ストライクの「威力」についての個人的な見解
長文となりますが、一言で言えば要するに「呼吸をしてリラックスする」ということです。
ここで扱うのは「威力」に関してです。より大切な「コントロール」に関してはここでは脇に置いておくことにします。
ストライクの威力を出す上で、システマではいくつかのそれぞれ矛盾しそうなアプローチが同時並列的に存在しています。それらのどれかが正しい、という訳ではなく、それら全てを身につけねばならない、という訳でもなく、結果としてそれが同時に共存している、というのがおそらく理想的な形です。
いずれのアプローチも「威力あるストライク」の一面でしかありませんが、「筋力」を用いた身体の使い方にあまりになじんでしまった私たちに、筋力によらない動きがあることを実感させてくれると言う意味で、とても有効なものです。
そのいくつかあるアプローチを列記すると、次のようになります。
・重さを使う。
・波を使う。
・8の字を使う。
・構造を使う。
・末端を使う。
・呼吸を使う。
これらの一つ一つをもう少し掘り下げてみましょう。
●「重さ」…これは拳の重さを使うものです。肘や肩の力を抜き、落下によって生じるエネルギーを相手に伝えます。この時、拳の重さを支えようとして肩が力んだり、拳の重さにつられて姿勢が前傾したりしないようにします。姿勢の前傾が起こるのは下半身に緊張があるためです。下半身が固定されているため、腰が折れて前傾するのです。「重さ」は筋肉の力を抜くことで初めて生まれます。なぜなら筋肉が緊張したままでは筋肉が重さを感じ取れないためです。そうした部位は拳の重さに連動することができないため、拳の重さを軽くしてしまう働きを生みます。「脱力」を積極的に使う打法と言えるでしょう。
●「波を使う」…波の動きを使います。詳細はヴラディミアが「Hand to Hand」で説明しています。身体の各部位から波のように動きを伝え、そのエネルギーを相手に伝えます。こちらは、それぞれバラバラになってしまっている身体の各部位を「波」を伝えることで連動させてエネルギーを生みます。身体は身体各部位に存在している緊張によって、連動を途切れさせてしまっているのですが、それを一時的に改善させるのですね。これは「連動」を活用する手法と言えます。
●「8の字を使う」…これはお馴染みのフィギュア8ですね。アレックス・コスティックがセミナーで伝えてくれました。カドチニコフの系統のシステマで積極的に取り入れられている技法です。少なくとも私はミカエルやヴラディミアが教えているのを見たことも聞いたこともありません(もちろん昔はあったかも知れません)。しかし、とても有効なメソッドなので世界各地のシステマトレーニンググループで練習されており、ミカエル達のセミナーでウォーミングアップを任されたアレックスが指導していたりするので、お互いに矛盾する技術ではないのではないかと思います。これは「波」といくぶん似ているのですが、最大の特徴は動きが持続する、ということです。
○だと基本的に二次元の平面の動きしか出来ません。ですが8の字であれば動きを立体的にすることが出来ます。「8」の字の線がクロスしているところを捻れば向きの違う2つの円が生まれることから、それはカンタンに分かるかと思います。
●「構造を使う」…これは骨格の構造を使う方法ですね。上記3つは動きが大きくなって気配がダダ漏れになってしまうという欠点がありますが、これはきわめて小さな動きでも有効です。鉛筆を2つ真直ぐに並べると直線方向に圧縮されても強い力に耐えられますが、少しでも角度がついているとすぐにずれてしまいます。こうした構造的に強い姿勢を作ることで相手にエネルギーを伝えます。
人間の骨格は本来、構造的に強く出来ているのですが、様々な理由で生じた筋肉の収縮が構造を歪めてしまいますので、それを解消し、構造的に強い姿勢を取り戻していく必要があります。これはプッシュアップなどのエクササイズで実現出来ますが、特定の部位を意識した意識的な脱力によってはなかなか実現できません。なぜなら筋肉には拮抗筋があるので、一部の脱力がその反対側にある筋肉の緊張を生む結果となることが往々にしてあるためです。
ですからプッシュアップなどのエクササイズにおいて、積極的に呼吸をすることがシステマでは推奨されます。呼吸が全身バランス良く緊張を抜いていってくれるからです。北川のクラスで「何も考えないでとにかくたくさん呼吸をして下さい」と繰り返し言うのは、こうした理由が背景にあります。
●「末端を使う」…「構造を使う」だけでは厳密に言うと動くことが出来ません。構造的に安定したまま重さと筋力の両方の使用を否定した状態となるためです。そこで出てくるのが現在、ミカエルやヴラディミアが教えている「末端から動く」という動き方です。要するに拳によるエネルギーが相手にロス無く伝われば、ストライクに威力が出ます。肩や肘をいくら脱力させようとしても、意識的にできる脱力はたかが知れており、それによって生まれる緊張の弊害の方がかえって大きかったりします。そうした事を解決へと導いてくれる効果が「末端から動く」という操作によって得られます。
