投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. ひらがなプロジェクト(208)
  2. アルベア論(975)
  3. 正義のあかし(46)
  4. 掲示板の注意事項(1)
  5. 虚構の大石寺疑惑(0)
  6. 2015年安保法制(977)
  7. アラシ行為記録(21)
スレッド一覧(全7)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


全文掲載よりリンク活用がいいと思います

 投稿者:感性  投稿日:2017年 1月 4日(水)16時03分36秒
  >イケディアンの住人(正義の獅子同盟)様

>良書を読みませう(1)  投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)13時44分11秒
>良書を読みませう(2)  投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)13時47分40秒

掲示板に全文掲載されなくてもリンクでいいのではないでしょうか。
たとえば「走れメロス」の場合は
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html
「駈込み訴え」の場合は
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/277_33098.html

もちろん著作権が切れていることは存じ上げていますが作品中、強調したい箇所があれな部分引用し、御見解を述べられたほうがよろしいかと思います。

他作品も「青空」等でリンクカバーできるものがあれば同様と考えます。
 

良書を読みませう(2)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)13時47分40秒
  そして、『駆け込み訴え』ユダの思考、創価公達の志向が見えます。
?

駈込み訴え




太宰治




 申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷《ひど》い。酷い。はい。厭《いや》な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。




 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇《かたき》です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所《いどころ》を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月《ふたつき》おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄《まで》あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄《ちょうろう》されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇《かば》ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑《けいべつ》するのだ。あの人は傲慢《ごうまん》だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜《くや》しいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚《うぬぼ》れ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目《ひけめ》ででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死《じに》していたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒《ねぐら》、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何が出来ますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴《こけ》の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭《さいせん》を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢《ぜいたく》を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。謂《い》わば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇《りんしょく》の男じゃ無い。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾が無く、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯《た》めたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだな事に使わせてしまって。けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。私は、もともと貧しい商人ではありますが、それでも精神家というものを理解していると思っています。だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いしても、私は、なんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、優しい言葉の一つ位は掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地悪くしむけるのです。一度、あの人が、春の海辺をぶらぶら歩きながら、ふと、私の名を呼び、「おまえにも、お世話になるね。おまえの寂しさは、わかっている。けれども、そんなにいつも不機嫌な顔をしていては、いけない。寂しいときに、寂しそうな面容《おももち》をするのは、それは偽善者のすることなのだ。寂しさを人にわかって貰おうとして、ことさらに顔色を変えて見せているだけなのだ。まことに神を信じているならば、おまえは、寂しい時でも素知らぬ振りして顔を綺麗に洗い、頭に膏《あぶら》を塗り、微笑《ほほえ》んでいなさるがよい。わからないかね。寂しさを、人にわかって貰わなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ」そうおっしゃってくれて、私はそれを聞いてなぜだか声出して泣きたくなり、いいえ、私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。ペテロやヤコブたちは、ただ、あなたについて歩いて、何かいいこともあるかと、そればかりを考えているのです。けれども、私だけは知っています。あなたについて歩いたって、なんの得するところも無いということを知っています。それでいながら、私はあなたから離れることが出来ません。どうしたのでしょう。あなたが此の世にいなくなったら、私もすぐに死にます。生きていることが出来ません。私には、いつでも一人でこっそり考えていることが在るんです。それはあなたが、くだらない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止《よ》しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮して行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が残って在ります。年老いた父も母も居ります。ずいぶん広い桃畠《ももばたけ》もあります。春、いまごろは、桃の花が咲いて見事であります。一生、安楽にお暮しできます。私がいつでもお傍について、御奉公申し上げたく思います。よい奥さまをおもらいなさいまし。そう私が言ったら、あの人は、薄くお笑いになり、「ペテロやシモンは漁人《すなどり》だ。美しい桃の畠も無い。ヤコブもヨハネも赤貧の漁人だ。あのひとたちには、そんな、一生を安楽に暮せるような土地が、どこにも無いのだ」と低く独りごとのように呟《つぶや》いて、また海辺を静かに歩きつづけたのでしたが、後にもさきにも、あの人と、しんみりお話できたのは、そのとき一度だけで、あとは、決して私に打ち解けて下さったことが無かった。私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。父を捨て、母を捨て、生れた土地を捨てて、私はきょう迄、あの人について歩いて来たのだ。私は天国を信じない。神も信じない。あの人の復活も信じない。なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、浅間しくも、欣喜雀躍《きんきじゃくやく》している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑《ひく》うせられ、おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目《でたらめ》だ。私はてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の姿を眺めて居ればそれでよいのだ。そうして、出来ればあの人に説教などを止してもらい、私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。あああ、そうなったら! 私はどんなに仕合せだろう。私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。私はあの人の居所を知って居ります。御案内申し上げます。あの人は私を賤《いや》しめ、憎悪して居ります。私は、きらわれて居ります。私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、日日の飢渇から救ってあげているのに、どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。お聞き下さい。六日まえのことでした。あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴《め》の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏《せっこう》の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入《はい》って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、それでも、その失礼を詫《わ》びるどころか、落ちついてしゃがみ、マリヤ自身の髪の毛で、あの人の濡れた両足をていねいに拭ってあげて、香油の匂いが室に立ちこもり、まことに異様な風景でありましたので、私は、なんだか無性に腹が立って来て、失礼なことをするな! と、その妹娘に怒鳴ってやりました。これ、このようにお着物が濡れてしまったではないか、それに、こんな高価な油をぶちまけてしまって、もったいないと思わないか、なんというお前は馬鹿な奴だ。これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲《もう》けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹《き》っと見て、「この女を叱ってはいけない。この女のひとは、大変いいことをしてくれたのだ。貧しい人にお金を施すのは、おまえたちには、これからあとあと、いくらでも出来ることではないか。私には、もう施しが出来なくなっているのだ。そのわけは言うまい。この女のひとだけは知っている。この女が私のからだに香油を注いだのは、私の葬いの備えをしてくれたのだ。おまえたちも覚えて置くがよい。全世界、どこの土地でも、私の短い一生を言い伝えられる処には、必ず、この女の今日の仕草も記念として語り伝えられるであろう」そう言い結んだ時に、あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの人の言葉を信じません。れいに依って大袈裟《おおげさ》なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗《か》つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽《かす》かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はッと思い当ることがありました。ああ、いまわしい、口に出すさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、まさか、そんな事は絶対に無いのですが、でも、危い、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが。あんな無智な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取りかえしの出来ぬ大醜聞。私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅《か》ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚《きゅうかく》だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いが無い筈だ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体《てい》たらくでは、もはや駄目だと思いました。醜態の極だと思いました。あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。いささかも取り乱すことが無かったのだ。ヤキがまわった。だらしが無え。あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。しかも、あの人より二月《ふたつき》おそく生れているのだ。若さに変りは無い筈だ。それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。私は何を言っているのだ。そうだ、私は口惜しいのです。なんのわけだか、わからない。地団駄踏むほど無念なのです。あの人が若いなら、私だって若い。私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。私の言うことは、みんな出鱈目だ。一言も信じないで下さい。わからなくなりました。ごめん下さいまし。ついつい根も葉も無いことを申しました。そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。醜いことを口走りました。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、きょうまでつき随《したが》って来たのに、私には一つの優しい言葉も下さらず、かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、御頬を染めて迄かばっておやりなさった。ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。死んだって惜しくはない。そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪魔に魅《み》こまれたのかも知れませぬ。そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。いずれは殺されるお方にちがいない。またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。はい、もう泣きませぬ。はい、はい。落ちついて申し上げます。そのあくる日、私たちは愈愈《いよいよ》あこがれのエルサレムに向い、出発いたしました。大群集、老いも若きも、あの人のあとにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬《ろば》を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、懼《おそ》るな、視よ、なんじの王は驢馬《ろば》の子に乗りて来り給う」と予言されてある通りの形なのだと、弟子たちに晴れがましい顔をして教えましたが、私ひとりは、なんだか浮かぬ気持でありました。なんという、あわれな姿であったでしょう。待ちに待った過越《すぎこし》の祭、エルサレム宮に乗り込む、これが、あのダビデの御子の姿であったのか。あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨《またが》り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫《れんびん》以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態をさらすだけだ。花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪《き》らなければならぬ。あの人を、一ばん愛しているのは私だ。どのように人から憎まれてもいい。一日も早くあの人を殺してあげなければならぬと、私は、いよいよ此のつらい決心を固めるだけでありました。群集は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼等の着物をほうり投げ、あるいは棕櫚《しゅろ》の枝を伐《き》って、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪の如く、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、「ダビデの子にホサナ、讃《ほ》むべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処にて、ホサナ」と熱狂して口々に歌うのでした。ペテロやヨハネやバルトロマイ、そのほか全部の弟子共は、ばかなやつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋《がいせん》の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと一緒に艱難《かんなん》を冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之《これ》を振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭《むち》でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人たちに向い、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」と甲高《かんだか》い声で怒鳴るのでした。あの優しいお方が、こんな酔っぱらいのような、つまらぬ乱暴を働くとは、どうしても少し気がふれているとしか、私には思われませんでした。傍の人もみな驚いて、これはどうしたことですか、とあの人に訊ねると、あの人の息せき切って答えるには、「おまえたち、この宮をこわしてしまえ、私は三日の間に、また建て直してあげるから」ということだったので、さすが愚直の弟子たちも、あまりに無鉄砲なその言葉には、信じかねて、ぽかんとしてしまいました。けれども私は知っていました。所詮《しょせん》はあの人の、幼い強がりにちがいない。あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散《けち》らすだけのことなのですか、と私は憫笑《びんしょう》しておたずねしてみたいとさえ思いました。もはやこの人は駄目なのです。破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思った時、はっきりあの人を諦《あきら》めることが出来ました。そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途《いちず》に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼|傲慢《ごうまん》の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。左様、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやがる。「禍害《わざわい》なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯《さかずき》と皿との外を潔くす、然れども内は貪慾《どんよく》と放縦とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢《けがれ》とに満つ。斯《かく》のごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。蛇よ、蝮《まむし》の裔《すえ》よ、なんじら争《いか》で、ゲヘナの刑罰を避け得んや。ああエルサレム、エルサレム、予言者たちを殺し、遣《つかわ》されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏《めんどり》のその雛《ひな》を翼の下に集むるごとく、我なんじの子らを集めんと為《せ》しこと幾度ぞや、然《さ》れど、汝らは好まざりき」馬鹿なことです。噴飯ものだ。口真似するのさえ、いまわしい。たいへんな事を言う奴だ。あの人は、狂ったのです。まだそのほかに、饑饉《ききん》があるの、地震が起るの、星は空より堕《お》ち、月は光を放たず、地に満つ人の死骸《しがい》のまわりに、それをついばむ鷲《わし》が集るの、人はそのとき哀哭《なげき》、切歯《はがみ》することがあろうだの、実に、とんでも無い暴言を口から出まかせに言い放ったのです。なんという思慮のないことを、言うのでしょう。思い上りも甚しい。ばかだ。身のほど知らぬ。いい気なものだ。もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。必ず十字架。それにきまった。




 祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭にこっそり集って、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。もはや猶予の時ではない。あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為《な》そう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。みんな食卓に着いて、いざお祭りの夕餐《ゆうげ》を始めようとしたとき、あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので、私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと不審に思って見ているうちに、あの人は卓の上の水甕《みずがめ》を手にとり、その水甕の水を、部屋の隅に在った小さい盥《たらい》に注ぎ入れ、それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さったのであります。弟子たちには、その理由がわからず、度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるような気持でありました。あの人は、寂しいのだ。極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷の弟子たちにさえ縋《すが》りつきたい気持になっているのにちがいない。可哀想に。あの人は自分の逃れ難い運命を知っていたのだ。その有様を見ているうちに、私は、突然、強力な嗚咽《おえつ》が喉《のど》につき上げて来るのを覚えた。矢庭にあの人を抱きしめ、共に泣きたく思いました。おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っています。おゆるし下さい。私はあなたを売ろうとして此の二、三日、機会をねらっていたのです。もう今はいやだ。あなたを売るなんて、なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。御安心なさいまし。もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、あなたのおからだに指一本ふれさせることは無い。あなたは、いま、つけねらわれているのです。危い。いますぐ、ここから逃げましょう。ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえって居りました。きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、やがてあの人は私の足をも静かに、ていねいに洗って下され、腰にまとって在った手巾で柔かく拭いて、ああ、そのときの感触は。そうだ、私はあのとき、天国を見たのかも知れない。私の次には、ピリポの足を、その次にはアンデレの足を、そうして、次に、ペテロの足を洗って下さる順番になったのですが、ペテロは、あのように愚かな正直者でありますから、不審の気持を隠して置くことが出来ず、主よ、あなたはどうして私の足などお洗いになるのです。と多少不満げに口を尖《とが》らして尋ねました。あの人は、「ああ、私のすることは、おまえには、わかるまい。あとで、思い当ることもあるだろう」と穏かに言いさとし、ペテロの足もとにしゃがんだのだが、ペテロは尚も頑強にそれを拒んで、いいえ、いけません。永遠に私の足などお洗いになってはなりませぬ。もったいない、とその足をひっこめて言い張りました。すると、あの人は少し声を張り上げて、「私がもし、おまえの足を洗わないなら、おまえと私とは、もう何の関係も無いことになるのだ」と随分、思い切った強いことを言いましたので、ペテロは大あわてにあわて、ああ、ごめんなさい、それならば、私の足だけでなく、手も頭も思う存分に洗って下さい、と平身低頭して頼みいりましたので、私は思わず噴き出してしまい、ほかの弟子たちも、そっと微笑《ほほえ》み、なんだか部屋が明るくなったようでした。あの人も少し笑いながら、「ペテロよ、足だけ洗えば、もうそれで、おまえの全身は潔《きよ》いのだ、ああ、おまえだけでなく、ヤコブも、ヨハネも、みんな汚れの無い、潔いからだになったのだ。けれども」と言いかけてすっと腰を伸ばし、瞬時、苦痛に耐えかねるような、とても悲しい眼つきをなされ、すぐにその眼をぎゅっと固くつぶり、つぶったままで言いました。「みんなが潔ければいいのだが」はッと思った。やられた! 私のことを言っているのだ。私があの人を売ろうとたくらんでいた寸刻以前までの暗い気持を見抜いていたのだ。けれども、その時は、ちがっていたのだ。断然、私は、ちがっていたのだ! 私は潔くなっていたのだ。私の心は変っていたのだ。ああ、あの人はそれを知らない。それを知らない。ちがう! ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、私の弱い卑屈な心が、唾《つば》を呑みこむように、呑みくだしてしまった。言えない。何も言えない。あの人からそう言われてみれば、私はやはり潔くなっていないのかも知れないと気弱く肯定する僻《ひが》んだ気持が頭をもたげ、とみるみるその卑屈の反省が、醜く、黒くふくれあがり、私の五臓|六腑《ろっぷ》を駈けめぐって、逆にむらむら憤怒《ふんぬ》の念が炎を挙げて噴出したのだ。ええっ、だめだ。私は、だめだ。あの人に心の底から、きらわれている。売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。そうして私も共に死ぬのだ、と前からの決意に再び眼覚め、私はいまは完全に、復讐《ふくしゅう》の鬼になりました。あの人は、私の内心の、ふたたび三たび、どんでん返して変化した大動乱には、お気づきなさることの無かった様子で、やがて上衣をまとい服装を正し、ゆったりと席に坐り、実に蒼《あお》ざめた顔をして、「私がおまえたちの足を洗ってやったわけを知っているか。おまえたちは私を主と称《たた》え、また師と称えているようだが、それは間違いないことだ。私はおまえたちの主、または師なのに、それでもなお、おまえたちの足を洗ってやったのだから、おまえたちもこれからは互いに仲好く足を洗い合ってやるように心がけなければなるまい。私は、おまえたちと、いつ迄《まで》も一緒にいることが出来ないかも知れぬから、いま、この機会に、おまえたちに模範を示してやったのだ。私のやったとおりに、おまえたちも行うように心がけなければならぬ。師は必ず弟子より優れたものなのだから、よく私の言うことを聞いて忘れぬようになさい」ひどく物憂そうな口調で言って、音無しく食事を始め、ふっと、「おまえたちのうちの、一人が、私を売る」と顔を伏せ、呻《うめ》くような、歔欷《きょき》なさるような苦しげの声で言い出したので、弟子たちすべて、のけぞらんばかりに驚き、一斉に席を蹴って立ち、あの人のまわりに集っておのおの、主よ、私のことですか、主よ、それは私のことですかと、罵《ののし》り騒ぎ、あの人は死ぬる人のように幽かに首を振り、「私がいま、その人に一つまみのパンを与えます。その人は、ずいぶん不仕合せな男なのです。ほんとうに、その人は、生れて来なかったほうが、よかった」と意外にはっきりした語調で言って、一つまみのパンをとり腕をのばし、あやまたず私の口にひたと押し当てました。私も、もうすでに度胸がついていたのだ。恥じるよりは憎んだ。あの人の今更ながらの意地悪さを憎んだ。このように弟子たち皆の前で公然と私を辱かしめるのが、あの人の之《これ》までの仕来りなのだ。火と水と。永遠に解け合う事の無い宿命が、私とあいつとの間に在るのだ。犬か猫に与えるように、一つまみのパン屑を私の口に押し入れて、それがあいつのせめてもの腹いせだったのか。ははん。ばかな奴だ。旦那さま、あいつは私に、おまえの為《な》すことを速かに為せと言いました。私はすぐに料亭から走り出て、夕闇の道をひた走りに走り、ただいまここに参りました。そうして急ぎ、このとおり訴え申し上げました。さあ、あの人を罰して下さい。どうとも勝手に、罰して下さい。捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。もう、もう私は我慢ならない。あれは、いやな奴です。ひどい人だ。私を今まで、あんなにいじめた。はははは、ちきしょうめ。あの人はいま、ケデロンの小川の彼方、ゲッセマネの園にいます。もうはや、あの二階座敷の夕餐もすみ、弟子たちと共にゲッセマネの園に行き、いまごろは、きっと天へお祈りを捧げている時刻です。弟子たちのほかには誰も居りません。今なら難なくあの人を捕えることが出来ます。ああ、小鳥が啼《な》いて、うるさい。今夜はどうしてこんなに夜鳥の声が耳につくのでしょう。私がここへ駈け込む途中の森でも、小鳥がピイチク啼いて居りました。夜に囀《さえず》る小鳥は、めずらしい。私は子供のような好奇心でもって、その小鳥の正体を一目《ひとめ》見たいと思いました。立ちどまって首をかしげ、樹々の梢《こずえ》をすかして見ました。ああ、私はつまらないことを言っています。ごめん下さい。旦那さま、お仕度は出来ましたか。ああ楽しい。いい気持。今夜は私にとっても最後の夜だ。旦那さま、旦那さま、今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、よく見て置いて下さいまし。私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立ってみせます。あの人を怖《おそ》れることは無いんだ。卑下することは無いんだ。私はあの人と同じ年だ。同じ、すぐれた若いものだ。ああ、小鳥の声が、うるさい。耳についてうるさい。どうして、こんなに小鳥が騒ぎまわっているのだろう。ピイチクピイチク、何を騒いでいるのでしょう。おや、そのお金は? 私に下さるのですか、あの、私に、三十銀。なる程、はははは。いや、お断り申しましょう。殴られぬうちに、その金ひっこめたらいいでしょう。金が欲しくて訴え出たのでは無いんだ。ひっこめろ! いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。そうだ、私は商人だったのだ。金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。いただきましょう。私は所詮、商人だ。いやしめられている金銭で、あの人に見事、復讐《ふくしゅう》してやるのだ。これが私に、一ばんふさわしい復讐の手段だ。ざまあみろ! 銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。はい、旦那さま。私は嘘ばかり申し上げました。私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。おお、それにちがい無い。あの人が、ちっとも私に儲けさせてくれないと今夜見極めがついたから、そこは商人、素速く寝返りを打ったのだ。金。世の中は金だけだ。銀三十、なんと素晴らしい。いただきましょう。私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。はい、有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。




 






底本:「走れメロス」新潮文庫、新潮社




   1967(昭和42)年710日発行




   1985(昭和60)年91540刷改版




   1988(昭和63)年101048




初出:「中央公論」




   1940(昭和15)年2




入力:文咲苺子




校正:高橋真也




1999224日公開




2008103日修正




青空文庫作成ファイル:




このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


 

良書を読みませう(1)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)13時44分11秒
  創価公達世界ばかり観ていると虚しくなりますので、良書を2つ読みませう。
青空文庫から太宰治2編を。

まずは、先生が何度も引用された『走れメロス』全編ちゃんと読みましょう。
?

走れメロス

太宰治

 

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐《じゃちぼうぎゃく》の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此《こ》のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿《はなむこ》として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈《はず》だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺《ろうや》に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様は、人を殺します。」

「なぜ殺すのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの人を殺したのか。」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣《よつぎ》を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」

「おどろいた。国王は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」

 聞いて、メロスは激怒した。「呆《あき》れた王だ。生かして置けぬ。」

 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏《じゅんら》の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。

「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以《もっ》て問いつめた。その王の顔は蒼白《そうはく》で、眉間《みけん》の皺《しわ》は、刻み込まれたように深かった。

「市を暴君の手から救うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」王は、憫笑《びんしょう》した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」

「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁《はんばく》した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」

「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟《つぶや》き、ほっと溜息《ためいき》をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」

「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」

「だまれ、下賤《げせん》の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔《はりつけ》になってから、泣いて詫《わ》びたって聞かぬぞ。」

「ああ、王は悧巧《りこう》だ。自惚《うぬぼ》れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。」と暴君は、嗄《しわが》れた声で低く笑った。「とんでもない嘘《うそ》を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」

「そうです。帰って来るのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑《ほくそえ》んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙《だま》された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩《やつばら》にうんと見せつけてやりたいものさ。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をおっしゃる。」

「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

 メロスは口惜しく、地団駄《じだんだ》踏んだ。ものも言いたくなくなった。

 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳《よ》き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯《うなず》き、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

 メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌《あく》る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労|困憊《こんぱい》の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。

「なんでも無い。」メロスは無理に笑おうと努めた。「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」

 妹は頬をあからめた。

「うれしいか。綺麗《きれい》な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」

 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。

 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄《ぶどう》の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺《こら》え、陽気に歌をうたい、手を拍《う》った。メロスも、満面に喜色を湛《たた》え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、

「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」

 花嫁は、夢見心地で首肯《うなず》いた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、

「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」

 花婿は揉《も》み手して、てれていた。メロスは笑って村人たちにも会釈《えしゃく》して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。

 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。メロスは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。

 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。王の奸佞《かんねい》邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いメロスは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止《や》み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額《ひたい》の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気《のんき》さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧《わ》いた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫《はんらん》し、濁流|滔々《とうとう》と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵《こっぱみじん》に橋桁《はしげた》を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟《けいしゅう》は残らず浪に浚《さら》われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、鎮《しず》めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」

 濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽《あお》り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻《か》きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍《れんびん》を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。

「待て。」

「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」

「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」

「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」

「その、いのちが欲しいのだ。」

「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」

 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒《こんぼう》を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、

「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙《すき》に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石《さすが》に疲労し、折から午後の灼熱《しゃくねつ》の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈《めまい》を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天《いだてん》、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代《きたい》の不信の人間、まさしく王の思う壺《つぼ》だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身|萎《な》えて、もはや芋虫《いもむし》ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐《ふてくさ》れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截《た》ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺《あざむ》いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。セリヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。羊も居る。妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉《かな》。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

 ふと耳に、潺々《せんせん》、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々《こんこん》と、何か小さく囁《ささや》きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬《すく》って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労|恢復《かいふく》と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。  私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。  路行く人を押しのけ、跳《は》ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴《け》とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯《さ》っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。 「ああ、メロス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。 「誰だ。」メロスは走りながら尋ねた。 「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」その若い石工も、メロスの後について走りながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方《かた》をお助けになることは出来ません。」 「いや、まだ陽は沈まぬ。」 「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」 「いや、まだ陽は沈まぬ。」メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。 「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」 「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」 「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」  言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。 「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉《のど》がつぶれて嗄《しわが》れた声が幽《かす》かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、 「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧《かじ》りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。 「セリヌンティウス。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若《も》し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」  セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯《うなず》き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑《ほほえ》み、 「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」  メロスは腕に唸《うな》りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。 「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。  群衆の中からも、歔欷《きょき》の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。 「おまえらの望みは叶《かな》ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」  どっと群衆の間に、歓声が起った。 「万歳、王様万歳。」  ひとりの少女が、緋《ひ》のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。 「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」  勇者は、ひどく赤面した。 [#地から1字上げ](古伝説と、シルレルの詩から。)     底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年1025日初版発行    1998(平成10)年615日第2 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6 入力:金川一之 校正:高橋美奈子 2000124日公開 2011117日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
?
 

