サグラダ ファミリア


 

 
第五話



 ……ちく、ちく、ちく、ちく……。


 凍てついた部屋。
 その冷え切った空気を震わせるのは壁に掛かった時計の針の音だけ。



 そんな部屋の中。
 窓越しに漏れ入る青白い光に照らされ、催眠に堕ちて氷の彫像のように動かない優華さんを見つめながら。
 僕は、限られた時間でどうするべきかを必死で考える。








 消す。
 記憶を消す。



 

 僕が真っ先に考えた方法はそれ。
 別に難しくない。
 今日、僕と瑠美ちゃんと優華さんはトランプをした。楽しかった。おしまい。

 今日起こったことはそれだけ、ということにしてしまえばいい。
 ついでだから、僕と優華さんは仲直りしたことも、残しておこうか。もちろん、キスをしたこと、そしてエッチなことを――優華さんが僕のおち○ちんを舐めたことは全部抜きにして。

 今までだって、そうしてきた。そして、確かに優華さんの記憶は消せたし、催眠のことも覚えていない状態にできた。だから今回もそうすれば、大丈夫。
 
 ……そうすれば、優華さんが家を出る、なんて話も、無しにする。無しにできる。








 
 でも。
 僕の中でひっかかることがある。
 優華さんの告白にあった、優華さんの「僕にいやらしいことをしたい気持ち」は、どうしよう。

 優華さんはひどく自分を責めてた。
 お姉ちゃんがこんなことをしちゃいけないって。
 こんなひどいことを弟にしたいと思うお姉ちゃんはいないって。
 だから一緒にいられないって。



 僕は、優華さんにされたことを、全然気にしてない。
 えっと……それは少し嘘だな。本当は、ちょっとびっくりした。
 僕にしたいことをして、って「王様」として命令して、その時おち○ちんを舐めはじめたことも。
 僕の洗ってないパンツを、ベッドの中で僕を思い出しながら、エッチな気分になるために使ってたことも。



 だけど、別に、そこまで嫌じゃない。

 そりゃ、知らない人にパンツ盗まれてそんなことされてたら気持ち悪いし、変な人にいきなり街中で暗がりに引きずり込まれておち○ちん舐められたら泣いてしまうかもしれない。

 だけど、優華さんにされるのだったら、別に平気だ。
 むしろ……。

 優華さんが、うつろな表情で、そして上目づかいで僕のおち○ちんを舐め始めた時の感触を思い出して、僕の腰が少しぶるっと震えた。




 話が少し脱線してしまった。僕は頭を振ってもう一度集中しなおす。




 問題は……そう。優華さんがあれほど厳しく自分を責めて、そして家を出なければ――僕と離れなければ解決ができないと思わせた、この優華さんの強烈な「僕にいやらしいことをしたい気持ち」そのものを解決しなければ、結局また同じことの繰り返しになってしまう。



 単純な方法は、記憶だけでなく、優華さんの気持ちもいじる、つまり、優華さんが僕を見てそんなエッチな気持ちには絶対ならなくなる、とすればいいのかもしれない。




 そうするか。
 僕は一旦はそう心に決めて、優華さんに手を伸ばしかけた時、なぜか、僕の頭の中に、優華さんの同級生の男の人が、優華さんになれなれしく話しかけていた光景がよぎった。


 そして、あの時の、僕の心の中で沸き起こった、黒々とした気持ちまでもが、引きずり出されるように思い起こされてしまう。




 ――この間の昼のテレビで、優華さんくらいの年の女の子は、だいたい恋人がいるものだって言ってた。
 恋人、ってのは、単にゲームをしたりトランプをしたりする男の友達、というわけじゃない。
 デートだってするし、手だってつなぐし、キスだって……もっとその先までしてしまうかもしれない、そういう男の人。最後には、結婚までしてしまうかもしれない人のこと。




 優華さんに恋人っているんだろうか。

 ……わからないけど、たとえいなくても、優華さんくらい綺麗で、性格もよくて、明るくて、スタイルもよい人が、いつまでもほったらかしになってるわけがない。
 うちのクラスだって、クラスの中でかわいい女の子は、男の子たちがしょっちゅうちょっかいだしてる。もちろん、僕たちはまだ子供だから、そんなキスだったり手をつないだりとかそんなんじゃなくて、ドッチボールでわざとボールをぶつけてみたり、スカートをいたずらで少しだけめくったりして却って嫌われてる、っていう何がなんだかわからないような感じの、ちょっと微笑ましくなってしまうようなものなんだけど……。
 


 だから。
 優華さんは、絶対に、いつかは、誰かほかの男の人のものになってしまう。

 だって、僕は優華さんの弟で、世界中の男の人の中で僕だけが、優華さんの恋人になる資格がはなっからないんだから。




 そう考えただけで喉が渇く。頭の中のもやもやと心の中のもやもやが入り混じって、喉の奥でせめぎあってるみたいだ。渇きを癒そうと唾を飲んで、目をぎゅっとつむる。かけっこしたわけでもないのにトクトク鳴る心臓の音と、嫌な気持ちが止まらなくなる。

 

 僕はひんやりとした冬の空気が頭と体を冷やすのを少しだけ待ってから、もう一度頭を整理する。今が夏でなくてよかったと初めてこの寒さに感謝した。








 僕は脳内会議を続ける。


 じゃあ。
 僕は優華さんの恋人になりたいんだろうか。



 ちょっと考えて、僕はそれを否定する。
 優華さんは恋人としての好きと、家族としての好きは別ものだ、っていってた。そして、優華さんは、僕を家族として、弟として、好きでいてくれてる、と思う。……自信過剰かな?でも、多分、多分そこは大丈夫だと思う。
 で、実のところ、ひとまずそれで十分で、優華さんの恋人としての好き、まで僕は求めてるわけではない……と思う。多分。


 だから、
 優華さんが誰のものでもないのなら、優華さんが僕のものでもなくても、とりあえず、僕は平気だ。

 だけど、
 ほかの男の人と仲良くしている優華さんを見るのは、すごく嫌だ。

 僕は優華さんの恋人でなくていい。だけど、優華さんには、恋人がいてほしくない。
 できることなら、ずっと唯さんと瑠美ちゃんと優華さんという「家族」と一緒に暮らしていたくて、そこに他の邪魔な人が入ってきてほしくない。
 すごくいびつで勝手な結論。だけど、それが正直な僕の気持ちだ。



 それでも。
 優華さんがそれを望むなら、しかたない。
 しかたない、というより、どうしようもない。
 優華さんは唯さんと、瑠美ちゃんっていう、小さくて、暖かい、家族がいて。
 弥生さんやみちるさんのような優しい、明るい、友達がいて。
 そして、あの……なんとか、っていう男の人と、笑いながら話せる学生生活があって。
 
 僕は、たまたま、本当にたまたま、そんな優華さんの暖かな世界の隅を、間借りしているだけなんだから。


 だから。
 優華さんに迷惑をかけるなら、出ていかなくちゃいけないのは本当は僕の方なんだ。
 僕がまさに、「他の邪魔な人」なんだから。



 なのに、僕は、優華さんに、自分が出ていく、と言わせてしまった。


 出ていってほしくない。
 瑠美ちゃんも、唯さんも、僕も、誰もそんなことは望んでない。



 そして。
 たぶん。そして、きっと。
 本当は優華さんも出ていきたくないんだと思う。





 問題なのは優華さんの中の僕に対する気持ち。
 世界で一人だけ、絶対にえっちなことをしてはいけない人、恋人にできない人に、えっちなことをしたくなる気持ち。



 だから、もしも、

 
 その気持ちを、優華さんが、僕への後ろめたさのない形で、解決できるのなら。



 多分、誰も不幸にならないで、これまでの生活を続けることができる。
 


 それを解決できる方法。これまでの生活をこれからも続けることができる方法……。

 さっき思いついた単純に優華さんの「僕へのいやらしい気持ち」を削ってしまう方法は、僕だけの身勝手な問題……優華さんにいつかは新しい恋人ができて、ここからいなくなってしまう、という問題を解決できない。

 だけど、もう一つ。
 僕の頭に、その最後の問題もひっくるめて解決できる方法が、一つ思い浮かんでいた。



 僕は時計を見やる。
 もう時間がない。
 唯さんが帰ってくる前に。あと3時間くらいか。
 でも、1時間。いや、30分あれば、十分間に合うはず。




 僕は、部屋のオイルヒーターのスイッチを入れる。明かりは、まだつけない。
 そして、優華さんに、改めて相対する。
 暗い部屋の中で、彫刻のように凍りついた優華さんの顔を見る。

 瞳は、曇ったガラスのように、何も映し出していない。
 月明かりに照らされて少しだけ鈍く光る唇は少しだけ開いている。
 そして、頬には、涙の乾いた跡が幾筋もできたままだ。

 僕は、その白い頬を、両手で包みこむ。
 僕の冷たくなった手よりも、さらに冷たくなってしまった優華さんの頬。
 僕は今日何度目になったかわからないごめんなさいを心の中でして、優華さんに呼びかける。

「優華さん」

 長く声をだしていなかったせいで、声が妙にかすれてしまう。


「……」

 優華さんは瞳を少しだけ僕の方に向ける。だけど、それ以上の反応はない。瞳は僕を映しているけど、僕のことは視えていない。


「優華さん。僕の声が聞こえますか?」


「……はい」


 少し間をおいて抑揚のない優華さんの声。僕は優華さんに問いかける。


「優華さんは……催眠術を知っていますか?」
「……はい。知っています」
「……催眠術が、どんなものか、知っていますか?」

 少しの沈黙の後、優華さんは、

「催眠術にかかると……かけられた人は、かけた人の言いなりになります」
「他には?」
「……それだけしか知りません」


 一般人の常識の範囲内の答えが返ってくる。
 でも、それで今は十分だ。

「……優華さんは、催眠を人にかけたことがありますか?」
 答えのわかりきった質問に、優華さんはしばらく沈黙していたが、やがて、
「……ありません」
 と答える。



 僕は少し深呼吸をした後。



「それでは、これから、僕が言うことをよく聴いてください。僕が言うことはすべて本当です。僕の言うことは、優華さんの中ですべて本当になります」



 僕はそこで一息区切ると、戻れない言葉を継ぎ足した。












「優華さんは、人に催眠術をかけることができます――」






































 




 優華さんは、僕のお姉ちゃんじゃなくちゃいけない、ってがんばってて、でも、僕にいやらしいことをしたいという気持ちが出てきて、折り合いがつかなくなっちゃったから、家を出て行くって言ってた。




 だから、解決策は二つ。

 いやらしいことをしたい、という気持ちを根っこから消してしまう方法。
 そして、もう一つは、
 いやらしいことをしても、絶対に誰にもばれない方法を教えてあげる方法。

 そう、いやらしいことをしたい相手の、僕にすら、ばれない魔法を。














「催眠術……」
 確かめるようにつぶやく優華さんに、僕はじんわりと暗示を深めていく。
「そう。優華さんは催眠術をかけることができます。それも、すごく上手に。世界の誰よりも上手に――」

 優華さんは催眠術を長く勉強してきている。
 今まではずっと、自分の精神集中用にかけるだけだったけど、僕と出会ってから、これまで、僕に何回か試してきた。
 そのたびに僕は催眠術に深くかかるようになって、今では優華さんは僕をすぐに深い催眠に落とすことができる。

 催眠にかかっている間は、僕は優華さんの言いなり。
 そして、優華さんの催眠にかかっている間のことは、僕は完全に忘れてしまうようになっている。絶対に失敗しない。



 今日、優華さんは僕と瑠美ちゃんとトランプで遊んでた。
 でも、二人ともいつまでたっても寝ないから、優華さんは僕と瑠璃ちゃんに催眠をかけて、いうことを聞かせることにした。

 二人とも催眠に完全にかかってしまい、瑠美ちゃんはすでに催眠の力で、ぐっすり部屋で寝てしまっている。

 そして、唯さんは日が変わるまで帰ってこない――。



 僕は、念入りに、優華さんが自分の「気持ち」を素直に出せるように、状況を「設定」してあげる。
 もちろん、これまで僕にキスをしたこと、おち○ちんを舐めたことは全部無しにする。
 そうそう、僕の下着をつかってエッチなことをしていたことを、僕に告白したことも、無しにしなくちゃ――。

 僕はそのとき、一瞬何かにひっかかったけど、なんで躊躇したかよくわからなくて、そのまま優華さんの告白の記憶を、消してしまった。








 ……。

 …………。

 ………………。




「それでは、優華さん。これから優華さんは10数えます。10数え終わると、目がすっかり覚めます。ちょっとだけうつらうつらしていたみたいですが、すぐに今の状態を把握します。目の前にいる僕は、完全に催眠状態で、優華さんの言いなりです」

 自分を題材にした暗示を入れると、なんだかむずむずしてくるけど、ここは我慢。

「ここで、もう一度確認しますね。優華さんは、僕に催眠術をかけることができます。優華さんは催眠の才能があるので、確実に、その暗示の通りに相手を動かすことができます。そして、催眠にかかっている間のことは、優華さんが望むなら、相手にそのことを完全に忘れさせることができます。」

「……私は……催眠を……誰にでも……かけられる」

 ぼんやりと復唱する優華さんに、

「そう。だから、それがどんなことであっても、催眠にかかっている間にしていることは、決して、そのことは僕にはばれません。優華さんは、優華さんの思い通りに、僕を操ることができるからです。優華さんは、僕にしたいことを、催眠にかかってる間は何でもすることができます。なぜなら、優華さんは催眠術の天才だからです」

 天才は大げさなのかもしれないけど、この際それくらいの思い込みがないとダメだろう。

「わかりましたか?」
「……はい」

 うつろな瞳のまま頷く優華さん。




 これでいい。
 これで優華さんは希代の催眠術師だ。
 僕を言いなりにできる。つまり、優華さんは、僕をしたいようにできる。
 
 優華さんがしたいこと。それは、さっきの王様ゲームで証明済みだ。

 もし、優華さんが、僕に何でもできる状況があって、僕に決してそれがばれないのなら、
 多分、優華さんは、これからも、ずっと、僕を使って「いろんなこと」を続けていくだろう。
 それは、僕に隠れて、僕のパンツを使ってエッチなことをしていたように。

 それは、……別におかしくない。
 だって、僕だって、優華さんのことを思い浮かべて、自分をいじくるなんて、しょっちゅうなんだから。

 優華さんが、そんなことを、気にすることは無いんだから。
 そして、これからもずっと、優華さんと僕は一緒にいられるようになるんだから。





 僕は、努めて明るく、

「では、10数えましょう。10数え終わると、必ず今言ったとおりになります。はい!」
 
 僕が手をぱんと叩くと、うつろな目をしたままの優華さんが、
「ひとつ……ふたつ……」

 とカウントを始めた。


 僕は慌ててベッドに寝っ転がる。座ったまま優華さんの催眠にかかったふりをしていてもいいけど、どれだけ時間がかかるかわからないし、僕も演技力にそんなに自信がある方ではないので、横たわって目をつぶっていた方が楽だろう、と思ったからだ。

 わたわたしながら優華さんの方に足を向けて仰向けに寝て、目を瞑ると、優華さんのカウントを終えようとしていた。


「……はち、……きゅう……じゅう」

 数え終わった瞬間、優華さんのいる方向の、気配が変わる。
 今まで何もいなかったはずの場所に、突然意思を持つ生き物があらわれたかのような、そういう気配。

 暗示のとおり、数え終わった瞬間、優華さんの意識が戻ったのだろう。
 優華さんの様子を見たいところだけど、目をつむってしまっているので見ることができない。
 ああ、失敗した。やっぱり座ったままにしておけばよかったかな……、と後悔するものの、今さら起き上がることも薄目を開けることもできない。


