育成の広島

街づくりは、広島に学ぼう。

まずは市民のシンボル、広島カープ。1950年に市民球団として発足し、限られた予算で陣容もままならず15年連続Bクラスという時代も経てきた。そこで「育成のカープ」として生え抜きの選手を鍛え上げていく体制を整えた。経営面でもカープ女子などファン層を広げる創意工夫を重ね、人口110万人に対してホームスタジアムに来場者数216万人を集めて黒字経営を続けている。そして今年はリーグ優勝を果たした。サンフレッチェ広島も同様である。限られた資金と選手層で、二度もJ2に降格した。近年も主力選手たちやさらに監督も、浦和レッズ等に次々に移籍する。そんな中でも「育成」の胆として下部組織をしっかりさせて、ポゼッションを基本に豊富な運動量で流動的なコンビネーションで崩す緻密な戦略を定着させた。そして2008年、2012年、2013年、2015年にはリーグ優勝を果たすように例年好成績を残す。

地域経済の自力復興も特筆される。1945年、原爆投下で市内全域が焼け野原になった。そんな絶望的な状況だが被爆者たちは生きることを選んだ。しかし産業を興そうにも資金不足、電力不足で20%までの節電を強いられ、戦後の超インフレで賃金は戦前の半分以下、エンゲル係数73.6%という苦境が待ち受けていた。東洋工業や日本製鋼所、三菱重工広島造船所では千人規模の人員整理がなされ、中小企業でも倒産や解雇が相次いだ。そんな中でも立ち上がった各社は生き残りをかけて、流れ作業や集中配置をはじめ経営合理化に取り組んだ。製造業全体の労働生産性は26年から29年の間に一人当たり生産額は平均40.1%も増加した。こうして広島市は12年後(昭和32年)には全国水準をも超える生活水準に至った。そして、ディスコ、熊平製作所、フマキラー、モルテン、リョービ、エフピコ、カイハラ、ヒロボーなど、ユニークな強みのある企業も輩出している。

都市計画でも「育成の広島」である。1946年に広島復興都市計画を決定、財政難と国も広島市を特別扱いにできないために実施は難航した。しかし49年に憲法95条の特別法の規定によって、広島平和記念都市建設法を成立させ、人々のたゆまぬ努力により計画図にあるように、平和記念公園ほか78か所の公園、南北を貫く河川の美しさを生かす河岸緑地、碁盤の目の道路27路線、1,172haを支える下水道などを徐々に実現し、“水と緑の豊かな美しい街並み”を作り上げた。いまは人口減少や環境負荷、地域行政の効率を見通して、集約型都市構造への転換を進めている。

行政面でも進んでいる。秋葉忠利前市長の就任前には、業者、議員と市職員との癒着によるハコモノ行政、財政赤字の累積が深刻だった。就任後は口利き排除、公共事業見直しを徹底して市財政を建て直した。市の将来をにらみ、いまから10年ほど前から子育て支援策について組織横断で取り組んでいた。さらにヒロシマから平和構築を働きかける活動として、被爆者を称える心のこもった平和宣言(被爆後の困難な状況を生き抜き、復讐ではなく和解の精神、つまり「リメンバー・ヒロシマ」ではなく「ノー・モア・ヒロシマ」で臨み、三度めの核兵器利用を防いだ)を打ち出す。三本の記事を書くことを条件に8月6日に世界のジャーナリストを広島に招待した。内外の大学にヒロシマ・ナガサキ講座をつくるように要請する。核廃絶を訴えて世界平和市長会議 を推進し(現在、161か国、7,063都市が賛同)、最近でも核廃絶条約の遵守をG7に求めている。安倍政権の暴走を批判する。このように市長任期をまたがって持続的にリーダーシップをとられている。

道路の計画図、公園緑地の計画図</br>(出典:広島市の復興 http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1131328219626/html/common/4ae6aedd007.htm)道路の計画図、公園緑地の計画図
(出典:広島市の復興 http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1131328219626/html/common/4ae6aedd007.htm)

お粗末な東京

東京は、広島とは対照的である。

東京都でも戦災復興計画(1945)にグリーンベルト構想が盛り込まれたが、開発利益を期待する地主たちの抵抗でないがしろにされた。下水道は現在も都区部の8割が合流式で降雨時にし尿を含む未処理下水が東京湾に放流されている。いまだに自動車最優先の発想で、都市計画道路として320区間226kmの整備を打ち出し、たかだか4%の通過交通を抑えることを口実に三環状道路にも数十兆円を投じている。スポーツでも市民球団ではないし、放漫財政で五輪施設のような過剰な建設投資が繰り返される。東京集中による豊かな税収にあぐらをかいて、放漫財政体質である。

四選された某都知事は「日本は核を持たなきゃだめですよ。持たない限り一人前には絶対扱われない。…日本が生きていく道は軍事政権をつくること。そうでなければ、日本はどこかの属国になる。徴兵制もやったら良い」とまで発言した。
そしていま問題視される五輪、神宮外苑や築地の利権に深く関与していた。登庁も週に数回、仕事もおろそかにして都の組織を停滞させた。広島とはずいぶんな違いである。

広島平和記念都市建設計画図。</br>平和大通りを軸とした道路、公園と緑地の計画をそのまま着実に具体化して、水と緑の豊かな美しい街並み”をつくりあげた</br>(出典:広島市の復興 http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1131328219626/html/common/4ae6aedd007.htm)広島平和記念都市建設計画図。
平和大通りを軸とした道路、公園と緑地の計画をそのまま着実に具体化して、水と緑の豊かな美しい街並み”をつくりあげた
(出典:広島市の復興 http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1131328219626/html/common/4ae6aedd007.htm)

広島の路面電車

このように学ぶことの多い広島だが、特に注目されるのが路面電車である。
広島の路面電車は日本一のスケール、4市内線は19.0km、19編成74両で1日平均10万6千人の人々を運ぶ。営業損益も55,761千円、しっかり黒字を出している。広島市の中心、中区、南区、西区の可住地面積は67.4km2、昼間人口が58.2万人であるから、域内交通の相当割合を路面電車が担っていることが良く分かる。バスと比べると、路線は軌道で、乗降場所も駅、時間も正確で乗り心地も安定感があり、高齢者にも利用しやすい。駅間距離は300mほどなので、ちょっと隣町やその先に出けるのに好適で街とつながっている。定員は連結タイプ(5100形グリーンムーバーマックス)で149人、中型バス60人に比べてゆったり乗れる。路面電車の車内は、学童・学生から親子連れ、会社員とさまざま。地下鉄と違って階段の昇降もないし、地下で方向を見失うこともない。外からは走行している様子が肉眼で見えるし、内からは街の様子がうかがえる。自動車だと街は素通りする上に街同士を分断して、ぽっかりと道路が空いていると街が寂れた光景になる。

広電は私営なので、国が車社会に誘導しようと公営の路面電車をどんどん廃止に追い込んだときも、生き残ることができたと言う。アメリカの路面電車の運営会社が、GM主導で買収されてはどんどん廃業させられた歴史とも被る。マツダのお膝元でもGMのようにしなかった。またデルタ地帯なので地下鉄工事にも不向きだったことも幸いしている。下の表のように、広島ほどの人口密度でマネジメントが優れていれば、路面電車が事業としても十分に成立すると思われる。

人口密度と路面電車の営業収益。人口密度が高いほど営業収益は見込める。その中でも広島電鉄の収益力は目立っている人口密度と路面電車の営業収益。人口密度が高いほど営業収益は見込める。その中でも広島電鉄の収益力は目立っている

公共空間の自動車の占有

逆に、東京ほどの人口密度の都市で、空間効率が著しく劣る自動車に道路を占有させている方がおかしい。自動車の空間効率の低さは、簡単に計算してみれば分かる。

都内の乗用車全体の走行距離は年20,121,794km。保有台数は3,147,376台なので一台当たりの年平均の走行距離は6,393kmになる。都内の平均時速が20.2 km /時なので、一台当たり年316時間運転している。一年365日24時間として一台につき時間割合にして3.6%が路上にあることから、保有台数をかけて113,713台が平均して都内の路上にある。同じように貨物自動車、乗合自動車の路上台数を求めると、それぞれ30,063台、1,229台である。都内の道路の総面積が186,380,000m2だから、そうすると一台当たり1,285m2もの公共空間を占有している。一日24時間ではなく朝7時から夜7時までに集中して走行していると大胆に仮定しても、一台当たり643m2にも及ぶ。都区部の持ち家一戸建ての敷地面積が平均115m2なので、5.6戸分にもなる。

公共空間を自動車だけがこれだけ占有するという特権は、歩行者や自転車乗りにはなくて自動車利用者に偏っていて不公平そのものである。これだけの面積があれば、どれほどの歩行者や自転車が通行できるだろうか、一目で分かるように高密度の都市内交通には自動車は著しく効率が悪い。

道路には、歩行、自転車、公共交通が最優先だろう。若年層の6割はクルマを買いたくないと考えている。車優先の道路計画は、もう転換すべきだろう。

広島電鉄の路面電車。定員91人・69人(座席数37人)、1983年から製造され現役で走行している。広島駅前とフラットにつながって乗り降りしやすく、9系統で中心市街地をつなぐ広島電鉄の路面電車。定員91人・69人(座席数37人)、1983年から製造され現役で走行している。広島駅前とフラットにつながって乗り降りしやすく、9系統で中心市街地をつなぐ

東京の将来

広島に学ぼう。
東京にも路面電車を導入できるはずだ。例えば、世田谷区の人口密度14,937人/km2、昼間人口は81.3万人、可住地面積は58.05km2。広島市の中心市街地とよく似た都市規模・密度である。いまは鉄道とバス、自動車が主な交通手段なのだが、この規模なら路面電車の事業が十分に成り立つだろう。環七、補助154号線、山手通りの環状線に、目黒通り、駒沢通り、世田谷通りなどの放射線が組み合わさって路線網が展開されるようなイメージだろうか。

路面電車の軌道は、自動車の走行車線のうち一、二車線を充てればいい。移動手段を、空間効率の低い自動車から、路面電車等に転換させるのが狙いなので、自動車が渋滞しても構わない。渋滞を避けて、路面電車や自転車などに切り替えてくれればいい。地下鉄では工事費が1km当たり292億円(東京)かかるのに比べると、LRTでは1km当たり20~40億円なのも助かる。
もちろん世田谷区だけでなく、目黒区、中野区、渋谷区、新宿区など、いまの木造密集地域の幹線道路に路面電車網が展開していけば、職住近接で人間主体の暮らしやすい街が面的に発達していく姿がみえてくる。

いろいろ広島を見習いたい。

東京都内のある路上風景。このように多くの時間はただの空きスペースと化している東京都内のある路上風景。このように多くの時間はただの空きスペースと化している

2016年 12月12日 11時08分