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「あー。一般的にー、暗号の世界ではー、発信者をアリス、受信者をボブと呼ぶことが多いー。これはようするに発信者A、受信者Bだと味気なさ過ぎるから、ということであるがー……」 物理の授業。総白髪で研究者崩れのこの先生はマニアックなのでおよそ受験とは関係ない内容まで講釈してくれる。今回は先の期末テストの復習としてボーア理論のおさらいの導入から、脱線し量子暗号話に突入してしまった。こうなるとさすがについて来られる生徒は数少なく、物理の授業というよりはお昼寝の時間になってしまう。 いつだってまじめな碧はシャープペンシルをノートに走らせているが、部活の朝練で疲れ果てている朱美はとっくに机に突っ伏して夢の国の住人である。 本来、期末試験の後の授業時間などはサッカーのロスタイムのようなものなのだが、もともと光世堂学園は期末試験が少し早めの時期に設定されている。だからそれなりに授業があるし、油断していると夏休みの宿題、とか言い始めかねない。 「仮にー、ここで盗聴者Eー、まあこれも一般的にこの『業界』ではイブと呼ぶのだがー、仮にアリスからの信号をイブが盗聴して内容を確認した後、それをボブに再送してアリスになりすましたとしてもー、片方の基底でしか観測できないことからー、一定確率で誤りが生じてしまいー、盗聴があったことがボブにばれてしまうわけでー……」 登場人物がボブとかイブとかになると物理の授業もハードボイルドピカレスクロマンのように聞こえてくるから不思議なものである。 授業後。ジョージはシモンにすぐに近寄り、耳元で、 「でも、アリスっていいよな。響きが。なあ、そう思わないか?」 「お前はその癖さえなければ佳い漢だと思うんだがなあ」 シモンはあきれたように、その台詞に似つかわしくない精悍な顔立ちをしたジョージを見つめた。 きーんこーんかーんこーん。 課業終了のチャイムが鳴る。 どうにもシモンは今日の授業は身が入らず、ただ時間だけが彼の上を煙のように通り過ぎていってしまった。 それというのも……。 シモンは机の脇の床でへこたれている自分のボロバッグを見つめた。 バッグの中には昨日のダリアから押し付けられたスプレー、そして薬瓶が入っている。 今日彼女に突き返そうと思い持ってきたのだが……。 「休みですか?」 「ええ、そうよ。本人から電話があってね。ちょっと風邪っぽいから休ませてくれませんか〜、ってね。ちょっと弱弱しくってねえ、これがまた、いつもの彼女っぽくなくてそそるのよ〜」 昼休みの職員室。くねくねと身を捩じらせてダリアの声音を真似する担任、清水教諭の動作は無視して、シモンは若干考え込んでいると、清水先生は「ふーん」と「へぇー」と「ほほぅー?」を1:2:3の比率でブレンドさせた器用な笑みを浮かべて、シモンの背中をばんばんと叩き、 「おお、少年。若いうちにたくさん悩むがいい。ただ、私の首が寒くなるような真似はしてくれるなよ?せっかく就職難に打ち勝って就職したんだからもう少し私にこの学校で稼がせてくれないか?」 「……いや、条例にひっかっかるようなことはしませんって」 しかし清水先生の目が笑ってないあたり、自分がどのように見られているかを悟ってしまったシモンは、微妙に傷つきながら職員室から教室に戻ってきたのであった。 前回の風邪の記憶があり、心配ではあるものの、たった一日の休みでダリアの家に押しかけるのも何である。 ぼうっとしているうちに、シモンは一人、放課後の教室に取り残されていた。 外は激しい雨が窓を叩いている。 今朝は晴れていたにもかかわらず、午後に入ったとたんどっさり雨が降ってきた。 傘を忘れたシモンとしては多少雨足が弱まるまで時間を潰そうという腹だったのだが、黒々とした分厚い雲が垂れ込めた空から降る雨は、全くその勢いが衰える様子も無い。 「……あきらめて走るかなあ……」 売店もこの時間になってしまったら閉まっているだろう。外のコンビニでビニール傘を買うという手もあるが、ここまで待った上に500円浪費するのはあまりに腹立たしい。 何か雨をしのぐアイテムは無いか。なんとは無しにシモンが教室をうろついているうちに、他人の机に身体をぶつけてしまい、その拍子に何冊かのノートや文房具が床に落ちる。 「げ、まず……」 よくよく見ると、それはダリアの机だった。 休んでいる間に机を蹴散らかされたとなったら、どれほど嫌味を言われるかわかったものではない。 シモンはあわててノートや文房具を拾い上げていく。 と、シモンがその手をふと止める。変哲も無い大学ノートに紛れ、黒っぽい体裁のノートが目に飛び込む。 表紙には色鮮やかな南国の花の写真。そして、大きなゴシック体で、 「かきとりちょう」 とある。 シモンも小学生低学年の頃にはよく使っていたメーカーのものだ。 「まだこれって売ってるんだなあ……」 シモンが感慨にふけりながら、ぱらっと開くと、その1ページ目には、ページいっぱいに敷き詰められた大きな升目の中に、多少ぎこちない鉛筆さばきで、次のように書かれていた。
まさに書き取り帳、といわんばかりにノート一杯の升目に延々とひらがなが敷き詰められている、 更にページを繰るとひらがなに加え、カタカナや漢字が出てくる。が、
「…………………………………………………………偏ってるな」 やたらと食べ物系や食材が多いあたり、ダリアの趣味を感じさせなくも無い。 普段あまりにも流暢な日本語をしゃべるために意識をしないが、こうした書き取り帳を見ると、ダリアが外国人だということを少し実感する。 なるべくノートの順番を変えないように慎重にダリアの机の中身を元に戻した後、自分の椅子に腰掛けたシモンは、カバンの中からダリアから受け取ったスプレー缶と薬瓶を取り出し、教室の窓を彩る雨垂れの文様が移ろい行く様をぼんやりと眺めながら、その場にいない娘について考える。 彼女は確かに天才肌だ。実際、飛び級やら何やらしているのだから、少なくとも賢いのだろう。 そして、いわゆる『天才』とざっくり言われてしまう人間の方が、地味な努力をしているものだ。 でも。 小学生向けの書き取り帳に、丁寧にたどたどしい字で書き取りの練習をしている彼女。 一方、薄暮の公園で、自分が作ったという『洗脳薬』で婦警二人を愉しげに操ってみせた彼女。 どうにも、シモンの中でちぐはぐな印象が残る。 考えてみれば、彼女はあんな小さいのに、なんでこんな遠い異国で、たった一人で生活しているんだろうか。前に彼女の家に見舞いに行った帰りにふっと浮かんだ疑念が、またむくむくと湧き上がってくる。 シモンが昨日ダリアからもらったスプレー缶と薬瓶を弄びながら、つらつらとそんなことを考えていると、 ガラララ。 唐突に教室の引き戸が引かれる。 あまりにいきなりだったため、シモンは思わずスプレー缶と薬瓶を取り落としてしまった。 