着々と・・・

 投稿者:魂の炎  投稿日:2017年 1月 4日(水)13時12分28秒
  イケディアンの住人 さま
創価公達様の年賀状、上手い!
ナイスですね(笑)

世界聖教会館の命名は誰なのか?
聖教新聞に書いてなかったですね。
現会長の原田さんですかね?

世界日蓮宗の旗上げに向けて、着々と準備を進めている様子ですね。
 

戦争反対

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)12時32分55秒
  年を重ねたからといって人間は

理想の人になれるわけではない。

とんとん拍子のように見えながら

理不尽なことに心を痛め悲しみ

途方に暮れて呆然とした日々が

理屈を超えてあったにちがいない。


とおき幼き日なかよし友達と

リヤ・カーを引き 遊びながら

トウモロコシの収穫の手伝いをし

その立派なできばえにおどろいた

その私も今、今年でウンウン歳だ。

理屈を超えて人間よ戦争反対だ。

 

婦人部A子さんの体験

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月 4日(水)11時40分14秒
  2002/4/11

地区婦人部長のA子と申します。今日、活動体験を話させて頂く福運を、心
から感謝しております。池田先生から誰よりもあふれんばかりの慈愛を受け
、福運を積む配達員になるのがとてもあこがれで夢でした。5年前、前任の
配達員さんから交代の話をいただいた時には、本当にうれしく、「すぐやり
ます」と答えていました。

今では、毎日楽しく配達しています。さて、私は17年間連れそった主人と
離婚をすることになり、私に残されたのは1,000万近くの借金と4人の子供
たちでした。当時は、毎日毎日借金とりに追われている子供たちに、満足に
食事も食べさせてあげられない状態でした。私は睡眠時間3~4時間の中、
昼となく夜となく働きました。

「湿(しめ)れる木より火をいだし乾(かわ)ける土より水をもうけんが如く
強盛に申すなり」との御金言を信じ、3時間、4時間とお題目をあげて、
頑張ってきたのです。そして倒れたこの地で、絶対に立ち上がって実証を
示したいと願うようになり、どうにか歯をくいしばって周囲の目や中傷に
心を痛めながらも、頑張ってきました。

当時、中学3年生だった長男が、今では中学校の教員をしています。生徒
に慕われ、惜しまれて転任する姿を見た時、感動でいっぱいでした。また、
長女、次男も、各々の立場で信心根本に結果を出し、実証を示して頑張っ
ています。4番目の次女は、高校3年生の時、早稲田大学の法学部の推薦
を受けました。

それは本人が目標にして祈っていた法学部の推薦入学です。誰もが予想も
しなかったことで、自分の思い描いた道を、御本尊様が道を切り開いてく
れたようで、不思議で不思議で信じられませんでした。また、経済的な面
でも、牧口記念奨学金を頂くことができ、また高い給料がもらえる早稲田
大学の学生職員として300名の中から選ばれ、思ってもいなかった東京生活
となりました。

更に、今年3月に卒業しますが、第一希望である大企業のそれも、1,000名
以上の中から幹部候補生として、R社に採用が内定されました。社長との面
接の時、「なぜ我が社を選んだのか?」との質問に「今まで苦労ばかりの母
親に親孝行がしたい」と答えたら「十分すぎるくらいの親孝行ができる給料
をあげているので、心配しないで」との社長の返事だったそうです。

それは、なんとひと月100万円です。中学生の頃から友達に御本尊様の偉大さ
を話してあげたり、校内弁論大会で池田先生が常におっしゃっている人に対
するやさしさ、思いやりの心を訴えたり、また高校の先生方に創価大学の素
晴らしさや威厳を話したりして素直な純粋な心で接してきたことが、このよ
うな凡夫では、はかりしれない福運を積むことが出来たのだと思います。

この10年前の苦しかった頃が、夢のようです。また地区の皆さんのお題目で、
昨年ブロック2の8世帯の御本尊送りを達成することができたことと、個人
折伏が4月、8月、12月、11月と4世帯できたました。その中で8月に御本
尊送りをした私の甥(おい)ですが、自分にあった仕事がなかなか見つからな
く、毎日、職安通いをして日雇いの仕事で生活をしていたのですが、御本尊
様を御安置して1カ月後に給料の高い仕事につくことができ、車も購入する
ことができました。

今では、御本尊様の偉大さを実感して喜んでいます。また私の兄弟で一番気
むずかしい三男の兄に、お題目の勢いと勇気で折伏に行きました。信心の話
だと知れば玄関先で追い返されるかと思いながら、おそるおそる話をきりだ
すと、兄はこともなく「信心してもいい」との返事でした。わが耳を疑った
程です。また兄は、姉さん「いっしょに信心していこう」と言って必死に説
得してくるのです。

本当にお題目の力と一念のすごさを再確認したできごとでした。この兄夫婦
も、12月に無事、御本尊様を御安置することができました。反感を抱いてい
た兄弟も、兄夫婦の姿を見て、今では信心に反対する姿勢や考え方が大きく
変わって良き理解者になっています。

昨年の地域友好の年を有終の美で飾ることができ、今年、対話・拡大の年も
、第1号の御本尊送りをし、折伏でスタートをきることができました。そ
れから販売店の店主から新春配達員会で体験発表をお願いされた時、ぜひ一
世帯御本尊送りをして、結果をもってのぞみたいとの思いで、強い祈りで願
っていました。その中で昨年、対話していた新聞集金で知り合った方に折伏
しました。

その方は、再婚したご主人との件で悩みがあり、身内のお父さんが亡くなっ
て一人で寂しい思いをしていた事も重なって、「御本尊様をお受けしたい」
といってきたのです。でも、最初は私も本人も少し時間がかかると思ってい
ました。それが話しているうちに本人が一日も早くお迎えしたいとの気持ち
で、なんと翌日の1月18日に御本尊送りをすることができたのです。

不思議にも、ちょうどその日は亡くなったお父さんの100日にあたっていま
した。その方は「お父さんが自分を救えなかったので私を通して救ってく
れた」と思う、と。「これから私が兄弟を救っていく使命を感じ頑張って
いく」と決意を語ってくれました。

「金(こがね)はやけばいよいよ色まさり剣(つるぎ)はとけばいよいよとく
なる法華経の功徳はほおればいよいよ功徳まさる」との御金言を思い出した
時、配達員になって5年間、池田先生のお手紙を朝一番に届けている功徳の
結果で、大きく境涯が開けたことを確信します。あの10年前の苦しかった頃
から思うと、こんな素晴らしい幸福の日々を送ることができるとは、夢のよ
うです。

また、この地で結果を出し、実証を示すことが出来ました。2.8までにあと
1世帯の折伏をし、ブロック1を勝ち取ってまいります。これからも更に強い
祈りと勇気ある実践で勝利し、対話・拡大の年も有終の美で飾っていきたいと
思います。そして池田先生にお答えできるように頑張っていく決意です。
 

酉年の創価公達さまからの年賀状(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)11時07分43秒
  某年賀状工房から、酉年生まれの還暦を迎える創価公達さまからの年賀状です。
すばらしい~そのものズバリです!
 

オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月 4日(水)11時06分35秒
  そう言えばそうですね……縮刷版て、あっても良さそうなものですね。
でも命名はあれくらいでええんちゃいますか。勃樹会長になって世界性狂快感とか呼ばれるようになったら最悪やぁ。

ところで、前に紹介した『ビッグデータ・ベースボール』のP302に興味深い引用があります。http://6027.teacup.com/situation/bbs/62254
『オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く』(トビアス・J・モスコウィッツ、 L・ジョン・ワーサイム)の中で、「ホームのチームが有利になる理由はストライクかボールかきわどいコースの球で有利な判定をもらっているからで、それは主審が意識的にあるいは無意識のうちに、周囲の雰囲気に影響されているからだと結論づけている」そうです。
データ上、「ホームチームの打者とビジターチームの打者では、ホームチームの打者の方が、はるかに四球が多く、三振が少ない」のだそうです。
「観客の人数が多いほど、歓声が大きいほど、審判の判定が――意識してのことなのか無意識のことなのか――揺れる傾向にある」そうです。阪神in甲子園が好例でしょう。
これをパイレーツはワイルドカードで利用したそうです。

このホーム・スタジアムを「東京地裁611号法廷」にしたいと思うのです。

元職員の次の裁判が、

1月31日(火)10時30分から 東京地裁611号法廷

で行われます。
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-70.html
ここに一人でも多く傍聴人として「参戦」して、「正義のホームチーム」として有利に闘い、勝利したい。
問題は平日で、場所が東京ということです。何より言い出しっぺの私が相変わらずの無責任で行けない可能性が高い(笑うしかない)。
もし、「参戦」可能な方がいらっしゃったらご一考、願います。
何か目印をつけたいですね……横断幕とか持ち込み禁止ですから、何かさりげないものを目印に身につけて。サイレントにアピール。何かいいアイディアはないでしょうか?

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

原水爆禁止宣言

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時57分35秒
編集済
  栃木の久保田です。m(._.)m

元旦の聖教新聞の≫寸鉄≪と4面に原水爆禁止宣言の

記事が出てましたが執行部や聖教のトップに言いたい

『お前ら馬鹿か?』

昨年公明党入りの連立与党で国連の『核兵器を無くしていこう』との決議に日本政府として反対したじゃねーか?

戸田先生が原水爆禁止宣言されて60年、

俺達はアボリション2000の署名を身を粉にしてやったんだよ(# ゜Д゜)与党に入っていようが安倍が独裁者だろうが反対すべきだったんじゃねーの(# ゜Д゜)

賛成しといて今更、しかも元旦の新聞に心にもないこと書きやがって(# ゜Д゜)

執行部のボウフラ共(# ゜Д゜)

さすがに不味いと思って原水爆禁止宣言の記事を書いたのか?

自分達の身の安全の為に(# ゜Д゜)か?

嘘つき執行部(# ゜Д゜)新年迎えて少しは反省しろ

くそバカ野郎(*`Д´)ノ!!!


悪鬼入期身・・・≪仏敵を演じる奴等は間抜けだ≫

と言うのが長年顕正会や大石寺の坊主や手下の

妙観講の輩とやりあって来たの私の印象です。

執行部(*`Д´)ノ!!!恥ずかしいぞ(*`Д´)ノ!!!

そしていつまでも一般の会員さんを騙せないぞ!!!