 僕が身じろぎせず黙っていると、シーツの上を人がすり寄る音を立てながら、優華さんが僕に近付いてきた。

「祥平君……?」

 優華さんの声。少しか細く、普段どおりを装いながらも、どこか普段と違った声。

「祥平君……、祥平君……」
 優華さんの手が僕の肩に触れ、少しだけ僕を揺さぶる。だけど、それは本当に起こそうとしているものではない。


「……祥平君……」
 優華さんの手が僕の肩から離れ、そのまま胸をなぞって、僕の首に触れる。ひやりとした優華さんの指が、僕の喉で止まる。

 一瞬、首でも絞められるのかと思ったけど、優華さんはそのまましばらく僕の喉に触れた後、少しして、ふぅ、と安心したような吐息をついた。
 僕の脈を取っていたようだった。
 一瞬でも、優華さんを疑った僕を、僕は恥じた。

「祥平君……私の声、聞こえる?」
 僕はほんの一瞬だけ迷った後、
「……はい……」
 と小声で答える。
 「設定」上、僕はすでに優華さんの催眠にかかっているのだから、優華さんの質問には従順に応えないとおかしい。

 優華さんはその答えに満足したのか、僕の頭を撫でながら、
「いい子ね。祥平君……いいのよ、そのまま眠っていて……」

 とつぶやき、そのまましばらく、僕の枕もとで、僕の髪を撫ぜ続ける。
 さっきまで指先に走っていた緊張が、和らいでいるように感じられるのは、僕の中での緊張が少し緩くなったからかもしれない。
 くすぐったいような心地よさと、ひんやりとした指先がないまぜになった感触。
 
 優華さんはどんな表情をしながら、僕を撫でているのだろうか。
 知りたいけど、目をひらくことができない。
 できれば、冷たい指をあっためてあげたい。けど、今の僕はどこまでも受け身でしか動けない。
 でも、ヒーターの入った部屋が少しずつ暖かくにつれて、優華さんの指の心地よさに酔いしれているうちに、ぼくもだんだんぼうっとなってくる。


 そんな時。優華さんの口が開く。

「祥平君。祥平君は、今から私の質問に何でも素直に答えてしまいます。祥平君は素直でいい子。だから何でも心のあるがままにすぅっと答えてしまいます。いいですね?」

「……はい」

「いい子ね。それでは質問です。考えないで答えてね。……祥平君は、クラスの誰が好きですか?」

 いきなりの質問に面喰った僕は、思わず心臓が凍りついてうまく答えることができなかった。

「……クラ、ス……?」
「そう、クラス。祥平君……この前、みちるに、好きな人がいるっていってたよね?……誰のことが好きなの?」

 僕はこの前のみちるさん、弥生さんと優華さんとで一緒にお茶をしたときのことを思い出した。 確か、あの時、僕は口からでまかせで、好きな人がいるっていっちゃったんだった。

 一瞬、クラスの中のいろいろな女の子のことが頭をよぎったけど、別に意中の女の子がいるわけでもない。

「……いません」

「いない?」

「クラスに好きな子は……いません」

 優華さんは僕の答えを吟味するようにしばらく黙りこくった後、

「じゃあ……好きなのは、学校の先生?」

「……違います」

「それじゃあ……、もしかして……瑠美?それとも、……唯姉?」

 その質問に僕は一瞬たじろいだ。もちろん僕は瑠美ちゃんや唯さんが好きだ。だけど、それは多分優華さんが尋ねている「好き」とは意味が違う。

「……………………瑠美ちゃんや……唯さんは……好きだけど……そういう好きとは、違います」
 僕は慎重に、だけどなるべく催眠にかかっているような感じで、答える。

「……………………………………………………………………」

 少し長い沈黙のあと、

「……………………………………………………………………だったら……」

 続く優華さんの言葉は、僕の予測の外だった。

「何で好きな人がいる、だなんて、あの時嘘を言ったの?」














 さっきより、声の質が重たい。

 てっきり、「私のことは?」→「瑠美ちゃんや唯さんと同じくらい好きです」という官僚答弁で乗り切ろうとしていた僕は、一足飛びの優華さんの詰問に、心の中で冷や汗をだらだら流しながら、その時のことを思い出そうとする。なんでだっけ、なんでだっけ、なんでそんなこといっちゃったんだっけ……。

 そうだ、確か……。

「それは……くやしかったから……」

「くやしかった?」

 僕の答えに素っ頓狂な声を上げる優華さん。

「なんで、悔しかったの?」
「それは……優華さんは、仲のいい男の人がいるのに……僕に誰もいないのが……恥ずかしくて……悔しくて……」

 そうだ。あの時、みちるさんがあの質問をした時、僕は優華さんがあの男の人と仲良くしている光景を思い出してしまった。

 優華さんには、仲のいい男の子がいる。
 僕は、転校してきたばっかりで、……正直、学校に女の子の友達はおろか、男の子の友達すら、ろくにいない。

 だから、優華さんに張り合ってやろうと思って、思わず、嘘をついちゃったんだった。

 すごい、恥ずかしい理由。情けない理由。

「ひぅ……だから……うっ……嘘……ついちゃって……」

 だけど、そんな恥ずかしい理由を、僕は優華さんに全部言ってしまった。
 言えば言うほど、本当に自分が情けなくなってきて、僕はいつの間にか、涙をぼろぼろこぼしてた。
 催眠にかかってるとか、かかってるふりをしなきゃいけないとか、そんなのはどっかにいってしまっていた。

「祥平君」

 優華さんの声が聞こえる。僕は思わず目を開いて優華さんの方を見る。涙で滲んで優華さんの表情は見えない。
 優華さんは、仰向けで横たわる僕に覆いかぶさるように抱きしめた。
 僕に体重がかからないように、だけど僕の体をぎゅっと包み込むような、そういう抱きしめ方。
「大丈夫。祥平君は何も悪いことしてないよ」

「だから泣かなくていいの。……ううん、泣いても、いいよ。どっちでも、祥平君が好きな方でいいよ。今のことは、私と祥平君だけの秘密だから。誰も聞いてないから。ね?」

 優華さんが耳元で囁かれたとたん、僕は優華さんにしがみつくようにして、呻くような声をあげて泣いてしまった。




 しばらくそうしてた後、僕の心の奥につかえてたものが外に吐き出されたような気持ちになった。
 まだ少し喉と胸がひっくひっく言ってるけど、少し落ちついてきた。

「大丈夫?祥平君」

「うん」

 僕は素直に頷く。

「良かった……」


 優華さんは僕の髪の毛を撫ぜながら、もう一方の手で僕の方から腕をゆっくりとなでおろしていく。まるで冬眠しかかっている獣をあやすかのような動き。

 やがて、優華さんの動きが緩やかになり、止まる。



 あれ、もう撫でてくれないのかな……。と僕は、優華さんをぼぅっと見ると、優華さんは何か考え込んでいる風だった。



 やがて、優華さんは、意を決したように、僕を見つめて、

「あのね、祥平君……私も、祥平君に、言わなくちゃいけない、……恥ずかしいことがあるの」


 そして優華さんは、僕に、……布団の下に隠してあった僕の下着を取り出して見せた。









 優華さんは、僕に、なぜ僕の下着がここにあるのか。それを何に使っていたのか。
 ……それを、ゆっくり、吐き出すように、説明していった。


 僕と出会った日のこと。
 最初は僕のことをかわいい子だなと思ったこと。
 僕がこの家になじむように、一生懸命だったこと。
 僕が落ち込むと心配して、僕が明るい顔をするとすごく嬉しくなって、毎日一喜一憂していたこと。
 ずっと僕のことを見てたこと。
 だんだん、僕のことをみると、どきどきするようになっていったこと。
 抱きしめたい、と、初めて思ったときのこと。
 本当に、抱きしめてしまったときのこと。
 もっと、触りたい、と思って、踏みとどまったときのこと。
 洗い場で僕が脱いだ下着があるのを見て、思わず手をのばしてしまった時のこと。
 
 そして、
 それを使って、初めて、自分の大事な場所を触ってしまった日のこと。

 


 僕のことを使って、自分で自分を慰めた日のことを、時々鼻をすすりながら、つっかえつっかえ話す優華さんは、本当に辛そうだった。

 何度か、僕は、「キーワード」を口走って、すべてを止めてしまおうかと思ったくらいだ。

 もちろん、さっきの――この催眠をかける前に、泣き叫びながら告白したあの時と比べたら、すごく静かな告白だったけど、さっきの告白が一撃で何もかも吹き飛ばすような暴風雨のようなものだったすれば、今回は、時間をかけてゆっくりと、その分より深く自分の醜い部分を抉り出すようだった。





 優華さんは、別に、自分のしてしまったことを僕に正直に言わなくてもよかったはずだった。

 もし、もうこれっきりにしよう、ということであれば、僕が優華さんの部屋でパンツを見た記憶を、僕からあっさりと消して、すべてをなしにしまえばいいだけだ。

 あるいは、優華さんが、万一、僕を操り人形にしてこれからも弄んでしまおうと思うんだったら、僕を催眠状態にしている、ことになっている優華さんからしてみれば、自分の玩具にしてしまえばよいだけだ。

 だけど、優華さんは、愚かしいまでに、自分が犯した罪を自分の体から引きずり出して、僕の前に並べていく。


 何のことはない。
 優華さんは、催眠術を使えようと、使えまいと、同じなんだ。
 僕は脱力した。
 そして、小細工で、優華さんを繋ぎとめようとしていた自分を、2度もこんな苦しい告白を僕の前でさせてしまった自分を、本当に呪わしく思った。


「以上、恥ずかしいお姉ちゃんの一人語りでしたーーー、ご静聴ありがとうございましたーーー」
 最後に、そういうと優華さんはちゃかすように明るい声を上げた。
 でもどうしたって、震える声と体はごまかしようもない。
 優華さんはそのまま顔を手で覆って、俯いたまま、しゃくりあげはじめた。

 僕は思わず、俯いたままの優華さんを、ぎゅっと抱きしめた。

 ……と言い切れればかっこいいんだけど、優華さんの方が僕より体がずっと大きいから、どっちかといえば、子ぱんだが親ぱんだに、コアラがユーカリに「抱きついた」という方がずっと正確な感じ。あああ、こういう時に優華さんに釣り合うくらいの男の人だったら、どんなにか良かっただろうか。

「祥平……くん?」
 優華さんはびっくりしたような声を上げる。そりゃ、催眠状態の人間が自分の指示と関係なしに動いたら驚くに決まってるが、もうそんな仕切りにこだわってられなかった。


「…………」

 なんか気の利くことでも言えればよかったのかもしれないけど、優華さんの言葉にただ、ぎゅっと抱き返すだけが精一杯だった。

「祥平君……慰めてくれるの?」

 慰めるとかそういうんじゃない。でもうまい言葉がみつからない。

 しばらくとまどっていたようだった優華さんだったけど、やがて、僕の背中と頭に腕をぎゅっと回して、

「……………………………………ありがとう」

 と呟く。

 その声が、余りにもか細くて、僕はたまらなく不安になって、僕は優華さんをぎゅっと抱きしめ返す。それはほとんど無意識の動作だった。







 そうすることで、優華さんをなんとか踏みとどめることができるかのように。優華さんがこれ以上自分を責めて、その先にある、決定的な結論を導き出さないように。









 だけど、優華さんは、
 しばらく目をつむって、僕を抱きしめ返していた優華さんは、
 僕をゆっくりと体から離して、僕の目を静かに見つめて、






















「……あのね、祥平君。私、前から考えていたことがあるの……」





















 ひび割れかけた古ぼけたレコードが、それでもなお、馬鹿馬鹿しいまでに忠実に、その溝に記録された音をレコード針に伝えていくかのように。
















「……わたし、家を出て行こうと思うんだ」




























 その言葉を紡いだ時の、優華さんの表情は、やっぱり、一回目と同じ、透明な笑顔だった。















 優華さんのそれから後の言葉は、細かなところは少しずつ違っていたけど、大枠は同じだった。

 このまま一緒にいたら、気持ちが止まらなくなってしまう。
 だから、学校に寮があるから、それに入ろうと思っている。
 お金は少しかかるけど、大学に向けて積み立てている分を使えば大丈夫だと思う、と。


 僕は、その優華さんの言葉を、がらんどうの銅像になったような気分で聞いていた。




 つまり。

 優華さんにとって、さっきの発言は、
 思いつきや、とっさの激昂によるものではなくて、
 前から、前から、前から、ずっとずっと考えて、悩み抜いて、
 そして、辿り着いた、揺るぎない結論だったんだ。


「……祥平君」

 一通りこれからのことを説明し終わった優華さんは、言葉を区切って、

「……祥平君、泣いてるの?」

 僕はそう言われて、初めて自分が泣いていることに気がついた。

 最初に優華の決意を聞いた時は、ただ、ただ、その勢いに気圧されていただけだったけど、今回は、優華さんの言葉が静かだった分、僕の気持ちの方が逆にぼろぼろ外に出てきてしまって、それが涙になって溢れてくるかのようだった。

 優華さんは明るい、わざとらしいくらいひょうきんな抑揚をつけて、
 
「大丈夫だよ〜、祥平君。なにも、そんなに心配しなくたって。別に一生逢えないわけじゃないんだよ?月に一度くらいは、顔見せに帰ってくるだろうし、ときどき、荷物だって取りに来るだろうし、……ただ、少し、距離を置いた方がいいことも、……頭を冷やした方がいいことも、あるんじゃないかな、ってくらいで……」

「……私がいなくても、この家には唯姉も瑠美もいるんだし、そうそう、瑠美の相手を独りでしなくちゃいけない分、祥平君にはすごく苦労をかけちゃうかもしれないけど、……瑠美もこれから学校でもっと友達ができていくだろうし……」


「だからね、だからね、……だからね、祥平君……………………………………………………………………………………………………………………………………お願いだから…………………………ひぅ………………そんなに………………うっ………………泣かないで……………………………………」

 僕を抱きしめながら僕をあやすように語りかけていた優華さんの言葉が途絶え途絶えになり、やがて涙声になり、最後は嗚咽になった。




 そうして、僕と優華さんは、涙が止まらないインフルエンザにでもお互いかかったかのように、身体を震わせて、抱き合いながら、ぼろぼろ涙をこぼしていた。




 やがて、しばらくして、僕の胸の中にあった熱い塊のようなものが、だいぶ小さくなって、気持ちが落ち着いてきたせいか、身体の震えも涙もいつの間にか止まっていた。優華さんも、もう涙は止まっていた。

 その時、優華さんが、ゆっくりと、僕の体を離そうとする。
 僕は催眠にかかっていることも忘れて、優華さんの服を思わず強く掴む。

「祥平君…………」
 優華さんはしばらく、僕を見つめて、そのあと、目を閉じて、何か考えているようだったけど。やがてやさしく微笑んで、


「……じゃあ、祥平君。今日は特別に、一緒に寝ようか?ね?」


 その言葉で、僕は、自分がすごく恥ずかしいことをおねだりしたような気分になって「いいよ、子供じゃないから」と言いそうになったけれど。

 優華さんの目が、余りにも優しくて、そして真剣で、

 そして、


     これが、最初で最後だから。


 口に出してそう言わなかったけど、優華さんの言葉の裏に意味するものは、よくわかったから。



 僕は、そこをひっくるめて、こくんと頷く。




 だけど、その言葉に甘えて、そのまま手を離さずにいた僕に、

「あ。あのね、祥平君、ちょっと、ほんの一瞬だけ離してもらわないと私……」

 そういうと、優華さんのお腹が突然、

 ぎゅるるるるる〜〜〜。

 と鳴った。

 目を丸くしてる僕に、優華さんは慌てて、

「あ、あ、あのね、祥平君。わ、わたし、お昼から何にも食べてなくて…………その………………………………一緒に寝る前に、私、……カレー、食べてきてもいいかな?