そのスプレー缶と薬瓶が床をころころと転がった先の教室の戸口には、松田朱美の姿があった。 「あっづー、やだよねー、この季節はムシムシしてて」 襟元をパタパタと指ではたきながら、制服の朱美が教室に入ってくる。 「お、お、お前、部活は?」 「ん?今日はもともと休みの日だよ。もっともこの雨だしねー。あっても自主トレになったろうけど」 外の雨音は、さっきより激しくなってきている気がする。 「んー、なにこれ?」 朱美の声にシモンが振り向くと、朱美がスプレーの缶を手にしている。 さっき床に転がったものを拾われたのだ。 「あ、そ、それ返せ。俺のだから!」 「ん?何そんなにあわてちゃって。なんかへんなの」 朱美はそういいながらも、シモンの方に歩いてシモンに手渡そうとした瞬間、 ずる……ぱりん! 「きゃ、きゃああ!」 床が湿っていて滑りやすくなっていたのだろうか、上履きが床とこすれる音とガラス瓶が割れる音とともに朱美は前倒しにつんのめり、その瞬間、 プシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 「きゃっ!なに、なにこれ……けほ、けほけほ……」 はずみだろうか。スプレーが暴発し、朱美の身体が、白い煙のようなものに包まれ、朱美が激しく咳き込む。 「ま、松田、大丈夫か……」 シモンはあわてて助け起こそうとするも、そのスプレーの中身を知ってるシモンは、煙幕が落ち着くまでは近づくことも容易にできない。 1分ほどたったろうか。ようやく白い煙が落ち着いたころ、床にしゃがみこんでいた朱美は、やっとこさっとこ立ち上がり、 「けほ、けほ、……あー、死ぬかと思った……。うわー、思いっきり吸っちゃったよ……それに、変な瓶、踏んじゃったし……。ねえシモン、これ、まさか殺虫剤じゃないよね?」 「う、ああ、いや、殺虫剤、ではない」 もっと恐ろしげなものだとはもはや言えず、シモンはなんとかそう答えると、朱美は特段疑う様子もなく、 「んー、まあいいや。はい、返す。もう空っぽかもしれないけど。振るとカラカラ言ってるよ」 朱美はシモンにほい、とスプレー缶を渡すと、自分のロッカーからカバンを取り出して、 「うーん、ガラス、片付けないと、碧に怒られちゃうかな……」 「い、いや、それは、俺、やっとくよ」 「え?ほんと?ありがと!!!じゃ、シモン、また明日〜」 と手を振ってそのまま再び教室から出ようとする。 シモンは一瞬ぼうっとしていたが、ふと我に返る。 ……朱美は今思いっきりスプレーの中身を吸いこんだ。 このまま帰したらまずいんじゃないか? あわててシモンは叫ぶ。 「ま、待て、松田」 その声に朱美の脚の動きがふと止まり、半開きになった教室の引戸に手をかけたまま、彼女はシモンに振り向く。 「ん?なに?」 その動きは自然だ。 それはそうだ。 クラスメートに呼ばれたのだから立ち止まるに決まってる。薬の効果なんかとは関係無しに。 シモンは、とりあえず口からでまかせを続ける。 「さ、さっきのスプレー、殺虫剤じゃないんだけど、……ちょっとアレルギー体質の人には過敏な物質が入っててさ、人によっては発作がでるかもしれないんだ」 「げ、何それ。もー、勘弁してよー。私明日からは普通に部活なのにー」 ぶーぶー言い始める朱美にシモンは、 「い、いや、別に全員が全員発作がでるわけじゃないんだけどさ。だから、ちょっとチェックしてやばかったら応急処置しておいた方がいいと思うんだ。……だから、ちょっとここに座ってもらえないか?」 シモンはそういって普段朱美が座ってる椅子を引く。 「……ん、そうなの?……わかった」 なんとなく、朱美は怪訝そうな表情を浮かべたが、半開きにした教室の戸を閉め、椅子にとさっと座る。 「じゃあ、前の黒板を見て。この薬は最初に視覚からやられちゃうらしいから。目の反応チェック」 シモンは、少し声を潜めて、教室の前面一杯を占めている黒板を指差す。 「はい、黒板のところに黒板消しがあるでしょ。まずそれを見て」 「ん」 朱美は生返事をしたまま黒板の下においてある黒板消しを見つめる。 「はい、じゃあ次は黒板の上にあるスピーカーを見て」 「んー」 朱美は顔を上に上げて黒板の上に設置されている校内放送用のスピーカーを見ようとしたところ、 「ああ、駄目、顔をは動かさない。目だけ動かして」 「ん」 朱美は相変わらず生返事のまま顔は動かさず目だけを上に動かす。多少苦しいのか瞼がぴくぴくと震えている。 「ちゃんと見えてる?」 「見えてるよー」 口を尖らして応える朱美。 シモンは指をぱちんと鳴らすと、 「じゃあ、目は良いみたいだから、次は耳の検査。指を鳴らしたら目を下の黒板消しに、もう一度なったら今度は上のスピーカーに、問題なければ簡単にできるはずだからね。わかった?」 「……うん」 朱美はシモンの言葉を聞いている間もずっとスピーカーを見つめたままだ。 ぱちん。 シモンが指を鳴らすと朱美の視線が下に落ち、目の高さにある黒板消しに向かう。 ぱちん。 朱美の視線がスピーカーに向かう。シモンは何も言ってないが、顔はぴくりとも動かさず、瞳孔だけが動く。 ぱちん、……ぱちん、……ぱちん、……ぱちん、……。 「そう、僕が指を鳴らすと瞳がうごく、瞳が上に、下に、上に、下に動く……音を良く聞いて……そう、……これは検査だからね……音がしないのに動かしちゃだめだよ……そうリズムよく……上……下……上……下……」 シモンが指を鳴らすたびに、朱美は何も言わずにひたすらに瞳を動かし続ける、その動きが何度続いただろうか、朱美がスピーカーの方に瞳を動かした後、シモンは、さっきまでテンポよく鳴らしていた指を鳴らしかけて、ピタリ、と指の動きを止める。 「え……え……」 反射的に瞳を動かそうとするも、 「ほら、音が鳴ってないのに動いちゃだめだよ、そう、まだ、まだ、動けない、動けない、目を動かしたくても動けない、瞬きもできない、そう、そのままじいっとスピーカーを見つめる、見つめる、見つめる……そう、動けない、動きたくても動かせない、もう体中ががちがちになる、ぴくりとも動かない……ほら動いちゃだめだよ、指がまだなってないよ、鳴らないうちは動けない……」 朱美は目を見開いたまま、スピーカーを見つめたまま、まばたきもせず、身体をこわばらせている。 シモンはスピーカーに固定化された朱美の視線の先に今にも鳴りそうなままに構えた指を持ってきて、 「そう、まだ動けない、まだ動けないよ……からだががちがちになってもう石みたいになってる、だんだん苦しくなってきた、目もちかちかしてきた、だけど動けない、この指が鳴るまで動けない……」 朱美のまぶたがぴくぴくと痙攣し、目尻から涙がじわりとにじんで来ている。両腕はこわばり、握りこぶしを膝小僧の上に乗せたまま硬直している。 