洗脳戦隊


 

 
第十四話(B) Day Dream 〜 Experiment


 ドン!
 シモンの拳が机の天板にたたきつけられる音。

「異議申し立てる!!」
「……却下します」

 藤谷碧は、冷ややかな視線をシモンに浴びせながらそう突き放した。







 ところは生徒会室。
 一般の学生は滅多に入ってこないその部屋で会議卓を挟み相討つ二人を、他のクラス委員とおぼしきメンバーたちは固唾を呑んで見守っている。






 時間は少しだけ遡る。










「起立っ、礼っ」
 凛とした日直の掛け声――今日の日直は青木遼子だ――とともにクラスの皆がてんでばらばらのタイミングでお辞儀をすると、クラスはいつもの喧騒に包まれる。

「おい、シモン。今日はどうよ?部活、久々に休みなんだ」
 と、親指をくい、と前に倒すジェスチャーをしながらシモンに話しかけてくる茶髪短髪の男は竹井譲治。シモンの雀友ともいうべき人物である。通称はまんまジョージで、やたら自分の所有物にGeorgeと書く癖も、彼がやるとお愛嬌で済むあたりがお得なキャラクターである。

「いや、今日は行かねばならないところがあるんだ」
「お?なんだか妙にやる気だな。女か?」
「お前と違うって………………まあ女といえば女だが


 昨日屋上で朱美から幼稚園との交流会用の台本を受け取ったシモンだったが、勝手な配役の取消しを求めるべく碧に抗議をするタイミングをうかがっていたものの、切っかけがつかめずはや放課後になってしまった。青木が号令をかけるや否や碧はすぐに生徒会室に向かってしまったので追わねばなるまい。



 シモンの曖昧な返事に、ジョージは人の悪そうな笑い方をして、アメリカナイズされた仕草で肩をすくめながら、
「おいおい、俺も人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないが、この国では一部若年層に対する自由恋愛が差別的に禁じられてるんだぞ?ロミジュリばりに愛を貫きそうとした暁には三食昼寝付きの網走ツアーにご招待らしいし、お勧めできないなあ」
「……いっとくが、別に俺とダリアはそんな仲じゃないぞ」
 ダリアの名前が出るなり、ジョージは目を細め人の悪そうな笑みを浮かべて、
「ほうほう、ではファーストネームで呼び捨てるような仲である、と。やれやれ、のろけるのも大概にしてもらいたいなあ」
「ばかたれ、あんな長ったらしい苗字をそらで言えるか」
「だいたい、誰がダリアちゃんのことを言ったか?まあ、それはともかく、ダリアちゃんに手を出すと、俺を筆頭に光世堂学園ダリアちゃんファンクラブの連中が黙っちゃいないぞ?抜け駆けはほどほどにしておくんだな」

 そういうと彼は腕まくりして力コブを顕示した。チャラい語り口をしているが、こう見えても防具空手では県で屈指の腕前だったりもする。

 妙な勘違いを続けるジョージに、シモンはあきれたように、
「……なんだそのミッションスクールにおよそ相応しくない地下結社は。だいたいお前は他に女がいるだろうがよ。しかも複数形で」
 指をちっちっちっと振りながらジョージは、
「わかってないな。それはそれ、これはこれ。美しい花を愛でる心はたとえステディがいても忘れちゃだめなのよ。それが常に男の色気を保つ秘訣だ。わかるかな、シンセードーテー&ホーケーのシモン君」
「セフレはステディとは言わないだろ。それはそうと、俺はもう剥けてるっつー……」
 後者は否定できても前者は否定できない切なさをぐっとこらえつつ抗議しかけたシモンだったが、周囲の女子の視線を感じて、あわてて声のトーンを落とす。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ俺は自主トレにでも行ってくるわ」
 そう言ってカバンを担いで教室を出て行くジョージ。

「……くっそー。隠れロリだってこと、いつかあいつのセフレ全員に密告(ちく)ったろ……」
 ささやかな復讐を心に誓うと、シモンもカバンを担いで教室を飛び出した。















 ドン!


「異議申し立てる!!」
「……却下します」















 そして舞台は最初に場面に立ち戻る。


















 初めは淡々と用件を済ませるつもりだったシモンだが、頑として首を縦に振らない碧の態度に、次第にテンションがあがっていく。


「なんだなんだ藤谷。欠席裁判で人を裁くとはなんて野郎だ。代表なくして課税無し!聞け、無辜なる衆生の声を!」

 大見得を切るシモンを冷ややかに見つめていた碧は、ふぅ、とあきれたようにため息をついて胸を組む。ある意味凶悪なボリュームの彼女の胸がその腕の内側でたわんでいるのだが、本人はそれを気にするふうでもない。と、いうよりも、シモンの方に気が行っていて多分気がついていないのだろう。
 思わずそちらに向かいそうになる視線を何とか落とさないようにするシモンの努力を知る由もなく、彼女は柳眉をわずかに動かして厳かに告げる。

「…………まず、私は野郎ではありません。辞書くらいひいてください。ついでに、裁いたわけでもありません。私はルールに基づいて決を採っただけです。さらには、投票権を自ら放棄した人間にとやかく言われる筋合いはありません。そもそも民主主義とは……」

 シモンはその後10分間、民主主義の歴史と学生生活における学級会の意義についてみっちりレクチャーを受ける羽目になった。






 もちろん、シモンの抗議が通ることはなかった。








 「魔法戦士ヴァルキリー」というのはただいま絶賛放送中のアニメで、古典的勧善懲悪系のプロットをベースにしつつも、現代的感覚の設定を適度に加味しているところがポイントになって、ついでに言えばそこに出てくる女性陣のコスチュームの魅力もあいまって、小さな子供達から大きなお友達までなかなかの人気を博しているそうだ。

 そして、そのアニメに登場する、大いなる悪のネメシスにおける準レギュラー的小物がシモンという名前、らしい。


 もちろん、『大きなお友達』に属さないシモンは、そんなことを知る由もなかった。




 ほうきの端に顎をのせたシモンがぼやく。
「……傍迷惑だ。大体なんだよ、このカーネリアとかサファイアとかローズとか、名前がベタベタ過ぎやしないか?そもそもヴァルキリーは北欧神話なのになんで英語なんだよ……」
「ぐちぐちさっきからうるさいわね。そんなの私に言ってもしかたないでしょ?子供向けなんだからそれくらいで丁度いいのよ。……はい、これ」
 青木遼子はそう言いつつシモンに雑巾を渡す。





 ――シモンのクラスの掃除はクラス全員で分担する当番制だが、それとは別に日直が黒板の水拭きやらベランダの掃除やら、といったマニアックな部分の掃除を放課後にすることになっている。
 別に日直がやらなくてもまとめて掃除の時間にやってしまえばいいはずなのだが、『放課後に男女が二人っきりになるシチュエーションを作って出生率の向上に貢献するのも、来るべき少子高齢化社会に備えた青少年の健全な教育を担う教師の責務だと思うのよ〜』とのたまうシモンのクラス担任にして英語教諭たる清水先生の宗教的信条により、この日直のタスクはシステム化されていた。

 もっとも、この制度によってクラスの出生率が高まったという話は、シモンは寡聞にしてきかない。



 それはさておき、今日はシモンと青木が日の巡りでたまたま日直だったので、もともと放課後の教室の掃除を二人やることになっていたのだが、シモンは今日自分が日直であることを完全に度忘れしてすっぽかしていたのだ。



 生徒会室からぼろ雑巾のようにふらふらと教室に戻ってきたシモンを出迎えたのは、黙々と一人で日直掃除をこなしている青木遼子――トレードマークは二つに分けた髪型の、お嬢様お坊ちゃん率の高いこの学園でも一二を争うお嬢様――の、汚いものを見つめるかのような冷ややかな視線だった。

 さっきまで頭を下げて日直作業をすっぽかしかけたことを謝っても、彼女は一言も口を利いてくれなかったのだから、こんな口の利き方であっても多少は機嫌を直してくれたらしい。





 シモンは突きつけられた布切れと青木の顔を交互に見つめて、
「……なんだこれ」
「雑巾よ。見てわからないの?」
「いや、俺さっき向こうの黒板拭いたんだけど……」
「へぇ。遅れてきた分際で私に拭けっていうの?」

 たしかに遅れてきた自分が悪いというのもある。もはや生徒会室戦争で精も根も使い果たし議論する気力も起こらないシモンは、彼女から雑巾を受け取ると、もう一つの黒板も水拭きしつつ、ぼやきを続ける。

「ああ、台詞を覚えるのかったるい。俺、演劇のセンスなんてからっきしなのに……」
「あんたなら素でやればいいのよ。この役、情けないやられ役だって言ってたから」
「………………さいですか」
「ま、いいじゃない。あの可愛い転入生とも仲良くなれそうだし」
「……なんだそりゃ?ダリアのことか?」
 青木はそっぽを向いて、
「……別に。彼女も貴方と同じ、ネメシス側の役よ。確かマッドサイエンティスト役」

 なんというか、それは実にはまっている気がする。

「ふーん、それもそのアニメに出てくる役なのか」
「いえ、これは彼女がこの役を提案したの。というよりこの台本、半分以上彼女のアイデアみたいだし」
「…………へぇ」
「海外でもこのアニメ人気で、内容をよく知ってたみたい」

 ううむ、ダリアのやつ、見かけによらず――いや、体格や年齢的には十分有資格者なのかもしれないが――『大きなお友達』の一員だったのか。
 それにしても、ロシア人の転入生にいきなり日本語でこんな台本書かせるうちのクラスの連中のずぼらさ加減もいかがなものか。
 学級会をさぼった自分のずぼらさは無限遠方にある棚に投げ捨てながら、シモンが級友の怠慢を指弾しかけたその時。


 ……あれ?



