サグラダ ファミリア


 

 
第七話


 あの一日。優華さんが学校で次々と同級生や後輩や先生を「催眠」にかけていったあの日から数日の間。
 大きな動きはなく、日々は過ぎていった。


 本当は、僕はすぐにでも優華さんに、あの日起こったことを確認したかった。

 あんなに上手に催眠をかけられた理由とか。
 なんであんな「無茶」なことをしたのかとか。
 
 あと、本当にこの家を出て行ってしまうのか、とか。
 
 だけど、それからしばらく、優華さんと二人きりになるチャンスがなくて、なかなかそれを確かめることができなかった。

 
 そんなある日。


 日曜の午前中。
 珍しく優華さんも部活が休みということで、そしてミニテストが近いということもありお部屋でお勉強モード。
 僕は自分の部屋で、瑠美ちゃんとエンドレス神経衰弱中。
 なぜか瑠美ちゃんは神経衰弱が大好きで、ひどいときだと1時間くらいはぶっ続けで神経衰弱をやろうと僕にせがんでくる。1時間もやると、本当にこっちの神経が衰弱してくるからたまらない。

「ねぇ、瑠美ちゃん、そろそろ終わりに……」
「いやなのー、続けるのー」
 瑠美ちゃん、神経衰弱、弱いわりに、負けず嫌いだから、なかなか勝てない。それで延々と続く。
 といって、僕がわざと間違えると「お兄ちゃん、わざと間違えたでしょ!」と怒ってくる。
 僕がわざと間違えたことがわかるのに、何で負けるんだろう、と不思議なくらいだけど。


 そんなこんなで、もう40分くらいになったころ、ドアがコンコン、とノックされて、

「祥平君、瑠美。ちょっと急なお仕事ででかけなくちゃいけなくなったの。お昼、優華にお願いしているから、お留守番、よろしくね」
 よそ行きの、ちょっとおしゃれをしてお化粧をした感じの唯さんがそこに立っていた。淡いグレーの、少し光沢のある上下のスーツ。膝まであるタイトスカートから伸びている黒いストッキングに包まれた脚に、僕は少し、どきっとする。
「うん、瑠美。お兄ちゃんと留守番する!!」
「いってらっしゃい。気をつけて」
 唯さんは瑠美ちゃんと僕の言葉に微笑むと、ドアを閉じて外に出かけていった。

 僕は、これをチャンスとばかりに、
「じゃあ、瑠美ちゃん、ちょうどいいタイミングだし、そろそろ……」
「やなのーー続けるのーーー」
 

 うう、このままだと本当に神経衰弱になってしまいそうだ。

 なんとかうまく話を変えることはできないだろうか。

 僕はふと、

「……ねぇ、瑠美ちゃん。もし、もしだよ?もし、優華さんが、うちを、出て行っちゃうってことになったら、どうする?」

 瑠美ちゃんは、僕の言葉に、口を開けて、ぽかん、としていたけど、その顔が、一秒、二秒、三秒、とたつにつれて、みるみるくしゃくしゃになっていき、
「いやーーーーーーーーーーーーーーそんなの、いやーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 と大泣きし始めた。

 びっくりしはじめた僕は、

「ちょ、瑠美ちゃん、瑠美ちゃん、『もし』だから、本当の話じゃないから、大丈夫、大丈夫だって」
 だけど僕の声も届かないのか、瑠美ちゃんが泣き止む気配はない。
 まずい、このままだと優華さんがびっくりして飛んで来ちゃう。
 僕は、瑠美ちゃんの体をがし、とつかんで、
「瑠璃ちゃん!」
 鋭く叫ぶと、瑠美ちゃんが、びっくりしたように目を見開く。
「はい、瑠美ちゃんはもう僕から目が離せない。どんどん僕の瞳の中に瑠美ちゃんは吸い込まれていく、どんどん、どんどん、吸い込まれて、もう何も考えられない、頭も真っ白、もう僕の言うことしか聞こえない、僕の言いなりのお人形さんになってしまいます、さぁ、今から3つ数えて、僕と頭をごっつんこすると、僕の頭に瑠美ちゃんのたましいは全部吸い取られて、瑠美ちゃんは眠ってしまうよ、いち、にの、さん!」
 僕の矢継ぎ早の言葉に、目を見開いたまま身を固まらせていた瑠美ちゃんだったけど、僕がおでこを、瑠美ちゃんのおでこに、こつん、とぶつけると、瑠美ちゃんは、ゆっくりとまぶたを閉じて、体の力がふっと抜ける。その勢いで、大粒の涙がぼろっとこぼれる。

 僕がほっと息をつくと、バタバタ、と廊下を駆けてくる足音。その時間すらももどかしいかの勢いで短くドアにノックされたと思った途端、ドアがバタンと開かれて、
「どうしたの!大声が聞こえたけど?」
 現れたは優華さん。そして、床に散らばったトランプ、僕、そして僕に抱きかかえられるようにして脱力しきっている瑠美ちゃんへと目を走らせる。

 どう考えてもまともな言い訳が通用するシチュエーションではない。僕は間髪入れず、「『優華さんは僕のお人形さん!』」
 その瞬間に、優華さんの瞳から光が失われる。


 僕は手短に、瑠美ちゃん、優華さんの記憶を操作する。瑠美ちゃんに質問したことは全部除去。優華さんの記憶も除去して、勉強部屋に戻ってもらう。
 ついでに、こんなことがまた起こったときのために、瑠美ちゃんにも一発で催眠に落とせるキーワードを入れておく。瑠美ちゃんは、僕の催眠にはほとんどどんな状況からもかかっちゃうんだけど、誘導してるとやっぱり時間がかかっちゃうので、保険が必要だ。
 
 
 そして、僕は瑠美ちゃんの時間を動かすべく、手をぱちん、と叩く。
 
 きょとん、とした表情の瑠美ちゃんだったけど、床に散らばっているトランプを見て、直前の記憶との連結が取れたのか、ぼくににこっと微笑みかけて、

「祥平おにいちゃん、しんけいすいじゃく、続き、しよ?」
 ああ、そうか、エンドレス神経衰弱がやはり続くのか、と、僕は半ば観念しかかったのだけど、そこに廊下をパタパタと歩いてくる音。そして、ドアがノックされ、優華さんが現れる。
 まずい、優華さんへの催眠、うまくかからなかったのか。思わず僕は体をこわばらせる。

「やっほー、元気〜……あれ?祥平君、なんで、そんなに顔が引きつってるの?」
「い、いや、その……」
 直前の記憶が削られている優華さんは当然普通の表情をしていて当たり前だけど、直前のシーンの記憶がある僕は、そう簡単に普通の表情はできない。
 他人の記憶の操作はうまくても自分の記憶の操作は下手なのが恨めしい。
 しかし、ありがたいことに、そんな僕のことには余り気をとめる様子もなく、優華さんは続ける。


「ん、まあいいや。さぁ、瑠美、祥平君、お昼の時間だ。何食べたい?ラーメン?うどん?スパゲッティー??」


 麺類三択、というあたりが優華さんらしい感じもあるけど、麺類大好きの瑠美ちゃんは「らーめん!!」と元気にリクエストする。

 優華さんは、そのリクエストにうんうんと頷くと、僕に向いて、
「じゃ、祥平君。醤油、味噌、とんこつ、どれ?」
「……と……とんこつ……青ねぎ、多目で……」
「いい趣味だ!承った!」
「たまわったぁ!!」
 優華さんの歯切れいい言葉に、瑠美ちゃんが乗っかった。


 で、どっさり青葱を載せたとんこつラーメンを3人で平らげた後、おねむになった瑠美ちゃんを優華さんが唯さんの部屋に寝かしつかせに行った。

 
 今、リビングには僕一人。
 おじいさんみたいにお茶をすすりながら、少し落ち着いたところで、僕は今の状況を振り返る。
 あと数時間は、唯さんは帰ってこない。
 日曜、午後。
 瑠美ちゃんは寝てしまい、あとは僕と優華さんの二人だけ。


 このチャンスを逃したら、あとはいつになるかわからない。


 そして、優華さんが、うーんと伸びをしながら戻ってくる。
「あれ?祥平君、どうしたの?リビングルームで、テレビもつけないで」
 テレビもつけず、リビングのソファに座っている僕をいぶかしむ優華さん。

 僕は、意を決して、

「あのね、優華さん……ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん?なに?ずいぶん久しぶりにまじめな感じだね?」

 何の警戒も、疑いも、不信も持たず、ソファに僕に座り込んでる僕の前に来て、ぺたん、と絨毯にお姉さん座りをして、僕を見上げてくる。

「ん?どうした、祥平君。何か悩み事かな?瑠美、寝っちゃたし、唯姉もまだ帰ってくるの、ずっと先だし、今なら、内緒の相談、してあげられるよ?」

 軽く、気軽に僕に相談できるような冗談めかした口調。だけど、その目は真剣で、それでいてその表情は、本当に包み込むように優しい。



             数日前、底冷えのする音楽室で、踊るように、詠うように、あたかも愉しげに、次々と自分を苛めていた女生徒たちを、操り人形に堕としていった人と、とても同一人物とは思えない。


 だからこそ。

「優華さん」
「うん。何?」
「……『優華さんは僕のお人形さん』」
 相談ごとが告げられる、と思い込んでいたのだろうか。虚をつかれたように、一瞬目を見開いたあと、その光が失われる。首がかくん、と、糸が切れたようにうな垂れ、両肩、両肘からも力が抜け、白い手のひらが力なく絨毯に落ちる。




 僕は優華さんをさっきまで僕が座っていたソファーに、横に寝かせる。
 今日はふわふわっとしたかんじのフレアスカートに、タートルネックのベージュのセーターだ。
 黒いストッキングに包まれた艶かしい足が、短いスカートから無造作に伸ばされており、僕はなるべくそちらのほうを見ないようにして、さらにセーターで盛り上がりがもろわかりなってる胸の膨らみもできる限り見ないようにして、僕は優華さんへの「問いかけ」に集中しようと心に決める。


 ……。
 ……。 ……。
 ……。 ……。 ……。

 時間にしたら20分か30分くらいだろうか。
 あの日、催眠術の化身と化したときのことについての僕の問いかけに、優華さんの答えはだいたいこんなかんじだった。


   あの時、催眠をかけようと思ったのは、『自分は催眠をかけられる』ものだと思っていたから。
   催眠をかけたことは、その前の夜、僕に催眠をかけるまでは、一度もなかった。

   『いじめ』は転校した後からすぐに始まっていてはいたけど、副部長になってからずっとひどくなった。

   あの日の後、あの3人に、そして先生に催眠をかけたことはない。ほかの人に催眠をかけたこともない。



 催眠をかけたことはこれまで一度もない、という話と、『自分は催眠をかけられるものだと思っていた』というのはどう考えてもちぐはぐなんだけど、これは僕が暗示でそう思わせていたから、生まれてはじめてだけどできて当たり前、と思いこんでいたのだろう。
 僕たちが息を吸える、ご飯を食べれる、歩ける、というのが、気がついたときには当たり前にできているのと同じような話だ。

「あれから、いじめられたことは?」
「……ありません……」
 あの時、いじめっ子たちからは、優華さんに催眠をかけられていたときの記憶は、僕は全て消した。
 だから、いじめが無くなる理由は特にないのだけど、それは、あの時の催眠の副作用なのだろうか。
 あの時の靴箱の前の光景を見ていたたまれなくなった気分を思うと、とにもかくにも、いじめが収まっているに越したことはない。


 もう一つ、ここ聞いておかなくてはならないことがある。

「優華さん……あの、本当に、家を出て行くの?」
 今まで、ほとんどノータイムで答えてきた優華さんが一瞬、言いよどむ。

 やがて、振り絞るように、

「……出て、いかなくちゃ……駄目なの……」
「どうして?」
「……このままだと……祥平君を……襲いたい……自分の言いなりにしたい……そういう気持ちを……抑えられなくなるから……」
 この言葉は昨日の夜、2回にわたって聞いた言葉と同じ。
 
「…………じゃあ、いつ、出て行くの?」

「………………………………………………わからない。けど、早くしないと……寮の申し込み期限が来ちゃうから……」

 優華さんの言葉は、おそらく本当のこと。まだ、決めてないのだろう。



 でも、本当に出て行く、という話になったらどうなるだろうか?
 そのためのお金を溜めている、といってたけど、そんな簡単な話でもないだろう。
 いきなり唯さんだってそんなこと言われたらびっくりするし、理由を怪しむだろう。
 何より、瑠美ちゃんのさっきの表情、泣き声を聞いてしまっては、瑠美ちゃんが悲しむことなんて、させられない。

 

「優華さん、家、出て行きたいの?」
「出て行きたく、ない」
 きっぱりと断言する優華さん。

 出て行きたくない。けど出て行かなくてはいけない。
 理由は僕。
 だったら……。

「あの、あのね、優華さん。……僕が、出て行けば、いいんじゃないかな?僕が出て行ったら、優華さんは出て行かなくてもいい。違う?」

 僕の言葉に、

「それは、だめ」

 優華さんが、きっぱりと断言する。

「でも……でもさ、僕がいなくなれば、全て解決する、そうじゃない?」
「祥平君がいなくなると、唯姉も、瑠美も悲しむ。それに、祥平君、行く場所が、ない。……祥平君に、つらい思いを、させられない……」

 確かにそれを言われると、言葉がない。

 行く場所がまだかろうじてある優華さんと比べると、僕がこの家を出て行けば、きっと、いわゆる「施設」しか行き所がないだろう。
 この家に来る前の、あの、居場所のない、毎日が暗くて冷たくなる気持ちが思い起こされて、僕は少しぶるっと震えてしまった。

 そして、確かにさっきの瑠美ちゃんの泣き顔を見れば、僕が出て行っても、きっと同じようになるだろう。
 僕は自分の考え方が浅いことに気づかされ、深く落ち込んだ。
 

 僕が出て行くのも駄目。優華さんが出て行くのも駄目。

 となると、僕と優華さんが一緒にいても、優華さんの「出て行かなくてはいけない」と思わせる「原因」をなくすしかない。


 ここで、方法は二つある。

 一つは、優華さんが僕に「えっち」な気持ちを起こらなくさせる方法。
 なぜか、優華さんは、僕にエッチなことをしたくてしたくてたまらなくなることが、あるらしい。
 だから、こういう気持ちを起こらなくさせる。
 そうすれば、優華さんは僕と一緒に過ごしていても問題がなくなる、というわけ。

 これがスタンダード。これが普通。一番当たり前の方法。万事ハッピーエンド。めでたしめでたし。





 でも、実はもう一つの方法を、僕は思いついている。





 もう一つは、「僕とエッチなことをしても、それは問題ない」という風に優華さんの思考を捻じ曲げる方法。





 優華さんの根っこにあるのは、「弟とエッチなことをしちゃいけないのに、エッチなことをしたい気持ちがとまらない」ことにある。
 だから、その「弟とエッチなことをしちゃいけない」という優華さんの心のブレーキを取り外してしまえば、問題なくなる。




 こっちの方法にはほかに別のハードルがある。優華さんがのべつまくなしに僕にエッチをし始めるのをとめなくてはいけないからだ。たとえば、この前みたいにいきなり学校で始めてしまうのはかなりまずい。
 だから、たとえば「エッチをしていいのは、家の中で、しかも二人きりのときだけ」みたいな、「常識」を別に埋め込んでおかなくてはならない。
 でも、それくらいの手間さえかければ、こっちでも、今までとほとんど変わらない生活ができる。少しだけ、優華さんの「息抜き」をする手間が増えるけど。



 悩むまでもない。どっちを選ぶべきか、と言われたら、前者に決まってる。学校の先生、おまわりさん、PTAの会長さん、神様から閻魔様、だいたい思いつく「えらい人」誰に聞いても、そう言うだろう。

 そう言うだろう。

 だろうけど。

 ……。
 
 …………。

 ………………。

 一瞬だけ、僕が悩んでしまったのは、きのうの夜、優華さんと抱き合って、一つになった時のことを思い出してしまったからだ。

 僕はそれまで、男の人と女の人が、いやらしいことをする、その、「せっくす」というのを、なんとなく、あまり考えてはいけないこと、薄暗いこと、いけないこと、不潔なこと、だと思っていた。