「さあ、もうすぐ指が鳴るよ、指が鳴ると目が動かせる、瞼がすぅっと落ちる、体から力がふわーっと力が抜けて楽になるよ、いち、にの、さん!」 ぱちん。 シモンが指を鳴らした瞬間、朱美は瞼をすうっと閉じ、腕もだらりと垂れ下がり、椅子からずりおちそうになる。 シモンはあわてて、朱美の肩をおさえる。あまりに華奢なその感触に、シモンは思わずどきりとしながらも、 「そう、身体がふわっとする、やわらかくなる、らくーにらくーになる、目の疲れもすぅっと取れてくる……そう、きもちいい、きもちよくてもう何も考えられない、頭の中はまっしろになってふかーくふかーく眠ってしまう……」 シモンはそういいながら、朱美の身体をゆらゆらとゆらすと、首がくらくらと揺れる。さっきまで眉間にしわをよせ苦しそうな表情を浮かべていた顔からも剣がとれ、穏かになっている。 シモンはちらりと時計を見た。さっきスプレーが噴射してからまだ5分くらいしか経っていない。 ダリアが言っていた薬の効果は15分。といっても、これはあくまで「暗示にかかりやすくなる時間」であって、その暗示がうまく意識に刷り込まれれば、その効果は継続する、とダリアから渡されたマニュアルには書いてあった。 ……さて、どうする? ダリアから渡されたマニュアルの後ろには、被暗示の高め方のパターンがいくつか載っていた。シモンがさっき朱美に施したのはそのなかの一つのアレンジだった。 初めてやった割には、なんとか上手くいったように見える。 このまま何もしないで、薬の有効期間が切れるまで寝かせておく……それも選択肢の一つであることは間違いない。 だが、 シモンはちらりと朱美の姿をみやる。 両腕はだらりと垂れ下がり、そして膝上までしかないプリーツスカートからは肉付きの良い白い脚が伸びている。白いシャツの下の胸の膨らみが、彼女が息をするたびに上下にゆっくりと動き、透けたブラのレース地がそのたびに浮かび上がっては消える。 普段見ることの無いクラスメートの安らかな寝顔、無防備な姿に、シモンは思わず唾を飲む。 みすみすこの状態の彼女を放置しておくのは、据え膳食わぬはなんとやら、という気がする。 とはいえ、いくらなんでも、本当にいわゆる催眠状態になっているかどうかも怪しいし、仮になっていたとしても、こんな学校の教室の中で不埒なことをやって取り返しがつかないことになったらヤバいことをこの上ない。 確かに昨日ダリアが使ったとき……つまりあの婦警二人は、完全にダリアの言いなりになっていた。だが、今回もそうだとは言い切れない。彼女が本当にいいなりになっているのか、被催眠状態になっているかを確かめるための無難な検証方法……。 しばらくシモンは考えた後、ひとつ案を思いつく。 「松田……いや、朱美。聞こえるか?」 「…………はい……」 普段、松田朱美のことをシモンは「マツダ」と呼ぶ。だから、日常が非日常に切り替わったことも含めて、そして命令者と被命令者の関係をしっかりさせるためにも、ここは名前で呼んでおくことにする。 「よし。じゃあ朱美、よく聴け。お前は……男、女、どっちだ?」 「……女です」 普段だったら冗談で言っても速攻でひっぱたかされそうな不躾な質問にも、彼女は真面目に答える。 シモンはその彼女の当然の答えを、さも重々しそうに否定する。 「朱美。それは間違いだ。お前は女の子じゃない。男だ」 「……おとこ……」 手を伸ばし、彼女の肩に触れる。白い夏服のシャツを通して、彼女のうっすらと筋肉のついた、それでいて柔らかな腕の感触が感じられる。 ソフトボールの地区リーグで本塁打王、いや、女王に輝いたとはいえ、そのすべすべとした肌触りと柔らかさはどう考えても男のものではありえない。 普段あまり朱美に「女」を感じたことがないシモンでも、ちょっとそのやわらかさにどぎまぎしながらも、耳元で囁く。 「そうだ。お前はれっきとした男だ。お前は男。さあ、繰り返してみろ。『私は男です』『私は男です』……と」 「……私は男……です……私は男です…」 「そう、繰り返していくうちに、……どんどんその言葉が頭の中いっぱいになってくる……繰り返すうちにどんどん気分がよくなってくる……本当の自分のあるべき姿が頭いっぱいに広がる……」 テレビのステージ催眠術や、喫茶店でダリアが朱美と碧に掛けていた様子を記憶からたぐりよせて真似てみてはいるが、これでいいのかどうかはさっぱりわからない。とにかく、沈黙したらまずい、という脅迫観念から、次々に言葉を投げかける。 「じゃああけ……いや、男なんだから朱美じゃまずいから……松田。お前の名前はあきお、松田朱雄(あきお)だ。繰り返してごらん。『私の名前は松田朱雄(あきお)です』」 「……私の名前は……松田朱雄……私の名前は……松田朱雄……」 壊れたテープレコーダーのように繰り返す彼女に言葉が浸透した頃合を見計らって、シモンは呼びかける。 「よし、そうしたら、朱雄、お前は俺が10数えると目が覚める。目が覚めると、今まで起こったことをすべて忘れてしまう。忘れてしまうが、お前が男であること、自分の名前は朱雄であること、は、知っている。それは当然のことだ。お前は男なんだから、男のように振舞う。いいね」 「……はい」 普段の勝気さからは想像もつかないくらいに従順にうなずく朱美を前に、シモンは思わず前のめりになりながら、ゆっくりと数え始める。 「それじゃあいくよ……いち……に……さん……よん……」 声がうわずりそうになる。早く数え終えたいが、あまり早すぎると効果がないんじゃないか、いやいやあんまりゆっくりだと却って暗示を忘れてしまうんじゃないか、というよりそもそも催眠が効いているかどうかわからないじゃないか今ならまだ引き返せるとめてしまえ止めてしまえ……。 とりとめもなく発散していくシモンの思考を置いてけぼりにして、シモンの口は主よりも冷静に機械的に数をメトロノームのように刻んでいく。 「……しち……はち……きゅう………………じゅう……」 最後のカウントが教室に広がり、消えた後は、ただ、教室の時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえてくる。 松田は……動かない。 ……失敗か? 「まつ……」 シモンが声を掛けようとしたそのとき、彼女はゆっくりとまぶたを開いた。 一度、二度。ぱちぱちと瞬きをすると、ふわぁぁ……と大きなあくびをして、うーん、と伸びをする。 思わずシモンが声を呑むと、大きな黒目がちの瞳が、シモンを捉えると、彼女は口を曲げて、いぶかしげな表情を浮かべ、 「……なにぼさっとしてんだ?シモン」 「あ、え、あ、いや……ちょっと忘れ物があってさ……」 思わず言い繕う。しまった、二人っきりで放課後の教室にいるという、この状況の「設定」を最初から考えて松田に埋め込んでおくべきだった。シモンがいまさらながらに後悔しながら、矢継ぎ早に今の「状況」を松田に説明する。 「そう。