お前ら一般の会員さんの事バカにしてるだろ(# ゜Д゜)

ドーよ┐('~`;)┌


 

不二の同志

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時49分37秒
  光輝様

組織論においては、会長を中心にすることが当然ですが、信心の次元は、もっと奥が深いところにあります。信心をするということは、御本尊を中心に生きるということであり、広宣流布を推進するということです。つまり、特定の誰かに合わせるというよりも、一人立ち、自分自身が決意し祈り行動する。誰にも頼らない、一人立つ勇者の連帯こそが不二の同志です。

広宣流布の戦いは、役職や立場は関係ありません。一会員であろうとも、会長を凌駕する戦いをおこしている人はたくさんいます。常に問われているのは、実質的に、誰が広宣流布を推進しているのかということです。各々役割(使命)がある中で、広宣流布のために自分ができる何かをやること。あれもこれもではなく、これならできるというものを定め、一点突破する。それが組織を活性化させる。

誰かに合わせていれば楽であり、責任も問われない。だが、その先には本当の価値創造はありません。言われたことだけをこなす人間になってしまえば、新しい時代を創ることは到底できない。上意下達の打ち出し主義では、一人ひとりの力を引き出すことは出来ず、組織も疲弊する可能性が高まる。ましてや少子高齢化の現代では、一律の打ち出しではダメであり、個々の組織に合わせたオーダーメイド型が推奨される。

人は、余裕がなければ頭が回らなくなる。忙しい=戦いと勘違いすると、足元をすくわれる。相変わらず頑張っているのを惰性という。時間もエネルギーも有限であるが故に、やれることは限られる。その中で、自分は何をやるのかを自問すること。創価学会は、まじめな人間の集まりよりも、個性的で面白い人間の集まりでなければ魅力がなくなる。

創価三代は御本尊を中心としたからこそ、学会は大発展を遂げることができた。誰が指揮を執ろうとも、御本尊が中心でなくなれば、呼吸を合わせる価値はない。会長中心といっても、あくまでも会長が御本尊を中心としているかどうかである。決して無条件ではないことは、御書を拝せば明らかである。御本尊を中心とせず、己の感情や気分、己義を構えたのなら、用いてはならない。

日蓮仏法(人間主義)を正しく受け継ぎ、御本尊を中心とする不二の同志でなければ、広宣流布を推進することはできない。御本尊を中心とするということは、必ずそこには公平性と納得性がある。それがないということは、自分中心の感情であり気分、己義であるという証拠です。

仏意仏勅ということは、永遠に御本尊中心ということです。そこから外れたら邪教です。学会は、御本尊を中心とした、創価三代の指導を大事にする。指導を軽んじ、いたずらに、時代に迎合していくようでは危ない。どこまでも根本は、時代に合わせるのではなく、時代を創るのが、創価学会のありかたです。それが随自意の法華経であり、折伏精神です。

 

陰の実力者気取りする創価公達の世界(._.)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時47分40秒
  太ちゃんさま、まさにその通りです。
愚人の歴史は繰り返される、賢人相去り、聖人は処を辞して帰り給わず、故に魔来たり鬼来たり難起こり災起る。

もう創価公達村は、着飾った、見栄を張った、表だけの精神性を失った処になっています。周の武王が現れるまで一般時間では数十年掛かりますから、我々現場末端会員は、黙ってジーと創価公達内の抗争を観察しましょう。

信心の世界では一瞬に変わるのですが、勤行・唱題、一対一の仏法対話(直弟子やら勃樹は一対一の妾獲得、淫行、多数乱行、多重不倫)の経験が無い呑気な創価公達では数百年か、数千年かかるかも知れませんね(._.)
 

本日の政教珍聞で~す。原田怪鳥様、「世界広布新時代、青年拡大の年」おめでとうございま~す。

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時42分54秒
  原田怪鳥様、あらためまして、新年あけましておめでとうございま~す。

新年早々から、「職業勤行」のお姿を拝見させて頂き感謝に絶えませ~ん(笑)

それはそれとして、原田怪鳥様がお向かいの御本尊は日昇本尊デスね~(笑)その本尊は「認定」されてるんデスか~(笑)

会則改定で、「創価学会は御本尊を認定できる権能がある」と大々的にブチ上げたにもかかわらず、

今の今まで、どの御本尊を認定するのか一つも発表されてませ~ん(笑) 早く発表して下さ~い(笑)

小生もですが、会員又最高幹部サマが日々拝しているのは「認定されていない御本尊」であることをお忘れなく(笑)

ナニ?「バカ者! 勤行は仕事としてやってるんだ! 普段するわけないだろ~が! だから認定する必要なんてないんだよ~!」

本当デスか~(大笑)

それと、「青年、青年」となにかにつけて、ブチ上げますが、その指揮をとるのが後期高齢者ばかりでは、チョ~皮肉というものデス(笑)

さっさと退陣して、後進に道を譲りましょう。

ナニ?「バカ者! こんなおいしい商売やめられるか! 世間の好不況かかわらず、高給貰えて、尊敬されて、身内の出世もおもいのまま」

「カネは使い放題、海外旅行も女性同伴し放題、カネ目当てに皆、モミ手スリ手で寄ってくる。ほかのどこにこんなおいしい商売があるんだ!」

って、デスか~(笑) でもね~、あまり侮らないほうがいいデスよ~(笑)

昨年の財務の金額はいかがですか~(笑)だいぶ目減りしていませんか~(笑)

ナニ?「バカ者! だからSGIも含めて、すべて日本の怪鳥が統括すればいいんだよ! 今も各国にカネをバラまいて下地を作ってるんだ!」

「逆らうやつは、どんどん処分して除名すればいいんだよ~!」

ってデスか~(笑) ご苦労様で~す。(大笑)



 
 

たしか聖教新聞社新社屋の経緯はこんなだったかな~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時41分51秒
  一部記憶がさだかではないけど確認のためね~
イケディさん 確かこんな感じだったかも~

秋谷、原田の極悪どもが
池田先生がもう出てこれないと思っていた2012年ごろ
悪事を企んで矢野和解に進み

さらに教義を捻じ曲げて宗門から独立画策~
(独立はよいが教義を捻じ曲げてやることではないね~)

ところが
2013年
池田先生は急速に回復され
夏に軽井沢へ行かれたね~

慌てふためいたのが
法匪と謀略組み(かつての盗聴グループと勃樹)

2013年冬に
池田先生が聖教新聞社まで歩かれて行き
新社屋建設の指示を出された~

で、なんで名前が世界聖教会館なのかね~
聖教新聞新社屋ではまずいのかね~
 

イケディさま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時35分31秒
  遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

同意いたします。

なにゆえの命名なのか、首をかしげるばかりの珍妙さ。

新聞社屋に『世界聖教会館』


『「世界」聖教会館」


!!


いえ、ケチをつけている気は毛頭ないんです。

ネーミングが良くないというか、心に入ってきません。

なんか、美意識に障るというか、はっきり言ってヒドイのですよ。

(『大誓堂』も充分珍妙な命名だと思っていましたが。気に入ってる方には申し訳ないですね。次々と珍妙ネーミングづくしで、私にはフザケているように感じられるんです、いやホント)


でも、何なんでしょう?『世界聖教会館』。


『創価学会仏』同様、恥ずかしさの欠落、社会的わきまえの欠落、重度の自己満足というか。

いや、狂気の自己満足かも知れませんね。

もう、そういう変ないびつなネーミングを辞めてほしいと感じている一人です。


 

同感ですね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 1月 4日(水)10時28分22秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/62318
誰が命名したのか?世界聖教会館!   投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)   投稿日:2017年 1月 4日(水)09時24分45秒

赤字の聖教なのに新しいハコモノっていったい何を考えてるんだか。
歴史上の人物の「趙高」を思わせる有様じゃないですか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%99%E9%AB%98
趙高 - Wikipedia

▼▼▼▼▼▼
皇帝の操り手

始皇帝の五度目の行幸にも参加するが、始皇帝が行幸中に病死すると、丞相の李斯を強引に抱き込み、その遺言を書き換えて、太子の扶蘇を自決に追い詰め、末子の胡亥を即位させる。 この時、遺言には扶蘇が葬儀を取り仕切るよう記されていた。すなわち実質上の後継指名である。これもあり、即位することを胡亥は躊躇ったが、その説得の際に趙高が放った台詞が「断じて行えば鬼神もこれを避く」である。

そして、自ら郎中令(九卿の一。宮門をつかさどる)に就任し、胡亥を丸め込み、宮中に籠らせて贅沢三昧の生活をさせ、自らは代わって政務を取り仕切って実権を握った。胡亥の傀儡ぶりは著しく、丞相李斯ですら趙高の仲介なくしては胡亥に奏上も適わなかった程であった。

政策は基本的には始皇帝の方針を引き継いだが、皇帝の権威、即ち自らの権威を高めることに腐心し、阿呆の語源[2]とも言われる阿房宮の大規模な増築を進め、人民に過重な労役を課す。恐怖政治を敷いたことと合わせ、大いに人民から恨みを買うことになった。 また蒙恬、公子将閭や2人の弟たち、公子高など有力者や不平派を悉く冤罪で殺害した。これにより悪臣などが増え、政治に対する不平不満は増大、始皇帝在位時は豊富であった人材も枯渇することになった。
▲▲▲▲▲▲

タンジとやらの師匠は「趙高」なのか?
「大聖堂」についても同じことがいえるし、執行部はまるで「趙高症候群(笑)」ともいうしかないですねぇ

ウィキペディアには後世の評価なんかもあるけど、悪徳幹部は1000年でも2000年でも語り継がれるでしょうか。

『こんなやつにはなるなよ?』と


追伸:一番のそっくりさんは谷川主任副会長!
立場的には「谷川主任副会長」がそのまんまでしょうねぇ
東京大学を卒業できるぐらいの知能を持つ勃樹さんなら自分でそう感じませんか?
それとも東京大学を卒業してる、というのは経歴詐称なんでしょうか?(笑)
別に東京大学を出てなくとも「趙高」の話は理解できるものでしょうね

374919をはじめやりたい放題がそもそも悪いだろうに、それを話した側が悪いなんて本末転倒もいいところですねぇ
そういう態度がそもそも374919が事実であるのをかえって裏付けてるだけに見えますが

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

誰が命名したのか?世界聖教会館!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)09時24分45秒
編集済
  何度読んでも、何度読み返してもわからない創価聖教珍聞(-_-)

この世界聖教会館は、どこの誰が命名したのか?直弟子ですか?それとも勃樹センセですか?ホウヒの皆様方?悪銭中亜様?
どこにも、池田先生とか池田大作先生、池田SGI会長の名も無く、2年前の『日蓮世界宗創価学会』の池田先生の揮毫が有ると会則前文に宣言しながら、未だにお披露目出来ない営為と同じ感じですね。

論理的でも、未来志向でもない打算的な産物ですか?減部消滅するペーパーの新聞社をどうするつもりなのでしょうか?黄金柱さまがおっしゃるとおり、創価文化センターに次ぐ『記念館』になるのか?でも、縮刷版も発行出来ないヤバイ新聞社ですから、余り意味も意義も無いと思いますが・・・
きっと、一般会員が『昔の紙面を閲覧したい!』と言ったら、大患部が出て来て『黙れ!下郎!おまえらみたいな末端会員が来るところではない、来るんじゃないよ!外で記念写真撮って帰れ!』なんてひどいこと言われるんでしょう(-_-)
?

http://

 

確かに、拍手まばらな新年勤行会(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)09時10分22秒
  元旦の新年勤行会は、3回午前・午後と開催されましたが、2005年の先生の加工動画は良かったものの、VOD後の御書拝読と言い、患部挨拶と言い、拍手もまばらで、参加された会員もまばらで疲れたような新年の集まりでした。

変わり映えの無い暗い壇上患部、会合終了後の玄関口でも相も変わらず無表情な顔が並んで、暗澹たる正月で、『今年も衆議院選挙?都議選で追い立てられるのか?』と皆、疑心暗鬼で帰路についていました(-_-)
 

インタラクティブ・マインドでしたね!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)08時13分37秒
  私の投稿を4ヶ月前までしか読み込まないおバカな創価公達の下劣な手下さんは、分からなかったと思いますが、数年前に投稿していました。

桂英史著
近代図書館からコンピュータ・ネットワークへ
インタラクティヴ・マインド
岩波書店 刊
ISBN4-00-000144-2    C0036   P2300 E

十数年前に、破綻した夕張市の市立図書館を買い取り、私文書図書館構想と公文書図書館誘致に動いていた時に、参考資料として読んでいた書物です。順調な作業だったところに、夕張市の担当者の病死、離職、そしてあの2011.3.11により一気に崩壊、私はその現地に行くことになりました。セカンド・キャリアも全て捨てて女房殿からは非難轟々でしたが全て無視!!

この書物にフォン・ノイマンが登場します。また、この書物を読み返すと、今の創価公達が池田先生のスピーチをモザイク画のように組み合わせて披露する営為がよく読み取れます。『楽しむ心』心理の奥底に秘める悪行の直弟子らの思考輪郭も理解出来ます。公立図書館で借りて読んでみて下さい、創価公達の皆さんは酒池肉林で眼が見えないと思いますので期待していません(._.)
 