 シモンの中で妙な違和感が芽生える。



 確かクラスの連中のうち男性陣は食べ物屋ということで結集し、女性陣はロマンティックな劇、というラインで押し返していたはずだ。
 多数決ベースで言えばシモンのクラスは男性の方が多いから食べ物屋だし、よしんば劇になったところで、子供向けの「魔法戦隊ヴァルキリー」がロマンティックだとは考えがたい。

「なあ、なんでよりによって戦隊ものなんかに決まったんだ?」
「え?」
「お前だってそうだろ。サファイア様って、たしかフリフリのスカートはいて鞭でびしびし敵味方問わずしばく悪の女幹部の役だっていうじゃないか?そんな役でいいのか?」
 台本を読んで設定くらいは理解しているシモンがそう突っ込むと、
「…………そ、それは、その……その役、髪の毛二つに分けてないとダメだったていうし……うちのクラスでそんな髪型、私しかいなかったし……」
 しどろもどろになる青木。

 悪の女幹部と髪型が同じ、という理由くらいでそんな役を引き受けてしまうのは、普段はクラスのイベントなど歯牙にもかけず、世俗の下郎どもとはどこか一線を画していた彼女のイメージには似つかわしくない気がする。

 が、顔を朱くして言い訳を考える彼女に、少しだけかわいらしさを感じたシモンはそれ以上は突っ込まず、
「まぁいいよ。本意ではないが、ともかく引き受けた以上は最低限の責務は果たす。お前も頑張れよ、サファイア様」
「……ふん。貴方に言われるまでも無いわよ。はい、後は貴方の仕事だから、やっておいてよね。私は先に来て掃除してたんだから、先に帰るから」
「あいよ」
 ほとんどがシモンの仕事として押し付けられている気もするが、普段からワリを食うことに慣れっこのシモンはあまり気にしない。

 高いシャンプーを使っているのだろう、そのツヤのいい長い髪の毛をはらい、教室から去っていく青木嬢をぼんやり見ていると、

「……珍しいです。青木さんが男の人とあんなに話すなんて」
「ぐわ!!」
「……人の顔見ながら潰れた蛙みたいな声を出さないでください」

 後ろからシモンに声をかけてきたのは、先ほど生徒会室でシモンの屁理屈を水も漏らさぬ論理で封殺し尽くした碧だった。いつのまにか教室に戻ってきていたらしい。

 思わず間合いを取ってしまうあたりがヒエラルキーに弱い男の悲しい性である。

「く、お前、あれだけ人の人格から尊厳から何から何まで否定しておいてなお追い討ちをかけるのか?正しければ何をやっても許されるのか?学級委員というのはそんなに偉いのかぁ???」
「…………そんなに動揺しないでください。水に落ちた犬を叩きにいくほど悪趣味ではありません」
 その台詞は悪趣味とは言わないのか、と言いかけて、シモンは止める。さすがに今日は精神のヒットポイントが枯渇している。連戦は無理だ。


 むむ、と口を歪めたまま沈黙するシモンの様子に、碧は、
「……なんですか。まだ議論しようというのですか」
「いや、もういい。もういいが……」

 シモンは、さっきの青木との会話で芽生えた疑問のついでに、碧に質問をぶつけた。


「そういえば、出し物の内容を決めたときの多数決って、何対何だったんだ?」


 何気ない、何の意図も無い興味本位の質問だったが、先の生徒会室ではシモンの苛烈な抗議を受けても一度も動じることの無かった碧の表情に、初めて動揺が広がった、気がした。

 だが、すぐに碧はその表情をかき消し、面白くもなさそうに、こう答える。
「………………・委任票含めて38対2です」
 ちなみにシモンのクラスは総員40人。男女比は男22人、女18人である。
 せいぜいその程度の僅差で可決されたのだと思っていたシモンはさらに、
「へぇ、そりゃ大差だな。で、反対票は誰と誰だよ」
「…………………………」

 碧はしばらく質問の意図を忖度するかのようにシモンの顔を見つめていたが、まあ、隠すようなことでもないですから、と自分を納得させるようにつぶやいた後、短く答えた。

「……私と朱美、です」
「青木も、賛成したのか?」
「……………………そうです」
 この目で幽霊を視てしまった科学者のような不機嫌な表情で、碧は答えた。




 ……。
 …………。
 ………………。




 しばらくして碧も帰り、一通りの作業が終わって手持ち無沙汰になったシモンは、自分の席に座ってかばんの中からコピーの束を取り出す。


『魔法戦士 ヴァルキリー』


 まだ2、3回しか台本を斜め読みをしていないが、意外にこの『シモン』という役は端役の割にはせりふが多い。
 演劇歴のない自分に台詞が暗記できるかどうか不安だ。

 ガラララ。
 教室の後ろの戸が唐突に開かれる。やたら来客の多い放課後だ。



「……ほほう、勉強熱心だな」
 その口調。もはや振り向くまでも無い。
「来たな。大きなお友達」
「なんのことだ?」
「気にするな、こっちの話だ」
 シモンが戸口を見やると、いぶかしげな表情をした青い目の少女がそこに立っていた。








 もちろん、そこに立っているのはダリアその人なのだが、一瞬シモンは目を見開いた。
 彼女が制服の上に白衣を羽織っていたからだ。

「……なんでお前、白衣なんか着てるんだ?」
「ああ、これはちょっと実験してたからな」

 着慣れた風の白衣の袖をつまみながら、ダリアは答える。

「ジ、ジッケン?解剖とかそういった類のやつか?」
 なんだか怪しげな妄想が頭を駆け巡るシモンに冷や水を浴びせるように、ダリアは、
「ああ、今日は違う。ちょっとした調合をしてただけだ。安心しろ」
「調合って、何の?」
「……知りたいか?」
 ダリアは意地悪そうに微笑むが、
「いや、いい。世の中には知らないほうがいいこともたくさんありそうだから」
 シモンはそう言って手を振ってみせる。

 今日『は』、とか『調合』、とかいわれてもおよそ安心などできないのだが、ダリアはちょくちょく放課後白衣で化学実験室に入り浸っているらしく、時折白衣で校舎をうろついているところを目撃されている。実験室の管理をしている石塚先生――シモンのクラスの副担任――の許諾は得ている、と本人も言うから、今日もその類なのだろう。

「ほうほう、なかなか賢明だな。その歳で渡世の奸智だけは身につけているらしい」
 いやなほめ方をしながら、脱いだ白衣をロッカーに入れて帰り支度をするダリア。



 ふと、普段ダリアにコケにされている身分としては、今日の鬱憤晴らしも兼ねて多少からかってもみたくなり、シモンは劇の台本の表紙を指差しながら、ちょっと皮肉な口調で、
「それはそうと、意外だな。ダリア。お前、こんなアニメ見てるんだ」
 しかしダリアはそんなシモンの指弾などは相手にする風も無く、しらっと、
「ジャパニーズ・アニメは世界中で大人気だぞ。お前の認識が遅れているのだ」
「いやー、しかしこの歳になって戦隊モノのアニメをみる人間はなかなか……」
「だが、クラスの連中はほとんど知ってたぞ?お前が遅れているだけではないか?」
「む……」
 自分のクラスが大きなお友達の巣窟だという事実を突きつけられ日本の将来を憂いかけたシモンに、ダリアは追い討ちをかけるように、
「で、お前、台詞はもう当然覚えているんだろうな」
「い?っていわれても、昨日の今日でそう簡単に覚えられるわけがなかろうが!」
「まあ、いい。とりあえず、適当なページ読んでみろ」
「……かまわんが、俺は下手だぞ?」
 監督ダリアの指示のもと、咳払いを一つして、シモンは台本の表紙をめくり、目を落とす。
「『残念だな……誰も助けには来ない……』」


 ……。
 …………。
 ………………。

「『き、きいております。サファイア様。しかし、あの得体の知れない魔法には太刀打ちができず……相手も二人でしたし……』……まあ、こんなところか?」
 数ページ読んだところで、シモンは息をつく。