家に帰る途中にさ、明日の物理の前田のレポートのノート、机の中に忘れたの気づいてさ、で、教室に来てみたら、松田が一人で座ってたから、どうしたのかなあ、とか思っちゃって……というか松田、お前どうしたの?部活は?」 自分が問い詰められるとボロが出ると踏んだシモンは矛先を彼女に向ける。 「ん?あ?あれ?……え……『オレ』は……」 「……『俺』……は?」 シモンが『俺』という言葉に込めたアクセントの意味を『彼女』は気づくはずも無く、屈託無く続ける。 「いや、今日は部活が無くてさ、まあ暇だからぼうっとしてたら寝ちゃったみたいだな」 「……おれ……」 「ん?」 シモンはごくりと唾を飲み込み、シモンをいぶかしげに見る松田に問いただす。 「松田って……自分のこと、『俺』っていうんだったっけ?」 「……え?いや、いつもそういったなかったっけ?『俺』」 「……い、いや、そうだったな。悪い。ぼけてた。だって松田、『男』だもんな」 「そうだよ。別にへんじゃないだろ。まあ『僕』でもいいけど、なんかなよなよしてるからなあ、『僕』じゃ」 と松田は豪快に笑う。 シモンは、最後の確認を兼ねて、彼女に尋ねる。 「なあ、松田は『男の子』なんだよな」 「しつこいなー、なんだよ、当たり前のこと訊くなよ」 「……じゃあ、さ。なんでお前、スカートはいてるんだ?」 シモンは意地悪そうな笑みを浮かべて、そう言った。 「何言ってるんだよ。そんなわけ……」 シモンの指摘に、松田はゆっくり目線を下げ、思わず言葉が凍る。 「わっわっ、わーーーーー。見るな、見るな〜〜!なんだこれ〜〜」 松田は立ち上がり、自分の着ている服をなでたり触ったりしながらぐるぐる身体を回転させている。まるで自分の尻尾を追いかけている子犬のようだ。彼女がくるくる体を回すたびに、スカートの裾がまくれて白い太ももがちらちらと見える。 朱美はしばらくあたふたしていたが、やがてシモンを睨みつけ、 「し、シモン!お前、俺に女物の服着させただろ!」 「そ、そんなことするか、アホ!俺がこの部屋に入ってきたときには、もうその服着てたぞお前」 「う、うそだ〜」 「いや、神に誓ってこればっかりは本当だ。…………ぅわー。松田、お前そんな趣味があったのかあ……女装趣味とは。もっとも、俺は寛容な男だから人の趣味をとやかく言う気は無いが……」 ニヤニヤしながら朱美を揶揄するシモンを彼女はじろりとにらみつけると、何も言わずスカートの脇に手をかける。途端、じじじ、っとジッパーの開く音。 「☆☆☆!!!ちょ、ちょ、ま……」 シモンが制止する間もなく、松田がホックを外すと、マニアの間では高い価格で流通するとの評判高いチェック模様のプリーツスカートがはらりと床に落ちた。 学校指定の白い靴下。そこから発達しつつある女性らしい丸みとソフトボール部で鍛えた筋肉が絶妙な健康美を生み出しているふくらはぎ、膝小僧、そして白い太ももとがカーブでつらなり、ワンポイントのついた簡素な薄いブルーのショーツ。 視界を隔てる布が無くなり、それらがシモンの眼前に惜しげもなく晒される。 「わ、お、お前、いきなり脱ぐなよ!」 思わずシモンが目を背けると、松田は不思議そうな声で、 「なんだよ、お前、なに男の裸みて恥ずかしがってるんだ?それとも、お前、俺にずっと女装してろっていうのか?」 「い、いや、ち、ちが、いや、えっと、あの……」 脱いだスカートを拾い上げてたたみながら、下半身ソックスとショーツだけで仁王立ちの松田は、わたつくシモンを変なやつ、といわんばかりの目つきで見やる。 ……そうだ。彼女は今自分を「男」だと思ってるんだ。だから当然それはおかしなことではない。 却ってここでばたついたら暗示が解けてしまうかも知れない。 さいわい、あまりに朱美が堂々としすぎているので、ある意味水色の水着か水色のブルマか何かだと脳内変換してしまえばいいくらいだ。 シモンは脳内CPUのリソースの95%を消費するフィルタを即興で構築して自分の煩悩に与える影響を最小限にとどめようと努力する。 とはいえ正視はしかねるので、微妙に目をそらしながら、シモンは言い訳をする。 「ま、まあ、男だって男の裸をそんなにマジマジと見て嬉しいものでもないだろ、ホモじゃなければさ。とにかくさっさと着替えたら?」 「わ、わかってる!ぅぅわわ……パンツまで女物じゃん……トランクスなんか持ってきてないよ畜生……」 そのまま上はワイシャツ、下はショーツという青少年の萌えたぎる劣情を催す格好のまま教室を大股で闊歩し、自分の机の脇にあるバッグを漁り始める朱美。おそらくジャージでも探そうというのだろう。 ……別にシモンもその姿を見たわけではない。あくまで推測でそう思うだけである。 カーテンの向こうで倦むことなく降り続ける雨にシモンが目を向けていたその時、再びその雨音をつんざく叫び声。 「あーーーーーーーーーーーーー!」 「な、何だ今度は?」 シモンは思わずその声の方向に顔を向けかけたが、彼女の格好を思い出し、窓の外に向けなおす。 「じゃ、ジャージがない。……そうだ、今日は部活が無いから持ってこなかったんだーーー」 「そ、そりゃ災難だったな……」 外を向いたまま実に不自然な受け答えをしているシモンに向かって、のしのしと足音が近づく。 「シモン」 いつのまにか目の前に朱美。 「お前、ジャージ持ってるだろ。貸ーせーよー」 「……カ、カツアゲデスカ、カツアゲナンデスカ?」 「ちがーう!このままだと俺、女装したまま家に帰んなくちゃいけなくなるだろ!一瞬貸せ。洗って返すから!」 「ちょ、待て、そんなに体密着させるなよ……」 ぐいぐいと身体を押し付けてくる朱美から逃げ出すように自分の机の脇においてある自分のかばんを漁るシモン。 が、やがて、顔を上げて、 「……あ、俺も、今日、もってきてないや。ジャージ」 教室に二人。スカートを脱いだ松田とかばんの前でしゃがんだシモンが沈黙して向かい合う中。 外では雨足が強まり、ざあ、という音が一段と高くなった。 「わ、わ、さっきの人。俺の方見てなかった?顔見られたかなー。まずいよ。どうしよう……」 「……そりゃ、俺だってこんな二人組見たら怪しむ」 シモンと松田朱雄こと朱美は一つの傘に肩を寄り添うようにして入っている。 結局ジャージが見つからなかったので、朱美は『女装』のまま帰ることになったのだが、シモンは傘を持ってきていなかった手前、朱美の傘に二人が入る格好になった。 だから、通りすがる通行人が二人の方を見るのは、どちらかというと仲むつまじい学生カップルを眺める生暖かな視線に過ぎない。 だが、『女装』している朱美にすれば、自分が変態的な格好をしているから見られているんじゃないかということで気が気ではないことになるため、朱美はシモンの肩に隠れるようにして顔と身体を寄せ、その結果一層見かけのラブラブっぷりが増していく、という悪循環が完成する。 