この効果を構造的に理解するには、「末端から動く」を裏返してみると良いでしょう。すると「末端以外を動かさない」ということになります。「脱力しよう」という操作ですら力みを生んでしまうのですから、操作そのものを放棄してしまうのです。すると頭よりもよっぽど賢い身体が自動的に構造的に強い姿勢を作ってくれるという現象が起こります。昨年11月にトロントで行なわれたブリージングセミナーでは、この「末端から動く」感覚を養うドリルをいくつかやったのですが、その全ては「末端の動きにともなう体幹側の緊張を呼吸によって徹底的に解していく」というものでした。体幹から力を伝える技法に慣れた人には、すこし理解しにくいやり方かと思います。
●「呼吸を使う」…これは文字どおり呼吸を使う方法です。呼吸によって生まれた力を用いて打つというものです。人体の構造上、身体の動きにはどうしても筋肉の作用が必要となってしまうにも関わらず「力を抜かなくては行けない」という矛盾があります。その矛盾を解決するのが「呼吸の力」だと私は考えています。
以上に追加して、脱力の誤解について解説します。
「脱力」についての誤解として一般的に根強いのが「脱力=くにゃくにゃした状態」である、というものです。これは半分正しいですが、半分誤っています。その「脱力」によってくにゃっとした状態、「 )」←姿勢がこのような弧を描いた状態ですね。この状態では向かって左側の筋肉が余計に収縮し、向かって右側の筋肉は逆に引き延ばされた状態になります。この状態から真直ぐになろうとする時、向かって右側の筋肉が収縮しなくてはいけません。これが緊張となります。
また「 ) 」このように姿勢を曲げるには、上下の端を固定しなくてはいけません。これもまた筋肉の緊張によってもたらされるのです。もし全身が均等に脱力していれば、衝撃が全身に素早く伝わり、表面的なくにゃくにゃは目に見えないほどになるはずなのです。もちろん皆多少の緊張があるので、多少の「波」が表面に現れますが、それは決して力が抜けているからではなく、緊張がまだ残っているために生まれるものです。つまり、くにゃくにゃしている脱力はある程度脱力が出来ているものの、まだまだ改善の余地がある、バランスの取れていない状態である、ということが出来ます。
ではストライクを受けたりした時に姿勢を曲げてはいけないのか? という疑問が生まれます。「衝撃を吸収する時にある程度の姿勢の歪みは仕方がないはずだ」と。
ですが人体の構造を考えると、衝撃の吸収と吸収による変形のあとの姿勢の回復に、筋肉を使わないというのは十分可能です。筋肉は赤い随意筋の部分と白い腱の部分に分かれます。腱には脳の命令によって収縮する機能がありません。固めのゴムみたいなものなので、伸ばされたらもとの状態に縮もうとするだけです。ですから筋力を抜いておくと、例え姿勢が変形しても腱の作用が働いて自然に構造的に正しい姿勢に収まるのです。
これは自分がストライクを打つときも同様です。ストライクを打つことで姿勢が崩れるのは、身体のどこかに大きな緊張があるためです。全身がストライクの動きに連動するべき(意識的に連動「させる」のではないことに注意です)であるところをブレーキとなってその連動を崩してしまっているのですね。それが姿勢が崩れる理由です。
こういった感じでマスターの言っていることに人体の構造を当てはめて考えてみると、驚くほど整合性が取れていることに気づかされます。「末端から動く」「呼吸で動く」といった言葉は私のそれまでの常識からは初め理解できないものでしたが、実際にその通りにやってみるととても効果的で、あとで構造的に考えてみるととても納得のいく理論が得られたりするのです。
ストライクの練習においては、以上の打ち方や手法をバラバラに取り出して練習することがあります。でも実際に使う時には「まぜこぜ」にします。まぜこぜと言っても自分で配分を決めたりするのではなく、どのやり方も忘れてしまう感じです。そうすると身体が理解している方法で、そのレベルに見合った動きが出て来るのです。
ですが一生懸命練習したことを簡単に忘れることなんて出来ません。たいていあれこれ工夫して打ち方に凝ってしまいます。ですが打つ度に意識的に操作をするクセがついてしまうと、動きや判断がとても遅くなってしまいます。
その解決策は、全てのインストラクターが口を酸っぱくして教えています。
「呼吸」と「リラックス」です。