 ダリアはうむうむとうなずきながら、
「さすがクラスの皆が推奨するだけのことはあるな。弱者に対する倣岸卑劣っぷりといい、強者に対する媚びへつらいかたといい、小心で狡猾な下っ端悪党ぶりが極めて堂に入っている。役者の性根と一致してなければ到底為しえない演技だな」
「………………大絶賛どうも。じゃ、俺はこれで……」
 シモンが帰り支度をしかけると、
「……だが、シモン」
「ん?」

 ダリアの声にする方向を向いたとたん、シモンの方に何かが突き出されてくる。

「うわ!」
 顔をひねる。頬を風が斬り、その風はそのまま角度を変えてシモンの足元を襲う。第一撃に続き、その足元を薙ぐ第二撃をよろけつつもなんとか避けるシモン。
「危ないだろ!何するんだいきなり」
「ほう、よくよけたな。それなりに本気でやったのだが」

 ダリアの手に握られているのは壊れた箒の柄。ブラシの部分が外れて棒だけになっており、それを下段に構えるダリアの姿はさながら薙刀使いのようでもある。

 その切っ先をシモンの咽元に向けながら、ダリアの講釈が始まる。

「さて、知ってのとおり、戦隊モノといえばバトル。バトルといえば、この国ではサツジンだろう」
「……………………いや、あれはサツジンじゃなくてタテ(殺陣)と読むんだ」
「細かいことはどうでもいい。貴様、ブシドーの心得は?」
「うちは家康公の御世から由緒正しい小作農の血筋なんで」
「ではスポーツは?格闘技は?」
「光世堂学園帰宅部筆頭がそんな蛮行に身をやつすと思うのか?」
 ダリアはため息をつき、
「やれやれ、日本男子たるもの、ハラキリ、セップク、フジヤマゲイシャをマスターしてこそ一人前だと聞くが、お前はゲンプクを前にそんな調子で恥ずかしくは無いのか?」
「いや、今時ゲンプクしないし。ましてやフジヤマはマスターのしようがないし」
「まあいい。ならば私が稽古をつけてやろう」
「話聞いてないし……って、ナヌ?」
 シモンが目をしばたたかせるのを意に介さず、ダリアは続ける。
「幼稚園児に受けるのは細かいスジじゃない。オーバーアクションとともにドクロ型の煙を吐きながら派手にやられるチャーミングな小悪人っぷりなのだ。バク転の一つもできずに戦隊モノの下っ端をやろうだなんて見当違いもはなはだしいぞ?」

 その意見には極めて同意だが、何か重要なポイントを抜かしている気がする。

 しかし、そんな不信感をあらわにしたシモンの表情など意に介さず、ダリアはくるくると箒の柄を廻しながら、小さく笑い、
「お前もミヤモトムサシとミトコーモンの国の育ちなら、ヤシチとまでは言わないが、ハチベエ程度の身のこなしは身につけてみろ。いざ参るぞ、シモン!」
「いや、待て、待て、武蔵とハチベエを並列に語られても……ギャーーーーーーーーーー!!」


 シモンの悲鳴は、しかし、風斬り音とそれに続く鈍い打撃音に掻き消された。

























 次の日の朝。

 ジョージがシモンの姿を見るなり、興味深そうに話しかける。
「シモン。今日はえらくファッションセンスが違うな。パンクロックってやつか。それとも自傷ゴシック系に転向したとか?」
「…………・普通に怪我しただけだ」
 シモンは顔や首筋ににべたべたと貼られた絆創膏を疎ましげに撫でさすった。










 シモンとダリアの武者修行が順調に、あるいは不穏当に進みつつあるある日のこと。

「よ、よくも。あ、悪のネメシスの将軍、サファイア。罪の無い人々を傷つけるのは、こ、この風のルピアが、許さないわ!」
「くっくっく、いくら魔法戦士を気取ったところで、所詮は子供。……えーと、……このネメシスの科学力の前には敵では無いわ。はは、は、ははは……」

 
「あー、カットカット。何かな、もう少しなりきってもらわないと、見てるこっちの方が恥ずかしくなっちゃうよ?」
 演技指導の朱美が手に持ったメガホンを机に叩きつけながら口を尖らせる。
「……やっぱり恥ずかしいです……」
 その言葉を受けて、深いスリットの入った濃い緑色の服を着た碧は、顔を赤らめてうつむいた。


 放課後、視聴覚室。主役・準主役クラスだけの初めての衣装稽古だ。先生二名は職員会議で揃わないものの、シモン、ダリア、朱美、碧、青木の五人が揃っている。

 シモンは安っぽい黒のビニル地の上下に目がすっぽり覆われるバイザータイプのスモークグラス。腰にはそこらへんで買ったと思しきおもちゃの警棒。朱美は紅をベースにしたプリーツタイプのミニスカートに白いハイニーソックス、腰にはこれまたおもちゃの剣だ。しかし、シモンも朱美も妙に似合う。おそらく遊園地で幼稚園児と握手していてもそれほど違和感は無いだろう。

 一方、碧と青木は、やはりどうにも着慣れない衣装を着せられているかのように居心地悪そうにしている。


 もっとも、この場合前者が後者より素晴らしいとは限らない。


「だいたいね、こんな格好じゃ恥ずかしくて演技できないわよ!」
 青のタイトミニスカートに白いブーツ、白い手袋をつけた青木が手を腰にあててむくれる。
「いちおうアンスコはいてるんだから大丈夫でしょうに」
 朱美の指摘にも、
「……そ、そういう問題では……」
 と、碧は気恥ずかしそうに抵抗する。
「もーう頭来た。私、降りるから。この役。だいたいいい年してこんな格好でお遊戯なんかできないわよ!!」
 ついに青木が切れた。こうなると手がつけられないかもしれない。
 その様子を机の上に座って黙ってみていたダリアだったが――彼女の衣装はといえば制服の上にちょっとだぶだぶの白衣を着ているだけだったが――、ぴょんと椅子から飛び降りると、青木に近づいた。
「…………何よ」
 頭一つ背の低い位置にあるダリアに見上げられ、少し不貞腐れたような、それでいてバツの悪そうな表情をする青木。
「ちょっと、向こうの部屋に行きましょう。話したいことがあるの」
「…………別にいいけど……」
 ダリアと青木は、ドアでつながっている隣の視聴覚準備室に移動した。

「すごいね。ダリアちゃん。あのぶちきれた青木さんを説得するつもりなのかな?私だったらできないよ、そんなこと」
「いや、俺はむしろあいつが丁寧語を使えるという事実に驚いている」
 シモンと朱美がひそひそと声を交わす。

 ものの2分もしないうちに、ドアが再び開かれる。
 初めに現れたのは青木だ。しかし、妙にぼうっとしているようで、視点が定まっていない。顔も火照っていて少しだけ赤味がさしているように見える。
「おい、青木。大丈夫か?」
 シモンが青木に近づくと、彼女は目をはっとしばたたかせて、シモンを見つめる。
 その目つきは、いつもの青木と同様、いや、それよりももっと険がある目つきだ。
「……シモン、何の用だ?」
「え、いや、何って、ちょっとぼうっとしてたみたいだから……」
 と、シモンが返答をするや否や、彼女は手に持っていた鞭は唸りを上げてシモンに打ちつけられる。
「ぐあ!」
「何だ貴様、その口の利き方は!私はネメシスの将軍、サファイアだぞ!シモン、貴様のような下賎の者が、そう易々と口を利いていい相手では無いわ!頭が高い!!」

 そういうともう一撃、鞭で攻撃を加える。先が割れた鞭だから音の割にはダメージが少ないとはいえ、シモンはたちまち、
「へ、へへー」
 と平伏する。
「ふん、分かればよろしい」
 乾いた音をたててサファイア……いや、青木嬢は鞭を鳴らす。

「すごいすごいすごい!これだよ!私が求めていたサファイア様は!!」
 朱美は感動で目を潤ませている。碧は唖然としており、ダリアは満足そうに頷いている。

「……あ、青木さん……?」
 碧が恐る恐る青木に話しかけると、青木ことサファイア様は、目を見開いて、
「ぬ!そこにいるは風のルピア!……そうか、またしてもヴァルキリー共か。我々ネメシスに刃向かおうとは、身の程知らずも甚だしいわ!」
「え、あ、その……」
 明らかにいつもとは異なる彼女の雰囲気にたじろぐ碧に、青木は、
「この鞭を食らって己の愚かさを地獄で呪うがいいわ!食らえ!!」
「きゃあああああああああ!」
 鞭を振りかぶる青木、その場で思わず頭を抱えてうずくまる碧。その時、

「ストップ!サファイア!」

 ぴしゃりと一喝したのはダリアだ。その声とともに、青木の動きが凍る。

「よし。よくやった。上出来、上出来……さあ……力を抜いて……楽になるんだ……遼子……」
 ダリアが耳元でそう囁くと、青木の体から力が抜ける。腕がだらりと下がり、さっきまでつり上がってた目も覇気がなくなり、憤怒の表情から無表情へと移行していく。

