堀内恒夫さん「これ以上やっかいな打者はいなかった」スペンサーさんを悼む

2017年1月4日5時30分  スポーツ報知
  • 1967年の日本シリーズで堀内(左)と対戦したスペンサー

 阪急(現オリックス)で強打の内野手として活躍したダリル・スペンサー氏が2日に88歳で死去したと米カンザス州ウィチタのメディアが報じた。スポーツ報知評論家の堀内恒夫さんが悼んだ。

 リーグが違ったから、日本シリーズくらいでしか対戦しなかったが、その少ない経験の中でもスペンサーとの勝負の記憶は強烈だ。

 1967年の日本シリーズでの初対決。パ・リーグの投手から聞いていたデータによると、彼は投手のクセやバッテリーの配球を読むのが抜群にうまい打者だということだった。第2戦の初回。初球、2球とカーブを投げて2ストライクと追い込んだ。3球目。外角にストレートを投げた。スペンサーはその球をぼう然と見逃した。3球三振だった。「巨人の投手は2ストライクと追い込んだら、3球目は外して来る」という読みがあったようだが、私がその裏をかいたのだ。

 そんなしてやったりの思い出もあれば、外角いっぱいの球を読んでいたかのように右翼席へ放り込まれたこともある。その時にマウンドで頭に浮かんでくるのは「ホリ、スペンサーには気をつけろ。あいつは前の打席の攻め方をよく覚えているし、ベンチやネクストバッターズサークルでも投手の配球を見ているからな」というパの投手の忠告だった。

 パワーもあり、読みでも打てる。これ以上やっかいな打者はいなかった。私が対戦した外国人では最も記憶に残る選手の1人だ。かつて同じグラウンドで戦ったライバルたちが、文字通りの“記憶”になっていくのは悲しい。

訃報・おくやみ
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