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その後も休憩を挟みながら三人は七十一階層を探索し、昼には切り上げて帰還した。アーミラは努に言われた通り龍化を制御するため、戦闘中どんどんと使うようになった。今のところ龍化中の意識はうっすらとある状態なので、いかにそれを制御するかが課題だ。
ダリルもギルド職員とPTを組んだ経験からか、努の方を少し気にするようになった。ダリルは頭も回るし実力も充分にあるので、そのことを意識しても普段の立ち回りが崩れることがなかった。
「立ち位置に気を配ってくれると嬉しいかな。僕と延長線上にいないようにしてくれると助かる」
「わかりました」
いつもは努が立ち位置に気を使っているのでそういったことはないが、もし延長線上にいるとタンクに向けて放たれたモンスターの遠距離攻撃がヒーラーに当たる場合がある。努はそれから立ち位置についてはダリルに任せた。とはいっても本当に当たると怖いのでフライを使ってはいたが。
昼食を食べに戻った後はハンナもPTに参加し、また七十一階層に向かった。ハンナは雪原階層で民族衣装のような装備を着ることが出来ないので、今はダンジョン産ではない特注のものを装備している。
ハンナは背中に翼が生えた鳥人なので、アーミラ同様特注の装備が必要になる。幸いにもドーレンの妻が革や布細工の工房を持つ者だったので、その人に依頼して作ってもらっていた。ちなみにアーミラの装備もその女性が作ってくれた。
しかし今までのハンナの装備はSTRとAGIが上昇していたので、それを変えてしまうと感覚が変わってしまう。そのため感覚を慣らすことが必須だ。
だが七十一階層を実際に経験してあの装備では無理だと思っていたハンナは、この二週間故郷の村で装備を着ずに特訓してきた。そのためAGIが一段階下がった感覚はもう慣らしていた。
「うー、やっぱりちょっと動きづらいっす」
「取り敢えず一週間は様子を見てみて。合わなかったら変えてくれるらしいから」
「わかったっす」
白い雪のような柔らかい布地は翼に当たっても痛みがないように工夫されたものだが、今までそんな装備を着たことがないハンナはやはり動きづらいようだ。しきりに背中を気にしているハンナは努の言葉に渋々と頷いた。
「あ、ハンナ。フライなしで立ち回ることって出来る?」
「え? まぁ、出来るっすけど」
「ちょっと試しにやってみてくれない?」
「いいっすけど……」
ハンナのような背中に翼がある種類の鳥人は、身体の構造上体重が重く力も非力なので羽ばたいて空を飛ぶことが出来ない。出来ても滑空くらいなので、神のダンジョンが出現してフライで空が飛べるようになるまでは他の利用法を重点に置いていた。
それは地上を走りながら背中の翼を羽ばたかせて加速したり、減速する利用法だ。ハンナも十四歳まではそれを習っていたので、一応その立ち回りも出来る。ただ空を飛びながらの立ち回りはハンナの得意分野であり自信もあったので、少し不満げではあった。
「七十五階層で雪が降ってるって聞いたからさ。念のため地上の立ち回りでも合わせてみたいんだよね」
「……あー、そうっすか。別に雨は大丈夫っすけど、雪は確かにわからないっすね」
「あ、そうなんだ?」
てっきり雨が降ったら翼が濡れて飛べなくなるのではと思っていた努は、意外そうに眉を上げた。するとハンナは自慢するように背後の青い翼をゆっくり広げた。
「ちゃんと水は弾いてくれるから大丈夫っすよ!」
「へー。ちなみに強風とかはどうなの?」
「それは、飛べなくはないけど嫌っすね」
「そうなんだ」
じゃあ吹雪は駄目だなと思った努は、ハンナにしばらくはフライをかけず地上で立ち回ってもらうことにした。とはいえ彼女も迷宮都市に来るまでは地上主体で立ち回っていたので、中々様になっていた。
努もフライで浮かぶことを最低限にして地上から支援を行う。やはりフライで浮かぶ方が支援はしやすいが、こればかりは仕方がない。やりづらさを感じてはいたがいつものように支援を切らすことはしなかった。
四人は雪原階層の環境やモンスターに対応しながら探索し続けた。そして夕方になる頃には探索を中断して早めにクランハウスへ帰った。
「おかえりなさいませ」
「お、おかえりなさいませ」
厚着の四人をオーリが出迎え、その隣にいる見習いの若い使用人も倣うように頭を下げた。今回のクランメンバー加入やこの先を考えるとオーリだけでは人手が足りないため、追加で使用人を雇っている。それがオーリの隣にいる若い女性だった。
使用人としてそこまで経歴は長くないし、就業場所を転々としていることが努は気になった。しかし彼女はオーリの親戚であったし、たっての頼みだったので努は試用期間を設けて採用した。とはいえ犯罪でもしない限り首にする予定はない。
「おなかへった」
努が風呂に入ってから部屋着に着替えてリビングに向かうと、寝ぼけた目をしたディニエルがソファーに座っていた。風呂上りのハンナが金のポニーテールを指でぺしぺしと叩いてもまるで反応を見せない。
オーリと二十歳前後の見習いは次々と料理を作っていき、夕食の準備を進めている。小さい声で指示を飛ばしているオーリの声と、野菜の皮を包丁で剥く音が響く。
努は置いてあるダンジョン新聞を読み、ディニエルはちょっかいを出してくるハンナをうざったそうに払っている。努はそれをたまに眺めつつ新聞を読み進めていく。
ソリット社の新聞は基本的に白黒の写真を載せて、記者が記事を書いている。ソリット新聞の大きな特徴はやはりその写真だ。神台の映像を精密に写すことの出来る写真機は銀の宝箱から極希に出るもので、非常に貴重な物である。
