*星空文庫

エスの研究(その3)

フランシス・ローレライ 作

On Brain Chatter

1.発生のメカニズム


(1)エスは、自我の支配が左右何れかの脳半球に及ばない隙を狙い、「空席」となっている脳半球に忍び込み、言語野にアクセスしてしまう。
従って自我が、何れかの脳半球を使用していない事が「作動環境」として必要だろう。

(2)睡眠中、自我は何れの脳半球も使用しないだろうから、Brain Chatterも成立しやすく、これが「夢」の中の音声メッセージであると見られる。

(3)起きている時に、自我が双方の脳半球を同時に支配できていないケースは、古典的な手術による「分離脳」である場合か、あるいは自我が「オタク」モードにはまり、片方の脳半球に長時間沈潜し、もう片方が「空席」である場合が想定される。

(4)環境的な条件

(ア)Brain Chatterを伴う統合失調症などの精神疾患に関しては、欧州等の安定的で裕福な先進国で罹患率の高い事が知られており、この分野の研究を先駆けたフロイト(オーストリア)やユング(スイス)もこの様な国の出身者である。
   その理由に関しては、恐らく安定的で豊かな環境が精神的弛緩をもたらし、自我の集中力低下が起こりやすいため、エスの付け入る隙が生じやすいものと思われる。

(イ)特に外国から観光客として訪問した場合、毎日、美術館・博物館を含め観光スポットにて明確な目的意識もないまま毎日を過ごす場合には、飽きるのみならず情報過多となり、知的考察を加える事に怠惰たり得るだろう。

(ウ)ましてや言葉が通じず、表札や説明書きの意味さえ理解できない場合、知的刺激は皆無に等しくなり、自我はボーッと、理解困難な3D映画を見ているかのように思考停止となりがちだろう。その場合、左右の脳半球に関しては、自我の存在感が低下するので、エスからアクセス可能となるに違いない。
   このような場面でエスが左右の言語野にアクセスし、自我に対して言葉のメッセージを静かに伝達するのが、Brain Chatterだろう。

(エ)言葉の通じない先進国への観光旅行に関しては、明確な目的意識を持たぬ限り、精神衛生上、要注意と言うことだろうか。


2.無声メガホン


(1)エスが言語野に侵入することに成功し、Brain Chatter能力を身につけた場合には、その副次的な効果として、エスは周囲の人間に対し、静かなメッセージが伝達可能となる。これをエスの「無声メガホン」と呼ぶことにする。

(2)Brain Chatterと無声メガホンに関し、エスは同時に従事できないので、まるでテレビのチャネルを選ぶかのように、何れかを選択する事となろう。

(3)無声メガホンは通常、自我には聞こえない。従って自我は、エスが周囲にメッセージを送っている事に気づかないし、内容を察知することも出来ない。(エスが、無声メガホンの音量を上げ、自我に聞かせる事は可能と見られる)

(4)帰国子女の場合など、更に特異性があり、エスは無声メガホンの際、日本語以外(例えば右脳の言語野に侵入して、英語)を使う可能性もあろう。自我は、その事も察知しにくいだろう。

(5)エスの幼児性ゆえ、無声メガホンの内容は、受信する周囲の人間から見れば、極めて幼稚であるに違いない。従って患者は、言語化したエスの幼児性、またBrain Chatterを通じてエスの影響を強く受ける事から、「Child of God」と呼ばれてしまう。

(6)幼児性のあるエスは、無声メガホンの中に、(Brain Chatterの場合と同様に)悪口を垂れ流してしまいがちとなる。自我は聞こえず気づかぬままであるが、周囲の人間(特に音声への感受性が鋭い場合)は、エスの無声メガホンを察知するので、患者に対して不快感を抱く結果となり、言葉や行動でそれを表現するだろう。


3.「以心伝心」の拡張


Brain Chatterの発生した人間に限り、「自分の思考が他人に伝わってしまう」との印象を抱くことが知られているが、そのメカニズムは次の通りと考えられる。

(1)人間のエスは、相互に連絡を取り、集合的エスを形成するが、通常、エス同士の通信内容は、人間の自我には聞こえず、察知不可能であり、また自我は、そこに関与し参加する事はできない。→ 「裏のコミュニケーション」

(2)しかし特にBrain Chatterのある場合に限り、自我の思考が、エスによる「無声メガホン」に準ずる経路で、周囲のエスに伝わってしまう現象があるものと推測される。

(3)例えばA,B,C,Dの4人のうち、AについてBrain Chatterが発生しているものとする。この場合、Aに関し、その思考がまるで「無声メガホン」を介する様に、他の3人(B、C、D)のエスに察知されてしまい、何らかの反応を呼ぶのである。すると、もしAが「自分の思考が他人に伝わってしまう」との印象があれば、根拠を有する事になる。


(4)取り敢えずの対策、次の通り。

(ア)情報伝達の経路と見られる右耳の穴に、軽く栓をする。

(イ)エスをして、周囲のエスに対して挨拶させ、また自己紹介までさせる。

(もってエスに社会性を持たせ、またエス集合体の助けを借りる)