 優華さんは、顔を赤くして、ぼそぼそとそう言った。


 今度は手を離さなかった僕の方が恥ずかしくなって、
「……うん」
 と手を引っ込める。

「祥平君と瑠美は、もう食べた?お風呂も?」
「うん」

 優華さんは申し訳なさそうな顔をして、

「そう。ごめんね。私が本当は準備しなくちゃいけなかったのに……瑠美の面倒も見させて、ごめんね」

「大丈夫」

 そういった僕は続けて、

「……瑠美ちゃんの面倒は、僕独りでも大丈夫だから。優華さんは、心配しなくていいよ」


 そうだ。僕だってもう子供じゃない。
 いつまでも、優華さんに心配をかけさせるわけにはいかなかった。


「……さすがは、立派なお兄さんだね、祥平君は」

 そういうと、優華さんは僕を抱きしめて、

「……ありがとう」

 と小さく呟いた。

 優華さんの柔らかな胸が僕の顔に押し当てられているのが感じられて、普段ならどぎまぎしてしまうはずの状態にもかかわらず、僕は優華に包みこまれている、その状態がすごく自然に感じられて、すっかり緊張がほぐれてしまった。
 
 その時、優華さんは僕の目に手を押し当てて、
「じゃぁ祥平君、今から祥平君は数をひとつ、ふたつ、と数えていきます。そのたびに、祥平君の体はすぅっとふかい、ふかーいところに降りて行きます……ひゃくまで数えたら、また一から数えなおしてください……口に出して数えなくてもいいよ?頭の中で、ずうーっと数え続けてください。そうすると祥平君は、私が戻ってくるまでぐっすり眠ってしまいます……はい!」
 そういうと優華さんは僕をベッドに横たえて、布団をふわっと掛けてくれた。

 うわぁ、すごく本格的な催眠術だなぁ。優華さん、どこで覚えたのかな……だなんて僕が間の抜けたことを考えながらも、僕は言われるままに、これが演技だということも忘れて、「ひとつ、ふたつ……」と数えていく。数え始めると、数えることに意識が行ってしまい、他のことは何も考えられなくなる。


 最初は100を何回ループしたか覚えておこうと思ってたけれど、次第にそれもわからなくなって、ただ自分の声と、優華さんの匂いのする布団に包まれながらまどろんでいった。


































































 ……どれくらい時間が経った頃だろうか。ドアが小さな音を立てて開く。
 やがて、人がゆっくりと近づく気配。
 優華さんだ。
 その気配は、ベッドの上で横たわる僕の脇で止まると、しばらくそのまま僕を見下ろしているようだった。



 僕は目をつむっているから、優華さんの表情はうかがえない。
 仄かに漂うシャンプーの香り。
 そして僕の身体を包み込むような視線。

 次第に、その視線が、何か湿度を持ったものになってきているような気がする。











 ごく。


 唾を飲む音が聞こえた。












 なんだろう、優華さん、のどが渇いているのかな。

 僕がぼんやりとした頭でそんなことを思っていると、やがて、その湿度が、ふっと消えて、いつもの優華さんの声が聞こえる。

「……それではみっつ数えると、祥平君の目はすっきりと覚めます。いち、にの、さん!」
 ぱん。

 手を叩く音。僕は、はっと目を覚まして、身体を起こす。

「あれ?」

 部屋はいつの間にか明りがついていた。ベッド、ぬいぐるみ、机……蛍光灯一つ入るだけで、さっきまでの真っ暗な部屋とはまるで違って見える。

 そして、……優華さん。

 優華さんは薄いピンク色のパジャマを着ている。さっきと服が変わってる……と思って、僕はその謎をすぐに解明した。優華さんの髪の毛が月明かりに照らされてつややかに光っている。きっとお風呂に入ったのだろう。さっき香ったシャンプーの匂いが優華さんにまとわりついている。


「おはよう。祥平君。よく眠れたかな?」
「……うん」

 僕は目をしばしばさせながら、少し目をこする。


「じゃ、祥平君、着替えようか?」
 そういうと、優華さんは、僕のパジャマを取り出して見せた。僕の部屋から持ってきたのだろう。

「ええ?でも……」

 僕は少したじろぐ。いくらなんでも、優華さんの前でパンツ丸出しで着替えるのはさすがに気が引ける。

 そんな僕を見て優華さんはいじわるく、
「なぁにー?祥平君。恥ずかしいの?」
「だって……」

 言い淀んでる僕に、優華さんは、少し暗い顔をして、

「……私のこと、信じられなくなっちゃったかな?」
「え、えっと……そういうことじゃなくて……」
 僕は、まるで自分が悪いことをしているような気分になる。

「大丈夫。もう、私、祥平君にそういう気持ちにはならないから」
「ち、違う、そういう意味じゃ……」
「しょうがないな、祥平君。よし、わかった」
 優華さんは、はいはいと手を振って、
「じゃあ祥平君。私の目を見て?」

 優華さんの言葉に、勢い、優華さんの瞳に僕の視線が吸い込まれる。

 優華さんは僕に考える暇を与えず、矢継ぎ早に、

「三つ数えると祥平君の体から力が抜けて、後ろに倒れてしまいます。はい、いち、にの、さん!」
 優華さんがぱん、と手を叩く。

 僕は慌てて演技する。まだ僕は優華さんの『お人形さん』だから、催眠にかかってるふりをしないと。

 僕は背中の力を抜いて、ベッドの上にばさっと倒れこむ。ふわっとして気持ちがいい。

 優華さんは僕の手首をぎゅっと握ると、再び、

「はい、今度は私が引っ張ると、また祥平君の体に力が入って起き上がれるようになるよ。それ、いち、にの、さん!」

 そういって優華さんは僕の腕を引っ張ると、身体が軽くなって、僕はすんなり起き上がることができるようになる。

「うん、いい子だね、祥平君。でも、また祥平君は倒れてしまうよ。倒れてしまうのは、とっても気持ちいい。はい、いち、にの、さん!」

 優華さんが手を叩くと同時に僕の目の前に手のひらを突き出すようにする。それをよけようとして思わず首を後ろに倒すと、勢い、僕の体の重心がふわっと後ろに寄っていく。

 あれ、あれれれ?

 今度はわざと倒れようとする間もなく、まるで、上半身がこんにゃくになってしまったのように、僕の体から自然に力が抜けて、ベッドに倒れこんでしまう。

 優華さんはさらに僕を追い込むように、
「もう祥平君は、どんなに頑張っても起き上がれないよ、ほら、試してごらん?身体に力を入れようとしても、力の入れ方がわからない、筋肉をどう動かしたらいいのかわからない。動かそうと思えば思うほど、身体が固くなる、どんどん固くなる、ほら、動かせない」
 優華さんに言われて、そんなはずはない、と思って、ためしに身体を動かそうとしても、僕の体が思うように動かせない。身体の力の入れ方がわからなくなっちゃったような、そういう感覚。

 少し慌ててる様子の僕に満足したような笑みを浮かべて、優華さんは、
「今度は私が触ると、動けるようになるよ。はい、いち、にの、さん!」
 
 優華さんに身体をぐいっと引っ張ってもらうと、力が入って、ふつうに身体が動かせるようになってる。

「大丈夫?祥平君」
「うん……」


 答えながら、少し怖くなった僕は、少し事態を整理するために優華さんの動きを止めようと――キーワードを言おうかと思った瞬間、優華さんは手で僕の目を覆って僕の目を閉じさせ、頭をゆっくりぐるぐると回転させていく。

「大丈夫、ほら、祥平君、私にこうされてると、祥平君はすごくリラックスする。私にすべてなされるがままになる。なされるがままになるのがすごく気持ちいい。ふわぁっとして、何も考えられなくなる……」

 首筋をほぐされながら、頭をぐるぐると回されているうちに、優華さんの言葉が僕の頭の中にどんどんしみ込んでいく。すごく、すごく気持ちがいい。キーワードを言わなきゃ、と思ってた僕の心が、どんどんちぎれてばらばらになって、どうでもよくなってくる。もっともっとぐるぐるしてほしくなってくる。
 ぼんやりとなされるがままになりながら、僕は、優華さんが今、僕にしている催眠のテクニックが、全部自分が優華さんにこれまでしてきたものであることに少し気が付いた。それに気が付くと、うつろな表情をして僕の言いなりになっていた優華さんのことを思い出して、それがまるで自分になったように思えて、言いなりになるとが当たり前のような気持ちになってきた。それと一緒に、自然とおち○ちんが固くなってきてしまった。
 
「……それじゃ、今から3つ数えると、祥平君は深い深い眠りに落ちます。祥平君はもう何も考えられない、何も感じられない、でもその間も、私の言葉だけがすべて祥平君の心の奥に届きます……」

 優華さんの言葉が、僕の中で全部当たり前になっていく。

「じゃあ、数えるよ、……いち、にの、さん!」

 優華さんの言葉とともに、僕の体から力が抜ける。背中にやわらかなベッドの感触、そして頭に枕のやわらかな感触……。そしてベッドに抱きとめられた身体から自分の魂だけがそのままずぶっと抜け落ちて、ベッドの突き抜けて、どんどん深く深く落ち込んでいく、沈んでいく、今まで感じたことのないすごい気持ちよさ。



「そう、落ちていく、ずぅーっと、ずぅーっと、落ちていく、落ちていく、どんどん落ちていく……落ちていくのは気持ちいい、何も考えないのが気持ちいい……」




 しばらく、静寂が続いた後、優華さんが小さく息をついて、僕の身体を間近で見まわしている気配がする。優華さんのこらえるような、それでいて熱っぽい息が、僕の太股、腕、手、首筋、頬、唇に順繰りにかかる。


 やがて、優華さんは、僕が催眠にかかっていると確信したのか、
「……すごい……祥平君……すごく催眠にかかりやすいんだね……」
 優華さんが、そう呟く声が遠くに聞こえた。











 ……この時点でもまだ、僕は、自分ではかかったふりをしているつもりだった。優華さんの言葉に逆らって絶対に動かないと心に決めたら動かないこともできるし、目を覚まそうと思えば覚ますこともできる、と自分では思ってるんだけど、あまりに優華さんの言うとおりにしているのが気持ちよくて、逆らう気が全然起こらない状態。
 なんていうのかな。流れるプールの流れに身を任せているのが気持ちよくて、そのままどこまでもクラゲみたいにふわふわただよってしまいたいような、そういう気持ち。


 念のため、僕は優華さんにばれないように、こっそり背中の筋肉やおしりの筋肉に少し力を入れてみる。すると、その通り、僕の筋肉は緊張した。

 ああ、大丈夫、僕はまだ自分の体を自分の意思で動かせる。それだけで、僕は安心してしまった。

 ――今から思うと、この時点で僕はかなり催眠に足を突っ込んだような状況だったような気がする。
 でも、その時の僕は、優華さんの催眠状態とテレビの催眠ショーしか見たことがなかったし、多少勉強したといってもたかが知れていたから、催眠というのが、完全な催眠状態とそうでない非催眠状態とで、スイッチのオン・オフみたいにくっきりばっちり分かれるものだと思っていた。だから、自分の意志で身体を動かせる僕は、まだ催眠にかかっていないんだ、だから、いつでも自分の意思で元に戻れるんだ、と、半ば能天気に思っていた。これは夢だってわかって夢を見ているときは、もう夢から覚めていて、いつでも起きることができる、それと同じふうに。



 優華さんはそんな僕の耳元で、
「……祥平君。私が祥平君に『祥平君は私のお人形さん』というと、祥平君は、私の言うことを何でも聞く、とっても素敵な、頭のいいお人形さんとして眼を覚まします……わかりましたね?」

「……うん」

 僕は返事をするのも面倒な感じで、小さく頷いた。

「それでは、『祥平君は私のお人形さん』」
 
 優華さんの声で、僕はゆっくりと目を開いた。

 目の前に優華さんの顔。僕を見る優華さんの表情は、やさしい笑顔なんだけど、少しだけ、火照っているのか、顔が赤らんでいた。


「それじゃ、祥平君、起っきして、パジャマに、着替えようか?」

「……うん」

 僕は優華さんに促され、パジャマを受け取ると、ベッドの上で着替え始める。

 さっきまでの恥ずかしかった気持ちは、どこかに行ってしまっていて、優華さんの前で裸になるのも、パンツを見せるのも、なんの抵抗感もなかった。

 優華さんは、僕が着替えている間、なるべく僕を直接見ないように目をそらしていたけど、ときどき、様子をうかがうように、ちら、ちら、と僕を見ていた。
 でも、僕はもう全然気にならなかった。


 間もなく着替え終わると、優華さんは明りを消して、

「じゃあ、寝ようか?」

 僕はこくりと頷くと、優華さんの布団にもぐりこもうとする。

 その時、優華さんは、ちらちらと僕の様子をうかがっていたけれど、

「あのね、祥平君……」

 優華さんは、少しだけ言い淀んだ後、頬を少し染めて、僕に、

「お休みの前は、キスをするのがね、礼儀なんだよ?」


 そうだったかなあ、でも、言われてみると、外国の映画でよく、お出かけやお休みの前にキスをしているシーンが思い出されてくる。


 優華さんは僕にだめ押しするように、

「……寝る前に、キスをするのは、当たり前だよね?」

「……うん」

 優華さんの言葉が、僕にとっての当たり前になる。

「じゃ、お休みのキス、しようか?」

「うん」

 僕が頷くと、優華さんは僕の頬に手をかけて、僕をじっと見つめて、

「…………………………………………………………………………………………ごめんね」

 と小さく呟くと、僕の唇に、唇を押し当てた。


「ん……んん……」

 僕は柔らかな優華さんの唇の感触と、ミントの歯磨きに香りを感じていたけど、優華さんは、唇を押し当てたまま、それ以上のことはしてこない。

 僕は何だか物足りなさを覚えて、大人のキス――僕の舌を優華さんの唇の間に差し入れて、優華さんの唇を舐めまわしてみる。

「んん!!!」
 優華さんは一瞬驚いたような声をあげる。

 なんで驚いてるんだろう。これまでだって、何度も、舌を入れて優華さんとキスしてたのに。

 僕がそのまま舌を深く優華さんの口の中に潜り込ませると、その舌先が優華さんの舌とごっつんこした。
 僕は優華さんに人工呼吸をするように口を少し広げて、優華さんの舌を絡め取ろうとする。
 こうすると優華さんが気持ちよくなることを知っていたから。優華さんも気持ちいい方がいいはず。

「んんんん!!!!……ん……んん……んふ……」

 初めは優華さんの身体がすごく固くなってたけど、僕が優華さんの舌を舐めまわしているうちに、だんだん優華さんの体から力が抜けてきて、息も声も、次第に鼻にかかったようかんじになってきてる。身体の大きい優華さんが小さな僕を押し倒すような形になって、優華さんの柔らかな身体と、優華さんの柔らかいお布団に、僕はサンドイッチになる。
 

