最新記事

心理

ポジティブ思考信仰の危険な落とし穴

Smile, Damn It!

2016年11月9日(水)10時50分
モーガン・ミッチェル

SEKULICN-E+/GETTY IMAGES

<自己啓発本は前向きになることが幸せな人生のカギだとうたうが、楽観主義を強要されて鬱になるリスクも>

「楽観的になりなさい!」「幸せは自ら選んで手に入れるもの」――書店には幸せになるための自己啓発本が数多く積まれている。アメリカで1952年に出版され、15カ国語に翻訳された『積極的考え方の力――ポジティブ思考が人生を変える』(邦訳・ダイヤモンド社)は今でも根強い人気だ。

 プラス思考を身に付ければ誰でも幸せになれるという考え方は、問題に対処するスキルを向上させたり心の健康を保つ手法として、学校や職場、軍隊などで広く採用されてきた。

 しかしこの考え方が広まるにつれて、鬱や不安に悩んだり、時々ネガティブな感情を抱くだけでも恥ずべきことだと思う意識も高まり始めた。その弊害は、心理学の学術誌「モチベーション・アンド・エモーション」でも指摘されている。

 同誌10月号に掲載されたエール大学の研究者エリザベス・ニーランドらの研究によると、感情を簡単にコントロールできると考えている人は、そうでない人に比べて、ネガティブな感情を覚えたときにそれを自分のせいだと感じやすいという。

 心理学者たちは何年も前から「ポジティブ心理学崇拝」の危険性、特に自尊心に及ぼす影響を研究してきた。その結果、ポジティブ思考によって幸せになれる人もいるが、挫折感を覚えたり鬱に陥る人もいることが示されている。

【参考記事】「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理

 幸せじゃないのは自分に問題があるせいだと責め立てられるようなポジティブ思考の押し付けによって、アメリカの鬱病患者はかえって増加していると訴える専門家もいる。

 メンタルヘルスにおけるポジティブ心理学のアプローチの始まりは、1950年代にさかのぼる。アメリカの心理学者アブラハム・マズローが54年に著した『人間性の心理学――モチベーションとパーソナリティ』(邦訳・産業能率大学出版部)の中で、「ポジティブ心理学」という言葉が初めて登場した。

 マズローはこう書いている。「心理学はこれまでポジティブな側面よりもネガティブな側面ばかりに光を当ててきた。人間の欠点や病気、罪について多くを研究してきたが、人間の潜在能力や美徳などについてはほとんど目が向けられていない。自ら研究領域を半分に制限してきたようなもので、しかもそれは人間の暗く卑しい心理だ」

笑えない自分に罪悪感

 近年は企業や軍隊でもポジティブ心理学が採用されるようになり、その影響は大衆文化にも及んでいる。だがポジティブ心理学が広まるにつれ、そのアプローチはよりシンプルな言葉で表現されるようになった。「ポジティブ思考」だ。

 心理学者のマーティン・セリグマンが考案したポジティブ心理学の下に、ずさんな研究が数多く発表されるようになったと、ウェルズリー大学のジュリー・ノレム教授は指摘する。それらの研究の大半が、楽観主義とポジティブ思考が幸せな人生をもたらすと主張した。

ニュース速報

ビジネス

焦点:トランプ税制改革の命運握るダイナミック・スコ

ワールド

写真が語る2016年:トランプ氏に熱狂する女性支持

ビジネス

米国株が続落、アップルなどハイテク株に売り 年間で

ビジネス

ドル指数が年間で3.7%高、円は対ドルで5年ぶり上

MAGAZINE

特集:ISSUES 2017

2017-1・ 3号(12/27発売)

トランプ就任の衝撃波はアジア、欧州そして中東へ。地殻変動を起こし始めた2017年の世界を読む

人気ランキング

  • 1

    写真が語る2016年:飛行中の戦闘機F22に超接近

  • 2

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 3

    アメリカが新たな対ロ制裁、35人追放と施設閉鎖 大統領選干渉で

  • 4

    靖国参拝で崩れた、真珠湾追悼の「和解」バランス

  • 5

    老化はもうすぐ「治療できる病気」になる

  • 6

    台湾の蔡英文総統、アメリカ経由で中米訪問と発表 …

  • 7

    中国新疆ウイグル自治区で政府施設に車突入 犯人は…

  • 8

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろ…

  • 9

    ナッツリターンの悪夢再び 大韓航空、機内暴力の男…

  • 10

    2017年働き方改革のツボは「権限・スキル・情報」の…

  • 1

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 2

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろう!」

  • 3

    独身男性の「結婚相手は普通の子がいい」は大きな間違い

  • 4

    軍拡競争起こればいい、米国は勝つ─トランプ氏

  • 5

    ナッツリターンの悪夢再び 大韓航空、機内暴力の男…

  • 6

    大韓航空、暴れる乗客に対しスタンガンの「即時使用…

  • 7

    【再録】キャリー・フィッシャー「肖像権を手放して…

  • 8

    埼玉の小さな町にダライ・ラマがやってきた理由

  • 9

    慰安婦問題合意から1年 日韓合意はパク大統領と共…

  • 10

    「メリークリスマス禁止」をあの男が変える!?

  • 1

    キャリー・フィッシャー死去、でも「2017年にまた会える」

  • 2

    オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

  • 3

    トルコのロシア大使が射殺される。犯人は「アレッポを忘れるな」と叫ぶ

  • 4

    安倍首相の真珠湾訪問を中国が非難――「南京が先だろ…

  • 5

    独身男性の「結婚相手は普通の子がいい」は大きな間…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    軍拡競争起こればいい、米国は勝つ─トランプ氏

  • 8

    「女たちが国を滅ぼした」――韓国のデモに紛れ込む「…

  • 9

    トルコでロシア大使銃撃され死亡、犯人は非番の警察官

  • 10

    ナッツリターンの悪夢再び 大韓航空、機内暴力の男…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「五輪に向けて…外国人の本音を聞く」
リクルート
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

『ハリー・ポッター』魔法と冒険の20年

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2016年12月
  • 2016年11月
  • 2016年10月
  • 2016年9月
  • 2016年8月
  • 2016年7月