時代が変わろうとしている。

 8年前、プラハでの演説で「核兵器のない世界を追求する」と宣言したオバマ米大統領が今月20日に退任する。

 核の発射装置を引き継ぐ次期大統領はトランプ氏だ。最近になって「核能力を大いに強化する」と述べた。オバマ政権とは核政策が大きく変わるのでは、との懸念が強まっている。

 だが、「核兵器のない世界」に向け、後戻りを許すわけにはいかない。

 今年は、核兵器禁止条約の制定を目指す国際交渉が始まる。この機を生かし、核廃絶への潮流をどう太くするか。日本も率先して行動していくべきだ。

 ■オバマ氏の「遺産」

 オバマ氏が、核問題に積極的にとりくんだのは確かだ。

 核物質によるテロを防ぐため、4回の核保安サミットを開いた。管理態勢の厳格化に向け、関係国の首脳と認識を深めた意義は大きい。

 長年の懸案だったイランの核問題では15年、核開発を大幅に制限することで合意に達した。

 昨年は現職大統領として初めて、被爆地・広島を訪れた。

 どれもオバマ氏自身の熱意なしに実現できなかったことだ。ただ、国際社会の当初の高い期待に十分こたえたかといえば、そうも言い切れない。

 10年に戦略核弾頭を1550発以下に減らす新戦略兵器削減条約(新START)をロシアと結んだ。だが、ウクライナ問題で対ロ関係が悪化し、さらなる削減のめどは立たぬままだ。

 核開発を進める北朝鮮には、具体的な非核化措置を取るまで交渉に応じない「戦略的忍耐」を続けたが、北朝鮮は4回の核実験を強行した。

 核攻撃がない限り核兵器を先に使わないという「核先制不使用宣言」も、オバマ氏は慎重に検討したという。実現しなかったことは極めて残念である。

 ■核の非人道性認識を

 トランプ氏は先月、「世界の核に関する良識が戻るまで、米国は核能力を大いに強化・拡大する必要がある」とツイッターで発信した。ロシアのプーチン大統領が核ミサイルの開発・配備を進める考えを示したことに反応したとみられる。

 選挙戦では、過激派組織「イスラム国」(IS)に対して核兵器を使う可能性を「排除しない」と述べた。

 同時期のインタビューでは日本や韓国の核武装を容認するような発言もあった。本人は後に否定し、真意ははっきりしない。だが、「米国第一主義」を掲げるトランプ氏が、核兵器を軍事力の根幹として重視する考えがうかがえ、気がかりだ。

 最大の懸念は、イランとの核合意を「最悪の取引」と批判し、破棄する意向さえ示していることだ。もし本当に踏み切れば、中東情勢への悪影響ははかり知れない。

 「破滅的な非人道性を持つ核兵器は廃絶されるべきだ」。国際社会ではここ数年、こうした考え方が強まってきている。

 広島、長崎両市長はトランプ氏に被爆地訪問を呼びかけた。核の非人道性を認識してほしいとの思いだ。国際世論をさらに高め、トランプ政権に認識の共有を迫っていく必要がある。

 先月の国連総会(193カ国)で、核兵器禁止条約の制定を目指す国際交渉を始めることが、113カ国の賛成で正式に決まった。

 最初の会議は今年3月に開かれる。しかし条約に強く反対してきた米国をはじめ、ロシアやフランスなどの核保有国はいずれも参加しない見通しだ。

 ■日本が橋渡し役に

 米国の「核の傘」の下にある日本も交渉開始に反対したが、岸田外相は、交渉会議には参加する意向を示している。

 条約は、核廃絶に向けた大きな一歩となる。ただ、核保有国と非核保有国との溝がいっそう深まることは望ましくない。

 被爆国であり、米国の同盟国でもある日本は「橋渡し役」を自任してきた。今こそ、役割を果たすべきときだ。

 日本政府は、北朝鮮や中国の脅威には米国の核兵器で対抗することを軸とする安全保障政策をとっている。禁止条約は、この政策と相いれないと懸念を示してきた。

 だが、核の威力で安全を保とうとする抑止論から抜け出さない限り、核廃絶は近づかない。とりわけ日本のように核の傘に頼る国は、脱却の道筋を模索していく必要がある。条約の交渉開始はそれを考える好機だ。

 豪州やドイツ、カナダなど米国の核の傘の下にある国と連携し、どんな条約であれば参加できるか、具体策を探ってはどうか。例えば、一定の期間を定め、核の傘への依存度を徐々に下げるやり方が考えられよう。

 同盟国が核兵器禁止の方向にかじを切れば、米国をはじめ核保有国も核政策を大胆に転換していく道が見えてくる。局面を変える行動こそが、日本に期待される役割である。