サグラダ ファミリア


 

 
第二話







 白い天井と黒い革張りの長椅子。そしてこげ茶色のタイルが延々と続く床。
 僕にとって、病院というのはそういうイメージだ。

 
 周りいる人は大体気だるそうだったり、憂鬱そうだったり、目をつむっていたり。
 空気は多分清潔なんだろうけど、消毒液のにおいが混じっていて、なんだか自分がばい菌になったみたいだ。
 学校を早退してこんな場所で、独り自分が呼ばれる順番を待っているというのはあまり楽しくはない。

 そんな空間に、やたら場違いに明るい声が響く。
「高坂くん〜、高坂祥平くん〜」
「はい」
 僕はその明るい看護婦さんの声に呼ばれて、立ち上がった。



「・・・とまあ、特に変わったことも無し。体調も快調そのもの、と。薬も毎日飲んでるね?」
「はい」
「よしよし。脳波も血液も何の問題もないから追加検査も別に要らないねぇ。まったく、健康そのものだわ」

 僕の主治医の美樹先生−−美樹は名前で苗字は安達川(あだちがわ)というのだけど、先生はなぜか僕には名前で呼ぶように仕向けている−−は、ボールペンをくるくるまわしながらカルテに書き込んだ後、ちらっと僕の方を見る。僕が目をぱちくりさせていると、首を傾けながらちょっと意地悪そうに、にまっ、と笑って、
「もう、こんな辛気臭いとこ来たくないと思ってるでしょ。駄目駄目。私と貴方の関係はそんな甘っちょろいもんじゃないのよ。もうしばらく辛抱して来ること。ああ、薬さぼっちゃ駄目よ、一度切ると痛い目にあうからね」
「分かってますって。もう耳にタコができてますよ。勘弁してくださいよ〜」
「お、少年、反抗期?いやー最近の男の子は成長が早いわねー。そろそろ唯さんに見せられない怪しい本とか、隠し始めてるじゃないの?」


 僕は一瞬、あの夜のことを思い出した。

 暗い部屋で白く浮かび上がる優華さんの肌。
 僕の手の動きにあわせて形を変える乳房。
 自分の一番汚く、一番恥ずかしいところを、冷たい指で優しく触れられ、そして生温かい舌で包み込まれた、その初めての感触。
 虚ろな瞳と、僕の精液と唾液で濡れた紅い唇。
 その白いぬめりを唇の端からしたたらせて、指で掬い取る優華さんの陶然とした表情・・・。



     「考えてみれば、怪しい本どころの騒ぎじゃなかったです」



 さすがにそうも言えないので、しらばっくれる。
「もう、先生。本当に、見たことありませんってばあ」
「はいはい、わかったわかった、そういうことにしといたげる」

 先生の細い目を更に細くしながらにまっと笑う。こういうところは先生は妙に子供っぽい、いやむしろ猫っぽいというべきかもしれない。もちろん直接「先生猫みたいですね」だなんて言ったことは無いんだけど。髪の毛の先っぽがぎざぎざつんつん−−優華さんに言わせると「シャギー」という髪型らしいんだけど−−なのも、その猫っぽさに拍車をかけている。


 僕が事故に遭ったあと、主治医の先生は何回も変わったけれど、結局この美樹先生に落ち着いた。専門は脳外科だか精神科だからしい。
 僕の両親はほとんど即死に近かったらしいのだけれど、奇跡的にも僕はそこまで大きな外傷はなかった。ただ、やはり頭に大きな衝撃を受けたとか何とかで、今でも後遺症がでないかどうか、こうやって定期的に診察を受けている。あと、トラウマだかPTSDだかが出てこないかどうか、というメンタルの診療も兼ねているんだと思う。
 ・・・もちろん、直接先生からそんな話を聞いてるわけではない。ただ、こういう経験をしてその手の本を読んでれば、大体どういう診察が行われているのかは、想像がついてしまう。
 
 それでも、専門書にも出てこないようなよくわからない検査やら薬やらがやたら多いのも確かなんだけど・・・。


 美樹先生は、海外の学校を飛び級かなんかしてお医者さんになったそうなので、年の割りにはその筋では相当名が知れたお医者さんなんだという。さすがに直接年齢を聞いたらコメカミに梅干されたので聞けなかったけど、多分唯さんよりちょっと上くらい、まだ20代なんだと思う。


「先生、もうかわいそうですからやめましょうよ。お気に入りの患者さんをからかうのは先生の悪い癖です」
 薄い水色の服を着た眼鏡をかけた看護婦さんは、僕の担当を専門で受け持ってくれている文塚絢音(ふみつかあやね)さんだ。髪の毛が栗色なのはお母さんが外国の人だかららしい。美樹先生と違って真面目な人だ。いや、それをいったら世間の99%の人は真面目になっちゃうんだけど・・・。
「あらぁ。私、そんな、からかってなんかいないわよ〜。可愛い可愛い祥平君とのコミュニケーションタイムを愉しんでたんだから」
「でも、祥平君、困ってますよ。ねえ、祥平君」
「はあ・・・」
「あらあー?ひょっとして絢音ちゃん、妬いてるの?いやー、すごいすごい祥平君。君、ナースキラーだよ?実はね、絢音ちゃん、君が診察に来る日、すごーく楽しみにしてね、カレンダーに花丸なんかつけちゃって、今日は水色のナース服がいいのか、桃色の服がいいのか、髪型もどうまとめたらいいのかとか、昨日からずーっと私に相談してきてねー、いや〜、もう、何言わせるの、やーねーこの子ったら・・・」
「はぁ・・・」
「先生!口からでまかせで無いこと無いこと言わないでください!!」
「あら、絢音ちゃん、貴方が祥平君のこと、好きなのは事実でしょ?それとも嫌い?」
「え、そんな、その、好きとか嫌いとか、わ、私は患者さんに対しては分け隔てなく、その、私情は挟まないで、えと・・・」
「きゃーーーーーーーー、顔真っ赤にして、絢音ちゃん、可愛いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪」


 ・・・妙に頭のネジが緩そうな会話だけど、僕が病院に来るのが嫌じゃないのは、とてもお医者さんとはいえないマシンガントークをする美樹先生と、厳しくも優しい絢音さんのおかげだったりもする。



 その時、診療室のドアが開いた。
「こんにちは、お邪魔します。すみません、遅れてしまって・・・」
 戸口に立っているのはコートにブレザー姿、バッグを手に抱えた学校帰りの優華さんだった。
「いえいえ、いいんですよ、全然。こっちもちょうど終わったところですから」
 そういうと美樹先生は立ち上がり自分でお茶を入れ始める。
 絢音さんは慌てて、
「あ、美樹先生、私が・・・」
「あーいいのいいの、私のことは気にしなくていいから、お姉さんに椅子用意してあげて」
「あ、はい・・・」
 絢音さんは椅子を準備して唯さんに勧める。
 今日は僕の診察が一番最後で、この後は時間が空いているらしく、お茶会になる。優華さんと絢音さんには緑茶、美樹さんにはハーブティー、僕にはココアが振舞われた。


 一通りの雑談の後、優華さんは口を開く。
「先生、如何でしょうか。祥平君の具合は」
「いえ、なんの心配もいらないです。まあ今後もしばらく月に1回顔を見せてに来てくれれば、結構です」
「・・・そうですか、ありがとうございます」
 優華さんは先生に向かってお辞儀をすると、
「じゃあ、祥平君、先に薬をもらいにいってくれるかな。私は少し先生と話があるから」
「はい、わかりました。それでは、先生、絢音さん、どうもありがとうございました」
「おう、少年。また逢う日まで達者で暮らせよ」「お大事に」
 先生はにまっと、絢音さんは柔らかくわらって、僕に手を振った。



 病院からの帰り道。僕と優華さんは並んで歩く。
 僕は優華さんに買ってもらったソフトクリームを舐めながら、ふと、
「優華さん、病院だと普段と全然違うよね」
「何を藪から棒に」
 缶のホットコーヒーを飲みながら、優華さんは僕の方を向く。
「え、だって、さっきも美樹先生にすごく大人っぽいしゃべり方だったし、てきぱきしてたし・・・」
「あー、この子、私のこと馬鹿にしてるなー?」
「うわー、いたいいたいいたいー!」
優華さんは僕をいきなりヘッドロックしてぐりぐり頭を攻撃しはじめた。もちろんそんなに痛いわけではない。大げさに痛がって見せただけ。
 コート越しに優華さんの柔らかい身体が僕の背中に当たってくるのが嬉しいような、恥ずかしいようなで、僕は痛がる振りをしつつも逃げ出すことなく、そのまま優華さんになされるがままになっていた。
 ・・・しばらくそうしてたら、いつの間にか優華さんが僕の身体を包み込むように抱きかかえるような形になった。
 優華さんの手が僕の体の前で組まれる。僕の耳元に優華さんの息がかかる。僕のうなじに優華さんの柔らかい頬が触っているのがわかる。背中には、厚手の上着越しにもわかる優華さんの二つのふくらみが、さっきよりずっと強く押し当てられてきて・・・。

 僕の心臓はそれだけでびっくりしてひっくりかえりそうな音を立て始める。

「・・・祥平君」
 優華さんは僕の頬に手を寄せる。見上げると、優華さんの顔が目の前にある。
「優華さん?」
 優華さんは僕の問いかけに答えることなく、ただ熱っぽい瞳を僕の顔に向けている。

 ・・・いや、顔じゃない。その視線は、僕の口元に吸い寄せられている。

 そう思った瞬間、優華さんは僕の唇に指を寄せ、どこか、熱っぽい声で、
「・・・・・・・・・・ソフトクリーム、はみ出てるよ・・・」
 優華さんは僕の口の周りについたソフトクリームを指ですくって、ちろっと自分の舌で舐めとる。
「・・・・・・甘い」
 優華さんはうっすらと微笑む。

 僕の背筋に冷たい汗が流れる。

 優華さんは僕の背中をより一層強く抱きかかえ、僕の喉元を指で撫ぜながら、
「・・・祥平君の身体って柔らかいんだね・・・・・・それに・・・すごくあったかい・・・・・・」
 その声は普段の優華さんの声とは違う。心の奥底に吸い込まれそうな、どこかへ引きずり込まれそうな妖しい魅力を持った少し低い声。
 
 それはどこかで見た光景。そして、どこかで聞いたことがある声。
 確かあの時。僕の口元からはみ出したリップクリームを舐めて、僕にキスをして、そしてキスより先のことを求めてきた、あの時の光景・・・そして、優華さんの声・・・。


「・・・・・・力を抜いて・・・・・・」
 その声を聞いた途端、僕の体からふわっと力が抜けて、優華さんにもたれかかる感じになる。優華さんの胸に抱かれて、ふらつきながらも、僕はなんとか体を支えている。

 僕の耳元にある優華さんの喉元が、ごくっと鳴った。

 何か優華さんはしようとしている。
 僕はそれがなんだか分からない。
 でも、何だろう。今の唾を飲む音は・・・。




    まるで、何か獲物を捕らえたかのような・・・・・・・・。




 その時、通りすがりの人が何人か、ちら、ちらっと僕と優華さんのことを見て通り過ぎていく。
 ぼわぁっとしていた僕は、その視線で我に返る。

 ちょっと、いや、かなり恥ずかしくなってきたので、首を一振りして膝に力を入れる。自分できちんと立って、思わず、
「優華さん、あの、みんなが見てるよ・・・」
 その僕の声を聞いて、優華さんも突然我に返ったかのようにびくっとして、
「あ、ご、ごめん」
 と言うと、慌てて僕から身を離した。
 優華さんは真っ赤になりながら、慌てて言い訳をする。 
「あ、その・・・前に唯姉(ねぇ)、祥平君のこと抱きしめてて・・・それ、私見ちゃって・・・。祥平君を抱きしめると、どんな感じなのかなあ・・・と思って・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい!」
「え、あ、いえ、いや、そんな、謝られても・・・・・・み、みんな見てるから」
「え?」
 僕に向かって頭を下げる優華さんと僕の姿に、なお一層訝しさを増す周囲の視線。

 優華さんと僕は二人してさくらんぼみたいに顔を赤くして、その場から逃げるように立ち去った。





 優華さんを催眠にかけてから1週間が経った。
 とりあえず、優華さんはあの夜のことを、何も覚えていない、と、思う。本当に覚えていないかどうかはわからないけど・・・。もちろんまた催眠状態にして確かめる方法もあるかもしれなかったけど、かえって藪蛇になりそうだから、そうするわけにもいかなかった。


 もちろん、瑠美ちゃんにも催眠をかけていない。なんとなく自分の中でびくついてしまうところがあって、その気にならなかったからだ。

 週に5回学校に行って、時々病院に行く。自分にとっては平凡な生活サイクルが−−といってもこれが『平凡』になったのはたった数ヶ月前からなんだけど−−淡々と過ぎていった。


 僕の方で何か変わったかといえば、優華さんを「おかず」に使うことがちょと増えたくらい。あまりにもリアルですぐに気持ちよくなるし、次の日優華さんと会うと気まずくなってしまうので、あんまり使いたくはないんだけど。
 
 ・・・だから、さっき唇を指でなぞられたときは、ちょっとびっくりしてしまった。まあ、本当に覚えていたら、あんなものじゃないすまないだろうから、単なる偶然だろうけど・・・。

 歩くたびに自分の膨らんだアレがズボンにあたってちょっと痛い。
 ・・・今日も優華さんを「おかず」にしてしまいそうだ。




 僕たちは人通りの多い商店街に出た。駅前の商店街は通勤通学帰りの人たちでごった返していた。まっすぐ歩くのが難しいくらい。
 辺りはどの店もたくさんの人で賑わっている。
「あー、そういえばおやつ頼まれてたんだった。どこかでお菓子買っていかなきゃいけないんだったなぁ・・・」
「どういうお菓子?」
「うーん、ケーキはこの前買ったから、和菓子系がいいかなあ・・・アンコが入ってるやつとか」 僕が辺りを見渡したけど、あんまり和菓子屋さんは無い。
 と、遠目に和菓子ののぼりが立っているのが目に入った。
「あ、優華さん、僕、あの、人形焼きのお店、見てこようか?」
 僕は優華さんの返事を待たずに、向こうののぼりを目掛けて歩き出した。

 そのお店の目の前まで歩いてきて、妙な違和感を覚える。
 振り向いても 優華さんは僕について来ていない。

 聞こえなかったのかな・・・。

「優華さん?」
 僕は走ってさっきのところまで戻る。
 
 そして、優華さんを見た瞬間、僕は固まった。


 優華さんは人波に揉まれながら、ただ杭のように、ぼうっと立ちすくんでいる。


「ゆう・・・」
 優華さんの瞳を見た瞬間、全てを悟った。

 虚ろな瞳、少し緩んだ口元、だらりと下がった両腕・・・。
 優華さんは催眠状態に堕ちていた。


「ねぇ、大丈夫?この娘」
 突然立ちすくんだことにびっくりしたのだろう。親切そうなパーマのおばさんが立ち止まって、僕と優華さんを覗き込む。
「え、だ、大丈夫です。ちょっとぼうっとしてるだけですから。ほら、優華さん、行くよ」
 僕が手をひっぱって優華さんを動かそうとしたけれど、優華さんの身体は地面に張り付いたように動かない。

 僕は背伸びして優華さんの耳元に口を寄せると小声で、
「優華さん、僕を見て」
 優華さんの顔がゆっくりと動いて、虚ろな瞳で僕を見つめる。
「優華さん、優華さんは僕についてくるんだ。いいね?」
 優華さんはこくんとうなずく。
「じゃあ、行くよ。・・・・・・おばさん、ご心配かけて済みませんでした」
「大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です!」
 気遣わしそうな、それでいて興味と不審がない交ぜになったおばさんの視線を振り払うように、僕は優華さんの手を引いて、急いでその大通りから裏に抜けた。





 







 ガタン・・・ガタタン・・・・ガタタン・・・。


 帰りの電車はぎゅうぎゅう詰めに込んでいる。
 僕は優華さんの手を握ったまま、優華さんに寄り添うように立っている。

 ドア窓越しに流れる外の風景を見る優華さんの瞳は・・・虚ろなままだ。


 いや、解けばいいことはわかってる。
 けど、外出先で静かな場所で人目がつかないところ・・・それが全然見当たらなかったのだ。

 もちろん、催眠を解こうと、何回か手短に試してみた。
 でも、全く解くことができない。
 前回あれほどじっくり念入りに仕掛けたキーワードを聞いて催眠に入ったから、今回も相当深い催眠状態に入ってしまっているんだ。多分、キーワードを入れて解くか、あるいは静かなところでじっくりやらないと解けないほどの深い催眠状態。


 ところが、間抜けなことに、僕はキーワードを度忘れしてしまった。
 さっきは「人形焼」という言葉が、人ごみのざわめきやら何やらで紛れて、たまたま「キーワード」と同じように聞こえてしまったんだろう。
 たしか「人形」という言葉が入ったフレーズだったはず。僕は何回か試したんだけれど、それらしい反応を見せる言葉を見つけることができなかった。
 

 結局僕は諦めて、家に帰ってから解くことにした。幸い、唯さんは今日は夜が遅いはず。家に帰ってからじっくり解けばよかった。あの時のキーワードを書いたメモは、机の中に隠してある。


 気疲れからか、僕は立ちながら、少しうつらうつらしはじめた。
「・・・ん・・・・・・」
 今まで全く何の反応も示さなかった優華さんが、ちょっと鼻にかかった声を出す。
「んふ・・・あ・・・」

 優華さんの顔が心なしか赤らんでいる。

 僕は視線を何気なく下に落して、思わず固まった。
 優華さんの背後からどこからともなく腕が伸びて、優華さんのスカートの中をまさぐっている。

 痴漢?

 今の優華さんは人形で無抵抗。しかも、前の暗示のせいで、とても敏感になってるはず。
 あまりのことに頭が真っ白になって、僕が呆然としていると、その手は更に優華さんのスカートの中に深々と腕をもぐらせ、不自然な動きを続けている。
 周りの大人の人は誰も気づいていない。

「んふ・・・あ・・・ん・・・」
 優華さんが一瞬、びくっと弾けるような動きをする。その動きで、僕は我に返った。

 僕が優華さんの背中に身体を近づけると、その手は居並ぶ人垣の隙間に引っ込んだ。僕は優華さんの背中をガードするように立って周りを睨みつける。

 一人の男の人と目があった。背広を着た、どこにでもいるおじさん。

 でも、僕と目が合った瞬間に、中吊り広告に目を背けた。

 その時、電車が止まった。逆のドアが開くと、その男の人はそそくさと降りていってしまった。



 僕はため息をつくと、優華さんの背中を守るようにそれから十数分、息苦しい電車の中で揺られ続けることになった。


 
 




 家に着くと、ドアの開く音を聞きつけた留守番の瑠美ちゃんが、ぱたぱたぱた、と足音を立てて玄関にやってくる。
「おかえりなさーい」
「た、ただいまぁ〜」
 しまった。瑠美ちゃんがいることを忘れていた。思わず僕の声が裏返る。
「あれ?お兄ちゃん、つかれてるの?おちゅーしゃ、されちゃったの?」
「んー、ちょっと血は抜かれたけど・・・」
 僕が靴を脱ぎながらもごもごと返事をしていると、
「・・・お姉ちゃん?」
 何も言わず靴も脱がずに、玄関のたたきで突っ立ている優華さんの様子に瑠美ちゃんが首をかしげる。
 僕は慌てて、
「瑠美ちゃん、ちょっとこっち向いて」
 瑠美ちゃんがこっちに顔を向けた瞬間、僕は瑠美ちゃんの顔を両手で挟み込むように押さえて、その瞳を覗き込む。
「お、お兄ちゃん?」
 びっくりしたように目を見開く瑠美ちゃんに答えず、僕は低い声で語りかける。
「・・・瑠美ちゃんの目は僕から離れない。目をそむけようとすればするほど僕の目に吸い込まれていく。そう、もっともっと僕の目を見てごらん。そう、もっと・・・もっと・・・・・・・・・・・・・・・・もう瑠美ちゃんは僕の目しか見えない、・・・・・・・僕の目の中しか見えてない・・・・・・・」
 見開かれたままの瑠美ちゃんの瞳が動きを止める。驚きから少しだけ強張っていた表情から緊張が抜けていく。少しだけ抵抗するかのような動きを見せていた細い腕からも力が抜けていって、だらりと垂れ下がる。
「僕の目の中に瑠美ちゃんが映ってるでしょ?」
 瑠美ちゃんは僕の目を見つめたまま、こくんとうなずく。
「そう、瑠美ちゃんはね、今僕の目の中に入っちゃったんだよ。もう瑠美ちゃんの身体は僕が言うとおりにしか動かない。だって瑠美ちゃんは今僕の目の中にいるんだから。そうだよね?」
「・・・・・・・うん・・・」
 虚ろに答える瑠美ちゃんに、僕は最後の仕上げをする。
「・・・今から僕がキスをすると、瑠美ちゃんの魂も僕の中に入っちゃう。瑠美ちゃんの心はもう僕のものになっちゃう、けどそれは嫌じゃない。すごく安心できる。瑠美ちゃんはとっても気持ちよくなるよ・・・」
 僕はゆっくりと瑠美ちゃんに顔を近づけて、唇に触れる。瑠美ちゃんは拒絶しない。ただ、僕に唇を奪われる。おやつに飴でも舐めてたんだろうか。甘いメロンの味がした。

 唇を離すと、瑠美ちゃんの瞳からは完全に光が無くなり、人形のように立ち尽くす。白いタイツにピンク色のワンピース。大き目の青いリボンで髪の毛を二つに分けている。そのせいか、今日の瑠美ちゃんは本当にお人形さんのように見える。

 僕はようやく一息ついた。
 瑠美ちゃんはまだ僕の催眠にすごく掛かりやすいままだった。結構間が空いていたけど、よかった・・・。


 そして・・・。

 完全に僕の支配下に落ちた二人を並べて立たせてみる。血の繋がった二人。一応姪と叔母、になるんだろうか。前に『優華さんってオバさんなんだよね』って言ったらすごーーーーく怒られたことがあるけど・・・その二人が、誰も居ないこの家の中、虚ろに立ち尽くしている。


 唯さんは今日仕事で夜遅くなるって言っていた。今は夕方5時。日が落ちるのが早く、外は真っ暗で、ただ玄関の薄暗い明かりだけが僕たち三人を照らしている。

 今だったら、何でもできる。そして、多分誰にもばれない・・・。



 
 ・・・っと、違う違う違う。そんなことをするために僕はこんなことをしてるんじゃない。


 僕は瑠美ちゃんを瑠美ちゃんの部屋に連れて行って、風邪をひかないようにちゃんと暖房と上掛けを掛けて寝かしつけた後、玄関の優華さんをリビングルームのソファに座らせる。

 僕は自分の部屋の机の中からキーワードを書いた紙を探し出して、優華さんの前で読み上げる。
「『優華さんは僕のお人形さん』」
 途端、優華さんの身体がぴくん、と反応する。その瞳は一層深い霞がかかったような状態になった。

 利いた。よし、これで催眠を解ける。


 僕がほっとして優華さんの催眠を解こうとして−−勿論今までの記憶は適当にいじっておこう−−優華さんに近づいたその時、違和感を覚える。

 学校帰りの優華さんは、制服姿だ。膝上のプリーツスカート。その膝っこぞうの脇、白い太腿に、何かがついている。

 僕はそっとそれに触れる。何かねちょねちょした、白いねばねば。独特の匂い。

 ・・・これって、もしや・・・。

 そう、僕が最近毎朝ベッドの上で出しては、トイレットペーパーで拭き取ってる、アレ。

「なんでこんなのが・・・」

 僕はふと思い出す。
 あの時の痴漢・・・。

 

「・・・・・・・あいつ・・・」

 優華さんが裾の長いコートを着てたから全然気づかなかったけど、あの痴漢は、電車の中で自分のやつをいじって優華さんの足にひっかけたんだ・・・。



「優華さん、その・・・ちょっとごめんなさい・・・」

 僕は優華さんのスカートをめくる。もちろん、確かめるためで、いやらしい意図なんかない。うん、今回ばっかりは無いんだ。



 僕の予想通り、優華さんの太腿には、いたるところにその白いねばねばがついている。ショーツにもかかってて、薄青色のショーツのところどころが白い精液と黒く滲んだ染みで汚れている。


 いや、それだけじゃない。優華さんの大事なところも、滲んでる。

 ・・・ここは精液で滲んだんじゃない。多分、痴漢に触られて、感じちゃったんだ。

 催眠にかかってなかったらこんなことにはならなかったはずだ。優華さん、前に痴漢捕まえてやった、っていばってたくらいだから。
 僕がかけた暗示のせいで、知らないおじさんに弄られて、感じちゃって、その上こんな風によごされちゃって・・・。


 僕の頭の中で、むかむかが止まらない。でも、それが自分のせいでもあるので、どこに怒りをもっていけばいいのか分からない。


「・・・優華さん、お風呂に入ろう。綺麗にしよう。ね?」
 優華さんは僕の言葉に、ただ、こくん、とうなずいた。



 




 お風呂にお湯を張る。優華さんには着替えを用意してもらう。
 
 そして、今、僕と優華さんは、二人で洗い場にいる。

 優華さんに一人で入ってもらおうかと思ったけど・・・転びそうになったりふらついたりで、ちょっと危なっかしくて見てられなかった。
「優華さん、その、今からお風呂にはいるから・・・服・・・脱ごうね?」
「・・・・・・・うん・・・」
 優華さんはのろのろと制服を脱ぎ始める。リボンを解いて、上着のホックをとって、上着を脱ぐ。ショーツと揃いの薄青色のブラジャー。それからスカートのホックも外して、すとん、と足元にスカートが落ちる。靴下に手をかける。黒いショートソックス。洗い物入れに放り込む。それからブラジャー、ショーツも・・・。

 ものの2分で、優華さんは生まれたままの格好になった。

 
 前に催眠術に掛けた時は、暗い部屋の中、しかも洋服を着たままだったけど、今は本当に何も着ていない。優華さんの白い滑らかな肌が、洗い場のあかりに照らされてまぶしいくらいだ。
 あの時はどきどきしてて良く分からなかったけど、やっぱりおっぱいは大きくて、そのてっぺんにピンク色の乳首がくっついている。視線を落すと、黒い毛が優華さんのおなかの下の部分を少しだけ覆っている。女の人も生えている、というのは知っていたけど、物心ついてからこうもまじまじと見るのはもちろん初めてだ。


 ただ、その白い太腿には、さっきつけられた精液で相変わらず汚れたまま。

 僕も優華さんが脱いでいる間服を脱いで・・・僕はただ、学校で使う水着を履いた。優華さんに見られると恥ずかしいから。・・・だったら優華さんは恥ずかしくないのか、という気もするけど・・・。
 でも優華さんの身体を見ると、思わずアソコが膨らんできてしまう。僕はなるべく優華さんをみないようにして、お風呂に優華さんを誘導した。



 優華さんをお風呂の椅子に座らせると、僕はシャワーを捻って、優華さんの太腿を横から丁寧に洗い流す。
 ボディシャンプーをスポンジにつけて、泡だてると、優華さんの身体をゆっくりこする。
 シャワーだけで十分流れているとは思うけど、モノがモノだけに徹底的に綺麗にしないと。
 太腿の外側を一通り洗い終わり、優華さんの体の前に回りこむと、優華さんのふるふると震える胸が思いっきり目の前に飛び込んでくる。
「・・・洗うだけ、洗うだけ」
 僕は自分に言い聞かせるようにそう唱えると、優華さんの太腿にスポンジを当てていく。
 すると、
「ん・・・んふ・・・」
 優華さんは鼻にかかった声を出し始める。
 ぼくは慌ててスポンジが触れている場所を確認する。でも、それはただの太腿の内側で・・・。
 僕がそろっとスポンジを動かすと、
「あふぅ・・・」
 優華さんはまた、声を出す。眼は虚ろで、何も見ていないんだけど、眉が少しだけ寄ってる。ほっぺたも心なしか、さっきより赤くなって、口元がこころなしか緩んでる。
「うーん・・・」
 僕はこれ以上敏感にさせるわけにもいかないので、太腿は諦めて、背中に移動する。白い背すじとくびれた腰、そしてお尻がまた悩ましくて・・・。どこをとっても目のやりどころに困ってしまうが、おっぱいが目の前に飛び出していたさっきよりはマシだ。
 身体を洗い終わった後、優華さんの髪の毛をシャンプーして、リンスをつけてゆすぐ。僕は普段リンスなんて使わないけど、女の人は使うんだって優華さんが言ってたから、優華さん用のリンスをつけてみる。優華さんの髪の香りでお風呂場が一杯になる。
「目を開けないでね」
 僕は優華さんにそう語りかけ、その顔をタオルで拭く。優華さんの顔が僕の目の前に来る。僕はキスしたくなる誘惑を堪えながら、優華さんの湿った髪の毛を軽く拭う。


 さて、これで一通り終わった。
 もう夕方だし、せっかくだから僕もお風呂に入ってしまおうか。

 たらいにお湯を張ってタオルを浸したとき、ふと、隣に座っているうつろな表情の優華さんに目がとまった。



 優華さんと僕は一緒にお風呂に入るのはこれが初めてだ。



 実はここで暮らすようになって最初の日、唯さんに一緒にお風呂に入る?って聞かれたんだ。
 もうこの年になって女の人とお風呂に入るなんて絶対恥ずかしいから、僕は直ぐに断った。
 
 もっとも、瑠美ちゃんは僕とお風呂に入りたがるし、唯さんが仕事で遅くなる日は、瑠美ちゃんの面倒を見る関係で、僕がたまに一緒に入ることはあった。けど、それでも優華さんと一緒に入ったことはない。

 ・・・そして、多分これからも、ずっと無いはずだ。


 そう考えると、ただ普通に自分で身体を洗って、お風呂に入るのがもったいない気がしてきた。

「優華さん」
 僕の声に、優華さんは湿った髪の毛をそのままに、僕の方に顔を向ける。睫毛の先についた水滴がぽたんと落ちる。
 僕は、その優華さんの頬を両手で包み込みながら、
「優華さん、僕の目を見て」

 この前の夜、そしてさっきの瑠美ちゃんを催眠に掛けた時の経験から、相手に自分の目を見つめさせると相手に催眠を掛けやすくなる、ということを僕は理解しはじめていた。

 優華さんの瞳に僕の顔が映る。数秒もしないうちに、優華さんの虚ろな瞳が、何かに囚われたように動きを喪う。
 僕は体の奥にじわじわと沸き起こる興奮を抑えながら、
「僕の声が聞こえる?」
 優華さんはゆっくりうなずく。
「そう、そしたらね、今から僕の言う言葉を聞き逃したらダメだよ?いいね?」
「・・・・・・はい・・・」
 ぽたん。優華さんの髪の毛からまた一つ、しずくが垂れる。
「・・・これから僕のいう言葉は、優華さんの心の中に沁み込んでいきます。僕の言葉は全部、優華さんの中で本当になります。。それがどんなにおかしなことでも、優華さんは不思議に思いません。それは本当で、当たり前のことだからです。・・・優華さん、いいですね?」
「・・・・・・はい・・・」
 僕の瞳を見据えたまま、虚ろな返事を続ける優華さんに僕は続ける。
「・・・ここはね、家のお風呂じゃなくて、お店なんだ。人の身体を洗うのが専門のお店。そして優華さんはね、その店で働いている、お風呂で人の身体を洗うのが仕事の人なんだよ。で、僕は今日この店にやってきた、初めて出会うお客さん。もちろん、優華さんは僕のことは全然知らないけど、優華さんはお仕事だから、お客さんである僕の身体を洗うんだ」
「・・・・・・・身体を・・・・・・・・・・・・・身体を・・・洗う・・・仕事・・・・・・・?」
 優華さんは少し戸惑っているようだ。首をかしげている。
「・・・えっと・・・そういう仕事ってないのかな?」

 よくテレビでやっているエステ番組の特集を見てると、水着を着たりタオルを巻いた女の人の身体を女の人が洗ったりマッサージをしたりしている。僕はそういう「お店」と「働く人」のイメージがあるので、優華さんに伝える。

「・・・えーと、そう、身体を洗ってあげて、相手の人を気持ちよくさせてあげる仕事。泡を立ててぬるぬるしたり、こすったり、揉んだり、さすったり・・・・・・・そういう仕事、知らない?」

 優華さんは少し長い沈黙の後、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞いたことは、あります・・・」
 僕は少しほっとした。こういうのはイメージが大事だから、そこで戸惑ってしまうと全然だめなんだ。
「・・・できるよね?」
「・・・・・・・・・・・・・」
 優華さんは返事をしない。目が、さっきより少し泳いでる。優華さんの中で何か抵抗があるみたいだ。
「優華さん、僕の目を見て」
 優華さんが再び僕の目を見つめる。その途端、優華さんの目に深い霞がかかる。もう何も言わなくても優華さんは自動的に深い催眠状態に堕ちるようになってきているみたいだ。
「できるよね?」
 僕は低くできるだけ優しい声で問いかける。
 優華さんは虚ろな瞳で僕を見据えたまま、その心に僕の言葉が沁みとおるまでなのか、随分と長い時間の後、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・できます・・・・・・」
 と、うなずいた。
「そう。大丈夫。優華さんならできるよ。優華さんの仕事がその仕事のプロだから。あと、僕とは初めて出会って、二度と出会うことが無いから、どんなことがあっても恥ずかしくない。いいね?」」
「・・・わかりました・・・」
 優華さんは虚ろな眼でうなずいた。

「じゃあはじめようか、一、二の、三!」
 僕が指をパチンと鳴らすと、優華さんははっと目を見開く。その瞳に意思の光が戻ってくる。
「・・・あれ、私・・・」
「こんにちは」
「え、あれ、貴方は・・・」
 優華さんは僕のことをまじまじと見つめてくる。
「え、えっと・・・」
 まずい、いきなり『僕』ってばれちゃったかな?
 僕が内心あたふたしている間、優華さんはしばらく僕のことを見つめていたけど、首をかしげて、
「・・・ごめんなさい、勘違い・・・だったかも」
「え?」
「・・・少し、知ってる子に・・・似て気がして。ごめんなさい、変なこと言って」
 僕はほっと胸をなでおろす。

 優華さんはにっこり笑って、
「改めましてこんにちは。ようこそ当店へ」
と、丁寧な言葉遣いな挨拶とともに僕にお辞儀をした。
 
 普段の優華さんとは違う優華さん。よそ行きの言葉。よそ行きの態度。僕を見つめる目は、優しいけど、どこかよそよそしい。僕のことを『お客さん』だと思ってる目。

「あ、こ、こちらこそどうも。その、よろしくお願いします」
 僕はお付き合いするように頭を下げた。

 僕と目が合うと、なぜか優華さんはどぎまぎするように視線を逸らす。今まで見せ放題だった裸なのに、突然今気づいたかのように、その胸と下腹の茂みを手で覆い隠す。

「・・・あの・・・あの、私、実は・・・・・・今日、このお仕事、初めてなんです・・・」
 優華さんの頬っぺが赤くなっていく。のぼせたんだろうか?
「だから、・・・うまくできないかもしれないけど・・・頑張りますから、よろしくお願いします!!」
 優華さんはぴょん、と僕に頭を下げると、勢いでしっとりと濡れた髪の毛が跳ね上がる。
「あ、その、こちらこそお願いします・・・」
 なんで身体を洗うくらいでこんなに気合が入ってるんだろうか?と疑問に思いつつ、僕も釣り込まれるようにあたまを下げた。



 




「それではこちらにおかけください」
「はい」
 大真面目に僕を椅子に座るよう促す優華さん。思わず笑ってしまいたくなるのを懸命にこらえて、僕は神妙に頷いてみる。
 身体にバスタオルを巻いて胸と大事なところを隠した優華さんは、僕の背中にお湯をかけると、スポンジにボディソープをつけて、まず背中をこすりはじめた。

 人にやってもらうのは久しぶり。お母さんにやってもらったの、いつだったろう・・・。
 なぜか、すごく懐かしい。


 でも、後ろで僕の背中をこすってるのは、お母さんではなく、優華さんだ。
 
 ・・・う・・・そう考えると、モノがたってきてしまう・・・冷静に、冷静に・・・。
 そう、これはエッチなことではない。姉弟で洗いっこしているようなものだから・・・。

 優華さんは丁寧に僕の身体を洗ってくれる。腕、首筋。腿・・・。
 ちょっとくすぐったくて、恥ずかしいけど、優華さんの力の入れ方は絶妙で、とても気持ちいい。
「あの、・・・どうですか?」
「・・・うん、気持ちいい・・・」
「・・・よかった」
 優華さんはお湯で僕の体の泡を洗い流した。さっきより立ち振る舞いが堂々としてきている。自分がその道のプロだという認識が深まったからだろうか。

 さて、バスタブに入るのかな、でも一緒に入るのちょっと恥ずかしいなあ・・・と思っていると、優華さんは僕の目の前にすたすたと回りこみ、マットの上に正座をした。
 丁度僕の頭より少し下の位置に、優華さんの小さな顔。
 ・・・その身体は、一応タオルで覆われてはいるけど、そこからはみ出る体の丸みや白い太腿、そして胸の膨らみは隠しようが無い。目のやり場に困って、僕は目をきょろきょろさせる。

「・・・・・・・・・・・」 

 一方、優華さんはなぜかもじもじとして、タオルをいじくったまま眼を伏せている。さっきより仄かに顔に赤味が増しているようにも見える。
「・・・あ、あの・・・どうしたんですか?」
「あ、えっと・・・その・・・」
 優華さんはしばらくなにかためらっていたようだったけど、意を決したかのように顔を上げると、
「・・・あの・・・立っていただけませんでしょうか?」
「あ、はい」
 僕は優華さんに言われるままに立ち上がると、優華さんは僕の水泳パンツの脇に両手をかける。ただ、その後の行動を何か躊躇しているかのように、口を真一文字に閉じ、僕の水泳パンツを睨みつけている。
「?」
 あの、何を・・・と言いかけた矢先、優華さんは目を瞑り、一気にその両手を下にずりさげて・・・僕の水泳パンツをずるっと足首まで引き落とした。

「・・・・・・!?!?!?!?」

 あまりに予想外の優華さんの行動に、僕は凍り付く。

 ただ、中途半端に勃ち上がった僕のおち○ちんだけが優華さんの目の前でぶらぶらと揺れている。

 優華さんは凍りついた僕を再び椅子に座らせると、僕の足元にひざまずいたまま、手にハンドソープを直接つけて泡立て、僕のモノをそっと包み込むようにして・・・って、え?え?え?え?
「ちょ、ちょっと・・・」
 僕はようやく振り絞るように声を出すことに成功した。
「何ですか?」
 優華さんは、驚く僕を不思議そうに見つめる。
「あ、あの、えっと、な、何をしようと・・・」
 優華さんはきょとんとして僕を見つめ、あわてて手を離して、
「あ、・・・その、ごめんなさい。私だけ・・・ずるい、ですよね・・・」
 と、優華さんは、すこし躊躇いながらも、自分の身体を覆う薄いタオルをゆっくりと、ゆっくりと引き剥がし・・・全てを取り去った。

 ふるんと震える白く豊かなふくらみと、丸みを帯びた腰と太腿が、僕の目を釘付けにする。
 ・・・さっきまで見放題だったのに、なぜだか凄く新鮮で・・・すごくエッチだ。

「・・・大変申し訳ありませんでした。・・・・・・・これで・・・よろしいでしょうか?お客様」
 顔を真っ赤にしながら、つい身体を隠してしまいそうになる両手を懸命にこらえながら、優華さんは僕を一生懸命に見てくる。申し訳なさからなのか、それとも恥ずかしさからなのか、許しを請おうとするその目は潤んでいる。


 ああ、優華さんはお客さんだけすっぽんぽんにさせて、恥をかかせてしまったと思ったんだ。
 なんかこんな状態になってまで妙に律儀で生真面目なところが優華さんらしいというかなんというか・・・。


「い、い、いや、そ、そんなことではなくて、あの、えっと・・・」
 僕の方も大混乱だ。
「・・・あ、それとも、痛かったですか?」
「い、いや、痛くは無いけど・・・その・・・」
 思わず口ごもる僕に、
「あの、・・・・・・私、何かおかしなことしてますか?私、初めてだから・・・よく分からなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。そんなの言い訳にならないですよね・・・・・・・私、プロなのに・・・」
 少し上目遣いで僕を見つめながら、一糸纏わない姿で不安そうな優華さん。その声もこころなしか震えている。
 


 ・・・いや、そりゃお風呂で身体を流すお仕事の人が、しかも女の人が、自分まですっぽんぽんになっておち○んちんまで洗うのは変だと思うんだけど・・・。



 でも、ひょっとしたら、ここで何か言ってしまうと、彼女の催眠が解けてしまうかもしれない。優華さんの持ってる『お仕事』のイメージを崩すのはよくないはずだ。

 ・・・多分、全身をくまなく洗うために脱がしたんだろう。うん、そうだ。そうに違いない。

「えっと・・・いえ、なんでもないです・・・全然おかしくないと思います。気にしなくていいですよ」
 僕は成り行きに任せることにした。
 僕の言葉に優華さんは心底ほっとしたように微笑んで、
「はい。ありがとうございます!一生懸命頑張りますから・・・」
 優華さんは僕のおち○ちんを、さも大事そうに包み込んで、石鹸で泡立つ指で撫で回す。すぐさま僕のものは固くなり、天井目掛けて一直線に勃ちあがる。
 その泡を洗い流すと、優華さんはおそるおそる口を嬉しそうに微笑んで、髪の毛をかきあげ、おそるおそると、しかしもう迷うことなく、・・・その唇を僕のおち○ちんの先っぽにつけた。
「え、え?んん!」
「あふ・・・ちゅ・・・」
 混乱する僕をよそに、優華さんの柔らかく温かい唇の間に僕の先っぽが潜り込み、やがてぬるっとぬめる舌が僕のおち○ちんの裏の筋に触れて、丹念に舐め回し始める。まるで僕の穢れを全て拭おうとするかのように。
 やがて優華さんの小さな口に僕のモノが全て吸い込まれ、優華さんは頭をゆっくりと動かす。その度に、優華さんの口の中の粘膜と、僕のモノがこすれ合い、そして舌と唾液が絡み合い・・・お風呂場にじゅぷ・・・じゅぷ・・・と音が響く。
「あ・・・んん・・・」
 前に催眠をかけたときはまだぎこちなかったけど、その時より優華さんはずっと上手になっていた。あまりに気持ちが良すぎて、歯を食いしばって声が漏れるのを我慢するので精一杯だ。
 僕はちらっと優華さんの方を見た。優華さんの唇から優華さんのよだれで濡れた僕のおち○ちんの根元が出たり入ったりしてる。優華さんは唇をすぼめ、頬をへこませて、おいしい肉を味わっているかのようにうっとりした表情を浮かべている。口元から光る糸のような唾液を垂らして、薄く目を閉じていた優華さんは、やがて僕の視線に気づいたのか、目をゆっくり開いて僕を見上げる。
 快楽に歪む僕の顔を見て、優華さんは少しだけ意地悪そうに微笑むと、また目を閉じてさらに激しく顔を動かし始める。
「んあ・・・ああ・・・」
 このままだとやられる一方だ。
「・・・ちょっと待って・・・こっちを向いて・・・」
 僕は喘ぎながら、優華さんの頬に手を当てる。
「・・・?」
 優華さんは口をすぼめながら、僕に目を向ける。
「はい、僕の目を見て・・・そう・・・もっと見つめる・・・目をそらそうとしてもどんどんどんどん吸い込まれていきます・・・僕の目を見ていると頭の中が真っ白になっていく・・・もう何も考えられない、身体も動かない・・・ただ、僕の目を見つめているだけ・・・それ以外は何も目に入らない、感じられない・・・」
 お風呂の中でエコーがかかる僕の言葉。優華さんは最初はびっくりしたように目を見開いていたけど、直ぐにその瞳には白い霞がかかったように光を喪っていく。
 僕は優華さんの口から、ぬるっと自分のおち○ちんをひきだす。白い唾液の糸が何本も伸びる。優華さんの口は半開きになり、ぬらぬらと濡れた舌が見えている。

