最新記事

シリア情勢

アレッポ攻防戦後のシリア紛争

2017年1月5日(木)15時00分
髙岡豊(公益財団法人中東調査会 上席研究員)

Omar Sanadiki-REUTERS

<年末の30日にシリア全土で停戦が発行したが、その実効性は不透明だ。昨年末、シリア北部の要衝アレッポが政府側によって制圧された意味とは。そして、シリアの2017年を展望する>2016年12月24日執筆

 2016年12月22日、シリア軍総司令部はアレッポ市をテロリズムとテロリストから解放し、同地に安全と安定を回復したと発表した。アレッポ市はシリア有数の大都市で、その政治・経済・社会的重要性は首都であるダマスカスに次ぐものと考えられているため、ここをシリア政府が確保した意義は大きい。後述するが、政府側がアレッポ制圧を盤石なものとすれば2011年の紛争勃発以降、想定、或いは夢想されていたシリア紛争の帰趨についての構想・計画の一部にとどめを刺す結果となろう。

 一方、アレッポ市の攻防については、民間人に対する「無差別攻撃」、「虐殺」や、食糧や物資の不足のような「人道危機」が国際的な注目を浴びた。これにより、アレッポと同様の危機的状況に陥っているイラクのモスル、イエメン、そしてシリア国内でもトルコ軍やアメリカ率いる連合軍の攻撃対象となっている地域の「人道危機」に対する国際的関心が著しく低下するという異常事態が生じてしまった。こうした問題を念頭において、アレッポの情勢を分析し、シリア紛争の今後を展望してみよう。

立てこもっていたのは誰か、退去しているのは誰か?

 攻防戦に事実上の決着がついた12月10日過ぎから、アレッポ情勢の焦点となっていたのは「反体制派」が占拠していた地域にいた人々を何処かへ退去させ、その間の彼らの身の安全をいかに保障するかという問題であった。攻防が本格化した11月時点では「反体制派」の占拠地域には25万人がいることになっていたが、戦闘が終わるとこの推計は実数より相当多かったことが明らかになった。シリア政府の発表では退去するのは「テロリストとその家族」ということになるが、今般退去した者全員がこれに該当するわけではない。また、当然ながら全員が全く無辜の民間人というわけでもない。大まかに見ると、「反体制派」の占拠地域にいた人々は以下のように分類できる。

○「反体制派」の戦闘員:「反体制派」の主力は、外国人戦闘員を用いる「ヌスラ戦線(現:「シャーム征服戦線」)」、「シャーム自由人運動」のようなイスラーム過激派諸派である。また、「トルキスタン・イスラーム党」という中華人民共和国西部の起源のイスラーム過激派武装勢力もおり、戦闘員の一部は外国人であろう。これまでシリア政府が「反体制派」の占拠地域を解消する「和解」の例を見ると、彼らは重火器を放棄する、恐喝や身代金目的でとらえた誘拐被害者を解放する、などの条件を満たせば「反体制派」が占拠する他の地域へと退去できる。彼らの多くはトルコ軍の庇護下に入ることができるアレッポ県の北部への退去を希望したようであるが、これは認められず、最終的にはアレッポ県の南西隣りに位置するイドリブ県へと退去したようである。

○「反体制派」の非戦闘員:女性や高齢者、子供や戦闘員の家族がこの範疇に入ると思われる。女性や高齢者、未成年者でも確信をもって「反体制派」を支持したり、その活動を担ったりする人々も明らかに存在する。そのような人々も、「反体制派」として退去することとなるだろう。政府側による非戦闘員に対する略奪・迫害・拷問などに懸念や非難を表明した諸国や機関は多かったが、彼らを自ら庇護しようとした国も機関も一つもなかった。ただし、戦闘期間中、SNS上で「現地の悲劇的な状況」を流ちょうな英語で発信した幼女は早々にトルコに脱出し、同国のエルドアン大統領との面会を果たした。

○一般の民間人:自宅などの不動産、或いは家業にまつわる生産手段を守るため、他の地域に脱出するための資源も頼る先もないなどの理由で残らざるを得なかった一般人の中にも、退去を選択した者がいるだろう。政府が制圧した以上、そこに住む人々は兵役、納税、公務員・学生としての職業的身分、公共料金の支払いなどなど、政府と法的立場を調整する必要が生じる。とりわけ、軍や警察の部隊からの逃亡者や徴兵忌避者は、法的立場を調整した結果戦闘に駆り出されることよりも、退去を選択する誘因が強くなる。

【参考記事】「アレッポの惨劇」を招いた欧米の重い罪

 政府側は退去の条件を満たさない戦闘員の監視や、民間人の法的立場の調整などの措置のため退去する者の身柄を検めようとした。こうした行動を、「反体制派」側は逮捕・拷問・処刑が行われていると非難し、退去が度々滞った。にもかかわらず、退去そのものは22日までに終了したため、直前に国連安保理で採択された監視団の派遣や人道援助の搬入についての決議には主な対象者・地域がなくなってしまった。

ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請23.5万件に減少、43年ぶり低

ビジネス

米12月ADP民間雇用者数は15.3万人増、予想下

ビジネス

トヨタ、メキシコ工場はトランプ政策みて判断 ホンダ

ビジネス

経団連、今年も年収ベースの賃上げ呼びかけ

MAGAZINE

特集:ISSUES 2017

2017-1・ 3号(12/27発売)

トランプ就任の衝撃波はアジア、欧州そして中東へ。地殻変動を起こし始めた2017年の世界を読む

人気ランキング

  • 1

    「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

  • 2

    少女の乳房を焼き潰す慣習「胸アイロン」──カメルーン出身の被害者語る

  • 3

    ロンドン直通の「一帯一路」鉄道で中国が得るもの

  • 4

    フィリピンで武装集団が刑務所襲撃 囚人158人脱走う…

  • 5

    中国人はトランプ米大統領誕生の意味をまだわかって…

  • 6

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 7

    NYで列車脱線し100人超負傷 朝のラッシュ時、車止…

  • 8

    トランプ、次期駐日大使に側近ハガーティー氏を起用へ

  • 9

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 10

    アメリカ議会、オバマ政権の規制を一括無効化へ 下…

  • 1

    「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?

  • 2

    少女の乳房を焼き潰す慣習「胸アイロン」──カメルーン出身の被害者語る

  • 3

    トランプ今度はGMメキシコ工場に矛先 多額の国境税課すと圧力

  • 4

    写真が語る2016年:飛行中の戦闘機F22に超接近

  • 5

    老化はもうすぐ「治療できる病気」になる

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会…

  • 8

    アメリカが新たな対ロ制裁、35人追放と施設閉鎖 大…

  • 9

    ロンドン直通の「一帯一路」鉄道で中国が得るもの

  • 10

    靖国参拝で崩れた、真珠湾追悼の「和解」バランス

  • 1

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 2

    オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

  • 3

    トルコのロシア大使が射殺される。犯人は「アレッポを忘れるな」と叫ぶ

  • 4

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろ…

  • 5

    独身男性の「結婚相手は普通の子がいい」は大きな間…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    軍拡競争起こればいい、米国は勝つ─トランプ氏

  • 8

    「女たちが国を滅ぼした」――韓国のデモに紛れ込む「…

  • 9

    トルコでロシア大使銃撃され死亡、犯人は非番の警察官

  • 10

    ナッツリターンの悪夢再び 大韓航空、機内暴力の男…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「五輪に向けて…外国人の本音を聞く」
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2017年1月
  • 2016年12月
  • 2016年11月
  • 2016年10月
  • 2016年9月
  • 2016年8月