本日、聖教珍聞第一面について

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 4日(水)06時54分21秒
  右寄りになった創価公達らしく、写真も婦女の側からの元旦勤行会全体写真は、勃樹が見えないくらい端に居てけつこですね。明年からは、芸術部とか創価公達以外の者も全員呼ばずに、創価公達だけで元旦早朝から三ヶ日間、酒も女もやらずにずっと~ずっと~題目唱えて下さい。折伏も一対一の対話も出来ない創価公達なのですから、他に能が無いでしょ!

毎日、毎日、大誓堂で朝から晩まで題目唱えて一生を終えて下さい。組織で指揮取るとか、出来損ないの頭の中で現場会員集めて患部指導なんて妄想しないでくださいね。皆が信心嫌になってしまいますから!

死ぬまで、ずっと~大誓堂で題目唱え続けるのですよ、その場所から出てきてはいけません。現場組織に悪臭を放ち、ケダモノの臭いをばら撒く手下となって村八分やら査問・除名活動する顔付きの悪いバケモノがニヤニヤと付き従って腐敗組織がバレてしまいますから(._.)

 

同志とは。

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 1月 4日(水)01時18分34秒
編集済
  池田先生と志を同じくする人物が同志。
池田先生の指導を実践できる如是我聞の人物は同志。

安保法制に反対した青年を査問・処分する、原田会長と執行部が、同志と言えるのか?
池田先生を辞任させた人物が、同志と言えるのか?
池田先生の指導を改ざんする人物が、同志と言えるのか?

~~~~~~~~~~~~

【2006年11月22日全国合同協議会】

・もしも将来、原理原則を踏み外すような幹部が現れたならば、断じて許してはいけない。
異体同心の革命児の弟子たちが、猛然と戦い抜いて、三代の正しい軌道へと戻していくのだ。

・幹部が役職を笠に着て、威張る。大変なことは人にやらせて、自分は楽をする。そんな権威主義の学会になってしまったら、大変だ。一生懸命に戦ってくださる学会員に申し訳がない。
たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ。
民衆の真っただ中で広布に戦う人が一番偉い。
広布のため、同志のため、だれよりも真剣に祈り、戦う人が会長なのである。
その意味で、全員が会長の自覚で進んでいけばいい。

・そして、広宣流布の敵とは、外だけにいるのではない。
いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く ―― そういう人間が、のさばりだすものである。
少しでもこうした兆候があれば、それは、広布を破壊する魔の働きであると、鋭く見破っていかなければならない。幹部になるほど、十分に戒めていくべきである。

(スピーチ全文)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/29864

~~~~~~~

【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664

【改ざん問題】世界広布新時代 第21回本部幹部会(前編)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60032

【改ざん問題】世界広布新時代 第21回本部幹部会(後半)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60105

【改ざん問題】改ざん行為を御書に照らせ!
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60015
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 1月 3日(火)23時57分35秒
  今晩は
明けましておめでとうございます
信濃町さん、宿坊にお集まりの皆様
ありがとうございました
今年は
自分自身の中に在る
残忍な心と人に対して無関心な心、他人任せにする心を
変えてゆく闘いをしていきたいと思います
今年もよろしくお願いします

おやすみなさい
 

同盟題目23時開始!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 1月 3日(火)22時42分47秒
  よろしくお願い致します。任意参加です。  

カンピースさま、良い考えです!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)22時13分31秒
  実業団駅伝チーム誕生!!

創価公達NSS(日蓮世界宗創価学会)チーム、元旦からテレビ放映でめでたし~めでたしで話題に琴欠きません。正月二日からは創価大学駅伝、これまためでたし~で全学会員はテレビ放映にくぎ付け。新年勤行会やら信濃町本部詣でしなくて済みます。

自他幸甚幸甚です(^o^)
 

ニュースです

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 1月 3日(火)21時13分40秒
  サイレントアピールの参加者インタビュー
ユーチューブでの再生回数1800回

サイレントアピールの元職員3名のインタビュー
ユーチューブでの再生回数2161回
(ミスターK    ) 4370回

創価学会元職員3名の外国特派員での記者会見のユーチューブでの再生回数
(日仏共同テレビ局フランス)19,004回
(ミスターK       ) 1,971回
(ミスターK       ) 8,619回
(FCC         ) 5,335回
合計            34,979回


宿坊板の論客諸兄さま、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
元職員3名の外国特派員協会での記者会見のユーチューブでの再生も順当に拡散しております。
本年はもっと拡散する事でしょう。

「♪お~いナカムラくん♪」の悪事もまた同じデスね~(笑)
原田怪鳥様、どういたしましょうか?
ボケカス反板でぼそぼそ唱えてるだけじゃ、拡散は止められないデスが~(笑)

それはともかく、創大の箱根駅伝12位の成績、大健闘デスね~(笑)おめでとうございます。
それじゃあ、せっかく『世界政教珍聞会館』もできることだし、
創大駅伝メンバーは、卒業後は即政教珍聞社入社、駅伝部作って、走るコトがお仕事、
実業団駅伝にゼニの力で割り込んで、正月早々から駅伝応援が信心のバロメーターってかんじデスか~(笑)


 

SGI体験

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月 3日(火)18時54分17秒
  サンフランシスコベイサイドエリア、
ブリスベーン地区の広美恵子と申します。

1994年4月にある会社に1年未満の雇用期間で入社しました。そして半年
も経っていないとき、会社が社員の健康診断を会社持ちでやるとのことでした
が、健康保険が6ヶ月たったらもらえるので、私はそれから健康診断を受けに
行こうと思っていました。それが、美恵子さんもどうぞといわれ、かかりつ
けの医者の所に行きました。それまで、なにも自覚症状もなかったにもかか

わらず、肛門の所にかなり大きな腫瘍が出来ていると知らされました。早速、
治療が始まり、8月にはガンは完治したと言われました。治療期間中は沢山の
メンバーのお題目を頂き、良いドクターにもあたり、沢山の功徳をもらいまし
た。この信心をしていなければ、死んでいたかもしれないと1986年8月に
御本尊を頂いたことが不思議に感じられ、この日があったからこそ御本尊に巡
り会ったのだと思いました。

1998年の1月に仕事をしていた別の会社が倒産をして職を無くしました。
そして、4月ごろから、話をすると舌がもつれるような感じで、検査をしまし
た。MRIもCTスキャンも脳溢血になっていないと、問題は無いと言われました
。原因が解らないままに7月に入り、今度は左の太股が腫れ、血栓が出来て
いる可能性もあると精密検査をしたところ、下腹部のリンパ腺の中に腫瘍が2
つ発見されました。細胞検査の結果、ひとつは胞嚢で、もうひとつはガン

だと判明しました。2つともガンになっていたかも解らないのに、ひとつだけ
だったということで大功徳でした。治療は手術は出来なく、ガンが大きくなる
のを防ぐのが治療の目的と言われました。これを聞いたとき、もう今回は前の
ように幸運ではないかもと、言い知れぬ不安に襲われました。今考えると手術

が出来なくて良かったと感謝しています。手術をしていたら、もっと体
力的にも大変だったと信じています。担当のドクターもとても私の質問にも
私が納得のいくまで説明を根気よくしてくれ、最初の診断の時には自分が休暇
をとるのを延期して、2時間もかけて色々と説明してくれました。

ちょうどそのころ、組織の地区替えがあり、バーリンゲームからブリスベー
ンに所属するようになりました。ブリスベーンのメンバーが一丸になり私の
為に題目闘争を毎週やってくださり、12時間連続の日もやっていただきまし
た。前に所属していたクリスタルスプリングのメンバーにも題目闘争をして頂

きました。日本にいる妹も2年前に御本尊を頂いていましたが、あまり熱心に
信心をしていなかったようですが、私がガンになったことで、彼女の地区の人
たちに話をしたところ、地区の人たちがやはり、題目闘争をしてくださり、ま
だ会った事も無い私に寄せ書きを贈ってくださいました。それ以来、妹も勤行
、唱題をしっかりとやっているそうです。本当に素晴らしい創価ファミリー、

有難うございます。ブリスベーンの壮年部長が「地区のメンバーがガンにな
ったことは地区全体が魔に攻撃されたこと」だと、池田先生にお手紙を書いて
くれました。先生から彼にお返事がきました。その中で、特に私の為にお題
目を送りますとの素晴らしい激励を頂きました。

その年1998年12月には乳ガンが初期の症状で出来ているのも発見され
、ガン細胞を取り出すために部分的な手術をしました。2回目の抗ガン剤治療
を終わり、その上にこの手術と・・もう1999年の新年は迎えられないので
はないかと、死の恐怖が心の中を何回も通り過ぎました。しかし、お陰様で新

年勤行会に出席が出来ました。お天気も良く、生きているのがこんなに素晴ら
しいことかと生まれて初めて経験しました。見るものすべてが愛おしく見えま
した。1月に3回目の抗ガン剤投与のために1週間入院した後、CTスキャン
をとったところ、担当医の言葉を借りると”ガンは劇的に消えていたのです!
”私は自分の耳を疑い、聞き間違いではないかと信じることが出来ませんでし
た。

その日はたまたま私の女友達も一緒にきてくれましたので、彼女がびっくりし
て喜んでくれたとき、これは夢ではないのだと解りました。彼女はアメリカ
人なので先生の言った言葉を間違えて聞くはずはありませんから。ドクターが
レントゲンの先生のところにも行ってCTスキャンのフィルムを見せてもうらう

ように話しておいてくれたので行きました。彼も顔中喜びを浮かべ、ガンが無
くなっているフィルムの説明をしてくれました。

担当医は後3回、念のため、抗ガン剤治療を薦めていましたが、5月に放射
線治療を終わったときには、もう必要ないといってくれました。これもひとえ
に学会のおかげ、同志の皆様のお題目のおかげと心から感謝の気持ちでいっぱ
いです。4年前より、もっともっとすべての面で功徳を頂きました。

口の問題だけはまだ続行中です。昨年7月にやっと診断名が解りました。本
当の所、気落ちした診断でした。このことやガンのこと、池田先生にとうと
う初めてのお手紙を書かせて頂きました。先生をがっかりさせるような事を書
いたかもしれません。自分の思いをありのままに書きました。その間、聖教新

聞の「我が友に贈る」で「病に負けるな。断じて負けるな!学会と共に生き抜
こう」を見つけたときに先生からの私へのメッセージのように思いました。日
本人のメンバーから「先生から直接お返事はいただけなくとも、先生は何かの
形で必ずお返事をくださる」といわれた矢先、お手紙から1ヶ月後に吉町副理
事長を通して先生からとお念珠を頂戴しました。

お念珠の箱を開きながら私の健康は必ず取り戻して見せなければ、と決意しま
した。そして又、先生との不思議な妙としか考えられないようなつながりを
感じさせていただける事がありました。日本から10月8日の先生のスピーチ
をEメールでもらいました。その最後に先生は『病魔よされ』と大聖人が富木
常忍の夫人の病気のことを心配された御書を引用され、こうスピーチを結ばれ

ています。「私もこの大聖人のお心を拝し、病気の同志のお名前と年齢を御宝
前にお供えして、平癒の御祈念を真剣に続けている。『病魔よ立ち去れ!』
『我が学会員の病を治したまえ!』『我が学会員の寿命をさらに増したま
え!』と強く深く祈り続けている。いよいよ『創価の世紀』の開幕である
。『健康第一』で尊き一日を生き生きと前進して参りましょう。」

これは本当に、本当に先生から私へのメッセージです。この新世紀の始まりに
あたり、完全に健康を取り戻し、先生のお心を我が心として、アメリカ広宣流
布にこの体を捧げる覚悟です。再度、ガンになり、口の問題にならなかった
ら、このような決意は出来なかった私です。そして、御本尊にもそのように祈
らせて頂いています。その上、ガンと闘っている人たちを微力ながら励ますこ
とが出来たらと念じています。