「お、おい、委員長。大丈夫か?」
「う……うん……」
 シモンはあわてて碧に近寄るが、碧もその青木の様子を信じられないものを見るように見つめている。

「すごいよ、ダリアちゃん。どんな演技指導したの?」
 朱美が能天気にダリアに話しかけると、事も無げにダリアは、
「大したことはない。ちょっとイメージトレーニングをしてやっただけだ。自分がネメシスの将軍、サファイアだと思いこむように、な」
「……はぁ……、うん、でもよかった。これなら大丈夫だよ!」
 あんまり理解していない様子の朱美は素直に喜んでいる。ダリアは碧に向き直り、
「……さて、あと問題は碧か?どうだ。今の演技についてこれるか?」
「え……あ……ちょ……ちょっと……私は…………・」
 碧は少し怖気ついている。確かにあんな演技を見せられたら無理も無いだろう。
「…………じゃあ、碧。今度はお前の番だ」
 ダリアは嬉しそうに小さく笑った。






『喰らえ!ウィンドブリッド!!』
『くっくっく、遅い遅い。そんな豆鉄砲で私を倒せると思うか!ヴァルキリーも堕ちたものだな』
『く……こんなときにローズ司令がいてくれたら……』
『甘いな、カーネリア。ヴァルキリー総本部との連絡回線は全て絶たせてもらった。泣いても喚いても援軍は来ない。せいぜい絶望の中、のた打ち回るがいい』
『なんて卑怯なやつだ。お前だけは敵にしたくないな。ダリア』
『……私もお前にはいわれたくないぞ、シモン』
 ………………。
 …………。
 ……。

 視聴覚室のビデオデッキで、五人は今終わったばかりの稽古を撮影したビデオを鑑賞している。



「うわーぱんつ丸見えだよー、碧〜」
「あ、あれは見えてもいいやつだって朱美が……」
「でも、ねえ……幼稚園児への教育上どうなんだろうねえ……」
「うわ、痛!あれ痛かったぞ?青木」
「そ、そんなこといったって……体が勝手に……」
「ふん、痛くない叩かれ方のコツをマスターするのもやられ役のつとめのうちだぞ?シモン」
「そんなむちゃくちゃな……」


 あれからダリアは碧、そして朱美にも『メンタルトレーニング』というやつを施した。
 おかげで全員ノリノリで……もう完璧にアドリブのオンパレードでありながら、凄まじく迫力のあるステージにしあがった。
 なんといっても三度やって三回ともエンディングが違うというあたりからして、そのアドリブぶりの凄まじさが伺えるというものだ。

 しかも、単なるアクションだけではない。宇宙を流浪する闘争種族ネメシスの悲哀、その彼らに対して苦難を乗り越えつつも戦う人類の希望ヴァルキリーの精密な設定に加え、各登場人物の心裡まできめ細やくリアリティ溢れる表現がされているため、確かに『大人が見ても楽しめる』ものになっている。ここらへんは下敷きになっているダリアの台本の出来のよさというものだろう。

 初めは恥ずかしがっていた青木も碧も、本物の『サファイア』と『ルピア』が入っているとしか思えない演技を見せており、二人とも、まんざらではなさそうだった。
「……どうだ、青木。これでも子供っぽい劇か?」
 ダリアの言葉に、
「……そ、そうね……。これくらいになれば、……まあ、やってあげてもいいかな……」
 と、きまり悪そうに髪の毛をいじりながら答えた。






 学校からの帰り道、ダリアとシモンは並んで駅まで向かう。
「いててて……しかしサファイアもルピアも……じゃなかった、青木も委員長も松田も滅茶苦茶本気でぶん殴るんだからな、死ぬかと思ったぞ」
 顔中絆創膏だらけのシモンに、ダリアは、
「大丈夫さ。急所は外すようにしておいたから」
「なんじゃそりゃ?お前は別に俺を攻撃する役じゃなかっただろ?」
「…………まあ、そうだな」
「そういえばお前、俺だけそのなんとかトレーニングをしなかったじゃないか。なんでだ?」
「お前には必要ない。地金で十分だ」
 それは見込まれたというべきなんだろうか。いささか判断が悩ましいところだが、ここは褒め言葉としてシモンは受け取っておくことにした。

 ほどなくして駅前に着く。
 ここでシモンとダリアは逆方向の電車に乗る。だから、ここの改札に入ったら別れることになる。
 それじゃまた、とシモンが手を上げて改札に入ろうとすると、ぐい、と上着の裾を掴まれる。
「んあ?」
 振り向いたシモンの目に飛び込んできたのは、腕を伸ばしてシモンのシャツを引っ張っるダリアの姿だった。

「シモン、お前、急ぎの用事があるわけでもあるまい。少し付き合え」







 シモンが抵抗する間もなく、ダリアはシモンを連れて近くの公園に来た。
 入り口に警邏中のミニパトが止まっている。中に若い婦警が二人乗っていて、シモンとダリアの方をちらっと見て、いささかいぶかしげな表情を浮かべたものの、特段何もとがめることもない。
 もっとも、シモンはとがめられるいわれも無いわけで、あえていえばダリアのような背格好の女の子が制服を着ているのが怪しかったのだろう。


 夏場とはいえ、既に日も暮れかけ、外灯が点灯しはじめている公園には、シモンとダリアの他には誰もいない。

 ダリアはその公園の片隅で足を止めると、くるりとシモンに向き直り、
「さて、本題に入るとするか」
 ダリアはシモンの目を見つめ、
「シモン。人を操ることに興味はないか?」
 唐突に彼女はそう言った。






「はぁ?」
 あまりにも予想もつかなかったダリアの言葉に、シモンは思わず間の抜けた声をあげる。
「人?操る?」
「そうだ」
 ダリアは重々しく頷く。

 が、シモンとしては、そう藪から棒に言われてもなんとも返事のしようが無い。

「いや、別に……」
 もにょもにょと曖昧に答えるシモンを気にする風でもなく、ダリアは一方的に続ける。
「実はな、今、いろいろ研究しているものがあってな……」
「ケンキュウ?」

 ダリアはそう言うとポケットから液体の入った瓶を取り出す。

「これは人を操ることができる薬だ。ざっくり言えば『洗脳薬』といったところだが」
「せんのう、やく?」
 聞きなれない言葉をシモンは繰り返す。
 ダリアはにやりと笑って、
「そうだ。お前、催眠術についてはある程度心得があるだろう?この前の喫茶店でも多少知っていたようだが」

 喫茶店、というのはダリアの歓迎会を兼ねて、松田と委員長といっしょにケーキ食べ放題に行ったときの事だろう。確かに、あの場でダリアは自分の特技として二人に催眠術をかけてみせた。

「心得、といっても通り一辺倒の知識だけだ。やったことなんか無いし、生で見たのもこの前の喫茶店が始めてだぞ」
「なるほど。だが、その割には知識はありそうだな。ある程度興味があったのではないか?」
「……」

 確かに、小さい子供の頃、催眠術のステージショーをテレビで見て、幼な心に関心を持ち、いろいろ調べたことはある。催眠術に関する学術書を図書館から引っ張り出して、そこに掲載されている虚ろな瞳をした被験者の写真を見て興奮を覚えたのも事実だ。
 とはいっても、所詮そこまで。自分でマスターしようとも実践しようともシモンは思ったことは無い。

 沈黙したままのシモンの内心を見透かしように、ダリアは軽く笑いながら、
「まあいい。まじめに催眠をやろうと思うといろいろ訓練や多少の技術がいるのだが、あれを手っ取り早く、より安全確実に、しかも催眠で到達できる範囲を超えて行えるのがこの薬だ。これを体内に摂取すると、一時的に大脳皮質の一部分の活動レベルが低下する。ざっくり言うと『自意識』とか『自我』というやつがあやふやになるわけだ。この薬が効いている間に――たとえば耳にした言葉は、あたかも自分の考えそのもののように感じさせることもできるし、常識や認識、感情を操作したり、絶対的な命令をすることもできる」
「……はぁ」
 どうにもついていけないシモンは、つい、
「なんか嘘臭いぞ。そもそも、なんでそんな研究してるんだよ?」
「もともと脳科学は私の専攻だからな」
「……前はロケット工学が専攻だって言ってなかったか?」
「ああ、ついでに言えば、理論物理も専攻分野だが」
「……お前、何しに学校(うち)に来てるんだよ」
「仕方なかろう。この国でこの歳でブラブラしてたら素行不良少女のレッテルを貼られてたちまち補導されてしまうのだからな。とりあえず学生証くらいは持っておく必要があるのだよ。まったく、不便極まりないな、このクニは。人をすぐ外見で判断するのだから」
 それならせめて自分の外見にふさわしいグレードの学校があるだろう、とも言いたくもなるのだが、ここではあまり触れないでおくことにする。彼女は自分が幼く見えることをどうも気にしているらしい。