写真機が宝箱から出ると真っ先にバーベンベルク家が買取り、それは王都へと運ばれる。以前のソリット社はメディアを牛耳っていたので影響力が強かったが、王都の貴族には太刀打ち出来ないので写真機を入手するのは不可能だった。
一年に一度出るか出ないかという確率で神のダンジョンから出てくる写真機。そして五台が王都に献上された頃、ようやくバーベンベルク家も写真機を手にすることが出来た。その時にソリット社は死力を尽くし、念願の写真機を手に入れたのだ。
ちなみに今まで一度だけ確認されている金の宝箱からは、色のついた写真を取ることの出来る写真機が出ている。それは王都へ献上され、厳重な管理の下に運用されている。
それと努が金の宝箱から出たと嘘をついた黒杖も当初バーベンベルク家が買い取ろうと考えていたが、写真機のような戦闘に使えないものでも強制的に買い取るのは探索者から不興を買っている。それに王都も現在は戦争をしていないので、バーベンベルク家は黒杖を強制的に買い取ることはしなかった。
現状存在する写真機は世界に六台しかなく、その一つをソリット社が手にしている。新聞社としてそのアドバンテージはとても大きく、今でもソリット新聞が売れている要因である。
それに比べ他の二社は前と比べて大きくなり資金も溜まってきてはいるが、数の少ない写真機は当然持っていない。なので写真の代わりに上手いイラストを載せたり、迷宮マニアの書いた記事を多く載せることで差別化を図っていた。
努としては迷宮マニアが寄稿した記事を載せている二社の新聞の方が参考になる。迷宮マニアたちは人数が多く様々な観点から書かれた記事が寄稿されるので、見ていて面白いし参考になることもある。
迷宮マニアは基本的に趣味で神台を見ている者が多く、ラジオにお便りを送る感覚で記事を寄稿している者がほとんどだ。だが中にはそれを仕事にしている者もいる。
洞察力が高く正確な記事をかける者や、魅力のある記事をかける者は新聞社に声をかけられて契約を結び、飛び込みのライターとして活動することがある。一週間後に入る予定である聖騎士も、クラン活動の他にこれを副業にしていて稼いでいた。
他にもクランの評論会や今後の動向を予測、神台の実況解説などなど、迷宮マニアの域を超えて評論家や解説者になる者も出てきている。そういった者たちは人気が出てきて今やそれを生業にしている者も存在していた。
(あ、これか)
努は加入予定の聖騎士、ゼノという名前の男が書いた記事を見つけた。以前からちらほらと見ていた努は彼が書いた記事を読み進めていく。
ゼノの書く記事は語調が強く、見ている者を強く刺激してくる。ズバっと言いたいことを言ってくれるその記事は、刺激を求めている購読者から一定の支持がある。
ただ予測が外れることも度々あり、ハンナの避けタンクを最初散々叩いた後、七十階層突破後にくるりと掌を返した一人でもある。その時は購読者からゼノが一斉に叩かれ、謝罪記事を出していた。
予測が当たった場合はゼノの言った通りで自分の予測も正しかったと悦に浸り、外れた場合は彼を叩いて憂さ晴らしをする。どちらにせよ購読者は不快に思うことがないので、一応民衆のガス抜きに貢献しているかもしれない。狙って書いているのなら非常に購読者の心理をわかっていると言えるだろう。
(本人は絶対そんなこと考えてないだろうけど)
努がゼノに会って感じた印象としては、自信家。その一言に尽きる。民衆のガス抜きのために自分が叩かれることを厭わない性格では、決してない。何しろ会って第一声に貴方は見る目があると言い放ち、その後は自分をクランに入れればすぐにトップクランになれるという理由を三時間聞かされている。
ただ意外にもその理由は割と説得力があったので、努は普通に聞いていた。その反応を見てゼノはもう受かった気でいたようで、その後報酬の話や今後の活動について根掘り葉掘り聞かれた。そのことには口を濁して答えなかったが、当初は絶対こいつ落とそうと努は内心思っていた。
(まぁ、他がなー……)
そう思っていた努だったが、その後日に話したタンク三人は明らかに二軍狙いという思惑が感じられた。あれならばゼノの方がマシという結論に至ったので、努は彼をクランに加入させることを決意したのだ。
努がパラパラと新聞を捲っていると、ダリルとアーミラも風呂から上がってきた。乾いている長い赤髪を邪魔にならないようヘアゴムで縛っているアーミラは、キッチンを覗き込んだ後にソファーへ座った。もはや定位置となっているアーミラの隣へダリルも座る。
するとアーミラは前にあるテーブルに置いてある新聞に手を伸ばした。最近はアーミラも雪原階層の情報を得るために新聞を見ているが、文字の羅列が苦手なのかいつも眉を潜めている。
ダリルは夕食を心待ちにした様子で黒色の尻尾を左右に降っている。まるでご飯の前で待てを指示された犬のようだ。そしてオーリが食卓に料理を運び始めると、ダリルは喜んで立ち上がって席に向かった。
(椅子も追加で買わなきゃな)
リーレイアと祈祷師の女性は住み込みを希望したので、既に部屋の方は準備している。しかしリビングの方を忘れていた努は後でオーリに相談しようと思った。ちなみにゼノは基本通いで、たまには泊まるかもしれないとのことだった。
食事前の軽い前菜を既にバクバクと食べているダリルとアーミラ。もうなくなりかけているサラダを努もつまみながら、今後のことについて色々と考えを巡らせていた。
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