洗脳戦隊


 

 
第十一話(B) Shrimp & Sea Bream



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<これまでのあらすじはこちら>

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 朝。
 シモンは目を開けた。
 薄暗い部屋の中で目覚めると、狭いベッドの上でシモンを挟むように、カーネリアとルピアが眠っている。
 シモンは身体を起こし、白く艶のある二人の肢体を眺めやる。

 昨日、ダリアと別れた後、シモンは二人を部屋に呼んで彼女たちの身体を貪った。
 一昨日まで、自分を蔑み、殺そうとしていた彼女たちと、今こうしてお互いに疲れ切って眠ってしまうまでの交わる関係になっている。
 その安らかな寝顔、剥き出しになった乳房。
 そして彼女たちの身体にへばりつく乾きかけの精液と愛液。
 目の前の光景が、今の自分たちのいる環境の異常さを物語っているかのようだ。



     「・・・シモン、お前が賢明な選択をすることを祈ってるぞ。私はお前を『処理』したくない」



 ・・・昨日別れしなにダリアから投げつけられた言葉は、今もシモンの耳の奥でこだましている。

 ブラインドの隙間から漏れる朝の光が次第に強くなってくるのとは反対にシモンの気持ちは沈んでいく。



 



 くしゅん。
 
 ルピアが小さくくしゃみをした。
 三人のいる寝室は昨日の激しい情交の熱気をまだ孕んではいるものの、朝の冷気と混じりあって熱を失いつつあり、裸でいるには流石にやや肌寒い。
 風邪をひいてもらっても困る。シモンは彼女の身体にタオルをかけようとすると、ルピアが薄く目を開いた。
「・・・シモン様?」
 ルピアは少し身体を起こすと、たゆん、と彼女の乳房がふるえる。見慣れたとはいえ、こうしてまじまじと見せつけられると、かえってこっちが気恥ずかしくなってくる。
「・・・お早うございます」
「ああ、お早う。まだ寝ていて構わないぞ」
「・・・いえ、もう目が覚めてしまいました」
「そうか」
 
 二人の間に沈黙が流れ、薄暗い部屋の中でカーネリアの寝息だけが聞こえる。
 
「・・・シモン様?」
 ふと声のする方に顔を向けるとルピアが気遣わしげな表情でシモンの顔を覗き込んでいる。
「ん?」
「・・・あの・・・何かご心配なことがおありなのではないですか?」
「・・・カーネリアにも同じ事を聞かれたな」
 シモンはぽさっと布団に身体を沈めると、ちょうどカーネリアが寝ぼけてシモンの身体に顔を擦り付けるようにしてくる。
 そんなカーネリアの姿に微笑みながら、ルピアはシモンの顔を見つめる。
「・・・シモン様。カーネリアも私もシモン様の忠実な僕です。何か手伝えることがあるならぜひおっしゃってください」
「うーん・・・」

 
 ダリアを洗脳するか、説得するか。足りない頭をいろいろ振り絞って考え抜いた結果、シモンの心は決まった。
 ダリアを説得し、味方につける。
 とはいえ、シモンにあのダリアを説得できる自信がないのもまた事実であった。


 シモンはルピアに、ダリアに自分の味方になってくれるように説得したいのだが、どうにも自分には自信がない・・・と訥々と話すと、ルピアは少し考えた後、彼女は思いもよらない提案をしてきた。
「・・・練習をしてみるのは如何でしょうか」
「どうやって?」
 ルピアはすやすやと眠るカーネリアを指差した。




「さぁ・・・目をゆっくり開くんだ」
 白い男物のシャツを着せられたカーネリアはぼんやりと目を開く。
「・・・お前は誰だ?」
「私は・・・ダリア・・・」
 カーネリアは霞の掛かった瞳のまま、シモンの言葉に答える。
 シモンはルピアに小声で語りかける。
「こんないい加減な練習で大丈夫なのかね・・・」
「・・・大丈夫です。意外にカーネリアは人のことをよく見ていますから・・・」
「とはいってもなあ」

 ルピアは、自分をダリアと思い込んだカーネリアを使って説得のシミュレーションをしてみてはどうかと提案したのだ。少なくともヴァーチャルダリアと化したカーネリアを説得できるようでなければ本物のダリアを説得するのも覚束ないだろう、というのだ。
 それも一理あるかと思ってカーネリアに暗示を入れてはみたものの、こんな練習に意味があるのだろうか?

 ともかくやってみよう。シモンは改めてカーネリアに向き直る。
「・・・では、ダリア、俺の指がお前の額をつつくと、お前はしっかり目が覚める。お前はダリアで、何時もどおり俺と接するんだ。ここは俺の部屋で、お前は俺に呼び出されてきた。わかったな?」
「・・・わかった」
 こくりと頷くカーネリアの額をシモンは
「では、いくぞ、・・・いち、にぃの、さん!」
 シモンがカーネリアの額をつつくと、カーネリアははっと目を開く。
「・・・お早う、ダリア」
 カーネリアはシモンを睨みつける。
「・・・なんだ、シモンか。こんな早くから私を呼びつけるとは偉くなったもんだな」
「う、すまんな」
 普段の愛嬌のある、それでいてどことなく間の抜けたカーネリアの雰囲気は影形も無く消えさっている。人の心をX線どころかγ線で撃ち抜くような視線、ちょっとだけゆがめた口元、ぞんざいでぶっきらぼうな口調はまさしくダリアそのものだ。
「で、何のようだ、私は忙しいんだぞ?」
 鷹揚に腕と足を組むカーネリア。ダリアの白衣に似た服、ということで、彼女はワイシャツ一枚だけ着ている。薄い生地を通して乳首は透けており、下はショーツ一枚という姿なのだが、本人はそれに気づいていないようだ。
「その・・・ダリア、俺に協力してくれないか?」
「協力?」
「いや、その、あの・・・ベリル様にヴァルキリーを殺さないように俺と一緒にお願いしてもらえないかと・・・」
 シモンの言葉を遮るかのように、ダリアは鼻でシモンを笑う。
「甘いなシモン。お前はグラニュー糖はおろかサッカリンよりも甘い。大体貴様は・・・」

 その後、シモンは5分間ほどみっちりダリア(と思い込んでいるカーネリア)に説教を食らい、シモンの試みるありとあらゆる説得はこてんぱんに論破されてしまった。
 
 
 ドアの裏に隠れて二人の様子を見ていたルピアの元に、シモンがよろよろと歩いてくる。
「・・・カーネリアに口であそこまでけちょんけちょんにやられるとは・・・」
「今度は私がやってみます」
 落ち込むシモンにルピアが励ますように声をかける。いつのまにか、凛々しい魔法服を身に着けたルピアの発言は頼もしいばかりなのだが・・・、
「・・・気をつけろ、いつものカーネリアじゃないぞ?三段論法も四字熟語も数学的帰納法もマスターしつくしてるぞ?奴は」
「まかせてください」
 ルピアがシモンににっこり微笑みかけた。


「・・・すみません、ダリア様。少しお話が・・・」
「なんだ、今度はルピアか。あいかわらず余計な肉がいろんなところについた身体だな。そんな体型ではろくに合う服も無いだろう。邪魔じゃないか?」
「・・・・・・・・・」
「まあ、それでもあのスケベ男を喜ばす程度の役には立っているようだがな。どうした?顔が青いぞ」
「・・・・・・・・・・・・いえ、ちょっと朝に弱いもので・・・」


 遠くで二人のやり取りを見守るシモン。ルピアとカーネリアとの会話といえば、常にボケのカーネリア、突っ込みのルピアという役回りが相場であったが、今回は異様な雰囲気が二人の間に充溢しているのが遠目からでも分かる。