もっともシモンの方としても、さっさと暗示を解除すればいいのだが、さっきのスプレーの暴発でスプレーが空っぽになってしまった上、予備の薬が入っている薬瓶も割れてしまっているため、暗示を解除しようにもする方法が無い。 さっきの騒動で既に15分が経過してしまっていたため、今から暗示を解除しようとしてもおそらくは無理だろう。 ……とりあえず、今日のところは彼女をなんとかだまくらかして家に帰して、明日朝一でダリアから薬をもらって洗脳を解除するしかなさそうだ。 その前に彼女になんとか今の状況を言い含めておかないと……。 シモンがそんなことをつらつらと考えていると、 「シモン!危ない!!」 「え?……どわ!!!!」 再び雨脚が激しくなってきた時、真っ赤なスポーツカーが狭い道路を制限速度をはるかに越えた速度で疾走してシモンと朱美の脇を走り去り、水溜りの水を二人に激しくはね散らかした。 しかたなしに、二人は通り道の脇にある公園のいわゆるマルチタイプのトイレで雨宿りする。雨脚も更に激しくなってきたので、少しやりすごすというのと、制服がずぶぬれになったので、少し乾かそう、という朱美の提案からだった。 最近改修したこともあって、トイレは綺麗で、広々としたつくりのちょっとした小部屋のような感じになっている。 「ああ、もうびしょびしょだー……」 朱美はトイレのドアに鍵を閉めるや否や、スカートをまくりその裾をウェストにひっかけるようにして留め、カバンからタオルを取り出して剥き出しになった脚を拭きはじめる。 あまりにもあっけらかんとしたその振る舞いを、シモンはしばしぽかんと見つめて、それからあわてて目をそらす。 ううむ、俺ってこんなに純情少年だったろうか。 なんともいえない気持ちになりつつ、シモンも手持ち無沙汰になってしまうのでハンカチを取り出して自分の身体を拭く。 とはいえ、おもいっきり水を掛けられたのはどちらかというとズボンの方で、服の上からいくらハンカチを当てても焼け石に水……という喩えが適切かどうかはわからないが、そういう状態になっている。 どうしたものか、としばし悩むシモンに、 「シモンも脱げばいーじゃん、そんなちまちまやったって乾かねーぞ?」 朱美の声に顔をシモンが顔を上げると、朱美はスカートもぎりぎりまでまくってかぼちゃ状態……、いや、もうぎりぎり、というよりは既にその下から健康的な太ももとショーツの先のデルタゾーンが見え隠れしている状態になっている。 さらに朱美は洋服のボタンに手をかけ、 「う、うわわ……俺、ブラまでしてるよ……」 「ちょ、ちょちょちょちょちょ……」 シモンが止める間もなく、朱美はシャツのボタンをはずし、シャツを脱ぎ去ると、白い上半身に薄いブルーのブラだけの姿になる あわてて目をそらすシモンに、朱美は目をぱちくりさせて、 「ん?シモン。お前、何男に向かってどぎまぎしてるんだよ」 「……って……いや……」 シモンの立場からすればどぎまぎするのは当たり前だが、そんなシモンに朱美は意地悪そうに笑うと、 「お前さ、ひょっとして、ホモっ気あるんじゃないの?」 「ね、ねーよ、んなもん!」 真性ホモだったら逆にこの状況では平気の平左だろう。シモンがわたつくのは、彼が健全な性的嗜好を有していることのまぎれもない証拠である。 しかし、シモンの言い草に朱美はからかうかのように、身体をタオルで拭きながら、カラカラと笑い、 「いや、だけどお前、顔が赤いぜ。……おいおい、マジかよ。いくらここが個室だからって、襲うんじゃないぞ?」 「お、襲うかバカ!俺にだって最低限のモラルというものがある!」 「へー、モラルねー。まあいいや、襲われないうちに服着とこうっと」 というと、朱美は絞ってしわだらけになったシャツとスカートを再び着始める。 シモンもそれにならって制服を着る。湿っていて感触は悪いが、水気を絞ったのと身体をタオルで拭いたおかげで、さっきよりは幾分かマシである。 「んじゃ、行こうぜ、シモン。男二人がトイレに長々と入ってたら怪しまれるからな!」 「あ、ああ……」 男女だって怪しまれるっつーの、とひそかに心の中で突っ込みをいれつつ、ドアに手を掛けようとする朱美にシモンは、 「な、なあ、あけ……朱雄」 「ん?なんだ?」 「……あのさ、お前、これから他の人に『女の子』扱いされまくると思うけど、あんまり自分が男だ男だ、って言わないほうがいいぞ?あと名前も、……あんまり朱雄朱雄、って言わないほうがいいと思う」 「は?なんで?」 朱美が頭に、はてなまーくを浮かべて首をかしげている。 「いや、なんというか……なんとなく」 「お前今日変だぞ?熱でもあるんじゃないのか?結構雨冷たかったしさ、今日」 そう言うと朱美はシモンの間近によっておでこに手を触れる。湿ったシャツの襟元から白い鎖骨が顔を覗かせ、その華奢な身体からほのかな柑橘系のシャンプーの香りが漂う。 シモンはあわてて身を引いて朱美との間の距離をとると、 「あ、大丈夫、大丈夫だから。とにかく、一応注意したからな!」 「はいはい、わかったわかった。とにかく帰ろうぜ。俺まで風邪ひいちまう」 そういうと、朱美はシモンを引っ張り出すかのようにしてとトイレのドアを開けた。 翌朝。 なんとなく寝つきの悪い夜をすごしたシモンは、早めに学校に来た。 昨日ダリアの携帯に何度も電話したが通じず、とりあえず朝早く学校にきて彼女が来ることにほのかな期待をいだいたものの、どうも彼女は今日も休みのようで姿が無い。 教室の窓から見る空は、昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。 「おはよー」 そうこうしているうちに、教室に朱美が現れる。 「……おはようございます、朱美。相変わらず元気ですね」 「あったりまえじゃない。『私』から元気をとったら何も残らないでしょ?」 朱美はそういって碧と挨拶を交わす。 シモンはちらちらと朱美の様子をみるが、特段おかしな様子は無い。……『私』といっているところを見ると、どうも『女の子』に戻っているようだ。 ……おそらく寝たから薬の効果が無くなって、いつもどおりに直ったのだろう。 シモンは少しほっとした。 放課後。 チャイムが鳴って、シモンが帰ろうとすると、朱美が目の前に立っていた。 「シモン、ちょっと用があるんだけど?」 朱美はにっこり微笑んでいる。 が、朱美がこういう微笑み方をしたときはデンジャーだということをシモンもそれなりに理解しており、 「な、なんだよ、用があるんだったら、ここでもいいだろ?」 「あー、ごちゃごちゃ言わない。さっさとついてくる!」 そういうと朱美はシモンの腕をひったくるようにして、教室からシモンを引きずり出した。 そして場所は家庭科室。 放課後は人気が無くなる特殊教室棟の中でも更に人気の無い教室にひっぱりこまれ、朱美はドアに鍵をかけ、辺りを見わたすと、朱美は開口一番、 「シモン!」 