低賃金カルテル異聞
昨年末からネット上で「低賃金カルテル」なる言葉が流行っていたようですが、あまり口を挟む必要もなさそうな議論が多いようなので静観しておりましたが、そういえばそういう概念って欧米でもあるのだろうかと思って検索してみたら、一昨年の英紙「ザ・ガーディアン」の記事にこういうのがありました。
https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/sep/21/lidl-living-wage-low-pay-cartel-british-business-model (Will Lidl’s living wage smash the UK’s low-pay cartel?)
「リドルの生活賃金はイギリスの低賃金カルテルをたたき壊すか?」
「low-pay cartel」は文字通り「低賃金カルテル」ですね。リドルというスーパーマーケットが時給を8.2ポンド(ロンドンでは9.35ポンド)に引き上げるという決定が、どこもほぼ最低賃金で販売員を雇っているイギリスのスーパーやチェーンレストランをゆるがしていると。
この記事のこの一節は、イギリスのことを叙述しているんですが、なかなか興味深い一節です。
One of the prevailing ideas of our time is that workers need not be paid enough to live on. Of course, few put it so crudely. When asked why they don’t pay staff more, company bosses talk about financial viability or summon up the spectre of 1970s-style inflation. But whatever the euphemism, the net result is the same: more households scraping by on poverty wages and having to depend on the public for top-ups..
我らの時代に広まっている一つの考え方は、労働者にその生計を立てるに十分な賃金を払う必要はないというものだ。もちろん、そこまで露骨にいう人はほとんどいないが。どうして職員にもっと高い給料を払わないのかと聞かれると、企業経営者たちは財務的実行可能性を語り、1970年代のようなインフレの脅威を持ち出す。しかしなんと言いくるめようと、その正味の帰結は同じだ。貧困賃金によって破壊され、補填のために公的扶助に依存する世帯の増加だ。
この記事の時点でイギリスの最低賃金は6.7ポンド(現在は7.2ポンド)だったので、約2割強増しということでしょうか。ただ、この記事ではこのリドル社って、白馬にまたがった王子様みたいですが、実はヨーロッパではこのリドル社って、ブラック企業として有名だったりするんですね。ウィキペディアに邦語の記事もあるのでちょっと引用しますと、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%89%E3%83%AB
ドイツやその他の国の労働組合は繰り返し、就業時間や酷使に関するEU指令に違反したリドルの従業員に対する不利な取り扱いを批判している。Black Book on the Schwarz Retail Companyという本がドイツで発行されており、現在では英語版も入手できる[4]。タイムズは、リドルのマネージャーは会社に就職する際にEU指令から逸脱することを承認させられ、過剰な時間の労働を強いられていると報じている。ガーディアン[5]やタイムズ[6]は、リドルは全従業員、特に女性や時間雇用の従業員に対してカメラを使ったスパイを行っており、個人の行動に関する膨大な文書を作っていると報じている。イタリアでは2003年にサヴォーナの裁判所が、リドルが反労働組合活動を行っていると認め、現地法で有罪としている[7]。イギリスやアイルランドでも、従業員が労働組合に入るのを認めていないとして批判されている。
うううむ、これを見ると、ブラック企業という批判を緩めるために賃金を引き上げたのかという疑問も生じますね。白書ならぬ「黒書」が出てくるくらいですからまさにブラック。低賃金カルテルを壊したのはそれ以上のブラック企業でした、というのはなかなかシュールな構図かも知れません。
ちなみに、法律的に厳密な意味で、いくつかの企業が共謀して賃金を一定額以上にしないようにカルテルを結んでいたことが競争法上のカルテル行為として訴えられたアメリカの事例がありますが、
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/030500800/ (GoogleやAppleなど4社、4億1500万ドルで賃金カルテル訴訟和解)
これは高い給料に歯止めをかけようとするものなので、まさに使用者サイドの「高賃金阻止カルテル」ではありますが、ここでいう「低賃金カルテル」とは別のレベルの話のようです。
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