず想像するのがエロいことをしている集団という意識だ。しかしよく考えてもらいたい。例えば1本のタイトルを制作するのにグロス300万円で請けたら一体何人の人間が動くのだろうか。撮影・音声・キャスティング・メイク・編集・オーサリング・商談・流通・販売店まで数え切れない人間がウォーターフォール型で動いている。つまり現代の映像産業全ての業種に広く浅く偏在しているのであって、一言で「AV業界」と分類できるほど事は簡単ではないのである。やっていることは所謂コンテンツ産業であり、やっていることはそこらへんのサラリーマンと何の変わりもないということだ。
いわゆる裏ビデオという存在
よく聞かれることに、モザイクがハメられていなかったり、未成年が出演しているような所謂「裏ビデオ」が存在するかという話がある。結論から言ってアダルトビデオは映像作品という分類以外のなにものでもないので、映像倫やソフ倫、といった審査団体を通さないを通さないものは一般市場に流通しない、させないというのが一般的だ。あるとすれば巷で流行っている「同人AV」とか其のたぐいだろう(最近大手サークルでも審査を通しているところは多いが)
審査内容は極めて厳しいものであり、何かのパロディは禁止、作品中の商標・肖像の修正(部屋に置いてある漫画やジュース、コンビニ袋もモザイクを掛ける)、1ピクセル1フレームでもモザイクが漏れたら発売停止、審査内容に抵触するタイトルの是正勧告、挙句は撮影スタジオ近くを走るの電車の警笛もダメだったりして音声にミュートを掛けたりする。下手すりゃそこらへんのコンビニで売っているエロ漫画よりよっぽど厳しい。そんな修正指示が日中ひっきりなしに電話で来ていたのを覚えている。よく天下り団体とか言われていた(実際に警察出身者が多い)が凄く細かいところまで検証を行っていたので、やはりアダルトコンテンツは彼らによって支えられていると実感したのも事実だ。
余談だが、制作の関係でソフトリリースが間に合わず、実際プレスを始めてから審査を通すといったウルトラCをキメることも多々あったが、この時点で修正指示が飛んでくると各ラインを止めなければならず会社は大パニックになったりするイベントも多かった。
男優の存在と本番行為のマジック
何回か現場は経験しているが「アレ」は正直言って半々としか言えない。その日の女優の体調にもよったし、男優さんが頑張れるかどうかみたいなのもあった。事実、AV女優1万人に対して男優は70人と言われる世界で、ある協会に所属している人間しか使わないことになっている。
「童貞をなんちゃらする」みたいなタイトルも実際出演しているのはその道のプロである。しかし1日にいくつもの現場をハシゴしてから出演するなんてことが茶飯事であり、当然作品にはリアリティをそれなりに求められるので、それこそ映像のマジックだったり、ある特殊なガジェットを用いてそれっぽく見せたり、編集点をいくつも使ったりしてAfter Effectsでいじったりすることもある。マジだと思ったみんなには申し訳ないが、現代の技術を地で行くVFXのようなものである。そういうバックグラウンドを知っていると逆に面白く見えるので好きな作品でじっくり検証してみて欲しい。
なんだかんだで面白かったAV業界
ただビジネスの進化や、デジタルという機能的な特性なしに、アダルトコンテンツというものはカスタマーの声にソフトの売れ行きが大きく反映される「ダイレクトレスポンス」だ。つまるところクライアントである会社からは投資対効果をより厳密に求められ、そしてカスタマーの要求に応えていくかが面白い。
いわゆる広告制作の現場に比べてアダルトコンテンツというものは「効果があればグロス(作品の制作費)が大量にもらえる」という達成感で駆動されていることは間違いなかった。その後、人的ストレスで1年間で30kg太ったり、社長が役員によって怪しいマルチビジネスにハメられたり、社用車のベンツが知らぬ間に軽自動車になったりしたが、今思えばそれがチームの連帯感そのものであったし、何より手を入れたものが売れていく、その体験がとにかく面白かったのかもしれない。
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