 やがて、ルピアが突然後ろを振り向いたかと思うと、ドアの後ろに隠れて二人を見守っていたシモンの方に向かってきた。
「シモン様・・・うっうっうっ・・・」
 シモンの胸に飛び込んできたかと思うと、突然ルピアは泣き崩れる。
「・・・シモン様、私、もう駄目です。もう私に生きる価値なんてありません、後生ですからこのまま死なせてください!!」
 どこからともなくナイフを取り出し自分の首元に突きつけるルピア。
「待て待て待て、落ち着け、早まるな・・・」


 なんとかルピアを落ち着かせた後、シモンは立ち上がる。

 うーむ、恐ろしい。

 ダリアが恐ろしいのか、カーネリアが恐ろしいのかは正直微妙なところだが・・・、ともあれ、こんなことでは話にならない。
 えぅえぅといまだに少しぐずっているルピアを置いて、シモンはヴァーチャルダリアに立ち向かっていく。


 決然とした表情のシモンが、再びダリアの視界に立ちふさがる。
「ん、またシモンか、ルピアといいお前といい、今日は忙しいな」
 口ぶり、目つき、立ち振る舞い。もはやダリアそのものと化したカーネリアがめんどくさそうにこちらを向いた。
「飯食ってないんだろ」
 シモンはどこからともなくジャンクフードのパッケージを取り出す。
「要らん。そんなもの・・・」
 と、言っているそばから、彼女のお腹がぎゅるるる・・・と鳴った。
「あ、そ。じゃあ俺だけ食うわ」
 シモンはパッケージを破るとぼりぼりとその中身を喰い始めた。身体に悪そうな食品特有の安っぽい、それでいて香ばしい匂いが部屋に広がる。
 カーネリアが不審そうに、しかし興味深げに尋ねる。
「・・・なんだその食べ物は」
「この国の伝統的な菓子、エビセンだ」
 こちらに関心を寄せる彼女にシモンは少しだけつまんで放り投げる。カーネリアはそれを受け取ると、最初はにおいを嗅いだり観察をしたりと警戒していたが、空腹に負けたのか、ぼりぼりと齧り始めた。


 ・・・。
 ・・・・・・。
 待つこと数分。


「・・・シモン」
「何だ?」
「・・・さっきの食べ物をもっとくれ」
「・・・はて、何のことだ?」
 すっとぼけた顔のシモンをカーネリアは睨みつける。
「さっきのあやしげな食べ物のことだ!」
「んー、残念だったねー、あともう残り一袋あるんだけど、これは俺の虎の子だしねえ・・・」
「・・・それを寄こせ!」
 流石、カフェインをも凌駕する常習性を持ちながら取り締まられない危険食品だけのことはある。シモンはにやりと笑う。
「さて、どうしたもんかなぁ・・・」
 唸り声をあげてこちらに殺人的な視線を突き刺してくるカーネリアをよそにシモンは最後の一袋を破り、さも旨そうにバリバリと食べ始める。

 
 そうこうしているうちに後一つかみを残すのみとなった。
 カーネリアはほとんど涙目だ。
「・・・そんなに欲しいのか」
 こくん、とカーネリアは頷く。
「・・・では交換条件だ。俺に協力しろ」
「まだ言うか、貴様・・・」
 カーネリアの言葉は相変わらずだが、口調は妙に弱々しい。どうも禁断症状が出ているのか、拳がわなわなと震えている。
「お前が協力するっていうならこいつをやってもいいが、そうじゃないんだったら・・・」
 あーん、と大口を開けて最後の一掴みを口に投げ込もうとするシモンに、カーネリアが突然飛び掛る。
「うがーーーーーーーーー!」
「わ、こら、落ち着け・・・ぐわ!!」
 雄叫びを上げてシモンに掴みかかったカーネリアは、そのままシモンを押し倒し、まさにシモンの口にくわえたエビセンを口でかじり・・・。

 最後の一欠片を余して、カーネリアがシモンから離れようとした瞬間、シモンはカーネリアの首に手を回し、そのままシモンとカーネリアはキスする形になる。


「んぐぐ・・・ん・・・んふ・・・ん・・・」

 最初は息がつまっていたのか苦しげな声を出していたカーネリアだが、次第にその声が鼻にかかった甘いものにかわる。シモンはカーネリアの唇をちろっと舐める。塩味の効いた、それでいて柔らかい唇の感覚。

「い、いや・・・」
 シモンに唇を舐められたカーネリアは小さな声をあげる。しかしシモンはカーネリアの頭と体を両腕でしっかりと抱きこんで、カーネリアを離そうとしない。

 ・・・ええい、こうなれば自棄だ。

 シモンはそのままカーネリアを押し倒し、舌を唇に挿し込む。


「んん〜〜〜〜・・・・ぷは・・・ず、ずるいぞ、シモ、んふ・・・そんな、キス、・・・ちゅる・・・で、ごまか・・・・・んんん・・・あふ・・・んふ・・・」

 抗議の声を上げようとするカーネリアの唇をシモンは執拗に塞ぐ。実際は唇だけではなく、両手でカーネリアの胸を弱く、そして強く揉みしだきつつ、シャツのボタンを器用に外し、乳首を指先で責め立てる。


「んん・・・・・・・んふ・・・いや・・・いや・・・んん・・・」
 シモンがねちっこく責め続けると、いつしかカーネリアの抵抗は弱々しいものになり、その彼女の拒絶の声の中にも甘えるような声音が混ざってくる。

「ほう、子供子供と思っていたが意外にいやらしい声を出すんだな。ダリア」
「な、なんだと・・・この・・・あふぅ!」
 反駁しようとするカーネリアを封殺するかのように、シモンは下着越しに彼女の大事な部分をつまむと、カーネリアの身体が一瞬反り返る。
「んはぁ・・・!」
「おいおい、もうこんなに濡れてるぞ。どっちの口も満足させてもらわないと気がすまないというわけか。随分欲張りな奴だな」
「そ、そんなこと・・・言うなぁ・・・」
 顔を真っ赤にして否定するカーネリアだが、身体はその彼女の意思を裏切り、ショーツの生地からは愛液がにじみ出てきている。白い肌も上気し、ほんのりピンク色になっている。乳房も固くしこり、着崩れたワイシャツの間からちらちら見える乳首は、シモンの獣欲をそそらんばかりに、天井を向いて勃ちあがっている。

 シモンはへたりこみそうになるカーネリアを抱えるようにベッドの上に寝かせる。
 ベッドの上にこぼれ落ちていたエビセンをつまむと、
「ダリア、これが欲しいか?」
「あ・・・」
 カーネリアは無意識のうちに、こくんと頷く。
 シモンはそのエビセンを口にくわえると、カーネリアの口にそのもう一方を触れさせる。カーネリアは端をついばむように咥えて、やがて互いに唇が触れ合い、そのままお互いにディープキスをする形になる。今度はさっきのようにがっつく形ではない。お互いがお互いをいたわるようなキスだ。

 たとえ自分がダリアだと思い込んでいるとはいっても、もとより身体はカーネリアのものだ。たった数日とはいえ、彼女の身体はシモンに徹底的に嬲られ、洗脳された状態で何度もイかされている。シモンの匂いを嗅ぐだけで愛液が滴り、陶然となってしまうほどに調教された彼女だから、キスをされただけで前後不覚の状態に陥っても不思議は無い。

「シモン・・・あふ・・・ん・・・」
 カーネリアはとろんとした目をしてシモンの唇の中に自分の舌を差し入れてくる。
 シモンの舌を求めて彷徨うカーネリアを見て、シモンはわざと顔を離す。
「あ・・・シモン・・・何で・・・」
「ダリア、お前、さっきの菓子が欲しいのか?それとも、俺の舌が欲しいのか?どっちだ?」
「そ、そんなこと・・・言わせるな・・・」
「言わないならずっとこのままだな」
「そんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ずるい・・・」
 カーネリアは上目遣いでシモンを睨みつけるものの、体中を走る快感の波動からか、その目は潤んでおり、吐息は熱さを増すばかりだ。
 その熱っぽい瞳の中からは、冷静沈着な「ダリア」でなくてはいけない、という意識と、開発され尽くしている自分の身体から湧き出る肉欲との鬩ぎあう様が見て取れる。
「くくく、それだけじゃない。ダリア。喉が渇いていないか?」
「・・・え?」
「さっきの食べ物は塩気が多くてな、しかも水分が足らない分、喉が渇く。昔は拷問に使ったらしいぞ、この食べ物は」
「な、なに?」
「ほら。唾を飲み込んでみな。飲み込めば飲み込むほど喉が渇いてくる。もういてもたってもいられないくらい。だけど唾を飲んだだけでは絶対にその渇きは癒せない・・・」