「へ?」 朱美はそういうと、なみだ目になって、シモンにすがりつく。 「な、なんかへんなんだよ!昨日、帰って着替えようとしたら、タンスの中、みんな女の服しかないんだ!それに親父もお袋も、俺のこと、女の子だと思ってるし……いや、何より、お、おれ、おれ……ちん○んがなくなっちゃってるんだ!なのにおっぱいふくらんでるし……ど、どうしよう、シモン。俺、ち○ちんどっかに落っことしちゃったのかな?」 いっきにまくし立てる朱美。ともかく、シモンはひとまず、 「ま、待て、少し落ち着け」 「これが落ち着いていられるかーーーーーーーーーー!」 「わ、わかった、わかった。まずこういうときは一般的基本的かつ確実な事実から整理するんだ」 「な、なんだよ、確実な事実って?」 「……まず第一に………………………………………………………………えーと、その……」 シモンはこめかみに指をあてて少し唸った後、 「……………………………………………普通、ちんち○は落っこちない、と、思う」 「……うん」 シモンの間抜けな言葉に、朱美は神妙な面持ちで頷いた。 家庭科室のコップに水を汲んで朱美に渡す。涙目になって混乱していた彼女だったが、水を飲むと少し落ち着いたようである。 朱美はうつむき加減になって、 「な、なんか変なんだよ、俺、男なのに。誰も俺のこと男って見てくれないし、身体も女の子みたいになっちゃってるし………」 「ううむ……」 シモンが腕を組んでうなってると、朱美はすがりつくような目で、 「なあ、シモン。お前は覚えてるんだろ?俺が男だってこと。お前は知ってるよな!!」 ここで知らない、とかお前は本当は女だ、と言った瞬間に彼女は壊れてしまうかもしれない。 そう感じたシモンは、思わず、 「ああ、し、知ってるぞ。お前は男だった……」 「男だった、じゃないぞ!男だよ!俺は松田朱雄だ!!」 怒鳴る朱美に、 「ま、まて、落ち着け。だって、お前、胸もあるし、ちん……いや、その、アレ、男のシンボルもなくなってるんだろ?身体も、その……丸くなってるし、女の子そのものじゃないか……」 シモンにそう言われると、朱美も小さくなって、 「……そ、そうなんだよ……なあ、シモン、これ、どういうことなんだよ。おれ頭良くないからさ、わけわかんないよ……シモン。お前、わからないか?」 「うーん……」 シモンは仕方なしに適当に仮説を捻出する。 男だったはずの朱美の身体が女になっているのに、そのことを(シモン以外)の誰もがおかしいと思っていない。 しかも、学級名簿などでは、『松田朱美』という名前になっている。 これらの前提を整合的に 適当なことを考えることにかけては人一倍頭の回転が速いシモンの脳細胞が、ここぞとばかりに演算を開始し、結論を得る。 「多分、こういうことなんじゃないかな」 「え、どんなの?」 「えーと、……要するに、俺とあけ……朱雄の二人だけが、別の世界のワープしちゃった可能性」 「ふぇ?べ、別の世界?」 乗りかかった船だ。シモンは口からでまかせを言いつのる。 「えーとだな、パラレルワールドという概念があって、この宇宙……というか宇宙よりもう一個高次の世界を考えた上でなんだけど、要するにこの世界には、いろいろな可能性の宇宙が同時並行的に存在していて、その中には、朱雄が『女の子』の宇宙もありえるわけだ。で、なぜかある日目覚めたら、お前と俺だけ、朱雄が女の子の宇宙に移動しちゃった、という可能性が、まず、ある」 どこの三文SFなんだか、とセルフ突っ込みをしつつ、シモンが一息でそう言うと、 「んー…………」 朱美は頭を抱えてシモンの言っていることを一つ一つ確認しながら反芻しているようだったが、やがて、疑問を口にする。 「……で、でもさ、それだと、俺は男の子の身体のままこっちの世界に来てるはずじゃないか?お前は男のままでこっちの世界に来てるのに、なんで俺だけ女の子になってるんだ?」 「う」 なかなか朱美にしては鋭い突っ込みに、シモンは慌ててしばらく考え直して、でまかせにでまかせを重ねる。 「……となると、ひょっとしたら精神だけがそっちの宇宙の朱雄……いや、朱美、っていうのかな、この宇宙だと。それが入り込んじゃったのかもしれない」 「せ、精神だけ……?」 「そう。朱雄が女である以外には、他は全く変わらない宇宙があって、そこに俺と朱雄の精神だけ移動しちゃったってこと。そうなると、お前からみれば、身体は女の子になっちゃって、しかも他の誰もお前が女の子の身体であってもおかしいと思わない、というスジは通る」 「えーと……えーと……むむむむう……」 朱美は指を言ったりきたりさせながら、しばらく唸っていたが、やがて納得したのか、 「す、すごいな、シモン。お前、実は結構頭が良くないか?」 「いや、これくらいは劇場版ドラ○もんか映画の『転○生』のあらすじでもちょっと知ってれば思いつくだろ」 実際のところ3秒で思いついた適当な仮説であるが、確かに現状においてその仮説を否定する証拠は無い。もちろん肯定する証拠も微塵も無いのだが、この状況で朱美に「オッカムの剃刀」とか「ポパーの反証可能性」なんて概念を教えるのは野暮である。 「な、なあ。じゃあ、どうやったら帰れるんだ!」 「え?」 「だって困るだろ!俺、このまま一生女の子のままじゃさ、もう、今日だって女子トイレ入るのめちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ!」 「うーん。俺からしてみれば別にお前が女の子になった、って以外に特段人生に支障は無いし……前からこの世界にいる周りの人からしたって朱美が女の子の『朱美』であるという事実には変わりないし……」 「つ、冷たいこというなよ!お前も、俺が女の子になったら気持ち悪いだろ!昨日だって俺の身体見て大慌てしてたじゃないか!なあ、頼むよ。一緒に元の世界に帰ろうよ。お前だけが頼りなんだよ……」 また朱美はシモンにすがりついてくる。 あまりにもその懸命な様子に、さすがに原因が自分の暗示の効果であることを知っているシモンは無碍にもできず、 「わ、わかった。ちょっと帰る方法を考えてみるよ……」 「あ、ありがとうシモン!お前だけが俺の親友だよ!」 そういうと、朱美はシモンにぎゅーっと抱きついてくる。 「お、おい、ちょ、お前、自分が女の子の身体ってことわきまえろよ……」 「へ……あ、ああ。……わ、悪かった……」 朱美はシモンの勃起の感触を感じ取ったのか、顔を赤くして身体から離れた。 それから朱美とシモンはいろいろと歩き回った。 まず朱美、という少女の足跡をたどる。これは『朱雄』がとんちんかんな言動をしないようにするために必要な作業だった。 そして、シモンと朱雄が昨日であった場所、教室に来る。その前に彼女自身がどういう行動をしたかをトレースしてみる。 だが、『朱雄』の記憶は、その教室でシモンと出会う前が曖昧になっており、どうにも手がかりは得られなかった。 