 やがて、優華さんが顔を僕からゆっくりと離す。僕の唾液が、優華さんの唇からつつっと垂れていく。
 優華さんの顔はさっきよりずっと赤くなっていて、目も少しぼうっとしている。前髪も乱れて、息も少しだけ荒くなっている。

 優華さんは唇を少しだけ指で拭って、その指先についた僕と優華さんの涎が混じった透明な粘液をしばらく放心したように見つめていたけど、やがて、
「祥平君…………祥平君って、もしかして……………………………………キス、……したこと、あるの?」

 優華さんの質問に僕は、

「うん」

 と素直に頷く。


 その瞬間、稲妻が走ったように優華さんの身体がびくっと痙攣した。
 さっきまで赤かった優華さんの顔が、今度は白くなる。

「だ、誰と?」

 すごく慌てた声の優華さん。なんで慌ててるんだろ。僕は、優華さんの質問に、何も考えず素直に答える。

「瑠美ちゃん」

「ゑ”!……そ、そうなの、……そんな、最近の子って……」

 なぜかショックを受けたように見える優華さんに、僕は、続けて、

「瑠美ちゃんと……」

「……と?」

「……優華さん」

 ただでさえ白かった優華さんの表情が今度は真っ青に凍てつく。

「い、いつ?」

 僕は思い出そうとしたけど、正確な日付は忘れてしまったので、

「……ちょっと前」

 とだけ答える。

「で、でも、でも、でもでもでも、私、覚えてないよ?」

「ん……優華さん……寝てたから……」

 本当は催眠にかかっていたからなんだけど、なんだかその時は「さいみん」という言葉がすんなりうまく出てこなくて、そう答えてしまった。まあ「さいみん」中は寝てるようなものだし、いいや。

「そ、そうなんだ……」

 優華さんはちょっとショックを受けてるようだった。

 そのあと、優華さんは少し上目遣いになって僕を見て、

「祥平君、その……私と、瑠美と、どっちと先に、キスしたの?」

「えーと……瑠美ちゃん」

 優華さんは、さらに深いショックを受けているようだった。

「そう、なんだ……祥平君の、初めてのキスは、瑠美なんだ……」

 なんだかすごくがっかりしているような優華さんを見て、

「駄目だったの?」

 優華さんは今度は慌てたように、

「え、えーと、その……」

 しばらくあたふたしていた優華さんは、こほんと、咳払いして、

「あのね、祥平君。キスは、勝手に寝てる人にしちゃだめなの!あと、小さな子にするのも駄目!!キスはね、キスはね……」

 優華さんの声が少し小さくなって、

「……本当に、好きな人としか、しちゃ、駄目なの

 消え入りそうな声で優華さんはそう言った。

「でも……」

 僕は反論するように、

「僕は、優華さんも瑠美ちゃんも、唯さんも、好きだよ」

 ううん、と優華さんは、頭を抱えながら、

「ああ、えーと、どう言えばいいんだろう……」

 優華さんは、唸っている。

「あ、あのね、祥平君。キスは、いろいろと難しい問題があるの。大人もね、ついうっかりキスをして、それがすごい誤解を招いて、すごーく後で問題になることがたくさん、たくさーんあるの。自転車の二人乗りよりも、傘でチャンバラするよりも危険なの。だから、祥平君。祥平君は、まだ子供だから、キスは、まだ禁止。いい?」

「でも、優華さん、さっき寝る前にキスするのが礼儀だって、言ってたよね?」

「ぅぁ……」

 優華さんは、すごくたじろいでいたけど、すぐに、コホンと咳をして、
「えっと、あのね。すごく難しいルールがあるから、その、簡単に説明できないんだけど……簡単に言うと、たとえ好きでも、瑠美はまだ小さいし、祥平君の妹だから、キスしちゃだめ。唯姉は、祥平君のお母さんだから、キスしちゃだめ。好きでも、寝る前でも、キスしちゃ駄目な人はいるの。いい?」

 だけど外国の映画ではときどきお休みの前にお母さんと子供がキスしてるけどなあ、と思いながら、あれは外国だからルールが違うんだろう、と思って、僕は勝手に納得する。外国だと法律が違うっていうし。

「じゃあ、優華さんとは?」

「……ぇ?」

「優華さんとも禁止?」

 この際ルールは全部聞いておかないと、と思った僕の質問に、優華さんは言い淀む。


 すごく長い沈黙の後。


「……あのね…………………………私はね、祥平君のお姉さんだからね……もしもね、祥平君が、私のことが、すごく、好きで、……………………そして、もし、もしもだよ?私のことを、キスしたくてたまらなくなって………………で、私も、………………もしも、もしも…………もしも、私も、祥平君と、キスしても、いい、って、言ったら……………………その時は、特別ルールになるの」

 優華さんは、つっかえつっかえしながら、顔を赤らめて、

「だから、さっきのは、特別ルールで、セーフ、なの。……わかって、くれたかな?」

「うん」

 僕は素直に頷いた。もしもしもしもルールなんだ。


「うう。そんなに素直に頷かれると、ちょっと困るかもしれない……」
 なぜか妙にうちひしがれている優華さん。そんな優華さんをよそに、僕は今のうちに、優華さんがそばにいるうちにもう一度、ルールを復習しておこうと思った。
「優華さん、復習していい?」
「ん?」
「僕は、優華さんのこと、好きだよ」
「…………うん」
「僕、もう一度、優華さんとキスしたい」
「ぃ……」
 優華さんの目が泳ぐ。
「キスして、いい?」

 優華さんの顔は、僕と息がかかるような位置にある。優華さんの中で、何かと、何かが、せめぎ合うような、そんな気配が、優華さんから吐き出される熱っぽい息から感じられる。

 何か一言言った途端、すべてが破れてしまうような、そんな気配をこらえている様子が優華さんから感じられる。

 長い静寂。
 明らかに、優華さんは困ってる。
 僕はキスはしたかったけど、優華さんを困らせたくなかった。

 僕は、ポツリと、

「優華さんが、したくないなら、いい」

 と言うと、その一言が切っ掛けになったのか、優華さんの吐息の色が、変わった。

「私は……私も……」

 優華さんの瞳が、何かに取り憑かれたようになって、

「……祥平君と、もう一度、キス、したい」

 そういうや否や、優華さんは僕の唇を噛むように吸い始める。優華さんの舌が僕の唇に捻じ込まれて、さっきより激しく、僕の口の中をむさぼる。僕の口の中に、優華さんの熱い、とろとろとした唾液が流し込まれる。すごく甘くて、むせかえるような匂い。

 僕も優華さんの舌を舐めまわし、歯茎をなぞる様にすると、優華さんの身体がびくびくと震える。自然と、優華さんの身体が僕に密着し、薄いパジャマ越しに、優華さんの柔らかな胸が僕の薄い胸板の上でたわむ。優華さんが息をするために僕の唇を解放した瞬間、僕は今度はぐるっと優華さんを巻き込むようにして僕の体の下に押さえこんで、今度は僕の涎を優華さんに流し込む。優華さんは、砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、ごくごく飲み干していく。

 僕が優華さんの柔らかなほっぺたを舐めまわすと、優華さんは僕の耳を噛んでくる。僕は反撃とばかりに優華さんの首筋をちゅぅ、っと吸い出す。なんだか吸血鬼にでもなったような気分。下半身がぞわぞわして、おち○ちんががちがちになってる。優華さんは僕の頭を抱き込むようにして再び僕の唇を奪い、舌を捻じ込み、柔らかな長い脚を僕の細い脚に絡めて、僕が動けないようにしてくる。仕返しに僕は優華さんのおっぱいをパジャマ越しにぎゅっと掴むと、優華さんがくぐもった声をあげてびくっと震えた。

 優華さんは僕の顔じゅうにキスを降らせ、僕の顔を舐めまわす。その拍子に優華さんの太ももが僕のおち○ちんの一番敏感な先っぽをこする形になったのか、僕は、声を小さくあげて、射精してしまった。パンツに広がる気持ち悪いぬべぬべした、ひんやりした感触。

「うっ……」
「しょ、祥平君?大丈夫?」
 うっとりと僕の顔を舐めていた優華さんだったけど、僕が顔をゆがめたのを見て心配そうな表情になる。頬は火照って、顔じゅう僕の涎でべとべとになってるけど、それはいつものお姉さんの優華さんだ。
「う、うん……」
 僕が思わずおち○ちんをパジャマの上から押えると、それを鋭く見てとって、
「あ、ひょっとして、蹴っちゃった?私。ごめんね。祥平君、大丈夫?」
 優華さんが僕の下のパジャマを触ろうとする。僕は慌てて、「なんでもない」というけど、優華さんは心配そうに、
「ちょっと見せてごらん?」
 そんな射精して濡れちゃったパンツやパジャマなんか見せられない。僕がなんとかごまかそうとしていると、優華さんは僕の目に手を当てて、

「祥平君。スイッチ、オン。はい、祥平君はもっと素直なお人形さんになる。素直なお人形さんになると、すごく気持ちいい……」

 その途端、僕の身体から少し力が抜ける。でも、完全には堕ち切らない感じ。頑張れば、頑張れそう、でも、頑張らなければ、そのまま落っこっていきそうな感じ……。
 僕はほんの一瞬だけ、迷ってたけど、……ここで催眠にかかってないことにすると、全部話がおかしくなっちゃうかな……と、少しだけ思ってしまった。
 そう思ったとたん、ふっと、僕の意識をなんとか繋ぎとめていた力をすべて抜けてしまう。意識をつなぎとめてた力が抜けてしまうと、身体も筋肉も、全部力が抜けてしまう。

 
 それは、
         すごく、
                       気持ちがいい。



 いったん気持ちよさを感じてしまうと、もう後は何も考えられず、ただその気持ちよさに身を委ねたくなった。






 優華さんは、僕の体から力が抜け切ったのを見てとったのか、パジャマのズボンを隠そうとする僕の右手を静かに払う。僕の細い腕は、さっきとはうってかわって、あっさりと離れる。

「祥平君、痛かった?……お、おち○ちんに、何か当たっちゃった?」
「……うん」
「ごめん、ごめんね?……そ、その……ちょっとだけ、様子を見るからね?」
 優華さんは僕のズボンをずるずると脱がしていく。僕の力が抜けているし、僕のおち○ちんはまだ半勃ち状態で、少しパジャマのズボンにひっかかったりしながらだったけど、なんとか優華さんは脱がしきる。

「……あ……」

 下半身パンツ一つになった僕を見て、優華さんも気がついたんだと思う。僕のおち○ちんが固くなってて、そしてパンツが濡れていることに。それも尋常じゃないほど。

「……」

 優華さんは、そのまま何も言わず、僕のパンツのゴムに指をかけて、できる限り僕のおち○ちんにパンツが変な形でひっかからないようにして、僕のパンツを脱がした。

 ひんやりとした空気が、僕の腰、そしておち○ちんに感じられる。優華さんが息を飲む様子が感じ取られる。
 しばらく優華さんは戸惑ってる様子だったけど、やがて、ぎぃ、とベッドがきしむ音がする。優華さんがベッドから降りたのだと思う。そして、しゅっ、しゅっと紙が擦れる音が聞こえた。優華さんがティッシュを引き出したのだろう。

 やがて、またベッドに優華さんの重みが加わるのが感じられて、
「……祥平君、少しだけ、触るけど、痛くしないからね?もし、痛かったら、言ってね?」
 優華さんはそう断ると、僕のおち○ちんをティッシュ越しにつまむ。角度を少しずつ変えながら、いろいろな方向から見ているようだった。
 少しおさまっていたぼくのおち○ちんだったけど、ティッシュ越しに感じられる優華さんの指の感触と、上下左右へに揺れさせられているうちに、僕のおち○ちんはまた少し大きくなってきてしまう。

「うあ…………大丈夫?祥平君、痛くない?」
「う……」
 実は、僕はこの年で、もう皮が剥けていた。剥けているのはいいんだけど、まだそんなに剥けてから時間が経っていないから、あんまり強烈に勃起すると、おち○ちんの先っぽの根っこが皮で締め付けられるような感じになって、少し痛くなってくる。あと、剥きだしの先っぽも、ひりひりして痛くなることがある。
 だから、僕は、

「少し、痛い……」
 
 と正直に答える。

「え、どこ?どこが痛い?」

 優華さんはあたふたして、

「ここかな?それとも、ここ?」

 優華さんは指にティッシュを巻きつけて僕のおち○ちんをなぞっていくけど、やればやるほど僕のおち○ちんの元気が増して、きつい感じが強まってくる。
「まだ痛い?」
「うん」
「さっきより?」
「うん」
「どうしよう……祥平君、どうしたら治るか、知ってる?」
 優華さんの質問に、僕は、
「多分……小さくなると、治る」
 と答えた。経験から言って、小さくなれば皮がたるんで、おち○ちんを締め付けるきつさがなくなることをしっていたから。

「小さく……」
 優華さんは少し迷ってたみたいだけど、
「祥平君、楽にして、少し我慢していてね?」
 と言うと、僕のおち○ちんをティッシュでくるむようにして、両手でゆっくりと撫でさすり始めた。さっきとは違って、目的を持った握り方。
「う……」
「あ、大丈夫、祥平君?痛い?」
「大丈夫……」
 痛いけど、我慢できない痛さじゃない。あんまり痛がるそぶりを見せてると優華さんが困りそうなので、僕はなるべく表に出さないようにする。
「すぐに終わるからね。あのね、祥平君。こうすると、多分、……気持ちよくなって、精子が出るから、そうしたら、小さくなるから…………多分……」
 自分自身を励ますように優華さんは言うと、僕のおち○ちんのさきっぽをきゅっと握る。
「う……」
「大丈夫?」
「うん、痛くない」
「じゃあ、……気持ちいい?」
「うん」
 僕が頷くと、
「そう、それでいいの。もっと気持ち良くなっていいの。もっともっと気持ちよくなって……」
 そういうと優華さんは、さらに重点的におち○ちんの先っぽを責め始める。

 優華さんも、最初は僕がどこに触られると気持ち良くなるのか、よくわかっていないみたいだったけど、僕の反応を見ているうちに、だいたいコツを掴んできたのか、次第に優華さんの触るところ触るところが全部僕の気持ちいいところになってくる。

「あ……ん……ん……」

 思わず小さな声が漏れてくる僕。
 優華さんも、おち○ちんを小さくする、という目的のために事務的にやっていたはずなのが、顔が火照り、吐息に熱っぽさが増しているように思える。
「ふわ……」
 優華さんのひんやりとした指が僕の向けた先っぽに直接ふれる。思わず声が出る。
 優華さんは僕の耳元で、
「……直接、触った方が、気持ちいい?」
 と囁いた。
 僕が頷くと、優華さんはティッシュを捨てて、直接僕のおち○ちんを、ぎゅと両手で握る。
 背中をぞわぞわしたものが走る。
「んん……」
「いい?こうされると気持ちいい?」
 優華さんは僕の耳に息を吹きかけるようにしてそう囁きながら、僕のおち○ちんをさらに一層激しくこすり上げていく。きつくなったり、ゆるくなったり、こすられたり、つめでいじられたり、なでられたり、にぎりしめられたり……10本の指と、柔らかな手のひらが、僕のおち○ちんを粘土のようにこね回していく。
 僕の下半身のぞわぞわが、どんどん、どんどん強くなる。腰が勝手にびくびく震えてきて、すぐに僕の中で限界が近づいてきた。
「ん……あ……ゆ……優華さん……でる……でちゃう……」
「……いいよ、祥平君。出して、出すと、すごく気持ちよくなっちゃう。これまでにないくらい、これまでで一番気持ちよくなるよ?……さぁ、私がみっつ数えると、祥平君のお腹の中から、白いどくどくしたものが、全部出てきちゃう」
 