 カーネリアはたびたび喉を鳴らして飲み込むものの、かえってシモンの思う壺に嵌り、渇きが募る。

「ダリア、言ってごらん。どうしたいんだ?」
 シモンはカーネリアの乳房をぎゅっと鷲掴みにする。
「きゃう!・・・・・・わ・・・わたしは・・・・・・その・・・あの・・・・・・・・シ、シモンの・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 眼を潤ませ、熱い吐息を漏らしながらも、ダリアとしての最後の理性はその言葉を口に出すのを躊躇する。しかし、そのだらしなく開いた口から伸びる舌の淫靡な動きは、その粘つく喉を、そして中途半端に火照る下腹の疼きを満たす、ある『もの』への渇望を如実に示している。

「これが欲しいんだろ?」
 シモンは自分のズボンをずり下げて、屹立したモノをカーネリアに突きつける。
「そ、そんなもの・・・」
 口では否定するものの、赤黒く膨れあがったシモンの肉棒の先から滲み出る汁気に、彼女の視線は釘付けになる。

「大丈夫、顔を近づけて・・・そう・・・もっと近づける・・・もっと近づける・・・その喉の渇きも、身体の疼きも、これを舐めればあっという間に無くなる。ほら、もっと近づいてごらん・・・そう、もっとだ・・・ほら、いい香りだろう・・・お前が求めているものが全てここにあるんだ・・・」

 カーネリアの耳元をまさぐりながら囁くシモンの言葉を受けて、カーネリアは何かに取り憑かれたように、ゆっくり、ゆっくりと、シモンの股の間に顔を寄せていく。匂い立つ青臭いカウパーの匂いも、そして汗ばむ陰部から匂い立つ独特の香りも、あたかも蝶を引き付ける食虫植物のフェロモンのように、彼女の理性を蝕んでいく。やがてその白い指がシモンの青筋の立つ茎に絡みつく。一瞬、シモンを上目遣いに見た後、紅く小さく濡れた唇から蛇のように伸ばされた舌先が、鈴口から滲む汁に触れる。
「ちゅ・・・ちゅぷ・・・れろ・・・んふ・・・」
 最初は躊躇いがちに舌先だけで舐めていたカーネリアだったが、直ぐに唇全体で亀頭を包み込み、顔をシモンの股座にうずめ、前髪をかき上げながら、舌と口腔全体を使って、シモンの先走り汁を絞り取るかのように激しく顔を動かし始める。
「ちゅぶ・・・んく・・・じゅる・・・ちゅ・・・ん・・・ちゅぱ・・・」
「どうだ?ダリア。旨いだろ?」
「・・・ちゅぷ・・・うん・・・美味しい・・・シモンの・・・すごく・・・美味しい・・・じゅぷ・・・」
 陶然とした口調でそう言うと、霞ががった眼をしたカーネリアは再び唾液とカウパーにまみれた陰茎を頬張る。唾液が後から後から溢れ、それがシモンの先走る汁とない交ぜになり、それをカーネリアが飲み干すたびに、唇と頬の裏がシモンの怒張を刺戟する。その激しく、そして執拗な責めに、シモンの怒張も更に膨れ上がっていく。
 昨日あれだけ精を吐き出したにも関わらず、シモンの方も限界に近づきつつあった。
「ダリア・・・お前が俺に協力するなら、もっともっと美味しい液をお前に飲ませてやる・・・」
「・・・んんん・・・」
「どうだ?協力するか?ダリア」
「・・・ん・・・」
 カーネリアは虚ろな眼をしたまま、ただ快楽を貪りたい一心で、こくりと頷く。
「よし、今の言葉を忘れるなよ・・・さぁ、ダリア。お前が欲しがってた液だ。一滴残らず飲み干すんだぞ・・・」
「ん・・・んん・・・じゅく・・・ちゅぱ・・・」
 カーネリアは激しく動くシモンの怒張に喉奥まで犯されながら、こくこく、と頷く。
 シモンは自らカーネリアの頭を掴むと、腰をねじりこみ、彼女の口と喉を蹂躙する。カーネリアは苦しむどころか、むしろ恍惚の表情を浮かべながら、ただその舌と指、口腔全体でシモンに奉仕しようと懸命に動く。
「・・・出すぞ。ダリア・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・んんんん!!」
 どくどくどくどく、とシモンの精が溢れ出し、カーネリアの喉奥に放出される。
「んく・・・あふ・・・んん・・・ごく・・・」
 カーネリアはその精を搾り取るように飲み干すと、口からきゅぽん、とシモンの濡れそぼった陰茎を取り出して、荒く息をつきながら、
「・・・あふ・・・美味しい・・・・・・・・・これで・・・私・・・シモンのものに・・・なっちゃったんだね・・・」
「そうだ、お前はこれで俺のものだ」
「・・・嬉しい・・・」
 そう言うと、カーネリアは微笑みながら、ばたん、と布団の上に倒れこみ、シモンもそのカーネリアに重なり合うように倒れ込んだ。





「・・・シモン様、ご無事ですか?」
「・・・ああ、なんとか」

 事の終わったあとの気だるい感触の中、近づいてきたルピアの声を受けてシモンは身体を起こす。

 カーネリアは糸が切れた人形のように動かない。ただイッてしまっただけだなので、そこまで心配は要らないだろう。

「・・・ルピア、今の結果をどう捉える?」
「・・・・・・前から思っていたのですが・・・・・・・シモン様。貴方は節操が無さ過ぎます」
「すまん・・・」
 昨日から何回射精したんだろうか。もう考えるのも面倒なシモンは、再び布団に身を沈めた。
 ただ、何も知らないカーネリアだけが、幸せそうに小さな寝息を立てている。












 結局、カーネリアを使ったシミュレーションはあまり役には立たなかった。
 
 重苦しい表情のまま、シモンは食堂に向かう。

 果たしてダリアを説得できるのだろうか。

 いや。そんな弱気ではダメだ。

 何のかんのいってもダリアは俺の面倒を今まで見てくれている。サファイアのようにヴァルキリーを絶対的に敵視しているわけでもない。そもそも有為な人材を無駄にするような不合理は彼女の嫌うところだろう。
 ・・・だから情理を尽くして説得すれば、なんとかこっちの味方になってくれるんではないだろうか・・・。

 毒虫のように巣食う不安を楽観的な展望で無理やり振り払うと、シモンは朝食を摂るために食堂のドアを開けた。




「ダリア、その・・・」
「駄目だ」


 しかし、シモンのマシュマロより甘い期待はのっけから粉砕された。

 
 食堂でダリアと鉢合わせになったシモンは、一つしか残されていなかった虎の子のクリームパンを先に食べられ、その代わりと作りかけたウドンまで奪われた。挙句の果てに勇気を振り絞った説得の言葉にのっけからこの仕打ちだ。

 耐えろシモン、ここが我慢の正念場だ。

 自分で自分の顔が引きつっているのを自覚しながら、シモンはニコヤカにダリアに微笑みかけ、
「いや、まだ何も言ってないぞ」
「言わなくてもわかる」
「何がわかるっていうんだ?」
「お前が底抜けのアホだということだ」