「だったらお前が自分で実験してみたらいいだろ?何で俺にやらせる?」
「私は催眠術の真似事ができるからな。あまりにも格が違いすぎて実験をする側としてはふさわしくないのだ。この前の喫茶店で見ただろう?」

 シモンはこの前の喫茶店でのダリアが碧と朱美に催眠術をかけていたことを思い出す。確かにあの手際のよさを思えば、薬の効果なのか自分の技術なのか、区別しづらいには違いない。

 ダリアが瓶を揺らすと、その中に入ってる透明な液体がゆらゆらと揺れ、街灯の黄と夕日の朱が入り混じった光がその水面に跳ねる。
「と、いうわけで、もう少しいろいろな人間にこの薬が効くのか、問題が無いか試すために、催眠の経験は無いが、多少は素養がある、という中途半端なニンゲンを探していてな。まあお前あたりがちょうどいいかと思ったわけだ」
「なんだそのちょうどいいってのは。それ、まさか注射とかしなくちゃ効かないんじゃないのか?俺は注射はできんぞ?」
「大丈夫。これは粘膜吸収型でな。揮発性が高いから嗅がせてもいいし、スプレーで噴射してもいい。何なら飲ませても構わんぞ」

 そういうと、ダリアはスカートのポケットから白い小さなスプレー缶のようなものも取り出した。そっちにも同じ薬が入っているのだろう。

「ずいぶんと雑な薬だなあ。そんないい加減でいいのかよ」
「まあ、クロロホルムみたいなもんだと思ってくれればいい。そもそも試作品だしな」
「それにしたって、いきなり藪から棒にそういわれて、本当に効くかどうかわからん薬を押し付けられて実験しろったって……変な副作用が出たり、うまく効かなくて変態扱いされるのは俺だぞ?」

 シモンの言葉に、ダリアは意味ありげに微笑み、

「ほうほう。変態扱いされるような暗示を入れようというのか。いやはや、さすが私が見込んだだけのことはあるな」
「……いや、今のはいくら何でも言葉のアヤだ。そもそも相手がやりたくも無いことをさせることができるかどうか試さなければその薬の効果があるかどうかわからんだろうが。そんな危ない橋を渡れるかよ」
「なかなか疑り深いやつだな。そんなに私が信用できないか?」
「お前の能力はまだしも、お前の性根は信用できん」
「しかたないな。まあいい。シモン。右手を出せ」
「ん?」
 ダリアの言葉に言われるままに、シモンが右手をダリアに突き出すと、ダリアはその手を両手で包み込んで、そのまま自分の胸に押し当てる。

「!?!?!?」
 あまりに突然かつ自然な動きに、シモンがあっけに取られて硬直していると、ダリアは突然顔を上に上げて、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだれかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヘンターーーーーーーーーイ、チカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」
 澄み切った夕空に一杯に響き渡る声。すぐに公園の入り口に停められていたパトカーから二人の婦警が降りてきて、シモンとダリアに走り寄ってくる。

 シモンはあわてて手を引っ込めるが、時既に遅く、ばっちり官憲2名にその『ょぅι"ょへの痴漢行為現行犯現場』を目撃されてしまった。
「大丈夫?怪我は無い?」
 ウェーブのかかった肩まである髪の婦警――20代後半くらいだろうか、少し垂れ目の、優しい顔立ちの女性――の問いかけに、ダリアは身体をふるふると震わせながら、
「こ、このおにいちゃんがね、いいものみせてくれるっていったから、こーえんについてきたら、いきなりね、だりあのね、おむね、ぎゅーーってさわってね……」
 えぐ、えぐ、と涙目でウェーブヘアの婦警に訴えるダリア
「な、な、な、なんだダリア、お前……ふ、婦警さん、それは嘘です、それは……」

 ぱにくって言い繕おうとするシモンに対し、しかし、二人の婦警は険しい視線を向ける。ただでさえ見た目子供から少女に羽化しかかった程度の外見を持つ女の子の涙ながらの訴えに加え、『痴漢』の現場まで見られているのだから、シモンの言い訳など何の説得力も無い。

 もう一人の背の高い長い髪をポニーテールに束ねた婦警――ウェーブヘアの婦警より少し若い、おそらくは20代前半くらいで気の強そうなつり目がちの女性――は、シモンに一歩近づき、
「悪いけど、あとの話は署でじっくり聞かせてもらえないかしら」
「い、いや、それは、その……」
「……何なら、痴漢の現行犯で逮捕したっていいのよ?」
 その婦警がシモンの手をつかもうとした瞬間、シモンはかろうじてそれをかわし、きびすを返して脱兎の如く走り出す。

「ま、待ちなさいーーーーーーーーーーーー!!」

 待てといわれて待つ盗人がいるでなし。シモンはその声に帆をかけるが勢いで遁走する。



 ……。
 …………。
 ………………。



 この公園の構造は何度か来ていておおむね把握している。確か正門と正反対の場所に裏門があってそこから抜けられたはず……。


 シモンはそこに狙いを定め、一気に走り抜ける。


 が。


 普段空いているはずの裏門の扉は、閉園時間が近いからなのか、既に閉じられていた。
「げ……まず……」
 辺りを見渡しても逃げ場は無い。柵をよじ登って乗り越えようにも、その上には有刺鉄線が張り巡らされて無傷では越えることはできなさそうだ。

 シモンが逡巡しているうちに、既に視界にはさっきのポニーテールの婦警が走りって近づいてくる。


 その時、シモンは自分の右手に何かが握られていることにようやく気がついた。



 手を開くと、そこには、小さな制汗スプレーのようなものがあった。だが、普通なら商品名が書かれているだろうスプレーの側面は、白地で何も書かれておらず、ただ、その底には、『洗脳薬・試作品・25』とマジックペンで書かれている。
 さっきダリアに右手を胸に押し当てられたときに握らされたのだろう。

 シモンが手の中のスプレー缶に気を取られているうちに、婦警は既にシモンの前数メートルのところまで近づいてきていた。そこは見晴らしのよい公園の広場であり、奥の裏口ゲートも閉じられているせいだろう、もうシモンは逃げられないと見込んでか、走るのを止め、歩いて近づいてくる。
 シモンも婦警が近づいてくるのに合わせてじりじりと後退するが、すぐに鉄柵に背中がぶつかり、いよいよ追い詰められてしまった。

 あと数歩前に進めばシモンの腕を捕まえられる、くらいの間合いで、その婦警は歩みを止め、シモンに話しかける。
「ほら、あまり手間を掛けさせない。きちんと手続きを踏んだら悪いようにはならないけど、下手に抵抗したら罪は重くなるのよ?」
 さっきとは違って、若干言葉が柔らくなってはいるものの、顔つきは厳しいままだ。小さな女の子に手をかける変質者許すまじ、というオーラが言動の端々からにじみ出ている。


 しばらくの沈黙の後、
「……わかりました。行きます」
 シモンはそう言って婦警の方に一歩、二歩と近づいた瞬間、握り締めていたスプレーのボタンを思いっきり押して、ノズルから噴き出す白煙を婦警の顔に吹きつけた。

「ちょ……げほ……げほ……ごほ……」
 不意をつかれてむせる彼女の隙を突いてその脇を擦り抜けようとするが、さすがはプロというべきか、彼女は反射的に脚をシモンに進行方向に突き出した。勢い、足をひっかけられつんのめったシモンは、派手な音とともにもんどりうって転倒した。

 婦警は地べたにうつぶせに倒れこんだシモンに間髪いれず馬乗りになり、右腕をひねって身体を押さえつける。

「ぐ、ぐげー……」
「……こ、公務執行妨害の現行犯で逮捕します!」
 彼女が手錠を取り出し、シモンの手首にがちゃりと掛けた。

 じたばたしてはみるものの、がっちり関節を決められた上に馬乗りにされてるのでどうにもならない。そうこうしているうちに、身動きの取れないままのシモンの耳に、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。

「……大丈夫?森田さん」
「はい、取り押さえました。御神楽主任……けほ、こほ……」

 さっきのウェーブヘアの婦警が来たのだろう。彼女が御神楽で、今自分の背中に乗っているのが森田、という名前なのだろうか。

「どうしたの?むせてるみたいだけど」
「いえ、この子、スプレーみたいなのを持ってて、それをかけられてしまって……でも、大丈夫です。いわゆる催涙系じゃないみたいです」
「そう、良かった。とりあえず手錠も掛けたんだし、立ってもらったら?」
「そうですね。ほら。立ちなさい。……一応忠告しておくけど、変なことしたら、今度は関節極めるだけじゃすまないからね。骨、いくよ?」
 後半はドスをきかせた声をシモンに浴びせ、森田、とよばれたポニーテールの婦警は、シモンを引っ張り起こす。もちろん、関節は極めたまま、手首には手錠が掛けられたままだ。