 だって、男も女もまっぱだかになって、おしっこの出る肉の塊を、おしっこの出る穴の近くの穴に突っ込むんだから。


 だけど。
 昨日の夜、二人の気持ちがたくさんすれ違って、たくさん行き違って、どなりあって、お互い涙をぼろぼろ流して、
 でも、最後に二人が一つになれたとき、
 体を一つにする、という体験を通じて、心が一つになれることを確かめられる、「せっくす」が、あんなにもあったかくて、気持ちよくて、お互いを確かめ合えるすごいものだって知ってしまったから。



 ……あんな経験が、「えっちな気持ちを起こらなくする」という選択を選ぶと、きっと永遠に体験できなくなる。絶対に。


 
 僕は首をぶるぶる振って、顔をベシベシと叩く。
 だめだめだめだめ。そういうのは駄目。
 優華さんがエッチな気持ちを抑えるのと同じ、僕もエッチな気持ちを抑えなきゃ、駄目だ。

 腹を括って、僕は優華さんに向き合う。

 僕はひざまずいて、ソファに横たわる優華さんの耳元に囁く。

「優華さん、今から言うことをよくきいてください……優華さんは、僕と、時々エッチなことをしたくてたまらないことがある。そうですよね」
「……はい……」
 普段なら絶対に言えない様な告白も、催眠状態の優華さんは素直に答えてしまう。僕は続ける。
「それでは、優華さん、優華さんの目の前に、今、しぼんだ風船があります。これは、優華さんの中の、僕への『エッチ』な気持ちを入れることができる風船です。それでは、優華さん、今から優華さんの中の、僕への『エッチ』な気持ちを全部、こっちの風船に移しかえてしまいましょう。そうすると、優華さんは、これからずぅっとすっきりした気分で、毎日、過ごすことができます……優華さんの中のエッチな気持ちを、全部この風船に吹き込んでしまいましょう。さぁ、はじめましょう、一、二の、さん!!」

 ぱちん。

 僕が手を叩くと、優華さんの両手がふわっと浮き上がって、あたかも、口元に片手を持っていき、ふぅーーーっと吹き込み始める。
「さぁ、膨らんできた、膨らんできた……手で、風船を触って、それを支えてみましょう……」
 優華さんは、両手で、あたかも目に見えないその風船のような丸い形を作るような感じになる。
「さぁ、僕へのエッチな気持ちが、どんどん、どんどんこっちの風船に移動していく。それにつれて、優華さんの中にあった、僕へのいやらしい、エッチな気持ちがなくなって、優華さんはとっても素敵な、お姉さんに戻っていくよ……」
 優華さんは、僕に言われるまま息を吹き込み続ける。そのうちに、優華さんの両腕が、どんどん広がっていく。

「……う、すごい……」

 1分もたたないうちに、優華さんの両腕は、もう目一杯広がりきって、あたかもとおせんぼうをしているかのような状態になっている。

「……あ、あの、優華さん。今、風船、どれくらい大きくなってるの?」
「……この部屋……いっぱい……」

 どんだけなんだ、と心の焦りを感じながらも、僕はひとつ咳き払いをして、冷静さを取り戻す。

「……どう、優華さん。エッチな気持ち、全部風船に移動したかな?」

 僕の言葉に、優華さんはこくりとうなずく。
 僕は、キッチンテーブルからお箸を一本持ってきて、

「そうしたら、今から僕が魔法の針を使って、この風船を割ります。そうすると、優華さんのエッチな気持ちは、霧のようにあとかたもなくなってしまいます。そうすると、優華さんは、もう僕に対してエッチな気持ちがまったく起こらなくなります。必ずそうなります。
 さあ、いくよ、いっせいの、はい!」

 僕はそのお箸で、優華さんの目の前に片手でお箸を突き出すような動作をすると同時に、もうひとつの手でそのお箸をもった手の甲を、パン!と叩く。その瞬間、優華さんの目が見開かれて、パンパンに横に伸びきった両腕が、すぅっと下に垂れ下がり、ソファーに力なく落ちる。


 よし、これで万事解決だ。
 僕は、優華さんの記憶を適当にいじった後、催眠から目を覚まさせる。

「あれ?私、どうしたんだろう……」

 ソファーの上で一瞬混乱をしていたようだったけど、優華さんは、すぐに記憶の整合性を取り戻したのか、「いけない、早く片付けないと……」と、ラーメンの食器の片付けに取り掛かっていった。


 これで優華さんが、家を出て行かなくちゃいけない要因はなくなった。もう僕に「エッチなこと」をしたい気分もなくなるだろう。

 寂しいけど、これでよかったんだ。

 僕は、漫画や映画でよく出てくる、ちょっとニヒルな主人公になったような、そして少しいい事をしたような、そういう満足を感じていた。




 ――本当は、この日、優華さんの天才催眠術師という思い込みも解除して、そして僕と優華さんが「せっくす」した夜の記憶も全て消しておきたかったんだけど、すぐに唯さんがその後戻ってきてしまったし、あと、あの3人組と女の先生の催眠を解かなくてはいけないと思ったので、この暗示を解くのはまたの機会にしようとおもっていた。


 僕は、このとき、ひとまず、『優華さんの家出問題』が解決したと思っていた。
 そして、この数週間の、僕が奇妙な催眠術を優華さんにかけてから始まった、ちょっと不思議な物語は、これで、残った暗示を消すことを除けば、終わったんだ、と思っていた。




























     もちろん、これはひどい勘違いで、事態はさらにとんでもない方向に悪くなっていたんだけど。
     僕がそのことに気がついたのは、もう少し、後のことになる。


































■ ■ ■



「祥平君!」

 優華さんからいやらしい気持ちを取り除いたあと、次の週のある日の午後。
 学校を休んでお医者さん――女医の美樹先生――に行って、そしていつもの薬をしこたま貰った帰り道、呼び止められた僕が振り返ると、そこには3人の女の子、いや、女の子、というのは失礼な、お姉さんたちが立っていた。
 全員、優華さんと同じ学校の制服を着ていて、そして、3人とも、僕が知っている顔だ。
 弥生さん、みちるさん……そして、ヒトミ、さん。

「やっぱり祥平君だ。やっほー、元気、お久しぶりー、最近どうなの?どうなの?どうなの??」
 たたた、と真っ先に駆け寄って僕に矢継ぎ早の質問をしてくるのは、二つにむすんだ髪の毛をぴょこぴょこさせているみちるさん。
「みちる、少し落ち着きなさい。祥平君、困っているでしょう?」
 その後にゆっくりと歩いて近づきながら、みちるさんをたしなめるのは、弥生さん。すらっとしたその姿と、長く黒い髪、そして何もよりも優しい目が印象的だ。

「えーでもでも、祥平君、ひどいんですよ、ちっともメールも電話もくれないし、私、祥平君に嫌われたのかとばっかり思っちゃって……」
「え!でも、僕、みちるさんのメールとか電話番号とか知らないし……」
「もぉぉぉぉ〜〜、そんなの、優華先輩の携帯をちゃちゃっと盗み見ちゃえばいいのよいいのよ。優華先輩、物覚え悪いからね。携帯ロック番号、単純だよ?え、教えてほしい?しかたないなあ、知らざあ言って聞かせやしょー……痛!!」

 ぽかり、と弥生さんがみちるさんの頭を叩く。しかも、グーで。

「みちる、調子に乗りすぎです」
「うわぁぁ暴力、部長、それ、暴力です、体罰ですよ〜。ねえ、ヒトミ、ヒトミ、見た?見たでしょ、今の決定的シーン!!!!」
「え、あ、えと、見た、けど……今のは、みちるが悪いと思うな……
「うわ、またしても、またしても、世間の皆様、このように、21世紀にもなって、いまだなお、人類が体罰という害悪を殲滅できないのは、このような"けーす・ばい・けーす"なる曖昧な対応が流布しているからでありまして、我々虐げられし、か弱き部員においては、断固、これを糾弾、弾劾するものでありまして……ふが!ふがふが……」
 握りこぶしをマイクに見立てて、路上でとうとうと実況中継を始めるみちるさんの口を、弥生さんは、ぎゅっとその白い手で塞ぐ。
「ごめんね、この子、熱があるみたいなの。気を悪くしないで、祥平君」
「は、はい」
 強いです。弥生さん。

 そんなやりとりの中、僕は、もう一人が気になっている。

 ヒトミ、さん。

 それは、前の、あの音楽室で、優華さんが催眠をかけた一人。間違いなく、その人だった。


■ ■ ■



 で、もって。

「♪〜〜〜♪〜〜〜」
 気持ち良さそうに歌っているみちるさん。いや、さっきから5連続で曲を入れている。振り付けもありで、ノリノリ、だけどとても上手い。

「はい、次、祥平君!!」
「えっと……だから、さっきから言っているように、僕はカラオケは苦手で……」
「んもぅー、じゃ、ヒトミ!」
「え、あ、あの、ごめんなさい、まだ、えらべてなくて……」
「遅い!じゃあ私、6曲目、いっちゃうよ〜〜」
 みちるさんは入力マシンのタッチパネルをぱらら、とリズミカルに叩く。手馴れているらしい。

 街中で出会った後、僕はそのまま、みちるさんのマシンガントークに撃ちぬかれ、そのまま「やっぱり男と女が出会ったからにはカラオケでしょ!!」というわけのわからない理由でカラオケボックスに引きずり込まれてしまった。もちろん、弥生さんとヒトミさんも一緒だ。

 弥生さんは、こういうみちるさんの突飛な行動には慣れているのか、涼しい顔でグレープフルーツジュースを啜っている。逆に、ひとみさんの方は、みちるさんの一挙手一投足に振り回され、あたふたしていて大変そうで、あまり慣れていないっぽい。
 
 僕は、病院の帰り道にカラオケに行くなんて、なんだかすごく悪いことをしているような気分だったけど、弥生さんとみちるさんが、優華さんに携帯で連絡をして、事情を説明すると、あっさりカラオケへの道草のOKが出てしまった。


 今日は部活の後、たまたま、帰り道が一緒になった3人が合流したとのこと。弥生さんとみちるさんが一緒になるのはよくあるけど、ヒトミさんと一緒に帰るのは、これがはじめてらしい。
 優華さんは、学校の別の委員会の用があって、まだ学校にいて、一緒に帰れなかったみたいだ。




 6曲目、みちるさんがアイドルグループの曲を軽やかに歌い上げている中、


「あ、あの!!」
「え?」
 僕の隣に座っている、ヒトミさんが、突然、僕に声をかける。さっきから、だいぶ横から視線を感じていて、きっとタイミングを見計らっていたのだろう。

「あの、私、B組の、ニジョウガハラヒトミ、って言います。その……よろしくお願いします!」
 座りながらだけど、深々とお辞儀をするヒトミさん。
「あ、はい、こちらこそ、僕は、高坂祥平、と言います。自己紹介が遅れてすみません」
 僕の言葉に、え?という表情を浮かべるヒトミさん。
「え……高坂って……」
「そう、祥平君は、高坂さんの弟さん」
 弥生さんがフォローを入れる。
「ごめんね、最初に紹介をしておくべきだったよね。みちる、そういうデリカシー無いんだから……ヒトミは、私とみちる、そして優華と同じ部活なの。今日は練習帰りでね、一緒に帰ってたところなの」
 はい、それは知ってます、といいかけて、僕はその言葉を唾とともに飲み込む。いけないいけない、「あの時」の記憶は、ヒトミさんから削っていたんだった。あくまで僕とヒトミさんは、初対面、初対面。
 弥生さんが僕にヒトミさんの紹介をしている間、ヒトミさんは僕を、少し上目遣いで見つめている。
「あ、あの……祥平、さん、でいいですか?」
「う?いや、僕のほうが年下だし……」
「そうそう、フクブチョーの弟君だもの、みんなの弟みたいなものよ、ヒトミ、『ショーヘークン』って言ってごらん?」
 いきなり話に入ってきたみちるさんは、僕に頬ずりしながらそんなことを言ってくる。 僕は、その頬ずりの感触に、顔が火照るのを感じながら、
「え?でも、でも、いきなり、初対面で、その、あの、そんなのって、馴れ馴れしいっていうか……」
「もー、ヒトミはそんなんだから駄目なのよ。ほら、言うでしょ?名前を知って抱き合えば人類みな姉弟、ってね!はい、ハグハグ!」
 そう言うと、みちるさんは僕とヒトミさんの背中をぎゅっと抱きかかえるようにする。勢い、隣り合ったヒトミさんと僕はもつれ合って、体重の軽い僕が、ヒトミさんの胸元にダイブする形になる。
「ひやぁ!!」「きゃ!!」
 おでこがすごくやわからいクッションに弾かれるような感触。思わず見上げると、そこにはヒトミさんの当惑した、そして真っ赤な顔がある。
「はい、これで二人は仲良し仲良……あいた!!」
「みちる、調子に乗りすぎです」
「うわーーーーーーーまた暴力ーーーー!!だめーーうめぼし、だめーーーー!!!」
 弥生さんがみちるさんに『せっかん』(確か専門用語で『お仕置き』のことをこういう言い方をするはず)をしている間、僕は、ヒトミさんの胸元から、自分の体を引き剥がす。思わず、前の音楽室で見てしまった、ヒトミさんの形のよい発育した白い二つの膨らみを思い出して、股間が少し盛り上がりかる。あわてて、下半身をヒトミさんの太ももから遠のかせるのに苦労する。

「ご、ごめんなさい、変なとこ触っちゃって……」
「い、いいんです、気に、しないで、ください……」

 顔を真っ赤にしているヒトミさんは、胸元を少し整えた後、改めて僕に向き直る。どこか、ぼうっとしているように見える。
 目の前で、スカートの上から弥生さんにお尻を叩かれているみちるさんの悲鳴をBGMにしながら、少し迷ったあと、搾り出すように、ヒトミさんは、

「あ、あの、祥平……さん」
 やっぱり「さん」付けは続くらしい。
「何でしょう?」
 僕は心を落ち着かせるために、ウーロン茶に口をつける。

「……私たち、……前に、どこかで、会ったこと、ありませんか?」

 僕は、ウーロン茶を噴き出すのを堪えるので精一杯だった。

「ほうほうほう、聞きました、聞きましたよ、ヒトミさん。訊き捨てなりませんな、今の発言……あいたたたた……」

 『せっかん』が終わったのか、お尻をさすりながらヒトミににじり寄るみちるさん。

「……二人は、知り合いなのですか?」
 
 意外そうな表情をする弥生さん。

 3人の視線を一手に受ける形となった僕は、首をぶるぶる振って、

「い、いえ、僕は、その、えっと、あの……ひとみさんとは、初めて、だと、思います!」

 ああ、「思う」じゃなくてそこは断言すべきだろう、とつまらない自分駄目出しをしてしまう僕。

 だけど、ヒトミさんは、相変わらず熱っぽい目で僕を見ている。

「ん?ヒトミ?前世の記憶でも思いおこしちゃったとか?それとも、運命を感じちゃったとか?」

 そんなみちるさんの茶々を意に介す様子もなく、ヒトミさんは、ゆらっと僕に上体を近づけ、そのまま、僕の首筋に顔を寄せる。シャンプーの香りがふわっと立つ。



「………………………祥平さんの……………匂いが……どこかで……………………………覚えがあったから……」



 その仕草に、さっきまで饒舌だったみちるさんも言葉を失う。
 僕に至っては、もう、ガチガチに凍りついてしまっている。



「……………………………いい……………………………匂い……………………………すごく…………………………………………………………すてき…………………………………………………………」