 ダリアはウドンの汁をずずずと啜りながら続ける。寝起きのボサボサした髪の毛をそのままに、パジャマの上に白衣、脚にはつっかけのサンダルというおよそ他人の視線を気にもしない風体で、眠いのか目をこすりこすりしている。それでもどことなくサマになってしまうのは、彼女の顔の造形の出来がいいからだろう。

 
「いや、俺はアホかもしれないが、ちょっとくらい話を聞いてくれたって・・・」
「時間の無駄だ。じゃあな」
 ダリアは聞く耳持たん、と言わんばかりに立ち上がる。
「煮込みカレーウドン、あと一パック残ってるんだが・・・」
 その言葉でダリアは動きを止め、再び着席する。

 シモンは湯を沸かしながら、改めて自分がヴァルキリーの3人を自分の掌中に置いたまま事を実行したい旨をダリアに伝える。
「ついては、ダリア。俺に協力してくれないか」
「・・・はやくウドンをもってこい」
「お前がいい返事をしてくれたら作ってやるよ」
 ぬぬ・・・と唸りながら、ダリアは指で机をコツコツと叩いていたが、やがれ苛立たしげに言う。
「・・・貴様、ベリル様に楯突く、ということがどういうことだか分からないわけではないだろう」
「分かってるつもりだ」

 ベリル。ネメシスの総帥。そしてサファイアの語る言葉を信じるならば、ネメシスが宇宙を彷徨している2万年前から同じ記憶を連綿と引継ぎ、ただネメシスという種族の存続のみを至上命題とするマザーコンピューターの具現。無尽蔵のエネルギーを操る強化生命体・・・。
 もちろん、シモンが勝てる相手ではない。ヴァルキリーが3人束になってもおそらくは勝てない。
 だから絶対、ダリアに仲間になってもらわなくてはならない。

シモンは菜箸をいじくりながらダリアに語り掛ける。
「・・・俺はな、別にチキュウやニンゲンどものことはどうでもいい。ただ、無駄な殺生はしたくないし、使えるニンゲンを殺すのは惜しい。そういうこった」
「甘いな、シモン。お前の考えは腐りかけたバナナよりも甘い」
 腐りかけたバナナはサッカリンより甘いんだろうか。そんな馬鹿なことをシモンは思わず考えてしまう。
「・・・おまえ、そんなもん喰ったことあるのか?」
「モノのたとえだ。だいたい本当にそう考えるなら、私にバカ正直にこんなことを話してどうする?私だったら、有無も言わさず洗脳する。説得なんてめんどくさいことはせずにな。そこからして、お前は甘すぎる。そんな甘い奴がヴァルキリー共を使いこなせるものか。返り討ちに遭うのがオチだ・・・」
 煮立った鍋の底からボコボコと泡が沸き立つ。
 シモンは鍋の火を止めると、ダリアの説教をさえぎるかのように言った。
「お前くらいは、洗脳したくないんだよ」
 シモンの言葉にダリアが目を細める。
「・・・ずいぶん舐めた言い草をしてくれるな、シモン。だいたいお前如きに、私が操られるとでも思っているのか?」
「・・・・・・やってみなければわからんかもしれないぞ?」
 ・・・ああ、言っちまった。また思いっきり根拠レスな事を。シモンは思わず唇を噛む。

 そんなシモンをダリアは探るように見つめてくる。
 その全てを見透かそうとする視線を受けると、シモンの体からどっと冷や汗が吹き出る。




 二人の間に緊張感が頂点に達し、ダリアが何かを口にしようとしたその瞬間。
 






 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。







 剣呑な雰囲気を破るかのように、蒸気をどっと吐き出した笛付きヤカンがけたけましく鳴り始める。
「ちょっとまった、った、った、あち、あち、あち」
 思わず素手でヤカンの取っ手を触ろうとして勝手に大騒ぎしているシモンを見て、ダリアは溜息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「まあいい。アホタレなお前にチャンスをやろう」
 いつのまにかアホがアホタレに昇格したらしい。
「・・・ゲームをする」
 その声音はその内容に似つかわしくなく、妙に重かった。
 

 ダリアが言うには、今からダリアが提案するゲームに勝てば、ダリアはシモンに協力してくれるらしい。
「俺が負けたら?」
「お前には一生私の下僕として働いてもらう」
「・・・今だって下僕みたいなもんじゃ・・・」
「今以上に、だ」
 そんなことになったら死んでしまう。しかし、ここはそういうチャンスをもらえるだけありがたいと思わなくてはなるまい。
「じゃあ、何をするんだ」
 ダリアはしばらく沈黙した後、重々しく告げる。
「・・・しりとりにしよう」
「しりとり・・・?」

 ダリアが言うには、ある単語を言うたびにその単語の最後の文字から始まる単語が使えなくなるルールでしりとりをしよう、というのだ。
 確かにそのルールなら、普通のしりとりと違って、延々と続くことは無い。50音全てが消え去った段階で必ず終わりになる。
 あのダリアが提案するんだから、当然絶対勝てる見込みがあるのだろう。しかし、そのトリックを今すぐに見破ることはできそうにもなかった。
「どうする?シモン」
「他のゲームにする、ってのは無しなのか?」
「駄目だ。これが最後のチャンスだ。今すぐ決めろ」
 ここで受けなければすぐさまベリルに報告して、自分を含めヴァルキリー全員を処断するつもりなのだろう。
 シモンは腕組みをして目を瞑る。
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・・・・。
 長い沈黙が続く。
 この提案は拒否できない。しかし、この奸智に長けたダリアの提案をそのまま受けるのは地雷原を目隠しで走り抜けるよりも無謀だ。
 ・・・何かはないか、何か・・・。

時間にして何分たったのだろうか。

 シモンは悟りを開いたように目を開く。
「・・・・・・分かった。受けよう」
「・・・そうか、そうしたら、始めるぞ」
 さっさと準備を始めようとするダリアを、シモンは手を挙げて制止する。
「待てい!お前の提案を受けるにあたって条件がある!」
 ダリアがじろりとシモンを睨む。
「条件?貴様、条件なんてつけられる立場だと思ってるのか?」
「当たり前だ。お前の提案するゲームをそのまま鵜呑みにしたらお前が勝つに決まってるだろ?いくらなんでも丸呑みはできないぜ」

 ここで降りるわけにはいかない。シモンとダリアは再び激しい火花を散らす。

 ダリアは腕を組みなおし、シモンをじろりと睨みつける。
「どんな条件をつけようというんだ?」
「・・・せめて3本勝負にしよう」
 シモンの発言を聞いてダリアは苦笑し始める。
「・・・ククク・・・。何かと思えばそんなことか。どんなゲームになるか分からないから1戦目は捨てて2回戦以降に勝負を賭ける、か・・・。浅知恵だな、シモン。1本でも3本でも結果は同じだ」
「そこまで言うからには飲んでくれるんだろうな」
「構わんぞ、その程度なら」
 シモンの言葉にダリアは鷹揚に答えた。
「シモン、見張りを連れて来い。ローズとルピアだ」
「指名制なのか?」
「・・・お前がつまらん仕込をしないためだ」
「・・・今更そんなことするかよ」
 シモンは台所を出て、二人を探しに出かけた。

 

「やれやれ、まったく何がなにやらだ」
 条件を飲んではもらったものの、別にシモンに勝ちが転がり込んできたわけではない。ダリアが持ちかけてくる以上、奴は何か必勝法を持っているんだろう。一回目でそれを見切ることができれば逆転の目もあるが、それが見切れなければ2連敗してさようならだ
「ローズにルピア。いるか?」
「いえ・・・ローズ司令はいらっしゃいません」
 控え室にはカーネリアとルピアだけがいる。一応二人には手錠がはめられているが、二人は逃げる気はないだろう。あくまで形式上、というやつだ。
 ・・・まあこの際この二人でもよいだろう。

