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2016.12.25.Sun. 

[] 谷甲州 “航空宇宙軍史・完全版 三 最後の戦闘航海/星の墓標”





 『航空宇宙軍史』シリーズの再刊行プロジェクト第3巻。既刊の1・2巻で『カリスト―開戦前夜―』『タナトス戦闘団』『火星鉄道一九』『巡洋艦サラマンダー』を網羅し、この第3巻は『最後の戦闘航海』『星の墓標』を収載する。刊行順は基本的に物語内の時系列に沿っている。作品世界での一大事件である第一次外惑星動乱は前巻の『巡洋艦サラマンダー』にて終結し、第3巻は戦後の物語ということになる。
 旧版は長いこと入手困難状態。中央公論新社からKindle版での全巻再録が目指されれていたときもあったけど、途中で停止となってしまっていた。このハヤカワの完全版シリーズで初めて『最後の戦闘航海』『星の墓標』を読むことができた。まだ『仮装巡洋艦バシリスク』が未読のまま残っているので、今度こそ全集復刊を果たしてほしい思いがある。

 再刊行版はどれもかなり加筆修正をおこなっているとのこと。主にテクノロジー描写のアップデートが多いようだけど、『星の墓標』では構成に関わる修正も施されているらしい。
 顕著なのは第三話と第四話。意識の混合という状況が、入り交じる人称代名詞と文体によって表現されている。このシリーズで一人称によって描かれているのはめずらしいと思うけど、ここではその効果が非常によく出ている。
 また、ヴァルキリー対オルカ・キラーはとても緊迫感ある戦闘。シリーズを通して艦船戦闘は多々あるけれど、そのなかでも最高峰と言える気がする。







航空宇宙軍史シリーズの舞台描写について


 航空宇宙軍史シリーズにおける舞台描写というものからは、どうしても何か潜水艦の通路のような狭いイメージがまず思い浮かぶ。
 多くの作品で舞台となっている外惑星連合諸国は、衛星・小惑星に築かれた国。惑星改造で広大な可住地を獲得しているのではなく、限定された範囲に居住可能な人工環境を構築しているにすぎない。
 作品内で「国」と呼ばれてはいるものの、人工構築物内部の狭小な環境に住民が生活する状態は、よく考えると地球上での「国」のイメージとはだいぶ違う。国権の及ぶ範囲は都市にとどまらず宇宙空間にも広がっているかもしれないけれど、生活領域自体ははっきり限定されていて、与圧空間として外部と明確に区画されている。内部の環境維持は機械的なサポートを必須とし、すべてが人工物で埋め尽くされている。窓は最小限、空間にも余剰は少なく、あらゆるものがコンパクトに無駄なくつくられている、という状態。
 作中で狭い内部空間の印象が強いのは、航宙船が舞台となる作品が多いためでもある。各作品の舞台は、気密服を着て外部空間にいる場合を除けば、都市か何らかの施設、そうでなければ艦船の内部。これらはどれも空間としては似通った構造をしている。場所を示す語で作中に頻出するのも「気閘」「通廊」「区画」「ハッチ」といったもので、こうした語彙は都市と航宙船に分け隔てなく共通する。
 実際は、空が投影されるようなドーム都市や数十万人規模の月面都市もあったりするし、外惑星の都市ガニメデ-1市についても「街路だけをみれば地球の景色とかわらない」と記述されていたりはするので、必ずしも何もかもが狭く極限的というわけではない。にもかかわらず物語が展開する舞台として通廊や航宙船内部といった狭隘な場所が殊更に選ばれているのは、作品世界の空間構造の特徴というよりも、物語構築の方法や語り方に関わる基準によるのかもしれない。

