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Dec 26, 2016 将棋スマホカンニング疑惑並びに竜王戦挑戦者変更強要疑惑 
今回,第三者委員会での調査結果の発表があり,これで一つ区切りがついたと思いますので,ここらへんで少し考えをまとめてみたいと思います.ただ,いつもながら(?)長くなったので結論から.私の結論は以下の通りです.
- 今日の記者会見を見る限り,第三者委員会は概ねその役割を果たしたものと言えそうである.
- 将棋連盟の行った処分が妥当であったかについては,連盟の行動を善意に解釈しすぎに見える.
- 問題の多くは,将棋連盟の運営能力上の問題に起因する.
- 三浦九段の疑惑とその対応という意味ではある程度解決したが,渡辺竜王が挑戦者変更を強要したのではないかという疑惑が残っている.
この文章のもととなった第三者委員会の報告は以下の通りです.言い回しとか少し違っているのは,聞いた記憶で書いているからです.内容の本質的な部分では間違っていないと思います.
http://mainichi.jp/graphs/20161226/hpj/00m/040/001000g/1
質疑応答等,この書面では述べられていないこともここでは書いています.そういった部分は,実際の記者会見の録画を見ていただくと確認できるかと思います.
http://live.nicovideo.jp/watch/lv285888529
将棋に興味のない人から見れば,なんかスマホでカンニングした棋士がいたんでしょ,で終わっていた問題.と言うか,それなりに将棋好きである私の父でさえ同じような感想だったので,恐らくは,世間ではそれで終わっているのでしょう.
今回の件について,記者会見では2つの問題が示されましました.
これらのうち,1.三浦九段の不正行為疑惑については,第三者委員会で詳細な調査が行われたようで,裁判であれば無罪が確定した(委員長の言葉にもあるように,やっていないと証明されたわけではない.その証明は不可能である)と認識していいでしょう.調査結果を聞いた限りの印象では,そもそも疑惑を持つに足る根拠がどこにあったのかすら疑問に感じました.そういう意味では,記者会見でこちらに質問が偏ったのは実に残念でした.
次に2.連盟の処分は妥当であったのかについてですが,正直なところ,第三者委員会の結論は実に玉虫色,どちらの顔もつぶさずうまくまとめ上げ,委員会の有能さを感じさせました.ただ勿論,実際に無罪の案件で処分された三浦九段が納得できるわけはありません.実際のところ,第三者委員会の発表は三浦九段の処分期間が実質的に満了した後であり,これでは,刑期満了後に無罪が確定した冤罪事件ということになります.
連盟の処分は,あの段階での状況では仕方がなかったというのが第三者委員会の結論です.あの段階での状況というのは,
- 竜王戦が開催3日前であった.
- 疑惑は疑惑として確かに存在していた.
- 疑惑が存在している以上,その有無が明らかになるまで他棋戦であっても出場を認めるのは適切ではない.
- 三浦九段からは休場の意思表示があった.
といったあたりでしょうか.なるほど,たしかに,それらがすべて事実であれば,確かに連盟での処分は妥当と言えそうです.ただ,三浦九段の不正の有無に関して行われた詳細な検討に比べると,こちらの検討は,少なくとも会見で述べられた範囲では不十分であったように感じました.第三者委員会が設置された経緯を考えると,むしろこちらの方が重大な問題であると私は考えます.
1.竜王戦が開催3日前であった.
これについては,確かに緊急性があります.しかし,一方で,丸山九段との2回の対局を連盟側が監視していたという情報が示されました.ということは,疑惑そのものは8月末の段階で把握しており,しかも,監視の結果問題はなさそうという結論になった訳です.であるならば,3日前の段階で渡辺九段から告発があったとしても,連盟は,調べた結果カンニングしている様子は確認できなかったと言える筈です.急ぎ処分しなければならない理由は見えません.一致率等の情報が新しく出たとしても,その一致率の高い丸山九段戦に不正が見られない,すなわち三浦九段がコンピュータと一致率の高い手を指しうることが証明されている訳ですから,同じように一致率の高い久保九段戦,渡辺竜王戦を疑うべき理由はありません.そういう意味では不可解ですが,2と同様,ここまで考えることができなかったという意味で,悪意があったとまでは言えないのかも知れません.
2.疑惑は疑惑として確かに存在していた.
「裁判だったら確実に無罪ですね.ただ,起訴されてから裁判になるまでの間収監されているのは仕方ないと言えば仕方ない」というのが第三者委員会の判断ということになる訳です.この点について,第三者委員会では,例として高速道路建設とそれに伴う立ち退きを挙げ,公共の利益のために個人にある種の我慢を強いることはありうると述べています.しかし,それは,そこに高速道路を作るのが妥当であるときのみ成立します.つまり,そもそも逮捕されるに足る疑惑があったのかが問題である訳です.
