日本企業の北米戦略に不確実性が増してきた。トランプ次期米大統領が5日、自身のツイッターでトヨタ自動車にメキシコ工場の新設撤回を求めたことで、経済界や日本政府に波紋が広がっている。日本企業にとって米国は収益を左右する最も重要な市場。自国経済を優先するトランプ氏の動向次第では、日米経済摩擦が強まり、日本企業が対米戦略の修正を迫られる可能性もある。
トヨタは2019年にメキシコに約10億ドルを投じて新工場を稼働させ、小型車を米国にも輸出する予定だ。この新設計画に対しトランプ氏は「あり得ない! 高い関税を払え」とツイッターに投稿、撤回を求めた。
米国での雇用創出を掲げるトランプ氏は、これまでもメキシコから米国に輸出しようとする製造業の動きに注文を付けてきた。ただ、日本企業の間では楽観論が大勢だった。「メキシコからの輸入車に高関税をかければ、(メキシコからの輸入が多い)ゼネラル・モーターズやフォード・モーターが立ちゆかなくなる」(自動車幹部)との見方からだ。
その楽観論は吹き飛んだ。3日にフォードがトランプ氏の批判に屈するかたちでメキシコの工場建設を撤回。次にトヨタに矛先が向かった。
日本企業が名指しで批判されたことを受け、経済界には懸念が広がる。
経済同友会の小林喜光代表幹事は6日、新規投資について「メキシコはリスクがある」と困惑した様子で語った。三菱商事の小島順彦相談役はトランプ氏の大統領就任で「いままでと異なった世の中になる」と述べた。
株式市場では6日、トヨタが前日比1.7%安。日本の自動車メーカーでメキシコ生産が最も多い日産自動車が2.2%安、マツダも3.2%安と自動車株が下落した。
日米経済摩擦がピークとなった1980年代、日本車メーカーは対米輸出の自主規制と現地工場の建設で事態の収束を図った。日本が競争力を持つ自動車はターゲットになりやすい。
トランプ氏の投稿を受け、トヨタはコメントを発表。「メキシコ新工場によって米国の生産や雇用が減ることはない」と強調した。米デトロイトで8日に開幕する北米国際自動車ショーには、豊田章男社長が出席する予定。新車発表のほか、米国での雇用創出や生産の実績、今後の投資の考え方を示すとみられる。
影響は自動車メーカー以外にも及びかねない。自動車用ガラスをメキシコで生産する旭硝子は、当面の投資拡大を見送る方針だ。機能性樹脂のメキシコ生産を検討してきた旭化成も投資の機関決定をしていない。
日本電産の永守重信会長兼社長は6日、「(自社の)メキシコ工場は南米向けにし、米国には中国や欧州から輸出することもできる」と指摘。自動車の米国生産の流れが強まれば、米国での部品生産拡大を検討する考えを示した。
日本政府にも警戒感が広がる。麻生太郎財務相は6日の記者会見で「いろいろなものが今から流動的になる。日本は被害を最小限にとめるよう、うまく対応しないといけない」と指摘。政府関係者は「仮に高関税を実行すれば世界貿易機関(WTO)のルールを外れる。具体的な行動を起こせば、何らかの対応を考えざるを得ない」と話す。
企業への政治的圧力は米国に限らない。14年には仏自動車大手ルノーの筆頭株主であるフランス政府が、資本提携する日産の経営にも関与を強めようとした。世界的に保護主義の流れが加速すれば企業が経営の自由度を奪われかねない。