10.火縄銃と弓矢

1.火縄銃の威力実験と弓矢の威力実験

須川薫雄氏が行った火縄銃の威力の実験[1]によると、火縄銃の銃弾の重さは2.5g、初速は480m/sとなっている。
同実験では50mの距離に戦国時代の鎧(鉄板の厚みは平均1.4mm、重量は胴のみで4.5kg)を置き、火縄銃で射撃し10mmの弾丸が正面側に20~30mm、背面側に13~15mmの穴を開けたとの事。

同様に須川薫雄氏が協力者の助力を得て、上記火縄銃の威力実験を行った鎧と、本実験では別に兜を準備し、10mの距離から鎧を、5mの距離から兜を射る実験を行った[2]
弓は長さ220cm、矢は90cm、直径は10mm、重さは25~35g。
実験の結果、矢は平らな部分に当たれば兜を割り、胴の鉄板を貫くが、「傾きのある部分には衝撃は与えるが、矢は滑る」との事。


2.火縄銃と弓矢の運動エネルギー

1項より火縄銃の運動エネルギーを計算すると、1/2mv2=1/2×0.0025[kg]×(480[m/s])2=288[J]

国際日本文化研究センターでは、縄文時代から近世以後までの弓矢を復元している。
参考資料[3]から復元した中世合せ弓の実験データを引用すると、矢が30g、引張力20kgf時で初速は129.1kmg/h(=35.9m/s)となっている。
これより運動エネルギーは、1/2mv2=1/2×0.03[kg]×(35.9[m/s])2=19.3[J]

火縄銃と弓矢の運動エネルギーを比較すると、火縄銃は弓矢の約15倍の威力がある事になる。


3.考察

火縄銃で鎧を撃った場合、矢の5倍の距離から弾丸の径の数倍の穴を開ける事ができる。
弓で鎧を射た場合、火縄銃の1/5の距離からでも、傾きのある部分では滑って貫通できない。
矢が傾きのない箇所に当たれば貫通し、深く刺さるようではあるが、矢の開けた穴は矢の直径と同程度のようである。
火縄銃の弾が球の為威力が分散して若干範囲が広がり、矢は先端が鋭利な為に力が集中する為だと思われる。

火縄銃は威力が分散しても鎧の前背面を貫通するが、弓矢は力が集中していても鎧の全面しか貫通しない。
火縄銃が当った場合、弾の径より広い範囲にダメージを与える事ができるが、弓矢では矢が滑って損失を与えない事があり、損傷を与える範囲も狭く、重要器官や動脈等に当たらなければ致命傷を与える事もできない。
運動エネルギーの比較結果に見られる通り、威力には大きな差があるようである。

又火縄銃に比べ速度の遅い弓矢は、当然打った瞬間と当った瞬間の対象の位置や角度が異なっているはずであり、その点からも相手に与える損傷について差があるように思われる。

日本の弓は特徴的な発展をしたようであり、飛距離を伸ばす事、威力を増す事より、弓を射る力を効率よく矢に伝える事[4]や矢が安定的に飛ぶ事に注力されたようである。
ナショナルジオグラフィックが行った実験[5]では、ドローウェイトが23kgの和弓とロングボウを用意し、試射して高速カメラで撮影している。
実験ではどちらも矢の初速も34m/sだったが、和弓の矢の方が長くて重い為により速いであろう事、映像から和弓の矢の動きがロングボウの矢の動きに対して安定して直進している事が指摘されていた。
(但し和弓のドローウェイト23kgは平均かと思われるが、ロングボウはドローウェイト105lbs(=47.7kg)、90~125lbs(=40.9~56.8kg)という動画も散見されるので、ドローウェイト23kgのロングボウは一般より軽いものと思われる。)

又日本では弩等の利用も限定的で、894年9月に新羅の海賊が攻めてきた時に撃退するのに用いられる等、障害物のない海に向かう場合に限られ、陸上戦では用いられなかった[6]
日本は平野が少なく、弓矢の障害となる山林が多い為、飛距離の長さや威力は必要とされず、効率や矢の安定による命中精度が重視されたようである。

その為火薬により威力を補い、木・枝・草のような障害物の影響が軽減されると、コストの上昇にも関わらず火縄銃は著しく普及したようである。
鈴木眞哉氏の軍忠状の負傷原因の研究[7]によれば、1333~1372年間は矢疵が82.9%、1501~1560年間は矢疵が58.8%、1563~1600年間は鉄砲疵が44.9%、矢疵が21.5%と変化しており、火縄銃の普及具合が窺われる。

日本の弓は上記のように地形的な理由から飛距離や威力を求められなかった。
当時の日本で入手可能な素材も、ドローウェイトを増やして飛距離や威力を増やせるものではなかったようである。
モンゴル弓等は伝わったようだが、素材に使われる動物の腱等が豊富でない事、弓の素材を張り合わせる膠も希少だったり、高温多湿な環境下では扱い難い等、取り入れる事が難しかったようである。
中世日本の代表的な遠距離兵器である弓は、命中精度が良く、力も必要としなかったが、威力や飛距離に関しては有効な兵器ではなかったようである。


4.参考資料

  1. [1] JapaneseWeapons.net 火縄銃>威力の実験
       http://www4.airnet.ne.jp/sakura/weapons/weapons.html
  2. [2] JapaneseWeapons.net 弓矢>11、弓矢は鎧を撃ち抜くか・・・
       http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/archives/6414
  3. [3] 国際日本文化研究センター 『研究成果の公開展示「武器の進化と退化の学際的研究」』
  4. [4] 加賀勝・細谷聡 「和弓のエネルギー伝達効率に関する研究」
  5. [5] YouTube 「弓道鹿児島archery15ナショナルジオグラフィック 武士道と弓矢」
       https://www.youtube.com/watch?v=P2Juq4ktqgU
  6. [6] 金子常規 「兵器と戦術の日本史」
  7. [7] 鈴木眞哉 「鉄砲と日本人」