【アジアインタビュー】「君の名は。」がアジアでも支持される理由 コミックス・ウェーブ・フィルムの角南氏に聞く

新海誠監督が手掛けた日本のアニメ映画「君の名は。」は、タイと香港、台湾で興行ランキング1位を獲得したほか、中国でも日本映画としては歴代最高の興行収入100億円に迫る大ヒットとなっている。この映画がアジアを席巻した理由はどこにあるのか。同映画を制作したコミックス・ウェーブ・フィルムで、新海作品の海外展開を担う角南一城氏に聞いた。

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日本全国東宝系公開中で、アジアでも記録的な大ヒットとなっている映画「君の名は。」( ©2016「君の名は。」製作委員会提供)

——新海監督が所属するコミックス・ウェーブ・フィルムが制作した「君の名は。」は、中国で12月2日に劇場公開されてからわずか3週間足らずで興行収入が90億円を超え、日本映画として記録を更新しました

中国ではハリウッドを含めて確か年間40本ぐらいしか海外映画の上映を認めないとされ、すでに今年は制限本数を超えているはずでしたが、申請から公開まで3カ月という異例のスピードで劇場公開にこぎ着けました。中国で大ヒットした国産アニメ映画「ビッグフィッシュ」の制作と配給を手掛けている力のある北京光線影業(エンライト・ピクチャーズ)が同映画の配給会社になったことも大きいでしょう。

自社の劇場を多く持つ映画館チェーン中国最大手の万達電影院線と異なり、エンライト・ピクチャーズは劇場を持っていないものの、国内の多数の劇場数で上映できる強力な配給ネットワークがあるようです。

もう一つは、あくまで知り合いから聞いた程度の話になりますが、中国の映画市場が去年ほど芳しくなく、市場規模を維持するため外国産映画であろうとも当たる作品を上映したかったという背景があるとのこと。いずれにせよ、日本でヒットしている最中に中国でも公開できたことが現地でのヒットにもつながったと思います。

——12月20日現在、世界96カ国・地域で配給が決まっているとのことですが、もともとアジア各国では新海作品ファンは多かったのでしょうか

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新海誠監督作品の海外展開を担うコミックス・ウェーブ・フィルムの角南一城取締役=12月20日、東京(NNA撮影)

新海作品は完成して一般公開される前に予告編映像を公開した途端プリセールスで売れてしまうことが多い。「君の名は。」は2015年12月に特報映像を公開したのですが、韓国や中国など多くの国から問い合わせが殺到しました。僕が担当した韓国だけで30社ぐらいから買いたいと申し出があり、「作品は完成してなくても、それでもいい。買います」と言うところも。新海監督の才能とか作品は分かっているので、早く買わないと(他社に)売れてしまうということでしょう。やはり現地それぞれに新海作品のファンが多くいて、売れる作品と認識されていたのだろうと思います。

アジアでは海賊版が出ることが多いので、「これは売れる」という作品のみ正規DVDとして販売されます。そんな中で、新海監督作品は正規DVDが出ていたため、現地で売れるという認められ方をしていたと思う。それもあってアジアの人たちには受け入れられている印象がありました。

■アジアに共通する若者たちの“生きづらさ”

——アジアのアニメファンにとっては日本が近い存在になっているのでしょうか

僕はアジアは圧倒的に近くなっていると思っています。「君の名は。」は日本での公開初日にアジア各国からも観に来ていて、まだ公開されていない韓国で「もう8回観ました」と言っている若者にも出会いましたし、中国でも「日本でもう観てきた」という人がいた。それが一人二人ではない。彼らにとって日本はとても近い国になっていると思います。

すごく感心するのは、映画のキャンペーンで世界各地の上映会に行くと、新海監督が観客から直接質問を受けつけるQ&Aのコーナーで、どこの国に行っても日本語で質問してくるファンが結構いること。日本に行ったことがあるのかと聞くと、「いいえ、日本のアニメを観て学びました」と言う。新海監督が観客からの質問に日本語で答えると、それを通訳が現地語に訳す前に、観客席ではすでに「なるほど」とかうなずいている人もかなりいます。

——アジアの人々に受け入れられている理由は何でしょうか

新海監督が10年前に手掛けた「秒速5センチメートル」は韓国の映画館10館ほどで上映され、コミックス・ウェーブ・フィルムとしては初めて海外の劇場で上映された作品となりました。

初恋の女の子が転校してしまい、大人になってからも再びすれ違ってしまうというストーリーです。女性に対する淡い想いとか、センチメンタリズムに共感する余裕があるのが先進国の人々のような気がします。うつ病など心の病は先進国病とも言われますが、生きづらさを感じるのは先進国の人々に多い。ところがアジアは大なり小なり先進国に近づきつつあって、若者たちが生きづらさを感じるようになっていることが、新海作品が受け入れられる理由ではないかと考えています。

あくまで社内的な分析ですが、村上春樹氏の小説が読まれている国は、新海作品も売れる傾向がある。新海監督本人も村上春樹ファンですが、両氏に似た感性を感じとってくれているファンもいる。アジアは全般的に村上作品が人気ありますがロシアでも人気で、やはり新海作品が売れています。

