「スーパーマリオ ラン」が逃したチャンス

なぜ強力なブランドがモバイルでの成功を切り開く第一歩なのかをEEDARが詳説する。

 12月の「スーパーマリオ ラン」のリリースは両極端な面を持っていた。このゲームは150か国以上でローンチされ,初日に1000万以上のダウンロードを記録した。これはさまざまなモバイルゲームの中で明らかに最も高いダウンロード率だ。この数字は,Pokemon GOのリリース日に3か国で90万ダウンロードという数字を小さく思わせる。しかし極めて高いダウンロード率の裏で,多くの投資家やアナリストは,ゲームの経済的な成功の可能性について悲観的だ。任天堂の強力なブランド力が相互関連的にプレイヤー獲得を推進しているが,モバイルの爆発的な成功には強力なマネタイズとリテンションも必要なのだ。


モバイルゲーマーにとって極めて強力なブランドである任天堂


 これまでどおりモバイルゲームにブランディングは重要だ。北米のモバイル市場が成熟し続けるにつれ,消費者は新しいゲームの発見にもっと受動的になった。現在,モバイルゲーマーの39%がアプリストアを訪問するのは月に1回未満,そして1か月以上の間ゲームを一つもダウンロードしていないと報告している。App Store以外で新しいゲームタイトルを認識してもらえる方法を見つけることがこれまで以上に重要になってきており,そのために強いブランド力を前面に押し出すことは最も効果的な手段の一つだ。

 すでに2016年にPokemon GOがバイラリティ(口コミによる話題性)を押し上げるために,ブランド力をここぞとばかりに強調した。幸いなことに,任天堂ではスーパーマリオ ランに現存する中で最も人気のあるゲームIP(知財)の一つがある。「マリオ」だ。EEDARの2016年度モバイル市場分析には,2016年8月(スーパーマリオ ランが発表される前)の調査情報が含まれており,モバイルゲーマーはブランドとしてのマリオを非常に愛しているという結果を明らかにしている。実際,マリオは当該調査の中でゲーム関連のブランドとして最もポジティブな受け取られ方をしていた。

ゲームIP・ブランド親近感
[北米][2016年][成人モバイルゲーマー,過去3か月]
縦軸:ゲームブランドに対してポジティブなセンチメント(感情)を持つモバイルゲーマーの割合
横軸:各ゲームタイトル

 ブランドとしてのマリオは,モバイルゲーマーから非常にポジティブな反響を得ている。アングリーバードやキャンディークラッシュ・サーガなどの注目すべきモバイルブランドよりも好感度が高く,スター・ウォーズ,マーベル,ポケモンなどの人気のあるメディア横断型ブランドよりも高い数値を獲得している。その絶大なブランド力に加え,スーパーマリオ ランには,モバイル体験に適したよりアクセスしやすいコントロールやマリオの2Dプラットフォームゲームのルーツにも当てはまるゲームプレイが含まれている。Appleからの好意的なメッセージも後押しし,スーパーマリオ ランがリリース時に世界的な現象になったのは不思議ではない。しかし,ゲームの擬似プレミアムモデルにより,業界の多くは収益化に対して慎重になっている。


スーパーマリオ ランの無料トライアルというビジネスモデルが収益化に際しての最大の課題


 スーパーマリオ ランはApp Storeから無料でダウンロードでき,プレイヤーは最初の三つのステージを無料でプレイすることができる。残りのゲームのロックを解除するには 9.99ドル(日本では1200円)を支払うように求められるが,ほかには収益化の術がない。これは,プレイヤーが無料の範囲でゲームのコンテンツをゆっくり,じっくりと進めることができたり,または,お金を払うことでゲームをスピードアップしてプレイしたりすることができる,伝統的なアイテム課金制のモバイルゲームとはかなり異なる。

 モバイルにおけるプレミアムモデルの課題はこれまで十分に明文化されてきた。収益面では,モバイルでのプレミアムゲームはまだ大きな成功を収めておらず,iOSのモバイルゲームの収益の90%以上はフリーゲームによって生み出されている。App Annieの初期の調査結果によれば,スーパーマリオ ランは配信開始から3日間で1400万ドル(約17億円)を売り上げ,任天堂はこの期間のダウンロードが4000万以上であったことを確認した。CVR(※コンバージョン率:購入率)は3.5%ということになる。2016年最大の成功であったPokemon GOは,最初の90日間で6億ドル(約702億円)以上の売上を記録した。たとえCVRを10%に増やしたとしても(モバイルではありえないが),その売上に達するためには6億台のデバイスでスーパーマリオ ランがダウンロードされる必要がある。