「これは没収します」
 彼女はシモンの手から『凶器』のスプレーを奪い取ると、
「主任、お願いします」
「そうね、これは私が預かっておくわ」
 と、御神楽主任、と呼ばれた婦警――おそらく森田婦警の上司なんだろう――がそのスプレーを預かった。

 と、その騒動の中で、御神楽主任の後ろにくっついてきていたダリアが、彼女の後ろから顔を少しだけ見せつつシモンを指差してとんでもない言葉を口走る。

「あ、あのね、おまわりさん。このひとね、けんじゅう、もってるよ」
 ダリアの言葉に、弛緩しかけていた二人の婦警の雰囲気が一変する。
「君!すぐに出しなさい!」
「ちょ、ま、待ってください、お巡りさん……ってダリア、お前口からでまかせも大概に……」
「だってダリアみたもの。そのおにーちゃん、けんじゅうもってずどんするって、ダリアをおどかしたもん!ズボンの中にかくしてるよ。けんじゅう!」
 その言葉を受け、すぐに御神楽主任は指示を出す。
「森田さん!彼をボディチェックして!」
「わかりました、主任」
 ウェーブのかかった婦警――御神楽主任がシモンを羽交い絞めにしたところを、ポニーテールの婦警はシモンのシャツの上から手でなでさすり、武器を隠し持ってないか調べる。

 ダリアはその様子を見ながら、腕をぐるぐると回して、たきつけるように、
「うえじゃないよ、ずぼん、ずぼんのなか〜」
 そのダリアの言葉を受けて、ウェーブの婦警は指示を飛ばす。
「森田さん、彼のズボンの中を調べて」
「え……は、はい」
 さすがにズボンを調べろ、といわれて一瞬躊躇した彼女だが、職務精神が優先したのだろうか、シモンの足元に跪くと、そのままシモンのズボンのポケットに手をつっこんだり、太ももをズボンの上からさすったりしている。

 が、当然鉄砲など見つかる気配が無い。

「み、見つかりません……」
 森田婦警の報告に、ダリアは、
「お巡りさん。前だよ、ズボンの前のほう。前のほうに触ってみて、かたいのがあるから目の前、さわってみてよ」
「目、目の前って…………」

 ひざまずいたまま森田婦警の目の前は、丁度シモンのズボンのチャックがある。

 御神楽主任は躊躇する部下を叱咤するように、
「森田さん、何をもたもたしてるの。調べなさい!」
「は、はい!」

 一見垂れ目で優しげな顔立ちではあるが、さすがは上司だけはある。まなじりを決して鋭く指示する御神楽主任の言葉に、森田婦警はおずおずと手を伸ばし、シモンの制服のズボンのチャックの上を、そっと触る。

「……う……」

 両腕を羽交い絞めにされた状態のシモンだが、もちろん本人の自由意志とは別に、反射的にブツがむくむくとふくらみ、堅さを増していく。

「あ……」
「どうしたの?」
「そ、その……いえ……」

 森田婦警は顔を赤らめる。当然、男のモノを触ってしまったという認識があるのだろう。手をひっこめる、が、ダリアはそれを許さないかのように、シモンのズボンの前を指差して、
「あ、いま、ふくらんだよ。そこ、それがけんじゅうだよ、ダリアみたもの。黒くて堅いの。お巡りさん、ズボンを脱がせてしらべないと駄目だよ!」
「ちょ、ちょ、待って、そこは違うって、それは違う……」

 シモンはいよいよあわてて身体を動かそうとするが、その顔立ちとは裏腹に、御神楽主任の腕の力は強く、シモンは振りほどくことはできない。それどころか、シモンの背中にやわらかい二つの弾力のある肉の塊がぎゅっと押し付けられ、さらに耳元から漂ってくる彼女の髪の香りが、シモンの鼻腔を刺激する。そのせいもあってか、さらにシモンのナニはむくむくと立ち上がっていく。

「で、でもコレは……」
 さすがに良識と常識が邪魔をするのだろう。森田婦警はまだ迷ってる様子だが、
「おねえちゃん、ダリア、嘘ついてるっていうの?ダリアみたんだよ?このおにいちゃんがね、けんじゅうでダリアをおどかしてね、ダリアのお胸、ぎゅーっとしたんだよ。ダリア、嘘ついてないよ、ダリアみたもん……」

 涙声で訴えるダリアの様子に、御神楽主任は、頭をふって、

「森田さん、彼女の言葉を信じましょう。被害者の、こんな小さな女の子の言葉を信じてあげなくてどうするの?……彼のズボンを脱がせて、調べましょう」
「は、……はい、わかりました」

 ポニーテールの彼女は、ごくっと唾をのむと、シモンのベルトをはずし、そのままずり下げる。

「ひぃぃぃぃ……」

 情けない声を上げてうめくシモンの抵抗もむなしく、シモンの下半身は薄暮の公園の外気に晒される。さきほどの刺激を受けて肉塊が中途半端にそそりかけた形でトランクスの薄い布を持ち上げる形になっている。

「森田さん、見つかった?」

 シモンを羽交い絞めにしている御神楽主任からはシモンの足元に跪いている森田婦警は死角になっていてよく見えないのだろう。様子をたずねてくる。

「い、いえ……さっきの堅いのは……その……男の人のアレで……」

 森田婦警は、そのまま白い指をシモンのトランクスのふくらみに触れかける。が、さすがにこれが拳銃じゃなくて男のモノだとはわかっているのだろう。

 ダリアは、その婦警の様子を見て取った後、低い声で囁く。

「……お姉さんはそのままそのおにいちゃんを捕まえててね。……しずかに、ね。おねえちゃんはお兄ちゃんを捕まえるのがお仕事の人。それだけをしてて、ね?」
「……え…………ええ……」

 ダリアは御神楽主任が虚ろに頷く様子を見て取ると、そのまま森田婦警の脇にとてとてと歩き、年齢相応の――といっても彼女の年齢など誰にもわからないのだが――微笑みを浮かべつつ、

「そう、それ、それだよ……それがけんじゅうなんだよ……さっきダリアみたもの、黒くて固い、けんじゅうだったの。ほら、もっとさわってみて……どんどんかたくなってくでしょ……」
「え……」
「さわらなきゃわからないよ?おねえさん、おまわりさんでしょ?けんじゅう、こわいの?」
 少女にそういわれて、警察官としての職責からか、はたまたプライドが優先したのか、森田婦警はそのまま手でシモンのトランクスの上を圧迫すると、その押し付けた彼女の指先には、勃起した肉茎特有の固さが返ってくる。

「あ……」
「ね。かたいでしょ?それがけんじゅうなんだよ。ちょっとやわらかいところもあるけど、それは、金属検査でひっかからないように強化ゴムで出来てるからなんだよ。嘘だと思うなら、その下着を下げてみて。さっきダリアみたもの。黒くてね、堅い、けんじゅうがそこに隠れてるんだよ」
「で、でも……」
「ほら、はやくしないと撃たれちゃうよ、いち、にの、さんで下着を脱がすんだよ……ほら、いち、にの、さん!」

 耳元で繰り出されるダリアの矢継ぎ早の指示に、森田婦警は勢いでシモンの下着をずりっと足首まで下げる。

「あ……」
「〜〜〜☆!!」
 ずりさげたトランクスの勢いを受けてぶらんぶらんと揺れながら飛び出してきたのは、刺激を受けて半勃ち状態になったシモンのイチモツだった。

 当然、そこには拳銃など隠されているはずもなく、あるのは手入れもしない陰毛が無節操に生えたシモンのあられもない下半身だけである。

 が、ダリアはしれっと、
「ね、おまわりさん。……今、おまわりさんの前にあるものの色は、白っぽい?黒っぽい?」
「え……」
 ダリアに反問しようとする婦警に、ダリアはぴしゃりと、
「聞いた事に答えて。……ね、白っぽい?黒っぽい?」
「え……あ…………」



 もちろん、シモンだって毎日風呂に入っているわけだから、充血して勃起したイチモツは真っ黒、というわけではなく、せいぜい赤黒い程度、むしろ肉色、というべきものである。



 しかしダリアはあくまで、
「白?それとも黒?どっちかで答えて」
 と二択を迫る。

 森田婦警は、ダリアの言葉に気圧されるように、
「……く……黒い……黒いです……」

 ダリアはその森田婦警の言葉に、にっこりと天使のような微笑を浮かべて、
「はい、よくできました。……それじゃあ今度は触ってみて?固い?それとも柔らかい?」

 もはや森田婦警はダリアに逆らうことはできない。そのまま白魚のような手を伸ばして、シモンの肉棒をつかむ。
 中途半端なたち方をしていたシモンの肉は、その刺激を受けてむくっと屹立する。

「あ……」
「固い?柔らかい?」
「……か、……固い、です……」
「だよね、……で、拳銃は黒くて固いよね……だからこれは拳銃だよね?お姉ちゃん、ダリア、間違ってるかな?」
「はい……これは……拳銃……です……」