 シモンは台所にカーネリアとルピアを連れてくる。
「・・・ローズはどうしたんだ?」
 ダリアが訝しげな声を挙げる。
「いや、控え室にはいなかった。しょうがないからカーネリアをつれてきたが、構わないだろ?」
 ダリアが疑わしそうな表情を浮かべる。
「本当にいなかったのか?」
「なんなら自分で見てくるか?」
「・・・・・・・・・・」
 ダリアは少し考え込むような仕草をしたが、最後にはしぶしぶ同意した。


 カーネリアとルピアの二人には審判とタイムキーパーとしての役割を命じた。
 二人がゲームの準備をしている間に、シモンはさっき作りかけていたカレーウドンを完成させ、ダリアに渡した。
「ほら」
 シモンはダリアにカレーウドンのはいった丼を渡した。
「・・・なんだこれは」
「カレーウドン。食べさせる約束だったからな」
「何でいまさら・・・」
「・・・いや、最後に食わしてやろうかとおもってな」
「どうせお前が下僕になれば私は食い放題だぞ。クックック。今から楽しみだな」
「お前なあ、洗脳されて下僕になって作らされるのと、自主的に作るのとは違うんだぞ。・・・一応」
「・・・ふん。戦う前から負ける気とは、弱気な奴だ・・・」
 ダリアは右手で丼を持ち、しばし黙々と箸を動かしていたが、少しだけ箸をつけたと思うと、すぐに箸をおいた。
「・・・・・・もういい、始めるぞ」
「・・・のびちまうぞ?全部食わないと」
「もういい」
 ダリアの声音は固く、シモンはそれ以上勧めることはできなかった。



「それでは、しりとりをはじめてもらいます。時間制限は30秒。最後に使われた文字から始まる単語は次から使用禁止となります。・・・それでは、シモン様、始めてください・・・」
うーむ。シモンは唸った。彼女たちの命のためにも、ここはなんとしてでも勝たねばならない。しかし、どうもいい作戦はない。
 残り10秒。
 初手から降参するわけにもいかない。
 ・・・シモンは食堂の窓から矩形に切り取られた空を見た。
 白い雲が青い空に浮かんでいる。いい天気だ。
「そら・・・」

 シモンが何気なくいった言葉に、ダリアは慎重に
「・・・らいち」
 と返す。


 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・。


 過ぎること、三十数語。
 第一戦はあっさりシモンが時間切れで敗北する。
「むう・・・」
「ふん、こんなもんか」
 ダリアが鼻で笑う。
「く・・・次こそは・・・」
 シモンが唸ると同時に、食堂のドアが開かれる。ローズだ。
「・・・シモン様、ベリル様がお呼びです」
「い?」
 何かやったか?
 思わず自分に反問するも心当たりがありすぎる。
 シモンはふとダリアの方を見た。
「・・・・・・」
 ダリアは唇を手で押えて何か考え込んでいるようだった。
「ダリア、その・・・」
「・・・そんな・・・いや・・・」
 シモンが近づいているのにも彼女は気づかず、何か独り言を言っている。
「おい、ダリア?」
 シモンはそっとダリアの肩に触る。途端、ダリアは猫のように身体をびくっと反応させる。
「ふぁ!な、な、な、何だ!?」
「いや、何度も呼んだのに反応しないから・・・。ともかく、ベリル様が呼んでるらしいから、とりあえず中断させてもらうぞ、ダリア」
「・・・・・・あ・・・・・・」
 妙に歯切れの悪いダリアをそのままに、シモンはローズとともに謁見の間に向かった。


 謁見の間には、ベリルが玉座に座り、サファイア、ローズがその左右に控えていた。
 儀礼的な挨拶を交わした後、立て膝をついているシモンにベリルは問いかける。
「シモン、どうですか?ヴァルキリー達の調教の方は」
「はい。つつがなく進んでおります」
 恭しく頭を垂れるシモン。
「そうですか。それは良い知らせですね。彼女達を私達の手駒として活躍させられるかどうかは、貴方の手腕にかかっています。期待していますよ?」
「は・・・」
 そんな気はさらさら無いのによく言ったものだ、と内心舌打ちしながらシモンは再び頭を垂れると、ベリルの落ち着いた声が更に続く。
「・・・しかし、残念な知らせが私に届いています」
 どっとシモンの体から汗が噴き出す。
「・・・・・・・・・・それはいったい?」
 上ずりそうになる声を辛うじて制御したつもりだが、すこし裏声気味になったかもしれない。
「・・・裏切り者がいるという報告が入った」
 サファイアの冷たい声がシモンの鼓膜を突き刺さる。
 


 ・・・終わった。



 ベリルを倒そうとか歯向かおうというつもりはさらさら無い。シモンとてそこまで身の程知らずではない。
 とはいえ、ダリアと結託して、場合によってはベリルをなんとかしようとしているのは確かだし、上司であるサファイアを洗脳したのもまた事実だ。叩けば埃どころかダニがわんさと出てくる身なのは自覚している。
 とはいえ、この段階で露見するとは・・・。

「シモン?聞いていますか?」
 ベリルの冷ややかな声が謁見の間の固い壁と床に響く。
「は・・・」
「誰が、とは聞かないのですか?」
「・・・・・・」
 ベリルが立ち上がるとシモンに向かってゆっくりと近づいてくる。
「そう。あなたも身に覚えがあるというわけですね。でしたら、話は早いですね・・・」
 シモンは立て膝のまま、うつむいて顔を上げることができない。
 
 今すぐここから逃げるべきだ。・・・でもいったいどうやって?

「顔を上げなさい、シモン」
 冷や汗を流すシモンの頬をベリルの冷たい手が撫で下ろす。形のよい白い指はシモンの顎を軽くつまみあげ、シモンの顔を上に向けさせた。深いスリットの入った黒いドレスを着たベリルは、シモンの顔を覗き込むように身をかがめ、薄く微笑んでいる。


 綺麗な顔だ。
 その酷薄さすら美に奉仕するための装飾であるかのような微笑。
 何人のネメシスの同輩が、そして何万の生き物が、その微笑を網膜に灼き付けながら、その命を絶たれたのだろうか。
 この期におよんでそんな場違いな感想をシモンは覚えた。


「シモン、あなたに命じます」


 しかし、後に続くベリルの言葉は、シモンの予想の範疇を超えていた。














「裏切り者のダリアを捕らえてきなさい」















 
「・・・シモン様、如何なさいましたか?」
 ローズが、シモンに問いかける。
「・・・いや、ちょっと考えごとだ」
 シモンはローズと共に廊下を歩いている。それも、ダリアを捕縛するという命を負って。





「・・・裏切り者?ダリアが?」
「・・・そうです。他に誰がいるというのですか?」
 まさか自分とは言えない。
「い、いや、あまりにも突然なので・・・。一体どういうことですか?」
 素っ頓狂なシモンの声に対して、ベリルは相変わらず淡々としている。
「サファイア、説明なさい」
「は・・・」
 サファイアは手短に説明をする。ダリアがサファイアを洗脳したこと。怪しげな武器を造って、謀反を企んでいること。そうした事態が明らかになったというのだ。
「・・・ベリル様への謀反にあたり、お前をそそのかそうとしたそうだな」
「・・・えっと・・・」
 洗脳薬をもらったり相談にのってもらったのは確かだが・・・。しかもそそのかそうとしているのは他でもない自分だ。
「ともあれ、裏切り者は許すわけにはいきません。シモン、彼女をここに連れてきなさい」
「そ、その、ベリル様・・・」
「なんですか?」
 ベリルの声は有無を言わさない迫力があった。それでも、シモンは後に続ける。
「・・・ここに連れてきた後、ダリアをどうなさるおつもりですか?」
「聞きたいのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、後でいいです・・・・」



 
 謁見の間を出ようとするシモンにベリルは最後に優しげな声でこう言った。
「もし、うまくいったのならば、ヴァルキリー3名の命は保障しましょう」
「・・・この上ないご寛恕、感謝いたします」
 シモンは頭を下げ、部屋を出た。