先生、有難うございます。私を今日まで連れてきてくださった沢山の同志の皆
様、本当に有難うございます。又、メンバーではない沢山の友達にも多大の励
ましとサポートをもらいました。彼らにも心からお礼を言わせてもらいます。
最後にデンバーに妹がいます。彼女は私が学会のことを話しても興味が無いと
いつも言っていましたが、私のガンが治れば、御本尊を頂くということでした
が、その前に御本尊を頂き、今は一生懸命信心をしています。

長くなって申し訳ありません。去年10月に首のところにグリグリが出来てい
るのを発見し、ドクターのところへ駆けつけました。やはりガンで早速抗ガン
治療をしなければなりませんでした。あまりにも色々なことが次から次と起こ
るので、私の祈りも又疑問符のついた祈りとなりました。1月4日に和田副会
長にご指導をしていただける功徳をいただきました。和田副会長は「仏法を頭

で考えてやったらダメだ」と、「体でやる。御本尊をひたすら信じ、祈りき
っていくこと、絶対大丈夫だから」と「病気も必ず治る」と云われました。激
励のとおり、その金曜にドクターにガンは消えていると言われました。明日、
1日だけ抗ガン剤治療をしますが、もう、絶対にガンが再発しないようにもっ
と、もっと題目に挑戦して祈っていきます。


1月30日2000年第10期ソフィア中間発表会にて

 

こいつぁ~(^○^)春から縁起が良いやヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 1月 3日(火)18時08分20秒
編集済
  栃木の久保田です。m(._.)m

創価大学の陸上部の皆様m(._.)mおめでとうございま

す。見事な戦いでしたヽ(^○^)ノ

2017様、力走25様、はじめまして(^○^)

あれっヽ(^○^)ノもしかして・勃・樹・ち・ゃ・ん・

※2017、力走25、=勃樹ヽ(^○^)ノ

もし違ったらごめんねヽ(^○^)ノ

でもね勃樹ちゃん じゃないとしても池田先生のご指導

を読んだことの無い無知な会員さんか?

池田先生のご指導を読んでいながら知らん顔して

権力を持っている原田や八尋や秋谷や勃樹(谷川)

に逆らうのが怖くて仏法を曲げてしまった職員さんか

か?ヽ(^○^)ノ

洞察力や判断力が極度に薄い(小学生以下)方ですね

ヽ(^○^)ノ

悪いやつを『お前はクズだ』と言うのは正しい事です

よヽ(^○^)ノほんとにクズなんだから(^○^)

バカな奴を『バカだ』 と批判するのは正しい事ですよ

ヽ(^○^)ノ

・東・京・大・学・(とうきょうだいがく)とか出て

るのに仏法の永遠の生命感や因果の法則も理解出来な

い馬鹿だから・馬・鹿・だ・ね・って言ってるんだか

らヽ(^○^)ノ俺たちの方が正しいんですよヽ(^○^)ノ

2017さんも力走25さんもこの板で勉強しましょうね

o(^o^)o良い子になれますよヽ(^○^)ノ

秋谷や八尋や原田や谷川の言うこと聞いてると馬鹿が

うっつちゃいますよ (ToT)


  
 

Re:チラリ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月 3日(火)17時22分5秒
編集済
  窮状様
「ちょっとだけよ」をありがとうございます。
「アンタも好きねぇ」「ワタシも好きよぉ」
要するに「あっちもこっちも」なわけですね。どこかで聞いた合言葉のようです。流行語大賞狙い! 「374919」は次点?
 

チラリ

 投稿者:窮状  投稿日:2017年 1月 3日(火)17時07分21秒
  皆様、本年もよろしくお願い致します。

SaySaySayさんへ  ちょっとだけよ!

http://6027.teacup.com/situation/bbs/62254

昨年は悪党の悪事が世界に向けて発信されました。さて今年はその悪党を◯◯しなければなりません。

創価内部だけでゴタゴタは限界です。

内外問わず、各々がそれぞれの場で闘いの火蓋が放たれる事でしょう!

追伸  弓たん新年早々覗いてちょっかいださないでね!笑
 

謹賀新年

 投稿者:misfit  投稿日:2017年 1月 3日(火)16時03分29秒
  明けまして、おめでとうございます。
投稿はまったくと言っていいほど、できませんが、
いつも、励ましを頂いています。
本年も除名覚悟の地区メンバーを守る闘いを潔く開始してまいります。
この一年もよろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月 3日(火)15時59分18秒
編集済
  2017さんは腐敗患部を批判しています。冷静にいきましょう。大丈夫です。勝てます。勝ってます。魔の方に焦りが出ています。
たぶん、「2017」は大切な「一念」になります。
「2017」はハッピー・ニュー・イヤー! シンボリック・ナンバー!
では、
374919
は? 詳しくはネットで検索!
 

池田名誉会長の〔世界との語らい〕

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月 3日(火)14時13分21秒
  【第2回】ワンガリー・マータイ博士(ケニアの環境副大臣)
2006-4-23

「もったいない」は「生命を尊ぶ心」
21世紀は母の賢き知恵に学べ

「もったいない」──この日本語を駆使して、今、マータイ博士は各国で
環境保護を訴えている。なぜ、博士が「もったいない」という日本語に
魅せられたのか。昨年の2月、その飾らない笑顔に接した時、私は、瞬時
に理解した。

彼女が「母」であるからだ。アフリカの「お母さんの代表」であるからだ。
博士が“生みの親”である「グリーンベルト運動」は、草の根の植林運動
として知られる。博士とともに、約30年で3000万本の木を植えたのは
、貧しい農村の女性たちであった。

早朝から幼子を背負い、薪と水を求めて、長い長い道のりを歩むアフリカの
母たち──その生活支援と環境保護を目指した運動は、まさしく“母の、母
による、母のための運動”といってよい。

その先頭に立ち続ける博士が、日本の母の“知恵の代名詞”ともいうべき
「もったいない」に共感するのは、当然とさえ思えた。

◆母の心は人間の心

「もったいない」とは、私のような戦争を経験した世代にとって、「母」を
思い出す言葉でもある。

大根の菜っ葉がお新香に、ウドの皮がきんぴらに、小魚がおやつ代わりに
──母の手に掛かれば、残った食材も、育ち盛りの子の胃袋を満たす「おふ
くろの味」へと生まれ変わった。膝小僧にあてがわれた「つぎはぎ」は、腕
白少年の勲章になった。そこには愛情の栄養学があった。知恵の家政学があっ
た。どんなものも無駄にしないという「慈(いつく)しみの心」は、当時の
日本が持つ一つの「美徳」であった。どれほど、命を「尊ぶ心」、他者を
「思いやる心」の涵養(かんよう)につながったことであろうか。

こうした「母の心」の喪失が、現代の「人間性」の喪失に通じていると憂え
るのは、私一人ではあるまい。物のない時代を経験した私の妻も、一家の主婦
として、何より、物を粗末にしないことを考えてきた。米粒一粒も無駄にせず、
余った総菜も一工夫して次の献立に役立てた。包装紙や紐などを再利用する
のも、当たり前のことだったようである。

ある時、私を慰労しようと、子どもたちが8ミリ映写会を開いてくれた。映写
幕代わりに敷布を吊った紐の端に、小さなリボンが結んであった。何かの包装
紙を再利用して、妻が作ってくれたものだった。「もったいないから」と──。
何気ない知恵かもしれない。ささやかな工夫かもしれない。だが、世の母たちは
、こうした知恵や愛情を“武器”として、賢明に生活を支え、懸命に家族を守っ
てきたのだ。

◆傲慢とは鋭く戦え

戸田城聖先生は、母上が丹精込めて縫い上げた“アツシの半纏(はんてん)
”を終生、手放すことがなかった。19歳で、北海道の寒村から上京する際、
「どんな苦しいことがあっても、これを着て働けば、何でもできるよ」と送り出
してくれた母上。その深き愛情を片時も忘れることはなかった。わが師は、人生
の逆境にある時ほど、この母の愛に、恩に報いんと、ご自身を鼓舞された。

「このアツシがあれば大丈夫だ」と。マータイ博士の運動も、生活を守り、わが
子と祖国ケニアの行く末を案じた母の慈愛から生まれたものである。博士は、
植林運動に携(たずさ)わった、無名の尊き女性たちを「学位なき森林官」と
讃える。その団結と地道な行動が、アフリカの砂漠化を防ぐのみならず、世界の
人々の意識を、どれほど環境保護へと誘ったことか。

彼女たちの貢献度は、一国の総理大臣より、はるかに大きいと言わねばならない。
為政者は、この一点を、よくよく注視すべきだ。庶民の知恵や心や行動を、もっ
と尊ぶべきである。だが、政治家や官僚、学者など国家の舵取り役にあるエリート
は、ともすれば、こうした民衆運動を見下す傾向にある。現にケニアの独裁的な
旧政権は、博士らの運動を“民衆を組織する危険な存在”として、幾度も弾圧した。

本年2月、私の創立した創価大学を訪れてくださった博士は、講演で言われた。
「政治家を放置したら、勝手に民衆を利用するだけである。民衆は政治に関与し
なければならない」と。その通りである。戸田先生は「青年よ、心して政治を監視
せよ」と厳命された。私も庶民を下に見る傲慢や邪悪とは鋭く戦ってきた。

徹底して挑戦してきた。この精神で一生涯、戦い抜く決心である。また恩師は、
よく「嫉妬という字に“男偏”があってもいいんだ」と呵々(かか)としておら
れた。能力のある女性に嫉妬したり、立場などを笠に着て威張るような男性がい
たならば、どこの世界であれ、最低の人間である。庶民の代表である母の知恵や、
女性の英知に学ぶことが、21世紀の民主主義の根本であると私は思う。

私の平和行動の原点は、わが母にある。母は、息子4人を次々と戦争にとられて
も、気丈に振る舞っていた。だが終戦後、長兄の戦死を知らせる公報を受け取った
時、がっくりと肩を落とした。その姿は生涯、忘れられない。庶民の実直な母の
悲しみ。それは、幾百千万の母の悲しみであった。地球上の母たちを忍従させ、
飢餓に陥(おとしい)れ、悲嘆に暮れさせる戦争など、どんな理由があろうとも、
絶対に許してはならない。

悪魔の所業である。結局、幸福な社会とは、こうした母の苦しみをなくした社会と
言えるのではないだろうか。

◆育て!青年は希望

戦時中、私の故郷・大田でも、空襲によって多くの木々が灰となった。辛うじて
生き残った木々は、戦争を遂行するための燃料として伐採された。わが家の庭の
大きな桜の木も無残に切り取られ、その跡は、軍需工場に変わった。荒涼たる
風景ではあったが、不思議とその一角に、幾本かの桜が焼け残っていた。そして
戦後、再び桜は芽吹き、まるで行き交う人々を励ますかのように万朶(ばんだ)
と咲き薫った。その光景を目にした時の、母の安堵した表青──。

私は決心した。将来、日本中に、桜の木を植えよう。いな、世界中に、色とり
どりに咲き誇る多彩な木々を植樹して、人々の心に平和の希望を広げていこう、
と。この若き日に抱いた夢のまま、私は、世界各国の良き地に、記念の植樹を行
ってきた。その国の発展を願い、かの地で活躍する友のますますの健勝を祈って!
「木を植える」──。それは「生命を植える」ことである。「未来を育てる」こと
であり、「平和を育てる」ことである──会見で、マータイ博士と私は大いに共感
し合った。かつて、“アフリカの人権の父”であるマンデラ氏を歓迎した時と同じ
ように、私は多くの青年たちとともに、“アフリカの環境の母”である博士を歓迎
した。それは、こうした思想と行動を、未来へ世界へ、継承してほしかったからだ。

無名の母たちの祈りの声を、若き生命に刻み込んでもらいたかったからである。
マータイ博士は語っている。どんなに希望がないように見えても、希望の光は
ある」この強さ。この楽観主義。博士の言う希望とは「青年」のことであろう。
私もまた、胸を張って叫びたい。「創価の青年」ある限り、必ずや「人類の未来」
は明るい、と──。
 

とにかく、襷を繋いで12位快挙でしょ!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)13時55分3秒
  良かった~良かった。明年はシード圏内に突入!やっぱし、元旦は実業団(創価公達NSS)に出場してくなさい(-_-)新年勤行会中止、本部詣でも永久にやらない。現場末端会員は皆、自宅で新年勤行してテレビ見ます(^_^)  

(無題)

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 1月 3日(火)13時40分33秒
  謹賀新年。今年もみなさまのご活躍を念じております。

どーでもいいけど、ガッカイ員なら創価大を応援すべしっ、チックな駅伝狂騒曲には辟易。
それって、コーメー党ヨイショが、創大駅伝部ガンバレに衣替えしただけだろーよ。
いーかげん身内びいきを押しつけるのはヤメロ!