今回の件について,第三者委員会では,久保九段と渡辺竜王が疑惑を申し立てたものと明らかにしました.これらは,以前から知られていたことではありますが,特に久保九段は立場を鮮明にはしていませんでしたので,新たに確認された情報と言えます.ただ,彼らを含む複数名の棋士からの聴取の結果として,そもそも,現時点で疑惑を持っている棋士が少数であることが明らかになりました.
これには,この問題に関連して,コンピュータの読みとの一致率の高さは,プロレベルでは不正の証拠にはなりえないということが今となっては明らかになっているのでこの結論になっただけで,10月段階ではもう少し疑いが濃かった可能性はあります.
一致率については,渡辺竜王が千田五段に依頼し,千田五段が提示したことは,渡辺竜王のブログ,千田五段の以前のデータ公表から明らかです.千田五段はデータを公表したものの,各所からデータ抽出上の恣意性,統計的処理の不正確さの指摘があり,公表をとりやめたという経緯があります.
千田五段が悪意を持って三浦九段を陥れるデータを公表したという説もネットでは見ますが,曲がりなりにも統計を学生に教えている立場からすると,素人さんがやりがちな間違えだよねという感想で,千田五段が悪意をもっていたとは思いません.単純な知識不足だと思います.そしてそれは,そのデータを検討した連盟にも言えます.データリテラシーのない人がデータを分析し,データリテラシーのない人がその結果を解釈してしまったのが問題であったということです.
たとえば一致率についての疑惑を示し,自分の対局結果などから検討した西尾六段のような,理系的な資質のある人が一人でもその場にいれば,文系であっても,政治学や経済学,経営学や心理学などで,実証研究の教育を受けたことのある人が一人でもいればよかったのでしょうが,それは,将棋連盟の単純な能力不足の問題であり,悪意のある間違った対応とまでは言えないのかも知れません.
そういう意味では,きちんと検討すれば疑惑とは言えないレベルなのだけど,その場にいた関係者の能力では正しい判断は下せなかった.逮捕自体が間違いではあるが,将棋連盟に悪意があったとは言えない.というのが結論になりそうです.
ただ,別の問題もあります.ここは,3に関わってくるので,3でまとめて検討します.
3.疑惑が存在している以上,その有無が明らかになるまで他棋戦であっても出場を認めるのは適切ではない.
ここは難しいところです.竜王戦はともかく,他の棋戦に関しては延期も可能です.それだと,対局予定の棋士に迷惑をかけるということになりますが,いみじくも第三者委員会が述べているように,高速道路を作るときに,立ち退かされる人が出るのは仕方ありません.たとえば,インフルエンザなどで対局が延期されることもあります.であれば,疑惑の有無が明らかになるまで対局を延期するという判断もできたはずです.そうすれば,3か月の出場停止処分ではなく,竜王戦のみの対局者交代という判断もあり得ました.そちらの方が,まだ不利益は少なかったと思われます.
そして,2で述べた別の問題になってくるのですが,疑惑がある以上,「その有無が明らかになるまで」他棋戦であっても出場を認めるのは適切ではないということで,年内の出場停止処分は正当と第三者委員会は述べていましたが,少なくとも連盟(島九段)は,疑惑があるから出場停止とは言っていませんし,第三者委員会の設置を決めるまで,三浦九段の提出したPC等の調査も行っていませんし,また,その当時,これ以上の調査を行う予定はないとも述べています.つまり,不正の有無を明確にする予定はないが,処分は下すというのが連盟の判断だった訳です.
となると,第三者委員会の言っていることと少し違ってきます.疑惑をもたれていて,その有無が明らかになるまでの出場停止には妥当性があっても,そもそも連盟が,疑惑の有無について検討するつもりがなかったのだとしたら,出場停止は何に対するものなのかということになってしまいます.それが,4の問題になります.
4.三浦九段からは休場の意思表示があった.
この点について,第三者委員会は,意思表示があったということを前提に説明を進めましたが,一方で,メディアからの確かに意思表示はあったのかという質問に対して明言を避けました.これは,連盟側は意思表示があったと理解した.一方で,三浦九段にはそんなつもりはなかったということだと理解できます.これは,三浦九段のその後の発言からも明らかですが,その発言をしたか否かについては,恐らく記録は残っていないでしょうから,はっきりしたことは言えません.ただ,疑惑の有無が問題なのではなく,休場の意思表示が問題で出場停止処分を下すのだ.とすれば,一応の正当性はあります.そして,休場の意思表示ととられかねない発言をした三浦九段に,全く責任がないとも言えなくなります.