あと新海作品はよく四季を描いているので、それを理解してもらえるのは四季のあるアジアの人々かなと思ったりもします。常夏のカリフォルニアとかでは四季のわびさびとかが分かりづらいのかもしれません(笑)。

「君の名は。」は、少年と少女が出会う「ボーイミーツガール」のストーリーですが、新海監督は10代から20代の人に観てもらいたいと言っています。日本もアジアも10代や20代で同じ思春期の悩みを体感している世代の心に届いているのではないかと思います。

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「君の名は。」が拙い人間関係や恋愛、就職難など現代の“生きづらさ”を描いたこともアジアの若者たちの共感を呼んだ( ©2016「君の名は。」製作委員会提供)

■原点は短編映画「ほしのこえ」

——「君の名は。」の制作で注目されるようになったコミックス・ウェーブ・フィルム。どんなことをやってきた会社でしょうか

僕は米国ミネソタの4年制の州立大学を卒業した後、ロサンゼルスに1年間弱住んでいましたが、その時に日本のアニメのマーケティングというか、現地で何が流行っているかどうかを調べる仕事に携わったことがありました。

留学していた米国は当時、「エヴァンゲリオン」のビデオ(VHS)が結構売れていて、日本のアニメがビジネスとして成立するというのが見え始めたのが95年ぐらいからです。現地の友人がアニメのサークルを組織するなど、「アニメは人気があるんだ」というのを感じるようになっていました。

その流れで2000年に日本に戻ってきた時に、現在のコミックス・ウェーブ・フィルムの前身の会社、コミックス・ウェーブに就職し、海外にまつわる仕事に携わるようになりました。

前身のコミックス・ウェーブは伊藤忠とアサツーディ・ケイ(ADK)などが出資して1998年に作った会社です。マンガの版権(IP)管理がまだビジネスとしてはそれほど成立していなかった時代。出版社はマンガを出版するものの、版権の2次利用でビジネスをしていくのは積極的ではありませんでした。そこでコミックス・ウェーブでマンガ作家の版権を預かり、ビジネスしていくことになりました。手掛けたのが大御所のマンガ家、つのだじろう氏の「恐怖新聞」などで、この作品は後に実写映画化やパチスロになったりもしました。

そんな時、出会ったのが新海誠という才能です。彼は当時、PCのゲーム会社に勤めてパッケージデザインからショートムービーを作るところまでをやっていましたが、「自分の作品が作りたい」とコミックス・ウェーブに相談に来ました。前身会社の事業部長を務めていた川口典孝(現会社社長)が「これはやったほうがいい」と新海氏の希望に乗ったのです。

だが新海氏が作ったのは「ほしのこえ」という30分の短編で、一般的なテレビシリーズに比べると話数が少ない。いろんなテレビ局やDVDメーカーに作品の展開をお願いしましたが、「この1本じゃどうにもならない」と断られました。

川口がPCゲームの販売事業に携わっていた経験があったため、自社で「ほしのこえ」のDVDを販売すると決めたのが2002年。DVD発売前に、客席50席ぐらいしかない短編専門映画館の下北沢トリウッドで上映してみたら、1カ月で3,500人を動員するという同館の記録を作りました。誰もこの短編映画がこれほど多く観てもらえるとは思ってなかったのにです。当時DVDがメディアとして上り調子になってきたところで、その2か月後ぐらいにDVDを発売したら3万本がすぐ売り切れました。このことが作品の企画制作からDVD発売、海外展開まで一気通貫で行うという今のコミックス・ウェーブ・フィルムにつながる基盤となりました。

■喪失感という時代へのメッセージ

——「君の名は。」で彗星が衝突して多くの住民が一瞬にして消えてしまうという衝撃的なストーリーは、やはり5年前の東日本大震災「3・11」をモチーフにしているのでしょうか

新海監督自身もそのように説明しています。作品によって時代性が違うのですが、「秒速5センチメートル」は終わらない日常というものをテーマにしていました。世の中が好転していくのが見えず、そのまま続いていってしまうという閉塞感があった。

ところが、「君の名は。」は震災後の作品です。失われてしまった大切な日常に対して「あの時にこうできたら良かった」という思いは、誰しもが何らか持っていると思います。

今は「終わらない日常」は終わってしまっている。果たしてこうしたモチーフがアジアで受け入れられるのかなという懸念はありましたが、日本だけでなく、アジアの人たちにも同じ潜在意識があったのだろうと思います。

——確かにアジア各地でもいろんな自然災害などに見舞われたり、取り戻せない日常というものがあります。中国では2008年に四川大地震で9万人近い人々が犠牲になるなど、3・11は決して他人事ではないのかもしれません