 優華さんの言葉に、ぼくのおち○ちんが反応するようにびくびく言ってる。ああ、本当に出ちゃう、出ちゃう。

「いち……」

 優華さんの手が僕の汚い肉の塊を往復する。

「にの……」

 その声だけで、もうすでにはちきれそうになる。

「さん!」

 優華さんの声と、ぎゅっと強く握られる感触とともに、僕の中で熱いものがはじけて、びゅく、びゅく、びゅる……という音とともに、大量の精液がほとばしって、


「……う……!!!」
「……あ……!!!」



 ……優華さんの顔に、びしゃ、っと全部命中した。




 優華さんは、多分、精液がそんなに飛ぶものだと思ってなかったのだろう。僕のおち○ちんの角度は完全に優華さんの顔を捉えていたのだけど、優華さんはまったく注意を払っていなくて、で、僕も自分の方で精いっぱいで、それを注意することもできなかった。


「ゆ、ゆうか……さん……」

 見事目的を達成して、おち○ちんはしおしおになりつつあったけど、どちらかというとそのしおしおは、射精のせいというよりは、目の前の惨事に泡を食ったせいのような気がする。

 さっきまでの桃源郷のような気分はどこへやら、射精したせいかお人形さんモードも吹き飛んだ僕は、優華さんの手元に転がってるティッシュ箱からティッシュを取り出して、優華さんの顔にかかった精液を拭きとろうとしたんだけど。

「…………………………大丈夫。だいじょうぶ、だから」
 優華さんは、僕の手を押しとどめるようにして、自分の指で僕の精液を拭って。

「すごい……いっぱい……」

 と、言って、指先からシーツの上に垂れ落ちる僕の精液を、虚ろな表情で見ている。


 僕の中で、この光景は、何か、何か嫌な前兆だったように思える。僕はその既視感にとらわれまいとするかのように、


「ゆ、優華さん、汚いから、はい、これで拭いて……」

「きたない……?」
 
 優華さんはぼんやりとした声で僕の言葉をオウム返しに繰り返す。そして、自分の指先から僕の方に顔を向け直す。

「……だって、これ……祥平君の身体から、出たものでしょ?……だったら、汚くなんか、ないよ?」

「い、いや、でも、その、おしっこが出る穴から出たものだよ、そんなの飲みこんだら、お腹こわしちゃうよ?」

 僕の言葉に、優華さんは虚ろに微笑む。
「……大丈夫。私、祥平君のお姉ちゃんだから…………祥平君の身体から出るものなら、全部、飲んであげられるから……」

 そういうと、優華さんは、紅い舌を伸ばして、僕の精液をその指から舐めとった。











 何度か。
 これまでもこうした「スイッチ」の入った優華さんを見てきた。
 僕はいまだにその「ルール」がよくわからなかったけど、一つだけわかってることは、こうなった優華さんは、もう自分では止まらない、ということだ。

「すごい……ねとねとして……濃い……味がするよ……祥平君……」

 優華さんは、顔にかかった僕の精液をすべて啜った後、今度は僕に向き直って、
「……おち○ちん……また汚れちゃったよね……」

 そういって、僕の足首をぐっとつかんで、その股を開かせる。僕が物理的に抵抗できないことを見てとって、優華さんはそのまま僕の股ぐらに顔を寄せる。紅い舌が僕のおち○ちんに伸びて、飛び散った白い粘液を掬い取る。

「ちょ、ちょ、優華さん……」
「なぁに?……痛かった?」

 優華さんがぼうっとした表情で僕を見る。

「い、いたくないけど……こ、こんなの、おかしいよ、おち○ちん、舐めるなんて……」

「おかしいなぁ、祥平君……素直ないい子じゃ、なかったのかな?」

 まずい。僕は催眠にかかっていたはずだったんだった。
 このまま催眠にかかったふりをつづけるかどうしようか考え込んでいると、優華さんは僕の目を塞いで、
「思い出して?祥平君は、私のお人形さん、だよね?」

 と囁いた。

 その途端、身体を動かしていた電圧が下がるような感覚。
 でも、僕はギリギリ踏みとどまる。
 

 優華さんは僕の様子を少しだけ見ていたのか、少し黙っていたけど、やがて、ゆっくりと口を開く。

「祥平君……あのね、さっき、キスのルールを、教えたよね?キスは、祥平君が私を好きで、私にキスしたくて、私がいいよって言ったら、してよかったよね?」

 優華さんが僕のおち○ちんをつつっとなぞる。

「でね、祥平君。祥平君はまだ子供だから、知らないと思うけど……キスってね、女の子が、好きな男の子のおち○ちんにしてもいいんだよ?でね、おち○ちんへのキスのルールはね……」




上目遣いの優華さん。僕が困ってるのを少し楽しそうに見ている優華さん。




「私が、祥平君を好きで、……私がおち○ちんにキスをしたくなって……」




今の優華さんと、透明な涙を流してまで僕を拒絶した優華さんと、優しく僕を抱きしめてくれた優華さん。どれが本当の優華さんなんだろうか。僕は何が何だかわからなくなってくる。




「……でね、祥平君が、私のこと好きなら、……私は祥平君のおち○ちんにキスをしていいの」


 優華さんは僕の太腿を手の甲でするすると撫でさすりながら、


「……私はね、祥平君のことが、大好きだよ?」


 優華さんが僕のおち○ちんに話しかけるように囁く。優華さんの息を感じるだけで、僕のあそこは膨らんでくる。


「……でね、祥平君を、すごく、すごく、気持ちよくしたい……祥平君のこと、好きだから、おち○ちんを撫でて、キスして、気持ちよくしてあげたいの……」


 そう言いながら、優華さんの指が僕のおち○ちんの角っこ……後でインターネットで調べたら、それは「カリ」っていうみたいだったけど……をつまんだり、こすったりする。なぜかそのたびに身体が、ひく、ひく、と跳ねて、おっぱいの先まで何か痺れるような感覚に襲われる。


「……あとは、祥平君の気持ち次第……祥平君が私のこと、好きなら、私は祥平君のおち○ちんにキスできる……」
 優華さんは僕のおち○ちんをきゅっと握ったまま、僕の顔に顔を近づける。優華さんのシャンプーの匂いと濃厚な精液の匂いが入り混じった不思議な香りが一瞬するけど、すぐに僕の鼻はマヒして、頭がくらっとなってしまう。



 この時、優華さんは、少しずるっ子をしてた。
 本当に「キス」と、男の子と女の子の役割を完全に入れ替えたルールだったら、僕が「していい」って言ったらおち○ちんへのキスOK、ってことになると思うけど、優華さんは、僕が「優華さんのことを好き」だったら、おち○ちんへのキスを僕が受け入れなくちゃいけないことにさせてしまった。

 そのずるっ子が、無意識だったのか、わざとだったのかはもうわからないけど、僕はその罠にまんまと嵌ってしまった。
 とにかくフェラチオされるのがいやならいや、と拒絶してしまえばよかったのに、もうそのルールに当てはまるかどうか、優華さんが好きなのかどうかだけを考えて、そのルールに当てはまったら受け入れなくてはいけない、そういう気分にさせられてしまっていた。

「ぼ、僕は……僕は……」
「私のこと好き?」
「で……でも……でも……」
 なんでこんなもの舐めたがるんだろ、という疑問と、おち○ちんを思いっきりぐしゃぐしゃにされたい、という劣情と、気持ち良くなるのがすごくはずかしい、という羞恥心と、これ以上先に進むと取り返しがつかなくなりそうな恐怖が入り乱れて、素直に「好き」ということができない。

「……そう、祥平君、私のこと、嫌いなのかな……」

 優華さんが僕のおち○ちんの握りを緩める。僕は優華さんがどこかにいってしまいそうで、思わず太腿をぎゅっと閉じて優華さんの腕を挟みこんでしまう。

「ん?どうしたのかな?私のこと、嫌だから、おち○ちん、触られるの、嫌じゃなかったのかな?」

 もう優華さんは僕がされたがってることがわかってる。わかってて僕をいじめてる。
 優華さんが僕に太腿を挟まれたままにしながら、僕のおち○ちんをナマコを触る様にふにゃふにゃと弄る。僕の腰骨のあたりでぞわぞわしたものが走る。

 僕は優華さんの腕にすがりつくような形になる。そして、
「嫌じゃない……」
「ん、聞こえないよ?」

 優華さんはさらに、くい、っと僕のおち○ちんのカリの下の襞をつまんで、カリをさする。

「い、いやじゃありません!」
 僕は悲鳴のような声で叫ぶ。
 優華さんは優しい声で、僕を撫でて、
「……それなら、私が、祥平君の、おち○ちん舐められるのを、……許してくれる?」
 もう僕は優華さんの言いなりだった。僕はこくんと頷いた。
 優華さんは微笑むと、そのままゆっくりと僕の太股を押し広げると、顔を僕のおち○ちんに押し当てて、花の匂いを嗅ぐようにしばらくすんすんしていたけど、やがて、ちろ、ちろ、と、ちょうど茎にあたる部分の根っこから、へばりついている僕の精液を舐めとり始めた。

 じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ……。

 涎が一杯になった優華さんの口の中で、僕のおち○ちんがぐしょぐしょになっていく。まるで全自動食器洗い機に入っちゃった食器みたい。優華さんのぬるっとした舌がいろんなところを触って、優華さんのほっぺたの内側がねっとりと包み込んでいく。

 さっき出したばかりなのに、僕の中でもう、次の塊が一杯になって、あふれ出てきそうになっていた。

「優華さん、出ちゃう、また、出ちゃうから、もうやめて……」

 でも、もう、優華さんは止まらなかった。逆に思いっきり僕のおち○ちんを吸い上げて、頬っぺた全部をぺこんとへこませるようにして僕のおち○ちんに頬っぺたの裏側を押し当てて、ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、と喉の奥まで飲み込むようにしてくる。

「…………ん!!!」

 びゅく、びゅるる、びゅく……。

 僕の耳に聞こえたわけじゃないけど、僕のおち○ちんがそういう衝撃とともに、優華さんの口の中で、熱い白いぬるぬるを発射した。

「んんんん……」
 
 優華さんは少し目を見開いた後、うっとりとした表情を浮かべて、僕のおち○ちんを咥えたまま、その液を、少しせき込みながらも飲み込んでいく。
 
 ごく、ごくり。

 優華さんの白い喉が、そんな音とともに少しずつ動いているのが、ここからでも見てとれる。

 しばらく、僕のものを咥えたまま、ぼぅっとしている優華さん。やがて、最後のひと固まりを飲み干したのか、優華さんが、ごくん、と喉を鳴らすと、ゆっくりと僕のおち○ちんを解放した。
 おち○ちんは、確かに精液からは綺麗になった。そのかわり、優華さんのよだれでベトベトになってしまっていたけど……。

「……また、濡れちゃったね。ごめんね、祥平君……、拭くから、ちょっと待ってて……」

 もう疲れて泳げないドブネズミのようになっていたおち○ちんを、優華さんは改めてティッシュで拭いていく。さっきまでの刺激がすごすぎて、麻痺しちゃったのか、今度はティッシュでこすられても、あんまり感じない。

 僕が放心したような状態になっているのを見て、優華さんは、
「祥平君、疲れちゃったかな?」
「……うん……」
 僕がぼんやりとしながら頷くと、
「じゃあ、祥平君、『スイッチ・オフ』」
 そう言われた途端、僕の体から、ふわっと力が抜けて、瞼も自然に下りてしまった。別に『スイッチ・オフ』と言われたらそうなる、と言われていたわけじゃなかったけど、すごく油断していたから、勝手に自分で言葉の意味を解釈して、しかも、演技でなく自然にそうなってしまった。

 優華さんは、僕の身体を抱えて、きちんと寝かし直してくれたみたいだった。
 だけど僕は、もう頭がよく回ってなくて、なんとなく、そう感じられる、というだけ。

 しばらくそのまま、静かな時間が過ぎる。優華さんがタンスを開けたり、クローゼットを開けたり閉めたり、と、いろいろと動き回っている気配が感じられる。やがて、ドアが開く気配があって……またドアが閉じる気配がする。優華さんが僕の腰を抱えて、僕にパンツと、パジャマをはき直させてくれる、感じがする。

 その後、支度が全部終わったのか、
「祥平君、まだ、寝てるかな?」
 優華さんの声が耳元でした。僕はぽわぁっとしながらその声を聞いている。優華さんの息から新たなミントの仄かな香りがする。多分、顔を洗って歯も磨いてきたんだと思う。
「祥平君は眠ったまま。だけど、私の声は聞こえてて、私の質問には答えられる……いいかな」
「…………うん」
 僕は素直に頷く。
「いい子ね。それじゃ、……その……最後に、寝る前に、教えてほしいことがあるんだけど……………………………………………………………………………………………………………………」

 と、言ったっきり、優華さんは、なぜか質問してこない。
 
 相当長いためらいの後、優華さんは、

「……あ、あのね……祥平君、さっきのおち○ちんへのキスはね、専門用語では『ふぇらちお』って言うんだけどね……祥平君、……もしかして、瑠美にも、ふぇらちお、させたこと、ある?」

 どきん、と一瞬ぼくは慌てたけど、冷静に考えてみると、瑠美ちゃんにさせたことは、口へのキスと、あと、手と、足へのキスだけだ。

「……ありません」
「…………本当に?」
「本当に」
 これは自信満々に答えられる。僕だってそこまで変態じゃないよ、優華さん。まぁ足キスだけで十分やばいような気もするけど。

 僕はそんなことをもやもや考えていたけど、そんな僕の頭を優華さんはゆっくり撫でる。
「……よかった」
 優華さんの声は、心底安堵したような響きがあった。
「じゃ、祥平君。祥平君の初めてのフェラチオは、私だったんだよね?」

 とまどう。さっきの優華さんのフェラチオは、実は4回目。そのせいか、すごく技術がレベルアップしてて、さっきの優華さんのフェラチオ、実は今までの中で一番気持ちがよかった。……優華さんに前の3回の記憶はないだろうけど。

 でも、どっちにしても、僕が今までフェラチオをしてもらったのは優華さんだけだから、答えは、

「……はい……」

 僕は目を閉じていたから、優華さんの表情はもちろん見えない。けど、目を閉じていてもわかるくらい、優華さんの空気が柔らかくなって、優華さんは僕をぎゅっと軽く抱きしめた。


 いつのまにか、優華さんは、さっきまでの、何かに取りつかれたような優華さんではなく、いつもの、優しい優華さんに戻っていた。僕はすごくそのことに安心する。


「……そうなんだ……私、やっと、祥平君の、初めての人になれたんだ……」

 優華さんは僕を抱きしめたまま、

「キスも祥平君の初めての人だったらよかったのにな……」

 優華さんはぼそりと言うと、目をつむったままの僕に、続けて、

「祥平君、あのね。私、さっきの祥平君のキスが、初めてのキス、だったんだよ?あ、自分で覚えている範囲では、だけど」

 ひょっとしたら、死んじゃったお父さんが私が赤ちゃんの時にファーストキス持ってっちゃってるかもしれないしねー、だなんて、優華さんは照れたように言う。

「……でもいいか。どっちにしても、私が覚えてないだけで、祥平君が、私の初めてのキス、寝ている間に持ってっちゃってるんだよね。あーあ、祥平君に2冠取られちゃったかぁ……」

