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歴史の転機 グローバル経済 保護主義には戻れない

 「自国と貿易するすべての国の繁栄を怒りの目で見て、彼らの利益は自国の損失だと考えるようになった。貿易は不和と敵意の源泉になっている」

     ドナルド・トランプ次期米大統領のことではない。英国の経済学者、アダム・スミスが、米国が英国からの独立を宣言した年に「国富論」で指摘した重商主義者の悪弊である。

     重商主義とは、輸入を制限する一方で輸出を奨励する保護主義などにより、外貨の獲得を目指す経済政策だ。当時、欧州の大国がこぞって採用していた。「経済学の父」と称されるスミスは各国の富につながらないとして、これを厳しく批判した。

    動揺招く中間層の怒り

     それから、2世紀余り。トランプ氏は、米国に不利益をもたらすとして自由貿易協定を覆す考えを示し、保護主義志向をあらわにしている。世界最大の貿易国は、「重商主義」に先祖返りするのだろうか。

     反グローバル化の声は、欧州連合(EU)離脱を決めた英国はじめ、欧州でも強まりつつある。グローバル経済の負の側面にも目を配り、持続可能性を高められるか。保護主義の台頭を好機に変える知恵が問われている。

     トランプ氏は、日米など12カ国による環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について、「就任初日に離脱の意思を通知する」と表明した。カナダ、メキシコとの3カ国による北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉も明言した。

     大統領選での公約通りだ。その選挙で、トランプ氏支持の中心になったのは、中間からやや下層の白人男性だった。製造業を再興して雇用を創出するという主張が、ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる中西部の支持を集めた。

     中間層は、グローバル経済のひずみの大きさに怒っているのだ。

     国境を超えた商品やサービスの取引、投資によって世界が深く結びつくグローバル経済は、1980年代以降、情報技術(IT)の革新や資本の自由化で一気に進展した。

     大きな影響を受けたのが、先進国の製造業だ。従来、設計から製造、販売までが国内で一体的に運営されてきたが、単純作業である製造・組み立て部門を人件費の安い途上国や新興国へ移転させる分業が進んだ。

     そうした部門の国内での雇用は失われる。実際、米国では80年代半ばから20年ほどで製造業の労働者が3割以上減った。

     さらに、欧州各国や米国では、途上国や新興国からの移民の増加で、競合する労働者の賃金が低く抑えられている。

     一方で、グローバル経済の恩恵を受けているのが、海外展開して利益を稼ぎ出す企業だ。一部の経営者は巨額の報酬を獲得している。

     デリバティブなど金融技術の発展で投機性を高めた資金は、獲物を求めるように世界を巡る。資金の出し手である富裕層にますます富が集中する。格差が拡大する中で、没落する中間層は取り残される。

     工業化の進展で国民の所得水準を高めた途上国や新興国でも富の偏在が強まり、格差拡大が問題になりつつある。

    負の側面に目配りを

     では、反グローバリズムで問題は解決し、中間層が復活するのか。

     安い輸入品を締め出せば、消費者の暮らしを圧迫する。生産の最適化を求めて世界を横断している生産のネットワーク、サプライチェーンを分断すれば、生産性は格段に落ち込む。国内で一から作る製品は割高になり、海外での競争力は失われる。待っているのはじり貧であろう。

     経済成長どころかマイナス成長に落ち込みかねない。そうなれば、中間層の苦境はいっそう深まる。

     グローバル経済から離脱するという選択肢は考えがたいのだ。米国はじめ各国は、負の側面を和らげて、中間層の再生と経済成長の両立を目指すべきだろう。

     まず富裕層から中間層以下への所得再分配を進める必要がある。しかし、「パナマ文書」問題で明らかになったように富裕層は課税回避に策を巡らし、再分配を妨げている。

     適正な課税を実現し、そこから得られた財源で、失業対策や職業訓練などを充実させるべきだ。

     とりわけ日本では、輸出企業に有利な円安への誘導、補助金政策、非正規雇用の拡大などによって、国際競争力を失った企業も温存されてきた。これでは生産性は上がらず、賃金も上がらない。

     そうした企業にとどまっている労働者が、生産性の高い企業に転職しやすくする必要がある。コスト競争で太刀打ちできない分野からの受け皿として、新興国と競合しない新しい産業を興すための技術革新も欠かせない。

     実現するには、強力な支援の仕組みを整備する必要がある。グローバル経済の下、政府に求められるのは、そうした政策であろう。

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