モバイル市場のリーダーに求められる強力な収益力とプレイヤー保持力


「任天堂の戦略は依然として,なによりもまず,消費者をハードウェアビジネスに引き込むことだ」

 スーパーマリオ ランは,継続的な収益方法がないがゆえに,今後数か月で大幅に売上が減少する可能性がある。ゲーム・オブ・ウォー(Game of War:Fire Age)のような市場をリードするモバイルゲームでは,プレイヤーは何か月にもわたってアプリ内課金に何千ドルも費やすことができる。米Kabamは,長期に渡ってプレイしてもらうことが彼らのビジネスモデルにとって非常に重要であるため,数か月ではなく数年単位で物事を見るとしている。これと対照的に,スーパーマリオ ランは一人のプレイヤーから得られる最大の売上は9.99ドルしかないのだ。だが任天堂の広報担当は,同社では今後ゲームのアップデートの計画はないと述べている。

 任天堂ブランドの人気に乗った別タイトル,Pokemon GOの短期的な成功は,モバイルゲームにとってプレイヤー保持力の重要性を強調している。記録的なダウンロード数と月次売上の後,大きなアップデートや意味のあるメタゲームの機会がなくなると,プレイヤーのゲームへの関心が徐々に低下した。非常に強い競争力のあるメタゲームコンテンツ有する2016年の上位5タイトルは,毎月ほぼ一定の売上を得ているが,Pokemon GOは9月以来減少している(一つの例外はEEDARも書いたクラッシュ・オブ・クランで,自社内のある商品が売れることでほかの商品の売上が減少するというカニバリゼーションに陥った)。以下のグラフは,日次のEEDARのモバイル収益データベースを利用して,この減少を視覚的に示している。

Pokemon GO VS 2016年の上位5タイトル
[米国][米ドル][iOS]
縦軸:月次収益(Pokemon GOを最大値にしての割合)
横軸:月次推移

 Pokemon GOのメタゲームは,主に三つのチームの一つに加わり,ポケモンのレベルを上げてテリトリーを手に入れていくことに焦点を当てている。これは先にジムを占有したトレーナーが配置したAI制御のポケモンを配置したジムバトルで行われる。これはメタゲームのあるべき姿を示しているように見えるが,実際は不十分だった。プレイヤーはほかのチームメンバーと対話することがあまりなく,ジムを占有することは小さな個人的なご褒美よりも大きな目的にはなりえない。ジムでAIと戦う以外に,ポケモンにおける二つの特徴であるトレード(交換)やトレーナー同士のバトルではほかのプレイヤーとやりとりすることはない。ゲーム中のポケモントラッカーの問題とあいまって,Pokemon GOは重要なプレイヤー保持の問題を抱えている。


しかし任天堂にとってすべては「Switch」への布石かもしれない


 任天堂がスーパーマリオ ランで稼いでいないという議論はさておき,このゲームは任天堂の企業としての親近感と視認性を高めるものでなければならない。これは任天堂がスーパーマリオ ランに見出そうとしていた最大の価値のようだ。

 スーパーマリオ ランから続く任天堂への注目は,パーフェクトなタイミングで2017年3月にリリースされる「Nintendo Switch」でもってさらに高まる。任天堂の戦略は依然として,なによりもまず,消費者をハードウェアビジネスに引き込むことだ。EEDARの2016年度モバイル市場分析では,モバイルゲーマーの52%以上が積極的に家庭用ゲームも行っていることが報告された。任天堂が,自分たちの主要ブランドをこれらのモバイルゲーマーに宣伝することは,任天堂自身の新旧のハードウェアに興味を持ってもらう素晴らしい方法であると言えるだろう。

ゲームプレイに使用されるプラットフォーム(先月)
[北米][2016][PlayerPulse][成人モバイルゲーマー]

 Pokemon GOの最近の成功は,任天堂が自分たちの最も知名度が高いIPをモバイル・プラットフォームで活用することで,任天堂自身のハードウェアで稼げることを示した。Pokemon GOがモバイルでのリリースを成功させた後,任天堂は四半期報告で,ニンテンドー3DSシリーズのハードウェアの売上高が前年比19%増加したこと,また,それがPokemon GOの成功に寄与したと発表した。2016年11月にポケットモンスター サン・ムーンがリリースされたあと,米調査会社NPDはこの2タイトルがポケモンシリーズで最大のリリースとなったと報告した。

 Nintendo Switchの発売日に,ローンチタイトルとして任天堂のフラッグシップたるマリオのタイトルが同時発売されるという噂がもし真実であれば,その直前にスーパーマリオ ランでもって何百万もの人々の注目を任天堂に集めておくという試みは,新しい家庭用ゲーム機の初期購入率の一つの鍵であることを証明するかもしれない。


 EEDARによる最新のレポート「Deconstructing Mobile」は現在2016年度版が入手可能であり,北米のモバイルゲーム市場の概要,人口構成,市場規模,行動とモチベーション,ジャンルごとのパフォーマンスや傾向などを提供している。レポートの無償版については,ここをクリックするか,Cooper Waddell(cwaddell@EEDAR.com)にご連絡を。この記事は,著者のほか,Mike Schramm,Heather Nofziger,およびSartori Bernbeckを含むEEDARアナリストによる共同執筆である。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら