CULTURE
『マネー・ボール』の著者マイケル・ルイス衝撃告白「自分のベストセラーは、2人の心理学者のマネだった」
From New York Times(USA) ニューヨーク・タイムズ(米国)
Text by Alexandra Alter
マイケル・ルイス
PHOTO : T.J. KIRKPATRICK / GETTY IMAGES
米国でもっとも人気のあるノンフィクション作家といっていいマイケル・ルイス。『マネー・ボール』や『マネー・ショート』は、常に人間の常識行動の裏をかく男たちの肖像を描いてきた。しかし、これらの作品群が、知らず知らずのうちに他人のマネになっていたとしたら──。実は、マイケル・ルイスの新作は、それ自体をテーマにしているのだ。
『マネー・ボール』の続編を断念
10年以上前、マイケル・ルイスはマイナーリーグの若い野球選手たちを取材していた。2003年のベストセラー『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』の続編に取り組んでいたのだ。
『マネー・ボール』は、メジャーリーグの貧乏球団、オークランド・アスレチックスのGMであるビリー・ビーンが、選手の評価のために統計学を駆使し、野球というスポーツに革命を起こした方法が描かれている。
「私は、この続編で、野球の革命がいまはどこで起こっているのかを明らかにするつもりだったんです」とルイスは語る。
ルイスは、マイナーリーグの選手たちを2年にわたって取材したが、けっきょく続編が刊行されることはなかった。それまでに、『マネー・ボール』は有名になりすぎていた。170万部以上を売り上げ、このテーマは新味がなくなってきていたのである。
ルイスは、革命がどこで起こっているのかを追跡するのを断念した。そのかわりに、革命がどのようにして始まるのかを探ることにしたのだ。
ILLUSTRATION: INGRAM PUBLISHING
取材を進めていくうちに、ルイスはエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンという2人のイスラエル人の心理学者による研究にたどり着いた。彼らの発見は、人間の性質と心の働き方について、長年の常識的見解に異議を唱えるものだった。
ルイスは、新作『The Undoing Project』(未邦訳)で、この2人の風変わりなパートナーシップを、過去に遡って記すことにした。この本は、周りのすべての人間と異なる視点で世界を見ていた、型破りな思想家2人の物語である。
人間の意思決定とは、しばしば非合理的におこなわれるものだ。「人はいかにして決定するのか」についての彼らの一風変わった研究は、プロスポーツだけでなく、軍隊、医学、政治、金融、あるいは公衆衛生など多くの分野に深い示唆を与えてくれる。
行動経済学の覇者、カーネマンとトベルスキー
彼らの研究結果によって、以下のようなことが説明できる。
胃がんの診断に、熟練の医者よりも単純なアルゴリズムのほうがしばしば優れていることがあるのはなぜか?
金融の専門家の多くが住宅市場崩壊を予測できなかったのはなぜなのか?
プロのバスケットボールチームが大枚をはたいて選手をスカウトしても、失敗するのはなぜなのか?
この研究は、なぜ人間の直感というものが時として思いきり外れるのかを説明してくれるのだ。
2002年、カーネマンはノーベル経済学賞を受賞した。経済学は彼の正式な専攻ではないが、「リスクや不確実性に直面したときに人間がどのように意思決定をするのかを明らかにした」というのが受賞理由だ。
(共同研究者のトベルスキーは、その研究が人工知能にも応用できるかと尋ねられた。だが、自分たちは「自然の愚かさ」を探求することのほうに興味がある、と反論している。トベルスキーは1996年に亡くなった)
ダニエル・カーネマン
PHOTO: CRAIG BARRITT / GETTY IMAGES / THE NEW YORKER
カーネマンとトベルスキーの研究を調べはじめたルイスは、豊穣で知的な2人の共同研究について、説得力のある話を知ることになる。
カーネマンとトベルスキーは、自分たちの発見について、どちらがより功績があるかをめぐって言い争いをし、このパートナーシップは、あまりにも早く終わりを迎えてしまったのである──。
「これはラブ・ストーリーなんです」
ルイスは、この秋にマンハッタンで行ったインタビューで述べた。
「素晴らしく強い、豊穣な2人の関係です。2人の子供は『思想』となって生き続けるのです」
金融ジャーナリストがなぜ心理学を?
『The Undoing Project』は2016年12月に発売された。この作品はルイスにとって新たな試みになる。
マイケル・ルイスの人気作品はそのほとんどが、マーケットの動きについて予想外の事柄を暴いていく登場人物による物語である。他の人には見えないものを見ることのできる、風変わりで先見性のある登場人物たちだ。
アスレチックスのビーンだけでない。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(邦題『世紀の空売り』)における厭世的なヘッジファンド・マネージャーであるマイケル・バーリは、住宅市場の動きに逆らって賭け、財産を築いた。
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