手がかりが得られないのはシモンから見ればあまりに当たり前のことだったが、次第に沈んでいく朱美の姿に、いまさらすべて出まかせとも嘘とも言い出せないシモンの心はちくちく痛んだ。 かあー。 烏が鳴く。 梅雨の晴れ間なのか、今日は良く晴れた夕方になった。 二人以外は誰もいない、家庭科室の一角で、二人はつかれきった体を休めて座り込んでいた。 「はあ、手がかり無しか……」 「すまないな。力になれなくて」 「ん……いや、違う。お前を責めてるわけじゃない。……ありがとう、シモン。こんなしょうもない手伝いさせちまって」 「いや、別に、たいしたこと無いよ」 シモンは曖昧に笑うしかない。 「あーあ。これから、俺、女の子として生きていくのかぁ……」 朱美は窓の外を眺めてそっとつぶやく。夕日を浴びて朱色に染まる彼女の横顔には、複雑な色合いが滲んでいる。 「…………」 さすがにどうにも罪悪感が芽生えてきたシモンであり、思わず『薬』の正体をばらしてしまおうかと悩みかけた時、 「あのさ、シモン」 「な、なんだ?」 朱美は外を見たまま、呟きを続ける。 「俺さ、最初女の子になっちゃって、誰からも女の子としか扱われなくなったとき、本当に嫌だった。……だけど、今日もいろいろ、この『朱美』の友達といろいろ話してるうちに、『朱美』って、みんなからとっても好かれてた、いい子だったんだなあ、って思ったよ」 「…………それは、そうかもな」 朱美は、確かにクラスの人気者だ。男性陣からも女性陣からも等しく受けがいいのは、その嫌味の無い、快活な性格の賜物だろう。 「俺がこっちにきちゃった、ってことは、その『朱美』は、今『朱雄』をやってるってことだろ?女の子が男の子になっちゃうって、やっぱり大変だよな。大丈夫かな。元気でやれてるかな……『朱美』」 「……大丈夫だろ。『朱雄』だって……いい奴だったんだから。入れ替わったてそんなに悪い扱いは受けてないと思うぞ。最初はお前みたいに戸惑うだろうけど、きちんとやってけると思う」 「……そうかな」 二人の間に少しだけ沈黙の帳が落ちた後、 「まあ、お前も、最初はどうなるかと思ったけど、今日はちゃんと『女の子』演じてたじゃないか。その調子だったら、大丈夫だよ。十分女の子でやってけるって。結構かわいいから彼氏の一人や二人、すぐ見つかるだろうし」 シモンはあくまで話の勢いの軽いノリで言ったのだが、朱美はその言葉に顔を真っ赤にして俯いた後、まじめな顔でシモンを見つめる。 「……な、なあ……シモン。俺のこと……、かわいい、……と思うか?」 「え?あ、ああ、まあ、悪くはないんじゃないか?」 「で、でもさ、俺、中身は『朱雄』だぞ?男だぞ?そんなんでも……かわいいと思うか?」 「んー……まあ、そりゃ肉体が男だったらさすがに困るが、お前、身体女の子してるし、性格もすごく女っぽくなっちゃってるし……」 もともと朱美は顔の造形は悪くない、むしろ、かなりいいほうだ。性格が明るく活発なせいで、男女問わず人気があり、男からも『あいつと話しかけるのは気楽でいい』と称されるくらいだ。 だが、それは逆に言えば、今まで男性陣から女の子扱いされてない部分もあったことになる。 それが、中身の性が『男』になることによって、かえって『女の子』っぽくなってしまったのは、なかなか皮肉なものだった。 「あ、あはは、そうか、俺、女の子っぽいんだ……うわぁ……なんだかそれってすげー変態ってことじゃないか?俺って……」 「あ、違う違う。別にお前が変だって意味じゃないぞ」 シモンはあわてて朱美の肩に触れる。 彼女がふとシモンの顔を見上げる。朱色の夕日が彼女の顔を染め、今ひとつ顔色がわかりにくいが、すこし赤らんでいるんだろうか。 「いや、そうじゃなくて……その…………違うんだ……あの……俺……俺さ……」 しばし彼女は視線を伏せ、言いよどんでいたが、やがて、何かを心に決めたかのように、 「シモン……俺、……他のやつに、女扱いされるのは、やっぱりまだ少し、嫌なんだけど……」 そう言って、彼女はシモンを見上げる。その余りにまっすぐな視線に、シモンは思わず息を呑む。 「……お前になら、女の子扱いされてもいい、気がする」 それは、もちろん今までの男モードの朱美でもなく、更に言えば、普段の朱美でもすることのない、女の子っぽい仕草だった。 思わず生唾を飲み込みそうになるシモンが、朱美をまじまじと見つめていると、その視線にいまさら気づいたのか、 「お、おい、シモン、なにじろじろみてるんだよ、気持ち悪いだろ!お前、俺はあくまで『男』なんだからな、お前はそれを知ってるから、まあ、いいんだ、って言ってるだけで、そういう目でみるんじゃねえよ!!」 いつの間にか元の男言葉に戻っている。 「わかってるよ、見やしないよ、お前が男だって良く知ってるんだから、俺は」 つい体と顔を両方朱美から背けるシモンは、妙に女の子っぽくなってしまった朱美を見る正視できる機会を逸してしまった。 「シモン、シモン、シモン、大変、大変、大変なんだよーーーーーーーーーー!!」 次の日。 朝から妙に落ち着かない風の朱美に、再び呼び出され、今日も家庭科室で逢瀬を重ねる二人。 しかし、一向にロマンチックにならないのは、ある種、シモンにとってはありがたい限りであった。 「わーったわーった、わーったから、落ち着け、落ち着け、人に聞こえるだろお前」 「あ、あの、あのな、シモン、驚かないで聞けよ?」 「ちん○んが生えてきたか?」 「な、な、な……は、生えてくるわけないだろ!!」 真っ赤になりながら腕をぶんぶん振り回す朱美。あまりにもいじり易いキャラクターも考えものだな、と思いながら、話が進まないので、シモンも矛をおろす。 「冗談だよ、で、なんだよ?」 「き、きいてよ、あのね、あのね……わ、私、い、いや俺って、実は、………………………………魔法少女だったんだ!」 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へぇ、じゃ、僕と契約してよ」 「な、何わけのわかんないこと言ってんだよ!」 「お前よかずっとわけわかること言ってるつもりだが……………………だいたい魔法少女ってなんだよ。あれか?あの、今、劇の練習でやってる『ヴァルキリー』みたいなやつのことを言ってるのか?」 冗談のつもりで言ったシモン。だが、朱美は大真面目にこくりと頷く。 ここまで来ると、さすがのシモンも少し不安になる。 「なあ、朱美、いや、朱雄。お前がいろいろストレスを抱えてるのはわかるよ。もし、アレがナニだったら、俺が懇意にしている黄色い救急車の呼び出し電話に……」 「……シモン、俺のこと、信用してないだろ」 ジト目になる朱美に、さすがに逆切れする。 「そりゃそうだ。何か証拠見せてみろよ。