 ヒトミさんの吐息が熱くなっていくのがわかる。分厚い冬服のブレザーの上からだけど、すごく大きな膨らみが僕の左腕に押し付けられていて、その柔らかさがわかる。
 ヒトミさんの唇が僕の首筋にわずかに触れかけるか、触れかけないか、それくらいの幅にあるのがわかる。
 やがて、その唇から、湿り気が増して、何かが近づいてくるのが、肌の産毛を通じて感じられる。
 たぶん、舌だ。
 大きく広げられたヒトミさんの唇が僕の首を噛み付くような形になり、その奥から熱い舌が伸びてきて、僕の肌に触れかけようとした、その瞬間。

 パチン。

 手の平を叩く音。その音に、僕もヒトミさんも、はっと正気に返る。

 その音の主は、弥生さんだ。

「はい。そこまで。ヒトミ。どうしたの?貴女らしくないです。みちるの100分の1くらい、積極的になるのはいいことですけど、みちるそのものレベルにまで身を堕としてしまうのは、あまりほめられません。祥平君、困ってますよ?」
「うわーー、部長、ひどいです、それ、あんまりです〜〜」

 ヒトミさんを諌める弥生さん。だしに使われたのを抗議するみちるさん。その二人の言葉に、ヒトミさんは自分がしようとしかけていたことに気がついたのだろう、あわてて僕から距離を取り、

「あ、あ、わ、わたし、わたし、その、そんなつもりじゃ…………ごめんなさい!!!」
と、いきなりカラオケボックスの床にしゃがみこんで、僕に土下座し始めた。

「うわ、あの、そ、そんなことしないでください。僕、気にしてませんから……」


■ ■ ■


 その後、なんとか場は収拾され、さらに何曲から、みんなで代わる代わるカラオケを1曲ずつお披露目した後、少し休憩となる。

 僕が部屋の外のドリンクコーナーで、メロンソーダを買うかカルピスを買うかで悩んでいると、スキップするような歩調で、みちるさんが近づいてきた。

「お、祥平君、いいねえ、メロンソーダか、カルピスか、人生の決断だね。さあ、どっち?」

 その言葉に、僕は思わずウーロン茶を押す。

「あらら、そっちで良かったの?」
「もともとこっちを買おうと思ってたんです」
 なんだかメロンソーダやカルピスを買うと、子供っぽく見えそうで嫌だっから押さなかったのは内緒。

 と、突然、みちるさんが、僕の襟に顔を寄せて、くんくん、と匂いをかぎ始める。
「ちょ、ちょ、みちるさん、みちるさん!!」
 僕の抗議に、みちるさんは顔を離して、腕組みをして、
「うーーん、確かに、趣味のいいフローラル系のシャンプーの匂いはするけど……特段、すごくいい匂い、というわけでも……というか、祥平君、この匂いは、お姉さんと同じシャンプーを使ってるね?は……まさかお風呂も一緒??」
「そんなわけありません!!!……まぁ、シャンプーは、同じ、ですけど……」
「だよねえ」
 みちるさんにしてはあっさり引き下がると、話題を変えて、
「ところでさ、祥平君。ちょっといいかな」
 そう言うと、僕を廊下の奥のどんづまり、誰にも見えないところに引っ張り込む。


 そして、ちょっと真面目な顔になったみちるさんは、僕の耳元に口を寄せ、
「あのさ、祥平君」
「な、なんですか……」
「…………………………………………祥平君、ちょっと前にさ、うちの学校で、優華先輩に、おち●ちん、しゃぶってもらってたでしょ?」
「な……!」

 思わず、僕は顔色を変える。そして、その対応が、まずかった、ということを、僕の表情が変わるのをじっと観察しているみちるさんの表情を見て気づく。
「あ、やっぱりそうなんだ」
「な、何でそんな風に思うんですか????」
 裏声になりかかる僕に対して、
「ん、実はね、私たちの部活、学校の音楽室が部室の一つになってたんだけど、最近、やたらチアの服とか備品が盗まれててね、私、こっそり、センサー式のカメラ、つけてたんだ。ああ、ちゃんと先生の許可は得てるし、音楽室の本体だからね、着替えとかそういうことはしない場所なんで、本当は問題ないんだけど……」

 あ、これ、部の中でも私と部長しかしらない秘密なんだ、と、秘密の割はわりと軽いノリで付け加えたあと、

「でね、ここしばらく溜まってた録画見てたら、なぜか副部長……優華先輩が映ってて、あと、もう一人、小さい男の子も映っていて、なんか、優華先輩が呪文みたいなものを唱えたら、その子がなぜか固まっちゃって、その後、優華さんの言いなりになっちゃってたんだ……」
 みちるさんが、僕の表情を探るような目をして、ゆっくりと言う。

「その呪文は確かね……『祥平君は私の、お人形さん』」
「……!!!」
 僕は凍りつく。
「……祥平……くん?」
 みちるさんは、ごく、と唾を飲んで、僕の頬を撫で、そして、ゆっくりとその指を僕のおなかのほうに滑らせていく。そして、僕のおなかを服の上から撫でさすりはじめ……。
「……あ、あははは、くす、くすぐったい、くすぐったい……」
「ひゃっ!!!」
 突然僕が動き出したので、飛びのくみちるさん。
「な、何で動けるの?今の、催眠術にかかっちゃう、呪文じゃないの?」
「だ、だって……」
 ああ、そうか。確かに、あの音楽室でのやりとりを、最初のうちだけ見てたら、あたかも僕が操られているように見えるだろう。

 みちるさんは、スマートフォンを取り出して
「おっかしーなー、確か……」
「!!!!」
 僕はあわててみちるさんのそのスマートフォンを覗き込むと、それは確かに、画面は粗いけど、優華さんと思しき人影が、僕、のような子を抱きかかえるようにしている場面で、

「……『祥平君は私の、お人形さん』」

と、つぶやいているシーンだった。



 
■ ■ ■



 動画は、途中までで止まっていた。どうやら、カメラが電池切れになったらしく、シーンは、僕が優華さんの催眠にかかったふりをしたシーン、そして、僕の股間に顔をよせ、僕のモノをしゃぶりはじめたシーンでとまっていた。

「ねぇ、これってどういうこと?だいたい、なんで祥平君が学校にいたの?」

 みちるさんは、興味津々の瞳で僕に質問を投げかける。

 僕が躊躇していると、

「大丈夫。このビデオを見て、持ってるの私だけだし、私、誰にも話してないから。もし、祥平君が、正直に本当のことを話してくれるなら、私、秘密にしてあげる。……何なら、消しても構わないよ?」

「……本当ですか?」
「もちろん」

 みちるさんはにっこりと微笑む。

 僕はほっとした。これが、この前みたいな意地悪な子達だったら、大変なことになっていたはずだ。本当に、みちるさんでよかった、と心から感謝した。

 僕は、あの日、お弁当を優華さんに届けにいったこと、そして、優華さんに出会って、音楽室に入ったことを話す。

「……んー、でもさ、じゃあ、なんで、優華、あんな催眠術の真似事みたいなことをして、おしゃぶりなんかはじめちゃったの?普通じゃないよね?」

 それは、僕が聞きたいくらいだ。
 けど、そうも言ってられない。
 僕は一瞬だけ迷って、半分本当、半分でっち上げを混ぜ合わせて、こう答える。

「あ、あのですね。実は、僕、催眠術、使えるんです。それで、前の日に、優華さんに、催眠術を使えると思い込ませて、そして、僕に催眠術をかけてエッチなことをさせられるかな、って、実験してたんです。で、僕、うっかり、優華さんの催眠術を解き忘れて……そしたら、あの日、たまたま、それが発動しちゃって、……それで、あんなことに、なっちゃったんです」

 その前の日に起こったもっとすごいこととか、優華さんが天才催眠術師と化して、ほかの女の子たちを――ヒトミさんを含めて――ばったばったと催眠にかけていったこととか、そういうことは省略。ビデオがあそこまでだったら、そこまでいう必要は無いだろうし……。

「へー……」

 みちるさんは、低い声でリアクションをする。しかもジト目だ。その表情を見る限り、とても納得しているようには見えない。

「催眠術って、そんなことまでできるの?だって、ふぇら●おだよ?あ、ふぇら●お、ってね、女の人が男の人のおち●ちんをしゃぶることなんだけど、そんなこと、させられる?それに、前の日の催眠術が、次の日まで残ったりするもの?第一、祥平君みたいな子に、催眠術なんて、できるものなのかなぁ……。ねぇ、もともと、催眠術とか関係なくて、優華先輩が、祥平君のこと、いたずらしたかっただけなんじゃないの?これまでも、家で、いろいろ、悪戯とかされてたんじゃない?」

 心配そうな表情を浮かべるみちるさん。まずい、話が変な方向に行きかけている。

「ち、違います!!優華さんには何の責任もありません!僕、ちょっと催眠術は得意技で……で、調子に乗って、その、優華さんに変な催眠術をかけたせいで、ああなっちゃったんです!!!」

 僕はあわてて優華さんの弁護に回る。この前のいじめっ子みたいに、PTAに告げ口する、なんてことをみちるさんが言うとは思わないけど、何かあったときに、優華さんが悪い、みたいなことになるのは、絶対に駄目だ。悪いのは僕だけにしておかないと……。

 うーん……とみちるさんは少し腕組みをして考え込んでいたみたいだけど、ぽん、と手を叩いて、

「わかった。じゃあ、祥平君。試しに、弥生先輩と、ヒトミに、催眠かけてみてよ!」
「え”」
「だって、催眠術、得意なんでしょ?もし、催眠術、弥生先輩かヒトミのどっちか一人にでもかけられたら、今の祥平君の言葉、信じてあげる」

 ね、それでいいでしょ?と、みちるさんは、いつものような、曇りひとつない、天使のような笑顔で微笑んだ。






■ ■ ■



 で。ところ変わって、ここはみちるさんのおうち。すごい高いマンションの、そのまたすごく高いフロアにエレベーターでようやくたどり着ける、そんな場所。

 みちるさんは、もともとお母さんとお姉さんとの三人暮らしらしいけど、お姉さんは遠くの大学に別の下宿があってたまにしか帰ってこず、お母さんはキャリアウーマンらしく仕事で忙しくてなかなかここに戻ってこないとのことで、今日はみちるさんしかいない。

 マンションなんだけど、とっても広くて、しかも床もフローリングとかいう板張りのつるっつる。ひょっとしたら、ワンフロアだけど高坂家より広いかもしれないくらい。
 

 弥生さん、ヒトミさん、そして僕がお邪魔しているのは、そのすごい大きなフロアの中でも、みちるさんのベッドルーム、つまりみちるさんの部屋だ。
 優華さんのところとはまた違った雰囲気で、いろんなところにぬいぐるみなんかがあったりするのが女の子っぽい感じ。

 僕は、念のため、優華さんに、みちるさんの家に寄っているから少し遅くなる、と携帯でメールを入れた。

「ごめんね、みんな。つきあってもらっちゃって……」
 みちるさんが、紅茶とカステラを人数分持ってくる。
「気にしないでください。祥平君のお願いですから、1日に100回はある、みちるのお願いごととはわけが違います」
「え”〜部長、それは厳しいですよ〜」
「……えと……祥平君、それで、出し物の練習って、どういうのをやるの?」
 
 みちるさんは、僕が、今度、学校の友達のお別れ会で出し物をやらされることになっていて、その練習をする相手を探すのに困っているから、協力してほしい、と言って、この2人をここまで連れてきた。
 こういう時のみちるさんの押しの強さは、正直惚れ惚れしてしまう。

「えっと、その…………さいみんじゅつ、なんです」
「催眠?」
「あの、『貴方はだんだん眠くなる〜』というやつですか?」

 きょとんとした表情の弥生さんとヒトミさん。


 僕は、とおり一辺倒のことを説明する。

 催眠とは何か、とか。
 催眠は誰でもかかる。頭のいいわるい、素直かどうかなんて関係ない、とか。催眠はあくまで嫌なことはさせられない、とか。戻りたければいつでも戻れるから心配しなくて、いいとか……。

 いろいろ説明していくうちに、二人ともだいぶ警戒心が解けてきたようだった。

「でも、……祥平君みたいな子供に、催眠って、できるのかな?難しいんじゃない?私、疑りぶかいから、たぶん、催眠、かからないと思うんだけど……」
 少し心配そうな表情を浮かべている弥生さん。おそらく、失敗させて自信をなくさせることを気にしているのだろう。
「大丈夫、だいぶ練習してきてますから。ああ、一つ。わざと演技でかかったふり、なんてしないでください。演技だとすぐ、わかりますから」
 僕の言葉に、少しだけみちるさんが不服そうな顔をする。
 だけど、僕には……ずるって言われるかもしれないけど、きちんと保険がある。

 ちらっと僕はヒトミさんのことを見る。

 ヒトミさんに、この前僕は、「キーワード」を埋め込んでいる。
 それさえ唱えてしまえば、ヒトミさんは、一瞬で催眠状態になる。

 さっきのビデオが、3人組が音楽室に入ってくる前で切れていたのは、ラッキーだった。僕とヒトミさんに面識があって、ヒトミさんにも催眠術がかかっていることを、みちるさんは知らない。だからこそ、「弥生さんとヒトミさんの『どちらか』に催眠」という条件で、飲んだんだ。
 もちろん、当のヒトミさんも、記憶がない。好都合だった。

 だから、弥生さんには別にかからなくてもいい。適当なところで切り上げて、ヒトミさんだけ操ってみせればおしまいだ。

 ヒトミさんには申し訳ないけど、少しだけ付き合ってもらおう。


 僕は二人を、みちるさんのベッドの上に座らせる。みちるさんは、勉強机の椅子に座って僕たち3人を見守っている。

「さぁ、まずは、二人とも、人差し指以外の指を組んで、それを目の前に持ってきてください……ほぅら、じぃっと見てると、どんどん、どんどん、どんどん、指が近づいていってしまいますよ……」

 お約束の被暗示性チェック、という名のもとの、人間の生理を利用したトリック。誰でもこういう手の組み方をすると指が自然と近づくことを利用して、「自分は、ひょっとしたら催眠にかかってしまうのかも」という感覚を植えつける。

 二人とも見る見る指の感覚が狭まり、やがて、ぴたっとくっついてしまう。

「わぁ」「……すごい、です」
 僕は矢継ぎ早に、さまざまなテクニックで二人の催眠のかかりやすさをチェックしてみる。頭をぐるぐる回させたり、両腕をがちがちに固めさせてみたり……。

 うん、こんなことを言うと申し訳ないけど、やっぱりヒトミさんのほうが、流されやすい性格というか、押しに弱い性格なのか、催眠にはかかりやすいみたい。特に強い言葉で、ぴしっといわれると、そのとおりになってしまう雰囲気がある。ひょっとしたら、暗示の言葉を使わなくても、そのまま催眠にかけてしまえるんじゃないか、と思うくらい。

 でも、弥生さんのほうは、ヒトミさんと比べると、少し反応が鈍い。警戒しているのか、この中で一番年上の部長である、という意識が強いのか、ガードが固いのかもしれない。

 構うまい。ヒトミさんさえかかればいいんだから。

 僕は、ヒトミさんと弥生さんを、それぞれ少し離してベッドの上に座らせると、僕はヒトミさんの後ろに回りこんで、耳元で囁く。
「さぁ、弥生さん、ヒトミさんを見ていてください。ヒトミさんも、弥生さんの目をじぃっと、じぃっと見てみましょう。じぃっと見ていると、どんどん、どんどん、どんどん、ヒトミさんの体はガチガチに固まっていきます。さぁ、かちこち、かちこち、かちこち……」

 僕の言葉に反応して、ヒトミさんの体がぴく、ぴくっと動く。まぶたもぴくぴくしはじめている。カタレプシー、という奴だろう。

「さぁ、どんどん、どんどん固まってきた、体が固まっていくにつれて、ヒトミさんの体は、どんどん『お人形さん』になっていく。お人形さんになりきってしまうと、もうヒトミさんの体には魂がいられなくなって、その魂は、弥生さんの中に、ひゅっ、と入ってしまいます。そうなると、ヒトミさんは、弥生さんの言いなりのお人形さんになってしまいます。僕が3つ数えると、必ず、そうなってしまいますよ……」

