稲田防衛相が靖国神社に参拝した。極めて残念だ。

 安倍首相がオバマ米大統領と真珠湾を訪ね、日米の「和解」を強調したばかりである。

 稲田氏も同行したこの真珠湾訪問で、日本の過去の歴史をめぐる問題は清算された。稲田氏がそう考えているとしたら、それは大きな誤りだ。

 稲田氏は「祖国のために命を捧げた方々に敬意と追悼の意を表するのは、どの国でも理解をしていただける」と語った。

 戦争で命を失った肉親や友を悼むため、遺族や一般の人々が靖国で手を合わせる。そのことは、自然な営みである。

 だが首相をはじめ政治指導者の参拝となると、その意味は異なる。靖国には、若者たちをアジアや太平洋地域の戦場に送った側のA級戦犯が合祀(ごうし)されているからだ。

 そこに政治家が参拝することに、割り切れない思いをもつ遺族もいる。中国、韓国、さらには欧米など国際社会にも、日本がかつての戦争責任から目を背けようとしているとの疑いを広げかねない。

 まして稲田氏は自衛隊を指揮監督する立場の防衛相である。

 A級戦犯が罪を問われた東京裁判には、勝者による裁きという批判もある。それでも、日本はこの裁判を受け入れ、平和国家としての一歩を踏み出したことを忘れてはならない。

 首相はかねて、日本の過去の侵略と植民地支配を認めた村山談話を疑問視してきた。3年前、靖国に参拝した際には、中韓との関係が悪化し、オバマ政権から「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動に失望している」と批判を浴びた。

 首相が昨年4月の米議会演説で「先の大戦に対する痛切な反省」や「アジア諸国民に苦しみを与えた事実」に触れ、今回、真珠湾を訪問したのは、そうした経緯を踏まえ、日本の首相としての歴史認識に変わりがないことを示すためだったはずだ。

 首相が重用し続けている稲田氏の言動は、個人の行為にとどまらず、政権の意思と受け止められかねない。首相のこれまでの積み重ねを傷つけ、その真意に再び疑念を広げるだろう。

 稲田氏の参拝は、首相を支持する右派へのメッセージと見ることもできる。首相の真珠湾での演説も、旧日本軍が悲惨な被害をもたらしたアジア太平洋地域への視線は希薄だった。

 稲田氏の参拝について首相はコメントを避けた。だがアジアを含む国際社会と真の意味での「和解」をめざすなら、稲田氏の参拝を放置してはならない。