日本発のニュースがMSMのネット版に大きく載る 死ぬまで働けの日本に海外から強い関心
この記事が検索エンジンで探しても出て来ません。「見つかりません」ではなく、このブログの別の記事がずらりと表示されます。
翻訳サイトでも、どこかの国に不都合なことは、逆の意味に翻訳されたり、原文の途中で翻訳が途切れることもありますからありうべきことですが。
ネットは便利ですが、そういう作為が組み込まれていることは忘れないようにしないといけません。
忘れられる権利は認めますが、それにしても早い。
ウオッチャー さんから検索方法を工夫すると元記事が出てくると教えてもらった。
検索結果の冒頭に当初の見出しで出ている。「死ぬまで働けの日本に海外から強い関心」がNGワードのようだ。「海外からは異様な事件と」なら行方不明はなかった?
新年を迎えて、ますます、リアリティの分裂が進んでいる感じがします。そこにもう橋がかからない? どちらがよいという問題ではなく、個々人がどちらを選ぶか? という意志と選択の問題なんでしょうね。
国内でいくら叩かれようとそれはいろいろな手で切り抜けられる、だが海外の反応は押さえきれない。
そんな海外の反応が知られるのはとても困るということでしょう。画像がなければまあ放っておけということでしょうけど、ちょっと刺激が強すぎたでしょうかね。
一見全く無いように見せかけるのならそれ以上に巧妙でしょうか?
偽情報で薄めるだけじゃなく、本気で隠そうと思えばそれも出来るんでしょうね。
情報公開の開示文書でも、情報隠しには黒ベタと白ベタの2種類があると聞きました。
検索エンジンの使い方を変える、工夫する必要があるのかな?
こそこそ情報隠しには、情報の質、情報拡散のスピードと量で対抗するのが一番いいんでしょうけど
丸ごと転載は、その意味では大いに意味があるんですね。
このような記事に関心を持つサイト運営者は少ないですが、アクセスはとても多かったです。
Yahoo、bingで検索しても同じような結果が出て苦笑するしかありませんでした。
でも、もうそれは早く辞めた方がいい。情報操作から手を引き始めておかないと、現実の変化が覆い隠せなくなったときに、非難と批判を一身に浴びることになる。既存の世界の既得権益を守り、その犯罪を隠す側から、新しい世界の創造と到来の旗振りをする側へ、どのタイミングで移行するかも、重要な経営判断だと思います。
ただ、その時には、今までやってきた悪事の暴露と告白が、必須の条件になりますが。古い世界にしがみつくよりも、新しい世界に身一つで飛びついた方が、未来は開けると思いますが、今までおいしい思いをしてきた分、荷物を捨てるのが難しいんでしょうね。
でも、そうしないと、このまま会社も社員も、安部さん、原子力村、ネオコンのジャパンハンドラーズの心中することになります。いくら宿主が必要でも、宿主が腐り始めたら、自分の身が危ないのでは? というか、現実を操作するために、幻想をでっちあげて、大衆の思考や感情をコントロールする、というマーケティング手法そのものが、クライエントを腐らせて、自らも腐らせたのかもしれませんが。
さらに付け加えると、人は減ったことにはなかなか気づきませんが、なくなったことには、すぐに気づきます。ネット上から消すのは、核心情報だけにして、「消している」ことに気付かれないようにしなくてはなりません。
時代の変化、風向きの変化を読んで先取りする企業が、変化や風を自ら作り出すことに酔っているうちに、天意の風すら読めなくなった?! というこのかもしれませんね。今回の件を奇禍として、社会にも社員にも優しい企業として生まれ変わったらいいんですが!? まあ、無理かなあ?
当初掲載したときの見出しが「日本発のニュースがMSMのネット版に大きく載る 海外からは異様な事件と」でした。その後追加した海外の記事に karoshi とありましたので、海外の問題意識は鮮明と判断して今の見出しに変えています。
マーケットあるいは大衆の妄想が、現実の変化に伴って覚めつつあるのに、当の妄想製造会社が、自分の作った精巧な妄想の世界に絡め取られて、幼児的万能感のなかで生きるようになっている。まあ、同じく幼児的万能感のなかで生きる総理大臣と組んで、「二人精神病」状態なので、ますます覚めにくいのかもしれませんが。
「食べて応援」「風評被害」マーケティングを推進すればするほど、東京本社の社員もその家族も、どんなに分かっていて被曝回避しても、手を変え品を変え、産地を偽装し隠蔽し、混ぜられ薄められ、加工されて、一番、消費者の手の届きやすいコンビニや大手スーパー、外食チェーンで売られる「ちょびっと汚染食品」を避け切ることはできません。
というか、忙しくてコンビニや仕出し屋の弁当ばかり食っていたら、真っ先にやられるし、社員食堂では当然、「食べて応援」しているだろうし。
というわけで、自分の首を絞めてしまうどころか、場合によっては家族も含めて死に至ら閉めるような「自殺マーケティング?」に手を出している? ということにも気づけなくなっているのでしょう。「企業の精神病理」として捉えるなら、なかなか面白い症例なんですが、ただ、国民全体を内部被曝に巻き込んでいるので、「面白い」とか言っている場合ではないんですよね。
ジャニーズとAKBが、日本の歌をつまらなくして、本当に才能があるアーティストが世に出る機会を奪ってしまったように、現実に幻想の付加価値を付けて売り出すマーケティング手法も、行きすぎてしまうと、現実そのものを貧困化してしまうのでしょうね。さらに進んで、現実に存在しているものを幻想に帰して、その存在を消してしまう(しかし現実には存在し続けるセシウム)「負のマーケティング」まで始めると、生き残れるのは幻想の世界のなかの幻想の存在だけになってしまいます。
というわけで、○通さんだけでなく、我々もそろそろ目を覚まさないと、ヤバいことにΣ( ̄ロ ̄lll)
私は3.11以来、買わなくて済む生活を拡大していますが、それも幻想に振り回されないために少しは役立っているようです。幻想という不要な付加価値を押し売りされるほど、暇でも裕福でもないとも言えますが。