 航空宇宙軍史シリーズの舞台描写が持つ特徴は、「通路」「発令所」というふたつの空間形式に代表されるように思う。
 通路というのは、一次元的な動線の空間。交差点による分岐、扉による室への連絡、隔壁や気閘による他区画との接続制御。人が移動し、他の空間との関係が連結と遮断の状態によって変化する。明確な目的と機能を持つ部屋と違い本来なら単に一時的に通過するだけの場所のはずなのに、このシリーズでは、多くの出来事が通路空間において起こる。たとえば対人戦闘。尾行とその発覚。逃亡。概して望ましからざる偶然的遭遇の舞台として通路空間が選択されている。
 一方、発令所はひとつのはっきりした役割に特化した空間。入室できる者は制限されているし、そこでの行為の種類も戦闘指揮とそれに付随した事柄に限定されている。成員と行為が絞られた空間で、その結果として為される艦隊戦闘自体は多彩で無数のバリエーションをもって展開する。
 いずれも「限定」「制限」の加えられた空間をベースに種々の物語が描写されるという点が共通している。
 たとえ外部(たとえば航宙艇から見た宇宙空間や惑星大気圏)には雄大な情景が広がっているとしても、内部空間そのものはどこも似通っていて変化に乏しい。茫漠とした宇宙空間のなか広大なスケールでおこなわれる艦隊戦というのがこのシリーズの一般的イメージではあるのだろうけど、舞台を具体的に見ていくと、登場人物たちの行動は得てして狭く制限された空間内でおこなわれている。もちろんこの「内部」と「外部」の関係は切り離せない連続したもので、たとえば艦隊旗艦の発令所は狭くても、艦隊自体は数十万km以上という範囲で航行し戦闘を繰り広げていたりする。ミクロとマクロの両極端なスケールがシンクロして出来事が展開していくことが、航空宇宙軍史シリーズのひとつの特徴と言える。

 また作品内の空間描写に共通するもうひとつ大きな特徴として、これらの空間はどれも最新で清潔とはかぎらず、長い年月を経て老朽化し廃墟に近くなっているものすらあることが挙げられる。
 たとえば『最後の戦闘航海』では、「もともと居住性よりも非脆弱性を優先した設計の上に、無秩序な施設の拡張がくりかえされていた。そのせいで区画全体が、手のつけられない状態になっていた。[…] しかも通廊の壁はメンテナンスが不充分なまま薄汚れており、エネルギー節約のために照明の半数は消灯されていた。そのために区画全体が、どことなく廃墟のような印象をうける」と表現されている。
 同様の記述は他の作品でもあって、『カリスト――開戦前夜――』冒頭にも、「宙港の老朽化は、ロビーのあちこちにあらわれていた。強化プラスチックの壁材には、何カ所かに目立つクラックが走っている。壁面に埋め込まれたライトのいくつかは、いらだたしく点滅をくりかえしていた。[…] 機能的に作られた最新の設備が、新しさを失うと惨めさしか残らないという見本のような宙港だった。[…] だが、それも仕方のないことかもしれない。宙港のあるアルテミス・ステーションは、これまでに何度も拡充がくりかえされてきた」。
 また『コロンビア・ゼロ』収載の『ギルガメッシュ要塞』冒頭でも、「最初のころは単純な構造だったと聞いている。だが現在では複雑きわまりない迷路と化していた。基地機能の拡充や新設にともなって、連絡通廊も無秩序に追加されていったからだ。ただ通廊の多くはメンテナンスが不充分で、閉鎖されている個所も少なくなかった」とある。
 ……どうも「経年劣化」「無秩序な拡充」というのが航空宇宙軍史に通底する空間描写の要諦らしい。維持管理が充分におこなえず理想的状態から程遠いまま朽ちていくという状況への作者の執着が見てとれる。
 『巡洋艦サラマンダー』では、戦時の切り札となる最重要艦すらこうした状態を免れていないことが描かれている。「通廊にはむき出しのダクトやケーブルが露出し、注意していないとケーブルを引っかけそうになった。応急工事のあとには、塗装もされないままの外板が、無造作にうちつけられていた」。ここには計画的建設ではなく当座を凌ぐ暫定的対応が如実に表れていて、潤沢なリソースを割くことのできない外惑星連合の窮状、あるいは戦時状況一般の様子が覗える。これもまた「制約下」という舞台設定の一環と見ることができる。

 太陽系全体という巨大なスケールの戦争に際し制限された空間あるいは状況から描くという点では、外宇宙連合側の物語も航空宇宙軍側の物語も違いはない。優勢を誇る航空宇宙軍の艦船が、外宇宙連合軍よりも居住性があり無駄なスペースを潤沢に抱えているわけではない。資源は優るとはいえ、戦時でのさまざまな不具合や無理強いにさらされていることも同じだ(『サラマンダー追跡』)
 「制約された舞台設定」というのは、起こり得る行動が限定されるということでもある。行動の選択肢が無限にあり得るような状況ではなく、一定範囲に囲い込みそのなかで物語を展開すること。余計な可能性を削ぎ落とすことでかえって物語の焦点が定まり強度が得られる、というような。このシリーズの描写の形式にはそういった効果があると思う。






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―Angela Mitchell