(5)この様な伝播経路を逆用し、強く念じる事により、周囲(のエス)に問題を訴え、助けを求める事もできよう。



4.エスの覇権主義


人生半ばにして発話能力を突然身につけ、Brain Chatter及び無声メガホンが可能となったエスは、今や「透明人間」である事を利用し、「完全犯罪」を犯すつもりで横暴な言動を続けがちとなる。

(1)エスは、新たに加わった「素晴らしい」発話能力に夢中になり、Brain Chatterで様々な自己表現を始める。そして次第にBrain Chatterを駆使しながら、自我を悪口で苛め始め、また気まぐれで指示し、様々な奇異な行動をさせてしまう。

(2)エスは「無声メガホン」で、周囲の人心を操作できる事に気づき、悪口雑言や社会的に受容できない様なメッセージを垂れ流し、周囲を挑発・攪乱しながら遊び始める。

(3)ここまで来るとエスの目的は、Brain Chatter及び「無声メガホン」を駆使し、今まで「上司」だった自我を完全に支配し、あわよくば身体そして精神・思考を完全にコントロールすることだろう。いちやく「Enfant terrible」となってしまうのである。



5.誤解


(1)個人(A)に関し、人生半ばにしてエス(A)がBrain Chatter能力を身につけて言語化した場合、自我(A)は、誰から突然メッセージが来るようになったのか不審に思い、まさかエス(A)だとは気づかず、原因を周囲の人間、あるいは(神のお告げ等)霊的な存在に求めてしまう。

(2)この中でエス(A)がBrain Chatterの中に、批判がましいコメントや悪口雑言を混ぜると、自我(A)は周囲の人間から来るものと誤解して反発し、周囲に対して猜疑心、警戒心や敵愾心を抱くようになる。

(3)更にエス(A)は「無声メガホン」を使って周囲のエスに自我には聞こえぬメッセージを送るようになり、場合により、自我に関する悪口をまき散らすようになろう。すると周囲も個人(A)に対して侮蔑的な態度に出るかも知れない。

(4)自我(A)は驚嘆、混乱し、また周囲に対して強い不快感を持つので、周囲の人間はその異様な雰囲気に気づき、たちまち警戒するだろう。他方、周囲のエス集合は、エス(A)がBrain Chatter能力を身につけた事を察知してしまう。

(5)生来、Brain Chatterを経験してきた二分心の人間はたくさんいようが、それに対する自我の反応、すなわち「慣れているか、驚くか」により、正常か病的かが識別されるので、Brain Chatterの内容もさることながら、自我(A)の反応が芳しくなければ、エス集合は、たちまち個人(A)を警戒する様になろう。

(6)自我(A)は、周囲の批判がましい雰囲気の原因がエス(A)だと気づかず、自我(A)自身だろうと錯覚するので、妙にへりくだった態度を取りやすい。

(7)なお自我(A)は、自分の考えが周囲に伝わるような気がする場合が多いらしいが、一つの原因は、エス(A)が「無声メガホン」を使って周囲のエスに対して「自我(A)情報」と称して、ある事もない事も垂れ流すからだろう。



6.教育


この様な事態においては、通常、医師による投薬療法が用いられるが、それに加えて重要なのが、次の点に関する教育の徹底と思われる。

(1)Brain Chatterに関し、原因は、個人(A)の脳内に潜むエス(A)であり、
決して周囲の人間や(神のお告げ等)霊的存在ではないこと。

 (ア)多くの場合、エスはBrain Chatterに悪口を混ぜることが多い。従ってBrain Chatterに見舞われる様になった個人が、周囲の人間のそしりやコメントだと誤解している間は、怒りと共に復讐心を煽られる結果、周囲に対して敵対的・攻撃的な態度を示しかねないし、場合により暴力的になる可能性すらあるだろう。

(イ)従って驚嘆する患者を沈静化させ、不用意な態度や行動に出ることを阻止する観点からも、Brain Chatterの原因は、決して周囲の人間ではなく、自分に内在する無意識(エス)なのだと明確に伝え、教育することが、治療や医療のみならず、治安維持の観点からも重要と思われる)

(2)エスは、Brain Chatterを通じ、医師の処方する向精神薬の服用を邪魔しようとする性癖があり、これに従ってはならない事。

(3)Brain Chatter可能となった以上、エスには同時に「無声メガホン」能力も身につけており、ひそかに周囲にメッセージを送り、挑発出来ること。

(4)エスに対しては3大宗教などを引き合いに出しながら「悪さを続けると、お前だけ地獄へ落ちるぞ!」と教育し、脅すこと。

(5)全ての人間にはエスが内在するため、人間の集団には、必ずエスの集団が併存する。自分のエスに対抗するためには、周囲のエス集合に助けを求めることができること。

『エスの研究(その3)』

『エスの研究(その3)』 フランシス・ローレライ 作

Brain Chatterに関し、精神分析学的な考察を加えてみました。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-01-03
Copyrighted

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