毎年3月にJRグループでは大規模なダイヤ改正が行われる。JRグループがダイヤを変更すれば、相互直通運転する私鉄もダイヤを変更する。新幹線や特急列車と接続する地方私鉄もダイヤを変更する。日本の新年度を控えた時期に鉄道網がリニューアルする。
【2017年春に蓄電池電車が投入される線区】
2015年のダイヤ改正は北陸新幹線の延伸開業があった。2016年は北海道新幹線の開業があった。それらに比べると、2017年3月のダイヤ改正は特大トピックがない。そのため全国紙でもダイヤ改正の報道は控えめだった。ただし、小粒でも注目したい案件はある。
例えば、JR西日本では広島県の可部線を延伸する。可部駅からわずか1.6キロメートルの区間に2つの駅が新設される。特筆すべきは、この延伸区間が2003年に廃止された区間の一部に当たる。言わば廃止区間の復活であり、極めて異例だ。原則的に認められない踏切の復活や、かつて廃止して手順の検証なども興味深い。
ビジネスマン向けには東海道新幹線・山陽新幹線のスピードアップがトピックだろうか。東海道新幹線の定期列車の「のぞみ」「ひかり」の車両がすべて最新のN700Aタイプになる。このうち一部の列車は東京~新大阪間で所要時間を3分短縮する。現在の最速列車の所要時間は変わらず、少し遅かった列車がスピードアップする形だ。
山陽新幹線は新型のデジタルATC(Automatic Train Control:自動列車制御装置)に切り替わり、新大阪~博多間で「のぞみ」「ひかり」「みずほ」の所要時間が1~3分の短縮、「こだま」は最大15分の短縮となる。東海道新幹線と山陽新幹線を直通するのぞみのうち、両方のスピードアップの恩恵を受ける列車は、東京~博多間で最大7分の所要時間短縮になる。
東海道新幹線・山陽新幹線のスピードアップについて、最も恩恵を受ける沿線自治体は静岡県だろう。静岡県はのぞみが停まらず、最速列車はひかりだ。今回のダイヤ改正で定期のひかりはすべてN700Aタイプになり、すべての列車でスピードアップが図られる。静岡県にとってこの変化は大きい。
●本格的な「蓄電池電車時代」の到来
ほかにも地域ごとにトピックがあるけれども、ここではもう少し広く、長期的な視野で特徴を挙げよう。鍵になる路線はJR東日本の烏山(からすやま)線と男鹿線。JR九州の若松線(筑豊本線)だ。どれも非電化の区間で、2017年3月改正から蓄電池電車が大活躍する路線となる。いずれもローカル線だけど、鉄道技術面では最先端だ。
烏山線は栃木県の非電化路線だ。東北本線の宝積寺駅と烏山駅を結ぶ。路線距離は20.4キロメートルだ。ほとんどの列車が東北本線に乗り入れて宇都宮駅を発着する。烏山線では2014年のダイヤ改正から2両1編成の蓄電池電車「EV-E301系」が稼働している。現在は15往復のうち3往復が蓄電池電車だ。2017年3月から蓄電池電車を3編成増備して、すべての列車が蓄電池電車になる。実用試験が成功し、本格導入となる。
男鹿線は秋田県の非電化路線だ。奥羽本線の追分駅と男鹿半島の男鹿駅を結ぶ。路線距離は26.6キロメートルだ。こちらは全列車が奥羽本線に乗り入れて秋田駅を発着する。2017年3月のダイヤ改正以降、蓄電池電車2両1編成を投入し、定期列車15往復のうち2往復を蓄電池電車「EV-E801系」に置き換える。運行開始日はまだ決まっていない。しかし車両は既に秋田に到着し、試運転が始まっている。
若松線は筑豊本線のうち、若松駅~折尾駅間の非電化区間だ。筑豊本線は若松~原田間の66.1キロメートルの路線で、かつては筑豊炭田の石炭を若松港へ運んでいた。現在は旅客輸送の動向に合わせて運行系統が分かれており、若松駅~折尾駅間を若松線、折尾駅~桂川駅間は電化され、篠栗線と合わせて福北ゆたか線と呼ばれる。桂川~原田間は非電化のままで原田線と呼ばれている。
若松駅~折尾駅間は10.8キロメートル。一部の列車が福北ゆたか線に乗り入れる。この区間は2016年10月から蓄電池電車「BEC819系」が2両1編成で投入されている。2017年3月改正で、6編成12両が追加される。この区間はすべて蓄電池電車になる予定だ。また、一部の列車は福北ゆたか線に直通し、博多駅を発着する。こちらも烏山線と同様で、実用試験が成功して本格導入という段取りだ。
●ディーゼルカーから蓄電池電車の時代へ
蓄電池電車は、文字通り蓄電池(バッテリー)を積んだ電車だ。架線がある区間では従来の電車と同じように走る。架線のない区間に入ると、蓄電池に蓄えた電力でモーターを回す。内燃機関(エンジン)は搭載しないから、架線がない区間では充電しないと走らない。クルマに例えると、日産リーフ、三菱アイミーブのような電気自動車だ。
これに対して、小海線や水戸線などで稼働しているハイブリッド気動車は、内燃機関(エンジン)と蓄電池を搭載する。動力はモーターのみ。内燃機関は発電のみに使う。つまり火力発電所を搭載した電車、クルマに例えると日産ノートe-POWERのようなシステムだ。
トヨタ「プリウス」のようにエンジンとモーターの両方を車輪の回転に使う方式はJR北海道が試作し、約5年間の試験を実施した。新型特急車両で実用化する予定だったけれども、安全施策への「選択と集中」により実現していない。。
JR北海道が施策したハイブリッド方式はプリウスに似ているけれど、ちょっと違う。JR北海道はエンジン駆動が主でモーターを補助的に使う「モーターアシスト型(パラレル方式)」だ。プリウスはモーターを主に使用し、高加速時やバッテリー容量が足りないときにエンジンを使う「エンジンアシスト型(スプリット方式)」となる。
蓄電池電車とハイブリッド気動車の違いは内燃機関の有無だ。長所と短所はクルマと同じ。蓄電池電車はコストが安定した電力のみ使い、排気ガスも出ず、騒音も少ない。しかし、航続距離には限界がある。航続距離を伸ばそうとすれば、大容量の蓄電池が必要だ。蓄電池が増えれば屋根上や床下では収まらず、客室が削られる。重量も増えるから走行性能の限界も低い。
烏山線、男鹿線、若松線は10~25キロメートルの短距離支線だ。電化路線に直通するという運用も似ている。電化区間で充電し、非電化区間を往復する。現状では蓄電池容量と運行距離のバランスが取れた路線と言える。似たような環境の路線は三角線(25.6キロメートル)、津軽線非電化区間の蟹田~三厩間(28.8キロメートル)などもある。充電に要する時間は約10分で、この程度なら終点の折り返し時間で収まる。
今後、蓄電池の大容量化、軽量化、小型化が進めば、導入可能路線はさらに増える。JR東日本は八戸線(64.9キロメートル)向けに気動車の公募調達を実施しているけれども、ディーゼルエンジンのみで走る新型気動車はこれが最後かもしれない。
●新動力車の開発が進んでいる
JR西日本は2009年にキハ122系を使ったハイブリッド車両を試作していた。また、2014年9月から12月まで、紀勢本線で近畿車輛が開発した自己充電型蓄電池車両「Smart BEST」の営業運転を実施した。
Smart BESTは蓄電池電車に小型ディーゼル発電機を搭載し蓄電池に充電する。JR東日本のハイブリッド気動車と似ているけれど、ハイブリッド気動車は走行用電力として発電し、余剰電力を蓄電池に蓄えて再利用する。Smart BESTは蓄電池の容量不足の場合のみ発電する。このSmart BESTはJR西日本の山陰地区やJR四国でも試運転を実施している。
財団法人鉄道総合技術研究所は2006年に燃料電池試験車「クヤR291-1」の試験走行を実施した。燃料電池自動車は燃料充填施設の普及など課題が多い。鉄道の場合は車両基地などで効率的な重点施設運用ができ、軌道上を走る上、ATCなど安全装置もある。そうなると燃料電池は鉄道向きのシステムかもしれない。2008年には蓄電池搭載車両と連結した実験も行われている。
川崎重工はLRT向けに架線・蓄電池電車「SWIMO」を開発、2007年に完成させた。架線区間では給電走行と充電を行い、無架線区間では蓄電池の電力で走る。同様の車両は鉄道総合研究所も開発し、2007年に「LH02形(Hi-tram)」として完成。軌道(LRT)と鉄道の両方に対応しており、札幌市電、JR四国、万葉線(富山県)で試験運転を実施したという。
既にLRTの蓄電池電車は台湾・高雄市で実用化された。高雄市内を1周する約22キロメートルの高雄捷運環状軽軌だ。計画路線のうち、第1期線が2015年10月に開通し体験乗車会を開催。2016年7月に正式に開業。全線開業は20194年の予定だ。蓄電池電車システムはスペインのCAF(Construcciones y Auxiliar de Ferrocarriles)社が開発した。