 ごくり、と唾を飲み込む音がする。みちるさんだ。
 いつの間にか催眠のカウンターパートにさせられてしまった弥生さんも、緊張した面持ちで、がちがちに固まりつつあるヒトミさんを見つめる。
 そのヒトミさんといえば、僕の言葉に頷くことすらできず、ただ、ガラスのような大きな瞳を見開いて、弥生さんを見つめていく。時々、苦しそうな息をするのは、体が固まりつつあるせいで、呼吸も苦しくなってきているせいだろう。

「息が苦しいですか?大丈夫、3つ数えると、体から全ての力が抜けて、そして魂もするっと抜けて、すごく楽になります。そして、あなたの魂が入り込んだ弥生さんの言葉どおりに、自分が動いてしまいます。弥生さん、すごく素敵な人ですよね。弥生さんの言うとおりに動くと、とても幸せになってしまいます。それは、あなたがお人形さんになれた証拠です。さぁ、三つ数えますよ、いち、ほら、どんどんがちがちが激しくなる……にぃ、さあ、体がコンクリートになって行く……だけど目は弥生さんから離せない……………さん!!!」

 大きな声で僕は叫ぶと同時に、みちるさんの耳元で、そっと
 『ヒトミは、僕のお人形さん』
と囁く。

 その瞬間、さっきまでカチコチだったヒトミさんの体から力がふわっと抜けて、そのままベッドに突っ伏すような形で、どさり、と倒れこむ。腕が変な形になっていて、手首もねじれているけど、まったく気にする様子も無い。

「ヒ、ヒトミ!!」

 思わず叫びかける弥生さんに、僕は、しっと指を立てて、黙るようなジェスチャーをすると、

「弥生さん、大丈夫。ヒトミさんはお人形さんになっただけですから。それじゃ、弥生さん。ヒトミさんに命令してみてください、たとえば、そうですね、『ヒトミ、立ち上がりなさい』って言ってみてくれませんか?」

「あ……え……っと……『ヒトミ、立ち上がりなさい』」

 弥生さんがそう言うと、ヒトミさんは、くぐもった声で、「はい……ヒトミは……立ち上がります……」と復唱すると、そのままゆっくりと体を起こし、不安定なベッドの上に、ふらり、と立ち上がった。

「うわ」「……すごい……」

「ほら、すごいでしょう?弥生さんの中に、ヒトミさんの魂が入ってしまったから、ヒトミさんは弥生さんの言いなりなんです。次のように言ってみてください。『ヒトミ、右手を上げなさい』」
 弥生さんは、僕に言われるがまま、
「『ヒトミ、右手を上げなさい』」
「はい……ヒトミは右手を上げます…」
 ゆっくりと右手を上げていくヒトミさん。
 僕は続けて、
「『左手を上げなさい』」
「『ヒトミ、左手を上げなさい』」
「はい……ヒトミは左手を上げます…」
「『両手を下ろして』」
「『ヒトミ、両手を下ろしなさい』」
「はい……ヒトミは両手を下ろします……」

 僕が言う言葉を、弥生さんはそのままヒトミさんに命令して、そしてヒトミさんはその命令どおり動く。

「うん、言葉だけでも動く。だけど、ヒトミさんの魂は弥生さんに入ってるから、弥生さんが体を動かすと、そのとおりヒトミさんは動いちゃうよ。さぁ、弥生さんも立ち上がって……そうそう向かい合ってください。そうしたら、弥生さん。右手をあげてごらん?」
 弥生さんが右手をあげる。すると、ヒトミさんの左手――ちょうど鏡のような形になっているから左右が逆になる――がすぅっとあがる。

「じゃあ、右手を下げて次は左手を上げる……今度は両手をふわあっとあげる……」

 僕のいうとおりに弥生さんが動き、その鏡映しの状態でヒトミさんが動いていく。

 弥生さんは、気づいているだろうか?すでに、自分の表情が、ヒトミさんと同様、虚ろなものになっていることに。自分が、僕の言いなりのまま動いてしまっていることに。

 僕のターゲットは、すでに弥生さんに移っている。
 弥生さんは、すでに、この異様な雰囲気に釣り込まれている。そして、僕が催眠ができること、そして、催眠にずぶずぶにかかると、どうなるかを、ヒトミさんの様子を目の当たりにして、イメージが完全に出来上がっている。

 あと一押しで、堕とせる。

「さあ、弥生さん、ヒトミさんの目を見つめてください。ヒトミさんの目を見つめていると、ヒトミさんと弥生さんの間のテレパシーの回線がどんどん、どんどん、太くなっていきます。ほら、もう、弥生さんの魂と、ヒトミさんの魂は、一体になってしまいました。だから、ヒトミさんの体が感じた感覚は、そのまま、弥生さんの体に伝わってしまいますよ……ほら!」
 僕はそういいながら、ヒトミさんの右腕をすっと撫でさすると、ヒトミさんはまったく反応しないのに、弥生さんが思わず、びくっと体を震わせて、左手で右腕をつかむ。
「そう。ヒトミさんはお人形さんになってしまっているから、ヒトミさんの体は何にも感じられない。だけど、弥生さんの体の中に入っているヒトミさんの魂は、びびび、と感じてしまう。弥生さんの魂とヒトミさんの魂は、もうくっついて離れないから、ヒトミさんの体に感じられることは、弥生さんに直撃してしまうよ……ほら!!」

 そう言うと、僕はさらにヒトミさんの首筋を手ですぅっと撫でさすり、頬を伝って、ヒトミさんの唇を指で触る。途端、弥生さんは唇をぎゅっと横に引きつらせて、拳をぐっと握って、何かをこらえようとする仕草をする。

「弥生さん、知ってる?人間の唇って、体の中の粘膜そのものだから、神経がすごくたくさん集まっていて敏感なんだよ、だから、ね……さぁ、ヒトミさん、僕の指をなめると、すごくすごく甘くて美味しくて、どんどん気持ちよくなっちゃうよ……」
 僕はさらに何度も何度も、ワイングラスの縁を撫でるようにヒトミさんの唇を撫でまわしたあと、ヒトミさんの唇の中に指を突き入れる。途端、ヒトミさんの唇が、きゅっとすぼまり、じゅぷ、ちゅうう……と嫌らしい音を立てて、まるで赤ちゃんのように僕の指を吸いだす。

「ふわぁ!!!ああ……はぁ……」
 その瞬間、弥生さんが小さく叫び、その唇からよだれが、つぅっと一筋、零れ落ちる。
「しょ、祥平君、わかった、わかったから、もうやめて……」

 弥生さんが、口に手を押さえて、苦しそうな声を上げる。

「弥生さん、止めてほしい?」
「お、お願い、お願い……」
 さっきまでの落ち着き払った雰囲気が消え失せている。僕がヒトミさんの頬をさすったり、体をぎゅっと抱きしめるたびに、弥生さんの体がびくっびくっと反応している。
「わかった、そしたら、弥生さん、ヒトミさんとの回線を解くから、今度はヒトミさんの目じゃなくて、僕の目を見て」

「祥平君の……目……」
 余裕がなくなっている弥生さんは、すがるような目を、ヒトミさんの後ろにいる僕に向ける。

「そう、ほら、僕の目を見ていると、だんだん僕と弥生さんとの回線が太くなっていく。目を通じて、目と目の回線を通じて、僕の声がどんどん弥生さんの頭に流れ込んでくる。そのぶん、ヒトミさんの回線が細くなっていく。ヒトミさんとの回線が細くなると、だんだん感覚がなくなってくる。そうしたら、もう弥生さんは大丈夫、ヒトミさんとはもうつながってない。僕とだけつながっている、ほかの何も気にならない、何も感じられない、僕の声が頭いっぱいに広がっていく、すごくそれは安心、すごく幸せ、もう大丈夫、何も考えなくていい。さぁ、もっとずぅっと、ずぅっと、僕の目を、もっと深く、深くまで見つめてみてごらん……」
 ヒトミさんを抱えたままの僕を、弥生さんはうつろな瞳で見つめる。
 僕はヒトミさんをベッドにゆっくりと座らせるようにして下ろすと、弥生さんの息がかかるくらいの場所に近づいて顔を寄せる。弥生さんは、僕から目を逸らすことができず、そのまま僕を見つめ続けており、僕は、その弥生さんのうつろな瞳を見つめ返す。

「さぁ、弥生さん、今から僕が弥生さんを抱きしめると、今度は弥生さんの魂が弥生さんからひゅっと抜けて僕に入ってしまいます。そうなると、弥生さんはお人形さんになってしまいます。だけど大丈夫、お人形さんになると、すごく幸せになれます。さっきのヒトミさんを思い出してください。ご主人様のいうとおりに動くのお人形さんの幸せ。だから、ヒトミさんはすごく幸せそうでしたね。今度は弥生さんが幸せになる番です……。
 さぁ、三つ数えて、僕に抱きしめられると、弥生さんの魂は抜けてしまいますよ。そうなると、弥生さんの頭は真っ白になって、僕の言うとおりに動いてしまいます。だけどそれはとっても幸せです。いきますよ、いち、にの……さん!」
 僕は弥生さんを見上げるような形で、ぎゅっと弥生さんを抱きしめる。ボリュームのある弥生さんの胸で僕の口がふさがれそうになる勢いだけど、目だけは弥生さんをじっと見つめる。その瞬間、弥生さんの瞳が……もともとほとんど茫洋としていたその瞳から、意思の光が完全に消えうせ、そのまままぶたがゆっくりと下がって、僕にすべての体重を預ける形になる。一瞬、僕はバランスを崩して倒れそうになるのを、なんとかこらえる。
「そう、身も、心も、すべて僕にゆだねてください。真っ暗。もう何も考えられない、感じられない、だけどそれがお人形さんの幸せです。ご主人様に抱きしめられてていますよ、とっても嬉しいですね、弥生さんは、すごく幸せなお人形さんになってしまいました……」
 そういうと、僕はゆっくりとしゃがんでいく。弥生さんもひざから、かくん、と力が抜けて、そのまま、ひざっこぞうがベッドのやわらかい布団の上に乗っかる。僕は、弥生さんをそのままベッドの上に横たえた。スカートのすそが少しまくれて、少しだけ下着が見えている。僕はあわててその裾を正した。

 僕はずっとベッドに座らせたままのヒトミさんも、ベッドに横たえるた。都合、二人の女の子が、みちるさんのベッドに寝た状態になる。ヒトミさんのベッドはキングサイズなので、こういう芸当が可能だ。

「……すごい……すご……すごいよ!祥平くん……!!
思わず大声を出しそうになるのを、あわてて小声にして、だけど興奮が隠せない様子のみちるさんが、僕に駆け寄る。

「ごめん、私、信じてなかった。本当に、祥平くん、すごい催眠術師なんだね」
「いや、……正直、たまたまです」
 そう、正直、たまたま。ヒトミさんは計算のうちだったけど、弥生さんにこんなにうまく催眠がはまるとは思わなかった。ヒトミさんが催眠にかかっているのを見ているうちに、ひょっとしたら、自分も、と思い込んでしまったのだろう。あと、ヒトミさんに命令をして体を動かしているうちに、自分もシンクロしてしまった、というのもあるのかもしれない。

 みちるさんは、弥生さんのほっぺをつついたり、触ったりしているが、もちろんこれくらいで起きることはない。

 最初は興味津々、という表情だったみちるさんだったけど、やがて、僕に向かって、真剣な表情になって、

「ねぇ、祥平くん……私にも、弥生先輩に、催眠、かけられるかな?」


■ ■ ■


 唐突なその言葉に、僕は言葉を失う。
 いや、正確に言えば、言葉でなくみちるさんの表情だ。
 これがもう少し軽い、いつものノリで「ねー祥平くん、私にも催眠術、教えてよー」くらいなら、僕も軽くいなしたのだけど。

「な、なんでいきなり?」

「………………」

 しかし、みちるさんは黙ったままだ。

 僕は少し腹が立った。さっきからみちるさんはお願いばかりしてくるけど、今、弥生さんの催眠をかけたのは、もともと、僕が催眠をかけられるかどうかを確かめるためのもので、もうその役目は十分に果たしたはずだ。

「だめだよ、みちるさん。もう、わかったでしょ?僕が催眠かけられるって。さっき、弥生さんかヒトミさん、どっちか催眠かけられたら、信じてくれるっていったじゃない。僕は二人ともかけられた、それでいいでしょ?だから、もう、おしまい」

 僕の言葉に、みちるさんは、少し黙りこくったあと、僕を見つめて、
「祥平くん。秘密、守れる?」
「ひ、秘密……?」
「これは、本当に本当に秘密なの。私が、お墓にまで持っていく秘密。誰にも言ったことがない秘密。それを、貴方に話す。だけど……それを聞いたら、私に、催眠をかけさせて」

 僕が、その気配に気圧されて、思わずうなずくと、少しみちるさんは、表情を緩めて、


「……ごめんね、怖いこと言っちゃって。……あのね、私……」
 みちるさんが、大きく息を吸って、吐いて、そしてこう言った。

「私、弥生先輩のこと、好きなの」

「…………はぁ」

「はぁ?ってなんか、気の抜けた返事ね。私、今、すごく緊張して、一世一代の台詞を言ったつもりだよ?もう、失礼しちゃうわね」

「え、で、でも、でも……弥生さんのことは、みんな好きなんじゃないの?」

 みちるさんは、寂しそうに笑う。

「違うよ、祥平くん。好きって、いろんな種類の『好き』があるでしょ……私の『好き』はね、祥平くんのお父さんとお母さんが大好きになって、祥平くんが生まれた大元になった……そういう『好き』、なの」
「そういう『好き』って……それって、『恋』とか『愛』とか、そういうのじゃないの?」
「お、祥平くん、いいね、察しが良くて。……そう、私、女の子が、好きなの。男には、実は、興味、ないんだ」
「……はぁ」
「うー、なんかつまらないなあ、祥平くん、反応薄いよ?あぁ、えっと私、祥平くんくらいの男の子だったら、恋愛対象の範囲内だからね。髭や脛毛がぼうぼうになると駄目だけど……」

 冗談とも冗談でないとも取れない台詞を言いながら色っぽい目で僕をちらっと見た後、みちるさんは、まじめな顔にすぐ戻って、

「だけどね、最近、弥生先輩に彼氏ができたって、噂があって……私、直接聞いたら、弥生先輩、付き合ってない、っていうんだけどね。本当かどうかわからないし……だから、確かめたいの」

 催眠術なら、本当のこと、答えさせられるでしょ?とみちるさんは言う。

「そりゃ……まぁ……」

 見たところ、弥生さんは相当深いレベルにまで催眠がかかっている。
 確かに、恋人がいるかどうかくらいなら、聞き出すのはわけがなさそうだ。

「お願い!このとおり!!」

 みちるさんは、手をあわせて僕を拝む。

「もう……これ、こっそり、ですからね」

 まあ、僕も、ちょっとだけ興味がある。
 弥生さんみたいに綺麗な人が、つきあってる、となれば、それなりにうわさにもなるだろう。どんな人なのか、僕も知りたい。

 僕は弥生さんを催眠状態のまま、ベッドの上で体を起こさせる。弥生さんの目を開かせるが、弥生さんの目は宙を彷徨ったままだ。


「弥生さん、僕の声が聞こえますか」
「……はい……」
「弥生さんの心は、今、すごく穏やかな状態です。何の曇りもない、何も考えられない……だから、何でも僕の言葉に素直に答えてしまいます。いいですね?」
「……はい……」
「弥生さん、貴方は、今、彼氏がいますか?」
「……はい……います……」
「嘘!!!誰?誰なの???」
「ちょ、ちょっとみちるさん、催眠解けちゃう、解けちゃう!!」
 突然割り込んでくるみちるさんを慌てて僕は止める。
「………………ごめん……つい……」
 みちるさんは、小さくなって謝る。