魔法少女というからには、少なくとも○レアかギ○ディンかマハラギ○ンくらい使ってもらわないと……」 そういうシモンに、朱美は少しだけ笑って、 「見てろよ……出でよ、レーヴァテイン!!!」 朱美はそういって、腕を振ると、朱美が手を振った軌跡に、あたかも空間を引き裂くかごときに赤い閃光が放たれる。 シモンが思わず眼を背けると、その閃光はゆっくりと収まり、やがて、それが棒状の「何か」であることにシモンは気づく。 「……剣」 それは、シモンも今まで何度も見ているものだ。ヴァルキリーの演劇をやっているときに彼女が持っている剣と同じ形、同系統の色。それが朱美の手に現れた。 だが、何の知識も知恵も持っていないシモンにすら、それが明らかに演劇用のダミーではないことがわかる。 脈打つような輝き。柄に散りばめられた宝石の眩さ。少し離れていても感じられる熱気。 ――あれは本物だ。 その朱美は、しばらくその形のまま 「えー……っと」 朱美はごそごそと胸ポケットから小さな手帳を取り出すと、 「あ、そうそう、『炎のカーネリアの名において、精霊と神霊の剣、レーヴァテインの精霊に、……えーと……シモン、シモン、この字、なんて読むんだったっけ?」 「……あー、『 「あ、ありがと。えー、レーヴァテインの精霊に乞う、出でよ、ファイアーストリーム!!」 その裂帛の掛け声とともに朱美が剣を振り下ろすと、その切先が空間を切り取る円環の軌跡に炎が出現し、そのまま鞭のように前にはじけ飛んで壁にぶつかりそうになる。 「お、おい、お前、ここは部屋の中だぞ!」 「炎よ、弾け!」 その朱美の叫びともに、その炎の鞭は、壁にぶつかる前に四散した。 …………………………………………。 眼前に起こった現象に黙するしかないシモン。 「どう?シモン。これでも少し練習したんだ」 さっきの物理の授業で出てきたエネルギー保存則を蹴破るような現象を立て続けに目撃しては、どや顔をする朱美に「それは炎系の魔法の"メ○"や"ファ○ラ"であって"フ○ア"ではない」と突っ込む気力も起こらない。 「………………………………なんでお前、自分が、というか、『朱美』が、魔法少女だってわかったんだ?」 「あ、それは、え……と、この日記に……」 さっきの手帳を取り出す朱美。 朱美の話はこうだ。 家に帰って自宅の『朱美』の机を調べていくうちに、『朱美』の日記が見つかった。 どうもこっちの世界の『朱美』は日記を書き付けていたようで、それを読み進めているうちに、気がついたのだという。 『朱美』が、魔法が使える、ということに。 「……お前、いくら何でも、乙女の日記を勝手に読むのはまずくはないか?」 「し、しかたないだろ、『朱美』のふりするために、読んでおかないわけにはいかないだろ?」 そりゃそうだ。シモン自身が作った『設定』である以上、ここは否定できない。 ともあれ、そんなことは些事である。問題は、目の前で起こっている異常現象だ。 「なあ、シモン、あのさ、『こっち』の世界って、魔法があるのかな?」 ちょっと目をキラキラさせながら真顔でシモンに問いかける朱美。 「……お前、ひょっとして、その年で、実は魔法少女に憧れてるとかいうクチなのか?『男の 「違うわよ!!……じゃなかった、違うって!!」 もう自然に女言葉が口について出てしまう「彼女」だったが、やはりふと気がつくと恥ずかしいらしい。普段はさておき、シモンの前で「女」になりきるのは抵抗があるようだ。 「……いや、魔法はないだろ。魔法は、断じてない」 「じゃあ、これはどう説明するんだ?」 朱美の質問にシモンは、ぐぬぬと唸る。SF的説明はまだしも、魔法的説明はシモンの宗教的信念にかけて許しがたい。 落ち着け、シモン。俺は朱美を「男」と思いこませる洗脳をしただけだ。 どこぞのラノベではあるまいに、朱美を洗脳しただけで、世界の位相が変わるものか。 シモンは少し沈黙した後、 「なあ、朱美、その日記、俺にも読ませてくれ。なにかヒントが……たとえば、『朱美』が魔女っ娘になった切っ掛けや、魔法の仕組みが書いてあるんじゃないか?」 そう言って、朱美の手元からノートを奪い取ると、朱美の形相が変わる。 「ちょ、おま、だめ、だめ、だめだって、それはだめーーーーーーーーーーーーー」 朱美が慌ててシモンからノートを取り返そうとする。 「だめ、だめだって、それは乙女の日記なんだぞ!」 「お前だって読んだんだろ?」 「だ、だって俺は朱美の体だし……」 「でもお前の中身は朱美じゃないんだろ?」 「……そりゃ、まぁ……」 「じゃあお前が読んでも俺が読んでも、『乙女じゃない他人』が読んでるという意味では、条件同じだろ?」 「う、う、う、で、でもでも……」 シモンも女の子である朱美の日記を読むことにいささか躊躇いがなくもないが、女性の日記という点では、更級日記や蜻蛉日記だって古典の授業であれだけ晒し者にされているのである。いわんや、この「怪奇」現象の解決に役立つ情報がここに書かれているかもしれないのである。 そう、これは科学的探究精神の発露であり、朱美を錯乱から救い出すための試みなのだ。やましいことなどあるはずもなし。何の躊躇あらんや。 ぺらぺらとシモンは日記を捲り始める。なぜだか朱美は顔を真っ赤にして俯いている。 何でそんなに恥ずかしがるのやら。少なくとも自分を「朱雄」と思い込んでいるはずの朱美が、自分が書いたわけでもない(ことになっている)日記を読まれて、そこまで赤くなる理由があるのだろうか……。 数秒後、シモンはその理由を思い知る。 一番新しい日記の日付、すなわち、一昨日。朱美を洗脳する一日前の日のページの文字がシモンの目に飛び込む。 明日こそ、告白しようと思う。 ぉぅ。 たLかに、二ぃっは、ヘびぃ†ご。 その一行から目をそらす様に、さらにシモンはその前のページに目を走らせる。 すると、 今日は「彼」と目があった とか。 今日は一度も話せなかった とか。 今日は授業でたまたま同じグループ分けになれて嬉しかった とか。 告白したいけど勇気が出せない とか。 部活の話や日々のよしなしごとが書かれる中、二日から三日に一度は、朱美の『想い人』への切ない恋心が綴られている。 どうも読む限り、『朱美』の想い人は、クラスメートのようだった。 そしてようやく、シモンはその想い人の名前が出てくるページにぶつかる。 シモンは、好きな人がいるのかな。気になるよ……。 思わず、シモンは朱美を見つめる。 俯いている朱美の顔色は、両腕で抱え込んでいる魔法剣よりも紅かった。 「だ、だからさ」 朱雄、というか、朱美、というかは、少し涙目の上目遣いでシモンを見て、 「読んじゃだめって、いったろう?」 「……お前、先に言えよ」 「言ったらおんなじじゃないか!!!!!」 「それもそうか」 教室の外で、カラスが、がぁ、と鳴いた。
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