慰安婦問題を巡る一昨年末の日本と韓国の合意を維持できるか危ぶまれる事態となっている。
発端となったのは、韓国南東部・釜山の日本総領事館前の公道に昨年末、慰安婦を象徴する新たな少女像が設置されたことだ。地元自治体は許可しない方針だったが、世論の批判を受けて黙認に転じた。韓国政府も事実上これを放置した。
日本政府は「領事関係に関するウィーン条約に規定する領事機関の威厳等を侵害する」として撤去を求めている。
日韓合意では、ソウルの日本大使館前に建つ少女像について、韓国政府が日本政府の抱く「懸念を認知」し、「適切に解決されるよう努力する」とうたわれた。
この問題で進展が見られない中での新たな少女像だ。民間団体による私有地への設置なら政府にできることは限られるが、外交公館前の公道である。明らかに合意の精神に反している。
政府はきのう、長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事を一時帰国させる対抗措置を発表した。金融危機時に通貨を融通しあう「通貨スワップ協定」再開に向けた協議の中断など経済面での措置にも踏み込んだ。
日本として強い不快感を示す外交的措置を取ることは必要だろう。
ただ、今回の事態で互いの国民感情を悪化させ、合意そのものを揺るがせてはいけない。
合意はいまや、日韓関係を前へ進めるための基盤である。悪化する一方だった日韓関係は合意を契機に改善基調となり、北朝鮮情勢への対応もスムーズに行えるようになった。
両国と同盟関係にある米国は合意支持を繰り返し表明している。良好な日韓関係は、日米韓連携のためにも必要だ。米国がトランプ次期政権になっても、それは変わらない。
残念なのは、合意への韓国社会の理解が深まっていないように見受けられることだ。
韓国では、朴槿恵(パククネ)大統領に対する弾劾審判の結果によっては今年前半にも大統領選が行われる。主要候補と取りざたされる政治家は軒並み合意に否定的だ。昨年末の世論調査でも「破棄すべきだ」という意見が6割近かった。
だが実際には、合意に基づいて設立された財団による元慰安婦らへの現金支給事業は順調に進んでいる。合意時点で生存していた元慰安婦の7割超が事業を受け入れた。韓国ではほとんど報じられていないが、当事者の意向はもっと重視されるべきだ。
慰安婦問題は日韓ともに国民感情を刺激しやすい。両国は、嫌韓と反日という不毛な感情的対立を生まないよう冷静な対応に努めてほしい。