緊急の連絡

家具家の店員として
いつも通り、1トン車で家具の配達をしていると
プルルルッと携帯電話が鳴りました。
(あっ、マネージャーからの業務連絡だ)
反射的にそう理解します。
友人の居ない私の携帯が鳴る、という事は
100%
必ず
会社からの「業務連絡」だからです。
急いで電話に出ると
「おう・・・兄ちゃんか?」
と、低いダルそうな声が聞こえます。
(あれ?マネージャーじゃない?)
電話の主は、
意外な事に「死後清掃の現場管理」をしている
「怖いお兄さん」でした。

声を聞いた瞬間
(なんで私の携帯番号を知ってるんだろう・・)
と、ちょっとドキッとしました。。(恐怖で)
怖いお兄さんは
「いま、お兄ちゃん◯◯地区にいるだろ?マネージャーには言ってあるから、
そのままコッチの現場に来てくれないかな?」
と簡潔に用件だけ伝えてきました。
(うっうっ・・・今日は早く帰れそうだったのに・・)
これは多分長引くぞ・・・・・と少し泣きそうになりました。
なにせ当時、私は半年間無休という
ハードスケジュールで仕事をこなしていたからです。

しかし、私の口から出る言葉は一つだけです。
「す、すぐ行きます!」
お兄さんに不快な思いをさせてはいけない、
そう精一杯明るく応えると、
私はトラックを死後清掃の現場へと走らせます。
待っているのは・・・・・
もちろん・・・・・・・・・・・・・・。
不気味な現場
現場に着くと
タバコをプカプカ吸っている
怖いお兄さんを見つけて、小走りで駆け寄ります。
私がアワアワしながらお兄さんに挨拶をすると

お兄さんは私に背を向けると
「こっち、着いてきてー」
とだけ言って、現場へと歩き出します。
現場はいつも通りの「ぼろぼろのマンション」です。

その現場の部屋は、マンションの3階にありました。
部屋の前に着くとお兄さんがこう言いました。
「クツは脱がなくていいからね」
(またかぁ・・・・)
私はウンウン、とうなずきます。
クツを脱がなくていい、という事は
現場の状況が「悪い」という事です。
私は、部屋に入る前に
と小さく息を吸って、ハァーと吐き出して
自分に「喝」を入れました。

何せ私は
とてつもなく疲れ切っていましたから・・・・・。
異様な玄関

玄関に入ると
そこには
異様な光景が広がっていました。
「石」です。
大量の「石」が転がっているのです。

玄関の入り口から部屋の奥まで
石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石、石・・・・・・・・。

玄関の入り口から、
床にも
タンスの上にも、
ものすごい数の石が無造作に置かれていました。
不気味
大量に置かれた石を見ていると、背筋がゾゾゾッとしました。
何だか虫の大群を見てしまった気分に似ています。

ゴミ屋敷を作ってしまう原因は「寂しさ」だとTVか何かで聞いたことがあります。
今考えると、コレもその一種だったのでしょうか?
石が好きだったのでしょうか?
部屋の主はもちろん死んでいますから、
理由はもうわかりません。

しかし、玄関先に置かれた石をジィーと見ていると
「ここから先に入るな」
そう言われているように感じました・・・・。

そこでついつい
(・・・・・なんでこんな・・・・)
と何かを考えそうになりましたが、
この仕事は深く考えるとツライ事が沢山あるので、
急いで「思考停止モード」に入ります。

いやいや、危ない危ない・・・・・
すると怖いお兄さんが言います。
「この石を全部、どこかに捨てといて、
あと、欲しいモノがあったら持ってっていいから」
と、言うことで私に課せられた使命は2つ
・石を全部捨てる
・金目のモノを回収する
非常にシンプルです。
私は「思考停止モード」なので
機械のように、ウンウンとうなずきます。

それだけ言うとお兄さんは、どこかへ行ってしまいます。
・・・・・・・まずは一旦、車に戻って装備を整えます。
配送用トラックなので、いつものような装備は載せていませんが、
軍手とバケツ位なら載せてあります。
軍手をキュッとはめると、
理由はわからないのですが、少し勇気が出ます。

あと石を運ぶために、バケツを2つ両手に持つと部屋に戻ります。
そして玄関に入ると、2つのバケツを床に置きます。
(よし!!!!!)
そして何も考えず、
両手で石を掴んで、バケツにポイポイ入れ始めます。

この石は何なのか?
何のために置かれているのか?
そういう事を「考えない出さない」為に、
ひたすらハイスピードで石をバケツに入れ続けます。

石は特別?なモノではなく、
その辺りに転がっている「拳位のサイズの石」でした。
バケツに石を詰め込んで、を持ち上げると、
ズッシリと凄まじい重さがあります。

(重い・・・石を入れすぎた・・・・)
これではバケツと私の腕が壊れてしまいます。
なので少し石をバケツから外に出します。

しかし、これで作業は終わりではありません。
石が入った2つのバケツを持って、
さらに3階から1階まで、階段を降りなければいけません。
フラフラしながらバケツを持って、階段を降ります。

その姿はやっぱり目立つのか、
近所の人がジロジロ見てきます。
しかし私は目を合わせず、歩き続けます。
(うう、腕が痛い・・・・・)
階段の途中で1度バケツを置いて休憩をしたものの、
何とか1階まで辿り着くと、
地面に石をゴロゴロと撒きます。

やはり近所の人がジロジロ見てきますが、
気にしている余裕はありません。
そして、再び部屋へと戻ります。
この作業をひたすら、繰り返す事になります。

2時間位たった頃でしょうか?
玄関と廊下に置いてあった「石」は大体片付ける事が出来ました。
その頃にはもう、
最初に感じていた不気味な気配はどこかにいってしまいました。
そんな事より、腕と腰の痛みの方が
重大な問題になっていたからです。

(イタタタタ・・・・)
キッチンを見ると、緑色の古い冷蔵庫が目に入ります。
残念ながらゴミです、お金にはなりません。

キッチンを見渡しても
お金になりそうなモノはありませんでした。
転がっている石を回収しながら「金目のモノ」を探します。
(あっ!!!!そういえば)
大事な事を思い出しました、玄関の石に夢中で
「死体現場」を確認するのを忘れていたのです。

いつもは真っ先に「死体現場」を探すのですが、
今回は特殊な状況だったので、すっかり忘れていました。
(まぁ・・・・いつも通りで寝室だろう)
そう軽く考えて
石をコツコツと拾いながら、寝室へと向います。
しかし寝室に入る前に、ふと
どうでもいい事に気が付きました。

寝室へ向かえば向かうほど、
置いてある石の形が「丸い形」になっている気がしたのです。
玄関付近の石は明らかに
「トゲトケした形」だったのですが・・・・。

(これは一体・・・・・・・・?)
そう気づいたものの、
(いや・・・・それがどうした・・・・)
と、私は考えるのをやめました。
考えても、意味の無い事だったからです。
そのまま寝室に向かって、石を拾いながら
部屋の奥へ奥へと進んでいきます。
しかし・・・・私は寝室に向かえば向かうほど、
どうしようもない「恐怖」を感じるようになっしまいました。

理由は、さっき「石の形」の事を考えてしまったからです。
一度「何か」を考えてしまうと、
「思考」は止まらなくなってしまいます・・・・・・。
この石は何なんだろう?
何でこんなに集めているんだろう?
どんな意味があるんだろう?
私は普段は、
幽霊の存在などを
特別信じたりする方ではありません・・・。
ですが、こういう状況になると、
「幽霊」のような存在の事を、強く意識してしまうのです・・・・・。

ついには、恐怖のあまり、
石を拾い続けていた、手の動きが止まってしまいました。

恐怖でカラダが動きません。
10秒程でしょうか?
恐怖で、カラダがカチカチに固まってしまいました。
そしてハッと気づいたあと、
振り返って、そのまま部屋を飛び出しそうになります。

しかし!
私は自分の胸のあたりをギュッと掴んで、立ち止まりました。
この部屋を、もし一度飛び出したら、
もう部屋に入る勇気が無くなってしまう気がしたのです。
(逆、逆、逆だ、向かう方向が逆)
自分にそう言い聞かせます。
飛び出すのなら玄関じゃなくて、
寝室に向かって行くべきハズなのです!
私はバケツを置いて、
自分に考えるヒマを与えない為に
急いで、寝室へと向います。

そして寝室の前に立つと
トビラを勢い良くガラガラッと開けました。
そこは
異世界の寝室

しかし寝室を見た瞬間
私の心は完全に恐怖心で折れてしまいました。
寝室の床には
茶色いベトベトしたシミのついた布団と
そのフトンを取り囲むように
石で作られた魔法陣?のようなサークルが
床にいくつも作られていたのです。

そして、一番大きな魔法陣の中央には
よくわからない「龍の置物」が置いてありました。
石の魔法陣や龍の置物にどんな意味があるのかは
サッパリわかりません!
ただただ、
その異様な光景が恐ろしくてたまらなかったのです。
5分位でしょうか?
私はまた恐怖心でカラダが硬直してしまいました。

その間、龍の置物とジィーッと見つめ合っていました。
気のせいでしょうか?
龍の置物を見つめていると、何だか胸が苦しくなってくる気がします。
(もう、いやだ・・・・帰りたい)
そう思った、次の瞬間
あまりの恐怖心のせいか、
私の中の何かがプツンとキレてしまいました。

限界を超えたのでしょうか?
さっきまで感じていた恐怖心が突然消え去ったのです。

私は寝室に飛び出すと
まず、魔法陣?のサークルを蹴飛ばして壊し始めました。
(これが原因だ!これを壊せば何も怖くない!)
私はそう思ったのです。

ひたすら石を蹴り飛ばします。
グチャグチャにしてしまえば、ただの石!
そして、魔法陣を一通り破壊すると
龍の置物の首をギュッと掴んで持ち上げました。

(なんだ・・・・見た目より軽い・・・・)
よく見ると、なんだか作りが粗いように見えます。
そんなに凄いモノには見えません。

(きっと、よくわからないガラクタだろう)
その作りの粗い、間抜け顔の龍の置物を見つめていると
何だか可笑しくなってヘラヘラ笑いだしてしまいました。

(こんなモノを怖がっていたなんて・・・・)
何だか可笑しくて仕方がありませんでした。
さいごの片付け
あとはせっせと、石を片付けると、
「金目のモノ」を探します。
一応、龍の置物は回収しましたが、
たいしてお金にはならなそうに思えました。
そこでマネージャーに電話して、部屋の状況を伝えると
「仏壇を持って来い」
と言われました。

(えええ・・・・)しかし業務命令は絶対です。
怖いお兄さんを呼び出して、
二人で「小さな仏壇」をトラックまで運び、回収しました。

これは真っ当な仕事なのですが、
仏壇を回収する時は、さすがに少し胸が痛みます。
仏壇を運ぶ前に、写真が一枚挟んである事に気が付きました。
写真には初老の男性と女性が写っています。

夫婦でしょうか?
寝室の床のフトンは少し大きめのサイズで
たくさんの茶色いシミが残っていました。
(アレは、二人分だったのだろうか?)

いや、それも考えては・・・いけない事なのです。
私は私の「役割」を全うしたのです。
他の事を考える必要は無いのですから・・・・。
怖いお兄さんが、最後に現場を確認してくれます。
小さな石が少し残ってはいましたが
「おつかれさん」
とOKを出してくれました。

私は部屋を出る前に、
写真を玄関の下駄箱の上にそっと置いていきました。

もしかしたら、この二人を知っている誰かが、
この写真に気づいて
あるべき場所に持って行ってくれるかもしれません。

たぶん・・・・
自分の仕事中に感じていた「罪悪感」を
この小さな小さな「善行」で
少しでも許してもらおうと思ったのだと思います。
誰に許してほしかったのかは、私にもわかりませんが・・・。

🔻龍の置物は後日30万で売りさばきました。