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ニュース・解説
【子宮頸がんワクチン特集】ワクチンで防げる悲劇を見過ごしていいの?
日本で毎年新たに子宮頸がんになる女性は約1万人で、約3000人が亡くなっています。そのほとんどは、性行為でうつるヒトパピローマウイルス(HPV)が原因とされ、このうち、特にがんに進展する危険性が高い型への感染を防ぐのが「HPVワクチン」です。国は2013年4月から、小6から高1の女子を対象とする定期接種としましたが、接種後に痛みなどの体調不良を訴える人が相次ぎ、同年6月、積極的に接種を勧めることを中止しました。それから3年以上、事実上、接種はストップしています。
この間、ワクチンを打った後に体調不良を訴えている女性たちが国や製薬会社に損害賠償を求める訴訟を起こす一方、世界保健機関(WHO)や日本の関連学会は、日本の若い女性が、がんを予防できるチャンスを失わせているとして、積極勧奨の再開を求めています。国内の大学からは、接種勧奨の再開が遅れれば遅れるほど、ワクチンを受けられなかった年代の女子の感染率がほかの年代に比べて極めて高くなるという研究も報告されています。もう判断を先送りにはできません。
読者の方も、結局、子宮頸がんワクチンは受けた方がいいのか、受けない方がいいのか、混乱していることでしょう。ヨミドクターでは、この問題について科学的に適切な判断ができるように、妊産婦や子宮頸がんを診る産婦人科医、予防接種の専門家である小児科医、そして痛み治療を専門とする医師に、現状の分析とご意見をお書きいただきました。接種後の体調不良はもちろん十分に対処する必要がありますが、それだけを配慮するあまり、私たちは、ワクチンで防げる死を放置していいのでしょうか? これから、日本はHPVワクチンにどう向き合うべきなのか、考える材料にしてください。
ヨミドクター編集長・岩永直子
第1弾 HPVワクチンをめぐる最近の動向(2016年8月29日)
第2弾 ワクチンで防げる悲劇を見過ごしていいの?(2016年8月31日)
第2弾
子どもにワクチンを打つ小児科医の立場から
長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学) 森内浩幸
つい最近まで、世界中で5歳の誕生日を迎えることなく死んでいく子どもが年間1000万人もいました。そのうちの約4分の1に当たる260万人の命はワクチンで予防できる感染症によるものでした。子どもだけではありません。ワクチンによって予防できる病気で死んでいく大人も毎年200万人近くいて、その死因の第2位はB型肝炎に続く肝硬変と肝がん(年間約60万人)、そして第3位はヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がん(年間約30万人)でした。つまり、子どもの時にワクチンを接種することで、大人になって発症するがんを防ぐこともできるのです。
いずれにせよ、私たちはこれらの病気がワクチンによって防ぐことができることを知っています。必要とされる子どもたち、少女たち、大人たちへワクチンを接種してあげさえすれば、こんなにも多くの人たちが死なないで済むのに、それに目をつぶって知らぬ顔でいることは許されません。それは恐るべき規模の大量殺りくに「不作為」という形で加担しているのと同じです。
ワクチンで救われてきた子どもの命
日本でも私が生まれた頃には、破傷風やジフテリアで死ぬ子が毎年それぞれ数千人、麻疹や百日 咳 で死ぬ子が毎年それぞれ1万人以上いました。消えてしまったように思っているこれらの病気が、ワクチンを 止 めたとたんに舞い戻って来ることを、世界は 途轍 もなく高い授業料(多くの犠牲者)を払って経験してきました。
日本における実例の一つは百日咳です。ワクチン接種後に2人の子どもが亡くなったという報告を受け、「百日咳なんて過去の病気だからワクチンなんかいらないのに、そのワクチンが2人の子どもの命を奪った」と 誹 られ、中止に追い込まれました。その結果は、年間の患者数が数百人まで減っていたのに1万人を超えるようになり、百日咳による死亡者がゼロになっていたのに中止した3年間で113人もの命が奪われました。