 すみません、フェラチオも寝ている間に持ってっちゃってました……と僕は心の中でごめんなさいする。もしも優華さんの質問が「さっきのが初めてのフェラチオだったんだよね?」だったら、大変なことになってた。今の僕は正直おじいさんモードだから、嘘がつけなくなっちゃってる。「寝てる間のキス」はまだしも「寝てる間にフェラチオさせてました」なんて答えたら、どんな天使のような優しいお姉さんだって怒り出すに決まってる。

 人生に何回あるかわからない大危機を僕がこっそり潜り抜けたともしらず、優華さんは、ぽんぽん、と僕の頭をはたく。あんまり叩かれると、僕、馬鹿になっちゃうよ、優華さん。



「……ずるいなぁ、祥平君。祥平君が、弟じゃなければ、慰謝料たんまりとって………………………………………………責任も、とってもらえるのになぁ」
 優華さんは、そういうと、僕の胸に顔をうずめて、僕を強く抱きしめた。

 優華さんの身体のぬくもりが気持ちよくて、僕がぼうっとしていると、


「……祥平君。あのね、今日が、全部最後。キスをするのも……フェラチオをしてあげられるのも、こうやって一緒にぎゅっと抱き合って、一緒のお布団で眠れるのも」

 優華さんは、僕にではなく、どちらかというと自分に言い聞かせるように、そう呟く。

「……いいかな、祥平君、祥平君が明日の朝起きたら、今日の夜、この部屋で起こったことは全部忘れちゃうの。キスをしたことも、フェラチオをされたことも、一緒に眠っちゃったことも。いい?」

「うん」

 優華さんが言われることは、僕の中で全部本当になる。本当にしなきゃ、起きたら、全部、忘れなきゃ。

「よし、いい子。それじゃ、寝ようね」

 そういうと、優華さんは僕を湯たんぽのようにぎゅっと抱きしめる。

 その時、僕と優華さんの口元が自然に寄るのが感じられる。
 

 あ、忘れてた。僕は、薄眼を開けて、自然に、
「優華さん……」
「え?」
「お休みの、キスは、礼儀」
 そういって、優華さんに口を近づける。

 さっき教えてもらったこと。お休み前のキスは礼儀で、そのルールは、僕が優華を好きで、ぼくがキスをしたくなってたまらなくなって、後は、優華さんがそれにOKすればよし。
 今はお休み前。僕は優華さんが好き。さっき優華さんにぎゅっとされたせいで、また優華さんとキスしたくなってきた。

 だから、後は優華さんがOKしてくれれば、キスできる。
 僕は、その時、何の疑問も感じず、朝学校で先生にあったら「おはようございます」と言わなきゃいけない、くらいの気持ちで、そう考えていた。


「え……」

 僕の言葉に優華さんは、明らかに戸惑いを見せていた。


 もう、優華さんの中で、今日は店じまいしてしまおう、という気持ちになっていたのだと思う。さっき顔を洗って、歯磨きをしてきたのも、すべて、そうした気持ちの表れ――もう、ふつうの姉弟に戻ろう、と考えていたのだと思う。

 だけど、自分が教えた出鱈目?をあまりに素直に口にする僕の様子と、今日が最後、もう明日からはこんなことは絶対にできない、という思いと、優華さんの中で、消えたようでいてまだ残っていた仄かな熱が入り混じって、多分、優華さんの中で、あと、最後に、もう一度だけ、という言い訳をさせてしまったのだと思う。


 優華さんは、戸惑いをかき消して、僕の頬に掌を寄せて、
「うん、いいよ」
 と微笑むと、僕の唇に唇を寄せた。

 今日何度目になるかわからないキス――優華さんの記憶では2回目のキス――は、最初は互いの唇の温かさを確認するようなキスだったけど、僕は当たり前のように、舌をぬるっと優華さんの唇を舐めていく。
 優華さんは、「ん……」とくぐもった声を出しながらも、できるだけ唇を閉じたままにしよう、閉じたままにしなくちゃ、と頑張っているみたいだった。でも、次第にその唇がほころんでいき、優華さんが自分から僕の頭に手をからめて自分の舌を僕の舌にからめてくるまで、そんなに時間はかからなかった。

 さっきのキスは激しかったけど、今度のキスは、お互いがお互いをいたわりあって、気持ちを確かめ合うようなキスだった。どんな気持ち?って言われたら、うまく答えられないけど……。


 僕は、今までも何度も何度も優華さんとキスしてきたけど、いきなりだったり、慌ててたり、後ろめたかったり、何が何だかわけがわからなかったりして、いつも気もそぞろだった。
 だけど、今回のキスは、すごく安心して、落ち着いてできてる。
 そんな僕の気持ちが伝わったのかもしれない。最初は、少し逃げ回っていた優華さんの舌も、次第に僕の舌を受け止めて、ゆっくりとお互いを撫でまわすようになってきてる。優華さんが僕を受け入れてくれることが、僕は何よりもうれしかった。言葉ではうまく伝わらないことが、キスだと伝わってる……そういう気分になってくる。

「優華さん、気持ちいい?」
「ん……」
 キスを少しお休みにして、そう尋ねると、優華さんは顔を赤くして、恥ずかしそうにする。
 そんな優華さんを見ているうちに、もっと優華さんを気持ちよくしたい、という気持ちが僕の中で沸き起こってきた。優華さんを気持ちよくすると、僕も気持ち良くなってくる。
 優華さんの首筋をなでると、優華さんの身体がぴくんと跳ねる。白い喉元にキスをすると、僕の背中をぎゅっと掴む。耳を撫でると、吐息を漏らす。
 何をしても反応を返してくれる優華さんがうれしくて、僕はもっと気持ちよくしたくなってくる。
「優華さん、きもちいい?」
 もう一度尋ねる僕に、優華さんはさすがに、もうアブナイと思ったのか、
「しょ、祥平君、もう、夜遅いんだから、キス、終わりにして、寝よ……ん……んん」
 僕は優華さんの口を文字通り口で塞ぐ。最初は抵抗してたけど、僕が舌を伸ばすと、優華さんの舌が自然と絡んでくる。
 しばらくそうやってくちゅくちゅした後、
「……優華さん、気持ちいいんだよね?」
「だ、だから、そんな、いつまでも……」
 また、僕は優華さんの口を奪う。優華さんはすぐとろんとなってしまう。
 僕は知ってる。優華さんの口は嘘つきだけど、優華さんの唇と舌は嘘をつけない。
「ほら、優華さんは気持ちいいんだ。いいんだよ、気持ちいいって、言っちゃおう?すごく、すごく、気持ち良くなるよ?」
 僕は、いやらしいことをしたい、というよりは、優華さんに気持ち良くなってほしくて、気持ち良さそうな優華さんの表情にぞくぞくして、優華さんの首筋を撫でまわしながら、そう囁いていく。さっき、おち○ちんの時にされたい放題だった仕返しの気持ちもちょっぴりあったのかもしれないけど。
 優華さんが抵抗の言葉を口にするたびに、僕は優華さんにキスをしていく。お休みのためのキスだったのは、とっくに何か別の罰ゲームみたいになってきてる。優華さんも、もう、頭もくらくらしていて、目も焦点があってない。今日何度も感じさせられちゃった身体は、解剖用のカエルみたいに、僕にキスされるたびに、びく、びく、と痙攣を起してる。
「どう、優華さん、どうする?やめちゃう?やめちゃっていいの?」
 僕の方も、普段だったら絶対自分で抑えているはずのところが、優華さんに「お人形」にされちゃったせいか、歯止めがどっかに飛んでちゃったみたいになっていた。これを催眠のせいにしちゃうのは卑怯かもしれないけど、今思い返すと、僕もおかしくなちゃってた。ただただ、気持ちよくなる優華さんを見たかった。
 僕は、わざと口を2ミリくらい優華さんの唇から離して、ストップする。またキスをされる、と思って、自然に唇を開きかけていた優華さんの唇から伸びた舌が、戸惑ったようにさ迷ってる。
「あ……ぅ……」
 呻くような声。ここでとどまらなくちゃいけないと思っている震え。でも、止められるならとっくに止まってる。だって、優華さんは僕を催眠にかけてるんだから。祥平君は僕のお人形さん、で止めてもいい。なんなら僕を突き飛ばしたっていい。たくさんの別のことができるはずなのに、もう、優華さんは、それができなくなってる。

 見え見えの蜘蛛の巣にふらふらと吸い寄せられてしまう蝶、騙されているとわかっていて魔女の薬を飲んでしまう人魚姫みたいに。

 優華さんは自分から僕の唇に自分の唇を押し当てた。

 僕は唇を優華さんの貪るままに任せて、手を優華さんのパジャマの上着の下に滑らせた。
 びくっと反応する優華さん。だけど、キスを止めることがもうできない。
 もっときもちよくしてあげる。と、キスをしたまま優華さんに口の動きだけで伝えると、僕はパジャマのボタンを一つ、二つと外して、優華さんの柔らかな胸をぎゅっと掴む。
 優華さんは胸も弱い。いや、弱いとこばっかで、優華さんの将来がちょっと心配になってしまうくらいだけど。僕は今までの経験を生かして、強く、弱く、ブラの上から優華さんの胸をこねまわしていく。
 優華さんは感じるたびに、喉奥を鳴らして、一層激しく舌を絡めてくる。僕はブラを取ろうと思って、背中に手を回すけど、留め金がよくわからない。少し苦労して、なんとか外すと、優華さんのおっぱいがふるん、と撥ねて飛び出すような感じになる。そんな優華さんのおっぱいの先っぽを、僕は指でくりっとつまんだ。
「んんん!!!」
 優華さんの反応が劇的に変わる。僕の背中をぎゅっと抱きしめて、足をぎゅっと締めつけてくる。僕はさらに優華さんのおっぱいを強く弱くもみしだいたり、波打たせたり、指先できゅっきゅっと乳首の先をつまみあげたり、あらゆることを試してみる。優華さんが、ぁぁ、と小さく呻いて唇を解放して、今度は僕の耳をがぶっと甘噛みしてきた。僕はしかえしにさらにぎゅっと乳首をつまむと、言葉にできないような叫び声をあげる。
 僕は優華さんのパジャマをさらにはだけて、のしかかる様にして胸に顔を寄せる。勢い、優華さんに馬乗りになる。パジャマと優華さんの身体の間にあった空気は、優華さんの香り一杯なってる。優華さんの白い胸に、僕は顔を擦り寄せて、おっぱいの先をちゅっと吸う。
「ひゃ……や、やめて、祥平君……」
 僕は構わず舌でちろちろとピンク色の乳首を舐めて、さらにずず、っと吸い上げる。
「ん、んく……あ、赤ちゃんみたいだよ、祥平君…………ぁぁ……」
 赤ちゃんといったら、僕が恥ずかしがってやめるとでも思ったのかもしれないけど、僕はとにかく優華さんを気持ちよくしたかったから、その時はそんなことでは全然恥ずかしくなかった。赤ちゃんでもいいから、優華さんのおっぱいを全部吸っちゃうくらいの勢いで、僕は優華さんのおっぱいをひたすらにしゃぶって、下から、横から、こねくり回して、揉みしだいでいく。

 優華さんのおっぱいにダイレクトに積極的に触るのは、実は初めてだったけど、既に火が付いてしまった優華さんの身体は、普段だったら痛くなるような責め方をされてすら、感じてしまうようだった。
「ん……ら、らめ……、それ以上されたら……、おっぱい、おっぱい、とけちゃう、……おっぱい……なくなっちゃう……」

 うわ言のように支離滅裂なことを口走る優華さんに、僕は追い込みをかけるように、
「優華さん、おっぱい気持ちいい?」
「あぅ……」
 僕におっぱいを撫でられ、くちゃくちゃにされながらも、言葉にするのだけは、まだ戸惑いがあるみたいで、いやいやと首を小さく振る優華さん。

 嘘つきだなぁ、僕は罰として、嘘ばっかりつく優華さんの口に人差し指を入れる。
「んん……」
 反射的に口を閉じてしまう優華さん。だけど僕の指は既に優華さんの口の中をぐちょぐちょにいじくりまわしちゃってる。
 目がとろんとなって、唇から涎が垂れ落ちてる優華さん。舌はもう条件反射みたいに、僕の指を舐めまわしちゃってる。

 僕よりも一回りも二回りも大きな、お姉さんの優華さんが、もう僕になされるがままになってる。
 いつの間にか、優華さんを気持ちよくしたい、という気持ちだけでなく、優華さんに催眠をかけて言いなりにしたときのようなうす黒い快感が、少しずつ僕の身体を突き動かしていた。

 僕が指をぬぽっ……と優華さんの唇から抜いて、
「どうだった?優華さん」
 優華さんの乳首にその指を擦りつけると、優華さんは、まるで、よく躾られた馬が鞭で打たれたように、ひくっと身体を震わせて、ろれつの回らない口で、
「ひ、ひもちひぃ……」
「もっとはっきり」
「……しょ、しょうへいくんに、おっぱい、さわられるの……ひ、ひもひいぃよぅ……」
 ついに、口に出して言ってしまう。



 その優華さんの言葉は、僕の身体を震わせた。
 さっきわずかに広がっていた、赤黒い湿った霧のようなものが、僕の中で次第に濃さを増していく。


 さっきの優華さんの涙の告白と、僕との訣別の決意。
 お人形になりながら聞いた言葉を、僕は、受け入れたはずだった。

 だけど、僕に組み伏せられて、虚ろな瞳をして、豊かな胸を波打たせながら、涎を口元から溢れさせて喘ぐ優華さん姿を見て。

 僕は、

 優華さんを、もっと気持ちよくしたい。

 優華さんに、僕のもとにいてほしい。

 そして、
 優華さんを、ずっと僕のものにしたい。


 そう、思ってしまった。


 僕は優華さんの心を素直にさせるために、優華さんを催眠術師にした。
 でも、催眠術師になった優華さんによって、僕の心も、剥きだしにさせられてしまっていた。

 お互いがお互いの姿をどこまでも無限に映し出す合わせ鏡によって、優華さんだけでなく、僕の薄暗い心の奥の奥底までが暴きだされてしまったかのようだった。


 さっきまで儚い人形でしかなかった僕は、いつの間にか自分の役割を忘れて、経験豊かな――でその実、可哀想なまでに全く無防備な――人形師を虜にすることに夢中になっていった。
 



 胸を征服した僕は、優華さんの下半身に目を向ける。
 ゆったりとしたパジャマの下に息づくもの。知識では知っていても、ちら、ちらと遠目に見たことがあっても、直視したことがない場所。

 そして、優華さんの身体の中で、まだ直接触ったことがない、数少ない部分。


 僕は、虚ろな瞳をしている優華さんの耳に囁く。
「優華さん、聞こえる?」
 こくん。
「優華さん、すごく、気持ちよかったよね?」
 こくん。
「なんで、気持ちよかったか、わかる?」
 ふるふる。
「それはね、優華さんの心が、表に出てきたからだよ?」
 ……え?
「ほっぺたを撫でられると、気持ちいいよね?」
 うん。
「キスをされると、気持ちいいよね?」
 うん。
「おっぱいを触られると、もっと気持ちいいよね?」
 うん。
「それは、優華さんの、気持ち良くなりたい心が、外にでてきちゃったから」
 外……。
「優華さんの、本当の心が、溢れて外に出てきちゃったから」
 溢れちゃった……こころ……。
「優華さんの心は、僕に触られると、すごく気持ちよくなる」
 うん。
「それは、優華さんが、僕のことを好きだから。そうだよね」
 うん。
「そう、今、もう優華さんの心は剥きだし。だから、僕は、今、優華さんの心、僕のことを大好きな優華さんの心に、直接触ることができる」
 あふ……。
「気持ちいいよね」
 こくん。
「心に直接触られるって、すごく気持ちいいよね」
 うん。
「もっと気持ちよくなりたいよね」
 うん。
「僕なら、優華さんを気持ちよくしてあげられる」
 うん。
「僕だけが、優華さんを気持ちよくできる。そうだよね?」
 うん。