 幸い、弥生さんの催眠は解けなかったため、僕はさらに聞き出すと、弥生さんが付き合っているのは、体操部のキャプテンで、全国クラスの実力の持ち主らしい。しかも成績も優秀、と、傍から見たら、何の文句のつけようもない、ハイスペックさ。
 これなら、弥生さんとお付き合いする人としても、きっと申し分もない……。
 と、僕が勝手に思っていると、
「だめよ!あいつは!!あいつはだめ!!!」
 みちるさんがぐるぐる唸っている。
 みちるさんが言うには、その男はイケメンではあるものの、女たらしで陰では有名らしく、だいぶひどい付き合い方をしてきているらしい。ほかの女の子を妊娠させたこともあるとかないとかとのことだが、さすがにこれは尾鰭がつきすぎという気がする。
「で、で、で、どこまで言っちゃってるの?キス?……それとも……本番も??」
 あのぅ……僕、まだ、そういう大人な話は聞いちゃいけないような気がするんですけど……だいたい、みちるさん、そんな割り込み質問は……なんていう間もなく、弥生さんは、
「……キスは……この前のデートで……本番は……まだだけど……クリスマスの前の、デートで……彼の……家に行くことになってるから……たぶん……そこで……」
「だめ!!!!そんなの、だめ……ふがふが……」
 僕は、半狂乱となっているみちるさんの口をふさぐ。
 きわめて大胆な発言をした弥生さんは、僕らとは対照的に、静かな表情のまま、そんな僕たちの姿を人形のような瞳に映し出していた。


 しばらくフガフガいってたみちるさんが、少し落ち着いたようなので僕は手を離す。
 みちるさんはしばらく俯いていたけど、やがて、顔を上げて、
「祥平くん!」
「は、はい!」
「催眠で、弥生先輩の彼氏のこと、弥生先輩が嫌いになるようにして!!!」
「え?い、いや、だめでしょ、そういうの!!人の気持ちを、そんな勝手のしちゃ、いけないでしょ!!」
「じゃあ祥平くん、弥生先輩の処女、あんな毛むくじゃらの男に奪われてもいいっていうの!?」
「い、いや、えっと、それは……その……」
 そもそも毛むくじゃらかどうかなんて知らないし。というかみちるさん、凄く毛が嫌いみたい。
「……第一、祥平くん、君、そういうこと言えるの?お姉ちゃんにおち●ちん、しゃぶらせといて。そっちのほうが最低じゃない!!」

 ぐ。そういわれると反論できない。
 いや、正確には、僕からしゃぶらせたわけではないんだけど、今の話の流れというか設定上は、僕が優華さんを操って、しゃぶらせたことになってる。

「……………………だ、だめですよ、それでも…………」

 僕は搾り出すように呻く。

「ふぅん、これ、そしたら、どうなってもいいの?これ、流出したら、大変なことになるよ?私、今、弥生先輩にも顧問の先生にもこのこと、言ってないけど、本当は言わなきゃいけない立場、なんだよ?」

 みちるさんは、僕に、スマートフォンをつきつける。

「そ、それは…………」

 僕は、ぐっと唇を噛み締めて、下を向く。

「…………」

 僕は頭がぐるぐるまわって、何がなんだかわからなくなってくる。
 何で、みちるさん、そんなこというんだろう、なんで、なんで、なんで。
 悔しいような、悲しいような、怒りのような、ぐつぐつした気持ちがおなかの下から溢れてきて、だけど、何を言ったらいいのかわからなくて。情けないことに、涙がこぼれてくる。


「………………………………………………いいよ、祥平くん」

 僕はみちるさんの言葉に顔を上げる。
 みちるさんは、小さく笑って、
「祥平くん、ごめんね、意地悪言って。私が、変なこと言っちゃって。……そうだよね、人の気持ちを変えるなんて、いけないことだよね」

 僕は、みちるさんの言葉に、ほっとする。

「祥平くん、その代わり、ひとつだけ、最後のお願い。……これを聞いてくれたら、このファイル消すから、ね?いいでしょ??」
 
 みちるさんは、いつもの天使のような微笑みに戻って、僕に笑いかけた。


■ ■ ■


「弥生さん、僕の声が聞こえますか……」
「はい……」

 僕は、ベッドに横たわる弥生さんの耳元で、弥生さんに囁きかける。

「弥生さん、僕の言葉を聞いてください。
 今から弥生さんに、みちるさんが、2つだけ、お願いをします。みちるさんは、すごい催眠術師です。なので、そのお願いが、どんなお願いだったとしても、弥生さんは不思議に思わず、そのお願いを聞き入れます。もし聞き入れられるなら、『はい、わかりました』と言ってください。
 ただし、ルールがあります。そのお願いが、弥生さんにとって、どうしても受け入れられないもの、たとえば、『今の彼氏を嫌いになってほしい』というお願いであれば、『だめ』といってください。その場合、30秒間は、そのお願いを聞かなくてもかまいません。いいですね?」
「……はい……」

 みちるさんの「最後のお願い」は、「私に、弥生先輩に催眠をかけられるようにして!」というものだった。
 さっきの「彼氏を嫌いにさせて」というお願いより、お願いが広すぎるんじゃないか?と思ったけど、みちるさんは、それを狭める条件も一緒に提案した。
 ひとつは、お願いごとは2つだけ、というもの。
 もうひとつは、弥生さんが受け入れられないお願い、たとえば「彼氏を嫌いになって」というものであれば、弥生さんは拒絶表明をして、お願いの執行をしばらく、たとえば30秒の間、止めてよい、とする、というもの。
 これなら弥生さんは無茶なお願いはできないし、その間に、僕は、弥生さんの催眠を解除できる。

 さっきのみちるさんの『彼氏を嫌いにさせてほしい』というお願いと比べたら、ずっとマシだ。
 このお願いが聞き入れられたら、スマートフォンの動画、消してくれるっていうし、色々負い目のある僕は、このみちるさんの願いを飲んだ。

「はい、それじゃみちるさん、どうぞ」

 僕は、弥生さんの体を起こして、ベッドに座らせると、みちるさんに主導権を渡す。
 
「ありがとう、祥平くん。…………本当に感謝してる」

 みちるさんは、僕に笑いかけた。

 その笑みは、さっきまでの天使の笑み、ではなくて、少しだけ、今までに見たことがない陰りがあった。だけど、あんまりそれはほんの少しで、僕は、あれ?と感じただけで、そのままスルーしてしまう。

「弥生先輩、私のお願いを2つ聞いてください。まずは、……今から、弥生先輩は、祥平くんの声が聞こえず、姿も見えなくなります。いいですね?」
「……え!!!」
 予想もしないみちるさんの言葉に、僕が思わず叫んだものの、弥生先輩は、何のためらいもなく、
「はい、わかりました……」
 と受諾の言葉を呟く。
「ちょ、ちょっと、みちるさん、それ、なに?」
 2つしかないお願いのひとつとしては、あまりにも奇妙なお願い。
「ん?今のお願いが通った、ってことは、別にいいんでしょ?」
 そ、そりゃ、僕の声や姿が一時的にわからなくなるくらいは、たいしたことないっていうか……と思って、僕のことなんか弥生さんにとってはどうでもいいのかな、と変な方向に考えて、僕は少し落ち込みかける。

 僕がそんなひとりあたふたをしている間に、すでに弥生さんは次のお願いにとりかかっている。
「それでは弥生先輩、次のお願い。次のお願いは……弥生先輩は、私の言うことは何でも、何度でも、どんなお願いでも聞いてしまう。それがどんなにおかしなことでも、弥生先輩は、私の言うとおりになってしまいます。いいですね?」
「そ、それは反則でしょ!!」
 ランプの精の3つのお願いを100個にしてもらう、という幼稚園児並みのお願いでしょ、それ!!
 弥生さんは、しばらく、黙っていた後、
「……だめ、です」
 僕はほっと胸をなでおろす。そりゃそうだ。そんなお願い、むちゃくちゃだ。
 だけどみちるさんは、黙って、弥生さんのほうを見つめ続けている。

 まずい。僕は、我にかえってあわてて、

「弥生さん、よく聞いて。今からあなたの催眠は僕が3つ数えると解けます。いち、にの、さん!」

 ぱん!

 僕はカウントダウンとともに手をたたく。だけど弥生さんはまったく反応しない。

 あれ?と思って僕はさらに何度も手をたたく。けれど弥生さんは僕がまるで見えてないかのように、何の音も届いていないかのように反応しない。

 僕は、はっと気がついた。

 僕のことがわからない、僕の声が聞こえない、ということは、僕は弥生さんの催眠を解くことができない、ということじゃないか?

「祥平くん、少し静かにしてもらえるかなぁ?この家、結構防音がしっかりしているけど、逆に部屋の残響が効きすぎて、祥平くんの声がキンキン響くんだ」
 
 うまくいったとばかりのみちるさんの言葉は、いたずらっこが、学校の先生をうまく出し抜いたような感じで、声の端々から喜びが滲み出している。

「さぁ、弥生先輩?30秒経ったよ?もう一度聞くね?私の2つ目のお願いは、弥生先輩は私の言いなりになる、というもの。この家にいる間だけでいいの。ねぇ、先輩。わたしのお願い、聞いてくれるよね?」
 みちるさんの言葉に、弥生さんは、しばらく間を置いた後、
「……はい、わかりました……」
 と呟いた。

 僕は自分を呪った。
 30秒だけお願いを保留する、ということは、どんなお願いでも30秒経ったら言いなりになってしまう、ということの裏返しだ。
 何かあっても、いざとなれば催眠を解除すればいい、その時間さえ「お願い」の実施を止めておけば問題ない、と思ってた僕は、まんまと出し抜かれてしまったわけだ。

「みちるさん……」
 情けなさそうな声が出ているのが自分でもわかる。そんな僕に、みちるさんは、いつものような天使のような笑みをしている。
「大丈夫、祥平くん、安心して?私もそこまでずるっ子じゃないよ。祥平君に敬意を表して、私が弥生先輩を好きなようにできるのは、この家にいる間だけにする。だから、弥生先輩の彼氏への気持ちを変えることができても、この家にいる間だけだから、安心して?」
 
 もう、僕はみちるさんの言葉を額面どおり受け取ることができない。僕がみちるさんを睨んでいると、

「納得できない、という感じだね?祥平くん。
 だけどね、……私もだよ。私もね、ずっと弥生先輩のこと、見てきたんだよ?入学したときから、すごく素敵な人だな、って思ってて、あこがれて、一緒の部活に入って、いろいろ教えてもらって、頭がよくて、後輩思いで、美人で、上品で、スポーツ万能で、性格がよくて……こんな完全無欠な人がこの世にいるんだ、と思うくらいで、本当に心の底から尊敬していて……いつの間にか、私、弥生先輩のこと、大好きになってて…………なのに、……私が、ずっと、見てたのに。そばに一緒にいたのに!!私が、一番大好きだったのに!!!そんな、いきなり横から来て、盗られて、納得なんかできないよ!!」
 
 みちるさんは、改めて弥生先輩に向き直る。

「私、今まで、弥生先輩の邪魔になるから、弥生先輩の迷惑になるからと思ってて、言えなかった。言わなかった。女の子に好きになられるなんて、普通の女の子には、迷惑なだけだもの。……だけど、言う。もう我慢しない。今から、言うよ。
 ……弥生先輩。今、弥生先輩には、彼氏がいない、彼氏と付き合う前の状態、という状態に巻き戻ってください!!!」

「……はい……」

 素直に答える弥生さん。すぅっとみちるさんは大きな息を吸うと、大声で、

「弥生先輩、私、弥生先輩のことが好きです。世界の誰よりも、ずっとずっと、大好きです。お願いです!私と付き合ってください!!!!!」

 みちるさんの言葉に、弥生先輩は、少し困ったような表情を浮かべて、

「……ごめんなさい」

「……みちるは……私の大事な後輩……だけど……女の子同士だし……妹みたいなものだから……付き合えない……」

 率直な弥生さんの言葉。

「そう、だよね。私は、妹みたいなものだもんね。それに、女の子同士じゃ、付き合えない、ですよね」

 みちるさんは、さびしそうに笑う。

「……やっぱり、弥生先輩、ノーマルだよね……先に告白しても、駄目だったかぁ、女じゃ不利だよね……」

 みちるさんは、小さく呟くと、

「じゃあ、先輩。もうひとつ、お願い。先輩。今の彼氏と、エッチ、しないでください!やらせろ、って言われたら、嫌って、きっぱり言ってください!!!」
 みちるさんの言葉に、弥生さんは少しとまどっていたようだったけど、やがて、
「…………求められたら……好きだから……拒めない……と思う……」
「なんで……なんでよぅ……そんなのってないよう…………」

 みちるさんの表情が、くしゃくしゃになって、涙が零れ落ちる。

 声を立てないようにすすり泣いてたみちるさんは、やがて涙を拭って、

「……祥平くん。私が今ここで弥生先輩の心を弄ったら……催眠術って、どれくらい持つのかな?」
「……言いましたよね?催眠は、魔法じゃないです。だから、弥生先輩が、望まないような催眠は、たぶん一回でも寝たら、解けると思います」

 と、口に出して、僕はヒトミさんのことを、ちらっと一瞬見てしまった。


    この前、優華さんは、3人の女の子、ミサキさん、ハルナさん、ヒトミさん、そして学校の先生を、一瞬で催眠にかけてしまった。しかもヒトミさんに至っては、僕のおち●ちんをしゃぶるまでにいたってしまった。
    望まない催眠はかからない、という「催眠理論」が正しいのであれば、僕のおち●ちんをしゃぶりたい、というのが、ヒトミさんの本音だったのだろうか?
 

 一瞬浮かび上がった疑問だったが、今はそんなことをつきつめて考えている場合ではない。
 みちるさんが、僕の顔を見ているからだ。

 僕は、一瞬の心の動揺を悟られないよう、その目を見つめ返す。
 僕が言ったことは、少し大げさかもしれないけど、嘘ではない、はずだ。
 みちるさんは、しばらくさぐるような表情をしていたけど、
「……どうも、それは本当みたいだね。私も、そういう話、聞いたことがあるよ。そしたら、いくらここで、私のことを大好きにさせても、彼氏のことを嫌いにさせても、意味がない、ってことだよね?」
 
 僕はうなずく。

「しかたないか。そうしたら、この家でできることをするしかないよね」

 そういうと、みちるさんは、弥生先輩の耳元で、
「……弥生先輩、今から私の言うことをよく聞いて下さい。ここは学校の部室です。今、新入生がやってくるシーズンで、目の前に、チア部への入部希望の子がいます。弥生先輩は、今日、初めてこの子に会いました。名前は、祥平くん、といいます。
 この子は、声が出せなくて、すごく恥ずかしがり屋だけど、本当はこの部活に入りたくてたまらない、上達したくてたまらない、そういう子です。男の子だけど、特別ルールで入部できることになっています。
 弥生先輩は、部長として、今日、二人きりで、この子に『チア部入部に向けた試験』をすることになってます。
 これから、私が3つ数えると、弥生先輩は目が覚めます。目の前には入部希望の祥平君、だけどほかには誰もいません。私の姿も見えません。ただし、私が耳元でささやく声は、弥生先輩の心にそのまま伝わります。私の声は、弥生先輩の考え方、感じ方、心の声そのものです。だから、それがどんなにおかしなことであったとしても、弥生先輩は私に言われたことが『常識』になります……」

 みちるさんはそこまで言うと、僕に向き直って、
「あ、そうそう、祥平くん。今から、何が起こっても、弥生先輩に何をされても、祥平くんは、逃げちゃだめだよ。もし、逃げたら……わかってるよね?」

 そういうと、みちるさんは、スマートフォンをちらりと見せた。
 
「さあ、3つ数えますよ……いち、にの、さん!!!」

 みちるさんが、ぱちん、と手をたたくと、弥生さんの目が開かれる。一瞬とまどった様子だったけど、僕の顔を見ると、やさしい表情になる。すごく久しぶりに見るような気がする、いつもの弥生さんの表情。

「……祥平君、だったかな?入部希望してくれて、ありがとう」
「あ……はい」
 思わず背筋を、ぴん、と伸ばして返事をしてしまうけど、その声は、弥生さんには届かない。弥生さんは、はっとした表情になって、気まずそうに、
「……あ、ごめんね。言葉は、話せないんだったよね。いいのよ?チアは、体を動かしてアピールするから、声は必須ではないの。貴方が上達したい、と思い続ければ、きっと上手になれるから」