日本では岡山電気軌道を擁する両備グループの代表、小嶋光信氏が2010年に「エコ公共交通大国おかやま構想」を提言。その中で、路面電車の架線レス化に言及している。路面電車の架線は設置や保守に手間がかかるし、都市の景観を損ねる。路面電車こそ蓄電池電車向きと言えそうだ。
●国鉄型気動車の老朽化対策はJR全社の課題
2017年ダイヤ改正時期には間に合わないようだけど、JR東日本は「電気式気動車」を準備中だ。これはディーゼルエンジンで発電し、その電力でモーターを回す。蓄電池を搭載しないためハイブリッド方式ではない。これは車両の製造コストを下げるためだろう。運行本数の少ない線区では、ハイブリット化による低燃費よりも、車両コストを下げた方が総コスト面で有利と思われる。
JR東日本の電気式気動車は、2017年度から2019年度にかけて新潟地区の磐越西線、米坂線、羽越本線に投入し、2020年度に秋田・青森地区の奥羽本線、五能線、津軽線に投入する。1両編成を19両、2両編成を22編成で44両の新造だ。国鉄時代に製作されたキハ40系気動車を置き換える。
JR北海道もJR東日本と同じタイプの電気式気動車を投入予定だ。2017年度に寒冷地向け試作車1編成2両を投入し、2冬期間の試験運用を実施。2019年から量産車を投入する。国鉄時代に製造された約140両のキハ40形を一掃する。新形式車両は運行本数の間引きや廃止、バス転換を見越して、製作総数は140両より少ない見込みだ。
●JRグループの連携が活発化
JR東海は蓄電池車両や電気式気動車の情報が見当たらない。企業動向としてリニア中央新幹線や東海道新幹線の改修に重点を置いているからだ。非電化路線も少なく、非電化区間向けに新動力車両を開発しても量産効果が得られない。2015年度までに国鉄時代の気動車は一掃されており、既存タイプの気動車の新製で十分と言えそうだ。高山本線、紀勢本線のような長距離非電化区間もある。長距離列車に適用されるまで技術の進捗を待つという考え方もある。
しかし、参宮線、太多線など、蓄電池電車の特性を生かせる路線はある。もしかしたら、JR東海が他のJRグルーブが手掛けた新動力車両を導入する可能性もありそうだ。
その良い例がJR東日本とJR九州の連携だ。ハイブリッド車両、蓄電池車両についてはJR東日本に一日の長がある。しかし、男鹿線に導入するEV-E801系は、JR九州が若松線向けに開発し、日立製作所が製造した「BEC819系」の耐寒仕様車である。これは、従来のJR東日本の蓄電池車両が直流電力で充電する方式に対して、JR九州は交流電力で充電する方式だから。JR東日本としては、改めて交流電力タイプを開発するよりも、JR九州の開発結果を得た方が合理的だ。
鉄道総合技術研究所が開発し、近畿車輛が製造した「クヤR291-1」は、車体がJR西日本の通勤電車223系、台車がJR東日本のE231系である。ここもJR間の連携がある。JR北海道はJR東日本が開発した電気式気動車を導入するし、JR四国はJR西日本などに走行試験の場を提供している。将来的には試験した車両の導入も視野に入れているとみられる。
2017年はJR東日本の「トランスイート四季島」、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風」がデビューする。この2つのクルーズトレインは、駆動方式に多少の違いがあるとはいえ、どちらもディーゼルエンジンとモーターを併用し、電化区間と非電化区間の両方を走行できる。この技術は非電化区間の特急列車に転用できそうだ。
JRグルーブにとって、国鉄時代からの旧型気動車の老朽化は早急に解決すべき問題だ。鋼鉄製車体のため重量も大きく、エンジン出力も小さい。更新工事やエンジンの換装を実施した車両もあるとはいえ燃費も悪い。この問題を解決するために、JR各社が新型車両に取り組んでいる。
日本の非電化路線において気動車は衰退し、蓄電池方式やハイブリット方式による「電車化」が普及していく。後に振り返るとき、2017年は「列車の動力革新」の転換点になるだろう。
(杉山淳一)
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