 ・・・このままだと優華さんより先に気持ちよくなっちゃう。優華さんも我慢できなくなるくらい気持ちよくさせないと・・・。

 ちょっと考えた後、僕は、爆発寸前の僕のモノを、優華さんの目の前に突きつけて、色々なエッチな小説やホームページから得た知識を総動員して、優華さんに暗示を入れていく。
「優華さん、よく聞いて下さい。今から言う言葉は優華さんの心の中に・・・いや、心の中どころか、身体中の全てに沁みこんでいきます。・・・優華さんはこのおち○ちんが大好きです。その味、その匂い、その肌触り、舐め心地、その全てが大好きです。このおち○ちんの匂いを嗅いでいるだけで、優華さんはとてつもなく気持ちよくなってしまいます。口の中に入れると、それだけで優華さんのアソコにおち○ちんが入っているかのように気持ちよくなってしまいます。そのおち○ちんから出てくる液は全て、優華さんの大好物です。それを飲み干すと、優華さんのとてもいい気持ちになってしまいます。あと、僕のおち○ちんを舐めている間、優華さんの身体は普段の2倍も3倍も敏感になってしまいます。・・・だけど優華さんは『お仕事』だから、どんなに気持ちよくなっても、絶対に途中で止めたりしてはいけません。いいですね?」
「・・・はい・・・」
 優華さんは虚ろに返事をする。
「・・・じゃあ、優華さん、今僕が言ったことを繰り返して。優華さんが自分の言葉にすると、その言葉はもっともっと優華さんの心の中に溶けていくからね。さぁ・・・」
 僕が促すと、優華さんは僕のおち○ちんを虚ろに眺めたまま、言葉を紡ぐ。
「・・・わたしは、・・・このおち○ちんが大好きです・・・。味も・・・匂いも・・・肌さわりも・・・舐めることも・・・みんな好き・・・です・・・」
 優華さんの目は、ぼくのおち○ちんに釘付けになり、うっとりと微笑む。
「匂い・・・大好き・・・とっても嗅ぎたい・・・です・・・。嗅げば嗅ぐほど・・・気持ちよくなります・・・」
 優華さんの鼻がひくひく動き、うっすらと透明な液が先っぽからしたたるその源の匂いを胸いっぱいに吸う。熱い吐息を漏らし、舌を宙に彷徨わせながら、更に言葉を続ける。
「・・・口の中に入れると・・・アソコに入ってるみたいに・・・とても気持ちよく・・・なります・・・。私は・・・このおち○ちんから出てくるもの・・・全部大好きです・・・。・・・飲むと・・・イってしまう・・・くらい・・・大好き・・・身体も・・・2倍も・・・3倍も・・・とっても敏感になります・・・・・・でも・・・お仕事・・・だから・・・・・・どんなに気持ちよくても・・・途中で・・・止めたら・・・ダメ・・・です・・・」
 僕はほくそ笑むと、最後の仕上げをする。
「・・・よくできました。さぁ、今から三つ数えると、優華さんの目ははっきりと覚めます。目が覚めると、今のことは、優華さんの意識の上からは消えてしまうけど、身体の、心の奥には沁みこんで離れません。では数えるよ・・・いち、にぃの・・・さん!」
 パン。乾いた音がお風呂場にこだますると、優華さんははっと目を覚ます。
「・・・あ、・・・あれ・・・私・・・」
「どうしたの?」
「いえ・・・ちょっとぼうっとしていたみたいです・・・すみません・・・」
 優華さんは僕に謝ると、目の前に突き出されたおち○ちんに視線が釘付けになる。
「・・・・・・・あ・・・」
 優華さんの手が、僕のおち○ちんちんに吸い寄せられるように添えられる。優華さんは顔を近づけ、その匂いを嗅ぐかのように鼻を少し動かした後、目をつむり、舌をぺろっとつける。
「あ・・・んん・・・」
 もうたまらなくなったのか、優華さんは僕をちらっと見上げると、待ちきれないかのように唇を大きく開き、僕のおち○ちんを咥え込む。
「んんん!!」
 その瞬間、優華さんの身体がびくっと震える。太腿がもじもじっと動き、お風呂場のマットに腰を擦り付けるかのような動きをする。舌はさっきよりも更にねっとりと僕のおち○ちんに絡み付き、その粘膜まで味わうかのような動きをする。
 やがて、優華さんの顔が動き始める。しかし、その動きはさっきよりも緩慢だ。
「んふ・・・んんん・・・じゅ・・・」
 それは、動くのが嫌なんじゃない。あまりに気持ちよすぎて、ゆっくりしか動けないんだ。みるみるうちに紅潮していく優華さんの顔がそれを物語っている。
 僕は、体の動きにあわせて揺れる優華さんの胸をぎゅっと掴む。 
「んんん!!」
 優華さんがびくっと体の動きを止める。僕はさらに優華さんの乳首をつまんだりさすったりすると、優華さんの口から「んん・・・」と甘い声が漏れる。
「身体が止まってるよ?お仕事は?」
 僕が意地悪く言うと、優華さんは少しだけ恨めしそうに僕を見つめた後、緩慢に再び顔と舌を動かし始める。でもさっきと違い、動けば動くほど僕の手が優華さんのおっぱいをぐしゃぐしゃにこね回すことになって、その度に優華さんの背中がびくびくと動く。
「気持ちいいの?気持ちよくなっちゃったんでしょ?」
 優華さんは僕の問いかけに首をなよなよと振って否定するけど、その潤んだ瞳と、赤味を増した白い肌と頬が、優華さんの体の中に快楽が駆け巡っていることを物語っている。

 催眠状態で痴漢をされて、さっき僕が身体を洗ってあげてる間もずっと敏感な状態だったんだから、直接胸を揉まれて、乳首を弄られた時の快楽は凄まじいはずだ。更に、さっきかけた暗示のせいで、匂いを嗅ぐだけでも、ちょっと舐めるだけでも、とっても気持ちよくなってしまっているはず。
 
 しかもその快楽が、普段の2倍にも3倍にもなっているとしたら・・・。
 
 じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ・・・。
「んん・・・あふ・・・」
「・・・はぁ・・・あぅ・・・」

 湯気で白く煙るお風呂場に、僕と優華さんの体液と粘膜と擦れ合うおとが響き、その合間に、優華さんの鼻にかかった甘い声と僕の息とうめき声がこだましている。
 優華さんの口元からはよだれが零れてマットに垂れ落ちている。僕は優華さんのおっぱいをむにゅむにゅと捏ね回して、なんとか優華さんの動きをおさえつつ、優華さんをさらに気持ちよくさせようとする。
 優華さんのその目は、もう理性というものが吹き飛んでしまっているかのように虚ろだ。かろうじて『プロ』としての意識だけが、優華さんを支えているのだろう。

「あぁ・・・すごい・・・」
 優華さんは口元からぬめるおち○ちんをにゅぷ、と出して、その唾液塗れの根元から丹念に舐めまわす。自分の唾液なのか、僕の体液なのかの区別もつかないくらいにぐしょぐしょに濡れた赤黒く醜い肉棒を、この上なく愛おしげに舌を這わせる。
 
「おいしいんでしょ?もっと食べたい?」
「あ・・・食べたい・・・」
 優華さんは僕に問われるがままに、うなずく。
 僕は優華さんの濡れた唇に、その肉棒あてがうと、優華さんはうっとりとその棒を再び呑みこんでいく。おち○ちんの先が喉奥につくまで僕が腰を押し出すと、「んん・・・!」とくぐもった苦しそうな声をあげながらも、優華さんはねっとりとその舌を僕の棒にまとわりつかせ、再び口全体で僕のものをしごいていく。

 暗示によって増幅された通常では考えられない快感を味わいたいという思いと、仕事の忠実でなくてはならない、という二つの暗示との板挟みになった優華さんは、その快楽を紛らわすかのように、『仕事』に没頭していく。舌、頬、顔、そして今度は指までが僕の腿、足、お尻、睾丸といった僕の下半身をくまなく這い回り、僕が少しでも反応するとそこを執拗に責めたててくる。

 だめだ・・・前の時よりずっと気持ちいい・・・。
「あ・・・ゆ・・・」
 思わず、『優華さん』と叫びそうになる僕。慌ててそれ僕は堪える。ここでは僕はただのお客さんなんだ。だから名前を呼んじゃだめなんだ。
 僕は気を紛らわせるかのように腰を捻って優華さんの喉奥に激しく叩きつけ、胸を揉みしだく。その苦しさすら快感にすりかわっているのか、優華さんの腰はガクガクと震えている。甘えるような視線を僕に送りながら、「んんん・・・!」と鼻にかかった声を出して、更に舌を激しく絡める。
 思わず放出してしまいそうになる自分の下腹の疼きを、僕は懸命に堪え、仕返しをするように優華さんのたわわに実る胸を責めたてる。そうすると優華さんは髪の毛を振り乱して更に激しく僕のモノを・・・。

 ・・・それを何回繰り返したのだろうか。もう僕も限界に達していた。

「あ・・・く・・・!!」
「んんん・・・!!!!!」
 僕が優華さんの喉の奥に突き刺すと同時に乳首を捻ると、優華さんは悲鳴のようなくぐこもった声を上げながらぎゅっと唇をすぼめ僕のおち○ちんをしごきとるように動かして・・・。



 ・・・僕の中の精が優華さんの喉奥にどくどくと注ぎこまれた。

「んふ・・・」
 優華さんは、その喉奥に絡みついた精液をすべてごくっと飲み干し、縮みこんだ僕のおち○ちんについた精液の残りを全て舐めとろうというのか、ミルクを舐める猫のように舌を絡ませている。

「熱くて・・・おいしい・・・です・・・」
 優華さんは、うっとりとした声でそう呟く。

 僕はただ、なされるがまま、そんな優華さんの姿をぼんやりと眺めていた・・・。




 