 馬鹿馬鹿しい。そんな約束誰が信じるか。
 いや、それだけではない。このままではダリアがベリルに処刑されることは目に見えている。
 そもそもダリアが自分を唆した、なんてのは冤罪もいいところだ。そんなことでダリアが処刑されてはたまらない。
 ・・・でも、ダリアが正直に「シモンが自分をそそのかそうとした」と告げたら・・・、もちろん即刻シモンが処刑になるだけだ。いや、ことによれば両成敗ということで二人とも処刑になるかもしれない。
 
 しかも隣にはヴァルキリー随一の実力をもつローズが控えている。あたかもシモンを補佐するようにシモンの後をついてくる彼女だが、シモンが不審な動きをすれば首を刎ねよというベリルの命を帯びているに違いない。ローズの支配権は、三人のヴァルキリーの中でも唯一ベリル直属になっているのだ。


 どう考えてもこれはピンチだ。シモンは内心舌打ちしながら時間稼ぎのためできるだけゆっくりと足を進めていく。

 しかし、そうこうしているうちに、シモンとローズはさっきまで二人がしりとりをしていた食堂に着いてしまった。
「シモン様。慎重にお願いします」
「わ、わかってるって・・・」
 シモンはわざとらしく咳払いをしたり首を回したり腰を捻ったりしていたが、ローズの視線が冷ややかになってくるのを悟り、意を決してノックする。
「ダ、ダリア、いるのか?いるならいると返事しろ?」

 しかし返答は無い。

「あ、あけるぞぉ・・・」
 シモンは間延びした声を出しながら、ドアに手をかけ、一気に開く。
 
 部屋はもぬけの殻だ。ダリアはおろか、カーネリアもルピアも居ない。
 ただ、食卓の上には、シモンが最後につくったカレーウドンが綺麗に平らげられており、一箇所窓が開けられていた。

「逃げられましたね」
「・・・のようだな」
 内心ほっとしていたシモンに、ローズは冷徹に宣告する。
「・・・これで、捕縛ではなく、処刑をしても構わなくなりました。シモン様。ダリアを追いましょう」
 ローズはそれだけ言うと、固いブーツの音をたてて台所から出て行く。
 ・・・やれやれ、ダリア「様」から降格か。
 シモンは肩をすくめながら、ローズの後を追った。











 かぁ、かぁかぁ。


 阿呆のような声をあげて空を旋回するカラスをシモンは疎ましげに見やった。
 もう日は暮れようとしている。


 あれから数時間、ローズ、サファイア、そしてシモンは手分けをしてダリアを探し回った。
 しかし、ダリアの姿はまったく見つからない。


「まったく、どこに消えたのやら」
 もともと気の進む任務でもない。捜し疲れたシモンはあばら屋の陰に転がっている材木の上に腰を下ろした。

 自分たちはニンゲンと同じ格好をしているから、その気になればニンゲン社会に紛れ込むことはできる。
 しかし、ダリアは当然ニンゲンどもにも追われる身だ。着の身着のまま、大した武器も金目の物も持たず、果たしてどこまで生き延びることができるだろうか。

 いや、それでもまだ逃げてくれればいい。それならそうやすやすとはこちら側には捕まらないだろう。なんといってもこちらには人手が無いのだから。
 問題は・・・ダリアが無謀にもベリルに反撃を企てる、という可能性だ。
 
「こっちの方がありそうだよなあ・・・」

 ダリアは賢い。基本的には慎重だし、それでいて度胸もある。
 でも、時としてこっちが驚くほど子供っぽい反応を見せることもある。
 ダリアにしてみれば、濡れ衣を着させられて、尻尾を巻いて逃げるだなんて冗談ではないだろう。むしろカウンターを仕掛けるべく、まだそこらへんをうろうろして機会を狙ってるんじゃないだろうか。



 ぐるるるる。



 シモンの胃袋が不平を鳴らした。
 考えてみれば、朝、ダリアとうどんを食ってから、ろくに食事をとっていない。

 シモンは自分の抱えているズタ袋を漁ると、明け方のシミュレーションで余ったエビセンのパッケージが出てきた。
 シモンはパッケージを切り裂き、ジャンクな香りを漂わせながらバリバリとエビセンを口に放り込む。

 数分経ち、シモンが水筒に入れたお茶で喉を潤していると、


 ぐるるるる。


 再び腹の虫がなる。
 

 我ながら節操の無い腹だ・・・と思いつつ、シモンは再びエビセンの袋に手をいれかけると、


 ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるる。ぐるる。


 さっきより更に長い腹の虫。しかも2連発。


 ・・・いや、これは俺の腹じゃないぞ。

 
 シモンはふと自分の背後を見る。
 ちょっと丈の長い草叢が見える。


 ・・・・・・・・・。


「野犬でもいるのかなあ・・・」


 シモンはエビセンを二欠片ほど、その草叢の目の前の更地に投げつける。


 しかし、反応が無い。


「気のせいかぁ・・・」


 シモンが更にエビセンを掴んで投げようとすると、突然草叢から何かが飛び出してきた。


「えーーーーーーーーーーーーーい!黙って見てればなんだ貴様は!食べ物を粗略に扱う奴は馬に蹴られて死んでしまえ!!」
「・・・・・・・・・よう、元気だったか?」
 
 ぐるるるるるる。

 シモンの言葉に、お腹の虫で答えるは、憤怒の形相のダリアその人であった。




「・・・で、ダリア、どうする気だ?」
「・・・何がだ」
 ぼりぼりとエビセンをむさぼるダリアに、シモンはあきれ顔をする。
「何って・・・決まってるだろ?どうするんだよお前。いまや人類の仇敵にして、ネメシスの謀反人という救いの無い立ち場になっちまったんだぞ?こんなところうろうろしている場合じゃあないだろ?」
「ふん。お前なんぞに心配されるようでは、私も落ちたもんだな」
 ダリアに謀反の嫌疑が掛けられ、『生死を問わず』の捕縛命令がでているとシモンが伝えても、ダリアは相変わらずの口調で言ってのける。
「お前なあ、何か秘策でもあるのか?言っとくが、俺を人質にして何とかしようだなんて考えるなよ。ベリル様にとって俺にはミミズほどの価値も無いんだからな」

 当たり前だ。顔を洗って出直して来い。とでもすげなく言われるであろうと予測していたが、ダリアの言葉は意外なものだった。

「・・・・・・・・・・そうでもないさ。お前には価値がある」
「・・・・・・・・・・?」
 シモンが訝しげな目でダリアを見やる。ダリアはエビセンをむさぼりながら続けた。
「・・・少なくともミミズよりはな」
 なんだそういう落ちか、とシモンが肩をすくめると、ダリアはシモンを見た。
 その瞳の色は、いつものようにシモンをからかうときのものでもなければ、嘲笑うものでもなかった。
「・・・シモン。なぜ私をベリル様に突き出さない。私を捕らえればヴァルキリーの助命もお前の身分も保証されるのであろう。とっとと私を捕まえて突き出せばよいではないか」
「うーん・・・」
 シモンは思わず腕組みしてしばし考えた後、
「・・・理由その1、俺じゃお前を捕まえられない。今まで白兵戦のトレーニングでもお前に勝ったことが無い」
「・・・・・・・お前は誰にも勝ったことが無いではないか」
「いちいちまぜっかえすなよ。理由その2、いくらなんでもここまで協力してもらったのに夢見が悪すぎる。悪には悪の仁義ってもんがある。ちょっと事態が悪くなったくらいで手のひらを返すわけにはいかない」
「ほう、仁義か。いつも自分の命のためなら仁義もへったくれも無い、と言っていたお前にしては、随分と宗旨替えしたもんだな」
 シモンがダリアに正対する。
「・・・そこだ。理由その3にして最大の理由。ダリア、お前は何か秘策を持っている。あのベリル様を倒す方法をな」
「・・・・・・・根拠は?」
「・・・そうでもなければ、こんな時間までお前がこんなところをうろうろしているはずがない。とっととニンゲンどもの都市にでも逃げ込んでいるだろ?」