彼らがこれからのレースで、仮に優勝することがあっても、アンタの人生に何ほどの意味があるというのさ。
もっと足元を見つめて、しっかり自分の舞台で実証を示そうと思うのが先だろっ!

(この板の御常連諸氏に向けた意見ではありません。どうか悪しからず。小生とて、卒業生銘板の隅っこに名を載せてもらっているOBの一人ではありますんで…)


 

まず名を名乗れ

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2017年 1月 3日(火)13時33分20秒
編集済
  通行人 出てくるだけで 惨めです
力走25 かす決定だよ お前はな
2017 お前の人生 終わってる~
相手にね したので100円 ちょうだいよ
反板よ 相手にしてやる ゲス野郎
男なら 表出てきて 勝負しろ
この板で 『処分されている人』 ほとんどです?
この板で 『処分されてない人』 手を上げて
アホ幹部 文句言うほど 売上アップ
虎助言 お前が見れば 怨嫉ね
言えばいい 結果はすでに 決まってる
タイトルなし お前が言うな 暇人が
タイルルなし お前の名前は 遅れてきたヤンキーです
 
 

皆さんお元気そうで何よりです

 投稿者:大樹  投稿日:2017年 1月 3日(火)13時33分13秒
編集済
  皆さん、お元気そうで何よりです笑

宿板、反宿両方久しぶりに見ました

反宿は相変わらず、上から目線で「威嚇」するばかり

最近では焦っているのか?
個人名を投稿しています

反板に批判される人は「正義の人」と思い
その方達の勝利祈っています


さて、原田執行部は何故、こっそり粛清するのでしょうか?
それは「やましい」からではないでしょうか?

創価学会創立80年余りの歴史の中で、こんなに活動家を粛清したことがあったでしょうか?

「やましくない」ないなら、公場対決したらどうでしょうか?
今年は是非「公場対決」をお願いします

権力乱用して粛清するのは臆病な人間がすることだと思います
こんな事ばかりやっていると益々「北朝鮮に似ている」と言われます

牧口先生は「罰論」
戸田先生は「功徳論」
池田先生は20世紀は「実証論」でした

そして、21世紀からは「心の時代」と言われました

「蔵の財でもなく、身の財でもなく、心の財第一」
しかし、原田会長の話は「実証論」時代の「蔵の財、身の財」の話ばかり

だから、若い世代に響かない
若い人は「心の財」を積む話を求めています

21世紀を目前にして、先生は言われました
「立派な家
   立派な服
   立派な伴侶
  立派な子供

みんな蛍の光だ
1番大事なのは信心だ」

実証の名のもと
家、学歴等目指した
しかし、それは化城である
本当の仏界を目指す信心を先生は教えてくださいました

本当の仏界とは?
それは師匠と不二の心で世界の平和、民衆の幸福に尽くす中にあると思います
今年も師弟不二の信心で成仏目指します

そして、集票マシンにも、新聞拡張員にもなりません
ただただ民衆救済、会員の幸福を目指します

原田執行部も是非、発迹顕本してください

教団を金持ちにする為に会員がいるのではない
会員を幸福する為に教団はあるのです

だから、財務で贅沢三昧している職員は、厳しく糾弾してください

池田先生が作って下さった「平和」「民衆幸福」
信用という宝を破壊しないで下さい







 

何とか午前中に帰れそうです(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)11時40分7秒
編集済
  創価大、12位くらいですか?凄い快挙!!
これから帰ってテレビ見ます!!

あまり板を見てませんでしたが、早朝から創価公達村の手下の皆さまもテレビ釘づけですかぁ?だから、ダメだ!と言っているんですよ、池田先生なら『バカ者!仕事しろ!』と言われると思います。何故かって?
現場末端会員の財務を喰らって給与貰っているから!!仕事しなかったら、ただの野良犬、ダニ、ゴミカスでしょ!

仕事している現場末端会員に嫉妬しないで下さいね(-_-)

何?創価公達は正月三ヶ日は全休でしたか?新年勤行会も下々の会員が集まるモノで関係ない?財務喰らって妾宅でコソコソと蜜月な3日間、羨ましい限りです(-_-)
 

アイ・ニード・ユー

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月 3日(火)11時29分28秒
  良かった! ラカニエンヌさんが元気なら良かった! もし、「ドミサイル信濃町の入居者はラカニエンヌ」なら良かった! 元気で良かった!!!
ラカニエンヌさんの場合、職業が特徴的で少数しかいないであろうタイプのもので、もともと本人が特定しやすい。本来、特定されてもたいしたことはないのですが、ここは「一闡提人が産み広げし国」で「第六天の魔王の所領」です。リアルの生活の場で嫌がらせ等が起きる可能性が高い。わざわざそんな苦痛を受ける『Mの悲劇』は必要ない。
さらに何とかいう、その職業人にありがちな病状もあると、わざわざ告白されていました。ラカニエンヌさんはどちらかと言うと警戒心が薄すぎる人でした。
いつ頃からか、ラカニエンヌHNは見なくなりました。たぶんドミサイルHNと被っていません。一人の人が宿坊世論を一方向に煽っているわけでもありません。そもそも掲示板です。読む側の方にそのリテラシーが問われます。
今後、その真相を各HNが語る必要もありません。
ただ、宿坊に書かれる内容そのものが真実であることを願うばかりです。

忘れてはならない。日顕の登場なんか、たいしたこと無かった。狡賢い本当の「僭聖増上慢」は、そうと見破り易い坊主なんかには「なりすまし」したりしない。
池田先生が言われた「会長が学会を裏切るんです!」ということが最も怖い!!! 池田先生が言われた「悪を見抜かなければならない! 悪を見破らなければならない!」を、池田先生が言われた「学会員はあまりにも人がいい」我々に出来るだろうか??? 池田先生が言われた「騙されてはいけない」「悪い患部が出て来たら皆で追い出してくれ」を、我々に出来るだろうか??? 池田先生の肉声が聞えなくなったこの「時」に。

第六天の魔王が学会の執行部に「なりすまし」している。これほど恐ろしいものはなく、それと戦わなければならない。そのために「善の連帯」が必要で、これこそが本質的に「和合僧」と言えるのではないでしょうか。そのためには宿坊にいる善に傷をつけたくない。どんなHNであろうと、健全な投稿であることを、その個人を大切にしたい。

“分かってないんだね、どれほど《君達》が必要か”
“いつだって《君達》を大切にしてる、絶対に捨てたりしない”
“だから帰ってきておくれ、どうしょうもなく寂しいんだ”
“《君達》が必要なんだ”
『アイ・ニード・ユー』ビートルズ
https://www.youtube.com/watch?v=qvKxqmRuhEY

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

駅伝 創価大

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 1月 3日(火)11時21分26秒
  シード権争い
もうちょっとだね~  選手がんばれ~
 

短絡的ですね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 1月 3日(火)10時55分1秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/62293

『秋谷・原田の指導は結果的に怨嫉の破和合僧となり、仏意仏勅の団体である創価学会の組織に亀裂を生じさせ、広宣流布を内部から破壊する魔の働きとなる。』

~とハタからはみえますね
「自語相違といわれてもかまわない」というのはやっぱ真実ですよね
自語相違ばかりの執行部ですもん
もはや支離滅裂といっていいほど
それともアレって超能力者による預言書なんですか??(笑)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

(無題)

 投稿者:2017  投稿日:2017年 1月 3日(火)10時45分40秒
  腐敗幹部の糾弾=同志の怨嫉ですか?  

力走25

 投稿者:力走25  投稿日:2017年 1月 3日(火)09時43分15秒
  『同志の怨嫉は破和合僧となり、仏意仏勅の団体である創価学会の組織に亀裂を生じさせ、広宣流布を内部から破壊する魔の働きとなる。』新人間革命力走25

この掲示板はまさに破和合僧そのものですね
 

光輝様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 1月 3日(火)07時24分53秒
編集済
  >新年勤行会の役員をさせて頂きましたが、参加者は、激減していました

高齢化と言ってしまえば、それまでですが、本来、本部のうちだしが「世のため、人のため」につながるものならば、子供、孫、ひ孫に継承されていくと思います

教団運営の為、一部の最高幹部の私利私欲を守るための打ち出しであるならば、若い人に拡がる訳がありません<


光輝様、重要なポイントです!深く同意致します。

原田会長と執行部の目的は何なのか?
更に深く掘り下げて行けば、原田会長と執行部の一念は何なのか?

創価権力者の心の思いが、打ち出しに反映されるのは言うまでもありません。
そして、創価学会の現状が、原田会長と執行部の運営の結果です。

いくら折伏をしようとも、総括的に創価学会が縮小しているなら、運営の方向が間違っています。
広宣流布の大河の流れが、海に近づく程に、干上がってしまうようなものですね。

青年拡大の年のポイントは、まず自分自身に魅力があるか否か。
自分が、信心根本に魅力ある生き方をしているか否かです。

青年(子供)に夢を語るなら、自分が夢を諦めない人生を歩んでいなければ嘘になります。
自分のふるまいを通し、夢を諦めない人生が素晴らしい事を伝えなければ、青年(子供)の心は動きません。