そうなんです。アジア各地でもそういうところを質問してくれる人もいるし、日本だけの特有の事情だとみてないのだと思います。

——「結び」という日本的な文化要素が出てきますが、これはアジアの人々にも理解されたのでしょうか

結びというコンセプトは受け入れられていました。組紐に興味をもったりとか。この辺は、日本特有の文化が壁になっているとは感じていません。

そもそも新海監督自身はグローバルなものをつくろうとは思っていません。ドメスティックなものを追求していったら、映画としてはユニバーサルに通用するものになった。「こうやったら世界に通用する」というのは意識していません。

こんな美しい自然や文化があるんだよとか、僕らが住んでいるところはこんなにきれいなんだよとか、純粋にそういうものを描きたかったんだと思います。ものづくりの原点としては、自分が暮らしているところからの方が得るものが大きい。例えばアフリカの話を作るには、現地に相当のつながりがないと難しい。自分が住んでいるところを丹念に描いていくということに尽きると思います。

新海監督は10年前、英国に1年暮らしていたことがあります。海外に住む経験が作品に生かせればいいと考えてのことだったらしいですが、結果としては日本にいても十分良い作品が作れた。新海監督は長野県出身で、大学生のときに東京に出てきました。彼の作品の多くに東京の風景が描かれてます。「君の名は。」でも主人公の女子高生、三葉が初めて目にする東京の景色が光り輝いている場面は、新海監督が初めて東京に来たときを思い出して描いたようです。

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日本の田舎の美しい風景が緻密に描かれ、リアル感を高めている( ©2016「君の名は。」製作委員会提供)

■世界で通用する日本のものづくりとは

——日本政府は「クールジャパン」として日本のコンテンツや文化、食などを世界に輸出しようとしています。世界で通用する日本のコンテンツとは何でしょうか

コミックス・ウェーブ・フィルムのスタジオもそうですが、日本のアニメはほとんど2D(2次元)です。ところが、米ハリウッドはピクサーにしても、ディズニーにしても3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)アニメが主流となっています。アジアでも中国とか台湾も3DCGが主流です。

だからこそ日本が世界で勝負していくには2Dアニメが向いていると考えています。3DCGアニメの制作はどれだけ多くの人材を投入できるかにかかっています。これだと中国はじめ人口が多い海外の国には勝てないでしょう。またハリウッドの大手スタジオなど競合がひしめいている中で、追いつくのは大変です。

それなら一層のこと日本が100年近く技術を積み重ねてきた、いわゆる職人技で成り立っている2Dアニメのほうが勝負できるのではないか。日本から発信するということに意味があると思います。

ディズニーは2Dアニメのスタジオを持っていましたが、だいぶ前に無くしてしまいました。世界的には2Dアニメを作るところが少なくなってきている。だからこそ、近年は中国はじめ世界から2Dアニメを制作して欲しいという問い合わせが日本に山ほど来るようになっている。海外では優れた2Dアニメが作れないことが背景にあるからだと思います。

——今後の版権ビジネスのアジア展開はどう考えているでしょうか

近年はインターネットメディアの隆盛の影響を受けてDVDがほとんど売れなくなっているので、ネット配信事業への作品展開を強化するのがひとつ。アジア市場に限ると、新海監督はすでに6作品公開していることもあり、新海作品の展示会をやりたいという問い合わせが増えてきています。台湾はじめアジアの国・地域では「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」の立体物の展示とか、アニメの世界観を再現するような展示が流行っています。新海作品は背景美術がきれいだと言われていて、中華圏では「背景の狂人」というあだ名がつけられているらしい。英語だと「ウォールペーパーモンスター」です(笑)。それもあって展示会でその世界観を再現して欲しいという問い合わせが来ています。

作品の商品化の話も増えています。通常はテレビシリーズのアニメ作品でしかそういう話は来ませんでしたが、「君の名は。」が広く認知されたおかけだと思います。

それから実写リメークの話もよく来ます。いまの中国の映画は日本より製作予算をかけて映画を作りますが、ストーリーの基となる原作の版権を日本から欲しいようです。コミックス・ウェーブ・フィルムだけでなく、多くの日本のコンテンツ会社にはこうしたビジネス展開の相談が増えているようです。

ビジネスの話は置いて、新海監督自身は、作品を観てもらうことで、世界が少しでも良くなるようであれば幸いと、常に思いながら作品制作をしています。なので、こうしてアジアの皆さんに喜んでもらえるのは本当に嬉しいことだと思います。(聞き手:NNA東京ニュースセンター・吉沢健一、撮影:NNA東京編集局・山岸佳奈)

<プロフィル>

角南一城(すなみ かずき)

株式会社コミックス・ウェーブ・フィルム取締役・プロデューサー

東京都出身。1972年生まれ。98年ミネソタ州立大学セントクラウド校卒業。99年 (株)コミックス・ウェーブ社に入社。「ほしのこえ」(2002年)より新海誠作品の海外展開を担当し、新海誠監督のワールドツアーや中東ワークショップにも同行。07年より(株)コミックス・ウェーブ・フィルム取締役。

※関連記事

日本映画の需要拡大 今年は過去最高の11作品<http://www.nna.jp/articles/show/1552475


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