しかも、ワクチンのせいと言われてきた副作用の多くは、実は 濡 れ 衣 や単なる紛れ込みです。上述したように、古いタイプの百日咳ワクチンは脳症を起こし、下手すると命に関わることがあると言われてきましたが、そういう「百日咳ワクチン後脳症」の患者さんたちのほとんどは、実は遺伝性のてんかんであることが後に判明しました。ワクチンとは関係なかったのです。
欧米でかつて「MMRワクチン(はしか、おたふくかぜ、風疹の3種混合ワクチン)によって自閉症が増える」という報告が出ましたが、実はこのデータは全くのでっち上げであることが判明し、論文は撤回され、著者は医師免許を剥奪されています。
日本では慣れていなかった同時接種がおっかなびっくり行われるようになってすぐ、接種後の突然死がいくつも報道されてちょっとした騒ぎになったのを覚えていますか? でもそれは、「乳幼児突然死症候群(乳児の死因の第3位で、全く健康だった子が突然死んでしまう)」等の紛れ込み(たまたまワクチン接種後のタイミングで起こってしまったこと)を見ていたに過ぎなかったのです。
もちろん、ワクチンによる重い副作用がゼロだと言うわけではありません。でもそれは雷に当たるよりも億万長者になるよりも 稀 なことなのです。一般にワクチン副作用と称されているものの多くは、本当のところワクチンのせいではないのです。
しかしながら、このワクチンの副作用と称されているものは、ニュースでは非常に大きく取り上げられます。一方、ワクチンが数多くの命を救うことは全くニュースになりません。おそらくその理由の一つは、「犬が人を 咬 んでもニュースにならないが、人が犬を咬んだらニュースになる」という報道の原理が働くからです。珍しいことだからニュースになり、当たり前すぎることにはニュースの価値がありませんから。しかしそのようなニュースが繰り返し目に飛び込み耳に入るようになると、「近頃は、犬に咬みつく人が増えているんだって」というメッセージが、疑いようのない事実として浸透していくのです。
HPVワクチンとは何を防ぐのか
さて、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの話です。ヒトパピローマウイルスにはたくさんの種類があり、一部のものは、子宮 頸 がんや、性器や肛門の周りにイボを作る病気「 尖圭 コンジローマ」を起こします。
今使われているワクチンは2種類あって、どちらも子宮頸がんを最も起こしやすい16型と18型を防ぐことができます(1種類はさらに尖圭コンジローマを起こす6型と11型も防ぎます)。16型と18型で子宮頸がんの約3分の2を引き起こしますが、特に比較的、若年で発症するのはこの二つの型が主体です。
私は厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会によるワクチン評価に関する小委員会の中で、これらのワクチンの「ファクトシート(医学的事実を集積し詳細に検討してその有効性と安全性を評価した報告書)」の作成に関わりました。
世界中で相当数のデータが集積されており、その有効性や安全性のデータから本当に期待できるワクチンです。小児科医であり、特に感染症を専門にしている立場から、強く推奨すべきワクチンの一つであると評価しています。
しかし今、このワクチンは日本において(世界中で日本だけにおいて)、積極的な勧奨中止という判断の下、せっかく定期接種に加えられたというのに接種率はほぼゼロになってしまいました。なぜでしょう? それは、国内で338万人の少女に接種した後、体のいろんな部位の痛みだとか、体が勝手に動く不随意運動だとか気分不良だとか様々な訴えを持つようになったことが問題視されたからです。
厚労省の副反応検討部会の資料によりますと、上述の様々な症状が続いている子が186名、これに未確認分を推定して加えると276名、これは接種者の0.008%に相当します。仮にこれが全て本当にワクチンのせいで起こったとして、ではワクチンを接種したらどうなるのか考えてみましょうか? 子宮頸がんの 罹患 率や死亡率、子宮頸がんのうちワクチンによって予防できる割合を計算に入れると、接種者338万人のうち2万5千人がワクチンによって子宮頸がんを免れ、7000人が死なずに済むのです。
そして副作用と言われているものは、本当にそうなのでしょうか? この年頃の女の子によく見られる不定愁訴(原因不明の体調の悪さ)を、ワクチンのせいと思い込んでいるのではないでしょうか?
