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ジョンベネちゃん事件から20年、米テレビ続々と再検証 残されたナゾと犯人探し

産経新聞 1/2(月) 13:45配信

 1996年12月26日に米コロラド州ボールダーの自宅で、美少女コンテストの常連だったジョンベネ・ラムジちゃん=当時(6)=が遺体で発見されてから丸20年が経過した。未解決事件としては異例の関心を集め続けており、節目となった2016年も米テレビは再検証番組を次々と放送。警察の初動捜査のミスもあり、事件には多くの「ナゾ」が残されたままだ。専門家だけでなく一般人までもさまざまな犯行説を唱えるなど、真相究明は混迷し続けている。(ニューヨーク 上塚真由)

 カールしたブロンドヘアに青い目をした美しい少女。米メディアは連日のようにジョンベネちゃんの写真を掲載、米国で最も有名な事件の20年にわたる捜査を検証している。米ピープル誌によると、参考人として取り調べを受けた人はこれまで140人を超え、現場に残留していた証拠品は1400点以上。だが、犯人はいまだ捕まっておらず、捜査に目立った進展はない。

 悲劇はクリスマスシーズンに起きた。1996年12月25日、クリスマスプレゼントに自転車をもらったジョンベネちゃんは両親と兄とともに、両親の友人宅で行われたパーティーに参加。その帰宅途中の車で眠ってしまい、父親がベッドまで運んだという。

 翌朝、母親の叫び声で状況は一転。自宅の階段で2枚半にわたった手書きの脅迫状を発見したのだ。「娘を預かった。誰にも知らせるな。11万8000ドルを用意しろ」。母親は警察に通報。部屋数が15以上もある豪邸に警察や両親の友人も駆けつけて捜索が始まった。午後になっても見つからず、父親が地下室をのぞくと、ジョンベネちゃんが変わり果てた姿で発見された。

 最初に疑われたのは、遺体の第一発見者だった父親と母親だった。当時、積雪していたのに外部侵入者のものとみられる足跡がなかったことや、年収10億ドルとされた富豪の父親に対して身代金の金額が少ないこと、身代金の金額が父親のボーナスと同額だったことなどから、さまざまな憶測を呼んだ。疑惑の目が向けられる中、母親は2006年6月に癌で死去。検察当局が、DNA鑑定の結果、両親の無罪が証明されたと結論づけたのはそれから2年後の08年7月だった。

 また、06年8月には元教師の男性がタイで身柄を拘束され米国に移送されたが、起訴されなかった。

 捜査はいまも続いている。米メディアによると、コロラド州の捜査当局は17年にDNA鑑定の新しい機材を導入し、ジョンベネちゃん事件の遺留品についても最新の科学技術で再鑑定するとしている。

 昨年9月、心理学者がホストを務める米人気番組に、ジョンベネちゃんの兄(29)が出演。事件当時、9歳だった兄は20年の歳月を経て、初めてインタビューに応じたのだ。

 これまでの取材攻勢について「悪夢」だったと振り返る一方、事件を風化させないようにインタビューに応じたと説明。事件当日のことは「母親が慌てて自分の部屋に入ってきてジョンベネを探していたのが最初の記憶。次の記憶は、部屋で警察官が写真を撮っていたことだ」と語った。

 兄がインタビュー中笑顔を見せたことに、ネットを中心に「異様だ」との声が噴出。インタビューを行った精神科医が、好奇の目にさらされた兄の複雑な環境に触れたうえで、「社会との付き合い方は普通に育った青年とは違う。だが、彼はとても賢明だ」と冷静な対応を呼びかける事態になった。

 米テレビ各社が放送した検証番組の中で、物議を醸したのがCBSテレビが9月に計6時間にわたって放送した番組だ。

 兄のインタビューの直後に放送された同番組では、兄妹げんかの末、兄が偶発的にジョンベネちゃんを殺害した可能性を指摘。ジョンベネちゃんを失った両親が兄までを失いたくないと隠蔽工作を行ったとの見立てを報じた。

 地元紙のデンバーポストによると、兄の弁護団は、同テレビに出演した法医学の専門家に対し1億5000万ドルの損害賠償を請求。また同テレビに対しても近く訴えを起こす考えを示しているという。

 事件当時、警察が現場を適切に保存しなかったため、ジョンベネちゃんの遺体などに捜索した際の家族らの指紋が付着したことも捜査が難航している一因で、家族は、いまも“嫌疑”を晴らす役割を担わされている。

 米国では年間1万5000件以上の殺人事件が発生、未解決事件は1980年以降でおよそ20万件に上るとされる。そんな中で、米国民のジョンベネちゃん事件への執着ぶりは他を圧倒している。

 被害者が大富豪の家庭に生まれた美少女コンテストの常連者という側面だけでなく、大きく報じられたのは時代背景と無関係ではない。1994年に元妻と知人男性を殺害した罪に問われた米プロフットボールの元黒人スター選手、O・J・シンプソン氏の裁判が95年に無罪評決が出て一段落し、米国民の関心が一気にジョンベネちゃん事件に集まったとの見方もある。

 また、ジョンベネちゃん事件の発生した96年は米国でインターネットが普及し始めた時期と重なり、その後のネットの急拡大で、一般人までもが「探偵」となり、独自に犯行説を発信するようになったことも、要因の一つだ。

 地元紙のデンバーポスト(電子版)は昨年12月23日、「事件が解決する見込みは少ない」と悲観的に報じた。米ジョージア州の墓地に眠るジョンベネちゃんの隣には母親の墓があり、母娘は寄り添って節目の年を迎えている。

最終更新:1/2(月) 23:04

産経新聞

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