 森田婦警はどこか夢を見ているような表情で、論理学的に言えばあまりに初歩的なエラーを含んだダリアの命題を肯定し、シモンの肉棒を撫で回し続ける。

「そう、拳銃だよ、ダリアの言ったとおりだったでしょ?ダリアは嘘ついてなかったよね」
「ええ……本当……だった……ごめんなさい……私……信じなくちゃいけなかったのに……被害者の……こんな小さな女の子の言葉を疑うなんて……」

 自分を責める言葉を吐く森田婦警の瞳の色は、既に星の無い闇夜のように光を喪いどんよりと曇っており、その表情は虚ろなものになりつつあった。

「いいの。おまわりさん、わかってくれたら、それでいいよ……。でもダリアの言ったこと、ほんとだったでしょ?ダリアの言うことは本当だよね?」
「ええ……本当……本当よ……」

 ダリアは口元を少しゆがめて続ける。

「……じゃあ、ほら拳銃を見て。今、おねえちゃんとダリアの方に拳銃の先っぽが向いてるよ?このままだと危ないよね。ずどん、って撃たれちゃうよ?……だから鉄砲、湿らせなくちゃだめだよね。拳銃は火薬を使うんだから濡らしたら撃てなくなる……そうだよね」
「はい……濡らしたら……撃てなく……なります……」

 ダリアの言葉をそのままにうべなう森田婦警に、ダリアは続ける。

「だったらほら、早く濡らさないと、目の前に拳銃があるよ?おまわりさん、このままだとダリア拳銃で撃たれちゃうよ?おまわりさん、ダリアいやだよ。まだ死にたくないよ、お巡りさん、助けてよ、はやく、はやく拳銃を駄目にして?くちゅくちゅに濡らして?」
「え……で、でもここに水なんて……」
「お口で、よだれで、べろでくちゅくちゅすれば大丈夫だよ。ね、おねえちゃん、ダリアを助けて。おねえちゃんお巡りさんだから、ダリアを助けてくれるよね……」
 ダリアの言葉に、
「ええ……もちろん……」
 そういうと、森田婦警は薄くルージュの塗った唇をちろっと舌で舐め回した後、そのままシモンのモノを口で含み、一気にくわえ込んだ。

「ちょっ……うぁ……」

 シモンの呻きを、むしろ、犯人の怨嗟の声ととらえたか、森田婦警は少し勝ち誇ったように微笑みながら、目を閉じて、悩ましそうげに「んふ……」と声を漏らす。

 くちゅ、くちゅ、じゅぷ、じゅぷ……。

 森田婦警は、はじめはゆっくりと舌で陰茎を舐め回していただけだったが、やがて、唾液を口の中に溜め込み、そのどろどろの唾液の海にシモンのそそりたつ肉棒を浸していく。おそらく、『拳銃の銃身』を『湿らせよう』という意図なのだろう。

「そう、そうやってどんどんよだれをしみこませて濡らしていってね。だけど乱暴にしちゃだめだよ、暴発しちゃうからね。そうっとそうっとやさしく、包み込んで、マッサージをするみたいにおねえちゃんのつばをしみこませて、ぺろぺろしていって、ね?」
「うん……わはっふぇっふ……ふぁいふぉうふ……おふぇえふぁんふぃふぁふぁふぇふぇ(わかってる、大丈夫、お姉ちゃんに任せて)……」

 シモンのイチモツを喉奥まで深々と咥えこみ、森田婦警はポニーテールを揺らしながら、大真面目な顔でシモンのものを舐めまわし、唾を擦り付けていく。だがその動きはあくまで優しくシモンの陰茎に刺激を与え続けるため、シモンの怒張はいよいよ婦警の口腔一杯に膨らんでいく。

「う……む……んあ……」

 シモンのモノが口の中で膨れ上がり、少し苦しげな声をあげる森田婦警に、ダリアは後ろから耳元で、

「ほら、ほら、膨らんできた。もっとお口全体で刺激して、顔も動かして、舌もぺろぺろして、ほっぺたをきゅーってしてあげて。……あとね、その拳銃はね、エアガンなの。だからね、刺激するとね、液体のガスが漏れ出て、弾が撃てなくなるの。そしたら安全になるの」
「ふぇ……へ、へひふぁいふぁふ(液体ガス?)……」

 あまりに熱心に舐め回していたせいか、顔を少し紅潮させて、すこしぼんやりとした表情の婦警に、ダリアはにっこり微笑んで、

「うん、そうだよ。嘘だと思うなら、拳銃のさきっちょ、見てごらん?大丈夫。少しだったら暴発しないから」
「ん……」

 婦警はダリアに言われるままに、口からシモンの陰茎をぬちゅっと取り出すと、しとどに濡れたシモンの赤黒い亀頭と婦警の唇との間で唾液が銀色の糸でできたアーチを形作り、その自重に耐えかねるかのように地面に垂れ落ちた。

 血管が浮き出ている陰茎を支える婦警の白魚のような指先は、その茎に塗りつけた自らの唾を触ったせいでべとべとになってしまっているが、彼女はそんなことは気にも留めず、まじまじとシモンの亀頭の先を見る。
 その鈴口からは、唾液とは違う白いぬるっとした液体……カウパーが染み出して来ている。

「あ……」

 驚きの声を上げる森田婦警に、ダリアは解説を加えていく。
「ね、さきっちょからちょっととろっとした汁が出てきてるよね。お姉ちゃんの唾じゃないよ。その拳銃から染み出てきたの。これが液体ガスだよ。これが全部出たらね。もうこの拳銃は使えなくなるの。たくさん刺激するとね、その拳銃は液体ガスが漏れて使えなくなるよ。ダリア、おうちでお父さんがエアガンを趣味で集めてるから、よく知ってるの……」
 さっきまで火薬を湿らすため、といっていて、今度は設定がエアガンになっている。ちょっと考えればダリアの言葉は本当に口からでまかせだとわかるはずだが、既に婦警の思考回路は、ダリアの言葉を真実だと信じ込み、全て盲目的に受け入ている。
「……うん、わかったわ、お姉ちゃんがんばるから、いい子にして待っててね」
「うん、お姉ちゃんお願い!」

 ダリアの微笑みに虚ろな瞳をして応えた森田婦警は、シモンの陰茎に真剣な顔で向かい合うと、再びあむ……口に含み、顔を前後に動かしながら、舌でれろれろと舐め回す。

「ぐぁ……」
 さっきまででも、性的な経験に乏しいシモンにとって――というか3次元の女性を相手にした経験はほとんどゼロのシモンにとって――十分に激しかった婦警の刺激は、舌先、口腔の刺激にくわえ、更に顔全体のグラインドによる刺激も加わって、圧倒的な勢いでシモンを襲う。

 じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ……。

 目を閉じながら熱心に頬張る森田婦警に対し、御神楽主任に両腕を後ろからがっちり固められているシモンはなすすべもなく腰を突き出し、やがて、シモンは身体を極められたまま上り詰めていく。

「う……うぁ……」
「ん……んんん!んあ……ああ……」

 こらえきれなくなったシモンがうめき声とともに腰を引きかけた瞬間、どぷ……どく……どくどく……、と音を立てて、精液がシモンの怒張から噴出し、婦警の口内を蹂躙した。

「あ……れら(出た)……れらよ(出たよ)……ふぉふふぁふぃふぁふふぁん(こんなにたくさん)……」
「ありがとう!お姉ちゃん、これでもう大丈夫だよ……」

 口内に含んだ白濁液があまりに大量なせいで、艶かしく濡れた唇の端からぽと、ぽと、と粘性の高い精液と唾液の混合物を垂れ落としているポニーテールの婦警をダリアはねぎらうと、シモンを羽交い絞めにしている御神楽主任に向かって、

「もう一人のおまわりさん。あのね、あの液体ガスはね、毒があるの。少しだったら大丈夫だけどね、たくさんだと身体がおかしくなっちゃうの。だけど二人で分けたら大丈夫だから、あっちのお姉ちゃんのお口から吸い取ってあげて?」

 今まで虚ろな表情で森田婦警の口舌奉仕を見つめていた御神楽主任だったが、ダリアに話しかけらた瞬間に魂が戻ってきたかのようにはっと目を見開いて、
「え……でも、いま私がこの男の子を離すわけにも…………吐き出しなさい!森田さん!」
「だめだよ、おねえちゃん。もう毒が身体に回ってきて、あっちのお姉ちゃん、動けなくなっちゃってる。ね、お姉ちゃん、もう動けないよ、ね?」

 ダリアが今度は森田婦警の元に近づき、その耳元で囁くと、

「あ……んあ……あ、あふへへ……ふふぃふ……」

 口いっぱいに白濁液を頬張ったままの森田婦警は、ダリアの言葉を聴いた瞬間に身体が硬直し、精液を飲み干すことも吐き出すことも出来無くなり、苦しげな表情を浮かべる。

「ほら、助けて、って言ってるよ、もっとおねえちゃんのおまわりさん。部下を見捨てちゃうの?……大丈夫、犯人のお兄ちゃんはダリアが捕まえておくから、おねえちゃんはこっちのおねえちゃんを助けてあげて。おねがい、ダリアを助けたおねえちゃんを助けてあげて!」