 透明な蜘蛛の糸で、優華さんの心をじりじりと捻じ曲げていく。

 僕は、さっきから狙いを定めていた場所、パジャマの上から優華さんの股の間を触った。パジャマ越しなのに、既にしっとり濡れているがわかる。
「ふわ……」
 身を固くする優華さん。
「だ、だめ、そこは……」
 キスや胸とはまた違った反応。やっぱりここは少し抵抗があるみたい。
 でも、もうここまで僕の言葉にがんじがらめになってる優華さんを陥落させるのは、チーズケーキをフォークで切り取るより簡単だった。
「ほら、ここにも、優華さんの心が溢れてる」
「い、いや……」
「気持ちいいよね?」
「で。でも……」
「心に触られるのは気持ちいい。そうだよね?」
「あ……ぅ……」
「心に触られるのは気持ちいい。当たり前だよね?」
「……………………………………………………………………うん……」
「触ってほしいよね?」
「うん」
「パジャマ越しじゃなくて、直接触ってほしいよね?」
「うん」
「よくできました。それじゃ、ご褒美」
 僕がキスをしてあげると、優華さんは鼻を鳴らして僕の舌を啜る。

 すっかり優華さんが僕のキスにふやけてしまったところで、僕は優華さんのパジャマを脱がす。もう優華さんに抵抗はなく、むしろ少し腰を浮かして手伝ってくれたくらいだった。そして、パジャマの後、ショーツを脱がす。ぺりり、と少し音を立てて、ぐっしょり濡れた下着と優華さんの身体がはがれていく。

「うわぁ……」
 
 僕はまじまじと優華さんのそこを見た。うっすらとした藻のような陰りが、白いお腹の下の一部分を覆っている。そこはこの前のお風呂で見たところだったけど、さらにその下に、小さなちょん、とした豆のようなものと、ふやふやした皮と、そしてその下に貝か牡蠣のようなひだひだが集まったようなものがあった。一緒にお風呂に入った時は、恥ずかしくてさすがにそこまでは見られなかったものが、そこにはあった。

 これが、その……あそこなのかぁ。
 僕はまじまじと見入ってしまった。
「……」
 優華さんは何も言わなかったけど、明らかに恥ずかしがっていた。本当は手で隠したいんだろけど、うまく身体が動かないみたいだ。
 すごくきれいな優華さんの身体に、こんな、その、なんだろう、エイリアンの一器官みたいなのがついてるんだ……と思うと、僕は不思議な感じがした。
 
 ここは、僕も初めてだ。でも、聞きかじりの知識を総動員して、僕は、指を少し唾で湿らすと、ゆっくりとその豆のような部分に触る。多分、ここがクリ○リスだ。

「う……」

 途端、優華さんの身体がよじる様に動く。
「優華さん、気持ちいい?」
「わ、わからない……」
 僕は、少し触り方をゆるくすると、優華さんは、少し安心したように、甘い声を上げ始めた。しばらくその甘い声を楽しむように優しく触った後、僕が次第に触り方を加速しはじめると、優華さんの喘ぎが激しくなり、僕の腕をぎゅっと挟み込むようにする。ちょうどさっきと逆の立場になったようで、僕は激しく興奮する。
「ん……く……あ……ん……」
 指を噛んで大声を出すまいとする優華さんを見かねて、僕は優華さんにキスをする。優華さんはぎゅっと僕の頭を抱きしめてたけど、クリ○リスをぴん、とはじかれた瞬間に、びくびくびくっと身体を震わせて、あっさりと絶頂を迎えてしまった。

 しばらく震えていた優華さんだったけど、だんだん潮が引いて行くように、その身体の震えが落ち着いてくる。絶頂の瞬間はこわばっていた優華さんの舌も、だんだんやわらかくなって、少しずつ僕が舐める動きに応えるようになっていく。
 
 優華さんが少し落ち着いたのを見計らって、僕は、

「優華さん、気持ちよかった?」
 こくん。
「すごく、気持ちよかったよね?」
 こくん。
「もっと、もっと、僕に触ってほしい?いじめてほしい?」
 こくん。こくん。

 虚ろな目をしたまま、優華さんは僕の言葉にただ素直に頷いていく。

 僕はこんなふうに優華さんを責め立ててるけど、根っこのところは、僕はまだ優華さんのお人形だ。だから、優華さんが僕の質問に肯定するたびに、逆に僕は優華さんをいじめても構わない、気持ちよくして構わない、エッチなことをしても全然問題がない、という気持ちになってくる。

    だって、催眠をかけた本人が、僕にそうしていいって言ってるんだから。
    どんどん僕の中で、いけないことを、いけない、と思う心が麻痺していく。


 僕の誘導尋問にどこまでも従順な優華さんを前にして、もう既に、僕のあそこはガチガチだった。


 そしてそんな、肉の滾りを抑えきれなくなりつつある朦朧とした状態の僕の目の前に、とろとろと透明な液を垂れ流しながら、息をしているかのようにときどきひくひくと震えている、優華さんの肉の溝がある。

 僕も、そこが何なのか、そこに何をすると優華さんが気持ちよくなれるのか、知っている。
 熱いものがこみ上げてくる。




 したい。
 優華さんとしたい。
 この破裂しそうなものを優華さんに突き刺して、ぐしゃぐしゃにしたい。





 多分、今の優華さんだったら、僕は簡単に優華さんの考え方を捻じ曲げて、僕は優華さんの最後の砦もたやすく奪うことができる。




 だけど、

 僕は、「それ」をしてしまったら、場合によっては、大変な結果――要するに、子供ができてしまう、ということも、さすがにこの年になると知っていた。

 記憶はごまかせても、生物学的にできてしまったらごまかしようがない。

 そのことに直前で気づけたということは、まだ、ほんの少しだけ、ほとんど本能で動きつつあった僕の中にも、ギリギリの理性が残っていたみたいだった。



 僕の中で、せめぎ合う心と心。
 僕はそれをなんとか制御しようと努力する。

 だいぶ、落ち着いてきた、と自分で思えるまで、少しだけ時間がかかったような気がする。


 最後に僕が、自分をなんとか抑えられのは、僕が聖人君子だったからではなくて。

 単に、僕の中で、優華さんと一緒にいられなくなるのは、絶対に嫌だっただけだからだと思う。

 優華さんが妊娠してしまったら、催眠があろうとなんだろうと、……絶対に、この世界が、壊れてしまうから。





「……優華さん」
 がらんどうの優華さんの瞳が僕の声に反応する。
「優華さん、あのね……僕、優華さんと、本当は、最後まで、したい」
 さすがに、その意味することがわかったのだろう、優華さんの瞳に少しだけ、色が戻る。
「だ、だけどね……その、赤ちゃんが、できたら、困る、よね?」
「……赤ちゃん……」
 優華さんが、虚ろな声で呟く。
「そう、だから今日は……ここまでに、しよう」

 今日は、ここまで。
 でも、今日より後は、ない。
 だから、僕と優華さんとの間の「いたずら」は、もうこれでおしまい。死ぬまで、これ以上は、……何も起こり得ない。


 どうにも沸騰しそうなものを下腹に抱えてしまってるけど、これはほかの方法でなんとかしないと……寝る前にトイレに行かなきゃ……。
 

 僕がそう思ってると。
 優華さんは。

「祥平君……」
 優華さんはぼんやりと僕を見つめて、熱っぽい声で、


「……あのね、祥平君……今日は……私……大丈夫な……日だから……」



「だ、大丈夫な、日?」
 僕が思わず変な声を出す。
 優華さんがこくりと頷いて、
「……うん。大丈夫な、日。赤ちゃんが、できない、日……」
 そんな日があるんだっけ?と思って、僕は、確かに安全日とかいうのがあるんだったよな……と聞きかじりの知識を思い出す。


 赤ちゃんが、できない日。
 今日は、そういう日。


「で、でもね、でもね。優華さん。その……」
 
 なんでそんなことを言うんだろう。
 そんなことを言われたら、僕が僕を捻じ伏せた、最後の理屈が、消し飛んでしまう。


「……祥平君、あのね、最後のルールを、教えてあげる」
 優華さんが焦点の合わない瞳で僕をぼんやりと見ながら、言葉を紡ぐ。
「……男の子とね、女の子がね、その、その……最後まで、エッチをしていいのは、ね……」



さっきと同じように、人形師の優華さんの口は、人形の僕が従うべき最後のルールを紡いでいく。




「……その人のことをお互いが好き好きでしょうがなくて……その人が望むことなら、なんでも受け入れてあげたい、そういう気持ちになって……」



でも、今度は、さっきとちがって、優華さんは、いつもの優しい、あったかい優華さんのままで。




「……その人と一緒なら、どんな苦労でもずっと背負っていける、そういう覚悟がお互いにあったら、して、いいの……」



 優華さんは、ほほ笑みながら、

「私は祥平君が好きで……祥平君が望むことは、全部受け止めてあげる……そして……」

 優華さんは、僕を見つめて、
「……祥平君となら、どんなことがあっても、どんなに辛いことがあっても、頑張れる、よ?」



 祥平君は?


 優華さんは何も言わなかったけど、言外にそう尋ねていた。



 優華さんとのこれまでのことが、走馬灯のように思い起こされる。

 初めて出会った日のこと。
 瑠美ちゃんのことで僕を叱ってくれた日のこと。
 お天気の日も、雨の日も、風の日も、病院にいる僕を迎えに来てくれた日のこと。
 唯さんの代わりに美味しい料理を作ってくれた日のこと。

 そして、今日のこと。
 僕への思いの告白。僕を穢してしまったことを悔いる告解。僕との訣別の宣告――。

 もう、戻らない。何度やっても同じ結果になってしまう、そのことはよくわかったけど……。
 願わくば、少なくともお互いが正直になれる今だけは、優華さんの本当のネガイを、僕は受け止めて、優華さんと一緒に背負えれば、と思った。



 そして、今の優華さんの言葉は、きっと優華さんの本当のネガイ。
 少なくとも、僕はそう思った。



 優華さんが、心の底から、僕に、自分のネガイを、世間のルールや、建前や、僕への遠慮を抜きにして、伝えてくれてる。

 僕に、選択の余地なんて、ありはしなかった。

「…………………………僕も…………………………優華さんのことが大好きだし……優華さんが望むことはなんでもしたいし……優華さんと……これからも、ずっと……一緒にいたい……」

 たどたどしい僕の言葉に、優華さんは目を潤ませて、

「……ありがとう、祥平君……」

 そういうと、ゆっくりと、白い太腿の間を開いていった。

「その……こんなものでよければ……祥平君の……ものにしてください……」

 優華さんは、顔をすごく赤くして、つっかえつっかえしながら、そういった。



 その優華さんの振舞いに、僕の最後のストッパーは外れてしまった。



 僕はパジャマのズボンをあせって脱いで、醜くそそりたつ肉棒を優華さんの前に突き出すと、ほとんど遠慮もなく、そのまま、優華さんの肉の襞に、ぐっと押し込んでいく。
 
「ん……」 
 甘く鼻を鳴らす優華さん。おち○ちんの頭が、ぬるっとした優華さんの熱い肉に包まれてた瞬間、僕の腰は思わずぶるっと震えた。
 
 きつい肉をゆっくりと、分け入っていくと、優華さんの肉の壁が僕をぎゅぅっと挟み込んでくる。優華さんの襞々が、すべて意思を持っていて、僕を受け入れて動き回ってるような錯覚。
 ぼくのおち○ちんはとっくにガチガチで、優華さんの割れ目もじゅくじゅくに濡れそぼっていたから、最初はほとんど問題なかったけど、少し進むと、やがてその襞の中に抵抗があった。
「んん……!」
 少し苦悶を見せる優華さん。あ、と思った瞬間、僕はそのままその抵抗をつきやぶって、優華さんの奥まで差し込んでいた。

「あッ……………………」
 優華さんの額に、さっきまでとは違った汗が流れる。

 優華さん、初めてなんだ。

「ゆ、優華さん……」
 僕の肉全体が優華さんの熱い襞に包まれて、僕の身体自身は凄まじい興奮に襲われているにもかかわらず、僕の心は優華さんの苦しみに思わず腰が引けそうになっている。
 そんな僕の気配を感じ取ってか、
「大丈夫、大丈夫だから、……そのまま、続けて、祥平君」
 優華さんは、少し無理して僕に笑いかける。
「でも……」
「大丈夫、言ったでしょ?私は、祥平君なら、なんでも受け入れてあげられる、って……」
 ここでやめてしまうのは、優華さんの思いを無視することだった。
 僕は、小さく頷いて、続けることにする。

 ただ、優華さんを僕は楽にしてあげたかったから、僕は優華さんに軽くキスをすると、そのまま、耳元に口を寄せて、
「優華さん、よく聞いて……優華さんは、僕が腰を動かすたびに、どんどん、どんどん、気持ちよくなっていくよ……痛みも、つらさも、全然なくなる。かえってそれがきもちよくなる……」
 そう囁いて、腰を少しぐり、っと回すように突き動かすと、優華さんの腰がびくん、と震える
「か……ぁはぁ……」
 優華さんの手が僕の腕をわしづかみにして、その長い脚が僕の背中をがしっと挟み込んでしまう。
「いい?優華さん」
「す、すごい……な、なんで……」
 いきなり自分を襲った快楽の波動に戸惑っているのだろう。
 僕はさらに腰を、ぐちゅ、ぐちゅ、っとゆっくり前後に動かしていく。
 たとえ暗示で快楽になってるといっても、物理的には傷ついているはず。だから、なるべく、傷が無用に開かないようにじんわりと動かしていく。
 だけど、その微妙な動きが、かえって優華さんの快楽に火をつける結果になった。
「あ”……あ”……あ”……あ”……」
 呆けたように口を半開きにして、濁った声をあげる優華さん。
「気持ちいい?優華さん」
「き、きもちいい……な、なんで……」
 優華さんは戸惑ったように、
「しょ、祥平君……ち、違うの、わ、わたし、はじめて……う……はじめてなのに……あ”……さ、最初は、い、痛かったのに…………んふぅ!…………も、もう、こんなに気持ち良くなってる……」
 僕は優華さんのおっぱいをぎゅっと握る。
「ふわああああああ!!」
 あそこだけじゃない。体中が全部敏感になってる。
 僕は優華さんのおっぱいをちろっと舐めながら、
「いいんだよ、優華さん。……僕は、優華さんが、初めてだってことはわかってるから」
 荒く息をしながら、僕の方を陶然とした表情で見つめて、優華さんは、
「……ほ、ほんと、祥平君、……わたしのこと……信じてくれる?」
「うん、だから、もっと気持ち良くなっていいよ、優華さん」
 僕は優華さんの柔らかな乳房を、ぎゅぅ、ぎゅぅと握りながら、腰をじゅく、じゅく、と前後に動かしていく。最初は遠慮していたけど、僕の方も快楽をより深く感じたくて、動きが知らず知らずのうちに激しくなっていく。