 ダリアはシモンの言葉に無言のままだ。

「まあ、俺なんかがいても頼りにはならんかもしれんけど、一応サファイア、カーネリア、ルピアは俺の支配下だ。ひとまず数はこっちが上。あとはお前の知恵があれば何とかなるんじゃないか?」

 シモンの言葉に対するダリアの言葉は意外なものだった。

「・・・・・・・シモン、違うな。この事態を打開するのは私ではない。お前次第だ」
「俺?何でまた」
 ダリアはそれには答えず、シモンを見つめる。
「・・・シモン、ゲームの続きだ」
「・・・・・ゲームって、何だ?」
「決まっている。しりとりだ」
 素っ頓狂な声を上げたのはシモンだ。
「はぁ?お前、この状況で何を言ってやがる。いつ追っ手がここに来るかわからないんだぞ?分かってるのか?」
「・・・シモン、お前に選択権は無い」

 ダリアは、シモンの額に固く冷たいモノ突きつけた。
 黒く鈍く光る拳銃。
 ダリアの小さい手に握られるには、そぐわない無骨なものだった。

 わずかな沈黙が流れた後、シモンは自分でも驚くほど冷静に言葉を次いだ。

「・・・・・・ダリア。そんなサイレンサーも付いてない古典的な火器をぶっ放したら、あっという間に見つかるぞ?」
「構わんさ。私には『策』があるそうだからな。そうだろ?シモン」
 ダリアは小さく笑った。
「・・・・・・・・あるんだよなぁ?」
「言った筈だ。何もかもお前次第だと」


 ・・・・・・・やばい。こいつ、ひょっとしたら本当に無策なのかもしれない。
 改めてシモンはダリアの意図を確かめるように瞳を見つめる。
 
 そこには明晰な強い意志の光しか存在しない。

この状況でしりとりを持ちかけるダリアの本意がどこにあるのか、それはシモンにはさっぱりわからない。
 だが、ただの「遊び」でしりとりを持ちかけるような、そんなことを彼女がするわけはない。
 
 シモンは最後の確認をする。
「・・・・・・・一つ尋ねるが、俺が勝ったらお前は俺に協力する。そうだな?」
「・・・・・・・お前が負けたらお前は私の一生下僕だがな」
「・・・ああいいさ、やるぞ?しりとり」
「手を抜くなよ」
「当たり前だ。俺はいつだって本気だ」


 この期に及んで一生下僕なのは真っ平ご免だと思ってしまうあたりがシモンのトラウマの深さであった。







 シモンとダリアは木材の上に並んで、再びしりとりを始める。真剣勝負のやり取りは続き・・・残りされた文字はわずかになっていった。



「・・・うーむ」
 文字数も残り少なくなった段階で、シモンは唸り始めた。
「どうしたシモン、降参か?」
「うーん・・・」
 何か、何かあるだろう。
 シモンは頭を引っ掻き回して考えたがどうにも思いつかない。
 ・・・えーと、えーと、えーと・・・。

 その時、脳味噌の奥底に沈殿していた言葉が、意識の海面に浮かび上がってくる。

「せ、せ、・・・”せいしょ”」
「・・・・・・せいしょ?せいしょって『清書』か」
「いや、『聖書』」
 ダリアは首をかしげている。
「聖書だよ。バイブル。知らんのか?このホシに数多ある宗教の聖典の一つ」
「・・・・・・・・・・・ああ、あれか・・・」
 とダリアはうなずきかけたが、突然片手で持っていた拳銃でシモンの頭をこづく。
「アホ!お前このしりとりのルールを忘れたのか。最後に小さい『ょ』が来たらダメだ!」
「あ”。そうだったけか」
 必死で考えていたものだからそんなことはとうに失念していた。
「すまん、ダリア、今の無しってことで」
「アホ!!真剣勝負に待ったがあるか。これだからお前は・・・・・・」
 と、シモンを罵倒しかけて、ダリアは口を閉ざし、考え込む。
「・・・・・・いや・・・・・なるほど・・・・・・・・・・・・・・それなら・・・確かに・・・・・・・」
「・・・・・・・ダリア?」
 ダリアはしばらくぶつぶつ独り言をつぶやいていたが、やがて不敵な表情でシモンを見やる。
「・・・シモン、訂正だ。お前はミミズよりは役に立ちそうだ」
「・・・そりゃどうも。で、どうするんだ。ゲームは俺の反則負けで、俺は一生お前の下僕ってことでいいのか?」
「・・・そうだな。ひとまず目の前の危機を解決してからだな」
 ダリアは立ち上がる。
「いるんだろ?出て来い」

 先刻ダリアが現れた草叢の向こう、鬱蒼と茂る森の木々の合間から人影が現れる。
 女性にしては長身の体躯。かつてはニンゲンの守護神であったであろう彼女は、今やベリルの命を果たすことに悦びを感じる走狗と成り果てている。

「・・・ダリア、そしてシモン、お前たちをベリル様への反逆への罪で捕縛します」
 かつてのヴァルキリーの司令、ローズは二人への敬称を抜いてそう言い放った。
「・・・嫌だといったら?」
「・・・・・・抵抗するなら生死は問わず、がベリル様のお言葉です」
 ローズが腰に帯びたメイスを振りぬくと、小さな青白い稲妻がそのメイスから迸り、大気を灼く。
「・・・・・・さて、シモン。早速だがミミズよりは役に立つところを見せてもらおうか」
 ダリアは小さなナイフを両手に持ち、身構えた。
「・・・当てにするなよ?」
 シモンも腰から警棒を抜く。

 がぁ、と遠くでカラスが鳴いた。





 ダリアはネメシスの技術者兼医者のような役割だ。
 当然実戦に出てきたことは無い。せいぜい白兵戦のトレーニングでシモンと付き合う程度。あとはシモンとどつき漫才をするくらい。もちろんそのどつきっぷりは時としてシモンを涅槃にいざなうこともあるが、それでもシモンを気絶させる程度のものだ。
 だからその戦闘能力は、年相応の女の子のレベルを超えるものではない。ヴァルキリーの司令格とタイマン勝負をするなんてのは悪い冗談だ。



 だとしたら、今目の前でおきていることは何だ。


 既に打ち合うこと十数合、しかし、息を切らせて汗をかいているのはローズの方だ。

 もちろん誤算もあっただろう。この事態を見越してダリアはヴァルキリー3人が使う魔法を無効化する技術を開発していた。ナイフの柄にでも『場』を制御する装置がしこまれているのだろうか、その障壁を彼女の魔法攻撃は撃ち破ることができない。

 しかしそれはダリアの銃も同じこと。ヴァルキリーに通常の火器など役に立たない。勝負は必然的に白兵戦となる。そうなれば体格、膂力、瞬発力、実戦経験。全てにおいてローズが圧倒的に有利だ。

 ところが現実は、ローズの打撃攻撃はダリアにかすりもせず、逆にダリアのカウンターの攻撃がローズの皮膚に無数のかすり傷を作っている。もちろん身体的なダメージは大したこと無いが、ダリアが「わざとかすり傷にしている」という事実が、むしろローズの精神に大きなダメージと苛立ちを与えていた。


