研究について

自己組織化の現象

自然界には,貝殻表面に描かれる美しい文様(1)、魚が作る統一のとれた群れ(2)、シロアリが協働して造る巨大な塚(3)など細胞や生物が作る集団が協力し自律的に構造体を創りだす現象が数多くみられます。このような現象は自己組織化と呼ばれます。一体どうやってこのような組織化はなされるのでしょうか。このような現象の奥に潜む秘密は何なのでしょうか。このような現象に光を当て、疑問に答えるための新しい科学が興りつつあります。

(1)活性・抑制因子モデルでは、細胞内で活性因子は自己増殖すると同時に自身の増殖を阻害する抑制因子も産み出すと考えます。抑制因子は活性因子よりも速く器官内に拡散するため、活性因子が増大した細胞の近隣では活性因子は少なく抑えられことになります。このように、言わば自分の仲間を増やすとともに自分の敵をも同時に作り出すことによって多様性を創出すると考えます。

(2)Biodモデルでは、個々の魚は近隣の仲間と衝突しないよう注意しながら、仲間と速度を同調しようとすると共に常に仲間がたくさんいる方向へと移動すると考えます。個々の魚のこのような行動から統制のとれた魚群が形成されると考えます。

(3)ブリュッセル学派は、シロアリの行動に関する膨大な観察データからシロアリ集団は、女王フェロモン、足跡フェロモン、運搬中に土中に浸透させた唾液フェロモンによりアリ同士でお互いに情報交換して巨大な塚を築くと考えます。

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数理的な方法

1977年G.ニコリス‐I.プリゴジーヌは「散逸構造―自己秩序形成の物理学的基礎―」(岩波書店)で、1977年H.ハーケンは「シナジェティクス―協同現象の数理―」(東海大学出版会)でそれぞれ自己組織化現象を洞察した原理を提唱しました。また丸山孫郎は1963年にセカンド・サイバネティクスという考えを世界に先駆けて発表しました。これらによると、自己組織化が起こるには全体を指揮するような特別な役割を担うリーダーは必要とせず、一様な性質をもつ個体達が各所々々で一定の単純なルールにしたがって相互作用し行動することによって自動的に全体的な構造が創発されると考えられています。全体は部分の総和以上となるわけです。このような考え方で本当に自己組織化現象のメカニズムを説明することが可能なのかどうか。それを確かめるには数学的な方法が大変重要となります。各個体が共通にもつ特性や個体間に働く相互作用を数式で記述し、全体の時間的発展の規則を方程式で表現します。数学理論あるいは数値計算により方程式を解くことにより、現実世界にみられるような構造体が出現するかどうか検証することができるわけです。

同じ形をしたおもちゃのブロックを組み合わせて一つの形体を作る場合を考えましょう。凸部と凹部は自由に結合することができ、同形のブロックから全体として何か新しい形体を作り上げることができます。最終的な形体は予め決まっている必要はなく途中で変更可能です。一方対照的にジグソウ・パズルを組み立てる場合を考えましょう。各ピースはそれぞれ決まった固有の形をもっています。形状が合致したピース同士しか結合することはできません。この場合は、各ピースが設計図通り組み合わせられて事前に決まっていた形が作り上げられることになります。

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数学解析と数値計算

自己組織化現象を記述する方程式は、よく抽象化された場合、非線形拡散方程式として表されます。私は長年に渡り、これらの拡散方程式を関数解析学を使って解くための研究に携わってきました。これらの研究は、1948年吉田耕作による解析的半群の発見に起源をもち、抽象的に明晰に広範な拡散方程式を解くための技術開発を目指しています。日本で生まれ育った数学技術の一つと言えましょう。今日では、抽象放物型発展方程式理論と呼ばれています。この理論のお陰で、様々な自己組織化方程式を解くことができ解の大まかな性質を知ることができます。一方で得られた解析解をグラフ化し目に見えるような形にすることが必要となります。このためにはコンピュータにより数値計算するための全く異なった計算技術が必要となります。私はこのような技術開発にも携わっています。下図は我々の論文で(Sci. Math. Jpn 59、 2004. J. London Math. Soc. 74、 2006. Sci. Math. Jpn 70、 2009.)、大腸菌の集合パターンを走化性方程式の数値計算により再現した例です。

蜂の巣
蜂の巣
帯状
帯状
ミシン目
ミシン目
動的ミシン目
動的ミシン目
動的斑点
動的斑点
定常斑点
定常斑点

吉田耕作 先生(1909-1990)は我が国を代表する解析学者の一人で、「Functional Analysis」の著者として世界的に知られています。セミナーではよく「あなたの話は具体的過ぎて分かりにくいので、もっと抽象的に話してください。」と言われたとのことです。
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将来予測

自然の数理的な研究は、いま目の前で起きている現象を合理的に説明するのに有用であるということだけでなく、その現象が将来どのように展開していくかについて予測を立てる上で極めて重要であるということです。方程式を用いれば、時間が十分経過したときに解がどのようになるか簡単に計算し答えを出すことができます。私は今、各方面のフィールド・ワークの研究者達と共にマングローブ地質・生態システムの数理的研究についてのプロジェクトを立ち上げています。海の森と言われるマングローブは、マングローブの植生、潮汐による海流、堆積土壌の3者が複雑に相互作用するシステム6)です。それでいてこのシステムは見事なフラクタル状のクリーク・パターンを形成します。自己組織化の科学はこのように大規模な環境システムにも応用可能であることを示唆しています。未来学者のA.トフラーは著書「第三の波」の中で、複雑なシステムの動態を研究するためには機械文明を背景として生まれ、因果律を根本とする既存の科学には限界があり情報文明を背景にした何か新しい原理による科学の出現が待たれると述べています。

マングローブの親木は胎生種子(すでに発育した種子)を産みます。種子は、潮汐流により沖に運搬されます。潮汐流は同時に泥をも運搬します。海中泥は、マングローブの網目状の支柱根により捉えられ堆積土壌となって幼木・成木を支持します。マングローブはまた潮汐流の抵抗となりクリーク(曲がりくねった小川)の形成に関与します。このようにしてマングローブは自ら干拓しながら沖へ沖へと自生範囲を広げて行きます。詳しくは、以下の書籍等々を参照してください。茅根創・宮城豊彦著「サンゴとマングローブ」、岩波書店、2002。宮城豊彦・安食和宏・藤本潔著「マングローブ」、古今書院、2003。マルタ・ヴァヌチ著「マングローブと人間」、岩波書店、2005。
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