 自分より一回りも二回りも小さい僕に組み伏せられて、虚ろな瞳で喘ぐ優華さん。
 その豊かな身体が僕のなすがままにびくびくと反応するのを感じて、僕の中で激しい興奮が沸き起こる。
 それと同時に、優華さんと、深く、深く、繋がりあえている、その感覚が、僕を蕩かしていく。 キスをした時も、ああ、なんて優華さんを近くに感じられるんだろう、そう思ったけど。
 セックスは、もっとすごい。もっと優華さんの中に入りこめてる。まるで、僕が優華さんと一つの生き物になったような気分になる。
 
 僕がキスをすると、優華さんは僕の舌をじゅるじゅると吸い出す。
 僕が乳首を転がすと、優華さんは髪の毛を振り乱して僕の頭をぎゅっと掴もうとする。
 僕が腰を突き出すと、優華さんの方も自分の腰を突き出してくる。
 僕がやること、なすこと、すべてに優華さんが反応してくれる。気持ちよくなってくれている。
 さっきのキスの時より、おっぱいを責めた時よりも、もっとすごい。
 僕はひたすら、優華さんへの責めに没頭する。

 やがて優華さんの声の質が変わる。喘ぎ声が、絶叫に変わる。
「あ、あ、す、すごい、もう、もう、いっちゃう、いく……あ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
 僕がまだイク前に、優華さんは身体をのけぞらせて、絶頂に達してしまったようだった。ぎゅぅっと僕の肉棒が締めあげられる。僕の腕とシーツをぐっと掴んで、身体をびく、びくびく、と震わせる。

 けど、当然、僕はまだ終わってないから、僕の腰が自然と動き続けてしまう。むしろ、より激しい快楽を優華さんから貪ろうと、無意識に激しく突き上げるようにして。
 そうすると、優華さんは、あの世から現世に戻されたように、瞳をうっすらとあけたものの、すぐにまた快楽のうねりに巻き込まれていく。
 もう、今日何度も感じさせられて、身体が激しく敏感になってしまっているせいなのか、たった数回の突き上げで、優華さんはまた高みに上り詰めていってしまう。
「ひぅ……ま、また、また、きちゃう、きちゃう……ん……んんんん!!!」
 優華さんの唇を僕がキスで塞ぐと、その瞬間に、また優華さんは絶頂に達した。

 そんな爆発を繰り返す優華さんに僕の興奮もいよいよ最高点に近づいてくる。
 何度か既に出していたせいか、僕の方が少し優華さんより耐久度が高くなってたけど、その僕の方もいよいよ限界に達しつつあった。

 僕は最後に優華さんの耳元で囁く。これが、優華さんとできる、最後なんだ。最後だけ、最後だけ、一緒の気持ちで終わりになりたい。
「……優華さん、今日だけ、今だけでいいから、僕のもの、僕だけのものになって」
「……しょうへいくんの……もの?」
 まだ、さっきの絶頂から完全に戻りきってないのか、朦朧とした表情で僕に聞き返す優華さん。
「そう、僕のもの、優華さんは僕のもの。他の誰のものでもない。僕だけを見て、僕だけを感じて、僕だけのことしか考えられない、そういう存在、そういう生き物になるの」
 今だけ、そういう幻想を見せてもらいたい。今だけ、優華さんのすべてを、僕のものにしたい。 僕は、その一心で、そう言い募る。
「……しょうへいくんのことだけしか、考えられない、イキモノ……」
 虚ろな声で、その中身を噛みしめるように復唱する優華さん。
「そう、だから、僕に中で出されると、優華さんは本当に幸せになる。心の底から、気持ち良くなる。だって、優華さんは、僕のモノだから。中に出されることで、本当に、僕のモノになれるんだから」
「……祥平君だけのもの……中に出されて……しょうへいくんの……ものになる……」
 僕は優華さんをぎゅっと抱きしめると、虚ろな瞳をした優華さんの耳元で、僕は粘っこい声で言葉を染み込ませていく。
「僕のこと、優華さん、好き?」
「うん」
「本当?」
「ほんとう」
「嘘じゃないよね?」
「うそじゃない」
「好きだったら、もっともっと僕と一緒に気持ち良くなりたいよね」
「うん」
「好きだから、好きな人と一つになりたい。そうだよね?
「うん」
「深く深く、繋がりたい。そうだよね?」
「うん」
「中に出されると、すごく、すごく深く繋がれるよね?」
「うん」
「すごく、すごく深く繋がりたいから、中に出されたいよね?」
「うん」
「それは優華さんが僕のことを好きだから、そうだよね」
「うん」
「お腹の中にだされると、すごくあったかくなれるよね」
「うん」
「気持ちよくなれるよね?」
「うん」
「気持ちよくなりたいよね?」
「うん」
「お腹の中に出されると、気持ちよくなれるよね」
「うん」
「でも、お腹に出されちゃうと、優華さんは、僕のものになっちゃうよね」
「なっちゃう」
「僕のものになっちゃってもいいの?」
「なっちゃってもいい」
「本当に?」
「ほんとうに」
「うそじゃないよね」
「うそじゃない」
「僕のものになりたいよね」
「なりたい」
「なりたいよね」
「なりたい」
 優華さんが僕の誘導に頷くたびに、僕は優華さんの敏感なところにさわって、「ごほうび」をあげていく。もう、優華さんは自分の心でそう言っているのか、気持ちよくされたいから言っているのか、多分わからなくなってきてる。僕も、もう何かどうこうしたくてやっているというよりは、とにかく優華さんが僕に反応を返してくれるのが気持ちよくて、とにかく優華さんに言葉を擦りこんで、タッチを浴びせ続ける。

 優華さんの心の中に、完全に僕の言葉が染み込んだ、と確信すると、
「それじゃいくよ、優華さん、あと3回突き上げられると、優華さんは僕と一緒にいってしまうからね。それは優華さんが僕のものだから。僕のものだから僕と一緒にイってしまう。そうだよね?」
「うん」
「じゃあ、ご褒美」
 ぼくは優華さんにキスをする。そのご褒美のキスに貪りつくようにキスを返す優華さん。互いに舐めあい、絡み合う舌。その舌を優華さんの頬、顎、首筋と這わせて、やがて乳首をちゅっと吸う。小さく撥ねる優華さん。その優華さんを、僕は思いっきり突き上げる。

「ああ!」
 その一撃だけで優華さんは小さく叫ぶ。
 僕はさらに、今度は少しねじりこむようにして第二撃を加える。

「んああああああああああああああああああ!!!」

 これで、本当に、最後。

 僕は優華さんの身体の芯の芯まで、心の奥の奥まで届くように、深く自分の肉を突き刺した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 優華さんが絶叫して、身体をびくんと跳ねた瞬間、

 優華さんの肉壁が、僕の肉の棒をぎゅっと、これまでにないくらい、ぎゅっと締めあげて、

 そしてその途端、


 どく、どく、どく、どくどくどくどくどくどく……。


 僕の中のすべての精液が、優華さんの身体の中に激しい濁流となって注ぎ込まれていく。
 まるで、僕の体中の水分をすべてを吸いつくすまで止まらないくらい、その射精は、激しく、長いものだった。




 荒い息をつきながら、僕は優華さんを見る。
 優華さんも激しく胸を上下させていたけど、僕の視線を受け止める。
 
 優華さんは、虚ろな表情のまま、ほほ笑んだ。

 何か、口が動く。
 優華さんが、何を言っているのか、僕にはうまく聞き取れない。

 だけど。
 僕は、それが、暖かな言葉だったと思ったから。

 僕は、そのまま優華さんの唇にそっと自分の唇を重ねる。
 そんな僕を、優華さんは、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。



 届いた。
 優華さんに、最後の最後に、本当の優華さんに触れることができた。
 本当の僕を優華さんに伝えることができたんだ。



 そうした満足感が、僕の体中の細胞を満たす。



 その充実感が体中に広がったことを感じながら、僕は優華さんの身体に覆いかぶさるようにしたまま、

 僕の意識は、闇に溶けていった。
























 僕はぼんやりと目を覚ます。
 部屋は、いつのまにか、薄暗くなっている。
 優華さん、らしき人影が僕の上に見える。
 優華さんは、僕の目を塞いだ。

「……『祥平君は私のお人形さん』」
 僕の電圧が落ちて、意識が暗くなる。なんの抵抗もない。

「祥平君。これから、私が言うことを、よく聞いてね……。今日起こったこと。今日の夜、私とした、エッチなことを、祥平君は、すべて忘れてしまいます。私とキスしたこと、私が祥平君にフェラチオしたこと、……私と祥平君が……セックスしたこと。全部、全部忘れてしまいます。あと、私の部屋に来たことも、私が……私が祥平君のパンツで、オナニーしていたことも、全部、忘れてしまいます……。今日、私と祥平君と瑠美は、一緒にトランプをして、カレーを食べて、それぞれの部屋で寝た。ただ、それだけです。後のことはすべて忘れてしまいます。……いいですね?」
 優華さんの言葉は、自然に僕に吸い込まれる。
「……はい……」
 僕は、そう答えた。
「そう……いい子ね。祥平君。じゃあ、祥平君、今から3つ数えると、祥平君は深い眠りに落ちます。朝までぐっすり眠ってしまう。そして起きた時には何も覚えていない……もうお人形さんじゃなくなってる、ふつうの祥平君になってる。……いいですね?」
「……はい……」
 そんなことを言われるまでもなく、もう僕の体力も気力も限界だった。
 優華さんは、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、
「それでは三つ数えるよ、はい、いち、にの……さん」

 僕は深い眠りに沈みこんでいく。


 遠くで、優華さんが、


「……祥平君……………………………………………………………………………………さようなら」


 と、言うのが聞こえたのが、僕の最後の意識となった。











































 じりりりり。


 アラーム時計が鳴る。

 僕は何度もぱふ、ぱふ、とアラーム時計を止め損ねて、4回目にしてようやく止めることができた。


 ふぁぁぁ。よく寝た。


 僕は目をこすりながら、周りを見る。

 いつもどおり僕の部屋だ。当たり前。
 
 しばらくそうしていて、ゆっくりと立ち上がろうとして、なぜか腰がすごく重たくて疲れていることに気がつく。

 あれ、なんだろう、これ……。

 僕は普段しないような筋肉痛にさいなまされながら、パジャマから学校に行く服に着替えようとして、何か違和感を感じる。

 しばらくして、それが、パジャマの色が変わってることによるものだということに気づいた。
 あれ、昨日着てたパジャマと違うな……なんでだろ。


 しばらくぼうっとしていた僕の頭に、閃光のように、昨日の夜の記憶がよみがえってくる。


「……あ」

 僕、優華さんと、昨日の夜、すごいこと、しちゃってる。


 どきどきしながら、昨日の記憶をたどる。

 トランプ。王様ゲーム。優華さんのキスその1、フェラチオその1。優華さん籠城。瑠美猫に襲われる。カレーを食べる。優華ルーム侵入。優華さんの僕のパンツでのオナニー告白。優華さん、家を出ていく宣言。優華さんに催眠をかけて催眠術師にする。やっぱり歴史は変えられないの巻。僕とのキスその2。フェラチオその2。一緒に寝よう。でも寝る前に最後のキスその3。おっぱい。クリ○リス。そして……。


 うーーーーーーーーーーわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
 な、な、な、なんてことをしてるんだーーーーーーーーーーーーー!!!

 僕は悶絶してベッドの上でのたうちまわる。

 しばらくじたばたしてたけど、僕はぐっと団子虫のような姿勢になって、頭を冷やそうとする。
 落ち着け、落ち着けよ?

 確かにいろんなことはしちゃってる。だけど、それは全部……僕が優華さんに催眠をかけていたとき、か、優華さんが僕に催眠をかけたことになっているとき、の話だ。
 僕が優華さんい催眠をかけている間の話、要するに優華さんを催眠術師にするまでの話は、優華さんの記憶からデリートしているから問題なし。
 問題は優華さんを催眠術師にしてからだけど……この間の記憶は、逆に、優華さんは僕から消したつもり、になっているはずだ。だって、最後に僕に忘却暗示を入れてたから。

 ぬ。じゃあ、なんで僕は覚えてるんだろ。

 しばらく考えていたけど、あまりうまく理屈が思いつかない。考えられることとしては、僕はあくまで催眠にかかったフリをしていて、催眠にはかかっていなかったから、としか考えようがない。

 
 ともかく、優華さんは、僕との昨日の夜のことを無しにしたつもりになってる、はず。だから、うまくそう演技しないと……。



 僕は心臓が落ち着くのを待って、朝食が並ぶ台所に向かった。




 朝食は、ごはんとみそ汁。ベーコンエッグ。ホウレンソウのおひたしにかぼちゃの煮つけ。とってもいい感じ。
「あ、祥平君。起きてきてくれたんだ。ちょっと遅かったからおこしに行こうかと思ってたの」
 エプロンをした唯さん。なんだか、唯さんがいるだけで、一気に日常に戻ってきた気分になる。
「あれ、瑠美ちゃんは?」
「んー、まだ寝てるのよねー。さっきゆすっても起きなかったの。昨日、夜更かしだった?瑠美」
「い、いや、結構早く寝てたと思うんですけど……」
 ひょっとしたら催眠が効きすぎてるのかもしれない。なんだか嫌な感じもしたけど、そんなのは大事の前の小事で、
「おはよー」
 制服を着た優華さんが来た瞬間、そんな気持ちも吹き飛んでしまった。
「おはようございます〜」
 全力でノーマルモードのあいさつをする僕。ちょっと声が明るすぎたかな、とか、語尾をのばしすぎちゃったかな、とか、そんなことまで気にしてしまう。
「お、祥平君。今日も礼儀正しいね、結構、結構」
 そんな僕の内面を知ってか知らずか、特段何か気にするでもなく、優華さんはそう言うと、食卓について、
「じゃ、いただきまーす」
 と一礼すると、ぱくぱくご飯を食べ始めた。
 
 すごく、ふつう。

 僕は一瞬とまどったけど、じろじろ見続けるわけにもいかない。だって、僕は忘れてなくちゃいけないんだから。

 そのままなんとか平然さを装って食事を終える僕。アカデミー賞ものだ。

 優華さんの様子を見る限り、僕の記憶のとおり、優華さんは僕とのことはなかったこととして振舞っているのだろう。まあ、仮にあったことだとしても、唯さんの前で「昨日のセックスはすごかったよねー」だなんて、朝ごはんをつつきながら話せるわけないんだけど……。











「いってきまーす」
 優華さんが家から出ていく。今日は朝練で少し早いみたいだった。
「いってらしゃい」
「車には気をつけるのよ?」
 僕と唯さんの見送りをうけて、優華さんはパタパタと出て行った。





 
 それは、あまりにもいつもどおりの朝の風景。



 それがあまりにもいつもどおりすぎたから。

 僕は、優華さんに、いったい昨日のことをどこまで覚えているか、後始末をどうしたのか、そして、



     優華さんが、やっぱり、家を出ていくのか、どうか、とか。
     いつ、そのことを、改めて僕に伝えるつもりなのか、とか。



 これから優華さんがどうしたいのかを、その朝のうちに確認することができなかった。

 僕の心が、じくっと痛む。
 これからのことは、たとえ受け入れたとはいえ、あまり考えたくないことだった。



 だから、僕は、もう考えるのをやめた。
 実際、僕も学校に行かなきゃいけなかったし。細かいことはまた帰ってから考えよう。
 僕はすべてを余計なことを考えないで済むように、昨日の晩にしそこねていた学校の支度をし始めた。












 その時の僕は、そんなことで頭が一杯で、
 エッチをしたとかそんなことよりも、大事な後始末を一つし忘れていたことに、まだ思いが至っていなかった。

 
 


 

 

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