名古屋市の調査では、ワクチン接種後に起こるとされる様々な症状の出現率が、ワクチン接種者と未接種者との間で違うかどうかを、3万人の規模で解析しています。その結果、接種者の方が未接種者よりも多く訴える症状は何一つありませんでした(注:2015年12月に出された中間報告では上記のような解析結果を出していながら、本年6月の最終報告では生データの提示だけ行って、解析を行わないという不可解な対応を取っています)。つまりワクチンによってそういう症状が出ることは、仮にあったとしても極めて稀であると言えます。
誤解してほしくないのは、これらの症状で苦しんでいる子どもたちがワクチンのせいであろうとなかろうと、しっかりと向き合い、その苦しみを除くために努力すべきだということです。これまでこのような不定愁訴で苦しむ子どもたちは、しばしばまともに相手にされてきませんでした。そしてそのことがこの子たちの苦しみを増幅させてきたのです。それについても、私たち医療従事者は深く反省する必要があります。
ワクチン接種で防げる悲劇を防ぎましょう
いずれにしても、以上述べたことを整理すると、今日本で起こっていることは一体全体何なのでしょう?
数百人がワクチンとの因果関係が不明の訴えを持ち続けるようになったことを理由に、その100倍ほどの人が子宮頸がんになり、そのうちの3割近くはそのために命を落とすことを容認していることになるのです。世界保健機関(WHO)をはじめ、数多くの国際的な組織や学会はこのような日本の状況に深く憂慮し、このワクチンが有効かつ安全で多くの命を救う大切なワクチンであることを強調しています。日本国内でも、ワクチンに関わりが深い学術団体15からなる予防接種推進専門協議会は、さらに二つの関連学術団体とともに声明を出し、厚労省に積極的勧奨の再開を訴えています。
ヒトパピローマウイルスワクチンの積極的勧奨中止以降、本来であれば接種されたはずの女子がこれまでに170万人を超えます。この170万人のうち、将来約2万人が子宮頸がんを発症し、そのうち約5500人が死んでしまいます。もしワクチンを接種すれば2万人のうちの約1万2500人は 罹 らずに済み、5500人のうちの約3500人は死ななくて済むのです。このままこの子たちがワクチンを接種しないままでいるならば、私たちはこの3500人の殺人に加担することになります。そして勧奨中止をさらにダラダラといつまでも延長することによって、さらに大規模な集団殺りくの加害者へとなっていくのです。
政府も学会も、逃げ腰になってはいけません。繰り返し言います。それは不作為の殺人です。医学的に正しいデータだけをもとにして、真に国民に患者に利するよう判断を下すのが、プロとしての重大な責任です。マスメディアも、珍しいことや「絵」になることにばかり飛びつき、訴えてくる人々をセンセーショナルに取り上げるだけではなく、目に見えてくることが決してないけれど数多くの命が救われる事実を丁寧に説明することに、もっと紙面や報道時間を割いてください。
女の子をお持ちのお母さんお父さん、わが子が将来もしも子宮頸がんに罹り、命を失ったり、助かってもその後遺症で苦しんだり、子どもも持てなくなってしまったりする姿を見たらどう思われるでしょう? ワクチンを接種していたら防げたかもしれない悲劇なのです。
若い女性・女子の皆さん、子宮頸がんって、何も特別な人に起こる特殊な病気ではありません。ごくありきたりの生活をしている人に普通に起こる病気なのです。この病気にかかる確率は、ワクチンによって何か大変な副作用を起こす確率とは比べものにならないくらい高いのです。
日本は経済的に豊かであったにもかかわらず、ワクチンに対して理性的な判断ができず「ワクチン後進国」でした。ワクチンの導入が遅れたために奪われた命、残った障害は数知れません。近年、ようやく種類だけは接種できるワクチンが日本にも増えましたが、この騒動で明らかになったように、その実体は今なお後進国です。いつまでこういうことを繰り返すのでしょう? ボブ・ディランの「風に吹かれて」の歌詞でもありませんが、どれだけ多くの命が失われたら私たちはあまりにも多くの犠牲者を出してしまったと気付くのでしょう? あらぬ非難や中傷に対して、臆病風に吹かれている場合ではありません。
(付記:筆者はヒトパピローマウイルスワクチンの製造販売企業を含め、数多くの企業が共催するワクチン啓発活動に関わり、正当な対価を得ています。しかしその行動原理はただ一つ、ワクチンという最善の医薬品によって病気を防ぎ命を守ることに可能な限り貢献したいからです)。
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【略歴】
森内 浩幸(もりうち・ひろゆき) 長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学)
1984年、長崎大学医学部卒業。米国National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID)感染症専門医トレーニングコース修了。NIAID臨床スタッフを経て、1999年、長崎大学小児科学教室主任教授。日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事。