ただ,そうすると2つ疑問が出てきます.1つ目は,休場の意向を示した発言が問題なのだとしたら,第三者委員会で不正の有無を検討する必要はなかったのではないかということです.会見の調査内容の詳細さからもわかるように,第三者委員会で中心的に検討されたのは三浦九段の不正の有無です.しかし,不正をしていようがしていなかろうが,休場の意向をしめしたから出場停止というのが通るのであれば,別に不正の有無は問題ではなくなります.不正の有無を中心に調査した以上,やはりそれが中心的な問題であったということのはずです.前述の通り,当初は不正の有無について調べることはないと言っていたことも考えると,ここは,第三者委員会は,連盟の行動を善意に解釈しすぎに見えます.
2つ目は,渡辺竜王も休場の意向を示していたということです.渡辺竜王は,「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪(はくだつ)されても構わない」と理事会に述べたと伝えられています.この点について,渡辺竜王は本人のブログで否定しています.しかし,連盟(島九段)は上記のように認識しています.これは,三浦九段と同じ構図です.にもかかわらず,棋界の最高峰である竜王であり,今回の疑惑の告発者である渡辺竜王の休場発言は問題にされず,挑戦者であり,被疑者である三浦九段の休場発言は3か月の出場停止ですから,三浦九段のみを取り出して見ればある種の妥当性のある判断であったとしても,両方並べて見ると極めてアンバランスです.疑惑という意味でいうならば,渡辺竜王が,その棋界の最高峰という権威を利用して,不正をしていると思いこんだ相手を出場停止に追い込んだ,言ってみればパワハラだったのではないかという疑惑が残り,私自身は,これは,三浦九段の不正の有無以上に重大な問題であると考えます.不正は本人とシステム上の問題ですが,パワハラは,それを認めてしまう組織全体に巣食う問題です.
本当にパワハラと言えるのかは極めて難しい問題で,渡辺竜王自身は不正を確信しており,告発は善意であったと思っている可能性が高いです.ただ,彼は,疑惑は疑惑に過ぎず,疑惑で罰せられるのがどれだけ危険かということ,竜王という権威の持つ重み,タイトル保持者がタイトルを賭けて対局拒否を打ち出すことの重みなどを理解していなかったのではないかと感じます.この告発のやり方が通ってしまうと,気に入らない棋士を集団で陥れることが簡単に出来てしまうということ,それを理解しているのか疑問です.たとえば,今度の棋王戦の3日前に,千田五段が,「対局者変更を強要するような棋王とは指せない」と告発したらどうなるでしょうか?実際に,この疑惑は多くの人が指摘していて,出場停止はやむを得ないと言えてしまいます.砕けた言い方をしてしまえば,悪意でのパワハラはタチ悪いけど,善意の無自覚でのパワハラはもっとタチ悪いよねといったところでしょうか.
この点について,第三者委員会では検討されていません.当り前です.第三者委員会の役割は,飽くまでも三浦九段カンニング疑惑とその処分の妥当性の検討であったからであり,もう一つの問題,渡辺竜王による対局拒否・竜王戦挑戦者変更強要疑惑に関する検討ではないからです.つまり,今後検討されねばならぬということになります.
これらの点を総合すると,また,三浦九段の損害に対する回復にまで踏み込んで述べたことも考慮すると,この第三者委員会の報告は,第三者委員会として与えられた役割は果たしたものと言えます.ただし,将棋連盟はガバナンスの問題を露呈し,また,渡辺竜王による対局拒否・竜王戦挑戦者変更強要があったのではないか,また,連盟はそれを受け入れてしまったのではないかという疑惑は残ったままになります.これらの点を解決し,三浦九段に十分な補償と名誉回復が行われなければ,この問題は解決したとは言えないでしょうし,ファンも納得しないでしょう.
将棋連盟の組織を調べると,常勤理事は1人を除いて全員棋士で,もう1人も連盟の職員ということです.非常勤理事は殆ど名誉職といった面々で,実質的に連盟の運営に関わることのできそうな外部理事と言えそうなのは,渥美雅之弁護士くらいでしょうか.これまでに将棋連盟で発生した様々な問題を振り返ると,この体制で問題なく動くとは思えません.棋士には経営の専門家はいませんから,ある意味仕方のないことです.多くの方々が指摘されていますが,外部の,一般的な社会の感覚を持っている人が運営に直接かかわる形を作らなければ,問題は繰り返されると考えます.