信心しているが故に、絶対に夢を諦めない。挫折しても、何度も立ち上がる。
言葉だけでなく実証を見せるから、嘘ではないと青年は感じる事が出来るのです。

原田会長と執行部の夢は『この世から「悲惨」の二字を無くす』事ではないでしょうか。
それが、創価学会本来の目的であるべきです。

安保法制という武力に頼る政策に対し、原田会長と執行部が体を張って一身に難を受け、
非暴力主義を体現できていたなら、どれだけ多くの青年の心を掴んでいた事でしょう。

青年は純粋な批判精神を持っています。
青年の自由奔放な心を大切にできる大人でありたい。
そのような心を掴むのは、ズルい大人には出来ないでしょうね。
池田先生は、青年の心を全て理解し受け止めて下さるから魅力があるのです。

~~~~~~~

【創立者の語らい1】
第一回 滝山祭

そこで私が申しあげたいのは、創価大学に対しても、創立者に対しても、批判をしてはいけないということは一つもありません。
いくらでも批判してけっこうです。
また、私はご存じのように創価学会の会長であります。
創価学会に対しても、信仰についてもいくらでも批判しても結構です。
大学としても、学会としても、また私としても、反省すべきことは反省しなくてはならないし、改めるべき点はいさぎよく改めねばならない。
諸君が創価大学に学んでいるのだから大学のことをはじめ、すべてに対して厳しい発言ができないなどという考えは、誤りである。
皆さんが真剣に物事を思索し、言いたいことがあれば、何を言ってもよいし、いかなることを論じてもよい。
自由奔放であっていただきたい。これだけは、はっきりと申し上げておきます。



 

螺髪様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 1月 3日(火)06時37分2秒
  >万人の成仏を説く法華経は、他者の中に仏を見ることで「人間主義」や「生命尊厳」を押し進めるだけでなく、
我欲を取り仕切る「第六天」を制御し、それを乗り越える点で、自身の成仏を可能とする、唯一、最高の哲理だといえます。<

螺髪様、おっしゃる通りです。

問題の一つは、中心者である原田会長と執行部が、「万人の成仏」の可能性を否定する「査問・処分・除名」というふるまいをしてい事です。
そして、査問行為に与同してしまう地元幹部のふるまい。

査問担当者の心の中には「創価学会から除名されても仕方がない」という一念が生まれます。
査問をきっかけに、「一人ももれなく」という池田先生の一念、日蓮大聖人の「万人の成仏」という御金言からズレてしまうのです。

故に、査問を肯定し行う事は、自身の成仏の可能性を閉ざす事に繋がってしまいます。
最終的には御書にあるように必ずほろびさります。

『過去現在の末法の法華経の行者を軽賤(きょうせん)する王臣万民、始めは事なきやうにて終(つい)にほろびざるは候はず。』

御書根本を謳うなら、査問担当者はこの御金言を厳しく受け止めて頂きたい。

査問など行わず対話により解決すればよい。
しかし最高幹部が対話できないのは、「第六天」に飲み込まれ、我欲を制御できない事実が露わになる事を恐れているからです。
天魔は、暴かれる事を恐れるが故に、対話を拒むからですね。

創価学会が中から崩れ去ってゆく。これを見過ごすわけにはいきません。
大恩ある池田先生が「創価学会を頼む」と仰られたからです。

「万人の成仏」とは原田会長と執行部まで含まれます。
「権力者の成仏」という難しい課題を、池田先生から出されたように感じています。

そのためにも、憎しみを原田会長と執行部、そして査問を行った地元幹部にぶつけたら自分の負けだと思っています。
それは、査問を行った「人」を切り捨てている行為に繋がるからです。

御書には『瞋恚(しんに)は善悪に通ずる者なり』とあります。
憎しみではなく、池田先生への大恩から発する怒りが自分を動かします。

自分は、原田会長と執行部の中にいる、天魔と勝負しているのを忘れないようにしています。
天魔が去れば、会長が原田氏であっても問題はありません。


 

理論性が乏しい谷川勃樹の世界(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)05時43分51秒
  シンプルに、『犯り放題の創価公達の世界に就職しますた、キモいイイ、スッとしてマス』と言えばよいものを、恥ずべき痴態を隠蔽するために村八分やら査問・除名活動をするから、皆からたたかれるのです。

池田先生とは大違いで、自分を飾り立て、虚栄の過去を他人に証言させて頭が禿げあがる惨めな谷川勃樹。キモい、禿げ、目が虚ろ、笑い方が不気味と周りは思ってマスが、誰も怖くて避けられている。

↓↓↓
その名は、タ・ニ・ガ・ワ!!??投稿者:蘭夢?
?投稿日:2016年10月29日(土)21時53分28秒? 通報

学生部の話がでたので、昔の話。
ふと、嫌なことを思い出した。
今まで、黙っていたが、374919事件もあるし、本当かも知れない。

ゲスな話なので、心に余裕のない方は、スルーした方が良いかも・・・

その昔、僕が学生の頃。

所属するサークルの先輩から突然、僕は声をかけられた。
その先輩は、普段は、ほとんど顔を見せない、チャライ2人。

そして、突然その先輩は、こう切り出したのだ。
「お前、創価学会ていう宗教やっているんだってな」

少なくとも、その先輩に信心の話をしたことは無いし、どこから僕が学会員であることを知ったのか
ともかくも、何か学会に対する文句か、それとも・・・
緊張感を感じとったのか、先輩は微笑みながら
「いや、何、なんか、やつけてやろうとか、そんなんじゃないんだ。」
「そうじゃなくて、内緒の話。ちょっと本当のことを、さぁ、俺たちも混ぜて欲しいんだよ」
馴れ馴れしく、僕の肩に手をまわしながら、その先輩は語った。

そして、僕は、この先輩から耳を疑うことを聞かされる羽目になる。

ここから先は、過去の話でもあるし、記憶が不鮮明なところもあるため
極力、脚色なしに、箇条書きにします。

・先輩は、ある噂で、学会に入ると、非常においしい話にありつけるということを聞きつけた。
・その、おいしい話とは、女性と仲良くなれる。もっと具体的には、やりたい放題という話。
・なんとしても、そのおいしい話にありつきたいと、学会員をさがしたところ
 同じサークルにいる僕にたどり着いたということ
・そして、先輩は、僕が秘密を隠していると疑い、何とか秘密のおいしい話の情報を聞き出そうとした。
・僕は、知らない。そんなものはデマだ。嘘だと強情なため、
??先輩は、ここまで知っているんだと、僕にとっておきの話を語りだした。

噂の根拠となる話。

その時、彼ら3人はAという人物との約束があり、Aの住む家を訪ねた。
ところが、何度呼び鈴を押しても本人は、出てこない。
鍵は開いていたので、3人は、扉を開けて玄関内に、
そこへ、慌てて、パンツ1枚のAが出てきた。
なんだ、お前らは、何しに来たんだ。
3人は、約束の事を話すと、Aは、今は忙しいと、3人を強引に玄関の外に追い出した。
だが、3人は、奥の部屋、ベッドの布団の中から、はみ出している脚をしっかりと見ていた。
3人は、あれって、やっぱり女の足だよな、やりまくっている噂は、本当だったか・・・・・。

Aは、ある時、酒の勢いか、こんなことを豪語していたらしい。
「俺は、将来、会長になる男だ。その為の布石は全部、打ってあるんだ。」
「先生、先生って、言ってればいいんだ。周りはバカなやつばかりだ。簡単だ、すぐに上に上がれる。」
「信心している女は、だましやすいんだ、先生、先生、といっていれば、簡単に信用してくれる。」

ゲスの極みだ。

女とやれるから信心やらないか、俺の仲間にならないか、などと、どんな勧誘だ。そんなゲスな奴など、いてたまるか。

これは、学会に対する言われなき根拠なき中傷だ。

僕は、自分が知る男子部の先輩の姿など、学会は、そんな話とは無縁であると訴えた。

先輩は、流石に、やはり嘘だったのかと・・・。だが、どうしても諦めきれないようで、

そして、

「思い出した。そう、Aの名前だ。そうだ、タ、ニ、ガ、ワ、だ。」
「タニガワとかいう幹部おるやろ、そいつや。」

僕は、きっぱり。
「そんな、人間は知らない。そんなゲスな幹部がいるわけないだろう。」

先輩は、夢破れて去っていった。

ちなみに、後で、あれ、そういえば、谷川・・・・はははっ、間違い間違い人違い。

ただ、そんな噂が出てしまうような状態とは、いかなるものなのか
そのように誤解されるような話が本当に無いのか
当時は、そのことで、何か違和感を感じていた。

そして、その時、同席していた、友人(僕が学生の時、本流した友人)と話した。
もしかして、先輩の話がまったく嘘ではなく、何かあったとしても

ただ、言えることとして、そんな奴は絶対に途中で排除されるに違いない。
そして、万が一、そんな奴が会長になったら。
学会も終わりだが、世界が終わる時だろう。
友人と二人して、想像して寒気に鳥肌がたった。

その名はタニガワ。忘れられないゲスな男の名前。
 

定年なんかありませんよ、創価公達村の面々とは大きく異なります!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)03時40分51秒
編集済
  多重ハンドルネームの創価公達村の皆さま、

その昔、こんなのありましたね(-_-)

↓↓↓
おやめなさい ?投稿者:琴の弦
?投稿日:2016年 2月 6日(土)07時30分41秒
谷川の住人さん、もうお止めなさい情けない
↑↑↑

ついでに

↓↓↓
谷川の住人よ ?投稿者:琴の弦
?投稿日:2016年 2月27日(土)22時28分51秒   通報

一緒に去ろうではないか
お前だけはほっとけん、板にとっても有益だよ
題名を長くしたりして奇行が目だってるって
↑↑↑

こういう手合いが出現すると、妙に投稿やる気が出てきます。但し、今も仕事の合間みながらやってますのでタイムリーではありません。コンパイル中です。分かりますね、古い統監システム使ってる創価村なら誰もが知っている古典言語システム(-_-)今も銀行システムの一部に入っているために、よくATMが使えなくなる末梢プログラムです。誰のせいでもない、呑気に派閥人事やってきた結末の世界。お馬鹿な役員に高額な報酬を支払い続ける前に改善しなければならなかった。創価公達も同じで呑気に定年など妄想するダラけた世界。創価の世界に定年も高額報酬も必要ないのです。皆、無給で学会員は動いています。言い忘れましたが、創価公達は学会員ではありません、財務を喰らう野良犬ね!皆、現場会員は創価公達のように暇人ではないのです。

何と言っても、我々はあなた方を養って現場末端会員さまなのですからね。まともな仕事も出来ない創価公達の面々とは大きく異なります(^_^)
 

どのコメントが見られて困るものなのか教えてくれる?

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 1月 3日(火)02時39分57秒
編集済
  http://megalodon.jp/2017-0103-0228-17/6027.teacup.com/situation/bbs/62287

正月だし大サービス!!
どのコメントが「会員に見られて困るコメント」なのかズバリ教えてね
たぶんノーカットのやつかなって感じたけど
シゴトで撹乱したい人には申し訳ないけどこれで寝るよ

ついでに言っとく
2年程度で都内を離れたほうがいいよ?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

暇だな

 投稿者:タイトルなし  投稿日:2017年 1月 3日(火)02時23分7秒
  イケディアン、暇人だな、この4ヶ月みてきたけど、朝も昼も夜も、イケディアン、定年過ぎた人?違うなら働けよ、傷の舐めあいだな、いやなら組織もやめりゃいいのにさ、潔さがないよ。もうちょっと学会を憂えてるかと思ったけど、根本の日蓮の教えとかはないね。人師、論師を崇拝する傾向が多い、この板も学会員もさ。理論性が乏しい。
 

健全な環境に居る者?の健全な言論?とは?続き(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)01時53分33秒
  カンピースへ ?投稿者:古谷新谷
?投稿日:2016年10月 4日(火)12時39分31秒
私は一言もソープランドなど言ってない。(笑)よくよく文章読んでね。
あ、悩乱してるから字が読めない?(笑)ぷぷぷ

私は風俗と言っただけ。しかも、皆さん勘違いしていやらしいこと想像してねー。スナックも風俗ですよ(笑)

カンピースさん、あなたに同調するのは、800万世帯の十数人ですよー(笑)
学会を捨てて、一人で法を弘めれば?
 

健全な環境に居る者?の健全な言論?とは?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)01時49分22秒
  皆でよってたかって…。 ?投稿者:古谷新谷
?投稿日:2016年10月 3日(月)17時06分58秒   通報

凄い勢いの反応ですね…。(笑)いや、だから、スナック行っただけの事を女性を犯した風に吹聴したから訴えたんでしょ?事実と違うと。あと、職員ではありませんでしたね。なら、なおさら許されるでしょう。

えー、あとあれですわ。
なぜに谷川総長をそれだけ恨むのですか?
よーく、よーく、考えてください。本当の根本は自分に不利益があったからではないですか?先生を利用してませんか?大丈夫ですか?本当に貴女方が正義なら、日興聖人の如く、創価学会を捨て、貴女方で先生の思想を流布したり、法を弘めればよいのではないでしょうか?

『創価学会は間違っている』といえばよいのに、なぜに、谷川総長個人の信憑性もない、根拠もない、多くの会員が信じないであろうことに執着するのでしょうか?
谷川総長個人への怨みであり、会長にはさせまいという私怨が感じ取れます。

原田会長へも同じです。顔色がどうのとか、首がどうのとか、多くの会員が同意できるような事を突きつければよいではないですか?
 

通行人さまのご要望に応えして谷川勃樹少年の弁解(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月 3日(火)01時44分25秒
  真実 ?投稿者:古谷新谷
?投稿日:2016年10月 3日(月)09時06分5秒   通報

谷川総長の374919事件というものが一部騒がれているが、その真相は大したことではない。374919の解読は『皆よく行く』となり、即ち、若い頃に血気盛んな男子が行くところは、風俗である。

男の子なら一度は行く風俗。

谷川総長がまだまだ若い頃、まじめなあの人が付き合いで風俗に行ったということを大袈裟にそして捏造して膨らませた話が、
今の374919事件の真相である。実に真相というものは、蓋を開いてみると『な~んだ』というものが多いですな(笑)そりゃ、谷川総長だって若い頃はそれぐらい行くでしょ。それに付き合いだし。

法律にも触れない何てことない話ですよ。

他にも聞きたいことがあれば聞いてください。ちなみに、私はゆみちゃんとか執行部の人たちには何の義理もありません。(笑)
むしろ、組織の打ち出しには文句言ったりしてますよ。しかし、バックボーンにあるのは『正義』です。
 

/1150