 きっと、弥生さんは、こうやって新入部員に――みちるさんを含めて――接してきたのだろう。包容力を感じさせる、そういう語りかけだった。

 そこに、みちるさんが、弥生さんの耳元にきて、何事か囁いている。
「部長、入部希望の男の子には、部長は、感謝の気持ちをこめておち●ちんを舐めて挨拶をするのが礼儀ですよ?」
 弥生さんの目が、虚ろになったかと思うと、
「あ、ごめんなさい、私としたことがうっかり忘れてた……ごめんなさいね、祥平君」
 そういうと、弥生さんは、ベッドから下りて、ふわっと僕に近づいてき、僕の前に跪くと、いきなり僕のズボンをかちゃかちゃと脱がせにかかる。
「!!!」

 弥生さんは僕のパンツを脱がし、そこから飛び出してきた僕のおち●ちんをためらいもなく、はむ、と、その口で咥えて、ちゅぱちゅぱと僕のおち●ちんのさきっちょを一通りなめ回す。
 最初はしおれていた僕のおち●ちんが、みるみる固さを増していく。

「ほら、弥生先輩。挨拶の後は、新入部員の『おち●んちんのサイズ』を測る身体検査をしなくちゃだめですよね?思いっきり大きくして、最大値を測るようにしないとだめですよぅ」

 弥生さんは、みちるさんの囁きをぼぅっとした表情で聞いていた後、ちゅぷっという音とともに、おち●ちんから口を離すと、虚ろな瞳のまま僕を見上げて、

「そうしたら、早速だけど、身体検査、させてもらうからね?チアリーディングへの適性を見るのに必要なの。少し我慢しててね?」
「い?」

 弥生さんは、改めて僕のおち●ちんを口に咥えると、首の動かしはじめる。
「そう、もっといやらしく、もっと興奮させるようにして……そうしないと、最大値が測れないよ?弥生先輩?」
 そういうと、弥生先輩は、さらに首を激しく動かし、ほっぺたや唇、そして舌全体を使って、僕のおち●ちんに圧力を加えてくる。

「う……あぅ……」

 僕は思わず弥生先輩の肩に手を乗せてしまう。弥生先輩は、ぬぽっと唇から僕のおち●ちんを取り出す。銀色の唾液が、アーチをかけて僕のモノと弥生先輩の唇をつなぎ、そのまま床に零れ落ちる。

「ちょっと待っててね、定規、定規……」
 そういうと、弥生先輩は、バッグの中から可愛らしいペンケースを取り出し、そこからプラスティックの定規を持ってくると、ガチガチに膨らみきった僕のおち●ちんにぴた、と当てる。
「うん、●●cm。とってもいいサイズね」
「うわぁ、祥平君。これ、かなりビッグサイズだよ。年の割りに……いや、年を考えなくても、たぶん……」
 僕は真っ赤になってうつむくけど、弥生さんは、まじめにメモ帳にそのサイズを書きとめている。
「じゃあ、次は弥生先輩、精液の濃さを調べないとだめだよね?もっと刺激して射精させて、味見をするのが、部長の仕事だよね?」
 みちるさんは、メモを取っている弥生先輩に、とんでもないことをいい始める。
「ちょ、ちょっと、みちるさん!!」
「いーじゃない、祥平君。せっかくだから、弥生先輩に気持ちよくしてもらおうよ。それとも何?お姉さん以外とそういうことしちゃうと、浮気になっちゃう?」
 みちるさんが軽口をたたいている間にも、弥生先輩は、また僕の前に跪いて、
「じゃあ、祥平君。次は精液の検査をするからね」
 と言うと、両手で僕のおち●ちんを優しく包み込み、何のためらいもなく、しゅ、しゅ、しゅ、としごきあげていく。
「ちょ、ちょっと……うう……」
 既に弥生先輩のフェ●ですっかり硬くなっている僕のアレが、さらに固さを増していく。弥生先輩の唾液と、僕のさきばしりの液がちょうどいいかんじのヌルヌルした潤滑油になって、僕はあっという間に上り詰めていく。
「いいのよ、祥平君、出したくなったら、私の頭をぎゅっと抑えて、合図して?」
「うう、でも……」
 僕は何とか耐えようとするが、弥生さんの手のしごき方が、あまりにもリズミカルでポイントをおさえているせいで、僕の中のぞくぞくする感覚はあっという間に高ぶっていく。
 やがて、限界に達しかけた僕は、弥生さんの頭をぎゅっと手で押さえる。すると、弥生さんはあわてて、口で僕のおち●ちんをほお張ろうとするが、タイミングが間に合わず、僕の精液は、そのまま勢いよく、弥生さんの手、口、顔に、どぷ……どぷどぷどぷ……と音を立てて放出されてしまった。

 部屋中に立ち込める精液の香り。弥生さんは、それを厭う様子もなく、舌で、唇にまとわりついたネバネバの白い液を舐めとり、
「すごい……濃いよ……祥平君の……精液……」
 とつぶやくと、ごくっとのどを鳴らして飲み込む。
「粘り気も……すごくて……とっても……上質な……精液だと……思う……」
 そういうと、手の指についた精液も、何の躊躇もなく、舌先で味わうように舐めとっていく。
「すごい……精液って……こんなに……美味しいんだ……」
 まるで上質のクリームソースを味わうかのように、蕩けた表情を見せる弥生さん。
 その光景に、みちるさんが、ごくり、と唾を飲み込む。そして、
「……弥生先輩、一瞬、弥生先輩の時間が止まります、いち、にの、さん!」
 そういうと、弥生先輩の動きが、ぴたり、と止まる。
「……そんなに、美味しいのかな……」
「ちょ、ちょっと、みちるさん!!」
 みちるさんは、おそるおそる、弥生先輩のほっぺたにかかった僕の精液を舐め取って、舌先に乗せて、くちゅくちゅと味わうようなしぐさを見せる。
「うん……?なんか、不思議な味……苦いような……だけど香ばしいような……祥平君、精液って、こんな味がするものなの?」
「そんなの、僕、舐めたことないからわからないですよ!!!」
 そんな返事をしている間にも、みちるさんは弥生先輩の顔全体に飛び散った精液を、まるで掃除をするように綺麗に舐めとっていく。
「うん……確かに……なんか濃くて……癖になる感じがある……」
 みちるさんの表情が、少しとろん、とし始めているように見える。やがて、みちるさんは、ポケットからウェットティッシュを取り出し、弥生先輩の顔と指を綺麗にふき取る。
「……はい。これで綺麗になったよ……弥生先輩……」
 ぼうっとした声でつぶやいたみちるさんだけど、「ああ、まだ、ひとつ、忘れてた……」と、そういうと、みちるさんは、弥生先輩の口に口を寄せ、ちゅぅっと音を立てて、弥生先輩の舌を吸出し、精液まみれの僕の舌もペロペロと舐めまわす。

「み、みちるさん……?大丈夫、ですか??」
 
 なんだか、みちるさんの雰囲気が、普通ではなくなったような感じがして怖くなった僕は、みちるさんに話しかけると、
「……うん?大丈夫よ……いつもの、元気な……みちるさん……だよ?…………あはぁ、そう言えば……今の……私と弥生先輩との……ファーストキス……だったね……あはは、女の子同士のファーストキスが精液の味だなんて……おっかしいんだぁ…………………………ねぇ、弥生先輩?弥生先輩、今日は、安全日?」
「……はい……今日は……大丈夫な……日です……」
 みちるさんは、その弥生さんの返事に、小さく笑うと、
「……じゃあ、弥生先輩……最後の……入部の……身体検査。……入部希望の……男の子は……スタミナがあるかどうか……調べなくちゃだめだよね……だからね……部長は……自分のアソコで……入部希望者のおち●ちんのスタミナを……チェックしなくちゃ……いけないんだよぅ?」
 その後、みちるさんは、小声で僕に聞こえないように、少し長めの指示を弥生さんにしている。
 少し間延びした口調のみちるさんの言葉は、しっかり弥生先輩にしみ込んだようだ。みちるさんが、指を鳴らして弥生先輩の時間を始動させると、その途端、弥生さんの瞳の光が戻る。

「うん。いい精液だったよ、祥平君。じゃあ、最後の試験。スタミナのチェックをさせてもらいます」

 そういうと弥生先輩は立ち上がり、僕の目の前で制服のスカートをたくし上げた。
 目の前に、薄い水色をした、弥生先輩のパンティが露わになる。
「祥平君、女の子の体、見たことあるかな?男の子にはあって、女の子にはないものは、さっき調べていたおち●ちんだよね。だけどね、逆に、女の子にはあって、男の子にはないものがあるんだよ。ひとつは、クリ●リス。もうひとつは、膣。男の子のおち●ちんはね、この女の子の膣に入るように、神様が設計しているんだよ。さぁ、触ってみてごらん?」
 そういうと、弥生先輩は、僕の手をぐっとつかんで、下着に押し当てさせる。
「ん……そう……そこ……そこが…膣……でね、その上にある、ちょっとぽっちみたいなのが…………クリ●リス……祥平君……最後の試験はね……この膣に……おち●ちんを入れて……その持久力を見る試験だよ……」
 そういうと、弥生さんは、僕をベッドの上に仰向けにさせると、スカートのホックを外す。制服のスカートが、ベッドの上にはらりと落ち、弥生さんの艶かしい白い太ももと下着が丸見えになる。

「祥平君は、できるだけ、射精しないように頑張ってね?もし、100回、膣への抜き差しをしても、射精しなかったら、合格だから」
「……うわぁ、……弥生先輩……私、そこまで言ってないよぅ……それぇ、鬼ぃ……」
 みちるさんが、ぼんやりとした口調で、のんきな事を言っている。
 この場で唯一あわてているのは僕。
「ぬ、抜き差しって……」
 弥生さんが、下着を足首から抜き取り、上半身は制服のまま、だけど下半身が靴下以外完全に生まれたままの状態になる。
「ちょ、ちょっと、みちるさん!これ、これ、まずいよ!!弥生さんの処女、なくなっちゃうよ!!!」
 僕が叫んでも、みちるさんの反応は鈍い。
「処女……なくなる……」
「そ、そうだよ、みちるさん。みちるさん、他の男に弥生さん、取られたくないんでしょ!だったら……」
 僕の言葉に、ぼんやりとしていたみちるさんの目に少し光が戻る。

 よかった、正気になった。
 
 しかし、みちるさんの言葉は、僕の期待の真逆だった。

「いいよ…………………………………………弥生先輩の処女……祥平君……もらってよ……」
「は?」
「だって……いつか、弥生先輩……他の誰かのものになっちゃうもの……私……女だから……弥生先輩の彼氏になれない……弥生先輩の処女、奪えない……だから、弥生先輩……私以外の誰かのものになっちゃうもの……だったら……祥平君に……奪われちゃったほうがいい……弥生先輩なんて……もう、知らない……汚れちゃえばいい……ぐしゃぐしゃになってしまえばい……私のものになってくれない弥生先輩なんか…………壊れちゃえば、いいんだ……」
 そういうと、みちるさんは、弥生先輩の耳元で、
「さぁ、弥生先輩……祥平君の試験を始めましょう……だけどね、弥生先輩……祥平君のおち●ちんはね、魔法のおち●ちんなの……だからね……弥生先輩は初めてだけど……ぜーんぜん、痛くなんか、ないんだよ……それどころか、すっごく、すっごく、気持ちがいい……普段、オナニーしているときよりも、10倍、気持ちいいんだよ……そしてね……一突きされるごとに、弥生先輩の快感は、2倍、さらにもう一突きされると、さらに2倍になっちゃう。倍々できもちよくなっちゃうんだよ……」
「ちょ、ちょっと何いってるの、みちるさん!!」
「……そしてね、もし、100回いったときに、弥生先輩が絶頂してなくて、そして、祥平君が射精してなかったら、祥平くんは……試験合格……ぱちぱちぱち……だけどね……100回行く前に、弥生先輩がイっちゃうか、祥平君に射精されたらね……そこで試験は終了、ゲームオーバー……その時はね、弥生先輩はね、部長として失格なの……だって、せっかく入部したかったのに、祥平君、入部できなくなっちゃうんだから……だからね、そのときは、責任をとって、弥生先輩は奴隷に……ううん、奴隷じゃまだ『人』だからつまらないなあ、…………そうだ、『オナホ』がいいな。ね、弥生先輩。弥生先輩は、責任をとって、弥生先輩は、一生、祥平君専門の『オナホ』にならなくちゃ駄目なの……あ、オナホってね、オナニーホールの略……男の子が、性欲処理のためにつかう、道具……自分の体を使うんだから、『肉オナホ』っていえばいいのかな?弥生先輩はね、そうやって、一生、自分の体を使って祥平君のための精液処理をするための道具として、生きていくの……それが、入部試験の『常識』で、部長としての『責任』……そうだよね?弥生先輩」

「……いったり……射精されたら……責任をとって……肉オナホになるのが……常識……」
 みちるさんのとんでもない暗示を、弥生先輩は「常識」として受け入れていく。
 
 やがて、弥生さんは、少し上気した顔を僕に向けると、
「それじゃあ、祥平君、始めるよ?頑張ってね!」
 情けないことに、こんな状況にもかかわらず、僕の肉棒は、天井に向かってそそり立っている。
 弥生先輩も、どこかで興奮してしまっているのか、僕の肉棒の先を膣にあてがうと、一気に、ぐっと、しゃがみこむような形で、僕の肉棒を自ら突き刺す。
「うぅ!!!」
 一瞬、苦悶のような表情を浮かべる弥生さん。だけど、その表情は、すぐに何かに取り付かれたような、蕩けたものとなる。
「す……すごい……熱くて……太くて……深い……」
 そのまま弥生さんは僕に向かって顔を近づけると、
「……それじゃあ、試験を……はじめるよ……100回……射精を……我慢してね……」
 そう断ると、ゆっくりとストロークを始める。
「いち……に……さん……んふ……よ、よん……」
 
 いわゆる、騎乗位、というやつなんだと思う。弥生さんは、あたかもスクワットをするような感じで、腰を上下に動かしていく。しかし普通のスクワットと違うのは、そして普通のセックスとも違うのは、一回一回ごとに、弥生さんの感度が2倍ずつ上がっていくこと。そのせいか、弥生先輩は、初めての経験にもかかわらず、一回一回、すごく悩ましいうめき声を上げている。

 僕は、とにかく100回、嵐が過ぎ去るのをまつように、とにかく無念無想になるようにして、目を閉じる。

 しかし無情にも、みちるさんは、
「……だめだよ、祥平君。……目を閉じてたら、その間はカウントが増えないよ?」
「よん、……よん……、よん……」
 みちるさんの言葉に呼応するかのように、弥生さんのカウントも増えていかない。

 僕はやむを得ず、目を開く。
 すると、いつのまにか、弥生さんは、制服の前をはだけて、ブラジャーもずりあげ、その豊かな白い乳房が目の前にまろびでている。

「ご……ろく……しち……はち……」


 弥生さんのカウントがあがるにつれて、その二つの塊が、とびはね、たわみ、そしてふるふると震える。

 目を背けることもできず、僕はただただなされるがままになっている。


 最初のころは、それでもお互い我慢できていた。だけど、50を超えるころになると、僕は何度も腰がぞくぞく来る感覚に襲われてくる。そのたびに、僕は、円周率を数えたり、九九を数えたり、あとはお尻をつねったりして、なんとかしのいでいる。
 だけど、弥生さんのほうが、もう何倍になったかわからない快感の嵐の中に投げ込まれてしまっているせいなのか、明らかに最初のころよりペースが落ちている。