呼吸をして全身をリラックスさせるのです。多少意識するとしたら、拳から動く、拳の重さが相手に飛んでいくというくらいのもの。他はただたくさん呼吸をして全身をリラックスさせるだけです。緊張が一番たくさん生まれるのは、インパクトの瞬間です。この瞬間にどれだけ力が抜けているか。それがストライクの威力を出す上で全てを決めると北川は解釈しています。この解釈であればこれまでマスター達から学んだことも過不足無くフォローできますし、実際に効果が出ます。
今回は普段、私がストライクについて「インパクトの瞬間にどれだけリラックスできるかが勝負」と言っているのは、上記のような長ーい長ーい理由(これでも書き足りないくらい)が一応あるんだよ、という事を私のクラスに参加してくださっている方にお伝えしとこうと思って、書きました。
くれぐれもこれは現時点での私の解釈であって、大勘違いである可能性も、近い将来に全く別のことを言い出す可能性があることも最後に改めて言い添えておきます。
Comment
インストラクターの方々の自由かつクリエイティブなストライク。
この一つといった打ち方ではないですね。そのケース バイ ケースで打ち分けてこそストライクかなと最近特に思います。
>umemanさん
コメントありがとうございます。
>ケース バイ ケースで打ち分けてこそ
これは私的には「どうかなー??」って感じです。なぜなら「ケースバイケースで打ち分ける」には状況を分析し、それに応じた打ち方を選ぶ、という手間が生まれます。私はこうした手間もなくした方が良いと考えているのです。なぜならタイミングが遅れるからです。「身体に任せた結果、ケースバイケースに打ち分けられていた」というのであれば良いのですけどね。umemanさんが後者の意味で仰っていたのであれば激しく同意です!
波を使う場合、末端って使いにくくないですか?
波を使う場合、どうしても足から動いてしまいます。
でもそれじゃ末端は使えませんよね…
どうしたらいいんでしょう…
> 波を使う場合、末端って使いにくくないですか?
> 波を使う場合、どうしても足から動いてしまいます。
> でもそれじゃ末端は使えませんよね…
波は全身を連動させることで、末端は末端から動くようにすることで全身の余計な緊張を解消させます。
本質は両方とも「リラックス」するということです。単なるアプローチの違いにすぎません。
もっと呼吸してもっとリラックスしながら練習に取り組めば、自分なりの感覚が掴めるのではないかと思います
ストライクの威力の出し方の仕組みについて、分かりやすく解説していただき、
非常に助かります。
私がシステマを習い始めた理由の1つが強力なストライクを身につけたいという
ものでしたが、なかなか威力が出せず、悩んでいました。
空手など他の格闘技の打撃とシステマのストライクは、威力の出し方が大きく違
う印象があり、なかなか感覚をつかむのが難しい気がします。
(空手なども、極めていけば、ストライクと共通した部分が出てくるのかもしれ
ませんが。)
今回の北川さんの解説を参考に、呼吸してリラックスしながら、ストライクの練
習に取り組んでいこうと思います!!
ありがとうございます。
呼吸って、合気上げのときにはその効果をとても実感できるのですが、
打撃はいまだによくわかりません…
今回の記事と北川さんのアドバイスを参考にしてがんばってみます。
北川さんの軽く突き出すストライクに、内臓全体に衝撃を受け、苦しむと同時にビックリしました。自分なりに、呼吸とリラックスという事を念頭において居たつもりですが、インバクとの瞬間には、と言うか、最初はリラックスさせていても、インバクとの瞬間に向けて次第に緊張してしまっている自分が、今回の内容を拝見して、実感出来ました。
また、当然、受けの時には、尚更緊張してしまって居る。
今回まとめて頂いた事を少しずつでも実際に反映出来るように積み重ねて行きたいと思います。詳細なヒントをありがとうございます。
今回の内容もとても参考になります。
ありがとうございます。
ヨントスさん コメントありがとうございます。
システマのストライクの面白いところの一つに、「単一の術理によらない」というのがあると思うのです。それぞれの解があるのかな、と。
ただ、先人達がたっくさんのヒントを残してくれているので、それを手がかりに前に進んでいきたいですね。
> 今回の記事と北川さんのアドバイスを参考にしてがんばってみます。
がんばって下さい。僕もがんばってる最中です(笑
僕は悩んだらとにかくたくさん、思い切ってブリージングをするようにしています。
> 今回まとめて頂いた事を少しずつでも実際に反映出来るように積み重ねて行きたいと思います。詳細なヒントをありがとうございます。
ヒントになったようでなによりです。マスター達はもうほんとに惜しみなく、全部を教えてくれますから。私もそういう風にしたいと思ってます。
> 今回の内容もとても参考になります。
> ありがとうございます。
参考になって良かったです!
コメントありがとうございます!!