安倍首相はきのう伊勢神宮に参拝し、年頭の記者会見で「未来への責任を果たさなければならない」と語った。

 神宮に近い、三重県伊勢市の駅頭に政治家の像がたつ。この地を選挙区とした尾崎行雄だ。

 軍国主義下の当時の日本にあって、尾崎は公然と戦争反対を訴えた。「売国奴」とののしられ、暗殺の危険にさらされても、その考えを変えることはなかった。

 「尾崎の『不戦』は当時の情勢の中で現実を直視し、国家、国民の将来を考え抜いた末の答えだった」と尾崎行雄記念財団の石田尊昭事務局長はいう。

 ■負担増先送りの政治

 ひるがえって、いまの政治はどうだろう。日本の現実を直視し、ひるむことなく解決策を示せているだろうか。

 「会社やめなくちゃならねーだろ。ふざけんな日本」。保育園の選考に落ちた母親のブログが昨年、政治を揺さぶった。

 「本当かどうかも含めて、私は確かめようがない」。首相は当初、冷ややかだったが、抗議活動や署名運動が広がると、緊急対策を打ち出した。

 ただ、中身は保育所の規制を緩めて子どもの受け入れ枠を増やすなど応急措置が中心だ。

 保育所の数は増えたが、需要の伸びに追いつかない。昨年4月の待機児童は2年連続増の2万3千人、いわゆる「隠れ待機児童」は6万7千人に上る。保育の質の低下を心配する声も保護者からあがっている。

 夏の参院選が近づくと、首相は消費増税の再延期を表明したが、こちらもちぐはぐだ。

 増税は、年々膨らむ社会保障費を賄うためのもの。しかも消費税を10%に引き上げても、なお足りないのが実情だ。

 にもかかわらず、選挙ではお金を使う話が先行する。増税分で行うはずだった、10年加入で年金を受け取れるようにする無年金対策などを、恒久財源がないまま見切り発車した。

 一方で、新年度予算に向けて結論を出すことになっていた介護や医療の給付抑制策、負担増は先送りが目立つ。将来世代がしわ寄せを受けかねない。

 ■選挙に左右されずに

 目先のことに振り回されず、将来を腰を据えて考える。そんな政治は望めないのか。

 民主党政権だった5年前、野党の自民党、公明党と3党で合意した「社会保障と税の一体改革」に、その芽はあった。

 不安定な雇用、貧困・格差の拡大、子育ての不安などさまざまな社会保障の課題に対応するために、必要な財源を消費税を引き上げて確保する。給付と負担を一体で考え、国民に不人気とされる増税に向き合ったことは政治の貴重な一歩だった。

 当時は、国民もそんな政治に好意的だった。朝日新聞の世論調査では、一体改革が議論されていた11年、57%が消費税引き上げに賛成した。

 ところが、首相が2度目の増税延期を決めた後の昨年の調査では、増税延期を評価する人が56%にのぼった。

 その一体改革でも、増税分の大半が今の制度を支えるのに足りない財源の穴埋めに充てられる。新たな社会保障の充実に使う分は2割だけだ。子育て支援にかけるお金も「1兆円超に増やす」ことになっていたが、実現していない。

 ■ポスト「一体改革」を

 「受益感がないから、人々は増税に否定的になる。必要な財源が確保できないから、社会保障もますます細る。この悪循環を絶たないと、これからの高齢化のピークを乗り切れない」。高端正幸・埼玉大准教授(財政学)は、そう警鐘を鳴らす。

 人々の納得感を高めるカギは子育て、教育、介護など誰もが直面するニーズを満たすことだという。「負担増の代わりにこれをする、負担をなくすならこのサービスを削らないといけない、そんな国民との対話が必要です。それが政治の役割です」

 団塊の世代が75歳以上になる2025年、社会保障給付費は今の約120兆円から約150兆円に膨らむと見込まれる。

 超高齢化に伴って膨らむ費用を、国民合意のもとで、どう分かち合っていくか。それは、どの党が政権を担っても逃げられない課題だ。

 年金制度改革をめぐり与野党が対立した昨年の臨時国会で、民進党の長妻昭・元厚労相がこんな提案をした。

 「社会保障費のピーク時にどうお金を工面するのか。ポスト『社会保障と税の一体改革』のような議論を始めよう」

 自民、公明両党にも同じ考えの議員は少なくないはずだ。

 衆院議員の任期は18年12月まで。次の参院選は19年夏だ。衆院解散がなければ、与野党が選挙を離れて議論するかなりの時間がつくれる。

 長妻氏の提案は小さなボールだ。だがそれを大きく弾ませることは、首相の判断でできる。自ら年頭に誓った「未来への責任」の本気度が問われている。