「ななじゅう……ろく……ななじゅう…ひゃうっ!!!………なな……」

 時々、目がぼぅっとしたり、よだれがだらっと垂れたりすることがあるものの、それでもなんとか、歯を食いしばって耐えているのがわかる。
 それは、僕の「オナホ」になりたくない、というよりは、部長としての責任感からだろう。僕を失格にできない、その使命感が弥生さんを支えている。
「やよい……さん……頑張って……」
 僕は、伝わらないのがわかっていても、そう声をかけずにはいられない。
 しかたないので、弥生さんの両手を、ぎゅっと掴む。
「しょうへい……くん…………私を……励まして……くれるの……」
 弥生さんは、僕の動きに気づいたのか、強制的な快楽に歪む顔を一瞬だけほころばせ、
「大丈夫……私も……負けないから……祥平君も……負けないで……」

 そういうと、弥生さんは、さらに続ける。汗だくで、顔も上気しきっていて、もう限界に近いのはありありだけど、弥生さんは、それでも、ひとつひとつ、まるで何かの修行をしているかのように耐えて、続けていく。

「きゅじゅうご……ふわぁ…………きゅうじゅうろく…………」

 あと、4回。あと4回で終わる。僕がようやく、この絶望的な状況に、希望を見出しかけたそのとき、薄っすらと笑っているみちるさんが、弥生さんの耳元で、

「弥生先輩……よく聞いて……弥生先輩は……数字が、99までしか……数えられなくなります……99の次は、99。その後も、99……だけど、そのことを弥生先輩は、不思議に思いません……だけど、快感は、いままでの2倍じゃなくて、10倍、100倍、1000倍、と、どんどんゼロが増えていきます……それが、『常識』ですよ…」

 ぱちん、とみちるさんが指を鳴らすと、一瞬だけ、弥生さんの表情がうつろになる。だけど、すぐにその表情は元に戻って、

「大丈夫、祥平君、もう少しだからね。……きゅうじゅうなな……きゅうじゅうはち……きゅうじゅうきゅう…………きゅうじゅうきゅう……ひゃう!!」
 2回目の「きゅうじゅうきゅう」を言った瞬間、さっきまでと明らかに違う反応をみせる弥生さん。
「だ、大丈夫?祥平君?もうちょっと我慢して……き、きゅうじゅう、きゅう……あふぅ……きゅうじゅう……き、きゅう……んあぁあぁ……きゅうじゅう、き、きゅう……あぐ……」
 目は泳ぎ、舌が宙をうごめき、嗚咽が漏れる。

 いくら数えても、いくら腰を振っても、弥生さんのカウントは、99から増えることがない。それが、弥生さんの「常識」だから。
 いつまでも100に届かない牢獄の中で、弥生さんの快楽だけが10倍、100倍、1000倍、と非情な倍率で積みあがっていく。

 とても見てられない。だけど、目を離したら、弥生さんのカウントは増えない。
 
 僕は、絶望的な思いの中、弥生さんが悶絶し、苦しみ、喘ぐさまを見守ることしかできない。逃げ出そうかと思ったけど、弥生さんにがっちり圧し掛かられている状態で、それすらできない。
 
 やがて、そしてついに。その瞬間は来た。

 もう、何度目の99を繰り返したかわからない、その何度目かの99回目のストロークのとき。

「しょ、しょうへい……くん……」

 弥生さんは、僕の両手を握り締めたまま、僕を見下ろして、苦しそうに顔をゆがめながら、だけど、優しい、すごく優しい目をして、

「わ、わたしね………………………………………………もう……駄目かもしれない…………………………私が……駄目になったら……祥平君……この部活……入部できなくなっちゃう……ごめんね……祥平君……君みたいな凄い素質のある……熱心な子を……入部させてあげられなくて……ごめんね……私を許して……」

 そう呟くと。ゆっくりと腰をずりあげて。

「きゅうじゅう……きゅう――――」

 腰を下げる。

 一瞬の静寂。そして、


「んああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 激しい絶叫、そして痙攣。
 弥生先輩の体が震え、そして腰が激しくグラインドする。
 膣の中全体が痙攣し、僕の肉をぎゅっとその内壁全体で包み込み、わなないているかのように感じられる。
「あぐ……うぁ……」
 油断した僕は、その激しい動きに、ついに限界に到達し、腰をそのまま弥生さんの下から突き上げ、

 どくどくどくどくどくどく……どく……どぷ……。

 堪えきれなくなり僕の肉棒から吐き出された白濁液が、弥生さんの膣と子宮を染め抜いていく。



「あ……祥平……くん……」


 弥生さんは、やわらかい微笑みを僕に投げかける。

「祥平君……私だけが……悪者にならないように……射精して……くれてるんだね……祥平君……優しいね……」


 弥生さんは、空ろな目を僕に向けて、

「……あなたでよかった……あなただったら…………あなたのものになるんだったら………………………………私、きっと……幸せに……なれる……」

 そう呟くと、弥生さんの目から、つぅっと涙が零れ落ち、



「どうか……これからずっと……私をあなたの肉オナホとして好きなように使ってください。祥平くん……」

 そして、弥生さんは、僕に、何かを誓うようにキスをし、そのまま、僕に覆いかぶさるようにして気絶をしてしまった。
















「すごいね……祥平君も……弥生先輩も……正直、少し妬いちゃうよ……」
 しばらく無言だったみちるさんだけど、弥生さんをベッドに寝かせ――ベッドの上は、精液と弥生さんの血とよだれでベタベタになってしまったから、シーツを張り替えざるを得ない状態だったけど――服を正した後だった。

 さっきまで、少し酔っ払ったような感じだったけど、正気に戻ったのか、みちるさんの呂律はさっきよりしっかりしている。

「みちるさん。約束、守ってください」
 僕の低い声に、みちるさんは、「へ?何のこと?」なんてすっとぼけてたけど、僕の殺気が尋常でないことに気づいたのか、
「わかってる、わかってるって、消すよ、動画」
 そういうとみちるさんはスマートフォンを操作して、僕に見せた。
「ほら、なくなったでしょ?」
 僕はひったくるようにみちるさんのスマホをチェックする。確かに、ファイルは消えているように見える。

「祥平君、そんなに怖い顔しないでよ。これからも、私たち、長い付き合いになるだろうし」
「長い付き合い?」
 こんなことをしておいて、今までどおり、仲良くできると思っているのだろうか?
 僕がいぶかしげにみちるさんを見ていると、
「今日は、祥平君だけが楽しんでたけど、次は、私も弥生先輩でいろいろ遊んでみたいし」
 と、とんでもないことを言い始める。
「な、なに言ってるんですか!!」
「祥平君?私、あの動画のファイルがひとつしかない、だなんて、一度も言った覚え、ないよ?」

 僕は唖然とする。

「や、約束が違うでしょ!!!」
「約束?ああ、私、このスマホのファイルを消す、という約束はしたけど、バックアップのファイルまで消すなんて、約束、してないよね?」

 みちるさんは、にんまり笑って、

「大丈夫、安心して?祥平君が、私に協力してくれているうちは、誰にもこのファイルの『コピー』、他の人に見せたり話したりしないから。だけど、もし祥平君が協力してくれなかったら……」

 わかるでしょ?とばかりに、みちるさんは僕に微笑みかける。

「………………」

 怒りのあまり、僕は言葉が出ない。

「怖い顔だね。大丈夫、そんな変なことはさせないつもり。私、弥生先輩も、祥平くんも、大好きだから、ね。でも、今日はちょっとやりすぎたな、と私も反省しているから。次は、もっとソフトにするよ。ああ、もちろん、祥平君も一緒に楽しみましょう?弥生先輩みたいな人を『おもちゃ』にできるなんて、すごいラッキーなんだから」

 その時、インターホンの音が鳴り響く。

「あれ?今日は誰も来ないはずだけど……」

 みちるさんが、部屋の電話を取る。どうやら電話とインターホンが直結しているらしい。


「あ、優華先輩?ごめんごめん、祥平君でしょ?うんうん、まだいるよ。今から帰らせるから」
 そういうと、みちるさんは電話を切る。

「優華先輩。祥平君に電話をかけてもぜんぜん出てくれないから、迎えに来たって」

 みちるさんはそういうと、続けて、

「……言わなくても分かってると思うけど、今日のこと、優華先輩には、内緒だよ?」

 無機質な声で、そして、無表情になって、そう言った。










「本当、お邪魔しちゃってごめんね」
「いえいえ、いい子にしてましたから。ね?祥平君?」
 ここは玄関。
 頭を下げる優華さん。何食わぬ顔をしているみちるさん。
 
 僕は、無言でいる。

「ほら、祥平君もお礼を言わないと……」
 優華さんが僕に声をかけると、
「『優華さんは僕のお人形さん』」
 その言葉に、優華さんは凍りつく。

 ほぅー、と驚きの表情をみせるみちるさん。
「わ、すごいね。これって、あの後催眠ってやつ?いやーすごいね。やっぱり祥平君は催眠の天才だね」
 僕は、そんなおべんちゃらを意に介さず、続けざまに、
「優華さん。みちるさんを催眠術にかけて、僕の言いなりの奴隷にして」
「へ?何いってるの、祥平君」
 当然のみちるさんの反応。だけど、優華さんは、ゆらりとみちるさんの方に、機械じみた動作で向き直り、鋭く叫ぶ。
「みちる!」
「な、なに、いきなり……」
 そのまま、虚ろな表情をした優華さんは、みちるさんの目の前で、パン、と手を叩くと、
「はい!みちるは、もう私から目が離せない、それどころか、体も動かせない、声も出せない、どんどん、どんどん、体が固まってしまう……」
 みちるさんは、驚きの表情で目を見開いたまま、そして口をあけたまま、その体を凍りつかせている……。




 …。
 ……。
 ………。



 改めて、みちるさんの部屋に場所は移る。弥生さんとヒトミさんはリビングルームのソファで眠っている。今ここには、僕と優華さん、そしてみちるさんの3人だけだ。




 時間にして、数分も経たず、みちるさんは、優華さんの催眠に堕ちた。




 何度か暗示を深めていくうちに、みちるさんの操作が完全にできる状態になったことを僕は確信し、僕は、みちるさんの意識を戻す。ただし、キーワードひとつで催眠に落とせ、しかも体の自由は奪った状態だ。

「……あ、あれ……こ、これ……」

 みちるさんは、目をしばしばとさせていたが、やがて、体が動かない状況、そして、優華さんが僕の後ろで虚ろな表情で立ち尽くしている状態を把握し、現状を認識したのか、
「ちょ、ちょっと祥平くん、貴方、私に催眠かけたでしょ!!」
「うん。やっぱりすごいね、みちるさん。すぐに状況がわかるなんて。……正直に告白します。僕、みちるさんを、少し甘く見てました」
 
 そう。もとはといえば、みちるさんを甘く見ていた僕が悪い。みちるさんをいい人だと思って、悪いことなんかできる人じゃないと思い込んで、うかつに目の前で催眠術をつかってみせて、さらに催眠術の行使権を渡してしまったのが、全ての原因だ。

 形勢を悟ったのか、みちるさんは、僕に対して、猫なで声を出す。 

「ね、ねえ。祥平くん。ごめん。私、少しやりすぎてた。他のビデオも全部消す。だから、催眠、解いてくれない……かな?」

 みちるさんへの、どす黒い怒りが、僕の中でふつふつと沸きあがっているけど、僕はあくまで冷静を装って、

「……みちるさん。僕、小さい頃、学校の先生から、習ったことがあるんです。『自分がしてほしくないことは、人にはしてはいけません』って。……それって、裏返すと、『人に何かをした以上、それと同じことをされても仕方ない』って、ことだと思うですけど……これって、催眠でも、おんなじことですよね?僕、何か、間違ったこと、言ってますか?みちるさん」

 僕が言わんとしていることを悟ったのだろう。みちるさんの表情が青ざめていく。

「みちるさん。弥生さんにみちるさんがしたこと、僕が、みちるさんにもしてあげます。そうしたら、みちるさんも、少しは、弥生さんの気持ちが……催眠で、好きなように弄ばれちゃう気持ちが、わかると思うんです……」
「や、やめて、祥平くん、お願い……」
 哀願するみちるさんに、僕はぱちんと手を鳴らして、
「『みちるさんは、僕の操り人形』」
 そう呟くと、みちるさんの瞳から意思の光が失われる。

 僕は、みちるさんの耳元で、
「みちるさん、今日は、みちるさん、中に出されても、大丈夫な日?」
「……はい……」
「そう。じゃあ、みちるさん、よーく聞いてください。今から僕は、みちるさんの、初めてを奪います。みちるさんは、一突きされるごとに、快感が10倍、100倍、1000倍になっていきます。だけど、絶頂には達しません。絶頂に達すことはできるのは、僕がみちるさんの中に射精をしたときだけ。だけど、みちるさんは、僕に射精をされると、僕専属の『肉オナホ』、でしたっけ?それになってしまいます。さっき、弥生さんが、肉オナホになっちゃいましたよね?あれとおんなじ、僕の体を気持ちよくするための、道具になってしまいます。そうすることが自分の喜び、ほかの事は何にも考えられない、そういう生き物になってしまいます。必ずそうなります。いいですね?」
「……はい……」
 抑揚のないみちるさんの返事。僕は、さらに問いかける。
「みちるさん、僕の肉オナホになりたいですか?」
「……嫌です……」
「初めてなのに、好きでもない男の人に犯されて絶頂してしまうのは?」
「…………絶対に、嫌です……」
「うん、そうですよね。みちるさんは、僕におち●ちんで突き上げられると、そういう嫌な気持ちも、2倍、3倍になっていきます。だけど、気持ちいい気持ちは、10倍、100倍に膨れていくので、どんどん我慢ができなくなってしまいます。そして、どうしても我慢できなくなったとき、僕に中に射精してほしい、とお願いをしてしまいます。そして、中に射精をされると、その僕のことを嫌だった気持ち、肉オナホになんかなりたくない気持ち、犯されたくない気持ちが、全て反転して、僕に犯されたくてたまらない、肉オナホになりなくてたまらない、僕に全てを委ねて、一生、僕に何もかもむさぼりつくされるための存在に生まれ変わりたくてたまらない、そういう気持ちにすり替わってしまいます。必ずそうなりますよ、いいですね。そうしたら3つ数えます、1、2の、さん!」

 パン。

 僕の手をたたく乾いた音とともに、みちるさんは目を見開く。
 
「そしたらみちるさん、スカートをたくし上げて、そのベッドに股を開いて座ってもらえませんか?」
「な、何を言ってるのよ、貴方……」
 みちるさんは、その言葉と裏腹に、僕の言葉通り、ベッドの上に乗ると、その股を大きく開く。
 スカートの中から、薄いピンクのチェック柄の下着が丸見えになる。
 僕は、その下着を無造作にずり下げる。目の前に、グロテスクな形の、女の人のあそこが目に入る。これまで、だいぶ刺激的な光景を見てしまっているせいか、ほんのり湿り気を帯びている。

「みちるさん、エッチですね。ぬれてますよ、ここ」
 僕は、ひだひだの部分を指でつつ、っとなぞり、親指と人差指との間で糸を引く、その粘り気をみちるさんの目の前で見せ付ける。みちるさんは、ぷい、とふてくされたように顔を背ける。