「・・・ローズ。どうだ。そろそろ本気を出したらどうだ?」
「・・・・・・・・・・・」
 最初はダリアの軽口をいなしていたローズも沈黙することしかできない。
「不思議だろう。なぜ自分の攻撃が当たらないのか。こんな子供相手になぜ勝てないのか・・・」
 ダリアが自分のことを子供というのは随分と珍しい。よほど余裕があるのだろう。
 そんなシモンの感想をよそに、ダリアの言葉は続く。
「忘れたか?私がお前に暗示をかけたことを」
「・・・!」
「お前がベリル様に心から忠誠を誓えているのも、もとはと言えばそこの粗忽者のいい加減な暗示を私がやり直して、お前の心にベリル様への畏敬の念を植えつけてやったからだ。・・・その時、私はお前にもう一つ別の暗示を与えてやった。私に決して危害を与えることが出来ない。という暗示をな」
「・・・・・・・・・・・・何のことを・・・」
「もちろん、攻撃の振りはできるさ。だが、どうしても最後の一瞬、力が鈍る。スピードが落ちる。急所を狙っているはずなのに、相手のガードの真上に打撃が当たる。無意識に攻撃が出来なくなる・・・つまりはそういうことだ」
「・・・・・・・そんなはず・・・」
「ついでに、もし無理に攻撃すれば、自分の身体に数十倍の痛みと苦しみが跳ね返るという暗示もつけてやった。だからお前の身体は無意識に私に痛みを与えられないようにしか動けなくなっている・・・・。・・・信じられないのなら実験してみようか。ローズ」
 ダリアは構えを解き、ローズに近寄る。ローズの方はといえば、メイスは構えているものの、ダリアが半歩進めば一歩退き、二歩進めば三歩退く、という有様だ。遂には大木を背にするところまで追い詰められる。
「さて、もう逃げ場はないぞ、どうするんだ?」
 相変わらずノーガードで挑発するダリア。一方ローズはそうとう切迫している。

 あと数歩でダリアの手がベリルに触れる、という刹那、

「はっ!!!」
 突然の気迫の篭った声とともに、ローズはダリアの肩から袈裟切りの形でメイスを叩きつける。だが、ダリアはそれを紙一重でかわし、メイスを持ったローズの手首を掴む。
 瞬間、ローズはダリアに回し蹴りを浴びせようとするが、ダリアは掴んでいた腕を捻って彼女の体のバランスを崩しつつ、逆に軸足を足で払う。
「きゃぁ!!」

 ローズはそのまま地面に倒れこみ、ダリアはその隙を逃さずローズにのしかかると、彼女の白い首筋にナイフを突きつける。

「・・・チェックメイトだ。司令殿」
「・・・・・・殺すなら殺せ」
 吐き捨てるように言うローズに、ダリアは一転、微笑みかける。
「・・・ローズ、安心しろ。私は別にベリル様と敵対しているわけではない」
「な・・・何を言って・・・」
「・・・これはベリル様の高度な戦略だ。本当の裏切り者をあぶり出す為のな。私も本当のことを聞いた時は正直驚いたよ・・・」
「え・・・」
 一瞬ローズの身体から緊張が抜ける。その隙にダリアはローズのうなじに手を滑らせ、髪の毛を掻きあげる。
「そう、これはあなたのベリル様への忠誠心を試すための試験だった。・・・あなたは私の暗示にも関わらずベリル様への忠誠を喪わなかった・・・。そう・・・私たちネメシスと共に歩んでいける、真の同士であるかどうか・・・それが確認できた・・・。おめでとう、ローズ・・・」
 ダリアはローズの頬に手を寄せ、彼女の目を見つめる。
「さぁ、力を抜いて目を閉じてごらん・・・」
「え・・・あ・・・」
「閉じるの」
 有無を言わさないダリアの声。
「・・・・・・あ・・・」
 今までの緊張感から唐突解き放たれ、しかも目の前のダリアの言葉に混乱しているローズは、ダリアの言うままに目を閉じる。
「さぁ・・・力を抜いて・・・私たちと一緒になりましょう・・・私たちといれば怖くないから・・・もう大丈夫だよ・・・どんどんどんどん安心できる・・・安心して深い眠りについてしまう・・・」
 ダリアの言葉のまま、ローズの顔が穏やかになり、静かな寝息を立て始めた。

 ダリアはローズの状態をいろいろ確かめていたが、それが済んだのか、ローズを地面に横たえたまま立ち上がった。
「・・・・・・・凄いな、お前。あの状況から堕とせるのか」
「彼女には前から洗脳していたからな。ある程度ツボは心得ている」
 事も無げに語るダリア。
「しかし驚いたよ、これがベリル様とお前の策略だったとはな。もうこっちは心臓が破裂しそうだったぞ。人が悪いな、お前も」
「阿呆。策なものか。さっきのは全部口から出まかせだ」
「・・・・・・」
「ついでに私に攻撃ができないだなんて暗示も大嘘だ。いやいや、アレくらいで助かったがさすがにもう少し長引くとさすがに危うかったな。明日は筋肉痛だ」
 ダリアは肩を揉みながら首をぐるぐる回して整理体操をし始めた。

 ・・・。

 確かに、あれだけ攻撃をしのがれれば、自分に能力に自信を持っているローズのことだ。『もしかして本当に攻撃できなくなる暗示をかけられているかも知れない』と思っただろう。
 そして、相手が洗脳を得意技としている時、その疑念こそが逆に命取りになる。ダリアはそれを利用したまでだ。

 いや、だとしたら、ダリアは本当に実力でローズの攻撃を全てしのいでたというのか?
 心底敵には回したくない奴だ。シモンはしみじみそう思った。


 ダリアは改めてローズに洗脳を施している。今度は完全に自分に支配権がいくように。そして彼女が自分に対して使う魔法も封印した。ダリアに言わせれば、魔法障壁はバッテリーを食うのであまり使いたくは無いらしい。
「さぁ、起きましょう。ゆっくり目を開いて・・・」
 ダリアに促されると、ローズのまぶたがゆっくりと開く。
「さぁ・・・貴方は誰?」
 それにしても大人の女性が、外見上は幼い少女にいい様にされている光景は、当人たちの意識はどうであれ、奇妙なエロティシズムがある。ローズの投げ出された白く艶かしい足などは目の毒だ。
「・・・私は・・・ローズ・・・」
「違うわ、ローズ」
「・・・・・・?」
「貴方は私の忠実な僕のローズ。そうよね?」
「・・・・・・・はい・・・私は・・・・・・・あなたの・・・忠実な・・・しもべ・・・」
 うっとりとした表情で復唱していたローズの目が突然見開かれる。
「・・・あ・・・あ・・・ああ・・・」
「・・・・・・どうしたの?ローズ・・・」
「いや・・・いや・・・しもべ・・・しもべになるのは・・・いや・・・怖い・・・」
 ローズの体が震え始める。慌ててシモンも駆け寄った。
「・・・大丈夫・・・怖くないよ・・・大丈夫だから・・・」
「いや・・・いや・・・・・・・いやーーーーーーーーー!!!!」
 囁くダリアの言葉にも耳を貸さず、ローズはメイスを突然振り抜く。
 青白い火花がメイスから立ち上がり、ダリアの首筋を捉えた。
 ダリアの体が瞬間、弾けるように海老反りになる。
「・・・・・・・!!!」
「な!?」

 魔法が封じられたはずのローズのメイスから生まれた稲妻の直撃を受けると、ダリアはそのまま崩れ落ち、地に伏して動かなくなる。
「いや・・・怖い・・・」
 何かに取り憑かれたかのように彼女はメイスを握り締め、震えている。

 まずい。あれだけ至近距離から雷撃を受けたら、心臓に負荷が掛かりすぎる。
 このまま恐慌状態に陥っている彼女の足元にダリア放置しておいたら何をされるかわからない。
 シモンは後先考えずローズに掴みかかった。
「ローズ、止めろ!」
「いや・・・来ないで・・・」
 シモンはローズのメイスを掴み、何とか奪おうとして、彼女と取っ組み合いになった、と思った矢先、


 バチン!!

 シモンの視界を青白い稲妻が覆ったかと思うと、そのままシモンの頭は痺れ、目の前は昏くなり・・・、




 やがて、何も見えなくなった。





 
 


 

 

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