 その言葉に迷いが吹っ切れたのか、御神楽主任は

「わ、わかったわ、犯人をお願い!」

 というと、シモンを突き飛ばして、森田婦警に駆け寄り、

「大丈夫?森田さん、今吸い取るからね」
 というと、森田婦警のべとべとの唇に自分の唇を寄せて吸い付き、彼女の口内からすべてを掻き出さんが勢いでじゅる……じゅるる……と音を立て、精液と唾液をまとめて吸い始める。




「いだ、あたたたた……って……うぁ……」
 御神楽主任に突き飛ばされ、もんどりうって地べたに倒れたシモンの前で繰り広げられているのは、自分の目を疑わんばかりの光景だった。

 さっきまで、シモンのことを痴漢扱いしていた、凛々しく、そして若くて美しい二人の婦警が、唇と唇をよせ……いや、これは寄せ、だなんて甘ったるいものではなく、激しいディープキスの体勢で、シモンの怒張から搾り取った精液を奪い合うように飲み干しあっている。

 御神楽主任は、森田婦警の口内の精液を一滴残らず吸い尽くすのが自分の使命と言わんばかりに、ポニーテールの彼女の頭を掻き抱き、激しい息遣いで森田婦警の唇を蹂躙している。彼女の舌が森田婦警の口腔を舐るたびに、じゅぱ……じゅぷ……という水音が立ち、その白い喉がごくごくと動くたびに、唇から溢れた唾液と精液が彼女の喉につつっと垂れ、紺色の制服の下に隠された豊満な胸元にその淫らな液体がしみ込んでいく。

 森田婦警の方はといえば、「んふ……」と悩ましげな声を上げつつ、一方でぬらぬらと濡れそぼる舌を御神楽主任の舌に絡みつかせ、もう一方でシモンの精液でベトベトに濡れた指を彼女のウェーブヘアに絡めながら、自分の唇を押し付けていく。

 二人の身体と身体が密着し、脚と脚がもつれあったせいだろうか、勢いあまってタイトスカートがめくれ、パンストがぴったりとへばりついたショーツの奥のデルタが丸見えになっている。制服の胸元も乱れてブラジャーがちらちらと見えてもいるのだが、二人ともそのことに気づく様子もない。明らかに『二人の世界』に嵌まり込んでしまっている。


 やがて、身体をくねらせ唇を貪りあっている二人にダリアは近づくと、
「そう、……森田おねえちゃんも、もう大丈夫だよ、これくらいなら飲んでも大丈夫だから、飲んじゃおう、ね?飲むとね、すごーくいい気持ちになれるよ、たくさん飲むと毒だけど、ちょっとだったら身体にすごーくいいからね、ほーら、ごっくん、して」
「う……んく、……ごく……」
 ダリアの許しを受けて、口の中に残った液を森田婦警も搾り取るよう飲み込んでいく。
 やがて、二人の口の中からシモンの精液がすっかり無くなり、すべてが二人の体内に納まった。
「森田さん……よくがんばったわね」
「あ、ありがとうございます、御神楽主任……」
 口元や頬や喉仏や胸元を、さまざまな体液でぬらぬらと濡らしたまま、うつろな熱っぽい視線を交し合う二人に、
「はい、二人ともよくできました。でもね、その液体ガスはね、飲むとすごーくねむくなっちゃうの。ほーら、もう我慢できない。ダリアが三つ数えると、二人ともふかーいふかーい眠りに入っちゃうよ、もう何もわからない、まっくらなの、でも安心なの……じゃあ数えるよ、いち、にの……さん!」

 ダリアが手を叩くと、二人の婦警は糸が切れた人形のように、その場に重なるように倒れこんだ。






 ダリアは倒れた二人に近づき、脈をさぐったり何やら囁いたりした後、シモンをちらりと見た。さっきまで二人の婦警に向けていた幼い表情はもはや見る影もなく霧消し、いつもの皮肉めいた微笑を顔に張り付かせた彼女は、シモンに向かって、
「……いい加減にその粗末なモノをしまったらどうだ」
 と、冷ややかに言い放つ。

「う、うわ……」
 あまりの事態の展開に、肉体的にも精神的にも精を削がれてしまっていたシモンだったが、その言葉に弾かれたよう我に返ってあたふたとトランクスとズボンをずりあげて立ち上がり、大きく一つ深呼吸した後、ぎっとダリアを睨みつけ、
「お、お、お前、何のつもりだよ。人に痴漢の嫌疑がかかるようなことをしやがって……。それに、この婦警さんも、もうちょい聞く耳持ってくれ、だよ。いきなり犯人扱いして……」
「ふん。お前のような年中スケベなことしか頭に無いような年頃のむさくるしい男の言い逃れと、私のような純情可憐な少女の言葉、どちらに信用があるかなど火を見るより明らかではないか」
「……じゅ、純情な少年のモノを見ておいてそんな平然としている奴が純情可憐を名乗るんじゃない!お前は全国一万人の『可憐さん』に謝れ!!」
「やかましい、減るものじゃないだろ。それはともかく、これで少しは信用したか?私の研究の成果を」

 シモンは言葉を呑み、地面の上で倒れたまま動かない二人の婦警を見やる。

 さっき起きたことはとても現実とは思えないが、その二人の婦警の唇やら顔に飛び散ったシモンの精液、そしてそれを舐め、啜りあった唾液の跡が互いの頬やら首筋やらに残っている様子、さらにトランクスの中でベトベトに濡れ、既に縮こまってしまった自分のイチモツの気持ち悪い感触――それらが、さっきの事態が夢うつつではなく、現実のものであることをシモンに突きつけてくる。

「……まさか、これが……」
「そう、あの薬の効果さ。試作品だったが、思ったより出来がよかったな。予想以上にうまくいった。重畳重畳」
「……じゃあお前、あっちの婦警さんも……」
 シモンがウェーブヘアの婦警――御神楽婦警を指差すと、
「ああ、ちょっと隙を見てハンカチに含ませた薬をかがせておいたからな。もとより被害者である私の言葉は信じ込みやすくなってる状態に薬が利いたせいだろうな。私の口からでまかせを疑うことも無く信じてたろ?」
「それにしたって、まあ百歩譲って拳銃を持ってる、というのまでは信じたとしても、なんでおれの……ナニを拳銃だと思って、しかもフェラなんか……」

 ダリアは口を小さくゆがめて、教師のような口調で、

「もちろん、いきなりお前の汚らしいイチモツを咥えこめ、だなんて言ってもおそらくは彼女は言うことをきかなかっただろうな。だが、ケーサツカンは上下関係に弱い。だから、まずはミカグラ、とかいったかな、この上司のケーカンを通じて、このポニーテールの、モリタだったな、部下のケーカンに命令させていったわけだ。だから多少無理な命令でも彼女は従ったわけだ。それから後は少しずつ思考の方向性を限定したり、認識や論理展開をずらしてやっただけさ。他にもいろいろとテクニックは使ったが、たいしたことは無い」

 ダリアは地面に横たわる二人の耳元で囁くと、二人の婦警はゆっくりと目を開き、まるで人形のように茫洋とした所作で立ち上がる。

 その瞳は、光を喪い、ただ虚空を見つめている。

 ダリアは二人の制服を軽くはたいて砂埃を落とし、まるで人形師が自ら作った人形の出来栄えに満足するかのようにうなずくと、シモンに向かって、
「運がよかったな、シモン。なかなか二人とも美人で、スタイルもいい。この国の婦警としては珍しいタイプだ。この薬の効果は……まあ一回目は15分程度くらいだが、その間にいろいろ暗示や刷り込みをやっておけば、永続的に操り続けることもできるし、記憶だって操作できる。シモン、誤認逮捕の復讐をしたいというなら、チャレンジしてみたらどうだ?無料で婦警プレイできるチャンスだぞ?」

 シモンはジョージが昔婦警プレイはいいぞ、と力説していたことを思い出し、若干興味をそそられつつも、数秒の葛藤の末、かろうじて良識、というより日頃の怯懦さが彼の劣情を押しのけた。

「…………いや、遠慮する。薬の効果はよくわかった」
「そうか。じゃあとりあえず薬をとっとけ。あと、これはマニュアルだ。使ったらレポートを頼むぞ」
「い、いらねえよ、こんなの」
「まあそういうな。じゃ、私はこの二人にパトカーで送ってもらうから、後はよろしく」

 ダリアは薄手のブックレットをシモンに渡すと、二人の婦警を連れ立って公園の入り口へと消えた。

 もう日もとっぷりとくれた夜の公園に、シモン、そしてその手にスプレー、薬瓶とマニュアルだけが残された。

 
 


 

 

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