 その後、二人とも身体を軽く洗い流して、優華さんと僕はお風呂に入った。
 お風呂はそんなに広いわけではなくて、二人がはいると一杯だから、優華さんが僕を抱きかかえるような形になる。
「湯加減はいかがですか?」
「・・・うん、丁度いい・・・」
 背中に当たる優華さんの胸と僕の身体を挟み込むように投げ出された太腿の感触で、それどころじゃなかったけど、僕はそう答えた。


 やがてお風呂を出て、僕は優華さんに身体を拭いてもらった。
「あ、あの・・・私の『サービス』は・・・いかがだったでしょか。ご満足・・・頂けましたでしょうか・・・」
「うん・・・。あの・・・僕の飲んじゃったけど、苦くなかった?」
「いえ・・・すごく・・・美味しかったです・・・」
 優華さんは、少し顔を赤らめて、そう答えた。
 それは暗示のせいだろう。まあそう言ってくれるなら、それでいいことにしようか・・・。
「・・・あれ?」
 僕が服を着ていると、優華さんは相変わらずタオルを身体に巻いたままだ。
「着替えないんですか?」
「え?あ・・・私は・・・次のお客さんがあるから・・・」
 優華さんは少し伏目がちになって、そう呟いた。
 そうか。『店員さん』な優華さんは、また次のお客を待つことになるんだ。
 僕にしたように、次のお客さんにも同じような『サービス』を・・・。

 ・・・・・。

 とりあえず、一度お風呂場を出て、それから催眠を解くか・・・。

「そうですか。それでは・・・」
 

 それでは、また?
 それでは、ありがとう?


 どっちも変だ。だってこれは演技なんだから。催眠を使ってやってる遊び。
 ・・・予定とは全然違う展開になっちゃったけど・・・。



 僕はそのまま言葉を継ぐことなく、ドアノブを捻る。
 
 と、

「待って!」

 僕のもう片方の手は、ぐいっと掴まれた。有無を言わさない強い力。

 僕が振り向くと、優華さんの顔が目の前に来ている。

「・・・・・・・また、・・・また、来てくれますよね・・・」

 その目は・・・今にも泣き出しそうだ。

 僕は、そんな優華さんに圧倒されるかのように、ただ、ゆっくりと頷く。

 その途端、優華さんの顔はぱぁっと明るくなって、・・・でも、泣き笑いのような状態のまま、
「・・・私。優華っていいます。・・・待ってますから・・・・・・」

 優華さんは僕を抱きしめて、目を閉じ、顔をゆっくりと近づけると・・・その唇をぼくの唇に押し当てた。
 その動きはあまりに自然で、僕は抵抗することができなかった。

 舌を入れたり、唾液を交わしたりする、そういうキスじゃない。ただ単純に唇を押し当て、相手の唇の柔らかさと温かさを確認するような−−そんな長い長いキスを交わす。

 やがて、どちらともなく、唇を離す。優華さんは潤んだ瞳を僕に向けて、口を開く。
「・・・・・・あ、あの・・・もしよければ・・・お客さんのお名前を・・・」
 もう限界だ。僕は優華さんの言葉を遮るかのように、
「・・・優華さん、僕の目を見て」
「・・・・・・え?」
「見て」
 優華さんの瞳が僕の瞳の奥底を見つめた途端、優華さんの瞳から急速に意志の光が喪われていく。
 僕は優華さんの目に手を当てて、
「・・・もう優華さんは何も考えられない、何も考えなくていい、頭がどんどん真っ白になっていく・・・そしてそれが気持ちいい・・・全て僕の言うとおりになる・・・・・・」
 僕を抱きしめる優華さんの体から、力が抜け、やがて床に崩れ落ちそうになったので僕は抱きかかえ、ゆっくりと横たえる。
「そう・・・眠る・・・眠る・・・深く深く・・・」

 それからいくつか暗示を与える。このお風呂場での記憶、そして商店街からの今までの全ての記憶を消し去り、別の適当な記憶を書き込む。作業が終わった後、タオルケットをはだけながら、目を閉じて床に横たわり寝息を立てる優華さんを見つめて、僕は一つくしゃみをした。
 ああ、あと瑠美ちゃんの催眠も解かないと・・・。
「うう、湯冷めするかも・・・」
 僕は鼻水をすすりながら、優華さんに服を着せていった。



 




 ・・・あまりに長い間お風呂に入ってたので、僕は完全に湯当たりしてしまった。
 その夜、ベッドの上で寝転がっていると、ドアの外から瑠美ちゃんの声がする。
「お兄ちゃーん、ごはんーー」
「ううー」
「もー、何回よんでも『ううー』とか『あうー』とかばっかりじゃないのー」
 瑠美ちゃんはしびれをきらせたのか、僕の部屋のぽーんと勢いよく開いて、僕のベッドのコーナーによじ登ると、
「だきつきこーげきーーー!」
「うぎゃ!!」
 瑠美ちゃん、いきなりのフライングボディプレスは反則だ!
 僕がげほげほいっている間、瑠美ちゃんは苦しむ僕に抱きついていたけど、そのうちくんくん匂いを嗅ぎだして、
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの匂いがする」
「・・・い?」
「へんなのー・・・お兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒だった?」
「い、一緒じゃないよ?」
「むむ、へんなお兄ちゃん・・・お姉ちゃんもさっきまでずぅーっと寝てたし・・・二人ともへんなのー」
「い、いいからさっさとご飯食べよう、ね?」
 僕は怪しむ瑠美ちゃんをせきたてて部屋を出ると、食卓につく。
 食卓にはレンジでチンした唯さんのカレーライスにサラダ、デザートのバナナが並べられている。優華さんは既に席についていたが、どことなくぼんやりしているように見える。
「いっただっきまーす♪」
「・・・いただきます」
「・・・・・・いただきます・・・」
 スプーンをとり、もぐもぐとカレーを食べてしばらくした後、ぼくはふと視線を感じて顔をあげる。僕の目の前には優華さんがいて、カレーを半分ほど残してスプーンを持ったまま、呆けたように僕を見つめている。
「お姉ーちゃん、さめちゃうよー?」
 口元にごはんつぶをつけた瑠美ちゃんに声を掛けられ、優華さんは我に返り、
「え?あ。うん・・・おなかが一杯で、食欲が無くて・・・」
 思わず噴き出しそうになる僕。
「えー、食べないとだめだよ〜。だったらバナナは?バナナ、お姉ちゃん、大好きだよね?」
と、瑠美ちゃんは優華さんのバナナを剥いて、ぬ、っと優華さんに突き出す。
「・・・・・・・・・・☆☆☆!!!」
 それを見た途端、優華さんの体がコチコチに固まり、目に見えて顔が真っ赤になった。蒸気が出なかったのが不思議なくらいだ。
「ご・・・ごちそうさま!・・・あ、お皿は私が片付けとくから、そのままにしておいて!!」
「お、お姉ちゃん?」
 優華さんは突然席を立って、2階の自分の部屋に駆け上がり、バタン!と部屋のドアを閉じてしまった。もちろん僕には目も合わせないで。

「・・・へんなお姉ちゃん。ね、お兄ちゃん」
 バナナをもぐもぐとほお張る瑠美ちゃん。
「・・・・・・・・・・」
 僕はそれに答えることができず、ただお茶をごくっと飲み干しただけだった。











 優華さんがなんでおち○ちんを舐めたりしたのか、僕がその理由に気づいたのは、ずっと後のことだった。その理由に気づいたときは、それはもう、思わず大笑いしてしまった。『身体を洗うお仕事』の内容が、僕と優華さんじゃ全然違うものを想像してたんだから。

 そう、これは笑い話。


 そして。


 ここで交わしたキスも、飲ませた精液も、お互いがお互いにかけた言葉も、そしてその暗示も・・・そのときは他愛の無いと思っていたそれらがどんな結果を生むことになるのかを知ったのも、やっぱりずっと後のことだった。












 
 


 

 

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