「そしたら、今から、みちるさんのエッチなここに、僕、挿れちゃいますから」

 そういうと、僕は、ズボンを下ろす。すでに勃ちあがりかけている肉の塊の先っぽをみちるさんの襞に沿って上下に動かすと、さらにその硬さが増していく。
「い、いや、やめて、いやぁ!!」
 僕は泣き叫ぶみちるさんの悲鳴を無視して、みちるさんの、襞の間に押し入れる。
「う……あ……」
 みちるさんが、小さく呻く。
「どう、みちるさん、気分は。さっきの弥生さんと、おんなじことをされて、嬉しい?」
「……………………」
 みちるさんは、唇を真一文字にして、さっきと同じように、ふてくされたように横を向いている。
「ああ、もう言いたくもない、って感じですね。だけど、そんなのずるいですよね。弥生さんは、すごく丁寧に、僕に細かく、自分の気持ちを説明してくれましたから。ねぇ、みちるさん。みちるさんは僕におでこをつつかれると、自分の今の気持ちを、包み隠さず何もかも説明してしましますよ。気持ちよさ、そして嫌な気持ち、全て自分の気持ちを素直に言ってしまいます。さぁ、いち、にの、さん!」
 僕がおでこをつつくと、みちるさんの口から声が漏れる。
「ん……な……なんだか……変な感じ……ひりひりする感じなのに……頭のうしろがしびれるみたいで……体が熱くなって……嫌で嫌でたまらないのに……なんだかどきどきしてくる……」
 僕はゆっくりと腰を前後に動かす。
「ひゃう……い、いやぁ……こんなの……こんな初めて……いやぁ……いや……いや……んふ……あぅ……ん……」
 さらに僕は腰の動きを繰り返す。最初はあまりすべりがよくなかったけど、次第にみちるさんの肉の中が、とろとろになってきているのか、すべりがよくなっていく。音が、にちゃにちゃ、くちゃくちゃ、さらにはずちゃずちゃ、と、音が激しさを増していく。
 僕はみちるさんのブラウスのボタンをはずし、ブラジャーをずり下ろす。あまり豊かとはいえない胸のふくらみが、僕の目の前に姿を見せる。
 僕が乳首をれろれろと舐め回すと、
「ひゃぅ……や……ちくび……弱いの……」
 と体を痙攣させる。

 僕はさらに乳首を舐め、腰を動かし、みちるさんを責め立てていく。

「あ……いや……こんなの……嫌じゃなくちゃいけないのに……はぅ……き、気持ちよさが……どんどん……膨らんで……んふ……いやだ……嫌いじゃなくなってる……私……頭がぼぅっとして……もっとされたいと思ってきてる……もっと犯してほしくなってきちゃってる……男なんて……やなのに……なんで……やだぁ……」

 しだいに、みちるさんの言葉から嫌悪より快楽の言葉が増え始め、その表情も、同じく嫌悪より恍惚に支配されつつあるのがありありとわかる。

 いつの間にか、みちるさんの脚は、僕の腰をがっちりと挟み込むような形になっており、腕も僕の体をぎゅっと抱きしめて離さないような形になっている。

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。
「ら、らめ、そんな、そんな、はげしく、はげしく、しないで、やら、やらの、きもちよく、なるの、もう、やら、らめ、らめらろり……あぅ……んは……ひゃぅ……」
 僕の肉のかたまりが、みちるさんのおなかの中をえぐるたびに、みちるさんからあえぎ声が激しく漏れ、呂律ももはや怪しい。瞳から理性の光はもはやほとんど失われ、顔は真っ赤に染まり、時々からだがびく、びく、と震え、そのつど、僕の体を抱きしめる指が、鷲づかみの状態になる。

 僕は最後の追い込みにかかることにする。
「みちるさん、僕の目を見てください。僕の目を見ていると、みちるさんの口は、みちるさんの『あそこ』と同じ感覚になってしまいますよ、そして舌は『クリ●リス』と同じになりますよ、いち、にの、さん!」
 ぱちん!と手をたたくと、僕はみちるさんの唇に、ぐっと唇を寄せ、舌をねじ込む。
「ん!!!ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 一瞬だけ、無理やりのキスに嫌悪を表していたみちるさんの表情が、次の瞬間、全て快楽に蕩け、舌が僕の舌にまとわりつき、そのたびにみちるさんの体がびくびくと痙攣し始める。僕がみちるさんの口に唾を流し込むと、みちるさんが僕の唾をごくごくと飲み干し、僕の顔が動かないよう、両腕を僕の頭に絡みつかせて、深々と貪るような口づけをし続ける。

 もう僕も限界に近い。僕は、よだれでベトベトになった唇をゆっくりとみちるさんから引き剥がし、そしてみちるさんの目を見つめ、
「さぁ、みちるさん、最後の選択です。僕はこれから射精をします。だけど、みちるさんが中にしてほしくなければ、中には出しません。外に出します。中に出されたら、みちるさんはイクことができますが、そのまま一生僕の肉オナホになります。だけど、これからずっと僕に気持ちいいことをしてもらえる、そういう幸せな『道具』になります。だけど、もし外に出された場合、みちるさんは、人間でいられますが、イクことはできません。今の中途半端な快楽のまま、もだえ苦しみ続けることになります。……さぁ、みちるさん、どうします?中がいいですか?外がいいですか?」
 僕は腰をぐりぐりとまわし、みちるさんの肉壷をゆっくりとかき回しながら、みちるさんに問いかける。

「わ……わたし……わたし……いや……中に……出されるの……オナホになるの……いやぁ……」

 みちるさんは、泣きべそになりながら、そう呻く。
「ああ、そう。じゃあもう『おち●ちん』はいらないよね?」
 そういうと僕は腰を浮かせかかるが、みちるさんは、その途端、脚をぎゅっと僕の腰に絡めて、
「いやああ!!!そっちは、もっといやああ!!!この気持ちいいの無くなっちゃうのは、絶対にいやだぁ!!!!」
「どうするの?みちるさん、どっちか、自分の意思で選んで?」
 みちるさんの唇がぶるぶる震えている。頬は紅潮して、目はうつろだ。もう頭の中が、催眠で操作された快楽と嫌悪感でごった煮になって、混乱してわけがわからくなっているのだろう。口がぱくぱく動いているけど、声が出てこない。
 僕は、しびれを切らしたように腰を改めて引き剥がそうとすると、
「いやあ!!なる、なります。祥平くんの肉オナホになります!!!だから、だから、射精してください!!私の中に出してください!!!私を精液処理の道具にしてください!!!!お願いします!!!だから、私をイカせて!!!!」

 みちるさんは、そう叫ぶと僕に唇を寄せて、舌をずぶずぶに絡めてくる。
 両腕もぎゅっと僕の体に抱きつき、あたかも枕木にまとわりつくコアラのような感じになっている。いや、僕の体のほうが小さいから、僕のほうが枕木に取り付かれたコアラ、といったところか。
 僕は、その言葉に意を得たり、とばかりに、みちるさんの耳元で、
「じゃあ、みちるさん、今から僕が3回みちるさんに突き刺すと、みちるさんは、すっごく気持ちよく……『ぜっちょう』でしたっけ?そういう感じになってしまいます。そうなると、みちるさんの中の僕のことを嫌う気持ちが、すべてひっくりかえって、みちるさんは世界で一番幸せな『オナホ』になります。それではいきますよ?」
 僕は、そういうと、ずっ……と腰を深々と突き刺す。
「んあああ……」
 みちるさんは体を震わせ、うめき声をあげる。
 僕はさらに、もう一度、今度は少しスピンを加えるようにして、みちるさんの肉の壁を削るように穿つ。
「はああぅ……」
 みちるさんが一瞬白目をむきかけ、僕の背中に服の上から爪を立てる。
 僕ももう限界だ。最後の我慢を振り絞って、
「じゃあ、これが最後だよ……いっせいの……せ!!」
 僕が、ぐいっと腰を思いっきり、全体重を乗せてみちるさんの奥に突き立てた、その瞬間、僕の白い体液が、みちるさんの胎内にどぷ……どぷ……と吐き出され、僕の肉棒がぶるぶると震える。
「あぅ……んあ……い、いく……いっちゃう……だめ……いぅ……いぐぅ……うああああああああああ!!!」
 それと同時に、ほとんど言葉にならない、獣のような悲鳴を上げて、みちるさんの体が硬直し、やがて、全身から脱力した。


 しばらく僕はみちるさんの上で、ぜぇぜぇと息をしていたが、やがて、ゆっくりとみちるさんから自分の分身を引き剥がす。ぬぽっとした音とともに、すこしだらしない形になった、白濁液と血液が交じり合って不思議な色になった、僕の大事なものが姿を現す。

 僕は、ベッドの上で死んだように脱力しているみちるさんの顔の前にそれを持ってきて、
「おはよう、みちるさん。みちるさんは、僕の何?」
 僕の言葉に、みちるさんは、半目を開け、うつろな眼をしたまま、
「私は……祥平くんの……精液処理の道具……オナホです……」
 と呟く。
「そう。そしたら、オナホとしての最初の仕事、おち●ちんのお掃除をお願いしていいかな?」
「……わかりました……みちるは……祥平君の……肉オナホなので……オナホの仕事を……します……」
 そういうと、みちるさんはのろのろと体をベッドから起こすと、中腰になった僕のおち●ちんに顔を寄せ、嫌な顔ひとつせず、その精液と自分の膣から出る血液でぐしょぐしょになった肉棒をぱく、と咥え、ゆっくりと舌先で転がし始めた。

 僕がみちるさんのツインテールを、戯れにぎゅっと、馬の手綱のようにつかんで、みちるさんの顔が動くのにあわせて軽く引っ張ると、みちるさんはそれを嫌がるどころか、むしろうっとりした表情を浮かべる。僕がきつくひっぱると、首の動きが激しくなり、そしてゆるめると、ゆっくりになる。リモコンみたいだ。
「みちるさん、お仕事、楽しい?」
「はい……楽しい……です……」
「じゃあ、今度は足をなめてみて?お仕事がたくさんあって、嬉しいでしょ?」
「はい……嬉しい……です……」
 玩具になり切ったみちるさんは、さっきまで嫌がり様、そして傲慢な態度が嘘のように、うっとりした、そして虚ろな微笑みを浮かべて、四つんばいになり、スカートから白いお尻を丸出しにしながら、僕の靴下を脱がして、その足指をなめまわし始めた。

 僕は、そんなみちるさんの様子を見ながら、このまま帰ったら体がびしょびしょだから、お風呂を借りないとなあ、と妙に冷静な気持ちで考えていた。
 
 優華さんは、そんな僕たちの様子を、ただ何も言わず、虚ろな表情で、見つめ続けていた。





■ ■ ■



 え?その後に起こったこと?
 いや、それほどご期待に沿えることは起きなかった、と思う。
 なにせ、もう夜だったし、あまり遅くなると、家でご飯を準備している唯さんに怒られてしまうから。

 ただ、体中がべしょべしょになったので、仕方ないからみちるさんの家のお風呂を借りることにしたんだ。
 みちるさんの家のお風呂、これもすごくて、よくテレビで「せれぶ」な人たちが海外の旅行番組で使う「すいーとるーむ」についているお風呂みたいな感じだった。バスルーム、っていうのかな?
 同じく、体がいろんな「液」でベトベトになった弥生さんとみちるさんも一緒にお風呂に入れたんだけど、二人とも僕の玩具として「お仕事」をしたがったから、ちょっとした大騒ぎになって、なかなか大変だった。


「むちゅ……はふ……祥平君のおくちと体、私、綺麗にできてるかな……祥平君……」
 そういう声を出しながら僕にからみついているのは、弥生さんだ。
 僕にキスをしながら、その豊かなおっぱいをボディーソープまみれにして僕に押し当てて、それで僕の体をきれいにしようとしている。
「祥平君……どうですか……わたしのお掃除……んちゅ……ちゅぷ……」
 そういって股間の下から声を出しているのは、素っ裸のみちるさん。おち●ちんを口で掃除をする担当だ。

 二人とも、僕の体を自分の体を使ってお掃除するのが仕事だと思い込んでいるから、こんなことになってしまっている。

 こんなことさせなくてもよかったんだけど……最初は、みちるさんに対する復讐ついでに、お風呂で遊びでみちるさんに「奉仕」をさせ始めたら、「祥平君の入部ができなくなったのは、わたしのせいなんです!私、だから、一生、祥平君の『オナホ』として、ご奉仕しなくちゃいけないんです。……それとも、私では、祥平君の『オナホ』になる資格もないでしょうか?」と言い募る弥生さんとかに言い寄られてしまい、結局「ご奉仕」を認めることにした。

 うん、優華さんの催眠を使って、もっとおとなしくなってもらってもよかったんだけど……なんとなく、その場のノリに、僕も飲まれてしまった。



 実はそんなお風呂の騒ぎの間に、みちるさんのお母さんが早く帰ってきてしまって、あわてて優華さんの催眠でそのお母さんも催眠にかけてなんとか凌いだりもしちゃったんだけど、それはまた別の話だ。今のところ。

 


 さて、その後の後始末は大変だった。
 まず、僕は、みちるさんから今日の記憶を全て除去した。いや、正確にはいつでも催眠に落とせる「キーワード」をひとつ残して。
 ひとまず、一定の仕返しはできたし、これ以上、何かをする時間の余裕はなさそうだったので、ひとまずここで打ち止め、ということにした。
 もちろん、催眠状態のみちるさんに、残っている動画のファイルを全て削除させた。パソコン、タブレット、USB、と3つもコピーが残っていて、みちるさんの用心深さを思い知らされた。


 そして、他の2人、弥生さん、そしてヒトミさんからも、今日の記憶を除去し、カラオケで楽しく遊び、そしてみちるさんの家でにぎやかにすごした、という偽りの記憶を植えつける。もちろん、優華さんの催眠をつかってだ。もちろん、弥生さんの「一生僕専属の肉オナホ」というのも取り消した。
 だいぶみちるさんの部屋は汚れてしまったから、催眠状態の全員で部屋の片付けもして、証拠も何もかも残さないようにもした。
 あと、みちるさんのお母さんも。僕たちには出会ったけど、何事もなかった、と記憶を改ざんした。


 唯一、取り消しようもない事実として残ってしまったのは、弥生さんの処女がなくなってしまったことだけど、こればかりはしょうがない。ごめんなさい、と弥生さんに僕はお詫びをする。
 ああ、みちるさんの処女も無くなってしまったけど、それは謝る必要はないだろう。


 そして、弥生さん、ヒトミさんを家に帰らせた後、僕と優華さんも家路についた。

 もう、何も考えたくなかった僕は、家につくと、唯さんが準備した夕御飯をもしゃもしゃと味を感じることもできないような状態で食べて、そのまま泥のような眠りについた。













 ――僕は、その時気づいてなかったけど、この日の出来事は、僕にいくつか、大きな傷を残した。

 ひとつは、「優華さんは催眠術の天才」という暗示を、僕が取り消せなくなる原因になったこと。
 もし、優華さんがみちるさんを催眠に落とせなければ、僕は、みちるさんにもっとひどいことをさせられていたかもしれない。
 たまたま、優華さんの「思い込み」を取り消さないでいたからよかったものの、そうでなかったらどうなったことか。
 みちるさんの撮影したあの動画を見ている人が他にもいるかもしれないし、コピーがまだ残ってしまっているかもしれない。
 そう思うと、「いざ」というときのために、優華さんの催眠能力を消すことはできそうもなかった。


 もうひとつ。それは、人を心の底からは、信用できない、という気持ちを、また僕の心の底から引きずり起こしてしまったこと。
 僕は、高坂家に来る前まで、すごく色々な、人間の嫌なところ、薄汚いところを見すぎてしまい、何も信じられなくなっていた。
 だけど、優華さん、唯さん、瑠美ちゃんと家族になって、そして、弥生さんやみちるさん、といった素敵な人たちとも仲良くなれて、何の疑いもなく、心の底から安心しきっていられるような関係を、受け入れられることができるようになっていた。

 だけど、今日のみちるさんの豹変振りは、僕に芽生えかけていた、そうした素朴な人間への信用とか信頼みたいなものに、大きな揺らぎを与えてしまった。

 この前みたいな、ああいう「いじめっ子」みたいな人がいることは、もちろん僕は知っていたけど、みちるさんのような、一見、何にもおかしなことがない「いい人」が、こんなにどろどろとした、薄暗い感情をもっているなんて。
 そして、その感情が爆発したとき、今まで大事だった人に、こんな仕打ちをさせてしまうなんて。
 それが僕には衝撃が大きすぎた。

 今から思えば、あまりにウブな感覚だったと思う。
 だって、人に表裏があるなんて、当たり前のことだから。
 だけど、人生経験が浅い僕には、この経験から受けた衝撃は、小さくないものだった。




 このことが、僕と、そして優華さんと、そして僕たちをとりまくみんなの人生を、少なからぬ規模で変えてしまう遠因になってしまったのでは、と、今になっては思うのだけれど、僕は、もちろん、そんなことを、この段階で予想することはできなかった。

 
 


 

 

戻る